
また人が亡くなった。
師匠のアシスタントで一度現場で立ち会った事がある。四人組の女の子達。普通の女の子、高校生みたいにずっとおしゃべりしたり、悪ふざけしてた。可愛らしいなって思った。変わった名前のバンド名だったから覚えてる。赤い公園。何年前だろう。ずっと前。
何だか思った。
夫の様に弱いと言われる人は絶対に死なない。死ぬのは私みたいな方なんじゃないか。皆が言う。「彼は弱いからって。」夫は言う。「俺が弱いからって。」何度、夫は私に泣きついてきただろう。その度に私は私の声を飲み込んだ。私は強いからって。強い方が強くなればいいって。夫が失態を犯したのに、私が強くなる。そうやって私は、女というものは強くなるもんだと勘違いをしていった。
誰一人として私を弱いねって言わなかったし、あの朝、りょーこちゃんからのメッセージを読んで初めて私っていう人が弱い事を知った。
姉が言う。
「じゃあさ、彼は毎日胃が痛いの?彼は身体壊した?彼は仕事出来なくなった?苦しんでる?毎日泣いてる??食事が喉を通らない?あなたは彼に傷つけられて、こんなに酷い事になってしまった。じゃあ、彼は今何してる??女と遊んでたよね。また酒呑んでたよね。ライブとか出来てんでしょ。普通にご飯食べてるよね??いい加減にしなよ。」
夫が病気だからって未だに庇い続ける私に姉が怒った。怒ってる姉をよそに、私のどこかが言葉の意味に敏感に反応する。ほんと、確かに。
夫はコロナが始まってから毎朝、ツイキャスっていうのをやってる。酒で散々喚いた朝だって平気な顔をしてやってた。夫のそういう姿に毎朝傷ついた。今、どういう心境で笑って喋ってるんだろう。家族が隣で苦しんでるのに、そんなに楽しそうに笑える?売れるのが一番大事な夫にとって仕事は家族より大切なのかもしれない。だけど、本当にそうなのかな。夫が母親を邪険にするのを思い出す。何度も優しくしてあげてってお願いした。心のどこかでああいう親子にはなりたくはないって思って見た。私なら絶対にあんな事出来ない。お母さんに絶対にあんな酷い事したくない。夫にとって家族って何なんだろう。
人が死ぬのはやっぱり辛い。自死を選んだ彼女の気持ちはわからないけれど、少しだけわかる気がした。あの時の感覚を一生忘れない。酒に溺れるのと一緒に最悪な日々が重なっていった夏頃、強度なストレスで生きると死ぬの間をふらふらとしてた、もしかしたら半分死にかけてたと思う。食べても食べても痩せていく身体。鏡に映る自分に驚いた。胸のふくらみはぎゅっと小さくなって、あばらがゴツゴツと腹の上まで続いてる。ズボンだけじゃない。下着もブカブカだった理由にようやく納得した。夜中の音に目が覚めると、心臓がバクバクして恐怖なのに、夫が帰ってきてくれたんだという安堵がぐちゃぐちゃになって今にも破裂しそうだった。それなのに、後ろから押されるようにやってくる恐怖に追い立てたれる。目の前は真っ暗闇でずんずんと黒い壁が目の前に迫ってくる。その中に、貧血で倒れる時みたいに倒れてゆく身体。ああ、これから倒れるってわかってるのに、手も足も動かない。倒れたく無いのに助けてっていう声も出ない。このまま暗闇に堕ちるのに、もうどうにもできない。もう遅い。降参するしか無い瞬間がじんわりと確実にやってくるあの感じ。もしかして、これが死ぬって事なのかなって。
もうあそこには行かないって決めてる。
さぁ、食事をしよう。もう大丈夫。哀しい事の次には、希望のある事をしよう。寒い日は鍋。独りだってシメまでやる。最後は饂飩と山椒。鶏の出汁や野菜の旨味がたっぷり。白菜なんて1/4個くらい、とろとろにしちゃえばあっという間に食べれる。温かい。温かくて美味しい鍋。ぴりっとした山椒がお腹いっぱいでも食べれる。本当に美味しい。