カテゴリー: Journal

2月1日

Journal 01.2,2023


周ちゃんは確か先週も忙しかったけど、今週はもっと忙しいらしい。週末から始まる新しい企画展の準備で帰宅は昨日も深夜だった。周ちゃんと仕事をしたらすごくいいと思う。私達が一緒に仕事をする日が来るかわからないけれど、あんなに丁寧な人としたら安心しかないし、我儘を言いすぎてしまいそうで想像するだけで怖い。偉めな上司の娘と見合いさせられたとか、既婚者のチームを組んでいた同僚から休日まで一緒に仕事したいと言い寄られたとか、女ってのはわかりやすいというか残酷な生き物だなとも思うけれど、そんな事をしてしまうのもわかる気がする。出会った時に私の働き方を聞いて周ちゃんはすごく驚いてた。仕事の人は基本信用しないし、プライベートは一切話さないよって。「好きじゃない人、信頼できない人とどうやって仕事をするの?」私の質問に対して周ちゃんの回答は無かった。仕事ってそんなに修行みたいなものだっけ。ただでさえ、写真を撮るのに緊張したり、怖く思うことだってあるのに、せめて側にいてくれる人とは楽しくやりたい。安心したいし、安心して仕事に向かいたい。なんなら背中をさすっていて欲しいくらい。じゃあ、周ちゃんはどうやって仕事をしてるんだろう。忙しくて痩せるってどれほど苦いんだろうか。それは一体誰が喜ぶ為にやってるんだろう。

午前はフミエさんのアトリエで撮影のテストをした。どう撮るべきかわからなくて迷ってる。よしみちゃんはよしみちゃんっぽくていいよね。とか、よしみちゃんの世界観があるとか。そう言われる度に褒められて嬉しい反面、何だか駄目な人みたいにも聞こえてどうしていいのかわからなくなる時がある。写真作家になれなくて仕事の写真を撮る人になった私のただのコンプレックスだけど、勝手にやるせない気持ちになったりしてる。コマーシャルの写真が写真として良くないってわけじゃないし、仕事だって大好きだけど、作家には叶わないんじゃないかと決めつけてしまう自分が時々現れる。写真の質が違うのだから良し悪しなんて無い筈なのに。

テスト撮影を終えて、バインミー屋でバインミーが出来上がるのを待ちながらフミエさんに聞いた。「フミエさんは写真、どう思いますか?」私は今回、フミエさんの料理をどう撮ったらいいのか迷ってる。明るく綺麗にストロボをたいて撮るべきか、それとも自然光を活かして暗くてもイメージを重視したらいいのか。フミエさんのアトリエはあまり明るくない。この状況下で光に頼るのは正直辛い。偶然を狙うのも難しい。どうしよう。

編集の若名さんに相談すると、意外な答えだった。「よしみさんとフミエさんがやってきた事を写真にしてください。」真っ直ぐに目を見ながら話してくれた。不安がる私にライターの岩越さんは写真を撮る人みたいに教えてくれた。季節の光だとか、朝や晩の光を考えてみるのもいいんじゃないか。今回の仕事が決まった時、とにかく若名さんっていう大船に乗ろう。若名さんみたいな方とお仕事出来る機会はないのだし、私達って本当にラッキーだねって浮かれていた。だけど、若名さんが伝えてくれた話は私もだけど、フミエさんの心も打ったと思う。夜にフミエさんとLINEをしていて、とにかく頑張りましょうってメールをしあった。それに、岩瀬さんがいてくれて良かったし、フミエさんの友達の赤松さんもそう。

まだ少し時間がある。ゆっくりと考えてみよう。来週から大学の講義が始まる。

1月31日

Journal 31.1,2023


何だか忙しない数日。朝から少し苛々してる。理由は朝から周ちゃんが餅なんて焼くからだ。どうして忙しい最中に餅焼いたりするものかと腹が立った。ひっくり返したように汚れたキッチン。餅がこびりついた流しを誰が綺麗にすると思っているんだろう。けど、周ちゃんが焼く餅は美味しいし、嫌な顔一つせずに食べた。何とも私の心と心に板挟みで苦しい朝。一人暮らしはあんなに快適だったのに、男と住むというのはどうしてこんなにも大変なのか。私の人生の半分は多分、同棲とか結婚に費やしてきた為に一人暮らしの経験は賞味2年。あの時間が今でも恋しい。終日が王様。好きな時に起きて好きな時に寝て食べて。脱いだものも散らかしたものも、自分のタイミングで片付けるし、誰かの何かをやってあげなくていい。無いものねだりなんて事はわかってる。時々こういう日がやってくる事も。

朝は撮影の準備をして、午後は大学の成績表と卒業証明書の取り寄せをし、急いで歯医者に向かった。今日で最後らしい。先週の麻酔が酷くてもう行きたくないと思ってたので良かった。帰宅すると直ぐにりょーこちゃんから小包が届いた。同封されていた手紙を開けると綺麗な字で結婚おめでとうって書いてある。それから、食卓はよしみちゃんが好きな場所だからって。小さな桐箱を開けると水引のように結われた銀の箸置きがライトの光に反射してキラキラと光っていた。全てがそれぞれに違う形。なんて綺麗なんだろう。思わずため息がでた。富山県の伝統工芸品らしい。

りょーこちゃんに会いたいな。くだらない事で笑いあいながら麦酒をガブガブ呑みたい。りょーこちゃんはよく笑う。だから嬉しくなってつい調子に乗ってもっと笑わせたくなってしまう。そうして楽しいのループが始まる。ずっと前に一緒にベトナムに行きたいねって話していた。ネオンが光る街を酔っ払い女二人でじゃれ合いながら歩きたいな。二人して何を撮ったんだかわからないような写真を撮り、後から上がった写真を見返してケタケタ笑いたい。

1月28日

Journal 28.1,2023

午後からりりさんと池袋の中華で約束。今日はりりさんの夫となった陸さんもくる。陸さんに会うのは初めて。りりさんが結婚を悩んでいた時にビデオ通話で周ちゃんと3人で話し合ったことがある。いつだったか覚えてないけれど、今の家に越してきてそう経っていなかったからきっと昨年の春あたり。メールでは二人に相談したいことがあると言っていたけど、もう心にはしっかりと決意が見えていた。ただ突然に起こった現実に心を激しく揺さぶる動揺をどうにか形に声にしたかったんだろうという感じに見えた。それに、結婚への決意はりりさんらしくて、いつも通り真っ直ぐな彼女そのものだったことに安心したというか、嬉しかった。

そもそも、りりさんも私も結婚を強く望んでいた訳じゃなかった。いきなり現れた結婚を思わず飲み込んでしまったような感じに近い気がしてる。勿論、後先考えてる余裕もないし考える気もなかった。りりさんがどうだったかはわからないけど、本当にあっさりと私達は結婚をした。時々思う。少しだけ私とりりさんは似てる。自分の事はよくわからないけどそう感じる時がある。

私と周ちゃんが到着する少し前に二人は到着したようだった。陸さんは写真よりもずっと大きくて少し驚いた。笑顔はまだあどけなかったけど、丁寧で律儀でどこから見ても芯があるとゆうか、ちゃんとした大人の男だった。リリさんのお母さんが気に入るのもわかる。もし、私に娘がいて陸さんを連れてきたら、私だってピザと寿司を出してしまう筈だ。よく食べてくれる姿を見ているだけで嬉しくて泣いてしまうかもしれない。それに、陸さんを好きになった一番の理由はりりさんの事を何度も尊敬してると話していたことだ。りりさんはすぐに泣いてしまうけど、自分に嘘をつかない。小さい身体でどうにかこうにか思いきりに生きようと前へ進む潔い生き方は私も好きだ。陸さんがそれをちゃんと知っていたとゆうか、きちんと言葉にして彼女の事を語ってる姿がかっこよかった。

何かが出来るとかスゴイみたいな事よりもずっと、どうにもならないその人の中で精一杯に生きてる方がずっと魅力的に見える。有名とか仕事とか、美人だとか金持だとか、その人を示すサインにはなるかもしれないけど、魅力を量る値にはならないし、人間の魅力はそんなもので量れる程につまらないものじゃない。何年も前から年収800万以上の人と結婚したいと言っていた友人達は独身をずっと更新してる。お金は大切。あればあるだけ困ることはない。けど、人間の面白さはお金で量れないとも思う。周ちゃんにそんな女達の話をすると、子供みたいな答えが返ってくる。「えー。それって、愛じゃないじゃん」って。その通り。けどさ、みんな本当に愛が欲しくて結婚してるんだろうか。それぞれのそれぞれなりの勝手な言い分で愛を語ってるだけだったりもしないか。子供が欲しいとか、そろそろ結婚したいとか、仕事がしたくないとか。結婚してないと恥ずかしいみたいなのもあるかもしれない。けど、それが人生になるのだから理由は何だっていい気もしてる。ただ、面白くないと意味がない。愛よりも前の話、面白いか面白くないか。そしたら年収なんて正直どうだっていい。

夕飯は茸鍋。〆に太い武蔵野饂飩を煮込んで食べた。

1月27日

Journal 27.1,2023


午前は新宿で美容皮膚科のカウンセリング。年末、後藤さんに「勧誘とか一切断れば無料で出来るから。」と言われていたのをすっかり忘れていた。若くて綺麗な女の子のひつこい勧誘にうんざりして直ぐに店を出た。妊娠を終えてから一気に増えた肝斑。妊娠後に増えると聞いていたけど、こんなにも増えるものかとげんなりしてる。やっぱり新宿は嫌い。逃げるように湘南新宿ラインに乗って逗子へ直行した。今日はフジモンと会う約束をしてる。最後に会ったのは妊娠前の夏のいつか。渋谷のミス・サイゴンでランチをした。結婚祝のお礼に達磨をあげたら嬉しそうにニコニコ笑って喜んでた。一見よくわからないものとか、不思議なものを全力で喜んでくれるフジモンは可愛い。子供のように無邪気な姿を見ているだけでこっちまで幸せな気持になる。フジモンはパリのマユミちゃんの親友。マユミちゃんは大好きな友達の一人だけど、その友達のフジモンもいつしか大好きな人になった。

