Journal 01.1,2017

食卓が好き、イートニューミー は私が作った料理の写真です。

母は料理がとても上手でした。
うちでしか食べた事がないような料理が沢山あって、だけどなんか恥ずかしくていつも秘密にしていました。キャビアのことも、ラザニアのことも、土瓶蒸しに、テリーヌに、ピンク色の寿司飯、ミートローフのことも。きらきらとひかる食卓がとても美しくてその光景が大好きでした。

五香粉の煮玉子と黒酢かけ麺

エスニック 12.8,2022

夕方に奥渋にあるシードル屋さんで編集の花沢さんと瞳ちゃんと待ち合わせ。台風が近づいているらしく、変な天気。2時間くらいお喋りしてから、RiCEのエシカルフードイベントのレセプションへ向かった。大きなイベントに行くのは久しぶり。お酒を一杯頂いてから、写真家の吉祥丸さんのVEGANラーメンを食べた。「これ、僕も持ってますよ。」「え?aria?」首からぶら下げていたariaのカメラを指差して隣にいた男の子が言った。「ここ、僕のラーメン屋さん。」「あ、やっぱり。私、吉祥丸さんのこと撮ったことあるよ。」「へー。どこで?」「ariaいいよね。」「うん。仕事でも使ってる。」「え?仕事で今もフィルム撮ってるの?」「70%くらいフィルム。ウエダに出してる。」「すごいね。」「大きい広告とかもフィルムで撮ってる。」「撮れるんだ。」「スキャニングをしてもらって。」話してる途中で友人に声をかけられて話は終わった。もっと話したかったな。ariaを使ってる男の人は、たったの一人しか知らない。それに、男の人は使わないカメラ。だから、ツァイスのレンズが好きかariaが好きな人。ariaは女みたいなカメラだから。どうしてariaなのか聞きたかったな。

「よしみさん。」「えー!ゆうちゃん?!嬉しいよ。」久しぶりのゆうちゃんと樋口さん。あまりに嬉しくてこのまま飲みに行ってしまいたいくらいだった。「下北に引っ越しましたよ。」「え!よく中目黒脱出できたね。」聞きたい事が山程あるし、話したいこともある。結婚と引っ越しの事を伝えると、インスタを見たよと言ってた。それから、樋口さんは来年にインドに一年スパイスの調査の為にあちこちに移り住みながら暮らすそうで、私も行きたいとお願いした。来月にゆうちゃん家でごはんを食べようと約束して別れた。ふたりと話していると清々しくなる。女を謳歌しているし、女で有ることについて、ふたりから一度だって愚痴を聞いた事がないし、恋をお休みしてるとか、男がいないなんて話も聞かない。昔、樋口さんに中目黒の立体交差点で50代のインド人シェフに雨の中でキスをされた話を聞いたけど、あの話は最高だった。最近はもう強く生きたいとは願わなくなったけど、彼女たちみたいに凛々しく生きたい。すごく何だか元気がでたし、東京の夜みたいで嬉しかった。

今日は花沢さんに結婚祝いに冷やして飲むと美味しいといういう赤ワインを貰った。グルメな花沢さんがくれるワイン。どんな味なんだろう。次は花沢さん家の子供も一緒にご飯へ行こうと約束した。子供がもりもり食べるところが見たい。

出し卵のサンドウィッチ

朝食 11.8,2022

今日から周ちゃんは久しぶりにフィールドワークに出かけた。行ってらっしゃいと、笑顔で送ったけど、本当は結構寂しい。だけど、すごくいい時間だと信じてる。毎週デートするよりも、断然、時々デートの方がいい。私が自分の時間を大切にしたいように、周ちゃんの時間も大切にしてほしいから。私達はいつでも同等であって、いつかサヨナラする日が来ても、それぞれがしっかりと自分のままでいてほしい。もし、二人で一つの形を成してしまったら、足らない何かに苦しまなきゃいけなくなる。今でもいつかでも互いに幸せでありたい。

周ちゃんが朝に出かけてから夕方までずっと昨年に訪ねた氷見で撮ったシェフインレジデンスの作品作りを進めた。フィルムで撮影したデーターの現像作業と日記のリライト。書いていない数日については記憶で書き進めた。夜は残り物を食べて、ビールとポテチで晩酌して、何事もなかったように周ちゃんに電話しておやすみを言ってから布団に入った。

最近、自由になりたいと強く望んでる。また金髪にしようかなとか、なんかそれは違くない?とか。ああなりたい、あの人が羨ましいとか。けど、私はそれじゃないよねとか。そんな風にどこに行こうか迷ってるし、もう全部、何でもいいんじゃないか?とも思う。美味しいだけでいいとか、楽しいだけでいいとか。人が好きだなと想ったり、あの人はやっぱり苦手とふさいでみたり。別にそんなにもう無理しなくてもいいし、結局のところすべて私が決めてる。いいも悪いも。そうやって一周回っては、別にどうでもいいじゃんとなる。そしてまた自由になりたいと望んでる。

ユーチューブで田中みな実さんが、欠点を見つけたらチャンス!だと言った言葉に流石だなぁと感心した。しばらく欠点について考えたけど、欠点って?とも思った。そんな事を言ったら私なんて欠点だらけだし。けど、逆に言えば、きっとシチューみたいに色々が詰まってる。時々、焦げた玉ねぎが出てきても、それが飴色だと言えば、旨味なわけだし。けど、みんなそう。みんな個性的でみんな欠点を持ってる。昔、BFが私の事をスルメイカみたいな子だねと言ったけど、あまりに素晴らしい表現だったので今でもしっかりと覚えてる。理由は、噛めば噛むほどに味がでるのだそうで、それは私だけではなくて、人そのものに対する考察だ。人の欠点は味そのもの。甘いのに辛い?とか、酸っぱいのに柔らかいとか。その個性ひとつひとつに惚れていく。大人になればなるほどに惚れっぽくなるのは舌が肥えてきている証拠だ。世界には愛おしい人が沢山いる。

梃子と私だけのベッドは最高だった。周ちゃん、いつ帰って来るんだろう。そして、私はどうして自由になりたいんだろう。近い感覚と言えば、バックパッカーしてた時の気持ちと似てる。誰も私を知らない場所で自由に旅したい感じ。厭だな、青臭い。

トマトスパゲッティー

パスタ 07.8,2022

今日は朝から家族会議。夏休みの色々を話した。月末に行く予定だった西表島。探しても探しても高いチケットしか残ってない。それなら秋に予定していた東北へ行こうとなった。そして、沖縄は秋に。というのも、秋にミルク様という神様の秘祭を離島で行うから。写真家の石川直樹さんが撮っている日本の祭り。同じく、フランス人の写真家が撮っている祭りの衣装の写真集がある。周ちゃんが働くミュージアムにも置いてある写真集。日本の祭や、沖縄独特な秘祭文化の話で盛り上がった。「クロマタは写真に撮ったら殺されるんだよ。」「え?」「昔に暴行事件になったほどで、今でも写真は大昔に誰かが隠れて撮ったものが少しあるだけ。」ネットで調べるとそれはモノクロの写真でまったく何が何だかわからない神様った。「面白いね。周ちゃんは見たことあるの?」「パーントゥはあるよ。泥の神様で、観光客でも見れるよ。泥をつけられちゃうんだけど。」「えー!これ?すごー。」「これは見たことある?」「ミルク様は無いよ。」「見にいく?」「え?いいの?!」「いいよ。ぜんぜん大丈夫だよ。行こうよ。」ミルク様がやってくる日程はまだハッキリとはわからないらしいけど、秋にミルク様に会いに行くことなった。

