
午前に母から小荷物が届いた。段ボールの中には、胡瓜の苗と野菜やパンがぎっしりと詰まってる。それからクチナシの花が濡れたティッシュと一緒に丁寧に入れてあった。思わず溜息が出る。何ていい香り何だろう。テーブルの上には数日前に買ったカーネションがある。その直ぐ横に水を張った皿にクチナシを浮かべた。真っ白な花の先が所々痛んで茶色くなっていた。母は相変わらず私を心配してる。
朝から作品のプリント作業。進みは悪い。きっとPMSが始まってるから。仕事だとか、淡々とした作業なら問題なく出来るけれど、そうじゃない事が難しい。3年前の葬式の写真が出て来た。覚えてるけれど覚えてない写真に泣いた。姉が底なし沼を見るような顔でテーブルに腰掛けている写真。人の顔はあんな風になってしまうんだって。身体中の全ての血がどこかに居なくなってしまったみたい。とにかくそこにいるだけみたいな人が写ってた。
「来るなら、葬式も撮って。」姉から連絡が来てから、急いでL.A行きのチケットを二枚取って母と一緒に飛行機に飛び乗った。元夫には倒れたことも亡くなったことも話せてない。暴れて喚くだけでドラキュラみたいに朝陽と共にどこかに消える日々の中に、怖いよって、大切な人が死んでしまう事が怖くて堪らないよって、アレに言う場所なんてどこにもなかった。あの日の私は一体、どんな顔をしていたんだろう。姉を撮った私も、姉のようにそこに必死に立ってるだけだったんじゃないか。イかれていく夫の事はよく覚えてる。畳の上で首を絞められた事とか、仕事だと行って出かけたのに夕方には酷く泥酔してるとか、中目黒の通りで大声で喚き散らしたのもよく覚えてる。それまでは頭を叩いたり手を出す事が多かったけれど、顔の寸前でぐぅを止めるのはその頃から始まった。最初は怖かったけど、実際には殴らないから直ぐに慣れたと思う。急に始まった酒の所為で別人格になる夫を理解する暇もなく毎日が世界がバリバリと壊れていくのを必死に両手で押さえていた日々。L.Aでの葬式はその中にあった。
何だかな、PMSだからだろう。ここに寂しさがいる。だから色々が悲しくなったりしてるのかな。だけど、そのお陰で感じてる。古傷が疼くみたいに身体中で感じてる。あの日の事は忘れない。私に起きた現実も忘れないよ。母には感謝してる。すごく。
花ってどうしてこんなに綺麗なんだろう。