年始に旦那さんのショータさんが事故を起こした事がずっと気になっていたから聞いてみると、身体には問題ないとの事でほっとした。ショータさんと、かかんの新しいPR動画の打ち合わせの約束をしていたので、打ち合わせの件が止まり申し訳ないとの事だった。お詫びに今日のランチ代を貰ったよ、と嬉しそうに言ってた。ランチは鎌倉野菜が美味しいモダンダイニングみたいなレストランで丁寧に作られた野菜を使った定食を食べ、散歩がてらに鶴岡八幡宮を歩いた。平日なのに週末みたいな人混みの中、夏に妊娠した事や、それで大学での勉強を決意したことなど話した。いつ何が起こるかわからないし、本当に辛かった。仕事も写真も大好きだけど、子供が出来ることが嫌だったわけじゃないけど、なんだか自分の人生から阻害されたような孤独感を味わったこと。周ちゃんは決して無視していたわけじゃない。当たり前のように私の日常が奪われてゆく中でいつもの通り仕事へ出かけただけだ。仕事、遊び、やりたかった事、やるべきだった事も。どうして女の私だけがこんな辛い想いをしなきゃいけないんだろう?事故のように起きた妊娠に対して、もどかしくて腹だたしくて悔しかった。フジモンは隣で大笑いしてる。「よしみちゃん!わかるわかるよ!うちだってさ。」男と女が不平等になるのは今に始まった話ではないけど、女性が妊娠したり、子育てをする事について、正直聞いてないよこんなの!と思った。これは周ちゃんが悪いなんて話じゃない。きっともっと大きな話だ。社会とか、歴史とか、ずっとずっと広くて大きな場所のこと。あのフツフツと煮えたぎる想いのことを鼻息荒くしながら参道で話し続けた。

「男なんて所詮わからないんだから。」姉が言ったあの言葉は本当に明答だと思う。勿論、悪意のある答えじゃない。だって、これは互いに思いやろうみたいなままごとで解決できる話じゃない。やっぱり私達は他人であって、別々の生き物であって、尚且つ性別も違うとしたら、尚更わかりあえっこない。お腹が痛いと言ってるのに、冷えた水でも飲んでねと渡されても、その優しさは痛みに突き刺さるだけだから飲めない。そんな風に妊娠をしたら男がより一層に嫌いになった。笑顔の可愛い妻でいたいなんてのは理想にもならない空想。

今日、特に話したかったのはフジモンの大学の話。2年前から心理学を勉強してる。あと働いてるクリニックの話も。私も大分解決しない人になったと思う。もうジャッジはしたくない。いいとか悪いとか。人の悪口もだけど言わない。肯定もしない。考えれば考えるほどに、答えなんてものはなくなっていく。フジモンもそうだ。二人で人の話を沢山した。頭を抱える程じゃないけど、あちらこちらに転がってる誰かの奥底にあるような暗くて皆んなが見ないようにしているような話をコーヒーを飲みながら淡々と話し続けた。同じようなことを勉強しているからというのもあるだろうけど、こんな風に話を出来る友人は他には一人だっていない。

前の夫の話も少しした。口から出したのは初めてだった。今だから考えられること。病のことについて、今どう生きているか。そしてあの病は彼の未来をどうしていくか。正直なところ、最近はあの病気のことをもっと知りたいとさえ思ってる。本来であれば忘れるべき過去なのに、これから料理し、さらには食べてみたいだなんて。「私の生命力やばいよね。」って冗談混じりに話すと、フジモンはまた大笑いしてた。本当にどうかしてると思う。だけど、きっとこれが生きるってことなのかもしれない。

1月25日

Journal 25.1,2023


今日は急遽撮影となった。だけど、ロースターの事務所までは家からそんなに遠くないし、あっという間に撮影も終わった。駆け出しの頃に少しだけファッションの撮影をしていた時のことを思い出した。こんな感じで撮影してたな。あっという間にファッションは撮らなくなったけど、なんだか懐かしい感じがした。家を出たのは朝の6時半。まだ辺りは薄暗い。周ちゃんが運転しながら「娘を送るお父さんみたいだね。」と笑いながら言った。最近、周ちゃんに駅まで送ってもらう事が増えた。いつか自分で車で行けるようになったらいいけど、これはこれで気に入ってる。

撮影が終わって池袋まで急いで向かってる時に編集の岡崎さんと駅でバッタリ会った。今朝、丁度思っていたこと。今日、岡崎さんに会えないかな。何か小さなプレゼントでも渡したいな。岡崎さんは今月で退社する。この一年で何度か現場でご一緒したけど、もっと話したかったし、なんなら飲みに行きたいくらいだった。偶然の出会いに驚きながら少しだけ話して別れた。会えて良かった。それに、これからの話も聞けて嬉しかった。やりたいことがあるのだそう。新しいことを始めるっていうのは、他人事でもワクワクする。

夕飯は麻婆春雨にした。

1月19日

Journal 19.1,2023

朝から撮影。今日も編集の佐々木さんとライターの森本さん。それから、編集の藤本さん。スタイリストさんは初めてお会いした女性だった。料理の仕事はやっぱり楽しい。むちゃくちゃ楽しい。料理を作る人ってどうしてこんなに素敵なんだろう。そして料理の仕事ってどうしてこんなに楽しいんだろう。今夜は冷蔵庫にある残り物のおかずと冷凍イカで中華炒めを作った。少し遅く帰宅した周ちゃんと食卓を囲んで私はずっと興奮しっぱなしで話し続けた。「今日の料理家さん。すごい素敵なの。すごいよね。」お酒が入っていた所為もある。だけど、とにかく嬉しかったんだろう、楽しかったんだろう。私の話を聞く周ちゃんもとても嬉しそうに見えた。

前はいつも夫の機嫌に振り回されていたのに、今は私の機嫌が周ちゃんを悲しませたり喜ばせたりするようになった。毎月やってくる生理に加えて、怒ったり喜んだりが絶え間なくやってくる私にとっていつでも機嫌よくいる事は案外難しい。だけど、出来るだけ1日でも多く笑っていられるようになりたいと思った。何だか今夜はいつもよりもずっと家族みたい。少し呑みすぎた。

1月14日

Journal 14.1,2023

起きたのは6時過ぎ。いつもよりもずっと寝坊した。毎朝早朝に続けている心理学の勉強。今日はお休みにした。それに、ちょっと気分が悪い。年始から見ている夢がある。つい先日も見たし、同じような夢を何度も繰り返しみてる。今日は母とお婆ちゃんと見知らぬ写真家らしい女性、それから編集の成田さんが出てきた。それぞれが異なるシチュエーションで何かしらの理由で私を責め立てている。毎回どうしてそんなに怒っているのかがよくわからないけど、なんだか申し訳ないような気持ちだとか、私って駄目な奴。やっちゃったたなぁと反省してる。先日、周ちゃんとユングの夢分析について「あれはスピリチュアルの世界の話だ。」なんてバカにしてたくせに、ベッドに潜りながら真剣にユングについて検索した。一応、心理学の療法の一つではある。無意識のところで自分が送るメッセージがどんなものか、そこに隠された深層心理を探りながら問題と向き合っていくという療法。夢占いとは違う。googleでは結局、なんともいい加減な夢占いの記事ばかりがでてきた。だからと言って朝から大学の先生が書いた研究結果のようなPDFの資料をダウンロードしてまで読む気にもなれない。読書でもしよう。数分で諦めて読書を始めた。一昨日に青山ブックセンターで買った坂口恭平さんと精神科医の斎藤環さんの往復書簡本。二人とも元々好きだったけれど、好きと好きの化学反応は掛け算どころか超越していた。文章が言葉がするすると入ってきて気持ちがいい。背中や足に背びれや尾びれがついて人魚のように物凄いスピードで二人の間を自由に泳いでいるみたい。

坂口さんは時々イッてしまうような天才的な文章になるのだけど、それが双極性障害の語り口にとても似ていて、まるで前の夫が話しているようにも聞こえた。とはいえ、坂口さんは公表されているように元夫と同じ双極性障害であり、本人いわくほぼ完治状態。私は精神科医ではないから実際のところわからないけど、あの日々のことを少し思い出した。だけど、もう最近は全然恐怖を感じることはない。寧ろ、あの時のあれは一体なんだったんだろうと興味さえ沸いてる。けど、本当はいつまでも怖がった方がいいんだと思う。自分でも驚くくらいに元の自分に戻ってきてる。元夫と付き合った時もそうだった。彼がおかしいことはわかってたけど、写真を撮ったら面白そうな気もして付き合った。身の危険を犯してまで良い写真に出逢えるんじゃないかと期待しまう欲望やその状況を冷静に受け止めてしまっていた自分。若かったとはいえ、あまりに刹那的すぎる。私達の時代でいう援交をしていた子みたいだ。彼女たちそれぞれにはそれぞれの理由があったとは思うけれど、それ以前に未来や自分の命への愛着がカケラもないような感じだ。

なんとなく成田さんの事が気になってメールした。新年の挨拶と昨晩の夢で怒られた事を伝えた。直ぐに返答があって今度お茶かランチでもしようとなった。”今日、明日でも大丈夫です。” “私も大丈夫。” この週末は藤原さんとしんちゃん、村上美術のゆうやくんが家に来る筈だったけれど、しんちゃんの仕事の関係で昨日にリスケとなったところだった。色々の偶然が重なり数時間後に隣駅になるネゴンボというスパイスカレーのお店でランチをした。ネゴンボはRiCEの撮影で成田さんの編集で撮影に入った店。4年くらい前の話。どこだかわからない寂れた小さな街にポツンとあるカレー屋。何年も前、ネゴンボがこんなに有名になるずっと前に東京ピストルの草薙さんがいつものように「すっごいカレー見つけたんだよ。」目をギラギラさせて話していたのを思い出す。よくもまぁ見つけたもんだと思うけど、草薙さんはやっぱりすごい。あれほど感度の高い人に出会った事がないと思う。結局、今はサウナ本で大ブレイクしてるけど、あの時代にこんな田舎にあるネゴンボを見つけてくるなんて。そしてその街に移り住んだ私。人生とは本当によくわからない。

近況とか成田さんのお仕事の話とか、少しだけインドの話をした。RiCE編集部に入ってもうすぐ6年目だそう。初めて会ったのは大塚での現場でビール特集だった。大学のテストが終わってから来ましたと言ってたけど、あの日から6年だなんて信じられない。それに当時は未だ20歳そこそこで子供みたいに見えた男の子とこんなに仲良くなるなんて想像もしてなかった。何年か前に受けとった電話の向こうでは半べそかいていた事もあったし、かと思えば夜遅くに酔っ払って陽気な彼が満面の笑みで家に遊びに来たこともあった。仕事ではもちろん絶大な信頼を置いてるし、とにかく一緒にいて楽しくて、彼の人柄が好きだからとしか言いようがない。ただそれ以上でもそれ以下でもない。

