手巻き寿司

和食 03.2,2022

朝に仕事を終えて、三茶にある婦人科の病院へ。先週の血液検査の結果がでるのと、生理後にする血液検査の為。「お渡しした手帳は持ってきました?」先週に妊活ノートのようなものを渡された。「すみません。持ってきてないです。」「持ってきてって受付で言われなかった?」先生の口調はちょっと怒ってるように聞こえた。年齢的に卵子の数がやっぱり少ない、風疹の抗体が下がってる。けど、それ以外は問題ないとの事。そして来週の生理が終わったタイミングで子宮卵管造影検査をするのだとか。話がどんどんと前へ進んでいく気がした。年齢的にもう時間が無いと何度も言ってた。何だかもやもやする。私、検査をしに来ただけなんだけどな。

家に戻って梃子を連れて周ちゃんと電車で実家へ向かった。病院での検査結果や先生と話したことを伝える。何だか話しているうちに段々と苛々してきた。何で私、焦らされなきゃいけないんだろう。身体の問題と、私がどうしたいかは関係ない。「私達のこれからは私達が決める事だよね。」周ちゃんに聞いた。時間が無いと言われても、無かったとしても、そのチャンスを失うかもしれなくても、他人に私の人生を決められたくないよ。子供が欲しいかどうかは私と周ちゃんのそれぞれの気持ちを確認した上で決めたい。子供の有無は私の幸せに比例するなんて思ってない。だって今のままでも十分に幸せだし、この幸せが子供を作る上で失くなってしまうのなら正直惜しい。

「章、早く立って!」母が周ちゃんに挨拶をした。「妻の雪子です。宜しくお願いします。」こうゆうのは人生で2回目。確か5年くらい前にもやった。当時、母は卓上焼肉がブームで、借りてきた猫みたいになってる何も話さない元夫にひつこく肉を食べるように薦めていた。元夫は下を向いたままで箸もビールも進んでない。父は無言でお酒を煽っていた。変な話、あの時から世界は予感していたんじゃないか。朗らかに誰が見てもつまらない食卓だった。私はどうでもいい話をどうにかこうにか一生懸命に一人で続けた。

父はいつも風呂に入ってから晩酌をする。これは私の習慣でもある。「章、お風呂入っていいわよ。」「いや。ううん。今日は大丈夫。」食卓に私達が座ると10分もしないうちに父はポツポツと話しだした。国分寺や清瀬、若い時に遊んでいた場所の事、母との出会いが西武園遊園地だった。母のお兄ちゃんが営んでいた喫茶店のメニューをレタリングで書いたのは当時デザイン学校に通っていた父だったのよ、と母が横から話に入ってくる。父は、今日の父は何でこんなに楽しそうなんだろうか。気づけばすっかりお酒も入ってご機嫌になっていた。リビングに飾ってある結婚式の写真を指さして、「なんでヤスタミが俺のカミさんの隣で新郎みたいに立ってんだよ〜!」と、もう50年近く前の写真を見て笑ってる。ヤスタミは父の親友。我が家ではヘスって呼んでる。母も仲がいい。そして、私はあの父と母の結婚式の写真がすごく好き。母のレースのドレスと笑顔もビートルズに憧れていただろう父やヘスの窮屈そうな小さなスーツもあの一枚の中に流れている時間が洒落ていて好き。今でも止まってない感じがいい。

父と母は、私達三人兄妹が家を出てから何だかちょっと恋人みたいになった。それは時々姉とジェラシーするくらい。夏は二人で海水浴に行き、秋は温泉宿に、今年は2週間の船旅をするのだそう。「部屋から海がみえるんだって。パパはずっと海を見ていられるし、ママは船の上でエクササイズしたりしようと思って!」二人とも楽しそう。周ちゃんはちょっと緊張してるけれど、父や母と一緒になってお喋りしてる。昨日から胃の調子が悪いと言ってたけど、もしかしたら今日の挨拶のことで緊張してたのかな。

帰りの電車で周ちゃんと話した。「なんか大丈夫だったね。」「乾杯する時によろしくお願いしますってよしみのお父さんが言って、あ、そうなんだって思ったよ。」「私も。」2人で顔を見合わせて笑った。別にドラマみたいに娘さんを下さいみたいな事は必要ないと思ってた。だけど、周ちゃんは結婚をさせて下さい、と言うつもりだったのだそう。「籍はいつ入れるの?」「子供は?」「どこに住むの?」具体的な話は両親の口からは一切出て来なかった。昨年の12月に母に周ちゃんの事を話した時はまだ早いとショックを受けていたけど、もう落ち着いたらしい。いつだったかに「どうせ駄目って言ったってするでしょう。」とも言われたけど、全力で反対されたらやめてたかもしれない。私が決める事だけど無理矢理するもんでもない。それに、人生において結婚は全てじゃない。ただ、周ちゃんと一緒に幸せになりたいなって思っただけだから。

今日の夕飯は手巻き寿司。「あの人は何が好きなの?」母が聞いてきた。「手巻き寿司だよ!」周ちゃんの好物、手巻き寿司。私の好物でもある。実家の手巻き寿司って美味しい。なんでこんなに美味しいんだろうって毎回思う。いい夜だった。