東北旅行の安宿やレンタカーを手配。私はその土地の郷土料理だとか、地場野菜などの食材を見つけられたらいい。周ちゃんは何も言ってなかったけど、山岳文化とか、山の神様の場所に行きたいみたいだった。知り合いの山伏の方がドキュメンタリーの映像制作か何かでドイツに行っているらしくて、山伏の奥さんがやってるレストランに行こうと話してたけど、どうやら奥さんもいないみたい。山伏の奥さんで料理を作ってる女性。妄想だけでお腹一杯になってしまいそうなくらいに素敵で魅力的だ。次に行く機会があったら会いたい。

そして、数年前に東京から山形に帰郷したざおーにも会う。こないだ一緒に山形の仕事をしたばかりだけど、会うのは2年半ぶり。すごく嬉しい。一緒にワインを飲む約束をしてる。あと、山の中にある廃校となった小学校で野菜のレストランを開いてる女性の料理も食べに行こうと約束してる。すごく楽しみ。

桃のトースト

朝食 30.7,2022

今週はあっという間に終わった。今日は土曜日だけど周ちゃんは月一回の休日出勤。昼からミュージアムへ出かけて行った。今日はいつもよりもずっと優しくハグをして出かけて行った気がする。友人達にあげる豆板醤を瓶詰めして喜んで見せびらかしてたからだろうか。けど、途中の発酵で出た白カビを綺麗に取り除いてくれたのは周ちゃんだし、豆を綺麗に潰してくれたのも周ちゃんだ。だけど、確実に周ちゃんは豆板醤を愛でる私を愛でていた。ありがたいけど、特になにもしていないし、なんだかちょっとズルをしたような気分。

ここ数日のご機嫌は豆板醤がいい感じに作れたことだけじゃない。りりさんから突然入った “よしみさん、日曜日に群馬に行きませんか?” っていうメールもすごく嬉しかったし、まゆみちゃんがパリで新しい家が見つかったよという知らせが入ったことも、ADのしみるさんにお願いしてる新しい名刺がいい感じになりそうだったり、朝に成田さんと請求書のやりとりの片隅で密やかに、だけど心では大声で威勢よく互いに明るい未来の話をしたことも、そして新しく発刊された料理の雑誌がすごく素敵だった事だったり、ふみえさんを撮った映像がいい感じになりそうだとか、買ったばかりの川島小鳥さんの写真集が部屋に入る度に目が合うことも。すべてがしっくりとパズルがはまるみたいに私が喜ぶところにピタリとハマってる。重かった肩の荷を下ろしたら、すっかりとご機嫌だし世界はまた好きに戻った。

8月は楽しいことが沢山待ってる。新しい水着を下ろすのもそうだし、数年ぶりにりょうこちゃんに会えることも、いまむと約束してる花火も。あと、ふみえさんと編集の山若くんとうちで作品合宿をするのも楽しみだ。ああ、夏が好き。大好き。いよいよ来たよ、私の夏。遊びも仕事も思いっきりに楽しもう。

マンゴーと海老のサラダ

Journal 29.7,2022

出張中に母から送られてきた果物や野菜が冷蔵庫を占領してる。野菜室の奥に熟れてるマンゴーを見つけた。周ちゃん食べたら良かったのに。どうしよう。私はときどき、素晴らしいアイデアレシピを思いつくことがある。夕飯に作ったマンゴーと海老のサラダ。目をつぶって唸る周ちゃん。私もここはタイだと思った。あまりに美味しくって、ふたりともいつまでも上機嫌だった。

人生で一度しか行ったことがないけど、タイを数日放浪したことがある。覚えてないくらい、小さな街や、小さな島みたいなところに行った気がする。鍵の壊れた宿に泊って、適当にバスに乗って、適当に降りて、適当に船に乗った。一緒にいた友人のお陰だと思う。いい加減な若者だった私達のいい加減すぎる旅。友人は朝ごはんに野ざらしの街の食堂でレッドカレーを食べて辛すぎると怒ってたけど、トイレットペーパーのないタイ式のトイレについては何も言わなかった。ものすごく甘くてものすごく辛いタイのごはん。不思議なのだけど、それがどうにもこうにも合う。

マンゴーと海老のサラダ
よく熟れた甘いマンゴー
ボイルした海老
パクチー
干しエビのみじん切り
ナンプラー
トムヤムペースト
レモンを絞ったもの

トムヤムクンラーメン

エスニック 28.7,2022

朝1番で代官山蔦屋へ料理本を探しに行った。池尻に住んでた時は毎週のように通っていた場所。元夫の事を思い出したくなかったから、なるべく避けていたけど、急にもういいやと思った。ここは私が料理写真の勉強をしにくるところだ。ここにしか無い本が沢山あるし、ここで沢山の料理写真を学んだ大切なところ。独学ではじめた料理写真。私の先生は蔦屋書店だ。まだまだ勉強したいことが山程ある。トラウマなんて捨てちゃえ。

昼前に切り上げて電車で帰宅。少し遅めのランチにエダジュンさんのトムヤムクンラーメンを作った。エダさんは小動物みたいで本当に可愛い。だけど、実はすごく努力家だってところも好きだ。前に本を作りたいって話をしたら、「出版社に営業に行ってます?」ってエダさんが言った。待っても来ないよ。作りたいのなら自分でどんどん行かなきゃ。っていう風にも聞こえた。エダさんの言葉にちょっと恥ずかしくなったし、エダさんのことがやっぱり好きって思った言葉。またいつかエダさんのご飯が撮れたらいいな。

エダジュンさんのトムヤムクンラーメン/ youtubeのレシピにて
エダさんのレシピだと、ミニトマトは入ってなくて、桜海老のみじん切りが大さじ1入ってる。忘れてしまった。
素麺 1束
えび 3尾
鶏ももひき肉 100g
にんにく(みじん切り) 1片
もやし 1/2パック
パクチー 
ミニトマト
カットレモン
酒 大さじ2
トムヤムクンペースト 大さじ1
ナンプラー 小さじ1
ごま油 小さじ2

7月27日

Journal 27.7,2022

今朝も3時半に起きた。結局、ホテルから現場に向かっても、自宅から向かっても変わらない時間に目が覚める。ベッドでしばらく本を読んでると、部屋がどんどんオレンジ色で一杯になってゆく。最近気に入ってる青山のホテル。窓が大きくて、夜は東京の街を、朝は太陽を独り占め出来る。撮影が終わったのは夕方の18時過ぎ。ホテルに戻って機材を置いてから瞳ちゃん家に猫を見に行った。数ヶ月前に瞳ちゃんは念願の保護猫を飼うことに決めた。