カレーを食べてから駅前で仕事の話を少ししたけど、どんな仕事をしようともやっぱり誰としたいかだと思った。面倒な話はそこまで考えないでいいのかも知れない。成田さんと話してるとやっぱり彼が好きだなと思う。相変わらず私の日記も読んでくれてるみたいで何だか照れくさい気もするけど嬉しかった。それに、今日はようやく気づいたこともある。私はもっと器用にならなきゃいけないんだと自分を責めてばかりいたんじゃないかってこと。ユング的に考えるのであれば夢というのはフィクションだ。その創造者は私で、私は誰かの役を演じながら私に何かを言う。夢の中で上映されている場所も人も状況も私の頭の中で作られたシナリオだ。夢の中の私は責められているんじゃなくて、私は私を責めたかったのかもしれない。何かがきっと気に食わない。だけど、理想と現実は違う。私はやっぱり器用になれないんだ。ならなくていいのかもしれない。そこで出来ない自分を責め続けても答えはきっと出てこない。出来ない。それでいいんだ。だけど、だからこそ、誰と仕事をするかを決める事がやっぱり大事だし、その為には私も私の写真も間違わないようにしなきゃいけない。今日は会えて本当に良かった。やっぱり仲間はいい。次は大場さんの事務所で2月末にでも新年会をやろうと約束した。もちろん大場さんには何も話してない。

晩酌

Journal 13.1,2023

今日は朝から夜まで撮影。周ちゃんは夜から石川さんのワークショップに出掛け、そのままマン喫に泊まるとのこと。久々にひとりの夜。離婚してからベッドとゆう場所が大好きになった。多分、長い時間を過ごしたからで、途方に暮れるような苦しかった日々を無数に流した涙をベッドが受け止めてくれたからだと思う。初めは一人にしては大き過ぎるダブルサイズに慣れなかったけれど、本を置いたり、マグカップを置いたりと、食事とまではいかないけど、より快適に過ごせるようになっていった。

私にとって大切となった場所に周ちゃんと眠るのは正直ちょっと不服だったけれど、誰かが隣にいるというのはとても安心するし、朝方に周ちゃんの横顔を見るのも気にいっていた。今夜はひとり。ベッドの真ん中に大の字になって寝れる。これから寝るというのに、気持ちは小さく浮かれていた。夏の夜みたいにいつまでも自由でいられそうな、これから何でも出来ちゃいそうな気分。

今日は疲れた。取材先で久々に九州の甘い醤油を買った。後は周ちゃんが好きな長崎の紅フウキという香りがなんともじんわりと優しい和紅茶。

1月1日

Journal 01.1,2023

昨日もセックスしたのにまた今日も朝からセックスをした。私達はいつまで恋人のようでいられるんだろう。いつまで恋人のようでいたいんだろう。最近では上手に喧嘩出来るようになった周ちゃんと時々喧嘩することも増えて、嬉しかったりする反面、自分の我儘さに嫌気がさしたりを繰り返しながら段々と仲が深まっていくようにも感じてる。

母と父とはお婆ちゃんのお墓で待ち合わせ。彩度が高い青い空の向こうに西武園遊園地が見える。子供の頃によく見た景色だ。そこから車で10分くらいの場所にある麻美ちゃん家へ2台の車で向かった。麻美ちゃん家に来るのは叔母さんが亡くなる直前だ。3年前。癌の末期状態で記憶が朦朧としている時に見舞いに来たのが最後。私の顔を見て誰?と言った。叔母さんは家に遊びに行く度に末っ子の私のことをよくかまってくれた。青森出身の色が白くて綺麗な優しい人だった。麻美ちゃん、直美ちゃん、カッキーにそれぞれの家族達。それからうちの家族と周ちゃん、梃子。祭りの集会のような麻美ちゃん家の親族の集まりはまるで子供の頃にトリップしたみたいで嬉しくて楽しくて仕方がなかった。LINEにはL.Aで大晦日の真っ只中の姉とビデオ通話を繋げた。

あちこちに行き交う話し声や笑い声。立派なお刺身と叔父さんが作ったという大量の唐揚げに母が作った混ぜご飯。栗きんとん。錦糸卵。料理がテーブルの遠くまで埋め尽くされてる。「よしみの為にいくらと炊いたご飯もあるからね。」麻美ちゃんが茶碗にご飯を盛ってくれた。嬉しそうに唐揚げを頬張る母に「ムカつくー」と怒る姉。兄は猫アレルギーだからと来なかったけれど、来たら良かったのに。

みんなで食べるご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう。だからやっぱり食卓が好きだ。私の食卓好きは母譲りなだけじゃない、母の兄弟、親戚、きっともうDNAレベルの嗜好問題かもしれない。みんなで囲む食卓は元旦の今日も最高に楽しくて、最高に美味しい!

12月30日

Journal 30.12,2022

午前は仕事でお世話になった方に年賀状を書き、午後過ぎから後藤さんの家での忘年会に向かった。お土産に先日に漬けたキムチと駅前で微発泡の白ワインと武蔵野うどんを買った。武蔵野うどんは最近よく人にあげるもの。麺が太くてどっしりとしたうどん。一説によると讃岐うどんなんかと肩を並べてもおかしくない程のうどんだと聞いたことがある。初めて食べた時はとにかく感動した。

JR錦糸町駅を降りるといつもとは違う降り口に出てしまった。ここ、どこだろう。あ、中学生の時にムラちゃんのお父さんの葬式の帰りにタクシーで降りたところだ。しばらくぼんやりとしながら歩いた。中学生の時の記憶とそれから大人になるまでに何度か来た時の記憶、そして最近の後藤さんの家まで歩いた記憶。色々なこの街の記憶があっちこっちへと頭の中を駆け巡る中でGoogleマップを頼りに真っ直ぐと通りを歩いた。

もう今年も終わるんだよな。やっぱりまだ気持ちがふわふわしてる。昨日の夕方に入ったりょうこちゃんからのLINEでも浦島太郎みたいな気分になった。”よしみちゃんが幸せそうなのがほんとにうれしくてうれしくて涙が出そうになっちゃう” 目尻が熱くなったかと思うと一瞬で過去の私がやってきた。そうだ。私って最悪だったんだ。当たり前のようにやってくる今日は余りに穏やかで平和で安全過ぎている。私のことなのに忘れてた。私と元夫との結婚生活は地獄だった。そんな時に真っ暗闇の私にそっと手を差し伸べてくれたのはりょうこちゃん。きっとりょうこちゃんは今でもあの日の事を憶えてくれてるんだ。新年に再会の約束をしてるけれど、私にとってのご褒美みたいなものだと思ってる。その日が来るのを大切にしたい。

後藤さんとの二人での会話も最近は他愛もないものばかり。もう苦しい事や悲しい事、頑張らなきゃいけない話なんてしてない。お互いに過去の話は出さなくなった。あっという間に来た年の瀬だけど、ワープして時間が消えたわけじゃない。ゆっくりと積み重ねて今日までやってきたんだ。後藤さんの笑顔を見てるだけで安心した2年前。今ではそれでさえ当たり前になった。仕事部屋にあるデスクの一番上の引き出しには黄色い付箋が2年前から貼ったままだ。”焦らない。じっくり、ゆっくり、確実に。” 1日も早く悪夢から抜け出したくて書いたもの。幸せになりたい。寝ても起きても苦しかった日々。こんなに苦しいのなら死んでしまいたい。何度そう願ってもまた悪夢だけが明日と共にやってくる。だから、もう前に進むことだけを考えようと決めた。山頂を見上げたら臆してしまうけど、足元だけを見て、一歩一歩ゆっくりとでもいいから歩く。今日がたったの一歩でも一年後には365歩先の場所にいるのだからと信じて。

ビールを飲み終わってスパークリングをあけたあたりから酔いが回ってきた。少し失敗したかもと言っていたグラタンはワインに丁度よく美味しかった。ミオちゃんが来たのは18時。近所にある実家の手伝いを終えてからやってきた。お酒の所為で記憶が曖昧だけどとにかく楽しくて沢山笑った。そして、来年はパリへ行こうとなった。そんな日が本当に来たら最高だけど、こうして笑い合える今日があるだけでも十分に幸せだ。心から思う。本当にいい一年だった。大好きな人達と共に過ごす年末。こんなに幸せなことはないと思う。ありがとう。

12月26日

Journal 28.12,2022

昼過ぎに瞳ちゃんと青山で待ち合わせ、今年最後にお茶でもしようと先週に約束をした。電車の中で勉強しながら居眠り。起きたり寝たりを繰り返してたからか、頭がくらくらする。スパイラルの上にあるミナの店に入り二人揃ってベイクドチーズケーキと白ワインを頼んだ。今年が終わるなんて信じられない。まだまだ今年が続きそうな気がしてる。いつものようにただ他愛もない話を続けた。あとは少しだけ仕事の話。本当に少しだけ。

瞳ちゃんと私の共通点と言えば、自分の仕事が好きで真面目過ぎるくらいに仕事に一直線なわりに仕事だけで生きようとしないところ。そして、勢いよく来るような人と肩を並べて競争が出来ないタイプ。瞳ちゃんは編集ライターで、私はフォトグラファー。お互いにフリーランスの癖に残念ながら酷く臆病でそんな所が似てる。だけど、こないだ石塚さんに私達の現場を「ほんわかしてる。」と聞いて驚いた。側から見たらそう見えるんだ。なんだか嬉しかった。そんな話も少しした。

それからアップルストアでipadを見て、陽がくれた頃にバイバイ。帰りがけに結婚祝いを貰った。枯れない花なんだそう。枯れる花よりもずっと切なく見えた。瞳ちゃんありがとう。

食卓

Journal, 夕飯 16.12,2022

今日は金曜日。昼に渋谷のスタジオで一本撮影。編集は瞳ちゃん。現場では久しぶりにライターでありヘルスケアの色々をご指導されてる石塚さんにもお会いした。和やかに撮影を終え、おにぎり弁当を食べて帰宅した。平和な日。

餃子

Journal 13.12,2022

今日は嬉しいことがあった。嬉しくてどうにかなってしまうかと思うくらいにその朗報は私を幸せで一杯にしてくれた。2年前の私達は「結婚なんてさ。」と言ってたと思う。別にわざわざ籍をいれなくてもパートナーでもいいしねって。誰よりも結婚や男から離れていたのに、私もだけど、チャミもあっという間に恋らしきものに堕ちた。互いに全くそのつもりはなかった。

“結婚する。” なんの前ぶれもなく急な手紙からの報告に目頭が一気に熱くなった。とっさにとった携帯だったけれど、海の向こうに住むチャミは多分朝だろう。LINEで祝福のメールを送った。

チャミの小さな毎日を沢山知ってる。最近はこんな友人と遊んでるとか、バイトのこととか、冬になった春がきたよとか、気になる子と初めてデートした日のこともそう。東京にいた時よりもずっと私達は近くなったかもしれない。じわじわと目から涙が溢れた。

