なんだか最近不運つづきだ。またかよと思った。占いは信じてないけど、信じた方がいい。だって、その方がずっと生きやすいと思うから。
西の方向は悪いとか、部屋が散らかってるからだとか、本質から目を逸らした方が、理由を誰かにした方が傷つかないですむ。たくさんが緩衝材になって私を守ってくれる。信じられるものなら信じよう。感情に蓋をして、感情に別の色を塗って、感情を凍らしてもいい?
とはいかない夜がきて、周ちゃんからの小さな手紙に感情を思い切りに露わにした。自分の感情と向き合うのが苦手な周ちゃんに私は本音を言えない。言いたいいけど、言ってはいけないっていうルールを結婚当初からひとり勝手に決めた。
けど、感情をおさえこむのは正義じゃない。相手を守っているようで、自分を攻撃しているから。
夜中に帰宅した周ちゃんが部屋に走ってきた。顔に当たる耳が氷みたいだったし、それまで見ていた夢と現実がぐちゃぐちゃになった。
梅うどん

朝、周ちゃんに酷いことを言った気がする。最近、胃も痛いし、優しさに包まれたい。昼は梅饂飩を作った。
次は男に生まれたいな。女って大変。家事やって、料理して、仕事して、気を使って、明るくて優しい妻でいるなんてムリじゃない??
あー大富豪になりたい。悩みは尽きないし、ずっと沢山を背負ったままのギリギリな生活が続いてる。いつか、余裕のあるいつかになりますように。
チョコクロワッサン
昼まで顔も洗わずに、キーボード片手にチョコクロワッサンを齧った。もうキレたくない、と思いながら、今日もブチ切れている。必死に『良いことば』を使おうと頑張ったけど、無理って思った。そういう時は頑張らないで、ドロップアウトが一番。
という訳で、午後はみっちゃんとスーパー銭湯へ行き、夜は駅前の串焼き屋で夕飯を食べた。ビール、レモンサワー、梅干しサワーを飲んだ。みっちゃんはとうもろこし茶を飲んでいた。
寒い日の露天風呂はやっぱり最高。キーンと冷えた空気が、面倒なことを全部なしにしてくれて、熱々の風呂はただひたすら、しっかりしっかりと私を温めてくれる。今日はよく頑張ったな。こういう日こそ、私を大切にしてあげようと思う。今日は早く寝よう。
チョコクロワッサンは撮り忘れた。
2月16日
思い立って家の模様替えをした。周ちゃんは「全部やり切らないで、とりあえず1週間くらい様子をみたら?」と、言ったけど、「いや、今、やる。」と、ダブルベッドも、大きな書斎の机も、引っ越し屋が散々手こずったものを女ひとりでヒョイヒョイと運んだ。
石橋を叩いても中々渡らない周ちゃんと、石橋を叩きもせず渡る私。私たちは全然ちがう。海と山、右と左、ご飯とパンくらい違う。
鯛焼き

ひとりの週末だった。なくなった灯油を買いに梃子とドライブにでも行こうと思ったけどやめた。夜は小松菜と豚肉の水餃子にしようと思ったけどやめた。ひとりだと、どういうわけか直ぐに心が折れる。
午後は小学生が作るようなパフェ風を作った。コンビニで買ったクッキーアイス、ヨーグルト、ブルーベリージャムを透明のグラスにいれたもの。なんとも安い味だけど、懐かしさと優しさが雑然と放りこまえれている感じが良かった。結局、こういうのが一番好きだったりする。スプーンでアイスを口に運びながら「マインドフルネス低減法」を読んだ。読書会の課題本で、皆で瞑想をしようと提案してる。
朝食に食べた鯛焼きは、シャンプーのご褒美として梃子にもあげた。周ちゃんのは買ってない。
なめことミニトマトの味噌汁

