芋煮

和食 04.2,2021

彼の夢を見た。私達はお互いに謝ってた。
今でも、毎日の中にどうして、は転がってる。だけど、ようやく、だんだんと、怒りとか苦しみとか恐怖とか、そういった何か、言葉や誰かや何かでは片付ける事が出来なかったものが取れていってるのかも。花瓶にある枯れた花がぽろっとテーブルに落ちるみたいに、急に姿形を失ってゆく。

どうしてなんだか、最近は出会った頃の事を思い出す。あの時は、双極性障害の躁状態が酷かったんだと思う。今、思うとおかしかった全ての理由がわかる。だけど、あの時の疑問は、最期に心に残った疑問と同じ。人間が人間じゃない形になる事を見た時の戸惑いと不安。これが本当に現実なのかなって、私の目を何度も何度もこすった。

夫だった男には、躁状態の時には沢山の肩書きがあった。ミュージュシャンの他に、デザイナー、プロデューサー、オーナー、ディレクター、クリエイター、バーの経営、他にも沢山あったように思う。俳優もそのうちやりたいって話してた。知らない人に急に話しかけて自分の凄さについて語り出したり、一緒に仕事をしようとか、俺に頼って欲しいとか、とにかくずっと話して忙しくて、変だった。出会ったばかりでよく未だどんな人なのかわからなかったけど、全ては本当だと思ってた。常に苛々と誰かに当ってるのは、ストレスの所為だと聞いてたけど、それもストレスじゃない。病気の症状そのもの。病院の先生と話していた時、どうして先生達はそんなにも簡単に私の夫だった人の事を見捨てるのだろうって思ったけど、先生達が声を揃えて「あなたの人生を考えて下さい。」って言ったのは、この病気の難しさを考えて出た私への言葉だろう。だけど、私は私の事じゃなくて、今直ぐにあなたの夫をここに連れて来て下さいって言って欲しかった。

「この病気は、家族も一緒に病に陥る事があります。だから、よく考えて下さい。最近、死にたいって思う事はありますか?」先生は私に変な質問をする。数ヶ月後、先生が言った通り私も病を患った。心療内科はどの病院も人が思った以上にいたのに、この病気はそんなに珍しい病気じゃないのに、私の周りに誰か、友達の友達だって誰か、この病気の事で苦しんでる人を聞いた事が無い。いつだったか、ネットで調べたら鬱は社会的に認知度が高いけれど、躁は知られていないから難しい病気だって書いてあった。

私が昨年、夏の間に行った病院は3つ。3人の先生は口裏合わせたみたいに同じ話を私にした。滑稽に見える。可哀想に思った。どういう可哀想なのかわからないけど、虚しい。私はまた今日も思い出しても仕方の無い事を思い出してる。

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『わたしを選んでくれる人』2月4日 ” 雑誌の企画で綴り始めた日記 “

何となく1ヶ月くらいって言う話で始まったけど、マッチングアプリに登録してからもう半月は経った。先月は出張が続いてたから、一時あまりやってなかった。少し焦ってる。お願いされたからにはっていう気持ちと、そういうのは良く無いっていう気持ち。明日はKWさんと会う約束をした。正直面倒だ。日曜日は、最近連絡を撮り始めたichiroさんと会う。彼は写真の仕事をしてる。写真の話がしたいけれど自由に出来ないのが苦しそう。他にも何人か時々メッセージしてる人がいる。昨晩はシマさんと一通だけメッセージをした。「朝から撮影で夜まで忙しかったです、土曜日は昔みてたアーティストの子と昼のみする事になりました。嬉しい、」みたいな内容だった。私は寝ぼけて「楽しそう!こんばんは。」っていう何だかよくわからないメッセージを返信した。会って話をしてみたい。私のリハビリの為にって言ったら何だかちょっと違うけど、シマさんと友達になったら恐怖だった場所を塗り替えられる気がしてる。
大根の皮と人参の金平
大根の皮 厚く剥いて干しておく
人参
ナンプラー
ごま油 多めに