何だか今日はすごく清々としてる。心に溜まっていたものが、吹っ切れたようにも思う。仕事の事で人間不信になった自分を、馬鹿じゃん、だとか、ズルく生きたらいいよ、とか、心にもないような言葉をぽいぽいとかけてみたりして。かと思えば、頑張ってる友人を思い出して何とか前へ進めと背中を押してみたり。ここ数日は、よく編集の成田さんの事を思い出した。仕事での愚痴を季節が変わるみたいに私に溢してゆく成田さん。彼の事を心から尊敬しているし、彼のそれは私に勇気さえ与えてくれる。

だけど、そう思えば思う程に、なんだコレって思いながらシャッターをきる事に心が苦しくなる。写真が好きで膨大な写真を、料理本や雑誌、写真集を数え切れないくらいに子供の頃から見てきたのに、そうして沢山を私なりに勉強してこの職についたのに、私よりもずっと写真を知らない人がとんちんかんな写真を、表現としておかしな写真をこれが写真だと言う。これは一体何を誰に語るの?私の心が苦しくなるのは私が撮りたいものを撮れないからじゃなくて、インド人はカレーを手で食べるけど、日本人はラーメンを手で食べないよ。「だって数字が伸びるから、だってクライアントがそう言ってるから。」そんな事を言われたって、火傷しちゃうよ。痛いよ。可愛そうだよ。愛がないじゃん。って、心がぎゅうっと小さく潰されそうになる。やっぱり思い出しちゃう。「よしみちゃん。それって愛があるんかな。」絵描きの健太郎さんとお仕事をする時に言われた言葉。ここに愛がないのに、どうやったら愛を届けられるんだろうか。健太郎さん、本当にそう。愛ってのは交換するものだよね。片一方だけが満足するものは愛じゃない。だから、やっぱり何度も成田さんを思い出した。だって、面白い本を作りたい。そういう過程で彼に出会ったから。それはただ、やみくもに仕事をするとか、頑張るってことも意味してない。

今日は仕事の事で、写真を撮ることで沢山を考えた。熱い夏の日。太陽の光で写真が撮れることが、とにかく嬉しかったし気持ちが良かった。仕事で出会う人は色々な人がいて、好きになる人もいれば、そう思えない人もいる。けど、きっとそれでいい。無理してみんなを好きになる必要なんてない。だから、精進して前へ進もうと思う。嫌なことがあったとしても、悲しんだとしても、傷ついたりしても、それは昨日までの事。写真が撮りたいのは明日の話。だから、まったくもって大丈夫。すっごく楽しみながら、すっごく頑張ろうと思う。

夜は久しぶりに広尾を歩いた。アシスタントの時によく通った場所。西麻布の交差点にクロマートというプロラボがあって、撮影が終わるとフィルムを出しに行った。11年前のこと。よく師匠と蕎麦を食べたし、よく師匠の車で通った道。ロケが多い撮影では、夏は死ぬほど熱くて、冬は死ぬほど寒かった。色々と大変なこともあったけど殆どもう覚えてないし、いい記憶ばかりが残ってる。そういえば、師匠はとても温厚な人だったけれど、写真のことで雑誌の編集者と言い合いになった事があると聞いたことがあった。やっぱり、写真のことでは譲らなくていいんだ。

7月22日

Journal 22.7,2022

2泊3日の出張。キックオフミーティングと土地のリサーチを兼ねて。周ちゃんと梃子、家族を連れての仕事旅行。結局、私は免許が予定通り取れなくて、周ちゃんが運転をしてくれた。なんだかすごく穏やかな3日間で、穏やかすぎて私は何かを勘違いしてしまいそうなくらいだった。そうして、私はまた一気に怖がりに戻った。ひとりの時は強くなれるのに、誰かがいると思うと気を抜いてしまうらしい。怖いことを怖いと声にだしたら怖くなるし、嫌なことを嫌だと言ったらもうしたくなくなる。周ちゃんは私のことを自立してると言うけど、全くだ。十分過ぎるくらいに周ちゃんに甘えているし、甘えてばかりいる私にもういい加減にしてよと思う。

打ち合わせに5分くらい遅れて会議室に入ると、丁度なっちゃんが自己紹介をしている時だった。2年ぶりのなっちゃん。最後に会ったときは私はきくちよしみという名前で、そういう人をやってた。だけど、なっちゃんはやっぱりなっちゃんで、大勢の前で話すなっちゃんはなっちゃんだった。ゆっくりと探るように声を出す話し方や、すらっとして背が高くて線が細い感じとか、柔らかそうだけど芯のある感じや、一気になっちゃんの輪郭がしっかりと見えてくるようだった。打ち合わせが終わり、なっちゃんはそのまま次の打ち合わせに入って、私は周ちゃんと近くの店でランチをしながら待って合流。それから、新しく出来たGood newsとか、タミゼに行った。「よしみちゃん〜。元気そうで良かったよ。」「なっちゃんのお陰だよ。あの時、私の周りには離婚した人がいなかったから。すごく勇気を貰ったんだよ。」周ちゃんとなっちゃんはアート関連の仕事で共通の色々があるみたいで話が盛り上がってた。それから、あの時はそんな話を聞かなかったけど、なっちゃんが東京と田舎の2拠点暮らしをしていたことや、超東京のど真ん中に住んでるのに、自然が無いと生きていけないとか、車が好きだから時々一人でドライブしてるとか、知らないなっちゃんの話を沢山聞いた。

「よしみとなっちゃんて中学の同級生だったみたいだね。昔からの友達みたいって思ったよ。」「え。違うよ。大人になってからだし、なっちゃんは友達の紹介で出会ってさ。そもそも、その友達も、しみるさんの同僚だし。だけど、なっちゃんって素敵だよね。所謂、東京の綺麗なお姉さんなのに、仕事も立派だし。なのにというか、あの独特な空気感。」「そうだね。バランス感が絶妙だよね。」「そう。色々な意味ですごくフラットなんだよね。」

新しい仕事のメンバーで偶然また再開したなっちゃん。次の打ち合わせの時は、車で温泉を巡ろうねって話をした。思い出の中にいたなっちゃんも好きだったけれど、ずっとずっとまたなっちゃんが好きになった。

山形のだし

朝食 20.7,2022

朝からふみえさんのアトリエで映像の撮影。久しぶりのふみえさん。なんだか心がほっとした。撮影の前にあんみつを食べながら色々と話したけれど、この一ヶ月色々とあって、少し心が忙しかったのだとか。不思議なもので、私もそうだった。私も、殆どを私の部屋で過ごしていたように思う。仕事のことがあってから、心が忙しくて中々作業が進まなかったり、外にもあまり行かなかった。丁度、一週間前あたり。免許の卒業証書の紛失あたりでドスンとまた落ちて、そこから急に這い上がってきた。

「私、今までの環境がきっと良すぎたんだと思います。思ってる以上に落ち込んじゃって、。なんか酷い時には、写真の仕事をやめようかなとまで考えたりしました。」簡単にではあるけど、仕事で起きたことや、友人のADが言ってくれた言葉、色々をざっと話した。「信頼してたのに、信頼が途切れたことが辛かったんです。」「うん。そうね。」「ショックで。けど、もう大丈夫だし、やめません。」ふみえさんは長かった髪をバッサリと切って夏らしくて可愛かった。「なんかね、星?的に今って色々が変わる時期らしいよ。」「そうなんですね。なんか、最近、私も何かで見たような。。」まぁいっか。そんな感じで話は終わった。同じような時期に別々の問題だけど、お互いに何かと戦ってた一ヶ月だったんだなって思うと、少しおかしかった。

