
「今日はすごく楽しそうだね。」帰宅した周ちゃんが言った。
午前から角田さんの知り合いの畑に映像を撮りに行った。慣れない車で途中、従兄弟の家の近くを通り過ぎたり、前にリンネルの撮影で行ったお宅を通り過ぎた。週末に食べた蒙古タンメン中本。あれからずっと胃痛が止まらない。美味しくて汁も全部飲んだからだ。けど、美味しかったな。後悔してるような、しないような、短い恋みたいになんとも言えない感じ。ああ、痛い。
30分くらい車を走らせ畑へ到着した。夏みたいに強い日差し。ハウスの中はサウナみたいに暑くて一瞬で汗が湧き出てきた。また別の畑へ移動して撮影。太陽がギラギラと肌を灼きつける。日焼けは中年の敵。夏の太陽とどうつきあっていくか。中年女の夏の課題だ。だけど、本当はこの感じが好き。暑くて熱った肌に、夏風がふわりと触れていく心地よさ。その後に待ってる気だるさ。
撮影はあっという間に終わって、角田さんと近くのガストでこれからの事やそれ以外の色々を話した。何時間話したんだろう。昼過ぎに入って、出たのは17時近く。フリードリンクは何度かおかわりした。沢山の話の中で角田さんは亡くなったお母さんのことをゆっくりと丁寧に話してくれた。私が聞いてもいいのかなと心配になるくらいに、家族だけの大切な話だった。そこには夫の和彦さんも登場する。
誰でも複雑な過去はきっとある。私だって大きいものから小さいものまで沢山ある。それぞれに計り知れない哀しみや苦しみがあるだろうし、それを乗り越えられる人もいれば、乗り越えられないまま苦しんでいる人もいる。どっちがいいとか悪いとかはないし、答えは色々でいい。だけどただ一つ、私達はそれでも生きなきゃいけないってこと。
過去に、生きるか生きないかをどうして選べないんだろうって考えたことがある。大変だった時は、どうか死なせてください。と思った事もある。それは別に死にたいからじゃなくて、その苦しみがもう私ひとりでは抱えることができなくなってしまったから。それなのに、崩壊できない身体があることもまた苦しかった。朝から晩までそれは続いてずーっと苦しい。息を吸っているのに、朝ごはんも昼ごはんも夜ご飯も食べてるのに、身体はどんどん痩せていくし、心はまるで形ある物体かのようで、日に日にその姿形がおかしくなっていくのがわかった。とにかく苦しくて苦しくてちぎれそうだった。その時のことをお医者さんは、強いストレスが一気にかかったからで、限界なのだと言ってた。仕方ないと言われても、飲むと気持ち悪くなる薬を貰っても、世界からの重力に押し潰れそうな日々は続いた。私の場合、幻聴や幻覚まではいかなかったけれど、怖いものが沢山あった。夜、肌に触れる風、タクシーが止まる音、ギターを持った男、グレーのバン、男の大きな声、酔っ払い、中目黒、祐天寺、バンドマンの曲。
夕飯の後、周ちゃんの前でポロポロと涙を流しながら角田さんに聞いたことを話した。話しても全然伝わらない気がして何度も話した。いつもなら人前で泣くのは難しいのに、今日は簡単だった。
角田さんに会うと、1つじゃなくて、10個くらいのお土産を貰ってる気がする。東京にいた私だったらきっと会えなかっただろうなと思う。もし会っていたとしても、通り過ぎていたかもしれない。田舎へ移り住んで、色々な事を感じたり考えたり、大学に入ったりしたことも、全部が関係していそうな気がする。もう前のように流されたくないと思うと、自分がいきたい場所が見えてくる。輪の外は寂しくもあるけれど清々しい。みんながそっちでも、私はこっちが好きだとはっきりと決断できるようになってきた。そうやって歩いているうちに会えた気がする。
「実は、さっきインゲンを見てから頭の中であのインゲンを、ずっとポテサラに入れたらどうかなって考えていたんですよね。」ガストに来る前に無人販売所でインゲンが売ってるのをふたりで見ていた。角田さんは料理に全然興味がないといつも言う。だけど、角田さんといると料理の話が沢山でてくる。そんな小さな会話のひとつが私は嬉しい。多分それは、料理を撮りたい。ずっとそう思ってきたからだと思う。
それから、今日は丹治さんの話も少しだけ聞いた。私はまだ会ったことがないけど、今日もまたより一層に会ってみたいと思った。丹治さんという編集者は、私に料理本というものがレシピを伝えるものだけじゃなくて、暮らしの中のひとつだってことを教えてくれた編集者。
1度目の結婚の時、食べ物の備忘録的な日記を書き始めたのも、それが日常の苦しみを綴るものになったのも、ひつこく今でも日々をここで咀嚼し続けるのも、全部、それは、食べることだけじゃなくて生きるためのものになったからで、時を重ねていく中でわかったこと。それを始めたきっかけは丹治さんが作った高山さんの料理本だと思う。
角田さんが話していた丹治さんの話はとてもいい話だった。今日は疲れた。けど、楽しかった。
冷やし海苔カルボナーラ
のり3枚
梅干し1
オリーブオイル大さじ3
塩麹小さじ1
すり黒ごま大さじ1〜2
豆乳
素麺で和える