今日も最悪か?と、オドオドしながら外出したけど、そう悪くない1日だった。失礼かもしれないが、人をよく観察する癖がある。「え!そんなとこ見てたの?」と友人に言われることもよくあるし、周ちゃんからは「疲れるねえ」と労われたりする。別に、そんなんじゃないのに。
けど、人の癖だとか、棘の先ばかりに注力を注がずに、そこまでの道のりを辿るように見ていると、例えば、当たったのは避けたからだったとか、不意に聞かれて驚いて冷たくあしらっちゃったとか、じわじわと見えてくるものに、小さく安堵したりする。
夕飯はマグロ丼となめこの味噌汁。赤味噌が切れてたから、麦味噌にした。
2月13日
朝から豪快にブチ切れそうだったので、ぐっとこらえて110番、ではなく、L.Aの姉に電話した。今にも消えそうな声で「もしもし」の私の声を1000倍超えて、電話の向こうから言葉にならない発狂が聞こえた。共鳴するように、こちらからは悲鳴をあげた。ジェーソンに殺される前みたいに。
「ありがとう、あっちゃん。」話をする前に御礼を伝えた。私の最悪な事件については、些細な出来事のように、まるで他人事のように聞いてもらったけど、発狂に悲鳴をあげたら何でも良くなっていた。
道を歩いてたら、バナナに滑って転んで、頭を打って、白いお気に入りの服に鼻血がついて、買ったばかりの携帯が割れた。みたいな事は、日常の中で当たり前に起こる。今回もそう。ひどすぎる。余りに踏んだり蹴ったりだったから「最近さ、やっぱり神様はいるってことにしようと思って。」と言うと、「でしょ。」って。
その直後、「今日パンしか食ってねーし。」と独り言をぼやいてる。自由でいい。姉といると、人生なんてクソでも何でもいいのかもなと思える。
最後にダンスしたいねって話をして電話を切った。姉はサルサを始めた。私もダンスをやってみたいと話した。奇遇にも同じ理由だった。もう、私にでさえ、コントロールされたくない。上手くやろうとか、ああしようとかこうしようとか、その先を考えたり、何かを目指したりとか、うんざりなのだ。追いかけてくる私なんて振り払ってやりたい。
「ピアノで新しい曲を弾くとかは違うんだよね。」と言う姉の言葉は、納得でしかない。
カレー

ふと、朝にベッドの中で思った。
もしかしたら私、コロナ禍に大切なものを置いてきちゃったのかな。
夕飯は二日目のカレーだった。
ケーキ

結婚して、4年目?にして、ウェディングフォトを撮ってきた。父が死んだから、撮ることにした。父の死は最高に哀しいし、正直まだ信じきれてない。けど、もし現実なら、どんなこともやろうと決めたからだった。写真に写るのは苦手だけど、そんなの関係ない。私は弱いけど、だからって弱く生きる必要はない。私は父の娘だ。のびのびと生きる私の方が父もきっと好きだろう。中途半端なことをしてたらきっと叱られるはず。だって、本当にかっこいい人だったから。
ウェディングフォトは思ったよりも長くて疲れた。「30分から1時間ぐらい撮ります。」と聞いて、10分ぐらいで終わらせてくれよと思った。他のポーズは?とか、色々と撮りたそうだったけど、「大丈夫です。」と断った。だって、お腹もぺこぺこだったし、裸みたいな格好で、ガランとした撮影セットの中にいるのは寒い。ドレスの下に女子高生がやるみたいにジャージを履きたいと思ったぐらいだ。
それにしても、わたしたちは、金太郎飴みたいだった。切っても切っても同じ顔が出てくるやつ。顔だけ変えたら、別のウェディングフォトに使いまわせそうだなと思った。カメラマンさんはきちんと良い仕事をしてくれた。けど、やっぱり私は金太郎飴、好きじゃないなぁって、ぼんやりと考えながら帰った。
周ちゃんは今日もイケメンだった。
2月8日