それから、今日の朝食は山形のだしだった。和室のちゃぶ台にパソコンを広げて映像のチェックをしつつ、手元でプリントアウトした資料をペンでマーカーしつつ、急いでご飯を頬張ってると周ちゃんがダイニングテーブルからカメラをこちらに向けながら言った。「マルチタスクすごいね!」「だって、女だからね。」

トマトと豚肉の水餃子

エスニック 18.7,2022

東京はまた感染者が酷いらしい。朝は周ちゃんと庭の畑の掃除。おばけみたいに大きくなったパイナップルセージの苗をカットしたり、枯れてしまった胡瓜の土を耕したり、雑草をとったりした。遅い朝ごはんに周ちゃんが朝に作った山形のだしを食べて、私は作業に取り掛かり、周ちゃんは東京の展示をチェックしに自転車ででかけた。夜はトマトと豚肉の水餃子。あとは、朝に無人販売所で買ったツルムラサキのお浸し、白身魚の青ゆずセビーチェ、温麺とだし。長時間サイクリングを終えた周ちゃんは大体いつもアドレナリンがビシバシでテンションが高い。だけど、食事を終えるとパーマンのコピーロボットみたいに電池がぱたりと切れる。

朝食

朝食 17.7,2022

相変わらず新婚みたいな生活を続けてる。夜はキスをして寝て、朝はまたセックスをする。もうこれが最後のセックスなんだろうと思うけど、もう他の誰かとしなくていいと思う。もう十分に誰かを愛したり愛されたりを繰り返してきたから、きっと私の隅々までが欲してない。一昨日の夜に周ちゃんが少し変なことを言ったのは、きっと私が悪かった。私の方がずっとデリカシーがないから。

「三茶が好きかって聞いたでしょ。」「うん。英語でね。」「気になって考えてたの。好きというわけじゃないし、住みたいとも思わない街。だけど、胸に何かがすごくひかかって。それでね、思い出したんだけど、昔に付き合ってた男を振った街だったの。あとはすごく好きだった子のお母さんがやってるスナックがあって、デートで訪ねたりして、それから、少し年上の人、会社とかやってる面白い男が好きだったんだけど。初めてというか誰かと結婚したいって思ったんだよね。彼と出会ったのも三茶だったの。あとは、20代前半の大学生の頃に初めて三茶に行ったんだけど、2つくらい上の好きな男の子の家でさ、何度か通ってさ。」「えー!?よしみにとってすごい街じゃない。」「自分でもびっくりしてるよ。何も思い入れないと思ってたのに。それから、まだあるんだよ。10年付き合ってた子とね、結婚しようとしてたのだけど振ったの。別れた後に居酒屋でご飯たべたのが三茶で。そしたらまだ俺の女だって言われたんだけど。あれも三茶だった。彼と会ったのはそれが最後。あとは、元旦那さんと出会ったのも三茶。」それから、少し機嫌が良くなかった。思い違いかもしれないけど、なんか変だった。私の恋愛のほとんどが三茶だったことじゃなくて、あまり話さない元夫のこと?

私は別に周ちゃんの前の彼女の話だって、前の彼女達とどうセックスをしてたとか平然と聞ける。私の話だって、笑い話のように色々を引張りだしてきては楽しませてあげることが出来る。だけど、一番最後の婚約者だけは別だ。彼女の事は未だに気になるし、私のジェラシーが見え隠れする度にばれないかとヒヤヒヤするときだってある。そんなこと、私の一人問答だってこともわかってるのだけど。

周ちゃんは昼からフィールドワークにでかけた。今日は近場に行くのだそう。私はフィルムのスキャニングとか、映像機材の事とか、一昨日にアップデートしたパソコンの整理とかをした。夕方に図書館に行って、無人販売所で夕飯用にほうれん草、トウモロコシ、ゴーヤを買って、最近ハマってる神戸のクラフトビールを駅前に買いに行った。「陽が暮れる時間がすごく気持ちがいいんだよ。」「へぇーそうなんだ。」「山がね、さわさわ言うの。ひぐらしの音も聞こえるし。山だとか空がすごくきれいなんだよ。風がね、昼はないのに、いい風がふくんだよ。」夕飯を食べながら話した。夏がきてから食卓が鮮やかになった。地場で採れる夏野菜のお陰だ。毎晩、食卓に並ぶ野菜の話をしてる。新鮮な野菜の味は濃いから調味はなるべく薄味にする。それが薄ければ薄いほどに、シンプルなほどに周ちゃんは喜んで食べる。

馬鹿みたいなのだけど、一度目の結婚のときも同じように思った。このままでいい。この時間が何度も何度も続くだけでいい。もう誰も愛さなくていい。このままどっちかが先に死ぬんだろうけど、どっちでもいい。ただ、それまで思い切りに愛していこう、って。人間ていう生き物は変わらなくて、馬鹿みたいだなと思う。一度目の結婚とは全然違うのに、一度目みたいな気持ちに落ち着くことがある。けど、周ちゃんとの結婚は圧倒的に違うものもある。それは何も望んでいなかったって事。私を幸せにして、子供を産みたい、誕生日は一緒に祝って。結婚してとも思わなかった。ただ、別々でいてくれればいい。それだけをお願いして結婚をした。今、想うことは、周ちゃんを幸せにしてあげたい。また大切なものを失うのが怖いんじゃない。過去を後悔してるわけでもない。ただ幸せであってほしいと願っていたい。お腹いっぱいでいて欲しいとか、ぐっすり眠って欲しいとか、そうして翌朝は寝坊してしまうくらいに寝て欲しいとか、朝ごはんを美味しい美味しいって口いっぱいに頬張って欲しいとか、無邪気なままに沢山のなにかに満たされていて欲しいと毎日想う。

最近、またハグの形が変わってきてる。それが具体的にどうなのかはわからないけど、ハグの中にあるものを掴むような感じが、何度やってもまた感じるそれが重ねても重ねても嬉しくなる。何度食べても美味しい好物みたいに。

夕飯

夕飯 14.7,2022

明日、免許の学科試験を受けるために早朝から試験勉強。ここ数日根詰めて頑張った。28歳の時にとった時は勉強なんて殆どしなかったのに。こんなに記憶力がなくなっちゃうものかと怖くなる。だけど、気持ちは万全。早く運転がしたいし、ドライブしてるところを想像するだけでワクワクする。

明日は出発が早いから、試験会場への持ち物を早めに準備しておこうと教習所卒業時に配られた資料を探した。え?ない。まるっと一式ない。ん??? 物は失くさない自信があるし、几帳面な方だし、何処に置いたかわからないなんて事はないのに。だけど、ない。置いておいた場所にない。えーーー!!急いで周ちゃんに連絡した。”大変なことが起きたよ!”

