
朝のいつだったか覚えてない。多分、タクシーに機材を詰め込んで走り出した時だった気がしてる。世田谷区を越えたあたりであちこちにメールをしまくってすっかり車酔いをした。アパマンショップからのメール。”お申し込みの物件は別の方の申し込みが入り募集を取り下げていました。” このメールの所為。絶対に決まらないと思ってた。ああ、やっちゃった。遅かった。周ちゃんが所沢の地元の不動産でも紹介してくれた物件だったし客寄せの物件じゃない。こんな田舎の物件がサクッと決まるなんて。直ぐに申し込めるよう、色々と手配して、週末の予定も調整して、他の仲介業者との相見積も取り始めていた。
正直、久しぶりにすごく落ち込んだ。午前の撮影は楽しかったから、ぐっと写真を撮ったけど、午後になって機材を置きに家に戻った時には何だか途方に暮れてた。そうしたら、色々がどんどん放出してくる。私、埼玉に200パーセント魅力を感じて来なかった人生なのに埼玉に住もうと試みてる。そもそも所沢だとか全然知らないし、周ちゃんが居るって事しか見えてない。それに週末に籍を入れようとしたら天気が悪いとか言ってるし、それに赤ちゃんが欲しいかよくまだわかってないのに、見知らぬ男に股を開いて検査を続けて、なんだか偉そうなことを毎週言われてる。仕事は楽しい。それだけが救いなのに、埼玉なんかに住んだら、どうなっちゃうんだろうか。色々なストレスや不安が一気に放出しながら、撮影したケーキをムシャムシャと食べた。周ちゃんに言いたいことは山ほどある。だけど、それは甘えになる。私が望んでした我慢だ。それに、物件については周ちゃんは2週間も前から私に打診してた。私の判断ミスだ。正直、この問題のポテンシャルは低い。私程度のミスだから、きっとやる気さえあればどうにかなると思う。だけど、要は初めて胸が高まった物件だったからこそ喪失感が半端ない。思い入れがあった今の家を出る。簡単な判断じゃない。ようやく安全な場所での暮らしを見つけて、梃子と毎日が楽しくなってきた矢先にまた引っ越すなんて。
午後の撮影を終えて帰ってから、家の中で大きな声で吠えてみた。「もう嫌だー!!」ちょっとスッキリ。「梃子じゃないからね。ばかばかばかー!!!」梃子に先に謝ってから大声で叫んでみる。それから3度くらい、トイレで、キッチンで、玄関で叫んでみた。ご近所さんはちょっと驚いて笑ってるだろうと思う。「ヤダヤダヤダーーーー!!」何だか情けない感じの叫びで我ながら中々のパンチ力の無さだなと虚しくなる。夕方から入ってた打ち合わせが月曜日に延期したのは本当にラッキーだった。お風呂に入ってビールを飲みながら仕事のメールを返した。ブロッコリーを湯でてマヨネーズで食べる。最高だな。マヨネーズ大好き。兄は病気になるんじゃないかって程にマヨネーズを愛していたけど、私は嗜好品としてマヨネーズを楽しんでる。ありがとうマヨネーズ。今日も大好き。
ワインに手を出し始めた頃、ようやく周ちゃんからメールが入る。心の中で遅いよって思った。もう既にマヨネーズもブロッコリーもビールもワインも私を結構なところまで満たしてくれてる。さっきサミットで買ったアボガドに醤油麹をかけたものをつまみ始めて、キハダマグロの血っぽい味も、俄然私を満たし始めてる。結局のところ、私はもう甘えたくない。良好な甘えはいいけど、ただ目の前の不幸を愛している人の所為にするような甘えはお門違い過ぎる。そうゆう女、過去の私も含めて結構知ってる。男が何かを叶えてくれると信じてる感じの、幸福を人任せにしてしまう女。素直で真面目で優しい子が多いのだけど、残念ながら違う。男は性として男になっただけで神様じゃない。女と同じように頑張って生きてる。愛しているのと自分が幸せになるのは違うベクトルで進んでるのに、そこを履き違えると過去の私のように大変なことになってしまう。幸せになりたいと愛を信じたその先には想像しないような不幸が待っていたから。
だから、周ちゃんの私への気遣いが遅くてもいい。どうぞ、ごゆっくり。それと愛とは別物。私の幸せは私のご機嫌は私が取る。ああ、悔しい。今日は呑みまくって、明日酒気ぷんぷんで朝一番の病院へ行こう。結婚も愛している男も私を幸せにしてくれるものじゃ無い。寧ろひとりの方がずっと余計な事を考えないで済むし、幸せへの道は早い気がしてる。
一回休もう。気持ちが落ち着かなくて嫌だ。上手になんてこなさなくていい、それよりもちゃんとやりたいだけ。私の気持ちをもう置き去りにしたくない。来週は瞳ちゃんと青山で買い物しようと約束をしてる。たっぷりと私を甘やかそうと思う。友達って最高にラブリー。