夕飯

夕飯 14.7,2022

明日、免許の学科試験を受けるために早朝から試験勉強。ここ数日根詰めて頑張った。28歳の時にとった時は勉強なんて殆どしなかったのに。こんなに記憶力がなくなっちゃうものかと怖くなる。だけど、気持ちは万全。早く運転がしたいし、ドライブしてるところを想像するだけでワクワクする。

明日は出発が早いから、試験会場への持ち物を早めに準備しておこうと教習所卒業時に配られた資料を探した。え?ない。まるっと一式ない。ん??? 物は失くさない自信があるし、几帳面な方だし、何処に置いたかわからないなんて事はないのに。だけど、ない。置いておいた場所にない。えーーー!!急いで周ちゃんに連絡した。”大変なことが起きたよ!”

午後は近くのカフェで最後の追い込みの勉強をする筈だったけれど、もう完全に現実にノックアウトされた。もう嫌だ。最近、なんだか色々が上手くいってない。それもどれもが一緒になって、あれもこれもそれもどれも、やることなす事上手くいかないと駄々をこねる子どものようになった。「もう嫌だ。」何度も口に出して言った。雨が降る窓に向かって、マックのスクリーンセーバーに向かって、誰もいないリビングの先に向かって。とにかく、「もう本当に嫌だ。」と言い続けた。始まりは先月の仕事から。頑張ってる事だとか、自分が真剣に向き合ってる事が上手くいかなくなった時に、色々と反省したり改善したりする余地は十分に見つけられたとしても、再出発の旗を振って荒野に出た途端に嵐に巻き込まれるみたいな感じで、6月の終わり頃から、再出発を何度も繰り返してる。何度も嵐に叩きつけられて、もうドアを開けるのも億劫に感じてる。もう、いい加減にしてよ。写真なんか嫌だ。嫌、悪いのは写真じゃない。色々とひとり押問答してるうちにまただ。卒業証明書なんて再発行すればいいだけじゃない。面倒だしお金はかかるけど、それだけだよ。それなのに、度重なるちっちゃな不運たちに被害妄想だけが膨らんでいく。

来週から沖縄へひとり旅にでも行ってこようかな。旅はきっと私を癒してくれる。昨年のように。きっと。けどさ、昨年の今頃、私は半死にしていたわけじゃん。今の生活をみてみなよ。安心に暮らせて、ぐっすり寝てるじゃん。愚痴を聞いてくれる人がいるよ。毎日食卓を囲んで、作ったものを食べてくれる人がいる。何を言っちゃってんだよ。仕事でちょっと嫌なことがあったくらいの程度じゃん。それが続いたくらいで、私は死なないし、ビールだって飲める。ベッドは今夜も私をすっぽりと包んでくれるし、夫の胸に飛び込めば私をぎゅっと抱きしめてくれる。仕事のことだって、また好きな仕事をすればいいし、それが無いなら自分で探しにいったらいいじゃん。私の傲慢さたるや、恐ろしい。

それに、誰かを悪く想うことに心を痛めたり、会うたびにそう感じてしまう自分を非難したりしてしまったけれど、それも結局のところ私の我儘だ。タイプじゃない男だとか、面倒そうな男に言い寄られたら、めんどくさって思えるのに、どうして仕事だと好きにならなきゃ!とか、私の何処が悪かったんだろう?って、頑張っちゃうのだろう。しかも、自分が嫌だって思うことを相手はしているのに。それって、やっぱりおかしい。結局、私の問題だ。相手がどうこうじゃない。「うん。またご飯行こう!」心の中では2度と行かない〜って思いながら笑顔で断る男と同じでいい筈。「聞いてる音楽がダサくて嫌。」とか「ポジティブすぎてロボットみたいでつまらないんだよ。」何んて意地悪言うわけがないし、もっと分かり合おうと努力もしない。誘ってくれてありがとう。じゃあね。でいい。だって、私はあなたと一緒にいても楽しくないんだもん。

まとわりついてる埃をパンパン叩いてみると、あ、結構今って悪くないのかも。そんな風にも見えてきた。確かに上手くはいってないけど、今まで見えなかったことが見えてる。それに新しい仕事が始まりそう。それで、早速いまむを誘ってみた。こないだ仕事の事で励ましてくれて、この人と一緒に仕事がしたいなって思ったし、仕事で大切にしたいのはやっぱり信頼関係でいいんだって気づかせてくれたから。この人とだからやりたい。一緒にやれることを大事にしたい。ひとりなら不安になってしまうことも、誰かがいる、信じて貰えてるって想うだけで、私はより高くジャンプが出来る!先月末からどんよりモードだったけれど、今日もまた雨だけど、今度こそ梅雨明けでいい。

なんだか、新しく本が作りたいと急に思った。大好きなカップルの話。ふみえさんとの料理本の出版企画書を周ちゃんにブラッシュアップしてもらう中で、私が何がしたいのかが見えてきた。そう。私はあの人たちの本が作りたい。新しい企画書を作って、一緒に作ってくれる編集者を探そう。だってやってみるのはタダだし。それで失敗したらまた落ち込むのだろうけど、そしたら、またやればいいし。嫌になったらやめればいいし。時々、周ちゃんの胸を借りて、何かをチャージしてビールも飲んで、またやればいいじゃない。あのカップルの食卓は家庭に溺れていく私を救ってくれた。彼らは同じように誰かのことも救ってくれると思う。冷えていく心を見つけては温めてくれるはず。だから作りたい!