
ぼんやりと過ごしたまま夜がきて、夕飯を食べて大豆田を見て寝た。
最近、淡々と色々を毎日こなしてる。夕飯に作った蛸があまりに美味しくって箸を置くのに時間がかかった。「ねぇ、蛸、食べ過ぎだよ。」大きな蛸だったのにパクパクの勢いが止まらない。頭の中で「ねぇ」と、こだまする声をようやくキャッチ。エライよ。私。
ラップして冷蔵庫に入れる。明日また食べよう。

ぼんやりと過ごしたまま夜がきて、夕飯を食べて大豆田を見て寝た。
最近、淡々と色々を毎日こなしてる。夕飯に作った蛸があまりに美味しくって箸を置くのに時間がかかった。「ねぇ、蛸、食べ過ぎだよ。」大きな蛸だったのにパクパクの勢いが止まらない。頭の中で「ねぇ」と、こだまする声をようやくキャッチ。エライよ。私。
ラップして冷蔵庫に入れる。明日また食べよう。

今日は早い夕飯にした。最近、昼食を食べると眠くなるから少々控えてる。昼は近所のパン屋のクリームパンとデカフェのコーヒー。あまりに眠くってデカフェを買いに走った。16時も過ぎるとお腹が空いてくる。夕飯を作ろう。
肉じゃがとお味噌汁を作って、ご飯は冷凍していたもの。あとは刺身とぬか漬け。ご飯を食べ終った頃にマユミちゃんからメッセンジャーが入る。URLが貼ってある。リンクを押すとspotifyから大豆田とわ子のドラマの中で最後の方にかかる曲が流れた。あ、これ探してた曲だ。涙が出る。最近、おかしい。多分、脳のどこかがおかしくなってる。鬱症状だとか、ストレスが溜まってるとかじゃなくって、メロディーと一緒に感情がすーっと静かにこみ上げてきて、ふわーっと放出される。今日は朝に一度、夕方に一度で二度め。この涙は哀しい涙じゃない。なんだか小さく抱擁されてるみたいに温かい。
今日は皆既月食だってニュースで見て、ビールと一緒にスタンバイ。ベランダの椅子に寝転んで空を見上げる。空は風だけが吹いてる。昼に姉と電話した事を思い出した。男の人に優しくされて嬉しかった、すごくその人に感謝してるって話をした。友人の男は大丈夫だけど、私を女として見る男が何だか怖い。また同じような病を持った人間に出会う確率は1/500。その確率がいつも頭を離れない。乗り越えなきゃいけないのはわかってるけど、やっぱり私に関わらないでほしくて低い声で喋ってしまう。
気が合うっていうより、人生の経験値と姿勢の良さを感じただけで、少し優しくされただけで、たったのそれだけなんだけど、すごく嬉しかった。その嬉しいって気持ちが何より嬉しかった。音楽を聴いて涙が出てくるのと似てる、何かが私を溶かしてる。
昨日の大豆田とわ子で、とわ子がカゴメちゃんの事を忘れてる日があるって言ってた。いい記憶はどんどんと失くなっていくのに、辛い記憶は振り落としても振り落としても残るものだなって。そうやってしっかりと定着して、自分の身を守ろうと鎧みたいになっていく。

昨晩は呑みすぎた。眠気を覚ます為にワインをガブガブと呑んだせいで今日はすっかり二日酔い。昼くらいまでベッドに隠れて、それで、少し泣いた。身体のどこかが悲しんでるだけ、理由なんて聞かないでいい。
昼ご飯を食べて、色々をしてるうちに夕方。写真の整理をしながら、また泣いた。姉からは連絡が無い。気持ちはどんよりしてない。ただ、泣きたいだけ。色々が触れる度に涙が出る。
昨晩一緒にいた成田さんと、大場さんからメールが入った。成田さんは、「恋も仕事も頑張ります。」って。大場さんは「素敵な時間だったから、消化したくて歩いて帰りました。」って。「昨日はいい夜でしたね。」って返信した。とても明るい夜。綺麗な食卓だった。
そして、また少しだけ泣いた。
色々が混じってる。悲しいもいるけど、嬉しいとか、他の何かとか、色々。

