
今日は映像の大場さんと、編集の成田さんが夕飯を食べにくる。朝一番でオオゼキに買い出しに行った。歩きながら姉にLINE。ここ数日、何だか落ち込んでて、心にずっとあの事がピンを刺した様に止まってる。
”皆んなが生きる事を必死に頑張ってる中で、平気な顔でズルをして大金を得るって違うと思う。200万も騙し取ってるんだよ?許せないっていうより、私が前に進むために通報したいんだよ。” 昨年の夏、 彼はそのお金でキャバクラに通い、ヤメてた酒を浴びる様に呑んでたと思う。貯金だって殆ど無かった筈なのに、私にいつも何かを買ってとせびってたのに。いつも、いつも言ってた。この国が馬鹿だから、法の抜け穴なんだって。
“悪い人から離れられて良かったんだよ。もう、自分を責めないで。” 姉から直ぐに返信が入った。わかってるよ。怒る相手は姉じゃ無いのに文句を言ってLINEを閉じた。家に帰って少しだけ泣いた。彼がどんなに悪い事をしようが、私にはもう関係無い。もう助ける必要も無ければ、それを怒る必要も無い。わかってる。私は私が住むこの世界に腹が立ってる。病気で亡くなった友人のお母さんから昨日に手紙が届いた。そこには、” 強く生きねば “って書いてあった。
ぼんやりとした午後を過ごして、夕方からバタバタと支度を始める。今日は麻婆豆腐、塩豚と薬味ダレ、鮪とアボガドのオイスターソース和えを作った。煮卵と干し大根と人参のナンプラー金平、新生姜の甘酢漬けは作り置きのもの。大場さんが今日は映画を二本見たと言って、ビールと水を持って来たのが18時過ぎ、それから1時間ちょっとして成田さんがワインとプリンを持って来てくれた。
写真の話、映画の話、映像の話、雑誌の話をする。成田さんの恋の話も少しした。大場さんは、くるりっていうバンドの方と仲がいいみたいで、昨年に映像を撮ったのだけど、それが自分の中で傑作過ぎたって、だから、今辛いんだって。目を大きく見開いて話してた。面白い人。
作ることは好きだけど、孤独がいつも隣にあって寂しい。どんどん深く潜れば潜る程に、一人になってしまって、誰もいない海の底みたいにしーんとしてる。とても静かだけど、ひんやりしてる。「写真、今やってる事が好きなんだけど、私、孤独死します。」そう言ったら、「僕も孤独ですよ。いつも一人で映画を見てます。」って大場さんが言った。成田さんに「孤独ですか?」って聞いたら、「僕は昼間は会社にいます。」って言った。
不思議。たったの数年前に、まさかこんな日がくるなんて想像しただろうか。憧れていた雑誌で、まさか小さなフィルムカメラ一台しか持ってなかった私が、写真を撮れる日がくるなんて。そこで会った編集者。そして、そこで会った映像の方と、深夜に我が家でお喋りしてる。全然違う三人が同じ食卓に座り、笑ってる。
「必ず続けてれば回って来ますよ。ただ、7億の予算が来て、7億をちゃんと使えないと結果は出せないんですよ。だから、大根監督は一気に次の階段に登れた。1億の予算でしか撮れない監督は、才能があったけど終わります。」映画の事で大場さんが熱く語ってる。意味がよくわかる。続けていれば、チャンスは大体の人に回ってくると私も思う。
深い場所は怖い。ぐんぐんと潜ったのは自分なのに、どうしてこんな場所に来ちゃったんだろうって、急に不安になって後悔したりもする。上を見上げると、大分深い場所に来た事に気づく。20代の時、結婚を約束してた彼氏をふった。理由は写真がやりたかったから。今思うと、写真は別れなくても出来た。きっと子供は三人くらい産んで、どこか千葉か神奈川あたりに住んでただろうな。家ではきっとホームベーカリーでパンを焼いてた筈だ。カメラはきっとEOS kissで、週末はホームセンターと回転寿司だろう。だけど、今はそうじゃない。
一人で潜る事は孤独だけど、直ぐに不安になったり、寂しいからと浮き上がって周りを見渡してばかりいたって深くは潜れない。泳ぎたい場所を見つけておく事もそう、泳ぐための体力をつける事もそう、泳ぎきってやるっていう心持ちもそう。自分の身体がどれくらい大きくて、どんな速さで泳げるのかなんて、想像したってわからないから怖い。だけど、この息がどこまで続くかは、私だけが知ってる。それには思いっきりに深く潜らないとわからない。
どうしてこんな事してるのかよくわからないけど、何でここにひとりぼっちでいるのかわからないけど、今、目の前にある景色が好きだと思う。