手紙を読み進めた。”なんか最近、彼と倦怠期なのか好きじゃなかったんだけど、また昨日から好きになったよ。”と書いてある。わかるわかると頷く。私もそうだ。大好きな日と好きじゃない日が波のようにやってくる。多分、周ちゃんはずっと平坦に周ちゃんのままなのに、どういうわけかそうゆう日がやってくる。これが女心というものなのか、単純にホルモンバランスとも言える。それに機嫌が悪いのは本当に嫌いなわけじゃない。ただ、今日嫌いなだけ。

「周ちゃん。お祝いしに行きたいんだけど。どう?」「うん。すごくいいと思う。」本当のところ、来年の春か秋に少しだけお休みをとって遊びに行こうかなと思っていたのに、まさかこんな話になるなんて。振ってもいない缶ビールから溢れてゆく泡みたいに私の喜びは止まらない。

夕飯の餃子、最高だったな。周ちゃんは餃子と麻婆豆腐が最高と言ってた。少しだけ飲みすぎたのか夜中に恋人みたいにセックスをした。結婚してからもうすぐ1年が経つ。

鯖とトマトと檸檬のカレー

カレー, Journal 09.12,2022

撮影を終えて帰宅。なんだか今日は料理をする気がしなかったので、出かける前に鯖を檸檬とスパイスに漬け込んでおいた。あとは朝にやった野菜をスパイスで炒めて、サラダを適当に作って、カレーを作った。買ってきたワインを飲みながら、いつもよりも長く夕飯をした。周ちゃんは私が今日学んだ勉強のことを興味深く聞いてくれた。もし、私が正規生で大学に入学したり、大学院にまで入学するような事があったら、それは周ちゃんのお陰だ。背中を教えてくれたのもそうだし、勉強の楽しさを教えてくれたのも周ちゃんだ。まだ来ぬ未来のことだけど、周ちゃんに有り難うと伝えた。それに、勉強を初めてから写真の見え方も変わるような気がしてる。心理学は思っていた以上に日常の少し突っ込んだような学びだった。いつまで勉強が続くかわからないけど、続けていく限り。きっともっと世界の写り方が変わっていくように感じてる。

12月5日

Journal 05.12,2022

朝に取材を2本終えてから上原にあるナイマへ向かった。やっちゃんと会うのは1年以上ぶりだ。彼氏が出来た事も結婚した事もきちんと報告出来ていなかったから、どこかで話したいなと思ってた。前はよくナイマで夕方から飲んで、12時を過ぎた頃に歩いて自宅へ帰った。そんな日は大体、元夫がツアーに出ている時。やっちゃんの彼も音楽家だからか、社会に不適合に生きる男の良識が互いにある気がして、まるで励まし合うかのように飲んでいたのかもしれない。お互いの近況を報告しあって夕方に荻窪へ向かった。

駅前に出来たサウナに2時間しっかり入って待ち合わせのレストランへ。今日は編集の野村さん、先輩カメラマンの松村さん、料理家の角田さんと和彦さん。スタイリストの朴さん。後は初めてお会いしたカメラマンの清永さんと鈴木さん。鈴木さんはカレーの本や按田餃子の本を撮ってる方。

松村さんは前に飲んだ時に見知らぬ人とも直ぐに友達になると話していたけど、皆んなと仲が良くて、こういう大人って素敵だなぁと思った。鈴木さんにどうして料理撮り始めたの?とか、色々と横で聞いていた。かと思えば料理家の角田さんは、遠くに座るスタイリストの朴さんが着てる猫のセーターをどこで買ったの〜?と突拍子も無い質問をし始めたりして、今日もやっぱり角田さんらしくて素敵だった。野村さんは今日は病み上がりで体調不良みたいで途中からお茶を頼んでいた。

夜遅くまで雨はしとしと振り続けてる。楽しかったな。

ダルバート

カレー, Journal 04.12,2022

今夜はダルバート。日曜日だけど一緒にいる。夕飯は周ちゃんが作ってくれた。少し前の私なら目くじら立てて、私の日曜日を侵害されたと怒っただろう。だけど、今日はありがたく頂いた。自覚は無かったけれど、やっぱり流産後のホルモンの所為だろうか。とにかく周ちゃんや結婚が嫌だった。周ちゃんが大好きだし結婚も後悔してるわけじゃないのに、なんだか嫌で嫌で仕方無かった。

来週はいよいよ梃子の抜糸。

11月20日

Journal 20.11,2022

14時、青山。二ヶ月ぶりの美容院。今日の堀江さんは黒いシャツ。いつもは白いけど黒かった。「黒か白しか着ないんですか?」って聞くと、今日はセミナーで出張だから黒いシャツなんだそう。先月に髪を黒くしてからというもの、黒い服を着るようになった。黒い髪も黒い服もずっと敬遠してたけど、いつもと違うことがしたくなって思い立ってやってみると思いの外良かったし、黒い服も着てみると案外直ぐに馴染めた。そんな話をすると、「僕はグラスホッパーが好きでいつもグラスホッパーで買ってますよ。」と教えてくれた。店はサロンから歩いて10分くらい。ユトレヒトの直ぐそばにあるのだとか。

それから川島小鳥さんの展示に今むちゃんと行って、神田の味坊へ。席についてまず中瓶の麦酒を頼んだ。それから、板春雨のサラダとラムの串焼き。先月に3週間ヨーロッパに行ってた今むちゃんからお土産だというイタリアのリゾットのレシピを貰った。レストランで配布してるフリーペーパー。調味料を買ってきてと言ったのにな。「これ、日本語だから。」と言ってた。確かに嬉しいけど、有難うと言って受け取った。私からは近所で買った柚子と、北海道で思わず懐かしくて買ってしまった狐の巾着袋。中には飴か何かが入ってる。渡すと想像してたよりもずっと喜んでくれた。「これ、よく知ってるね!」「北海道と言えば、この狐だよ。」「嬉しいなぁ。すごいね。よく見つけたじゃん。」ほくほくの顔で喜んでる。札幌出身の今むちゃんに私も実は母の方の血が北海道なんだと驚かせたかったのに言い忘れた。

お肉は苦手だけど、北海道で道内のラムを食べてから、肉って結構いけるんだとわかった。脂身の多い魚みたいで、するすると美味しく食べれた。今日も挑戦してみたけど、やっぱり匂いが苦手で一本だけ何とか頑張って食べた。今むちゃんは今日も昨晩のお酒がまだ残っているのか体調が悪いのだとか。最近、会うたびにそんな事を言ってる気がする。馬鹿な奴って思うけど、お酒がやっぱり好きなんだろう。それから、何杯か飲んで、聞いたことがないような難しい名前の料理を頼んで、旅行の話や、旅行中にミュンヘンの友達の家で作ったパスタが美味しくて、最近料理にハマってるとか、パスタの乳化について教えてあげたり、最後は大体料理の話をしてた。全然まだまだ話し足りないけど、今むちゃんも体調悪そうだし、うちも遠いいし、遅くならないうちに帰ろうとなった。

駅から歩いて帰宅して、周ちゃんのいる風呂場へ直行。今日は乗継良く帰れた事とか他愛も無い話をした。周ちゃんとの話がどんどんずれていく。まただ。お酒が少し残っていたからか、腹が立って黙った。悪気がないのはわかってる。ただ周ちゃんは話に夢中なだけ。けど、周ちゃんの一人朗読会みたいな話は疲れる。私がどんな顔をしてるのか、どんな風にそれを聞いているのか、一切見えない。周ちゃんは一人でいる事が好きだし、一人で何でも出来る。それはそれで素晴らしいけど、人とのコミュニケーションが下手くそだ。その一章を読み切るまでの時間は案外長くて、段々と冷えていく熱々のスープみたいで寂しくなる。終わる頃を見計らい、適当に「へぇ。そうなんだ。すごいね。」と言う。正直。こんな会話はつまらない。だってそこに私がいなくてもいいような会話だから。

腹を立ててベッドへ直行。今日の日記は私の番。日記を開くと周ちゃんが昨日書いた日記の頁だった。5行位の短い日記。昨年にミュージアムで、周ちゃんが企画した展示で周ちゃんが描いたというイラストと文字を見かけた。手書きのかわいい感じの文字だった。こちらは打って変わって、書き殴ったような汚い男の人っていう感じの文字。文体もすごくダサい。日本昔話のような、もしくは古い漫画の中の主人公みたい。ビックリマークが3つも並んでたり。あまりに可笑しくて思わず笑ってしまった。今日の事やお風呂の事を少しだけ書いて寝た。

ケーキ

Journal, 朝食 06.11,2022


遅く起きてきた周ちゃんに「紅茶のむ?」って聞いたら、「ねぇ。これ見て。」携帯の画面にあるグーグルカレンダーを指した。”何もしない日” って書いてある。書いたのは私。食べるも寝るも別、と加えてある。周ちゃんはやっぱり結婚がしたかったんだと思う。初めての結婚である周ちゃんに、私に構わないでとか、別々でいたいとか、そんな事を望む私の方が我儘だ。きっとお揃いのパジャマを着て、熱々のパンケーキの上を溶けるバターをカフェオレと一緒に流し込みながら朝を迎え、昼はぶらぶら買い物したり食事したりと手を繋いでデートをして、夜は部屋で映画なんかを見たいんだと思う。「今、紅茶を淹れてたから、いるかなと思って。」「うん。じゃあ、いる。」周ちゃんが一昨日に買ってきてくれたケーキを紅茶と一緒に食べた。

昨日は松陰神社に住んでた時に通っていた梃子の病院へ行った。セカンドオピニオンの為。前の家の直ぐそばにあるカンノンコーヒーで珈琲とスコーンとチョコクッキーを買い、角の寿司屋でお稲荷さんを、インド人の肉屋でサモサを買った。そしてThisという雑貨屋をぐるりと見て、下北沢の発酵デパートメントへ向かった。よく買っていた五味醤油さんの甲州味噌と醤油と変わったバルサミコ酢を買った。まるで半年前の生活みたい。

運転はずっと私。初めて東京まで運転したけど思っていたより怖くなかった。それに、道も街も、知っている場所を通るのはなんだか嬉しかった。「あ、あのローソンの上に二十歳くらいに好きだった子が住んでたよ。」環七の信号を止まった時に丁度そんな場所だった。「ここを曲がるとミッチャン家。」「そこを曲がるとこないだうちに遊びに来てくれた子の家だよ。」世田谷、大好きな街。私だけすっぽりとどこかへいなくなってしまったけれど、ここは今も変わらない。

今日はキッチンの大掃除をして、昨日の夕方に買った葉牡丹を鉢に植え替えた。なんだか昨日の世田谷はすごく楽しかった。だけど、私の家はここ。ここを離れる時は淋しいと思うくらいに素敵な場所にできたらいい。

