
クリスマス、明日か。イブだし、なんと無くクリームシチューでも作ろう。
鍋に油をひいて、豚肉を炒める。白菜も軽く炒める。やっぱり、なんかポン酢が食べたい。椎茸のスライス、水を入れて、ゆっくり白菜がとろとろになるまで煮込む。途中、ごま油をふた回し程かける。ことこと、しっかり煮込む。
もう菊地食堂は終わりにしようって思いながら書いてる。
昨年の今頃、彼と私は普通の毎日を、ありふれた普通の夫婦の生活を過ごしてた。一緒に食卓を囲んで、毎日を幸せに平和に暮らしてた。当たり前だと思っていた毎日があった事が、本当に幸せだったな。
料理を作る度に彼の事を思い出す。
うちは〆は麺だった。彼の一択で、いつも麺を準備してた。
鍋も我が家ならではの食べ方があった。懐かしい。美味しかったな。楽しかったな。
病気の事、冷静になればなるほどに感じてる。
きっと出会った時からだった。恋で見えなかったんだろう。お互いに。
7年付き合った婚約者だった彼女と酷い別れかたをしたって聞いた。大まかな話を人伝いに聞いたけど、本当に最低な話だった。今、思うと、その時も病気だったんじゃないか。彼女から、2度と私に関わらないで欲しいと言われてると聞いたけど、私も最期、同じ事を彼に伝えた。そして、彼女は7年、私は8年。同じような年月だった事も気になってる。病気は決められたサイクルを回る。この8年間、季節の様に病気と病気じゃない彼がやってきた。
心から彼を想ってた。ずっと一緒にいたかったな。
きっと彼も私といたかったはずだ。だけど、彼には出来なかった。
彼がした事はもう知らない。この気持ちが最期でいい。
今は、身体も心も元気になれて、新しい生活も始まった。
仕事はまだまだ、コロナの影響で安定しないけれど、きっと大丈夫。
昔の日記を読んでて、なんて馬鹿なんだろう私って。強がりで、がむしゃらで誰かみたい。自分がなんでも出来る人みたいに、自分が家族を、彼を守ってやるって必死だった。努力すれば何でも叶うって信じてた。なんてダサいんだろう。私は怠惰な人だったな。人生はそんなに簡単じゃない。
誰かに話しても、目をじっと見て伝えても、どこかピントがずれている感じがするのは、この話は多分すごく難しい。よく思い返してもあの日々を上手く説明が出来ない。すごくシンプルに思い出すなら、犬が急に話し出して、持てないナイフをブンブン振って私の腹をベッドの中でゴスゴスと刺していたのに、今日は打って変わって可愛い顔でちょこんと膝の上に座ってる。あんなに昨晩は喋ってたのに、今日は何故かワンとしか言わない。嘘でしょ?って思う私の心とは裏腹、隣にいる誰かたちが犬の事を可愛いって撫でてる。高い餌をこれでもかってくらいに与えてる。こんなに可愛いのだからもっと大事にしてあげなよって言ってくる女もいる。腹からは血がどくどくと流れてるのを感じるのだけど、何故かバレないように必死に手で抑えてて、痛みも忘れてとにかく笑顔で応える。犬は美味しそうに無邪気に餌を食べてる。すごく嬉しそう。誰が高い餌を買ってくれるのかを知ってるみたいで、忠実にその人に甘えて尻尾を振ってる。犬を撫でている誰かも嬉しそう。場はとても和やかだ。犬はいつしか私の膝の上ですやすやと眠ってる。腹の血も治ったみたいだけど、身体の中でズキズキと音がする。この音は私にしか聞こえない。
私の話を誰が理解するんだろう。服に染まった血を見つけた友人は悲鳴をあげて病院へ行こうと私の腕を引っ張ってくれるかもしれない。だけど、それはストーリーのワンシーンでしか無くって、私も一体自分がどこにいてどうなってるのかわからない。そんな8年だった。どうしてこんな経験をしたのかもわからない。「離婚できて良かったね。」ってよく言われるけど、何が良かったのかいまいちピンとこない。彼は今もどこかで生きてる。実在してる。色々がよくわかってこない。ただ、二度と見たく無い悪夢。
離婚して数日。少しだけ景色のいい場所に来た気がする。これから、上手に登れるかわからないけど、もう少し高い場所に登ってみようと思う。少しでもあの場所から離れたい。誰も傷つかない世界なんて難しいかもしれないけど、私の周りの世界は傷つけない。平和な世界にしたい。