来週の院生仲間との読書会の課題本「死と愛」を読んでる。精神科医で心理学者でもあるフランクルの「夜と霧」に続く、ロゴセラピーについて書かれた本。なのだけど、神学?哲学も含まれているせいか、正直、難しすぎる。ところどころを、つまみながら読んでは、ため息をついてみたり、苛々したりしてる。
寒さが続き、ぼーっとしてるから?自律神経が乱れているだけ? きっと季節のせいだよね。フランクルは難解すぎるけれど、わかるところはわかる。そして、私のこのモヤモヤもきっと岐路なだけ?かな。小さな小さな光だけど、遠くに微かな何かが見えてきたような気もする。
自分のためだけの写真でも、資本的な道具や材料としてだけの写真でもないもの。コロナ禍あたりから考えだして、大学に行ったりして、またさらに突っ込んで考えてみて、次は大学院か。これが近道なのか遠回りなのか、ほんとわかんない。
けど、遠ざかる自分の感覚や記憶のことを、もう昔のことのように考えたりして、諦めるのはやめようと思った。技術ばかりが手にすみついたからって、それで武装するのはもうやめたい。ださくない?やめてよって思う。
どうにもこうにもやりたいと感じることや、全身でそうだと思うことを素直な気持ちでやりたい。
1月25日
池袋でParisから一時帰国したOCHAMIちゃんと会った。たったの数時間だったけれど、嬉しかった。会えただけで、たくさんをもらったような気がする。全然、話たりてない。 次に会うのは東京?Paris?どこで会えるんだろう。けど、どっちでもいい。ただ、彼女の家族を撮りたい。
友達ってすごいなって思う。私にはないものを沢山持っている。「え?…あ!そうか。」って発見の連続だったりして、こうして好きな友人に会うのは楽しい。体の中で心が飛び跳ねる感じがわかる。
1月27日
昼食は周ちゃんの余り物チャーハンだった。出張から帰って、アレルギーと風邪のダブルパンチで自律神経が乱れているのかだるさがとれない。今日は、近所のたまちゃんとお茶する予定だったけど断った。少し偏頭痛もしていて、調子がやっぱり悪い。
昼食後に大学院のスケジュールを周ちゃんに見せて、少し話をした。周ちゃんのオンラインMTがはじまるギリギリまで。周ちゃんはいつも理想論ばかりだ。前はそれが他人事のようで腹が立つけど、私の人生だ。反対されるよりはいいし、そもそも、周ちゃんの明るいところ、前を、未来をみている人だったから好きになった。だから、これでいい。結婚にまた依存しようとしているのは、私だったのかもしれない。
結婚する時に決めたことがある。私は自分で自分の責任をとるし、出来れば、いつも、私の方がすこし損してるぐらいがいい。この結婚では、私は私のままでいたい。一緒になるのは法的に、家庭の中だけでいい。相手に委ねてしまったものを取り返すのは、時間だけでなく、心が、心?が、心、、 がどうにかなってしまうから。
夜は早めにベッドに入って読書をする予定だったのに、たまたま開いたyoutubeでちゃんみながプロデュースしたHANAっていうガールズユニットに釘付けになった。気づけば何時間も同じ体勢で夢中で見てた。右腕は完全に痺れてる。じわじわと腕の感覚が戻る中で思った。やっぱり、音楽はいい。音楽は明るいことだと思う。悲しい唄でも、その人から表現されるものは力強く、生き生きして見える。
長い間、音楽は、記憶が刺激されて辛いからと少し避けていたけれど、また聴きたいと思った。どういう訳か、私の周りには音楽をつくる人が多かった。前の結婚でもそう。 師匠もミュージュシャンだった。全部、たまたまの偶然のように見えて、私のどこかが図っていたのかな。音楽をつくる人間性をもとめて。
これまでの色々、変わろうと必死にやってきたこと、だけど戻りたいと思ったこと、上手にいまだに整理できないものを、”取り返す”のではなくて、別の形でインストールしなおしてるのかもしれない。
牡蠣のバター醤油スパゲッティ

自律神経?寒さのせい?猛烈に滅入ってる。ぐちゃぐちゃだった。HANAのPVを見て心を休める。
牡蠣フライ

今年の周ちゃんのふるさと納税は牡蠣。昨年は周ちゃんがあたって大変だったのに、また牡蠣にしたらしい。周ちゃんは同じことを続けてしまう性質があるのだけど、そのルールは基本的にわたしが激しく止めない限り続く。過去に激しく止めたのは2度。メニエールになった時と、アキレス腱切った時。周ちゃんはすごく変わってる人だなと思う。
人っておもしろい。私は心理学を勉強してから益々、人に興味を持ってる気がする。一昨日、OCHAMIちゃんにも「よしみちゃんって研究者みたいよね」って言われた言葉を思い出す。
人だけに限ってだけど、どうしても気になってしまう。料理もそう。人が作るからおもしろい。
温まる白菜のスープ

温まる白菜のスープ
オレンジ白菜
ウィンナー(or ベーコン)
コンソメ
醤油
肉じゃが

フライパンひとつで作れるケンタロウさんの肉じゃが(アレンジ)
豚バラ
玉ねぎ 1
馬鈴薯 大3
調味料
胡麻油
醤油 大2
酒 大1
砂糖 大1
金平牛蒡

金平牛蒡
胡麻油
醤油 小1
ナンプラー 小1
甜菜糖 大2くらい、甘め
牛蒡
蓮根
新年会

今日は新年会。近所に引っ越してきたしみる家で、いまむちゃんと周ちゃんと。たまちゃんが富山の実家からもらったという、かぶらずしや、蒲鉾、鯛の昆布締め、あと台湾風の酸っぱい白菜の鍋を頂いた。富山の郷土料理は、数年前にシェフインレジデンスで滞在した時に食べた以来。まさか、東京で食べられるなんてね。正月早々、贅沢なご馳走とお酒を少々、そして、いつもの様にダラダラとお喋りを続けた。正月らしい正月。
ここは、なんて平和で安全な場所にいるんだろうかと思う。こないだ、読書会で中村さんが「ここは安全な場所ですから」と言った言葉がシンクロする。来週は、トラウマ治療がテーマだ。課題図書を読み始めているけれど、またひとつ、トラウマの概念が自分の中でも変わってきてる。それは、トラウマの内側ではなく、外側でもなく、上から見て初めて気づくことだ。
今年も、友人が家族が健康で平和で安全でありますように。
ぴんくご飯