午後は近くのカフェで最後の追い込みの勉強をする筈だったけれど、もう完全に現実にノックアウトされた。もう嫌だ。最近、なんだか色々が上手くいってない。それもどれもが一緒になって、あれもこれもそれもどれも、やることなす事上手くいかないと駄々をこねる子どものようになった。「もう嫌だ。」何度も口に出して言った。雨が降る窓に向かって、マックのスクリーンセーバーに向かって、誰もいないリビングの先に向かって。とにかく、「もう本当に嫌だ。」と言い続けた。始まりは先月の仕事から。頑張ってる事だとか、自分が真剣に向き合ってる事が上手くいかなくなった時に、色々と反省したり改善したりする余地は十分に見つけられたとしても、再出発の旗を振って荒野に出た途端に嵐に巻き込まれるみたいな感じで、6月の終わり頃から、再出発を何度も繰り返してる。何度も嵐に叩きつけられて、もうドアを開けるのも億劫に感じてる。もう、いい加減にしてよ。写真なんか嫌だ。嫌、悪いのは写真じゃない。色々とひとり押問答してるうちにまただ。卒業証明書なんて再発行すればいいだけじゃない。面倒だしお金はかかるけど、それだけだよ。それなのに、度重なるちっちゃな不運たちに被害妄想だけが膨らんでいく。

来週から沖縄へひとり旅にでも行ってこようかな。旅はきっと私を癒してくれる。昨年のように。きっと。けどさ、昨年の今頃、私は半死にしていたわけじゃん。今の生活をみてみなよ。安心に暮らせて、ぐっすり寝てるじゃん。愚痴を聞いてくれる人がいるよ。毎日食卓を囲んで、作ったものを食べてくれる人がいる。何を言っちゃってんだよ。仕事でちょっと嫌なことがあったくらいの程度じゃん。それが続いたくらいで、私は死なないし、ビールだって飲める。ベッドは今夜も私をすっぽりと包んでくれるし、夫の胸に飛び込めば私をぎゅっと抱きしめてくれる。仕事のことだって、また好きな仕事をすればいいし、それが無いなら自分で探しにいったらいいじゃん。私の傲慢さたるや、恐ろしい。

それに、誰かを悪く想うことに心を痛めたり、会うたびにそう感じてしまう自分を非難したりしてしまったけれど、それも結局のところ私の我儘だ。タイプじゃない男だとか、面倒そうな男に言い寄られたら、めんどくさって思えるのに、どうして仕事だと好きにならなきゃ!とか、私の何処が悪かったんだろう?って、頑張っちゃうのだろう。しかも、自分が嫌だって思うことを相手はしているのに。それって、やっぱりおかしい。結局、私の問題だ。相手がどうこうじゃない。「うん。またご飯行こう!」心の中では2度と行かない〜って思いながら笑顔で断る男と同じでいい筈。「聞いてる音楽がダサくて嫌。」とか「ポジティブすぎてロボットみたいでつまらないんだよ。」何んて意地悪言うわけがないし、もっと分かり合おうと努力もしない。誘ってくれてありがとう。じゃあね。でいい。だって、私はあなたと一緒にいても楽しくないんだもん。

まとわりついてる埃をパンパン叩いてみると、あ、結構今って悪くないのかも。そんな風にも見えてきた。確かに上手くはいってないけど、今まで見えなかったことが見えてる。それに新しい仕事が始まりそう。それで、早速いまむを誘ってみた。こないだ仕事の事で励ましてくれて、この人と一緒に仕事がしたいなって思ったし、仕事で大切にしたいのはやっぱり信頼関係でいいんだって気づかせてくれたから。この人とだからやりたい。一緒にやれることを大事にしたい。ひとりなら不安になってしまうことも、誰かがいる、信じて貰えてるって想うだけで、私はより高くジャンプが出来る!先月末からどんよりモードだったけれど、今日もまた雨だけど、今度こそ梅雨明けでいい。

なんだか、新しく本が作りたいと急に思った。大好きなカップルの話。ふみえさんとの料理本の出版企画書を周ちゃんにブラッシュアップしてもらう中で、私が何がしたいのかが見えてきた。そう。私はあの人たちの本が作りたい。新しい企画書を作って、一緒に作ってくれる編集者を探そう。だってやってみるのはタダだし。それで失敗したらまた落ち込むのだろうけど、そしたら、またやればいいし。嫌になったらやめればいいし。時々、周ちゃんの胸を借りて、何かをチャージしてビールも飲んで、またやればいいじゃない。あのカップルの食卓は家庭に溺れていく私を救ってくれた。彼らは同じように誰かのことも救ってくれると思う。冷えていく心を見つけては温めてくれるはず。だから作りたい!

7月12日

Journal 12.7,2022

21時09分。周ちゃんはまだ帰ってこない。今夜を密かに楽しみにしてた。夕方に駅前に買い物へ出かけた。コスキチでアムリターラのバスソルトとエコストアの歯磨き粉を買って、西武の地下でパッケージが可愛いクラフトビールを買って、西友でポテチとバナナを買った。今夜の準備は万端。外は雨が降ってるし、夏なのに肌寒い。周ちゃん、大丈夫かな。今日も自転車で出かけてる。

「明日はディナーミーティングだから。」「何それ?飲み会でしょ?」「夕飯を食べるだけだよ。」「え、それ、ただの飲み会じゃん!」「知らないよ。だって上司がディナーミーティングって言ったし。」「へぇ。楽しそうだなぁ。いいなぁ。何食べるんだろうね。朝帰りにならないといいなぁ。タクシーが朝の5時に家の前できゅっと止まってさ、そっと玄関が開いて、寝室に入ってきた周ちゃんから石鹸のいい香りがしてさ、小さな声で遅くなってごめんねって。朝帰りはきついなぁ。」「もう、やめてよ!」周ちゃんは少し本気で怒ってた。「冗談じゃん!ごめんね。全然いいんだよ。飲み会だっていいんだから。」幾らだって最悪な事態は想像出来るよ。だけど、周ちゃんがそうじゃないことは最初から知ってる。いつもみたいに一人ドラマを作って楽しんでいただけ。それに、もし本当にそんな事があったとしても大丈夫。私達はそんな事じゃ死なないし、ただ、最低って思って嫌いになるだけ。好きとか嫌いで片付くことは簡単なんだよ。

こないだ友達が浮気されたことを許せないって言ってた。「いいんじゃない。」って伝えた。いいと思う。許さなくていいよ。許してもいいとも思う。どっちでもいいよ。ただ、許したくないって自分が言ってるなら、許したくない自分と一緒にいたらいいんじゃないかな。お気にいりの皿を割ったとしても、しばらくは落ち込むけど、そんなに時間をかけずにわかる。もう戻らないって。だから、忘れたくないんだと思う。相手の問題じゃなくて、答えはきっと自分で、愛したかったとか、愛されなかった自分についてとか。愛の話がすればするほどにそれは愛じゃない。愛っていうのは、信じることも出来るし、望むことも与えて受け取れることも、なんでもどうやら出来る。だから、愛っていうのは嘘も簡単につける。尊くもあれるし、ぽいっと捨てられるものにもなる。愛っていうシールをつけると、どこでも通行許可が通るみたいになっちゃうけど、実際にはどこも通れない。愛だけじゃ、結婚もできない時代だし。愛だけじゃお金持ちにもなれない。だから、許せないのなら許さなくてよしだと思う。大切なのはたぶん、そんな自分と向き合っていくことで、いつか答えがでる日を信じて戦い続けるしかないんだと思う。友達に話すのもそうだし、どんどん世界に馴染ませていくうちに、苦しんだり悲しんだりを繰り返していくうちに、何かが見えてくるんじゃないかなって。

