
ブランチは昨晩の残りの刺身と冷蔵庫の余ったおかず。南瓜の煮物、小松菜のおひたし、ナスとレンコンと鳥もも肉の甘酢炒め、納豆、卵、海苔、ご飯とキャベツの味噌汁。ご飯は二杯おかわりした。周ちゃんは三杯だったかな。とにかく私と周ちゃんはよく食べる。今日もペロッと漫画みたいに食べた。
午後は周ちゃんに付き合って駒場にある民芸館に行った。前の家が近かったので何度もこの辺を歩いたことがあるけど民芸館は初めて。周ちゃんはまるでここの学芸員みたいに色々を教えてくれている。周ちゃんは親切で優しい男ランキングベスト3に入ってもおかしくない。ジャパンじゃなくて、もちろん、ワールド大会で。おかしなもので、数年前は全く知らない音楽に耳を傾けながらライブハウスの暗闇の中でひとり呆然と夫だった男が唄うのを聞いていたけど、今はこれから夫となろうとする学芸員の話を民芸館で静かに聞いてる。民芸も音楽と同じ。全く知らない。私の口からは、うんともすんとも何にも出てこない。展示品を見ながら、幾つも見ながらそんな事を考えてた。お腹空いたな。「周ちゃん、シーフードパスタが食べたい。」民芸館を出てしばらくすると「よしみがシーフードパスタって言うから、俺もそんな気分になってきちゃったよ!」「じゃあ、今夜はパスタにしよう!ホタテと鮭があるよ。」何だかとびきり元気な声で言った気がする。別に民芸館がつまらなかったわけじゃない。一人じゃ行かない民芸館も周ちゃんとなら楽しい。民芸は大体見てない。家でもスーパーでも日本から出てもいい、周ちゃんとならどこでも楽しい。周ちゃんはどんな表情をして、どんな言葉でどんな話をどんな風にしてる。どんな佇まいでどんな風にこっちを向いて。こっちを振り向いて。私の名前をどんな風に呼んで、その音の大きさはどんな感じ。眼差しはどこに向かってどうやってここにくる。色素の薄い茶色の目が綺麗。そんな時間をただただ見てる。どこでもいいから一緒の時間だけが見たい。これって恋人じゃなかったら完全にストーキング行為だな。
梅ヶ丘の駅前のスーパーを出ると夕方がもうすぐ終わろうとしてた。遠くに夕陽の残りが微かに見える。家までは後15分くらい。坂道を下りながら聞いた。「例えばさ、周ちゃんが今すごくお腹が空いて堪らなくて、そこのコンビニでおにぎりとか肉まん食べる?」「う〜ん。食べない。だってこれからシーフードパスタ食べるでしょ。」「じゃあさ、どうしてもお腹が空いて駅前にあったマックでハンバーガーだけのつもりがポテトも食べちゃって、そしたらどうする?すっごくお腹空いてるの。もう限界ってくらいに。」「食べないでしょ〜。一緒にシーフードパスタ食べられないじゃん。だって材料も買ってるわけでしょ。一緒にシーフードパスタ食べようって話してるわけでしょ。」「そうだよね。食べないよね。けどさ、マックを食べちゃってお腹いっぱいになっちゃって、夕飯はやっぱりいいやってなって。私は一人分のシーフードパスタを作り始めて、あ、やっぱりちょっと食べたいって言い出して、そしたらあなたの分は無いよなんて言わないよね。それでじゃあもう一つ作るからってなって、パスタは温かいうちの方が美味しいし、その温かいパスタはどんどんお皿の中から無くなっていく間に、フライパンの中ではもう一つのパスタがぐるぐると回されて乳化もいい感じ、それで、結局、私は一人で食べるよね。一人前の熱々のシーフードパスタ。」そうだよね。おかしいよね。
あれ、悲しい。何だか悲しいことが目の前で起きてる。だけど、何故だか世界は悲しい私がおかしいみたいな雰囲気。それは家の中だけじゃなくて、いつもの中目黒の酒場とか、どこかよくわからない真っ暗闇のライブハウスでも同じ。元夫といるとそうゆう時間があちこちにあった。一人でシーフードパスタを食べるのは悲しい??たしか、元夫の友人があなたが作るから悪いって言った日があった。だけどさ、私はただ一緒に食べようって話をしてただけだし、ただ、悲しかっただけ。
お腹がペコペコだったから大盛りのパスタを作った。周ちゃんは今日も漫画みたいにぺろっと食べた。両頬を一杯にして美味しい、美味しいって言って食べてた。美味しい時と、考えながら話をしてる時によく目をつぶるけど、何度も目をつぶって味わってた。パスタ、すごく美味しいね。一緒に食べるご飯って楽しいよね。食卓って最高だよね。そうだよね。やっぱりそうだよね。