退職祝

夕飯 31.8,2023

周ちゃんが3年半勤めた会社を退社した。「洒落た花じゃないのだけど。」帰宅した周ちゃんにお菓子の入った袋と一緒に渡された花束は、街の花屋が作った色とりどりの花束。かすみ草みたいな小さい花や赤と黄色のバラに白地の花弁にまだらな紫色の柄みたいなものが入っていた。「私はこうゆう花束、花束らしくて好きだよ。」と返した。花は誰になにをされようが素敵なのだ。

周ちゃんと出会えたのは、周ちゃんが食べ物の展示をキュレーションしていたから。出会いはマッチングアプリで、正直、そこまで本気じゃなかった。テレビ電話をしようと、初めて顔を見た時、40歳、イケメンで、バツなし、いいとこの学芸員と聞いて、え、無理って思った。いい男はさっさと誰かのものだ。それが自論だった。

展示を見にいくと約束した日も気が乗らなくて、”仕事が終わらないかもしれないし、オープン初日にお邪魔するのは申し訳ないので。”と適当に断りのメールをすると “僕の方は大丈夫ですので、待ってます。” と戻ってきて、まじかって面倒に思った。結局、ささっと仕事を終わらせてミュージアムへ出かけた。

待ち合わせのエントランスにいた男はやっぱりイケメンで想像よりも背が高くて、それでいて私よりも顔が小さい。やっぱり絶対に無理と心の中で小さく呟いた。それが、周ちゃんの第一印象。ミュージアムの中や展示を丁寧に案内してくれて、帰りに小さな木の破片をジャケットから取り出し「昨日が誕生日ですよね。」と、私の手にのせてくれた。

それで、好きになった。私は案外、恋に落ちやすい。プレゼントも花束とか、残るようなものを貰っていたら困ったと思う。全部が丁度よかった。だけど、あの時は恋をする予定はなかった筈だ。気が向いたときに少しお酒を飲んで、手も繋がずに明日は早いからと帰ってくる。そんなデートが丁度良くて、デートをリハビリと言い、自分勝手に遊んでいた。誰かを好きになれるほどの余裕もないし、私だけの幸せを守ることで精一杯。だけど、恋が不思議なものだというなら、あの日のことを言うのかもしれない。

ミュージアムは、周ちゃんにとってたくさんの思い出が詰まった場所だろうけど、私が周ちゃんに恋に落ちた場所でもある。それも、今までのように崖から落ちるみたいにじゃない。ふわりとすぐにどこかへ逃げてしまえるくらいに軽い恋。だから、結婚も簡単に選んだ。ドラッグストアで新発売のシャンプーを買うくらい簡単に。もう、愛ほど重いものはいらなかったから。

夕飯はいつもよりも頑張って作った。