今日は映像の大場さんと、編集の成田さんが夕飯を食べにくる。朝一番でオオゼキに買い出しに行った。歩きながら姉にLINE。ここ数日、何だか落ち込んでて、心にずっとあの事がピンを刺した様に止まってる。
”皆んなが生きる事を必死に頑張ってる中で、平気な顔でズルをして大金を得るって違うと思う。200万も騙し取ってるんだよ?許せないっていうより、私が前に進むために通報したいんだよ。” 昨年の夏、 彼はそのお金でキャバクラに通い、ヤメてた酒を浴びる様に呑んでたと思う。貯金だって殆ど無かった筈なのに、私にいつも何かを買ってとせびってたのに。いつも、いつも言ってた。この国が馬鹿だから、法の抜け穴なんだって。
“悪い人から離れられて良かったんだよ。もう、自分を責めないで。” 姉から直ぐに返信が入った。わかってるよ。怒る相手は姉じゃ無いのに文句を言ってLINEを閉じた。家に帰って少しだけ泣いた。彼がどんなに悪い事をしようが、私にはもう関係無い。もう助ける必要も無ければ、それを怒る必要も無い。わかってる。私は私が住むこの世界に腹が立ってる。病気で亡くなった友人のお母さんから昨日に手紙が届いた。そこには、” 強く生きねば “って書いてあった。
ぼんやりとした午後を過ごして、夕方からバタバタと支度を始める。今日は麻婆豆腐、塩豚と薬味ダレ、鮪とアボガドのオイスターソース和えを作った。煮卵と干し大根と人参のナンプラー金平、新生姜の甘酢漬けは作り置きのもの。大場さんが今日は映画を二本見たと言って、ビールと水を持って来たのが18時過ぎ、それから1時間ちょっとして成田さんがワインとプリンを持って来てくれた。
写真の話、映画の話、映像の話、雑誌の話をする。成田さんの恋の話も少しした。大場さんは、くるりっていうバンドの方と仲がいいみたいで、昨年に映像を撮ったのだけど、それが自分の中で傑作過ぎたって、だから、今辛いんだって。目を大きく見開いて話してた。面白い人。
作ることは好きだけど、孤独がいつも隣にあって寂しい。どんどん深く潜れば潜る程に、一人になってしまって、誰もいない海の底みたいにしーんとしてる。とても静かだけど、ひんやりしてる。「写真、今やってる事が好きなんだけど、私、孤独死します。」そう言ったら、「僕も孤独ですよ。いつも一人で映画を見てます。」って大場さんが言った。成田さんに「孤独ですか?」って聞いたら、「僕は昼間は会社にいます。」って言った。
不思議。たったの数年前に、まさかこんな日がくるなんて想像しただろうか。憧れていた雑誌で、まさか小さなフィルムカメラ一台しか持ってなかった私が、写真を撮れる日がくるなんて。そこで会った編集者。そして、そこで会った映像の方と、深夜に我が家でお喋りしてる。全然違う三人が同じ食卓に座り、笑ってる。
「必ず続けてれば回って来ますよ。ただ、7億の予算が来て、7億をちゃんと使えないと結果は出せないんですよ。だから、大根監督は一気に次の階段に登れた。1億の予算でしか撮れない監督は、才能があったけど終わります。」映画の事で大場さんが熱く語ってる。意味がよくわかる。続けていれば、チャンスは大体の人に回ってくると私も思う。
深い場所は怖い。ぐんぐんと潜ったのは自分なのに、どうしてこんな場所に来ちゃったんだろうって、急に不安になって後悔したりもする。上を見上げると、大分深い場所に来た事に気づく。20代の時、結婚を約束してた彼氏をふった。理由は写真がやりたかったから。今思うと、写真は別れなくても出来た。きっと子供は三人くらい産んで、どこか千葉か神奈川あたりに住んでただろうな。家ではきっとホームベーカリーでパンを焼いてた筈だ。カメラはきっとEOS kissで、週末はホームセンターと回転寿司だろう。だけど、今はそうじゃない。
一人で潜る事は孤独だけど、直ぐに不安になったり、寂しいからと浮き上がって周りを見渡してばかりいたって深くは潜れない。泳ぎたい場所を見つけておく事もそう、泳ぐための体力をつける事もそう、泳ぎきってやるっていう心持ちもそう。自分の身体がどれくらい大きくて、どんな速さで泳げるのかなんて、想像したってわからないから怖い。だけど、この息がどこまで続くかは、私だけが知ってる。それには思いっきりに深く潜らないとわからない。
どうしてこんな事してるのかよくわからないけど、何でここにひとりぼっちでいるのかわからないけど、今、目の前にある景色が好きだと思う。