ほうれん草のおひたし

Journal 03.11,2022

今日は祝日。昨晩帰りが遅かったので朝はゆっくりと起きた。昨日はレストランで、帰りの電車で、お風呂の中で周ちゃんと沢山の話をした。まるで数週間の色々を取り戻すみたいに互いに互いの傷を癒やし合った。

私はいつからか必死になっていた。穏やかな湖畔でぽちゃぽちゃと水遊びをしてるつもりが、鋭利な言葉で周ちゃんを傷つけることを覚えていた。理由は沢山あるけど、こんな自分は嫌い。私には私の苦しみがあったけど、周ちゃんの心の声を聞いてから、やっぱり虚しかった。どんな理由があるにせよ、人を傷つけることは辛い。

昨晩に周ちゃんに新しい歳の抱負を聞かれたけど、みっつめは言わなかった。ひとつめ、車の運転が上手になること。ふたつめ、穏やかな心でいること。みっつめ、大切な人を傷つけないこと。口に出したら私への約束の効力がなくなってしまいそうで言いたくなかった。

一昨日に出した大学の心理学科の履修科目生の願書。人生二度目の大学生。授業は来月と再来月。楽しみだな。この1年はきっと新しい1年になる。結婚を機に色々がガラリと変わったけど、今年はもっと変わりたい。前のように色々はもう要らないし、急いだり焦ったりも必要ない。遠くへ行きたいとか、多くを望みたいとも思わない。今持っているものを十分に大切にしたい。私が出来ることを丁寧にしくしくとやりたい。


ワタナベマキさんのお浸し
カボス
ほうれん草
麺つゆ

お浸しにカボスを薄くスライスして液に浸し冷やす。

モモ

Journal 01.11,2022

明日は誕生日。離婚した時、これから、誕生日は一人でいようと決めた。私は私を大切にしよう。誰かに幸せにしてもらうのではなく、私のために自分で買ったケーキのローソクには自ら火を灯し、自ら消したい。幸せは与えて貰うものじゃない。あれだけ固く誓った筈なのに、夜は周ちゃんとご飯を食べることになった。一人でいたい、とは言えなかった。それに、やっぱり周ちゃんといたかった。なんだかそれは情けないような、嬉しくもあるような。

昨年の明後日に周ちゃんに出会った。まさかその人の子供を妊娠するなんて思わなかったし、その人の姓を名乗るとも全く想像してなかった。人生って可笑しいくらいに、自由気まま。身勝手すぎる。もっと落ちついてくれないものか。松陰神社駅から歩いて30秒の56平米の一人には広すぎるマンションで、テントを3つくらい立てられるようなベランダで悠々自適に今日も過ごしているはずだった。予定では、時々デートしてセックスしてバイバイするくらいの丁度いい距離感の男と付き合っていて、その人の未来なんて私には関係ない。勿論、明日の誕生日だって一人で過ごすつもりだった。

あの部屋が大好きだったのに、どうしてこんな田舎に引っ越してしまったのか、時々、ふと考えることがある。今日の帰り道だってそう。バスに揺られながら、私は一体何やってんだろうと思った。田舎暮らしは夢だったけど、本当にこれで良かったのかわからない。田舎での暮らしは想像以上に素敵ではあったけど、想像もしていないような不便さや大変さもあった。知らなかった世界を体験出来て、楽しい想いも十分にして、何を今更とも思うけれど、冷静にぼんやりと窓の外の景色が変わっていくのを見ながら思う。今、私は本当に幸せなんだろうか。離婚の時もだけど、結婚もそう。なんだかそんなに頑張ってない。もちろん、上手くいくようにと小さく努めた事は山程あるけど、もう決まってるレシピのようだった。そうしないと美味しくならないような。だけど、今日は美味しくない。周ちゃんとの生活がなんだかやっぱり上手くいってない。

新宿のギャップでクリスマスらしいパジャマを買って、周ちゃんに似合いそうなチェックのパジャマも一緒に買った。昼に久しぶりに瞳ちゃんと表参道でランチして、少し落ち着いた気がする。

幸せって一体なんなんだろう。周ちゃんとはずっと一緒にいたい。だけど、私が十分に今幸せかと言ったら、そうじゃない。思い通りにいかないのが人生だとか言うけど、じゃあ、人生は苦しむ為にあるんだろうか。ベッドに入ってから周ちゃんと話をした。ここ最近のこと、なんだか上手くいってないこと。小さいことは沢山あるけど、きっと妊娠から始まった。周ちゃんは怒ることも、怒られることも苦手。人の怒りに弱い。そして、それを避ける。私は気持ちが溢れてくるのを止められない。わかってるのに止められないし、それが私の生きる衝動にもなったりする。優しい気持ちも悲しい気持ちも、周ちゃんが世界で一番恐れてる、怒りという感情も全部綺麗に吐き出してしまう。

「その、妊娠の時のいつのことを言うんだろう。治したいと思うから具体的に教えてくれないかな。」「周ちゃん、何日の何時何秒みたいな話は無理だよ。感情の話なんだから。私が伝えたいのは、根本的な心の話。行動はその先にあるもの。私の目的は怒ることじゃないし、怒りたくて怒ってるわけでもない。だけど、周ちゃんが怒りが苦手だからと周ちゃんの感情から逃れることは、私からも避ける事を意味するんだよ。」

私達は突然に出会って突然に結婚した。歩んできた人生が全く異なる二人が生活を始めて、上手くいかない方が普通だと思う。価値観は別に合わせなくていいし、それぞれが持っているものを否定したり、強要したりする必要もない。このままでいい。合わないままでいい。だけど、今、私達が一緒にここにいるなら、向き合わないと苦しくなる。塩辛い味噌汁を、「大丈夫だよ、美味しいよ。」と言うくらいなら別にいいけど、とても悲しいのに大丈夫とか、とても苦しいのに気にしないでとか、とても怒ってるのに笑顔でいるとか、そんな事しないでいい。嬉しかったり、優しい気持ちになったりするのと同様、感情は私達の身体と同じ、大切なもの。

どれくらいかわからないけど、しばらくベッドで話した。じゃあ、別々に暮らそう。そんな話は出なかった。自分の努力が間違ってたとか、俺のエゴだったんだとか、周ちゃんから放たれる言葉は悲しみを帯びていたけど、私が苦しかった事を伝えた現実にショックだったんだろう。だけど、そうじゃないよと何度も伝えた。私達は互いに新しい生活の為にそれぞれが出来る事を努めたけど、価値観が合わなかった事も決して悪いことではなくて、問題は今苦しい感情がここにあること。それを解決する為に、過去を悪く言ったり、自分を責める必要なんてない。幸せになる為にやってきたことで、失敗だってある。そんな事よりも、今、気持ちが互いに苦しい事を、今までとは違うやり方で変えていく必要がある。私達は別々の身体を持った生き物なのだから、家族だからといって無理矢理一つにならなくていい。このまま別々であることを楽しみたい。そして、ちゃんと笑っていたい。直ぐに色々を変えるのは難しいけど、生活を少し変えてみようと約束した。

夕飯はモモ。周ちゃんが作った。私の苦手な肉たっぷりのシュウマイみたいなモモで、味の濃いミントのアチャールをたっぷり乗せて3つだけ食べた。

10月31日

Journal 31.10,2022

北海道から帰ってから、バタバタと撮影が続いてる。今日は編集の柿本さんと。柿本さん、本当に好きだな。RiCEの時もそうだけど、一緒に仕事をしていて楽しいと胸がほくほくとしてくる。話してる事がすぅーっと美味しいジュースみたいに自然に馴染んで、どうかしたらもっとほしいと思うくらいに身体の中へと入ってくる。勿論、それは、編集のキャリアがあるからなんだろうけど、それだけじゃない。人柄だったり、他愛もない小さなお喋り一つにしても楽しい。歳は私よりもずっと年上。高校生の娘がいるのだとか。来年に留学するみたいで、その話をしている柿本さんはすっごく可愛かった。私も早くに娘を産んで、こんな風に仕事場で娘の話をしてみたかったなんて羨ましくも思ったりもした。

最近少し疲れてる。周ちゃんとは上手くいってるようないってないような。一緒にいると疲れる。好きとかきらいとかは関係ない、ただ生活がうまく回ってない。

10月23日

Journal 23.10,2022

朝から頭が3つあるみたいに忙しかった。仕事、月末の請求書の作成、来週の撮影の機材の準備、旅に持っていく機材の手配、モニターのキャリブレーション、機材の掃除、返信していないメール、週末にやろうと溜めていた色々。うんざりする。それに併せて連日の撮影でほどよく疲労も溜まっていたし、周ちゃんとは忙しくて話す時間を作ってない。色々を早朝から同時進行で進めてみるも、時間ばかりが過ぎてゆく。夕飯は近所に住んでるキュレーターの高橋くん家でご飯の約束をしてるのに。

周ちゃんに高橋くん家に持っていくお土産を駅前で買ってねと頼み、後から自転車で向かった。頭がすっぽり抜けて何処かへ行ってしまいそう。まだ、あれもこれも終わってない。

周ちゃんと高橋くんはキュレーションのなんたらをまるで科学みたいな言葉を使って話していた。洒落たキッチンで泡まみれになった手でそれを事細かく論ずる高橋くんと、高橋くんに頼まれてニンニクを切りながら、さらに解いていこうとする周ちゃん。キッチンではなく、実験室に見えた。流し場にあるパスタはすっかり茹で上がってる。こうゆう場面に出会うと、私達は違う場所で生きてきたんだなと改めて実感するし、周ちゃんがずっと遠いい人かのようにも感じる。

誰だったかに、学芸員と何処で出会うの?と聞かれた事があったけど、確かに本屋で同じ本を手にすることもなければ、私がハンカチを落とすような街を学芸員が歩くことはきっとない。きっと彼等は、ミュージアムや、アートに纏わる場所で静かに鑑賞してる。勝手な想像だけれど。周ちゃんに限っては、全く異なる土地で生きてきたし、趣味も遊びも違う。ただ、生き方みたいな、大きく言って根本的なところだけが似てる。

周ちゃんがトイレに言ってる間に「実は喧嘩してるんだよ〜」と、こそっと高橋くんに言った。そこから、結婚ってなんだろうね、みたいな話になったけど、疲れ切ってる私にはただ、もう脱ぎたいとしか思えなかった。