大晦日に姉に電話して、アメリカにいる母にぴんくご飯のレシピを聞いた。ハレの日に食べる我が家のちらし?なのかな。電話の向こうで姉が「あれ、大好きなんだよね」と言い、「いやいや、私も大好きだよ。」と話した。私たち家族が大好きなぴんくご飯。母の祖母が子ども達に沢山のおかずを食べさせたくて考案したのだそう。
うちには幾つかの祖母の伝説があって、近年一番笑ったのは糸リフトを入れてたって話だ。それも、今から30年以上の前の話。お金、女性が働くこと、強くあること、品よく生きていくことを教えてくれたのはおばあちゃんだった。「今でも生きてたらよかったのに。」が、私たち家族の口癖で、とんでもなく素敵で勇敢な人だった。
ぴんくご飯
炒める具材は、
細かく切り大さじ3のごま油で炒める
厚揚げ
薄くスライスしたレンコン(酢水にさらす)
ささがきした牛蒡
椎茸
人参
筍
油揚げ
ちくわ
調味料
酢
砂糖 大さじ1
醤油 大さじ1
紅生姜と汁
最後に散らす
薄くスライスしたなると
さやいんげん
海苔
錦糸卵
おせち

昨年のわたしへ、
わたしと戦ってくれて、諦めないでいてくれて
ありがとう。
すき焼き

一昨日見た新宿でのラリー・クラークの展示、よかったな。いつの間に私ったらこんなにつまらなくなっちゃったのかしら?と思った。けど、なんだか少しホッとしたし、あ〜世界はやっぱり生きづらいっ!と、うまく締めくくれた気がした。
今年があと数時間で終わる。もみくちゃにされた1年だった。父がいなくなり、私はほんとうに大学院に受かってしまった。色々が大きく変わったけれど、今思うことは「これまでの自分に」ではなく、スタンダードに戻ろう!だった。
学生しても、写真は写真のままでいい。これからは、友達も変わるだろうし、行く場所も、会う人もどんどん変わるんだろう。けど、どれも自分。景色が変わることに恐るべからずだ。
Hello, あたらしい自分。
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すき焼き
しいたけのじく
しらたき
焼き豆腐
まいたけ
ねぎ
春菊
白菜
牛肉
[割り下]
醤油 1/2カップ
みりん 1/2カップ
水 1カップ
甜菜糖
2回目は白菜を煮込んでくたくたにしてたべる。
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鮭のソテー

夕飯は、生春巻の予定だったけど、周ちゃんが遅いとゆうから高山さんの「18番リレー」のレシピ、鮭のソテーとご飯、味噌汁、余っていた赤ワインにした。
ここ数日、急にバタバタと年越の準備を始めた。Xmasカードを送ったり、プレゼントを買ったり、年賀状用の写真を探したり(ラダックで撮った馬にした)、鏡餅をスーパーで買ったり、。
今年は、大変な年だった。家族や生きることについて沢山考えることが出来た大切な1年となった。私だけじゃなくて、私達家族にとっても。悲しくて苦しくてよく泣いたけど、今は笑ってる。
ブランチ

遅い朝に炊き込みご飯と味噌汁、赤大根とカリフラワーの糠漬けを食べた。午後は野澤さんが近所の珈琲屋さんに来てくれて、3時間くらいお喋りした。正確な年齢は聞いてないけど、ずっとずっと年上な事は確か。色々な話を絶え間なくした。
駅に送り、さよならする前に「野澤さんは、どんな自分で大学院に行きたいですか?」って聞くと、しどろもどろ…答えてくれた。そして、また、帰ってからだろうか、もう一度、しっかりと野澤さんの言葉をメールしてくれた。
胸が、とても、ほくほくする。
ワンタン麺

