チーズ卵サンド

パン 26.5,2022

昨晩、撮影から帰宅すると日中に梃子が吐いたと周ちゃんに聞いた。夜ご飯もほとんど口にしない。まるで枯れかけた花みたいにくたっとして、夜中もずっと調子が悪そうだった。朝の6時半過ぎ。リビングにいると二階から寝起きの周ちゃんの声。「梃子が吐いたよ!」急いで二階へ上がると血の吐いたあとがあちこちに散らばってる。嘘でしょ。梃子は表情を変えずにただ座ってる。「これ、血だよ。」「え?」急いでシーツを洗って、動物保険の24時間対応の連絡先に電話。「朝一番で病院へ行ってください。」レントゲンをとったり、エコーをしたり、吐き気どめの注射をして帰宅。帰ったのは昼前だった。梃子の顔色は朝よりもどんどん良くなってる。

福島に着いたのは18時半。東京へ行くよりもずっと近く感じた。とにかく、埼玉の今の家は不便で不快な気分になる。昼にgoogleで田舎暮らしについて調べてみると一つのブログを見つけた。代々木上原に住んでいた男性がコンビニまで一時間という田舎へ移り住んだ生活の話。田舎という場所は不便、だけどそれを不快にするかどうかは生活次第とのこと。面白い話だった。目的は不便かどうかじゃなくて、暮らしにとって不快か快適か。確かに東京に住んでいたって、不快な場所はあった。中目黒に住んでいたマンションなんて史上最悪の不快な暮らしだった。山手通りの影響で空気は汚いし、家と家の間は狭くてぎゅっと詰まったような感じで窓を開けると直ぐに誰かの家。家の直ぐ裏は通り魔が出る場所があったり、雨が降る度に目黒川は鼻をつまみたくなる臭さ。駅前にはキャバクラのキャッチのお兄さんがいつも立っていて、夜遅くまでやってる飲み屋も多い。お洒落な街だという側面よりも、息苦しさの方が勝ってた。

周ちゃんにここ数日、不満をたっぷりと吐き出してる。タクシーで東京を走る度に世田谷の家に帰りたいと悲しくなった。田舎暮らしはどうしてこんなに不便で不快なのか、朝のラッシュだって最悪だし、駅のホームで人は無言でぶつかってきて、無言で去って行く。GOでタクシーを呼んでも全然捕まらないし、バスが行ってしまえば次のバスは20分後。東京から家まで2時間とちょっと。重い機材を持って、8時間以上の撮影で消耗した身体を運ぶにはあまりに辛すぎる。全く楽しくない。”こんな生活続けられないよ。” 昨日の帰り道で周ちゃんに酷いメールを送ってしまった。そして、梃子の吐血。なんだか、最悪とは言わないけど、全てはこの田舎のせいだと勝手に決めつけてる自分がいる。

まだ帰らない周ちゃん。梃子が倒れていたらどうするんだろう。怒りをぶつけたい気持ちを抑えて8時半になった頃に周ちゃんが帰宅。テコの映像が送られてきた。ほっとした。私、何やってるんだろう。平然を装って、”ありがとう。”とメールしたけど、モヤモヤは止まらない。なんだか、もう嫌だ。こんな事なら一人で生きていた方がずっとマシ。私のワガママや甘えは壊れた蛇口から出続ける水みたいになってる。

変えなきゃ。生活を暮らしを変えなきゃ。前の暮らしが大好きだったとしても、あの暮らしを終えたのは私だ。大好きな世田谷の家。あんなに素敵な家にはもう二度と出会えないと思う。だけど、今度は違う形の素敵な暮らしにしなきゃ。始まったばかりのトライアンドエラーエラーエラーな田舎暮らし。あのまま東京にいたら、私はきっと東京しか知らずに東京で死んでいっただろう。それも悪くないかもしれないけど、重い腰をあげてようやく東京を出たのだから、もっともっと遠くへ、知らない場所へ、知らない生活を知らない暮らしを体験してみるのはそう悪くないはず。L.Aの姉にいつも言われてた。「よしみ、東京好きだよね。日本人っぽくてダサい。」

姉の言葉には一切反論は無かった。私の視野が狭い事はアメリカに行く度に感じていたし、東京へ帰ればそれが一層に狭まることも知ってた。せっかく周ちゃんのお陰で東京を出たのだから、私が変わらなきゃ。東京は好きな街だった。