ウェットスーツみたいに重くなったものを脱ぎ捨て、すっぽんぽんで抱き合いたい。今は結婚の意味なんかどうでもいい。

10月13日

Journal 13.10,2022

のむらさんからメールがあった。シェフインレジデンスの件と、流産のこと。僕らは男だからよしみさんの気持ちがわからないけどって書いてあったけれど、男も女も同じだよとも思った。私だって、のむらさん側に数ヶ月前までいたのだもの。だって、私という女の身体はどうやら妊娠するらしいという事を頭では知ってはいたけど、それは知っていただけで、実際に本当にそうなんだか知らなかったから。妊娠して、妊娠が想像しているものと全く違うものであり、それが妊娠だという事らしくて、そこに命があるんだと知り、私も母という女の身体から産まれたんだと具体的に想像することが出来た。これは女の特権かもしれないけれど、男がいないと妊娠は出来ない。だからって、同性愛者なのむらさんがそれを経験出来ないわけでも無い気もした。だって私達自身がそうやって産まれたんだもの。もう記憶にはないけど、現実であり事実。だからというか、産まれてくることが、簡単そうですごく難しい事を妊娠という経験を経て知った事をメールで書いた。ここに生きているだけでどうやら奇跡らしいという事も。

“もう自分の中で整理できてるなら、やるだけですよ。” 夕方、渋谷だとか銀座を歩きながら映像の大場さんとLINEした。ここ数日、大場さんとLINEしてる。大場さんのパソコンが壊れたらしく、仕事を手伝うの手伝わないのって話の流れで私の仕事の話を相談した。なかなか厄介な仕事の話なのに、丁寧に長い時間をかけて聞いてくれた。そして、大場さんはクリエイティブに期待してないと言った。そこまで言い切れるなんて、とも思ったけれど、だけど、そうだよなとも思った。裏切られたと想う度に色々が疲れてしまうし、誰かを嫌いになることはすごく傷つく。大場さんの発する言葉は私と真逆だったけれど、まるで同じだ。そして、やっぱり大場さんという人が好きだなと思った。信じたい、そして傷つくのが嫌だからこそ、期待しないようにしてるんだろう。

仕事がすごく好きだし、一緒に仕事をしている人も好きになりたい。誰かだけが喜ぶことじゃなくて、きちんと強度のあるものを作り、作っているチームもしっかりと楽しむ。大場さんとの話で私が望むことがよくわかった。これから始まる新しい案件がある。自分の人生にとってきっと大きな経験のひとつになると思う。大切に丁寧にきちんと、想いを込めてしたいと改めて思った。今回の仕事を経て、大場さんと話して心からそうしようと誓った。

大場さんに相談できて良かったな。「だから、そんな仕事を請けるのが悪い。」と最後まで冷たい言葉をかけてくる大場さんの全てが大場さんの愛に聞こえる。

夕飯

Journal 11.10,2022

二週間ぶりの病院。あっという間だった。嘘みたいに時間が経った。休み明けだからか1時間待っても全く呼ばれる気配が無い。広い待合室でRiCEの最新号を読んだ。いつものように成田さんからのお手紙付き献本。届く度に少しワクワクする。もうずっと前にクリスマスは終えたのだけど、子供の頃みたいな感じ。自分宛てに届いたとっておきのギフトみたいに嬉しくなる。

よしもとばななさんのコラム。全身を撫でられる猫みたいな気分だった。つい2年前まで本を全く読まない私だったけど、ばななさんのうたかた/サンクチュアリだけは気に入って何度も読んだ。いつだったか年上のADの方に「もっとガツガツとレストランに出入りしてシェフと仲良くなったり、もっと流行りの食をチェックしたりした方がいいよ。」と説教された事があった。自分の不甲斐なさに心を少し痛めたりもしたけど、一番引っかかっていたのは、そういう事を望んでいなかったこと。料理を撮るのは好きだけど、自分の塩梅以上は要らない。求められたら仕事だから撮るけど、それで終わりでいい。頂点がいつも誰にとっても素晴らしいとは限らないし、私がそう言ってる。全然望んでない。それよりも、私の望む食卓やキッチンや料理がちゃんとある。ばななさんもコラムの中で、なんだか食に人並みに関心がなくて自分が情けなくなってしまう、だけど、自分には自分がいいと思う食べ方や食の好みがあるから仕方ない。それは変えられないものだからと書いてあった。そこまでいいレストランを予約もしないし、自分の食欲が満たされる程度の美味しさがあれば十分。寧ろそれでいいと。

本当のところ、みんなと同じ様に話題のレストランをチェックできない自分のことを今だって残念に思ってる。料理写真を撮ってるのに、全く世の食の流行りを知らない。普通ならば、料理写真家はグルメだったり、色々な美味しいレストランを知ってる。あそこのレストランが、あそこのシェフがみたいな話に仕事中になっても、見栄を張っても仕方がないし、堂々とちんぷんかんぷんだという顔をしてる。だから、なんだかすごく嬉しかった。それに今回のRiCEも、家での食卓。成田さんが考えてオファーしてくれた仕事。

術後の経過も良かった。口の悪い怖い先生じゃなくて、一番好きな優しい先生だった。「もし、赤ちゃん急ぐならば、次の生理から妊活初めて大丈夫ですよ。」先生は私の年齢に気を使って言ってくれてるようだった。だけど、きっと身体も順調って事なんだろうなと思った。とにかく再手術だとか、何か問題があるとか、そういう知らせじゃなくて良かった。ようやく呪縛が解けたような気分。もしくは、雪どけのような。

夕飯はなんだか男飯って感じだった。もう作るのも疲れていたから、周ちゃんがホルモンを買ってきてくれて、おひたしを作ってくれた。

夕飯
ご飯
大根と玉ねぎ、ニラの味噌汁
ホルモン炒め
撮影で作った失敗した春巻
小松菜のおひたし
納豆

晩酌

Journal 10.10,2022

今日は祝日。周ちゃんにお願いした。「また日曜日を始めたいの。」結婚する前からお願いしてる。日曜日。どうかお互いにとって自由な日でありたい。コーヒーは飲む?洗濯するね。庭の掃除しなきゃ。トイレットペーパーがもうすぐ切れるよ。夕飯はどうする?
結婚も家事も仕事も全部。私だってしない日。約束も勿論しない。空気みたいに揺られるだけ。お腹が空いたら食べて、疲れたら休む。森が見たければ森に行き、空を見たければ空だけを見る。本当は昨日が日曜日だけど、昨日は出来なかったから今日からまた始めようとなった。これは、二年前のカウンセリングで学んだことで、自分で自分をコントロールしない練習。私だけじゃなくて結婚も周ちゃんも、出来るだけ私達の何かを紡がないようにしたい。

周ちゃんは午後から福生に出かけて、私は自転車に乗って駅に行き、帰宅してお風呂に入りワインを飲みながら日記を書いた。カルディーのワイン、500円ちょっと。驚く程安い。夕飯は海老と白菜、卵白の餃子の餡が余っていたので、old nepalで買ったネパールの山椒を入れてお粥にした。こないだ食事をした後に奥さまがご飯と炊いたり、スープに入れても美味しいですよと教えてくれたのを思い出した。ネパールの山椒、ティムルは中国の花山椒とは違い、とても優しい。なんだかその優しい理由が少しわかる気がする。旦那さんのりょうさんが、ヒマラヤの景色の話をしてて、窓から見るヒマラヤの事を思い出した。どうして窓から見るとあんなに綺麗なんだろう。りょうさんの話はとても素敵な話だった。ぼんやりとあの日々の事を思い出す。空気が薄くて苦しかったな。だけど、空があんなに近いのは生きてて初めての体験だった。身体的にはかなりハードな旅だったし、もう二度と行くことはないかもしれないと思ったけれど、周ちゃんとならまた行ってみたい。結婚ノートにネパールでヒマラヤを見たいと書いた。

ひとり晩酌
白ワイン
海老と白菜、ティムルのお粥

夏に作った豆板醤と、那須のぴりっとちゃん(青唐辛子)の醤油漬け

水餃子

Journal 09.10,2022

昨晩帰りが遅かったから、今日は気持ちよく寝坊して、夕方からスーパーに買い出し。駅前がお祭で人がごった返す中、私は案の定、不機嫌となり、周ちゃんは祭りを興味深く動画で撮ってた。夕飯は周ちゃんが水餃子を作ってくれた。休日らしい休日。体調もずっといい。姉に話してからというもの、毎日が浮いてしまいそうなくらい楽になった。そして、周ちゃんにも話した。いつかの夜に、ベッドで。伝えたいことの3割くらいしか理解されていないようだったけれど、話したという現実は私を安心させてくれた。別にいい。だって痛みなんてものは共有できないのだから。肩を並べて聞いてくれただけでいい。生理ひとつにしたって説明出来ないのだし、子宮が痛いもPMSもだけど、その何十倍も辛いものだと伝えても、周ちゃんにとっては入り口も出口もさっぱりわからない場所の話だ。

水餃子を上げるタイミングを教えてという周ちゃんに「ぷっくりとなって、上がってくるからわかるよ。」と伝えた。ふたりでじっと鍋を覗き込んで、私は「いいね。いいねぇ〜。」と横から悶た声を出した。なんだか、ここ数日の私もふわっと茹で上がってきてる。身体の調子がいいのもそうだけど、心が脳が休んでいいと決めたお陰なのか、逆にどんどん元気になってる。楽しくて少し忙しいとさえ感じる。だから、「ゆっくり、ゆっくりね。」と声をかけてる。結局のところ、私を苦しめるのはいつだって私だ。どんなに最低な人や事に出会ってしまっても、私が大丈夫なら乗り切れたりする。

苦しいのは嫌だけど、苦しい事があると世界は変わる。躓いたり、何処かを痛めたりすると、生きようと必死になるからなのか、今が嫌だともがいて悲しんだりするからなのか、気づくと全然違う場所に落とされてたりする。小さい頃にオズの魔法使いのミュージカルを帝国劇場で見た。あの時代の母はミュージカルが流行っていたのか、よく子供向けの劇を見に行った。私のお気に入りはアニーだったけれど、季節が変わる度に綺麗なワンピースを着て色々な劇を見に行った。家がハリケーンで飛ばされてぽとりと何処かに落とされる。そこから色々がトリップしていくドロシー。西の魔女に東の魔女、そして北の魔女。銀色の靴をかかとで三回打つ度に世界が変わっていく。むちゃくちゃな話だなとも思うけれど、誰かの人生にも似たような事が起きているのかもしれないとも思う。毎日が毎日のままに続く人生の人なんてない。誰だって想像しないような人生を生きてる。驚くような出会いを重ねて今日がある。

