
夜、寝る前、周ちゃんに聞いた。「お互いのいいところを言い合うっていうのやらない?」夕方、コンビニへ行くときに聞いていたラジオのことだった。三子の魂尺までっていうのは、案外間違っていないという精神科医のラジオ。心理学の教科書でもその引用は時々目にする。要するに、人は変わらないよね、だから、出来ないことに目を向けるんじゃなくて、いいところを伸ばした方がコスパいいよねって話だった。
勉強していてもよく思う。昔、制作会社で広告の仕事でプログラミングみたいなことを少しやってた時も思った。スイスイと気持ちよく前に進めないのは、合ってないんだろうなぁって。逆に言えば、映像なんて全く勉強してないし、写真も仕事のやり方は学んだけど撮り方については完全に独学。友達や仕事の人を見ていても思う。私には絶対にこれ出来ないなって思うことを、彼、彼女らは、スイスイとやってる。もちろん、たくさん練習したり、好きだからとか、色々な理由はあるだろうけど、そもそも、好きになることは、大体できることとイコールしてることも多い。
じゃんけんして私が先行となった。「周ちゃんの優しいところ」「すごいざっくりだね。」「じゃあ、テコに優しいところ。次は周ちゃん。」、「よしみは、陽気なところ。もっとそれを外に出してもいいと思う。その陽気さが周りの空気をよくするよ」「え?私陽気?」「うん。踊ったりテコと騒いだりしてて楽しそうだよ」
「周ちゃんは穏やか。私もテコもとにかく安全に暮らせてるよ。穏やかって最高だよ。」「確かに。」「後、周ちゃんは人の良いところを見つけるのがうまい。それは相手を持ち上げてるわけじゃなくて、純粋に人に興味を抱いてるっていうのがわかるし、だから一緒に話してる人は楽しいと思う。」しばらくしりとりみたいに、テンポよくいいところを言い合って止めた。
それからしばらくして「最近の煩悩がやばいんだ」とメソメソしだした私は周ちゃんの膝に抱きついて寝た。試験前、煩悩がやばい。勉強から逃げようとしてる自分がいる。