
「昨晩、夜中に “楽しいね〜。” って寝言を言いながら笑っていたよ。」朝に周ちゃんに聞いた。よっぽど合宿が楽しかったのか。だけど、朝食にカレーを食べて二度寝をした時は悪夢で目を覚ました。やっぱりと思ってしばらく扇風機の前でぼーっと風に当たりながら考えた。私達の家はマンションの一室になっていて、今と同じ田舎暮らし。上の階に先輩が住んでいて、ある日、先輩が勝手に大家さんと一緒に私達の部屋の一室をリノベーションして住んでいた。その先輩は若い時によく遊びに誘ってくれて、とても良くしてくれる方で、歳が離れていた大人だったし、いつでも笑顔で応えていたように思う。嫌なことなんて殆ど無かったけど、一度だけBFと別れた時にメールで怒られた事をきっかけに距離を置くようになった。正確には無視されるようになったのかもしれない。暑い夏の日だった。太陽がいつものようにギラギラと夏を始めた朝に長文のメールが何度も携帯を鳴らして、胸がドキドキして怖くてよくわからなかったけど謝罪した。先輩は勘違いしているようだったけど、弁明しようとは思わなかった。私達ふたりの事だから。夢の中の私が、”ああ、もう嫌だ!” と、どうにも出来ない夢の中の現実にぎゅうっと締め付けられたところで目が覚めた。
下らない夢だった。それに、大して怖い夢でもない。だけど、そういう気持ちを思い出した。大きな圧力に押し付けられそうになる感じ。嫌だという気持ちはしっかりとあるのに、それを吐き出せないとき。私は違うと思っているし、それは良くないとわかってるのに、私が私を押さえつける。すごく嫌なのに。絶対に嫌なのに。これはきっと私の心の癖なんだと思う。完全に離婚のトラウマからやってきてる。
少しして起きた周ちゃんに、さっきの夢の話しだとか、昨日話した山若くんとの事を聞いて貰った。「俺は、よしみが作っていたの、凄く良かったと思ったよ。」私の作ったものが変更になったことを気にしてたんだろうか。山若くんは編集長だから意図に従わないと。私の想いに気づいたんだろうか。「今の面白い話しだね。」周ちゃんは嬉しい時に私の頭を撫でる。あまり綺麗じゃないと思う話を、私は別に綺麗ばかりじゃなくていいやと思って話しをすると、喜んでくれる。「行動パターンだよね?」「まぁ、その一つだよね。」「いいとか悪いとかじゃなくて。心理学勉強してるっていうのもあると思うんだけど、なんだか客観的に見ちゃって。」「うん。そうだね。」「嫌な奴だよね。私。」「いや、すごく面白い話しだったよ。悪い話しはしてないよ。話してくれて有難う。」
周ちゃんが出かけてからも、しばらくずっと胸がつかえていた。外の空気が吸いたくて駅前の本屋に欲しかった心理学の本を買いに出かけた。ついでに薬局に行ったり、スーパーで魚を買ったり。だけど、頭はずっと夢や山若くんとの話を考え続けた。このわだかまりは一体何なんだろう。山若くんのアドバイス。それが私の景色と異なってる事をありありと感じてる。けど、それは悪いことじゃない。それに、私が見たくない景色の話が面白くなかったとしても、それが凄いみたいに話されても、それをやってみたらとか、彼女や有名な写真家まで例えにだして話されても嫌なものは嫌だ。ただ、山若くんが悪いって事とは全然違う。
帰宅してからフミエさんにメールを入れた。”フミエさん。今回の作品って皆んなのものだけど、フミエさんらしさが出ているかどうかって、考えてもいいと思っています。編集意図に沿ってもいいし、沿わなくてもいいし。私自身、考えるべきだと思ったので、気になったのでお伝えしました。もし、必要があれば、私の写真を使って下さい。” “よしみちゃん。ありがとう。私も実は今日考えてたの。”
自分らしさってなんだろうと考えたり、誰かに合わせなきゃと自分を隠してみたり、あっちに行ったりこっちにきたりと忙しく考えて嫌になるときがある。別に好きでこんな風に考えてるわけじゃないのに、こんな事を感じてしまう自分が悪いような気さえしてくる。私は写真を撮るのだから、ああでなきゃ。こうでなきゃ。みたいな余計な事も勝手に色々を手伝ってきたりして。だけど、違う気がした。大事なことは、誰が、自分がじゃなくて、みんなで一緒に対話できるような場所があるかどうか。食卓と一緒。目の前にあるご馳走を分け合って食べる。勝手に檸檬をかけたり、好きだからと独り占めしたり、食べ方が間違ってると指摘したり、そんな事をしたら誰かは気持ちがいいかもしれないけど、誰かは楽しくなくなる。美味しいねって、それぞれがそれぞれの感覚で心やお腹を満たせれば、一緒に幸せになれる。
ここ最近、もう日記はやめようかなって思ってたけど、やっぱり書く事にした。私が嫌なことを考えてしまっても、今朝みたいに周ちゃんがいいよって言ってくれて嬉しかったし、山若くんが、夕飯を撮っていたら「イートニューミーやっとる!」と叫んでて、なんだか嬉しかった。合宿、楽しかった。色々な事を考えた。