何だか昨日あたりから耳の後ろがたまにズキっとする。おかしいなぁって思ってたら段々とそれはしっかりとした痛みに変わり、頭頂部の方へ移動し始めた。あー偏頭痛だ。だけど、ストレスも無ければ、不眠でも無い。200%健康な生活を送ってる。おかしいな。今日は早くベッドへ入ろう。
料理をするのも何だか億劫。身体は元気なんだけど、頭の痛みだけが気になる。鍋にバターとニンニクを入れ、新玉ねぎを炒め、鮭を炒め、キャベツと味噌、酒、みりんを入れて蓋をして、弱火で蒸し焼き。今日の夕飯の料理は終わり。後は、お新香とご飯と納豆でいいかな。ぬるま湯のお風呂にゆっくり浸かった。今日は昼間に姉と小さく言い合いをした。十数年以上、年に数十回とアメリカ移住計画を勧められてきたけど、初めて私から「一年後にアメリカに住む事を視野に入れてる。」って言った。
「こっちで写真の仕事するの?」
「違う。寿司屋でバイトする。」
「写真の仕事は?」
「誰でも撮れる仕事をするのと、寿司屋でバイトするのは同じだし、写真は撮れるよ。」
「バイトするなら英語ちゃんとやりなよ。英語全然やってないじゃん。」
「うざい。」
「誰に言ってんの?やなやつ。」
下らない言い合いをLINEでする。喜んでくれると思ったのに門前払いされた感じだ。十数年とアメリカ行きを断って来た理由は「わざわざアメリカで写真やる意味がある?」だった。だけど、今はアメリカで写真をやると私は言い出してる。しかも仕事じゃなくして。自分でも、どこまで本気でどこまでそうじゃ無いのかわからない。それに、それくらいに全ては引っくり返ってもいいやとも思ってる。心のどこかで結構楽しそうかも!と淡い期待さえある。いい写真が撮れそうな気もしてる。色々が身軽になった途端に、重力の存在を忘れようとしてる私が怖い。
それにしたって悔しい。クソーって思った。つい最近になるまでレタスとキャベツの違いがわからない姉に、音楽学校で音楽しかやって来てない事を理由に漢字も全然読めない姉に、まさか、英語の勉強を頑張んなよって言われた。私の中のどこかからメラメラと聞こえる。


今日は近所の友人の結婚祝賀会。手巻き寿司の材料を買うため、ミオちゃんとイマムと上町のオオゼキの前で待ち合わせ。小走りで向かう道の途中で思いだす。”あ、やっちゃんの誕生日だ。” 山形出身の友人らと集ってる会がある。グループラインに “おめでとう!”ってLINEした。
ビールを飲みながら、手巻き寿司の準備を始める。”誕生日は明日だよ!” 沢山のお祝いの中にやっちゃんからのLINE。”ヘレナが今日誕生日だよ!” 姉からのLINE。あ、間違えちゃった。ヘレナが今日でやっちゃんが明日だった。めでたい事には変わりない。それに、今日は我が家で祝賀会。めでたいのトリプル。世界が平和でいてくれて、たぶん嬉しい。だけど、私の中はここ数日また空のペットボトルみたい。何も出てこなくて味がしない。ただただ軽い。
人が食卓の上で鳴らす音って落ち着く。ビールを沢山飲んで、手巻き寿司も沢山食べた。食べ過ぎてお腹が張っちゃって、横になる。イマムとしみるさんも途中で昼寝して、その後にたまちゃんもソファーで寝てた。まるで正月の親戚の集まりみたい。時間が今日を持て余してる感じがいい。夜が始まりだした頃に皆んなは帰って行った。
夜中にのむらさんからメールが入る。
” こんばんは。 生き地獄の話、いっそ殺してほしいって気持ち、ぼくも知っている、って読みました。”
メールの冒頭を読んで気づく。あ、そうだ。先週も今日みたいに空のベットボトルみたいだった。のむらさんは、男だけど男をやめて男になった人。3年前にいきなり仲良くなった。3年前も今日みたいにお互いに生きる話をして、そのメールのやりとりは数ヶ月と続いた。
今も同じだな。あれから、お互いに色々があったと思う。生きる話でも前とは全然また違う話をしてる。私は私が死んだ話をして、のむらさんは過去に男の自分がどこからから飛び降りる話をした。だけど、一度死んだからって、そこに広がるのは青い草原では無かった事や、だからって絶望がまた背後から襲ってくるわけでも無い。ただ、広いって事。
” 知恵をいつも求めてる” って最後の方に書いてあった。空のペットボトルの底には本当に今、何も無い。苦しいや哀しいっていう何かは私の中身じゃなくって外見の一つ、皮膚のどこかの一つみたいになってる。3年前の悪夢から助けてくれたのは、のむらさんと彼氏のミッチーだった。二人との出会いが大切な意味を記していた事に今日になって気づく。
そして、夫のアルコールが再発して、地獄が来なかったら、こんなメールも気軽にやりとりしてなかった。もしかしたら、興味本位で男だけど男じゃない男の人とおしゃべりするだけの友人だったかもしれない。地獄にありがとうなんて口が裂けても言わないけど、こうなった。
私も知恵を求めてる。写真を撮ったり、映像を撮ったり、下手くそな文章を日記に書くのは生きる知恵を得るためだと思う。特に最近はそうなった。仕事でもあるけど、お金を得る為の仕事だけじゃない。いい瞬間に出会いたいとか、写真を撮るセンスがどうとか、こういう道で生きたいとか、憧れてるからとか、そういう理由はもう残ってない。ずっとずっと、知恵を探してる。地獄に落ちても、ちゃんと生きていく為に。

