海老

外の食事 20.3,2020

友人カップルの新居に遊びに行った。2人とは何だかんだで長い付き合い。もう7年くらい。家に着いてすぐ、夕飯用に買った刺身をスーパーに忘れちゃったって取りに行った。彼女は料理の準備を始めたけど、ずっと海老を洗ってる。ふたりは正反対みたいに全く違う性格だ。片方ずつとの時間はとても楽しい、だけど2人一緒の時はなんだか嬉しくなる。「もう海老大丈夫だよ。」あれって思って声をかけた。アレルギー体質っていうのもあるのだろうけど、潔癖だからなのか、海老を洗い続けている。「もう海老大丈夫だよ。」5回くらい言った気がする。けどまだ洗ってる。この子そういう子だったなって、だんだん楽しくなってくる。そうこうしているうちに、お刺身も到着してご飯作りを再開。たわいもない話をしながら、ビールも始めて、きゃっきゃとお喋りに花が咲く。

ふいに私が呟いた。
「なんかさ、こんな事が世界に置きてしまって、写真って、本当に無力だなって。」

「どうでもいい事が、無駄だとされる事が、そんな芸術が、今大事なんだよ。自分はこの仕事の大切さを本当に実感しているよ。」

友人の答えは何だか美しくて、悔しい位にいい回答だった。彼女は映画監督。私はお金とか、生活とか、そんな事も少し頭のどこかに考えながら写真の無力さを語ろうとしていた。何だか恥ずかしい気がした。

帰りの電車の中で、洗われ続ける海老が、「無駄だとされる事が大事なんだよ。」が、いい感じにミックスしてる。友達の手料理美味しかった。18番の海老の中華炒めも最高だったな。ありがとう。ごちそうさま。