アイヌ

アイヌのこと。

一番食べたかったのは、イクラ丼でも蟹でもなくてオハウ。アイヌの人たちの食卓にかかせないスープ。アイヌの方が書いた古い本にオハウときびご飯を食べるとホッとすると書いてあったけど、きっと味噌汁的なものなんだと思う。調味料は塩だけ。具材は野菜と魚か肉。魚ならシャケで肉なら鹿やクマなどを使ったそう。それを水で煮込んだシンプルなスープ。北海道の郷土料理、三瓶汁はオハウからきているのだとか。

アユロ海岸。あの世とこの世が繋がっていると言われていた場所。強い場所だから女性は行ってはいけないとされていた。とても綺麗な海岸でここが特別だと言われるのも少しだけわかるような気がした。海岸には貝殻だけではなく色々な種類の石があった。不思議な砂浜。

森のガイドと散策したポロトの森。縄文時代に根の部分が食べられていたというマムシグサ。猛毒のある赤い実が美しい植物。森の生態についての話はまるで私達で言うところの社会みたいだった。そして、森も環境の変化で刻々と変わってきている。だけど、これが何を意味しているのか、ガイドもわからないと言ってた。それから、ガイドの師匠、もう何十年と世界中の森を調べてる方のお話が面白かった。「目といのは間違うけど、耳は間違わないんです。」って。すごくわかる気がした。目は嘘をつけるし見たいものを見ているし見たくないものは見ないことが出来る。動物だと思ったのものがただの木の茂みだったり。当たり前のようにあると言う。そう。きっと恐れていたら、その茂みはただの茂みではなくて、獣の姿に写るだろう。森で目を閉じて歩くと、沢山の今が耳から聞こえてくると言ってた。森はすごいんですよねって。

ガイドに紹介して貰った地元の店で山で採れた沢山の茸が食べれるよと聞いて小さな居酒屋へ向かう。通りから外れた住宅街にあるお店。店内は常連で賑わっていた。シャケのルイベは「雑菌消しの為に凍らすんですよ。」と店主が言った。アイヌの人たちは極寒の場所で暮らしているのに、わざわざ凍らしたものを食べるなんて。なんだか不思議だけど、寒い時にアイスを食べると美味しいみたいな感じなのだろうか。人の味覚っていうのはやっぱり不思議。味は舌だけでなくきっと全身で味わってるんだと思う。

アイヌ文化が色濃く残る白老町、ウポポイで上映されていたクマ送りの儀式 イオマンテ。「イオマンテをしたい。」と、アイヌの方と話している時に何度も耳にした。生きるために行う大切な信仰が出来ないっていうのは、なんだか悲しいことだと思う。それに、信仰のない私にとってその生き方はなんだかとても羨ましくも見えた。

洞爺湖。ポロトはアイヌ語で大きな湖。大きな湖にわざわざ名前をつけるなんて、きっと特別な意味があるんだろう。刻々と沈む夕陽の中、車窓から眺める湖畔は神様でも出てきそうな場所。この景色をどんな想いでアイヌは見ていたんだろう。アイヌにとって神様はカムイ。カムイは自然もそうだし動物、身の回りにある物もカムイ。全てにカムイが乗り移って共存している。全てのものに魂が宿っているという考え方。

言葉もそうで、幼児には名前をつけずに汚い言葉、糞という意味のオソマと名付けて呼んだりする。それは悪いものが近寄ってこないようにする為。目に見えるものは記号のようにコミュニケーションツールとして私達の日常をスムーズにしてくれる。それに反して、見えないもの。人の心や、想い、それだけじゃない。光も実際には見えないし、匂いや声も見えない。アイヌのコミュニケーションは独特だ。その成り立ちはまだわからないけど、見える見えないではなくて、その熱量を感じてるようにも思う。生きる為に必要な熱量がそこにあるか。それは自分とその周りを繁栄させてくれるものか。真実は視覚から入ってくるものだけじゃない、感じるものが見えるものみたいに。

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