豆板醤

保存食 11.7,2022

豆板醤をこれでもかってくらいに作った。夕飯にスリランカカレーを作ったけど、トゥナパハやシナモンがなくて味が微妙となり、結局インドカレーにシフトした。

7月9日

Journal 09.7,2022

朝一番で三茶へ向かった。「Do you like this town?」駅を出ると周ちゃんがふざけて聞いてきた。「So so…」好きかと聞かれると、Yesとは言えないし、嫌いでもない。だけど、思い出は詰まってる。沢山の人と、沢山の時間と。二十歳を超えたあたりからの思い出があまりに多すぎる。長くいすぎた。ここで別れを告げた男もいたし、ここから好きになった男も、昔のようにここで再会した男もいる。街は変わったと言えば変わったし、変わってないと言えば変わってない。汚くてごちゃごちゃしていて若い人や生活をしている人がぎゅっと小さな街に収まってる。笑って過ごしているうちに夜中が勝手に過ぎて、「あ、朝だ。」隣にすとんと腰を下ろす朝に誰も驚いたりしない。ただ居座れる場所。ここに長居しすぎて出れなくなってしまう人は多いんじゃないか。呑気なふりして浸かってられるから。

駅から歩いて2分くらいのところにある区民集会所で期日前投票をして、三茶を直ぐに出た。それから幾つか立ち寄りをして、鈴木理作さんのARTZONでの展示へ。周ちゃんとは途中ではぐれて、結局出口で出てくるのを待った。だけど、これでいい。これがいい。展示中にお喋りだとか、展示中に目で合図をしあうなんて疲れちゃう。互いの時間に没頭するのがいい。駅まで向かう間、今さっきまで目の前で起きていたこと、そこで見ていた全てが上手に街とシンクロできなくて、「良かったね。」「すごく良かった。」を何度か繰り返した。話したいような話たくないような、複雑な想い。展示だけのことじゃなくて、その背景には自分も紐づいてくる。だから感想を言うというのは、少し躊躇う。西武線に乗り継ぎをする頃にはあの写真が、あのキャプションの言葉がと細かいディティールについて話し始めた。私が写真を撮ってることが恥ずかしくなった事も伝えてみると驚いてた。「あんなもの見せられて、恥ずかしいよ。写真撮ってる自分が恥ずかしいよ。」私が最近疑問に思っていたこと、写真の仕事や写真を撮る人、撮ること、撮るの周りにある環境に嫌気がさしていたこと。その答えを見せつけられたように思ったし、ショックだった。仕事を始めて悲しいことは、褒められることは増えていくのに、いい写真が見えなくなっていくこと。それは私だけじゃなくて私の周りでも平然な顔で起こっていく。見たのはアートだけど、写真のことでもある。とにかく恥じらいを感じた展示で私の色々が火照った。悔しい?虚しい?情けない?悲しい?その感情の矛先はどこへ行きたいのかわからないけど、いい出会いだったと思う。

駅前で串カツ田中を食べて家に帰った。

ちらし寿司

和食 08.7,2022

午後のニュースで安倍さんが打たれたことを知った。大変なことが起きてる。夕飯をすませて、youtubeで報道を見てから早めにベッドへ入った。周ちゃんも私も、特に何か話そうとはしなかった。ただ呆然と夜を終えた。

ちらし寿司
酢飯
マグロのづけ [みりんと醤油でづけにする]
ミョウガ
青ネギ
紫蘇
炒りごま
生姜のみじん切り

素麺

和食 07.7,2022

昼に渋谷でしみるさんと名刺の打ち合わせと、sonyのデジコンを渡した。4月に新しい生活を記録する為に買った久しぶりのデジコン。散々吟味したけど、やっぱりsonyもズームレンズもしっくりこなくて手放すことにした。しみるさんはもうすぐ赤ちゃんが産まれるから写真を撮り始めたいのだとか。私はもう一度フィルムに戻ろうか迷ってる。窓から見える明治通りにはひっきりなしに車だとか、駅に隣接した歩道には人が入ったり来たり。東京はやっぱり変な場所だ。過去にこの場所から歩いて家まで帰っていたなんて、なんだか変な感じ。「地方が変わってるんじゃなくて、東京だけが変なんだよ。」福島の免許センターで教官のおじいちゃんが言った言葉。「車って、最近乗る人が減ってるっていいますよね。」そんな話をしたら、田舎は車がないと生活が出来ないし、車の免許はみんな持ってるよって。私の普通は東京だけの普通。周りの友人達の殆どは田舎出身だけど、みんな、今を東京をどう感じて生活しているんだろうか。

しみるさんとバイバイして、フジモンとミス・サイゴンでランチ。「フジモン、ごめんね。話したい事がありすぎて、とにかく目の前に出て来た言葉だけを話すよ。」田舎暮らしの事、大学や心理学のこと。フジモンが学び始めたきっかけだとか。精神疾患の病を患っている人の話、私が最近いろいろと行き詰っていること。採れたて野菜と東京で食べるレタスの違いについても、鼻息荒くして盛り上がった。スーパーで売ってるのはレタスじゃなかった。いや、レタスなのだけど、レタスはあんなに柔らかくない。パリッと、そう弾けてるよね。同じものなのに、全然違う。世界の認識と田舎で食べる採れたてのレタス違いについて激しく互いに同意した。それはアユルヴェーター的にオージャスが死んじゃうことらしいのだけど、スピリチュアルな表現は置いておいても死んじゃうっていう感覚はよくわかる。流通されている間に、手元にくる頃にはもうオージャスがなくなってしまうのだとか。口の中で感じる限りだけど、ありありとわかる。今さっきまで生きていたのか、もうずっと前に終わってしまったのかが。

それからフジモンの車で富ヶ谷の方へ移動して、移動中も鳴り止まないアラームみたいにとにかく話は忙しなく続いた。「誰を信じるべきか。病気の時にわかったんだよね。」「うん。わかる。」身体も心もどうにもならなくなってしまった時。ゴールさえ見つからなくなってしまった時に沢山の声はいい加減な声にいつしか変わって、私を救ったのも病院だった。中には手助けをしてくれた友人や家族もいたけど、最終的に治療というものが私の生を明日に繋いでくれた。私もどうして心理学が勉強したいのか正確にはよくわからないけど、知りたいことがあまりに多すぎるし、日常のあちこちで歪んだなにか見かける度に敏感に全身が反応してしまう。放っては置けなくなる。元夫の為に行こうとしたアルコールの自助グループ。行ってしまったら病気を認めてしまうことになる気がして結局、区に電話しただけで、折り返しの電話は数週間無視し続けた。世界には言えないことがあまりに多すぎる気がした。言わなくてもいいのだけど、言ってもいいのにって。言えなかった私を見ているようで、救ってほしいと望んでいたのに、いつまでも言えなかった私みたいで。

色々を話していてどうしてフジモンとはずっと友達なのかわかった。フジモンが病で知った世界のことは私が想像することは出来るものじゃない。それは逆も同じくして。だけど、一度でも、自分の生が終わるかもしれないと感じた時。レタスみたい。終わってゆくことを舌の上で気づいてしまったとき。生きるとか死ぬとかが自分の内部でしっかりと確実に理解していくのは恐怖だけじゃなくて、世界への失望みたいなものが見えてしまうからじゃないかって。私ひとりの想像の話だけど、そう思った。だけど、だから。今を生きてる。失望の逆を歩くことにしたから。そんな風にして友達である気がした。

