7月23日

『わたしを選んでくれる人』 " 雑誌の企画で綴り始めた日記 ", Journal 23.7,2021

夕方、長野のカナちゃんからダンボール一杯の野菜が届いた。嬉しい。嬉しくて、ちょっと泣いた。嬉しい。昨日もだけど、何だか誰かの優しさに生かされてるって感じる。嬉しい、ありがとう。

早々にベッドに入ると、うとうとしてた。パッと目が覚める。完全に夢の中でフラッシュバッグした。心臓がバクバクして、あの日なのかいつなのか今日だけど時空の狭間みたいになる。携帯の着信が鳴った。どうしよう。慌てて、携帯を開いても着信履歴がない。もしかして。助けなきゃ。

慌てて姉に電話した。ヤバイ。お願いだから出て。頭がパニックになって携帯を上手に操作できない。次の行動にうつりたいのにアプリがどこにあるのか全くわからない。落ち着こう。キッチンに行って水を飲もう。

“グーグルで着信音鳴るけど、履歴がない。” を調べる。うん、携帯の誤作動だよね。次にフラッシュバッグと一瞬、パニックになったのは、昨日までの22日までの緊張感が理由だろう。怖いことは一つもない。全部、一人劇場だよ。姉から電話が鳴った。「どうした?」話をすると、笑ってた。大丈夫。何も怖い事はないよって。「それに、私もニコが死んだ時は誰も居ない家で誰かに大声で叫んでてさ、今思うと完全にありゃ病院行きだね。確実に。」二人でキャーキャー言って笑った。ただ、感情が哀しみや恐怖にコントロールされてるだけ。それだけだよねって。

私、いまだに自分が犠牲になってでも、あの男を助けようとする思考が残ってる。電話が鳴った瞬間「何とかしなきゃ。」と、咄嗟に思った。なんて事だろう。22日は昨日に終わった、一年前の22日も終わった。もう、大丈夫。心臓をバクバクさせる理由なんて、怖い事だって現実には一つも無い。

翌朝、姉からLINE. 英語で書いてあった。訳すと、来年の今日はもう昨日みたいな日は来ない。あなたに違う生活がある事を私はわかってるから。って。

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『わたしを選んでくれる人』7月23日 ” 雑誌の企画で綴り始めた日記 “

ギターが好きな俊彦さんと等々力渓谷で朝一番の散歩をする約束をした。南口に9時集合。写真とは180度逆の、ワイルドではなく、真っ白のマショマロみたいな男の子だった。ボンボンだなぁと、しみじみ。

うちも負けず劣らず、箱入りの箱入りの、マトリョーシカくらい大事に育てられた。今となっては、その育て方どうかしてるよって思う。いい大人になるまで母は一切お金の話はしなかったし、愛と勇気を持ち女性らしく凛として生きなさいとだけ教えてくれた。けど、そのお陰で姉と私は、大層な世間知らずになった。そうして悪い男の言葉を本気で信じる馬鹿娘達は人生の中盤に大ゴケした。母の所為じゃ無いと、姉妹で口を揃えて言う様にしてるけど、あの育て方は、ねぇと愚痴る日もある。

ボンボン俊彦を見て思った。この子もマトリョーシカかもな。母からの愛情が溢れてる感じがした。渓谷を歩きながら、ボンボンが別れた彼女の愚痴をこぼし始めた。「半年で別れました。仕事が忙しくて一ヶ月も連絡しないって、人としてこの人ダメだなって。連絡ってどんなに忙しくたって出来る訳ですし、あり得ない女ですよ。」理由が本当に仕事なら、今も二人は愛し合ってるんじゃ無いかな。そこに愛が無くなっただけの話で、あなたが心から彼女を好きなら、今でも不服なら、話し合えば良かったのにって思った。それにしても等々力渓谷の素晴らしさたるや。東京とは思えない。なんて気持ちがいいんだろう。自由が丘に移動してカフェでお茶をしてから、カジュアルなイタリアンでランチをした。ボンボンが二軒目に行きたいと会計を始め、早々に店を出て鰻屋さんへ。忙しない男だなと思った。よしみさんは素敵だ。肌が綺麗だ。落ち着いてていい。腕が細い。どんな男がタイプ?僕の家でカレーを作って欲しい。一緒に動物園へ行きたい。彼の話はマショマロみたいに中身の無い話ばっかりで面白く無かった。ただ、渓谷もイタリアンも鰻も最高だった。

週末に会おうとメッセージを頂いてた方が何人かいたけど、やっぱり断った。気軽に返事をするのはやめよう。当たり前の話だけど、興味を持ってから会った方がいい。帰り道の電車の中でフォトグラファーの宮川さんから「ヤム邸、行きましょう!」と、LINEが入った。「めちゃくちゃ行きます!日曜日どうでしょうヤム?」と返答。「日曜日行けますヤム!」と宮川さん。「ヤム!」と私が返すと、「邸!」と宮川さん。この人、本当に賢いんだよなぁとつくづく。私のおふざけへのレスポンスが抜群だ。日曜日、下北沢の旧ヤム邸。楽しみだな。