7月11日

Journal 11.7,2021

朝起きると、お酒も昨晩の余韻も残ってた。身体は二日酔いでグッタリと重いけれど、楽しい時間を思い出すと浮き立ってしまうような感じも半分。今日は写真家の広瀬さんと蓮井さんの展示を見に行く約束をしていた。明大前の駅前で待ち合わせ。昨年に広瀬さんは難病を患った。その時に私は心を患ってた。あの一年はお互いに連絡は全く取って無かったと思う。今の場所に引っ越して、身体も心もすっかりと元気になった頃に連絡を取り合う様になった。「元気そうじゃん。」「元気そうですね!」出会って直ぐに同じ様な言葉を掛け合ったと思う。

元気そうだけど、全然違う雰囲気だった。同じだけど違う。きっと私もそうなんじゃないかなって思った。とりあえず、お互いに帰還。生きてここにいる。

色々とお喋りして展示を見に行って、そこで蓮井さんも交えてお喋り。蓮井さんは彗星の如くイギリスから帰国し、若くして一線で活躍された写真家。海外で得た経験が良くも悪くも自分の人生を左右したみたいな話をしてた。私の師匠の様な静かな雰囲気を勝手に想像してたけど、全く違かった。後に広瀬さんに伝えた言葉で言えば、良質なイカれてる素敵な人。とても魅力的な人だった。動きはクラゲみたいでまたそれも魅力の一つに見えた。

それに、全く想像していなかった苦い何かのことも知った。もの凄く苦労したり、もの凄く悔しくて堪らない何か。

私も写真を始めてから、そこそこ嫌な経験はあった。バカにされたり、嫌な事を言われたり。だけど、帰って冷たい缶ビールを思いっきりに喉を流したらスッキリする程度のもの。元夫の病が強くなり始めた時に、人生で初めて身体の奥からふつふつと怒りが沸騰していくのを感じながら写真を撮った。もの凄い怒りだったと思う。こんな人生を生きている自分が悔しくて情けなくて死にたいと思う自分に怒りで爆発しそうだった。とにかくとにかく当てもなく色々な人に写真を見せて、息をつく間も無く働く事に専念した。家でじっとしてアレを怯える恐怖よりも進めない恐怖の方が怖かった。本当に死にたいと思ったから。

前の様な、昨年の鬱の様な、死にたいはもう無いけれど、私は安全で平和な生活を手にしたけども、今も寂しさは拭えない。どうして今の今だって寂しくなってなきゃいけないのかわからないし、悔しい。誰より信じてた家族に家族を目の前で紙を破るみたいにビリビリと、思い出も信頼も愛も長い間かけて丁寧に積み上げた色々を全てをビリビリと簡単に粉々にする男の様を私の記憶は手放してくれない。

今朝、展示に行く前に心のどこかで考えてた。私はもう写真は無理かもしれない。だけど、蓮井さんのいつかの悔しさを知ったら、ぱっと晴れた。もう終わった事なのに安全なのに、今でも疲れ切ってしまう日が当たり前の様にやって来て、悔しさや怒りもしっかりと込み上げてくる。捏ねたパンをずしりと重くて厄介な生地を全力で的中させてやりたい。

帰りがけに、「今度3人で飲みましょう」ってなった。今日は展示に行って本当に良かった。すごく素敵な人だった。もっともっと話がしてみたい。