夜はひやむぎ。うちのひやむぎは薬味たっぷり。今夜はもう面倒だったから庭の紫蘇はいれなかったけれど、青葱と茗荷をこれでもかってくらい刻んでたっぷり乗せて食べた。今日はいい日。やっぱり友達はいい。色々な世界のことを教えてくれるし、私ひとりだと間違えてしまいそうなことを気づかせてくれる。

紫蘇トースト

朝食 06.7,2022

ここ数日元気がない。理由は色々あると思うのだけど、多分仕事。これから何をしたらいいんだろう。なんだか急に不安になった。生活の基盤を整えることで今年の半分が終わって、ようやく落ち着いてきたと思った矢先にメインとしてた仕事がひとつなくなった。結果として良かったのだけど、忙しければ忙しいで忙殺される毎日に不満を言ったりだとか、色々を見過ごせる毎日に甘えてしまったりする癖に、面と私に向かう時間ができたら尻込みをつく。本当、人間って勝手なもんだなって思う。そうやって不安と共に過ごした数日。

だけど、よく考えてみたら、この2年ちょっとは生きることで精一杯だった。コロナが起きて離婚して色々が壊れて立て直して、ようやく落ち着いたと思ったころに結婚。そして田舎への引っ越し。さて、私はこれから何がしたいんだろう。オファーされた仕事だけじゃなくて、私がこれからしたいこと。後回しにしてきたこと。コロナの前に同じ紙面でよく顔をあわせるようなフォトグラファーの子達は最近立派に活躍してるのをインスタで見かけて少し驚いた。なんだか私ひとりが置いてけぼりみたいで少し引け目さえ感じてる。あのまま私も走り抜けたらどうなっていたんだろう。あの頃は、とにかく仕事、仕事。仕事が何より大切だった。チャンスがあってもなくても、私が、私が撮りたいって思っていたし、中身なんてどうでもよくて、印象の残るものを撮ること。ただそれだけで、月末に銀行口座にあちこちの会社からギャランティーが入るのを見て、これで良かったんだと理解した。

これからの人生、写真は私を感動させてくれるんだろうか。今日までで言えば、そこそこ膨大な写真を目にしてきたけど、ここ何年もパタリと出会ってない。綺麗な写真だとか雰囲気のある写真を撮る写真家は沢山知ってる。図書館で見たジョエロマイヤウィッツの海の写真が17歳の私の心を動かしたように、荒木さんの料理写真が料理写真の世界を覆してくれたように、女が写真を撮って生きることに、希望を持たせてくれるような、その魅力に翻弄されてしまうような女性の写真家に会いたい。そして、話をしてみたい。ただ勢いのあるような、ただ作品ばかり撮ってるようなものじゃなくて。もうそういうのは散々見てきたから、そうじゃないもの。あまりに美しくて衝動的になってしまうような写真。そんな写真を撮る女性に会いたい。

朝食

Journal 05.7,2022

朝食はトーストを焼いて、アイスコーヒーとメロンと一緒に食べた。

パンケーキ

Journal 04.7,2022

朝はゆっくりと過ごした。周ちゃんは珍しく二度寝をして、私は読みかけの本を読んだ。寝起きの周ちゃんとぽつぽつと話し始めたアドラー心理学の話で盛り上がって、もっと詳しく話そうと散歩に出た。お題は結婚コンプレックスについて。

結婚2回、離婚1回。もう結婚にはコンプレックスも何も無い。だけど、確かに一度目の結婚では、しっかりとコンプレックスの渦にしっかりとぐるぐる巻にされていた。今思い出すとゾッとするような会話を既婚者の友人と当たり前のように話していた。「独身の友人って、どうして独身なのか理由がわかるよね。」「わかる。わかる。」たまたま結婚しただけなのに、そこには何故か断絶された大きな境目がしっかりと見えていた。あれって一体何だったんだろう。「それってさ、中学とか高校の時に男が童貞か童貞じゃないかみたいな話に似てるよ。どんなに勉強ができても、運動ができても、童貞捨ててるやつの方がすごいみたいになっててさ、今となっては本当に意味の無い話なんだけど。」「その例えすごいね。」幻想がいつしか現実になる。それは未婚者も既婚者も一緒になって作り上げた世界のように見えた。敢えて口には出さないけど、そこに漂う空気みたいに誰しもが感じてたんじゃないか。そうやって結婚コンプレックスは双方の想いの中で勝手に堂々とひとり歩きしてる。

離婚して良かったなと思うのは、結婚からドロップアウトしたと思っていた私が、結婚は私の意思で捨てたのだと理解した時。離婚した私にバツがつくのではなくて、私が駄目だから離婚したわけでもなくて、私達の関係性は生きていく上で私も彼も幸福になれないと判断したから。私は幸せになる為に結婚をやめた。彼が病気だったりとか、お酒で暴れるからじゃない。愛が失くなったわけでもない。最期までしっかりと愛していたし、だから憎んだ。それに、離婚してしばらくすると、独身の友人が私の食卓を賑わすようになったのはとても面白いなと思った。彼女達は私が知っていた以上に自立していて、器用に自分の為に幸福を作りあげる事が上手な事にも驚いた。中には彼氏がいない女も沢山いる。そして、時々、気になったのはシングルである彼女達がシングルである事に引け目を感じているように見えたこと。私からしたら何ひとつだって欠けてない。男と幸せを交換なんてしなくたっていい。

結婚を決められない彼氏ともう長いこと同棲してる友人は別れるタイミングを失って、次の人を探すこともいつしか諦めて家を出れない全てを飼い猫の所為にしてる。美人で可愛らしい女だったけれど、最近はもうあまり会ってないし、誕生日にメールしたら、もう祝う歳でもないからとさっと返信がきた。既婚者の友人は夫が子供を欲しがらないそうで、仕事もあるし、子供は別にいいかなって言ってたけど、彼女が夫と旅行やデートをしないのは猫が3匹いるからだと言ってた。最近結婚した友人は長い事セックスをしてない。結婚願望が強い子で結婚しないのならもう先は無いくらいに半ば脅しかけた状態で結婚を決めたけど、よしみちゃんははまだ付き合いたてだからセックスしているだろうけど、うちはもう4年くらい付き合ってるからさ、私も別にしなくていいしと言ってた。離婚して気づいたのは、男イコール幸福みたいな幻想も結婚コンプレックスの延長線上にあったこと。いつでもどこでもひとりでも誰といても幸せになっていいのだし、どうして結婚したり男がいたら我慢しなきゃいけないんだろう。それに、別に結婚状態は自然自発的に幸福を生むものじゃないし。夫や彼氏っていう人間は湧き出る泉のように私に幸福を与え続けてくれるものでもない。上から目線で語らう幸福に蓋をする既婚者と、どこか引け目を感じながらも自ら幸福を積み上げてく未婚者。もちろん全ての女がそうじゃないけれど、私の知ってる東京では珍しくない光景。いい悪いじゃなくて、そこはただ、一方通行で冷たい場所に見えた。そっと腕を掴もうとしたら、さっと引き払われるみたいに。