今日も高山さんのレシピ。「自炊」に載っているワンタンを作った。それから、持っていない高山さんの本を図書館で予約した。好きが加速した毎日を生きている気がする。時間や何かに終われないと、自分から英語の論文を読んだり、本を手に取ったり、今日は何を作ろう?なーんて事ばかりを考えてる。
みっちみちのスケジュールに追われないことが、こんなにも幸せだなんてね。けど、春から大学院が始まる。もちろん、授業はしっかりと皆勤賞取れる自信はあるけど、私の心が生きていけるのかな。
いや、大丈夫でしょ。だって、死ぬほど勉強したし、写真と勉強の両立の苦悩も散々やったし、何と言っても出来ないことへの劣等感、、。40歳でまたゼロから、みたいな感覚は辛かったなぁ。けど、卒業です。そういうの。
夜は通学用のバックをgoogleで検索した。春から使う予定のお弁当箱と水筒は書斎の棚に飾ってる。お弁当日記でも書こうかな。
高山さんのワンタン
豚ひき肉
生姜すりおろし
刻みネギ
パクチーの茎(高山さんのレシピにはない)
カリフラワー

色々なことを考えてる1週間だった。週末は、院生仲間の野澤さんと近所の珈琲屋でお茶をする約束をした。予定よりも早く院試を終えて、時間を持て余しているようで意外と忙しい。ようやく自分の世話ができると思うと、放っておいた雑用だけでなく、溜まっていたものを心を整理するかのように片付けてる。
一番に気づくことは、2年半ぶりにまた普通の生活に戻った私から出た最初の言葉が “さびしい” だったのに、数ヶ月経った今はもうケロッとしているということ。そして、大切にしてきた過去に触れる度に「ありがとう」という言葉が現れる。その裏側にはちゃんと「さよなら」もくっついて。
朝一番で近所のJAに行き、今日も立派なふさ付きのカリフラワーを買ってきた。カリフラワーの糠漬けにハマってる。出張続きの周ちゃんはまだこの美味しさを知らない。
高山さんの肉団子

本棚を整理してる。参考書だけでなく、仕事の本も整理してる。なんとなく?捨てられない本たちが想像以上に本棚を占領していた。それは、”いつか”とか、”せっかく”みたいな言葉が前につきそうな本。けど、さっぱりと処分した。
今日は、夕飯に高山なおみさんの肉団子を作った。高山さんの料理は心地がいいからよく作る。なんせ感触がいい。それは味のことだけではなくて、空気感みたいなもの。
今月からはじめた院生仲間との読書会は、想像以上に楽しく、「感」についても話しあったばかりだ。「感」は、写真でも見えるもの。わくわくしてきた。
高山さんの肉団子
豚肉
むきえび
長ネギ
生姜のすりおろし
酒 大さじ1くらい
片栗粉 大さじ1くらい
塩・胡椒
夕飯

最近、ちょこちょこチャーシューを作るようになった。youtubeで見たコーケンテツさんのレシピを少しアレンジしたもので、フライパンで簡単に作れていい。
昨日の芋煮
たこの炊き込みご飯(無印、周ちゃん土産)
赤大根のサラダと柚子
チャーシュー
納豆
糠漬け
一人晩酌

撮影でいただいたおかずと酢飯
大根の葉っぱを醤油麹で炒めたもの
ミードル
カリフラワーの糠漬け

11月30日
こないだ田村さんと代々木公園をお散歩した。もう12月だというのに、コートを脱いで暑い暑いと言いながら西陽が当たるベンチでお喋りを続けた。大学院のことを報告したり、心理学の話をしたり、写真展の話を相談したりした。田村さんからはナラティブ・セラピーの話を沢山聞いた。
写真展のことは「素人ではなくこれまで写真をやってきたよしみさんの作品は、大切にされるべきものだから、公民館みたいな場所ではなくてちゃんとした場所で見られる方がいいし、守られて欲しい。」と言ってくれた。それから、「見てみたい」とも。
院試を終えてからも、頑張らなきゃ、とか、やらなきゃ、ばかりが先行して、写真から少し離れていた時間を急いで取り戻そうと焦っていた自分に「私の写真を大切にしてあげたい」なんて気持ちが1mmもなかったことに気づいた。そして、何よりも一番大事なことな気がした。
うん、決めた。写真展はやらない。今の私には、作品ときちんともっと向き合う時間が必要。焦らない。誰のためでもなく、先ず自分のためにやるべきだとおもう。そうでないと、伝わるものはできないから。
田村さんは、私の知り合いの中でも異色だ。声は小さく、控えめで、自分から何かを強く主張したりしなんてしない。派手な仕事をしているわけでもなく、流行りの服も着ない、勿論、目をひくようなネイルだってしてない。自分の中でゆっくりと歩いてる。だからか、感情は平坦だし、笑い声にしてもふわっと消えてしまいそうなくらい。けど、田村さんが撮る写真も田村さんも、その内側にあるものの輪郭はしっかりとしていて、か細く発せられた言葉は、どうしてか潔く心に残る。
田村さん、ありがとう。