
今朝はプレーンベーグルに卵を3つ使った少し甘めにしたオムレツにマヨネーズをかけて食べた。L.Aからの帰国する私のスーツケースはいつもプレーンとシナモンレーズンのベーグルがぎっしり。だけど、ここ数年でぎゅっとしたベーグルが日本でも当たり前のように手に入るようになった。もう3年あっちには行ってない。5時半過ぎに目が覚めて携帯を開くと周ちゃんからL.Aの街並みを映した動画が送られてきていた。L.Aっぽい街並み。好きな景色。大きな木と大きな家、白い壁。鮮やかな色の花。日本のような電柱はないし、歩道のタイルはボコボコ。今日は暑くてTシャツなんだそう。冬でも昼間は暑い。ああ、この光、私も浴びたい。
周ちゃんと少しだけ電話した。「おはよう。周ちゃん。」「よしみ、おはよう。」たった一日空いただけなのに、喉の渇きを潤すみたいに一気に私中が満たされていくのがわかる。だけど、この人は本当に私のフィアンセなんだろうか。未だに不思議な気持ちがする。話したい事が山ほどあるけどやめた。会って話そう。一昨日に不妊治療をしている友人の話をしたかった。どこの病院に行ってるのかLINEでちょっと聞いたら、色々を一気に溢れ出たコーラみたいに教えてくれた。あまりに豊富な知識と内容に驚いた。そして、ちょっとたじろんでしまった。彼女が頑張ってるのはその空気だけでも肌を通して伝わってくる。ちょっとピリピリとさえする。けど、朝食にコーヒーとベーグル食べてる途中に鯵の開きを無理矢理口に押し込まれたような気分だった。この感じなんだろう。子供が出来ないことで離婚を選ぶ夫婦もいると聞く。想像だけど、少しだけ男性の気持ちがわかったような気がした。本当に少しだけ。
私達には子供が産まれるんだろうか。私は正直どっちでもいい。周ちゃんもどっちでもいいって言ってた。欲しくないとは言わないけど、絶対じゃない。ただ周ちゃんといれたらいい。前の結婚では子供が欲しいとはあまり思わなかった。周りが産み出して、そろそろかなぁと考えた程度。当時親友だった子は子供が欲しいけど旦那さんが要らないと言うからうちは要らないって言ってた。家族について最近よく考えてる。あの子は自分の願いを殺してまで誰かと家族をする必要ってあったのだろうか。結局、私達はどんなに愛し合おうがどこまでいっても他人なのに。離婚してから我に返ったように思い出した。私の強い願いはもう二度と自分を見失いたくないという事。事実婚を望んでいたのは一番にアイデンティティの崩壊が起きた事への恐怖だったし、事実婚という契約はお互いの尊重へも繋がると信じたかったけれど、私達はいつまで経っても別々の人間なのだからこそ法的な結婚を選んでもいいんじゃないかと思い始めてる。縛られるのではない。それが希望となるんじゃないかって。人間は弱くて儚い。簡単な事で壊れるけど、意外と頑丈で死ねない。だから難しい。そんな時に救ってくれるのはお金でも恋でも仕事でも無くて、希望だと思ってる。希望を抱ける明日や誰か。
兄が姉に話してた言葉がずっと引っかかってる。「ヤッチャンがさ、寂しいって言ってた。」兄の持つ家族は誰が見ても幸せな家庭。郊外に家を買って、子供は3人。休みとなればキャンプへ行く。兄がサーフィンする時はみんなで海に行ったり、週末はいつも回転寿司だの何だのって家族仲良くお出かけしてる。夫婦でよくデートもしているし、とにかくずっと仲が良い。だけど、兄の言葉の真意はわからないけれど、家族がいても寂しいと言う気持ちがちょっとわかる。私も結婚している時ずっと寂しかった。親友だったあの子がいつだったか急に寂しいと言って泣いた事があった。彼女は夫の事を深く愛してた。だけど、あの愛は何の愛だったんだろう。子供が欲しいという人生に一度しか出来ない願いを殺してまであの子は何を愛していたんだろう。彼女の夫は元アル中。今では大分マシになったと聞いたけれど、私がいつだったかの冬の日の朝に家にお邪魔した時に旦那さんが出してくれたのはお茶ではなくてトマトハイ。それは部屋に降り注ぐ朝陽の中で私の身体をどんどん冷やしていった。美味しかったどうかは覚えてない。
色々を捨ててから、私の日常がどんどんと温かくなっていく一方で私が離れる事を決意した友人を思い出す事が増えていく。彼女達が放置したあの場所はこれからどうなるんだろう。助けたいとも違うし、知らないとも言えない。