「結婚コンプレックスってなんなんだろうね。」「男でも会社員だとあるかもしれないけどね。」「ただの幻想に過ぎないのにね。」結婚なんてというか、結婚はいいものもでもないし、すごいことでもない。ただの制度。そこに幸福を肉付けしていくのは互いの努力であって、結婚自体には何の価値だってない気がする。それに、個人的には独身の女たちが羨ましい。周ちゃんのことは世界で一番愛しているけれど、いつ誰と恋に堕ちてもいいなんて、あまりにロマンティックすぎる。それを世の中は自由気ままというかもしれないけれど、どうして一度きりの人生を好きに生きちゃいけないんだろうか。

夕飯

夕飯 02.7,2022

久しぶりにのんびりと過ごした休日だった。自転車でちょっと先にあるアウトレットへ買い物に行って、ナイキで夏に履くサンダルを買った。国道沿にあるスタバで家族会議。夏休みは沖縄と東北へ、クリスマスはNYに、年末年始はL.Aで過ごそうかと話した。後は結婚した記念にいつ写真を撮るとか、家計簿についてとか。あと、旅行貯金をしようとか。それから、庭に向日葵を植えようとも話した。ありふれたような暮らしがずっとしたかった。ただ、一緒に夏を走っているだけなのに、嬉しくて楽しくて仕方がない。

山形のだし

おかず 30.6,2022

梃子の散歩から帰ると、いつものように周ちゃんが庭の水やりをして、ぷりぷりに太った胡瓜と少し小ぶりの茄子をとってきた。キッチンに立ち、早速なにやら料理を始めた。聞くと山形のだしを作ってるのだとか。夏と言えば、やまがたのだし。暑い日に最高のだし。

だしは野菜が細かいのも美味しいけど、私は少し大きく切ったものが好き。周ちゃんのも少し大きかった。「私、野菜は大きいのが好きなんだよ。」「食感が楽しめていいよね。」「私達、気が合うね。」昼食も夕食もだしを食べた。明日から7月。なんだかすごく気分がいい。

山形のだし
胡瓜
茄子
紫蘇
ミョウガ
生姜
醤油 大さじ4
みりん 大さじ1
酢 小さじ1
砂糖 小さじ2

ベーグル

パン 29.6,2022

佐藤くんに頂いた新作だというベーグルにサワークリームに蜂蜜を混ぜたものを塗って朝食に食べた。昨晩は話に夢中になった周ちゃんがガスコンロに火をかけているのを忘れてあっという間に表面を真っ黒に焦がしてしまったけれど、今日はいい感じの焼き加減。今日は家族でヘレナの誕生日会の約束をしてる。12時に浅草の月見草で待ち合わせ。母が好きなレストラン。

午後から取材撮影があるから早めにレストランを後にした。姉と一緒に駅まで歩く。駅前のロッカーに兄から預かったらっきょう漬と手作り味噌、カボス胡椒があるから渡したいのだそう。これからオフィスに行くのに、らっきょうの匂いが紙袋からプンプンしてる。どうしよう。「兄の愛だから仕方ないね。」と姉と笑った。駅の改札で何度もハグして少しだけ泣いて笑った。そんなに話はしなかった。お互いにもう十分だという感じだったと思う。だって苦しみを言葉にするのだって面倒。幸せになりたいから。そんなものに費やしてる時間が勿体無い。私達が強いんじゃなくて、あまりに過去が酷かっただけ。ここまでの道のりが長かった分、戻りたくないという気持ちが大きい。もう笑うしかしたくない。今週の土曜日の便でL.Aへ帰る姉。あっという間の1ヶ月だった。「次は年末ね!」と言って地下鉄へ降りた。

夕方、家に帰ってから姉にLINEした。
“気をつけてね。”
“安心してL.Aに帰れるよ。”
“なんで食事会の時に泣き出したの?”
“色々を思い出したらさ、よくここまで来れたなって。よっちゃんが色々と頑張った先にあったのが結婚だったんだって。周三さんの「結婚させて頂きました。」ってみんなの前で言った言葉で色々と溢れてきちゃってさ。”

一年前の夏。7月か8月の暑い日に春から迷っていたカウンセリングに行き始めて、それがきっかけで心理学のワークショップにも通い始めた。前に進んでいる筈なのに、なかなか終わらないトラウマにもう飽き飽きしてた。いい加減にして欲しかった。それに、心理学は15歳くらいの頃から興味を持っていたものだったから、夢のひとつが叶ったような気持ちにもなった。その辺りから、私はまた一つ加速して変わった。同じ頃に見つかった梃子の癌を乗り越えられたのは、梃子は大丈夫。って信じることが出来たからだったし、信じようと決めたら後はもうとにかく乗り越えるだけ。勇気は一緒についてきた。そしてあれだけ私を脅かしていた街を走るグレーのバンも、マンションの前でバタンと閉まる夜中のタクシーもいつしか姿を消した。毎日が平和の続きだった事を思い出した頃に、誰かが忘れたハンカチみたいに周ちゃんが私の前に現れた。

最近になって周ちゃんは出会った頃の話をしてくれる。私は私が知っている以上にやっぱり男に怯えていて、周ちゃんはもしかしたら私を救いたかったんじゃないか。そんな気さえした。周ちゃんに聞いたら違うって言いそうだけど、あの頃の私はきっとすごく怯えていた。初めて恋をして、初めて男に触れた時のことは何となく覚えているけれど、あの時のそれじゃない。男を知っているのに男が見えないのは、オセロの片面しか見えなくなってしまったみたいな世界だったと思う。とにかく今日を生きるのに必死で今と比べると全てがとても生きずらい毎日。最近は腹を広げて寝る犬みたいに安心しきってるけれど、周ちゃんがいきなり怒ったりしないか、周ちゃんがいきなり私の首を絞めてきたりしないか、周ちゃんがいきなり声を荒げて私に。どれもこれも狂った過去の世界が周ちゃんの仮面をしてまで私の日常をしばらく戻してくれなかったのに、いつしかあっという間に綺麗さっぱりとそれはいなくなった。

“周三さんとよっちゃん、すごくいい関係だったよ。
またパートナーが欲しいと思うかはわからないけど、少し羨ましいなと思ったよ。”
“ほんと?私は未だに結婚が全てじゃないって思ってるよ。周ちゃんは問題はないけど、私が私と戦ってるよ。”
“頑張りすぎないでね。”
“わかってる。”

私達の結婚は、私と周ちゃんだけのものじゃない。私達には、姉や兄も含まれているし、父や母も。梃子だってそう。私は私の身をひとつしか持ってないけれど、その私を支えているのは私の家族だ。いや、私の家族だけじゃない。東京にいる友人だってそうだし、世田谷に住んでいた時の近所の友人たちとは一番大変な時期に伊勢神宮へ旅行した。遠く離れたパリのまゆみちゃんだってそう。一通の手紙を通して私を毎月のように支えてくれた。結婚は幸せのゴールではないし、結婚は全てじゃないけど、安心で安全で平和な生活は周ちゃんがくれたものだ。だからとゆうか、私がこれから出来ることは、もっと世界に優しくなったりだとか、もっともっと勇気を持って生きたり、美味しいご飯を作るとか、写真を撮るとか、なんだろう。私にできることを沢山の人に返したり、あげたりしたい。