
昨晩に面白いなぁと思いながら寝た。朝起きてもやっぱり面白いなぁって思った。企画でやってるマッチング。とある男が「お姉さんは、寂しそう。」と、話の途中に送ってきた。私はその時に鼻歌を歌いながら、ご機嫌で風呂に浸かろうとしていた時だった。彼の名前はひつみ。それは本名かと尋ねると、「秘密なの。」と返答。33歳。幡ヶ谷在住。映像制作。自分の性格を自然体と言っていたけれど、名前を隠すような行動は自然じゃ無いから「不自然だね。」と返信した。
人って面白い。離婚っていう情報を元に寂しそうな女を見つけて、寂しいねを共有したそうなひつみと名乗る男。人は人である以上、脳の中に二人の人間を移植するなんて倫理に反した事をしない限り、一生誰かの気持ちを真に理解することが出来ない。だから付き合ったり、結婚したりと、くっつく契約をするのかもしれないけど、バツイチでシングルライフ真っ只中の私は今、とっても楽しい。それに、過去に起きた離婚のトラウマと私の現実世界のそれは別次元で、別問題だ。これから来る明日にだって寂しさは今の所想像出来ない。あるのは過去にだけ。
少し前に、姉がいつもの様に「私は必ず幸せになる。お金持ちになるように毎朝アファメーションしてる。」と、スピリチュアルな話をしていた時、「姉がハッピーでいてくれることが私は一番だけど、私はそうゆうのは。」って言うと、姉は少し拗ねて「よしみは直ぐに科学的な証拠みたいなものを言うよね。」って私を馬鹿にした。宇宙人も神様も占いも何かも、人の創造する物が実際に手に捉えられない形で存在してもいいと思ってるけれど、そういった類の思考で生きようとは思わない。時々食べるケーキくらいの嗜好品でいい。サンタクロースぐらいの夢でもいい。それより、ある日に不自然な男が「あなたは寂しそうだ。」と声をかけてくる現実を覗く方がよっぽど世界へ近づけた気がする。
目の前にある出来事が自分の目を通して見ている事を忘れると世界は簡単に歪んでいく。ひつみっていう不自然な男の様に。だけど、それさえ忘れなければ、どこまでも穏やかだ。結婚生活が幸せだと信じ切っていた頃の私に離婚した友人らが「よしみちゃん。離婚して寂しいとか無いよ。とても今が楽しいよ。」と言う言葉に、彼女達の虚勢を感じてるようで一人勝手に虚しい気持ちになった。だけど、私も彼女達と同じ場所から世界を見て初めてわかった。虚しいのは夫がいても感じてしまう寂しい私の心そのものだった。世界が優しくなるのは世界を寂しくしているのは私。寂しさが住み着くのは状況じゃ無い。その人の中に在る。
夜、撮影が終わって、そのまま撮影先のお宅で食事をご馳走となった。食卓って本当にいい。二人家族の夫婦の暮らしは生活を楽しんでいる感じが部屋中の至るところにあって、壁でも棚でも二人で何年も紡いできた人生が編み込まれたような家だった。やっぱり人が人と暮らすって事が私はとても好きだなぁって。帰宅したのは23時前。ワインを飲んだり、じゃばら酒を呑んだり、初めてお会いした夫婦とのお喋りは尽きなかった。人は人が好きな生き物。私とあなたはどんなに近づいてもわからないものだから、人を大切にしようと試みたい。家族は助け合うものだと信じてきたけれど、勿論そうだとも思うけれど、それだけじゃ無い。大切にする物だよなぁって全身でじんわりと感じた。人っていい生き物。