トマトとモッツァレラのスパゲッティ

洋食 20.9,2020

5日前の事、夕方に夫が大阪でレンタカーを借りたようで、その通知が私のgmailに入る。心臓がばくばくして、ぎゅうっと全身を締め付けた。昨日と同じだ。不安の渦の中に堕ちる。堕ちてゆく体がどっかにいっちゃう。目の前に世界があるのに、頭はここに無いみたい。胸騒ぎが止まらない。すごく怖い。少し時間が経って落ち着いた頃、直ぐに友人に連絡する。「病院に行きたい。行ってもいいのかな。」

今日はアカリちゃんと笑って食卓を囲んでる。
姉が数カ月前に言ってた。「大丈夫。絶対に大丈夫。ある日、嘘みたいに抜けるから。今までの事が何だったんだろうって日が絶対に来るから。絶対に来る!ほんとだから。絶対に、来る。」うん。あの日より今日はずっと楽。色々も急に抜けた。

夫の酒に気づいたのは4月。夫が友人に会社を作って貰った月。今思えば、きっと後ろめたかったんだろう。急に背中を向けて寝出したのもこの頃。人が変わった様に毎日忙しいと言い、目を合わせなくなった。理由は音楽だと言ってた。邪魔しちゃいけないと思って、「頑張ってね。」と言い、殆ど家には寝にだけ帰るようになった夫の夜食を作るようになった。2ヶ月くらい。殆ど顔を合わせて無い。その1ヶ月前はいつも通り、毎日の様に一緒にいた。結局、私が会社の事を知ったのは6月。もう完全にお酒が始まった頃だった。多分病気もしっかりと始まっていた。私が反対するわけないのに何で話してくれなかったんだろう。この8年間、彼の未来を明るく支えてきたつもりだったのに、私は彼の妻になったのに、こういう裏切りってあるんだろうか。

何年か前、あれは今思うと完全に鬱の季節だった。夫は数ヶ月もの間、世界から身を隠す様に家に引きこもった。「死にたい、音楽をやめたい、何もしたくない」。私が仕事だとか買い物に出ると電話が鳴る。甘えた声で夫が言う。「どこにいるの?今すぐに帰ってきて。」着信は数十件と夫の名前が連なり、酷い時には10分もしないうちに次の電話が鳴った。私への依存は日に日に増していく。何かが間違ってる事がわかった。だけど、これは私達だけの秘密にしておこう。私は彼を救える。いや、救う。

「一度きりの人生なのだから何だっていい。悪い時があってもいいよ。ただ、自分が好きな事をして欲しい。あなたは大丈夫。私が想っているから大丈夫だよ。」ベッドに堕ちていく夫に何度も何度も伝えた。何度も何度も。

今、夫の弱さにお酒とお金と権力が注がれていくのがわかる。何だか嫌な予感がする。勢いよく溢れないといい。思いっきりに注がれたものが溢れ散って底にいつまでも鎮座する不味いビールみたいになりそうだ。きっとまたあの場所に留まる気がする。変わり果てた夫の恐怖に怯える私がいるのに、ついもう一人の夫を心配する私がいる。

とにかく色々と後悔してる。私も悪かった。わかってる。救おうと必死になったのも、私の心を押し殺して我慢したのも私だ。ここまで私を追い詰めたのは私だ。彼がしてきた事は人がする事を超えていたけど、両手を広げて受け取ったのは私。愛だと勘違いした。8年前の無知な私がした行い。アルコール依存症も、双極性障害も、鬱も、依存や、色々。あまりに色々。世界には愛だけで乗り越えられない物が存在する事を知らなかった。全力で信じてても、死ぬほど想っても、世界は自分の思い通りになんてならない。死ぬ時はいつだって簡単にその日が来る。

中目黒に夫が仲良くしてる居酒屋があって、よく一緒に夕飯を食べに行った。夫はお酒が入り苛つくと、カウンターの下で私に何度も肘つきをした。「痛いからやめてよ!」強く言った。私は夫の隣にいるようになってから、どんどんと強そうな女になっていった。泣いたり、辛そうにしたり、弱みを露出することは、私達のリレーションシップから反してた。酒が入って強くなる夫に、走ってついていく私。誰も気づいてくれなかったんじゃなくって、私がきっと隠した。きちんと、痛いし、悲しいよって声を出せば良かった。そうしたら、きっと誰かが私達を助けてくれた筈だ。夫の事も私の事も庇う必要は無かったんだ。弱い私達の事を助けてくれる人はいたと思う。あの酒場にはいなくても、どこかにきっと。

今日は朝から雨予報。ずっと手をつけられなかった夫の荷物を片付ける。遅い昼食は大好きなトマトとモッツアレラのスパゲッティ。