
朝一番で梃子の抜糸。採取した癌細胞の検査も良性だと先生に詳しく説明を受けた。別室で痛そうに鳴く梃子。抜糸されるのが痛いのか悲鳴のような鳴き声だった。そわそわとしながらも周ちゃんにLINEしたり、10時からのオンライン打ち合わせに遅刻することを連絡したりとメールを続けた。
午後は柳瀬さんと一本取材。今日もやっぱり平和で穏やかな取材だった。やっぱり、仕事って人なんだよなぁ、としみじみ。取材先の人も丁寧でかわいい柳瀬さんにご機嫌そうだった。柳瀬さんの彼が林檎農家の息子だと聞いてから、青い空の下にどこまでも広がる林檎畑がぼんやりと頭の中に広がっていくようだった。今日みたいな晴れた空の下になる真っ赤な林檎。綺麗だろうな。そんな木の下で育った男ならさぞ優しかろう。
それからミオちゃんと駅前にあるブルックリンなんとかっていう新しいカフェで待ち合わせ。春に渋谷でランチして以来。「元気?田舎暮らし大丈夫?」「もう大丈夫!今はすっごく楽しいよ。」アンチ結婚と超がつくシティーガールだったらしい私のあまりに急な展開に誰よりも心配していたミオちゃん。「元気そうなら良かった。」と何度も言ってた。それから、ちょっと仕事を休んでいた事と、その理由が妊娠と流産だったことも伝えた。「よしみちゃんの人生は激動過ぎるけど、よしみちゃんらしいと言えばらしいよ。望んでいないのに子供が出来るとか、導かれてるとしか思えないよね。元気そうでよかった。」呆れながらも私の今を喜んでくれてるみたいだった。「私がおかしいみたいに言わないでよ。イスラエルのシェルターの話する女も中々いないよ。」私の言葉に目を丸くして笑ってた。ミオちゃんは秋に2週間ちょっとイスラエルに滞在していた。流行のレストラン、歴史的なもの、街、それからパキスタンにも少し渡ってみたり。軍服にはお洒落なメーカーがあるみたいな話から、戦争や経済の事まで私でもわかるように簡単に教えてくれた。宗教的なものや、国家的なものまで、独特なイスラエルの文化について、とにかく色々と勉強になったと話していた。「だいたいロンドンもNYもシティーはどこもそんなに変わらないでしょ。」「うん。そうだよね。楽しいけどね。」「そうそう。やっぱりこういう文化的なことを学べる経験はいいよね。」自分が持っていたイスラムへの偏見が間違っていたと、特に恥じる事もなく淡々と話すミオちゃんはやっぱりそれこそミオちゃんらしくて好きだなと思った。それから、ミオちゃんのお父さんが常連だった青山の蔦っていう喫茶店のマスターが倒れたっていう話も聞いた。前に取材帰りに連れて行って貰ったお店。カレーが美味しかったけど、他の人が頼んでるサンドウィッチも美味しそうだった。ミオちゃんも小さい時からお父さんに連れられてよく通っていたらしい。「私、やろうかな。いきなりコーヒー屋とかになってたらごめんね。」「うん。いいと思うよ。」
人生なんて何が起こるかわからないし、何になったっていいし、人が何と言おうが思われようが、それで失敗しようが大丈夫。畑を越えたら全然違う話をしてるみたいに、人が欲しい物もやりたい事も全然違うのだし、年齢も性別も生きてきた環境も、なんなら貧困の差だってある。大体誰かは批判して、大体誰かは賛同してくれる。いきなりコーヒー屋になるのはすごくいい。