引っ越しまで2週間。想像以上に色々がまずかった。仕事も引っ越しの準備も、なんだか引かない波みたいに押し寄せてきてばかりで既に溺れそう。どうしよう。
周ちゃんのお母さんはずっと笑ってた。15時に丸の内のアフタヌーンティーで待ち合わせ。小柄でふくよかなお母さん。私と同じ籍の人らしい。「初めまして、熊谷です。」お母さんの言葉に私も熊谷なんだけどな、と不思議な気持ちになった。お母さんってどこのお母さんも可愛いのかな。うちの母も可愛いけど、周ちゃんのお母さんも可愛い。ずっと笑ってる。お財布から周ちゃんと妹の写真が出てきてテーブルに並べ始めた。「こんなのどうしたの?母さん、恥ずかしいよ。」周ちゃんが困った顔で言った。一枚は私に見えないように隠して、一枚は「見せて見せて」とうるさい私に渡した。お母さんはにこにこ笑ってる。親になるっていいな。何だか少し羨ましかった。
お母さんは周ちゃんの子供の時や兄弟の話を始めた。事業が忙しかった時にお父さんの案で天井から紐で哺乳瓶を垂らしてお兄さんが自分でミルクを飲むように躾けた話は一番面白かった。「自分で飲みたい時に飲めるし良かったわよ。」って。なんてナイスアイデアなんだろうと関心すると、周ちゃんは「それ、今なら虐待になるからね!」と困った顔。「アメリカなんて直ぐに虐待ってなるから大変よ。」とお母さん。あっという間に一時間が経って私はカーテンを作りにウニコへ。周ちゃんとお母さんは仕事の打ち合わせで千葉へ出かけた。
「カーテンの見積はこちらです。」渡された見積書を開いてみる。え?!10万!!予算、6万くらいだったんだけどな。どうしよう。カーテンの候補は2つ。ひとつは、価格も見た目もスタンダードなカーテン。もう一つは、天然素材のリトアニアコットンのカーテン。まだらなグレーがなんとも素敵で明るい。だけど、10万。”周ちゃん。グレーの10万だって。どうしよう?” “うーん。” しばらくLINEのメッセージを交換した。帰って仕事もしたいし、電気とネットの電話もこれから来るし、明日も朝5時起きで仕事。時間と選択に迫られてイライラした。 “どうする?!” “迷うけど、気に入った方にしたいよね。” “うん!他の予算を調整しよう。オーダーしてくる!” “明るい方が素敵だったよね!!”すごくいいなって思った。素敵な方を選ぶ。そうだったな。
一つだけ前の家から持ってきたもので捨てないと決めたものがあった。「スーちゃん。ずっと丸いテーブルが欲しいって言ってたよね。好きな方を買った方がいいよ。」離婚する11ヶ月前。まだ元夫の病気もしっかり始まっていなければ、私達が夫婦だった時のこと。彼が言った言葉が好きだった。ダイニングテーブルの買い替えで、私が家計を気にしてそれなりの方のビンテージのテーブルを提案した時だった。もう何年もデンマークのビンテージの丸いテーブルが欲しかった。その3ヶ月前に行った北欧への新婚旅行でも、やっぱりデンマークの家具を揃えたいと相談していた。
あの頃の匂いがするものは皿一枚残らず捨てた。だけど、丸いテーブルは捨てない方がいい気がした。全てを否定しちゃいけないことくらいわかってる。嫌いになる方が楽なことも。だけど、全てを塗りつぶしたら私も消えて無くなる。悪いものだけじゃなくて、良いものも貰ってるのだから。彼に出会えて良かったなんて口が裂けても言えないし、あんな恐怖は二度と経験したくない。だけど、残そうと思った。
カーテンが届くのは25日。