「周ちゃんは、どうして私だったの?」いつものように梃子の散歩で聞いた。私の友人を紹介する度に聞いてる気がする。「ミサちゃんとかユウチャンみたいな子に出会ってたら、結婚した?」周ちゃんが私を選ぶ理由が全くわからない。どうして学芸員するような人が写真家としても有名でも無いような私と、たしかに面倒臭いくらいに拘りはあるけど、それだって完全に独自な何かだし、性格だって正直いい方じゃない。寧ろ、ワガママで直ぐに怒るし、大人な振る舞いだって出来なければ、いい友人達のお陰でなんとか人生を楽しめたり、色々を上手に出来るような気持ちになったりしてるくらい。仕事だってわかってるのに上手に出来ない。真剣になりすぎて誰かを傷つける事も沢山あるし、怖がりすぎて失敗ばかりする。周ちゃんの事にしたって、何度も何度も傷つけてしまうし、傷つけてしまった事をいつも後悔してる。

「よしみさ、もうこの話、1万回くらいしてるよ。」「今日の件について云うならば3回だよ。」ねえ、私の事を好きと言って。私のいいところを聞かせて。そんな事は全く聞いてない。本当に周ちゃんが私と一緒にいる意味がわからなくないから聞いてる。だって、私の友達はすごく素敵だし、私の友達以外だって世の中には、きっと周ちゃんの周りには素敵な人が沢山いるはずだ。「どんな事があっても、自分で考えていこうとするところがいいってもう何度も伝えてるよね。」いつもと同じ答えを周ちゃんは言ったけど、そんなものは誰だってそうだと思った。どんな人でも、今日より明日。明日よりその次が幸せでありたいと思うから生きてる。私は周ちゃんの返答に未来みたいなものを求めてるんだろうか。周ちゃんの答えを聞く度にがっかりしてる。

今日はいい日だった。久しぶりに少しお酒を飲んだし、少し酔っ払って気持ちよく寝た。そして、結局のところ、周ちゃんは誰だって良かったんじゃないかとも思う。私もそうだったから。ただ、安全に安心して暮らしたかった。

カレースープとトースト

Journal 08.10,2022

朝から予定がぐちゃぐちゃ。普通に起きたのに、ちゃぶ台のある部屋で朝食を食べていたら、電気カーペットのやんわりとした温もりに二人してすっかり包まれてしまった。せっかくの土曜日なのに、今日は朝からテコの病院やジムニーの試乗の予約、それからリビングに観葉植物と玄関先にも幾つか根が強そうな植物を買いにホームセンターへ、それから都内で友人達とディナーを予定してる。周ちゃんはきっと平日と変わらない忙しさ。時間は10時をずっと過ぎてる。スズキの予約が10時。周ちゃんは朝のシャワーはお決まりだし、私は梃子の散歩に行かなきゃ。全く間に合わない。

最近、街に走るジムニーを見ては、少し飽き飽きとしてた。流行ってるんだ。じゃあ、要らないかな。母の乗っていた赤いジムニーで色々な場所に行ったのを憶えてる。ジムニーに乗った時間の事を特に憶えてる。父の車に比べたらずっと乗り心地が悪いのだけど、タイヤの上にあたる部分に座って振動を感じるのも好きだった。夏は暑いし、冬は寒くて、けど好きだった。私はいつも母と一緒に車に乗ってたと思う。うちの教育方針なのか、祖母のそれなのかわからないけれど、よく幼稚園だとか小学校を休んで、車で何処か遠いい所へ出かけた。学校で皆と遊びたい気もしたけど、友達には言えない何処だかわからない場所に行くのはとても楽しかった。半分くらいは多分、祖母の仕事の休日に母と祖母のデートに私は連れ回されていただけな気がしてる。けど、特別な時間で良かった。兄や姉よりもずっと私の方があの派手な祖母との時間は長い。ハイヒールで歩く度に強い香りや肩でふわふわと踊る髪が不思議で面白かった。母と祖母のデート。そして赤いジムニー。いつからか、私も大人になったらジムニーに乗るものだと信じて止まなかった。もう大人もずっと飽き飽きしていた二年前、離婚して引っ越した松陰神社のマンションの敷地内にある駐車場がひとつぽっかりと空いてるのを見てやっぱりジムニーに乗ろうと思い出した。母は赤だけど、私は白かなって。神様は信じてないけど空から降ってくるみたいに心の声が聞こえた。

周ちゃんはお金に細かい。きっと貧乏生活からの癖なんだと思うけれど、とてもしっかりとしてる。色々と話し合い、高騰してるらしいジムニーの中古を買うならば、Hondaフィットにしようとなった。フィットも丸っこくて可愛い形だったので、まぁいっかと思ったけれど、やっぱりジムニーに乗ってみたいと話して今日の試乗となった。まだ買うかどうかはわからないけど、自分が車屋で新車の試乗するなんて、車屋のピカピカの窓ガラスの中のテーブルに座ってローンの話をするなんて、人生って本当にわからない。想像もしなかったことがいきなりやってくる。私はすっかり気に入ったけど、周ちゃんはやっぱりお金の事も考えてるみたいだった。「上に自転車を乗せられるし、フィールドワークの幅が広がるよ!」なんて調子のいい事を言ってみたりしたけど、冷静によくよく考えてた。私はただ、夢なだけ。だから、乗りたい。

ホームセンターでバタバタと買い物をして急いで家に帰り、電車に飛び乗った。周ちゃんはのび太くんみたいに3秒もしないうちに寝て、私はブッダの本を読んだ。心理学者、クリスティンネフ博士の提唱するセルフコンパッションがブッダの慈悲の瞑想に由来する事が気になっていたから。数日前から亀の速度でのんびりと読んでる。というのも、姉がこないだ「クリスチャンやめる」と言い出したのがきっと理由。イスラムとかキリストとか、アメリカで様々な人種の人たちと日常的に多国籍文化圏に身を置き暮らす姉の宗教体験については、自身もクリスチャンになり、やっぱり仏教だと思ったのだそう。誰がいいとか悪いとかじゃなくて、私はそうかなと思ったのだとか。

けど、姉の云うことはよくわかる。私達がたまたま姉妹となったのだろうけど、まるで戦友なんじゃないかと思う事がある。人生で一番ピンチだった離婚時、ヒーリングだとかオーラだとかチャネリングだとか色々と周りの誰かに聞いてはやってみたけど、どれひとつとして残念ながら数時間以上の効果はなく、先立って私を潤してくれたのは心療内科。科学的に立証されてる国家試験を持った人達が培った努力は私の明日や命をあっという間に救った。スピリチュアルな世界は夢があってロマンティックだから素敵だと思う。それに元気な時は楽しい。一喜一憂するのも華がある。だけど、本当に力がでなくなってしまった時に、酸素よりも役にたたなかった。同じ時期、姉はニコちゃんを亡くして、アメリカで遺産相続や会社の5つの裁判を2年間の間ずっと戦い続けた。姉を救ったのは宗教だった。歴史のあるキリスト教の信者となった。もうやめちゃうらしいけど。

18時にold nepal。ユウチャン、ミサちゃん、ミサちゃんの彼のヒロさん。そして周ちゃんと私。不思議と言えば不思議な面子だし、必然といえば必然的な感じ。ユウチャンとはもう10年くらいの仲だし、ユウチャンはミサちゃんの親友で本人はそうは言わないけど半ば環境問題のアクティビストで、ヒロさんはアジアをメインとしたジャーナリストで、周ちゃんもアジア圏のフィールドワークを主に活動する学芸員。そして、私と周ちゃんの初デートのレストラン。old nepal。もし、若かりしき頃の私がチベット文化圏で行われる鳥葬に興味を持たなかったら、周ちゃんとは結婚していなかったし、周ちゃんが私にnepalで買ったあっちでいう所の幸福のサインだとゆう手の形が掘られた小さな木片をくれなかったら、周ちゃんはただのイケメンで終わっていたと思う。それに、イケメンは好きだけど、こりごりだった。バンギャでもない特別美人でもなんでもない私が絵に書いたようなメジャーデビューを果たしたバンドのイケメンボーカルと結婚した理由は今でもわからないけれど、やっぱり離婚するまで彼の事が好きだった。イケメンと愛をシンクロさせたくなかった。だから、周ちゃんは嫌だった。けど、今となっては周ちゃんはイケメンのお面を被った周ちゃん。

家に帰宅したのはもう日を超えていた。だから田舎は嫌。本当に不便で面倒くさいけれど、好きな所もある。一緒に帰ってくれる周ちゃんだってそう。この人の為にじゃないけど、この人がきっかけでこんな辺鄙な田舎に引っ越した。良くも悪くも人生を変えてくれた。今でも恋しい世田谷だけど、世田谷では見えない景色。残念ながら人生を拡張された気分。知らなくてもいいことだけど、知ったらきっとまた別の場所に行ける感じ。「NYに住みたいかな。」ヒロさんが言った。ミサちゃんが来年からインドに住む。そんな話の流れでヒロさんが言った。少し年が私達よりも年上のヒロさん。周ちゃんも同じ様に言ってたけど、とにかく魅力的な人だった。周ちゃんはきっと女の私が思うよりもずっとヒロさんの魅力にハマってる。知的で自由で、きちんと恐れも持っていて、そして誰の事も傷つけない。その上でまた別の場所へ歩もうとする勇気。別に二人がいちゃついていたわけではないけど、ヒロさんが当たり前のようにミサちゃんを褒めるのを聞くのも心地が良かった。なんだか私や周ちゃんがずっと子供に見えたし、私も、周ちゃんも、互いにもっと別の世界を知って、そして愛したいとも思った。それに、今日はすごく心理学が勉強したいと思った。どうしてかわからないけれど、それぞれの色々な人生が私の色々に刺激を与えてくれた気がする。心理学に触れていると私の色々が生き生きする。写真も同じ。生物的に、生理的に、血が全身に綺麗に通っていて気持ちがいいと感じる。

いい夜だったな、きっと周ちゃんもだろう。時々、まだ半年ちょっとの夫婦だけど、腹が立つのと同じくらいに周ちゃんの幸せを願うようになった。横から見ると、目の脇に笑い皺を何本も並べる。ぎゅぅっと。それを見る度に私の胸もぎゅぅっとなる。恋とかじゃなくて、どうか幸せになって、と重ねるように願ってる。もし、それが叶うのならば、きっと私は幸せになれると確信さえしてる。そうして私なんてものはさっさと捨てて、大切な人の幸せのことだけを考えて生きていけたらいい。

9月8日

Journal 08.9,2022

朝に少し吐き気がして、昼になれば治る。そんな数日が続いてる。今朝も朝食はあまり食べられなかった。朝から雨の予報だけど、東京に来れば来るほどに空が明るくなっていった。なんだか、今日はいい日になりそう。今日の編集は成田さん。映像は大場さん。大好きな二人と、ライターは柿本さんとういう女性だった。柿本さんの事は事前に成田さんからとても素敵な年上の女性の方ですと聞いていたけど、あっという間に好きになった。話し方も仕事の進め方も、とても心地がいい大人の女性。

