ポテチとスパークリングワイン

夕飯 27.6,2024


周ちゃんが出張になると、夜が遅くなりがちだ。多分、それは、電話のせい。全く電話しない時もあるけれど、電話する時もある。なんとなく、お互いに寂しくなってかけるのだろう。気づけばもう、周ちゃんは私の恋人みたいな存在そのもの。正確に言えば、夫だけど。

今日は江戸川橋の内見が急遽延びて、昨晩の仕事や周ちゃんとの電話で今日は寝不足のままに仕事へ出かけた。14時過ぎ。池袋の丸の内線のホーム。15分は寝たと思う。撮影の内容を確認した後に単語帳を開いたけれど、直ぐに睡魔に襲われて気持ちよく寝て、起きた矢先のことで、たぶん、違うと思う。そんな事は絶対にないと思う。

不意に目の前に現れた人が、横を向いた。さっきシャワーから出てきたような黒髪で、だらしなくTシャツやズボンを揺らして歩いてる、背は私と同じくらい。小柄な割に背中はがっしりとしてる。左を見たり右を見たり、忙しなく動く顔とその先にある視線。

私は仕切りにアトピーのあとを探して、頭のてっぺんから足の先の隅々まで、その身体がなす動きを全部、本当にそうなのかじっと追いかけて、離れて、そして、目が勝手に涙をこぼそうとしていた頃に、すぐにその視線に交わらない場所に動物的に素早く逃げた。

私、何を期待してたんだろうか、元夫かどうかを一生懸命に知ろうとしてた。もし、ここで大声を挙げられて詰められたらどうする?違う。そんなこと。私には、彼にかけられる言葉なんてない。もう、二度と私達は目だって合わせられないを合わせられないはずだ。まるで嘘みたいな、ドラマにでも出てきそうな最低の別れをしたのだから。

頭がショートしそう。停車していた電車へ飛び乗った。イヤホンからは英単語が流れてるけれど、全く聞こえてこない。振り返らない。下を向いて、私という人の気配をしばらく消した。電車が閉まっても、次の駅がその次の駅が来ても、ずっと下を向いていた。

あれは本当に元夫だったのかはわからないけれど、久しぶりに生きてるような気がした。まるで今が夢で、あれが現実みたいに見えて変だった。そして、絶対に周ちゃんがいるこの生活を守ってやるんだと思った。おかしいでしょ、私って思う。今が現実であれは過去なのに、何を言ってるんだか、だけど、本気でそう思った。ここは私にとって夢だ。

梃子はもう、すっかり周ちゃんに慣れてる。結婚して2年半。まだ、当ててはめ込んだみたいな夫婦だと思っていたけれど、過去から離れるために、こんな遠くまできたのは、そうでもしないと生きていけなかったからなんだ、そうだった。いま、記憶を勉強してるけれど、記憶って怖い。こんなに怖いものだなんて知らなかった。だって、自由に書き換えることが出来るし、書き換えたことを現実にすることもできるのだそうだ。

過去が溢れてくる。あの瞬間がトリガーになって、ぐちゃぐちゃだった世界のことが、
嘘みたいな毎日のことが、見たこともない景色が予想もつかない出来事が起きる、今とは180度違う元夫の世界のことが蘇ってくる。