
相変わらず生理はこない。来週に病院の予約を入れたけど、なんだろう。特になんの不調もないし、いたって困ってない。ただ、少し心配なくらい。別にアンハッピーなわけじゃないけど、なんとなく小さな不安が続いている。
こないだ「不安な時は運転したくない。」と周ちゃんに伝えたらけげんな顔をしていた。「だって、教習所でも言ってたよ。すごく苛ついている時とか、興奮状態にある時とかは運転をするのはやめましょうって。」やっぱり、よくわからないって顔をしてた。
周ちゃんの感情はよくわからない時がある。それは、周ちゃんが見せないようにしているからだろう。比べちゃいけないけど、病を患った元夫は感情がとても豊かで鮮やかな人だった。奇妙な色になることもあったけれど、自然の中に生きている生物っていう感じがした。周ちゃんといると、毎日がとても穏やかで腹がたつことがあっても、静かな湖みたいにずっと同じだ。それは、周ちゃんの人との関わり方なんだということも知ってる。周ちゃんの今年の豊富は “自分に素直になること” 。周ちゃんの言う、素直っていうのは自分の声を聞くことって意味だろう。だけど、それをやっぱりしないのにはきっと理由がある。
世界は不思議な場所だ。それが鮮やかすぎて崩壊してしまう人もいるのに、頑なにそのままでいようとする人もいる。
今日、勉強してたこと。知的障害児の病理。21トリソミー、ダウン症は誰もが知っている病理のひとつ。時々、街で見かけることもある。21トリソミーは顔つきが特徴的で、その性格は愛くるしいとされている。原因は染色体の異常。同様に、いつも笑顔で幸福感の高い性格であるアンジェルマン症候群。ウィリアム症候群は、その性格の穏やかさは共にいる人の心を温かくするだけではなく、病理のない人に比べて音楽の能力が非常に長けているという不思議な能力がある。脳の中の感情を感じる所と音楽を感じる所が連動しているらしい。病であることは大変なことだけど、なんて素敵な才能だろうと思った。
性格は遺伝の影響がある。影響もある。とされているけれど、病の元夫は、双極性障害の特徴的な性格をきちんと奏でていた。鮮やかで綺麗に見えることもあれば、その強烈な色に耐えることが出来ない日も多かった。
こんな風に考えるのは昨日、元夫の悪夢を見たからかもしれない。完全に何年もの前のあの日にトリップした。今が完全に無くなっているわけじゃなくて、今の次にあの日々が続いているような感じ。だけどそこに周ちゃんはいない。池尻のマンションに私達はいた。そして、私はいつものように責められていた。あの時の苦しみは言葉に出来ない。そこに近い言葉だとか、気持ちだとか、当てはまるものがいまだに見つけられない。ただ、ゴールのないトンネルにいるような感じであることは確かで、それは永遠に終わらないこと、一度きりの痛みではないことがわかってるのに、全部を吸い込む。吐き出す宛てもないのにと思いながらも、私の苦しみの行方など誰も知ったこっちゃないみたいな顔した時間がのしかかっていく。あの感じは全く変わっていなかった。そうして、目が覚めた。
結局のところ、若い人みたいに、どんな風に生きたって人に迷惑をかけていなければ、幸せで暮らせてればいいじゃんと言えば、そうなのかもしれないとも思う。だから、周ちゃんが素直になりたいと言って素直になろうとしなくても、それで今を生きているのならいい。私の不安だと言う気持ちがわからないのも仕方がない。周ちゃんは見ないようにしていることを、私は見ようとしているだけなのだから。