「読者さんは、これ、出来ますか?」料理家のワタルさんが料理する手を止めて言った。ワタルさんがそう言う度に嬉しくなった。少し前のレシピ撮影の現場で配合がおかしい料理があった。そこそこ大きなプロジェクトだったから、とにかく現場はかつかつ。料理家も編集者も望んでしたわけじゃない事はわかってるけど、撮影は中断されなかった。レタッチでどうにかごまかされる料理、この料理は誰に届くんだろうか。あの日の事を思い出した。とても虚しかった日のこと。

ワタルさんの質問に対して丁寧に答えるライターの柿本さんや共に意見を重ねる編集の成田さん。側にいる大場さんも映像を撮りながら輪の中で話してる。平和や安全と同じで色々は当たり前なようで当たり前じゃない。小さくて見過ごしてしまいそうな優しさを、皆で拾い上げていくみたいだった。そして、それは綺麗に前へ前へと有機的に回転していくように見えた。それぞれがそれぞれの役割を全うしていくみたいに。撮影を始めて数時間で今日の現場がとても好きになって、当たり前の大切な事をきちんと伝えようとするワタルさんの料理をしっかりと私も撮りたいと思った。そして沢山の人に広まってほしい。この料理を作った人もそれを食べた人にも。

「自分の所に来た野菜がどう作られてるのか知りたかったんです。それを知れば知るほどに農家さんがどんなに大変な思いをして作っているのか。草むしりを手伝うだけでも色々な事を考えさせられるんですよ。」ワタルさんの素材への知識と圧倒的な愛情の深さ。撮影中の読者へのこともそうだけど、全て同じ。いつだって私達はひとりじゃない。料理を届ける相手もいれば、料理を提供する為に素材を作ってくれる生産者もいる。沢山の人の中に料理人としての自分が存在している事。日本各地、様々な場所を訪ねて、実際に畑に出て、農家さんの仕事を手伝う。そういう事を繰り返していくうちに自分の料理がようやく見えてきたとも言ってた。キッチンで立ってるだけじゃ見えない。きっとそんな感じだったのかな。少しわかる気がした。ベランダでハーブを取ってきては絵に書いたような料理が出来上がっていく。なんて綺麗なんだろう。シャッターを切りながら、皆の歓声を何度も聞いた。作られたばかりのとても美しい料理。そして、それは食べればなくなり、胃袋を満たし全身をじんわりと温めてゆく。やっぱり料理って楽しい。本当に最高なこと。

挨拶を交わすのを忘れちゃうくらい軽快に話し始めるカナちゃん。彼女も若きエース、料理家。今日の被写体のもうひとり。事前に頂いてた今日の献立を見る限り、大体、こんな感じかなと想像が出来てたけど、その中身は初体験のものばかり。料理が好きだけど、料理ってやっぱり楽しい。美味しいのもっともっと根源。生きた食材を自分の手で調理する時のわくわくした気持ちや、それがどんどん料理として一つの形になっていく時の胸の高まりだとか、側で見ていて色々な感情が沸々と湧き上がるようだった。それに、彼女がお金を稼ぐことよりも、何処まで生活水準を下げて自分の好きなことが出来るかという事に挑戦した時期があるという話も面白かった。それは貧しくなることを意味してるわけじゃなくて、美味しいものが食べられなくなることでもなくて、とても楽しかったと話していた。郊外に引っ越した理由もその一つだとか。美味しいごはんとワイン、そして仲間がいればお金がなくても楽しめるし、自分が望むものをきちんと得れたのだそう。笑顔で話すカナちゃん。ワタルさんよりもさらに若い。

一日があっという間に終わり、十分過ぎるほどに今日が満たされているのに、成田さんとも全然話していないし、大場さんや、柿本さんとも色々話したかったし、若きエースの二人とも話したい。まだ食べたい。美味しい食後の別腹のデザートみたいに、あの場所でずっと満たされていたかった。

9月4日

Journal 04.9,2022

今日は昼からしみるさんといまむが遊びに来てくれた。なんだか世田谷の時みたいで懐かしい。みんなで集まって、食卓を囲んだり、お喋りしたり、楽しかったな。いつしかいまむは彼女と別れて、しみるさんは結婚して、もうすぐ子供が産まれる。埼玉の暮らしで失ったものと言えば、友人達との時間だけど、みんなにそれぞれの時間が流れてもまたこうして他愛も無いお喋りが出来るだけで幸せな気もした。

いまむは結婚のお祝いにとバーミュキュラのフライパンをくれた。私と周ちゃんからは、誕生日プレゼントに先日の那須出張で見つけた周ちゃん曰く超レアらしいお面をあげた。那須で見つけた時に、Googleで検索してもその実態が明確にわからない事に「やっぱりGoogleには皆が知ってる事しかないよね。」と言い、学芸員としての血が騒いだのか子供みたいに興奮していた周ちゃん。お面はニンマリととした顔で笑っていて、なんだかいい顔だった。それは、春の個展が終わってから元気が出ないと嘆いていたいまむにぴったりな気がしたし、超レアなら尚更、周ちゃんも酷く興奮しているし、広い民芸店の一角で見つけた事も、なんだか宝探しみたいで良かった。しみるさんには犬の張り子を先日の御礼と、安産を願って渡した。犬には昔から安産祈願や家庭円満の意味があるらしい。

それから、4人で食卓に座って私の新しい名刺のペインティングをした。前回の名刺のテーマは地味。誰にも気づかれないような、誰だかわからなくなってしまような名刺。さらっとした名刺にして欲しいとお願いして作って貰った。フォントはAesopのロゴデザインでも使われているもの。色は何色かわからない暖色にしてもらった。あの時は離婚して直ぐの頃で、元夫の名字をもう使いたくないと改名に迫られて、友人達の公募により結局一番シンプルだったyoshimiに決めた。好み的に言えば平仮名、そして明朝が良かったけれど、少しでも地味にしたかったから、英語の方にした。とにかく1ミリだって傷つきたくなかった頃のこと。フリーランスで働いているのに、どうか、私の事を構わないで下さい。そんな想いが込められていた。今となっては、過去の私らしい名刺。

新しい名刺は、東京の住所の記載を抜いたものを作らなければならなかった理由があって作ったけど、最近の色々も手伝って、もっと私らしい感じの名刺にしようと思った。明るくて楽しい感じの。少し前の苦い仕事の経験を考えても、ああいう写真は出来れば撮りたくない。誰かみたいになる必要もないし、有名とか偉くならなくてもいい。髪の毛を派手な色にしたり、フォトグラファーですからみたいな感じも、もう見るのだって疲れた。きっとそういうのが大事な時代があったんだと思う。だけど、もう変わってきてるのだから、東京を抜け出したように、さっさとドロップアウトしようと思った。

郊外の田舎暮らしを始めて、驚く事ばかりだったけれど、なにより胸に響いたのは野菜のこと。私が今まで食べていたのは、一体なんだったんだろう?採れたての野菜は同じ物とは思えないくらいに美味しかったし、全部が100円。東京で買っていた野菜と殆ど値段は変わらないのに味は格別に違う。世田谷で時々買っていた有機野菜はカレーも作れないような量で千円くらい。そして、本当に美味しいかどうかはよくわからなかった。ただ、安全だよっていう言葉だけを信じて買っていたように思う。地産地消やフードマイレージ。今までだって出来るだけそうしようと心がけていたけど、ようやくその意味がわかった。だって、美味しくて、楽しい。日に日に赤くなるトマトも、早朝に梃子の散歩に出かけて畑仕事をしてるおじちゃんと挨拶を交わすのも楽しい。畑を覗いては次にやってくる野菜を待ち遠しく思うのも楽しい。地産地消でもフードマイレージでも、試みっていうのは、自分にも還元されることを意味していたんだなって。誰かの為、何かの為にやることは素晴らしいことだけれど、その支点には自分がいないと楽しくない。だって、私が生きている世界なのだから。

「食卓みたいな感じが良くて。」私の意図を汲んでデザインしてくれたのは今回もしみるさん。表面は箔押しで色なしで名前を入れて貰った。庭の茄子や近所で採れた玉ねぎ、それからスーパーで買ったビーツなどでベジタブルダイを作って、箔押し部分にペイント。ペイントで名前が表現できるようになってる。ペインティングも食卓を囲むようにわいわいとやりたかったから、しみるさん、いまむ、周ちゃんの四人で描いた。それぞれが好きなように自由に。いまむは「俺は描かないよ。」と言ってたけど、みんなが楽しんで描いている様子を見てやり始めた。「楽しいでしょ。」と聞くと、「だって、よしみちゃんに失敗したら怒られると思ったんだもん。」と言い、何枚も何枚も描いていた。確かに私はいまむに直ぐに怒るけれど、絵くらいで怒るだろうか。いや、怒るかもしれない。いまむは絵描きだからか、なんだかすごく情緒的な感じのものを描いてて、これは人に渡してもよいものかと思う程だったけど、まぁいいかとなった。

みんなで楽しみたい。誰か一人が、誰かが失敗して、誰かだけが。そういうのは好きじゃないし、やりたくない。食卓と同じ。楽しくお喋りしながら、お腹を一緒に満たそう。そういう仕事がしたいなと思う。昼からしくしくとお腹が痛んだけど、いい日だった。やっぱり友達は大切だし、彼らとは何だかんだと10年くらい仲良くやってる。いつもありがとう。周ちゃんもありがとう。

マンゴーと海老のサラダ

Journal 29.7,2022

出張中に母から送られてきた果物や野菜が冷蔵庫を占領してる。野菜室の奥に熟れてるマンゴーを見つけた。周ちゃん食べたら良かったのに。どうしよう。私はときどき、素晴らしいアイデアレシピを思いつくことがある。夕飯に作ったマンゴーと海老のサラダ。目をつぶって唸る周ちゃん。私もここはタイだと思った。あまりに美味しくって、ふたりともいつまでも上機嫌だった。

人生で一度しか行ったことがないけど、タイを数日放浪したことがある。覚えてないくらい、小さな街や、小さな島みたいなところに行った気がする。鍵の壊れた宿に泊って、適当にバスに乗って、適当に降りて、適当に船に乗った。一緒にいた友人のお陰だと思う。いい加減な若者だった私達のいい加減すぎる旅。友人は朝ごはんに野ざらしの街の食堂でレッドカレーを食べて辛すぎると怒ってたけど、トイレットペーパーのないタイ式のトイレについては何も言わなかった。ものすごく甘くてものすごく辛いタイのごはん。不思議なのだけど、それがどうにもこうにも合う。

マンゴーと海老のサラダ
よく熟れた甘いマンゴー
ボイルした海老
パクチー
干しエビのみじん切り
ナンプラー
トムヤムペースト
レモンを絞ったもの