
明日は誕生日。離婚した時、これから、誕生日は一人でいようと決めた。私は私を大切にしよう。誰かに幸せにしてもらうのではなく、私のために自分で買ったケーキのローソクには自ら火を灯し、自ら消したい。幸せは与えて貰うものじゃない。あれだけ固く誓った筈なのに、夜は周ちゃんとご飯を食べることになった。一人でいたい、とは言えなかった。それに、やっぱり周ちゃんといたかった。なんだかそれは情けないような、嬉しくもあるような。
昨年の明後日に周ちゃんに出会った。まさかその人の子供を妊娠するなんて思わなかったし、その人の姓を名乗るとも全く想像してなかった。人生って可笑しいくらいに、自由気まま。身勝手すぎる。もっと落ちついてくれないものか。松陰神社駅から歩いて30秒の56平米の一人には広すぎるマンションで、テントを3つくらい立てられるようなベランダで悠々自適に今日も過ごしているはずだった。予定では、時々デートしてセックスしてバイバイするくらいの丁度いい距離感の男と付き合っていて、その人の未来なんて私には関係ない。勿論、明日の誕生日だって一人で過ごすつもりだった。
あの部屋が大好きだったのに、どうしてこんな田舎に引っ越してしまったのか、時々、ふと考えることがある。今日の帰り道だってそう。バスに揺られながら、私は一体何やってんだろうと思った。田舎暮らしは夢だったけど、本当にこれで良かったのかわからない。田舎での暮らしは想像以上に素敵ではあったけど、想像もしていないような不便さや大変さもあった。知らなかった世界を体験出来て、楽しい想いも十分にして、何を今更とも思うけれど、冷静にぼんやりと窓の外の景色が変わっていくのを見ながら思う。今、私は本当に幸せなんだろうか。離婚の時もだけど、結婚もそう。なんだかそんなに頑張ってない。もちろん、上手くいくようにと小さく努めた事は山程あるけど、もう決まってるレシピのようだった。そうしないと美味しくならないような。だけど、今日は美味しくない。周ちゃんとの生活がなんだかやっぱり上手くいってない。
新宿のギャップでクリスマスらしいパジャマを買って、周ちゃんに似合いそうなチェックのパジャマも一緒に買った。昼に久しぶりに瞳ちゃんと表参道でランチして、少し落ち着いた気がする。
幸せって一体なんなんだろう。周ちゃんとはずっと一緒にいたい。だけど、私が十分に今幸せかと言ったら、そうじゃない。思い通りにいかないのが人生だとか言うけど、じゃあ、人生は苦しむ為にあるんだろうか。ベッドに入ってから周ちゃんと話をした。ここ最近のこと、なんだか上手くいってないこと。小さいことは沢山あるけど、きっと妊娠から始まった。周ちゃんは怒ることも、怒られることも苦手。人の怒りに弱い。そして、それを避ける。私は気持ちが溢れてくるのを止められない。わかってるのに止められないし、それが私の生きる衝動にもなったりする。優しい気持ちも悲しい気持ちも、周ちゃんが世界で一番恐れてる、怒りという感情も全部綺麗に吐き出してしまう。
「その、妊娠の時のいつのことを言うんだろう。治したいと思うから具体的に教えてくれないかな。」「周ちゃん、何日の何時何秒みたいな話は無理だよ。感情の話なんだから。私が伝えたいのは、根本的な心の話。行動はその先にあるもの。私の目的は怒ることじゃないし、怒りたくて怒ってるわけでもない。だけど、周ちゃんが怒りが苦手だからと周ちゃんの感情から逃れることは、私からも避ける事を意味するんだよ。」
私達は突然に出会って突然に結婚した。歩んできた人生が全く異なる二人が生活を始めて、上手くいかない方が普通だと思う。価値観は別に合わせなくていいし、それぞれが持っているものを否定したり、強要したりする必要もない。このままでいい。合わないままでいい。だけど、今、私達が一緒にここにいるなら、向き合わないと苦しくなる。塩辛い味噌汁を、「大丈夫だよ、美味しいよ。」と言うくらいなら別にいいけど、とても悲しいのに大丈夫とか、とても苦しいのに気にしないでとか、とても怒ってるのに笑顔でいるとか、そんな事しないでいい。嬉しかったり、優しい気持ちになったりするのと同様、感情は私達の身体と同じ、大切なもの。
どれくらいかわからないけど、しばらくベッドで話した。じゃあ、別々に暮らそう。そんな話は出なかった。自分の努力が間違ってたとか、俺のエゴだったんだとか、周ちゃんから放たれる言葉は悲しみを帯びていたけど、私が苦しかった事を伝えた現実にショックだったんだろう。だけど、そうじゃないよと何度も伝えた。私達は互いに新しい生活の為にそれぞれが出来る事を努めたけど、価値観が合わなかった事も決して悪いことではなくて、問題は今苦しい感情がここにあること。それを解決する為に、過去を悪く言ったり、自分を責める必要なんてない。幸せになる為にやってきたことで、失敗だってある。そんな事よりも、今、気持ちが互いに苦しい事を、今までとは違うやり方で変えていく必要がある。私達は別々の身体を持った生き物なのだから、家族だからといって無理矢理一つにならなくていい。このまま別々であることを楽しみたい。そして、ちゃんと笑っていたい。直ぐに色々を変えるのは難しいけど、生活を少し変えてみようと約束した。
夕飯はモモ。周ちゃんが作った。私の苦手な肉たっぷりのシュウマイみたいなモモで、味の濃いミントのアチャールをたっぷり乗せて3つだけ食べた。