栗ご飯

和食 03.10,2022

今日から月曜日。手術をしてから明日で1週間。色々を始めるには丁度いい。先週もその前も、これからの事を色々と考えていたけど、あまり上手くは進めなかったから、今日がきっとスタートダッシュの日だ。身体もどんどん回復して、もう殆ど100%に近いくらい。お酒も美味しく飲めるようになった。だけど、どうしてだろう。なんだかいつものように頑張れない。気持ちが焦るばっかりで、色々がついてきてない。例えば、心とか。

“電話してもいい?” L.Aは日曜日の夜。姉からLINEが入った。”いいよ。5分後に連絡するね。” 仕事のメールを送ってから電話をかけると、いつものようにご機嫌な夜を過ごしてるようだった。多分、少し呑んでるんだろう。年末はアメリカで皆で過ごそうと話していたけど、L.A行のチケットが驚くほど高い事や、最近L.Aでは朝食にコーヒーを飲みにいくだけで20$はするから大変だとか、コロナの影響で起きているおかしな状況について話をした。それから、私の身体の話や、周ちゃんに相談しようかずっと迷っている事を話した。

「あのさ、考えない。いいのいいの、今は考えないでいいんだから。10ヶ月で人間を作り上げようと猛スピードで変化し始めていたものが、ピタっと止まってしまったのだから、身体もホルモンも脳も心も、今までのようにコネクトしなくなってしまうのは仕方ないことだよ。普通に戻そうと頭ではわかってはいても、振り回された身体やホルモンは必死なんだから、。今はとにかく考えない。考えて、頑張ってもなにも変わらないから。やっても意味ない。一生のうちの数週間、数ヶ月だけだよ。大丈夫。元に戻る日が来るから。」

最近、SNSを見るだけで落ち込んでしまうことも話した。こないだ、韓国人の女性作家の本にも書いてあった。人の幸せを見て、自分の幸せを量るのはおかしいって。旅先の最高シチュエーションにいる自撮り写真をする人、何処かの有名なレストランの食事を美食家のような評価をする人、モデルみたいに自分の服装についてレビューする人、などなど。「私って、幸せでしょ。」と言ってるように見える投稿。韓国人作家の言うように、他人の幸せを見て、私、何が幸せなんだろう。そして、どうして、自分がまるで足りない存在かのように感じてしまうんだろう。インスタが辛いと思うようになってしまった。

「やめなやめなよ。インスタなんて。あんなもん見るもんじゃないよ。自分と比べたって何の意味も無いんだから。それから、周ちゃんに甘えていいんじゃない?少しくらい甘えさせてもらいないよ。」自立してたい、頑張らなきゃ。仕事早く復帰しなきゃ。もっともっと、あれもこれも。だって一人で乗り越えてきたから。大丈夫、。呪文のように言い聞かせてきた言葉は私をどんどん苦しめていったのかもしれない。

姉が言うように、今の私は完全にコネクトしてない。仕事は普通に出来るけど、それ以上の事が多分出来ないんだと思う。作品を作らなきゃとか、新しい仕事をする為のポートフォリオを作り直すとか、今持っている以上の物、シャッターを押す以外のことがきっと出来ない。それに、どういうわけか自分が駄目な人間かのように感じてしまう。理由は全くわからないのだけど、そう感じる。好きなこともやりたいことも知ってるのに、今以上を求めてしまうし、今以上にならないと駄目だと信じてる。恐ろしいくらいに。

「あっちゃんに言われたこと紙に書いて張っておくよ。」「OK、風通しのいいところにしてね。水場はやめてくださいね。」「わかりました。先生。」冗談を言い合って電話を切った。妊娠中にもし流産したらやろうと書き留めていたメモ。あの時は、流産が怖かったけれど、いきなりやってきた妊娠が続くのも怖かった。だから、どっちに転んでもいいようにと、未来にやることリストを書いたのに、今はそれも出来ない。だけど、なんだかすごくほっとした。電話を切って、明るい午後の部屋の中で少しだけ涙が出そうになった。私、気づかなかったけど、辛かったんだ。

今日からやること。家の模様替え。ぼーっとする。一人になる。何もしない。読書。何もしない。散歩する。頑張ったりしない。SNSは見ない。考えない。旅に出る。庭の掃除。写真は撮ってもいい。友達とのお喋りもいい。とにかく楽しいことだけ。何もしない。以上だそう。コピー用紙に書いて冷蔵庫に貼った。ここなら明るいし、風通しもいいしね。週末になったら周ちゃんに話そう。わかって貰えるかな。どう説明したらいいんだろう。人生をサボってると思われないかな。