晩酌

Journal 21.12,2021

朝はフミエさんの料理を撮りにアトリエへ。今日は野菜のちらし寿司。最高に美味しかったな。お土産に立派な柚子を戴いた。そのまま急いで帰宅して別の機材を持って人形町へ。今日の現場は編集成田さんと一緒。周ちゃんはアメリカにいる家族と今回のアメリカ旅行の打ち合わせをしてから、PCRを受ける為に神保町へ向かった。

撮影が終わってから近くで周ちゃんとお茶をしようとなった。朝、写真を撮りながらフミエさんに聞いてみた。「あの、母に結婚の事を言ったら、まだ早い。反対って言われちゃって。父も。もし、フミエさんならどうしますか?」「えー!!意外だったね!だけど、親心を想うとちょっとわかるな。だけど、私なら強行突破かな!」フミエさんらしい明答だった。もし、うちの姉だったとしても、完全に強行突破だろう。何なら取っ組み合いの喧嘩をして、啖呵切って出て行く姿がありありと想像出来る。だけど、私には出来ない。「周ちゃんに言った?」「周ちゃんには言えません。だって婚約破棄の事があるから。もし言ったら、明日からのアメリカがずっとどんよりですよ。」「私なら話すかな。だって二人の問題だし。これから結婚するんだもの!」

私が私の人生を苦しめたのは元夫ではなくて私自身だと思ってる。助けてと言えない代わりに、私なら出来ると、どんどん地獄に向かって自らの足で降りて行った。心療内科の先生に何度も言われた。「どうして助けを求めなかったんですか?」警察にも言われた。「彼の事じゃなくて、あなたの話をして下さい。」私は苦しいとか、悲しいとか、私が辛いから助けて欲しいと言えなかった。「フミエさん。私、周ちゃんに親のこと、言おうと思います!」

周ちゃんが近代美術館の民芸展の図録を見ながら嬉しそうに話をしてる。だけど、殆どが耳に入ってこない。言おうかな、いや今日はやっぱりやめようかな。アメリカへ行って数日してからがいいかな。どうしよう。いや、言おう。いや、やめよう。学芸員という仕事はお喋りっていうお仕事な気もしてる。とにかく楽しそうに図録とのお喋りが止まらない周ちゃん。私は皿の横にある添え物みたい。時間だけが勝手に過ぎていく。

「周ちゃん。あの、ちょっと話したい事があって。哀しまないで聞いて。」1時間くらいかけて話した。両親が結婚に対してネガティブである事や、思っている以上に離婚のトラウマの中にいた事。それが周ちゃんとは関係がないけど、私達の未来に関係してしまう事。それから、本当は不安だったけどふみえさんのお陰で話せた事、それから、私が何でも一人で解決する人生はもう終わりにしたいって事も。後、何だか反対された現実に腹立たしい気持ちもあって、とても今の私は苛々している事も話した。「私は周ちゃんと絶対に結婚すると決めたし、絶対に何があっても悲しませないから。周ちゃんを私は幸せにするから。マジで。」自分でも驚く位に闘争心に燃えていた。「よしみが逆境に強いとは聞いてたけど、これなんだね。何だか凄く驚いたよ!あなたって人は。」目を丸くして感心してる。ほんの数日前まで、結婚がどうか順調に出来ますようにと願うような気持ちだったけれど、今となっては祈るとかじゃない。結婚に対するどうにも出来なかったべったりとした不安は怒りが綺麗さっぱりと吹っ飛ばしてしまった。周ちゃんは想像しているよりもずっと哀しんで無い。私の不安がったり怒ったりしながら話すヘンテコな感情の様を見ながら、何だかどっしりとそこに座って耳を傾けてくれている感じだった。「話してくれて有難う。」嬉しそうに言った。

店を出るともう夜。駅まで一緒に歩いて、さっき撮影の後に成田さんに聞いた先日の恋の話をした。朝方に飲んだ帰り道、恋が始まりそうな予感の中で気になっている女の子と手を繋ぐ。聞いてるだけでキュンキュンする話だった。どうやって手を繋いだのかを成田さんに聞いた通りに教えると、ニンマリしてた。そして地下鉄へ降りる出口でハグとキスをして、私は電車で世田谷の我が家へ、周ちゃんは自転車で所沢まで帰って行った。21時を過ぎる頃、ビールを飲みながら湯豆腐をつついてる時だった。周ちゃんからのLINEが入る。”家の鍵がない。よしみの持ってる鍵は家にある?” いつも入れてるスヌーピーの財布の中を覗いた。「え!!周ちゃん、ないよ。」直ぐに電話した。二つある筈の鍵が同時に失くなっちゃうなんて。「それから、実は自転車で転んじゃって。血が出てる。」「どこから?」「顔とか。」

電話をしながら周ちゃんはドラッグストアへ行き、絆創膏を買った。店員に「大丈夫ですか?」と聞かれてる音がする。結構に擦りむいているんだろう。想像するだけで心配が膨らんでいった。「幸いパスポート一式はここにある。最悪このまま行くよ。」

何だか凄く申し訳ない気持ちで一杯だ。何度か思った。半同棲を初めてから、お互いにお互いの生活が乱れて来ている。それは新しい生活の始まりだから仕方無いと言えばそうだけど、もう少し時間も距離もゆとりを持てば良かった。周ちゃんは私が知っている以上に真面目で、びっくりするくらい抜けてる所がある。私の様に塩梅で加減する事が出来ない。まっしぐらに私との新しい生活や新しい色々に没頭してたんだろう。自転車で顔から転んで、家の鍵を二つ無くして、明日からアメリカ。だけど、私が恐れてるよりもずっと彼は生きる力のある男な気がした。大丈夫。命さえあれば、アメリカでもどこでも行ける。私がする事は心配じゃなくって信じる事かもしれない。もう心配は過去に捨てよう。前の結婚はいい加減にしてくれって程に心配ばかりが毎日やってきたけど、もう私には心配はご無用。

晩酌
湯豆腐
フミエさんに戴いた柚子で作ったポン酢
栗原はるみさんのハルミダレ
サミットで買ったレバーの惣菜