朝起きてベランダに座って野菜のチェックをするのが習慣になってる。そのまま、そこでぼーっとお茶をする。今日は空いたトマト缶に土を入れて、唐辛子の種を蒔いた。最近、家庭菜園にハマってる。何かが目の前で活き活きと育っていく様を見てるだけでとても清々しい気持ちになる。目が出て、葉っぱが伸びて、日に日に大きくなる。昼食はベランダで育てたミニ大根で漬けたぬか漬けを食べた。酸っぱくて美味しい。
数日前から星野源さんの曲を聞いてる。
最近の星野源さんの曲は元気になる。昔の曲は当時好きだった人の事を思い出して嬉しくなる。別れてからは聞くのがしばらく辛かった。
よく星野源さんの曲を聴きながらキッチンで夕飯を作って彼の帰りを待ってた。出会った頃は別のBFと一緒に住んでいたしなんとも思ってなかったのに、ある日に苦しい毎日からパッと救われて、地震とか、BFとずっとうまくいって無かった事とか、色々が彼との出会いでガラリと変わった。丁度10年前のこと。一瞬で好きになり、BFと別れて直ぐ彼の部屋に行くようになって、あと1年しか生きれないかもって話も聞いてた。日に日に体調が悪くなっていくのが目に見えてわかる。よくわからない未来を目の前にして、聞いていた曲。未来の事は何も考えない。ただ、今日を想おう。親友のエリがテコの事は私が見るから、よっちゃんは看病に専念してって言ってくれたのを覚えてる。あんなに心が優しい子いないって思う。
彼は死なずに生きた。
そうして誰かといつかに結婚した。一度、ふらっと写真展に来てくれて、甘そうなお菓子をくれた。大好きだったな。

朝の10時。代官山のシェリュイのカフェで瞳ちゃんと待ち合わせ。久しぶりの瞳ちゃん。髪が伸びて、少し雰囲気が変わってた。いつも前向きで、きちんと女性らしくて可愛い子。色々とおしゃべりして、一緒にいしずかさんのヨガへ。いしずかさんは執筆業と並行して身体を整える仕事をしてる。昨年の緊急事態宣言後のワールドさんの取材でお会いした時もいしずかさんに会ってほっとしたな。今日も会える事が嬉しい。「よしみさん、元気そうで良かった。」って言ってくれて、元気な私で良かったって思った。
それにしても太陽の光が強い。昼は山形のだしかな。段々と夏野菜も出回ってきたし、最近じゃ胡瓜も安くてぷっくりしたのが出回ってる。サミットに寄って帰ろう。米を浸水させている間に、だしを作る。具材を細かく切って、ボールに入れて混ぜ合わせる。後は米が炊き終えるまで待つだけ。しっかりお腹を空かせておこう。
炊きたての熱々のご飯に冷たいだし、最高だな。三杯おかわりして昼寝した。

食べても食べても食べれる。最近やっぱりご飯が美味しくて仕方ない。止まらないナスとピーマンの甘辛炒め、渋々と箸を置いた。
昼すぎにスーさんのお店で打ち合わせ。中目黒に行くのは怖いけど、スーさんに会えるのは嬉しい。スーさんは元夫の紹介で9年前に知り合った。3年前の酒乱が酷かった時期に相談しようとした大人。だけど、迷惑をかけると思って止めた。元夫と同じ街にいる人だから。今日、こうして笑顔で会える事が嬉しい。離婚の事は伝えてたけど、何も無かった様に色々な話をした。久しぶりに奥さんや、子供にも会えて嬉しかった。今日も天気がいいな。そのまま村上美術へユウヤくんとの打ち合わせに向かった。
通りを歩きながら、春の風の中で思う。私は元夫を人として許す日は来ないと思うけど、感謝することはある。それにしたって、ご馳走になった水餃子美味しかったな。
村上美術に着くと、天音さんの弟さんが店で販売してる植木の剪定をしてた。「剪定、大事だよ〜。」って。平和だな。世界って本当に平和で好き。真っ黒に塗りつぶされた中目黒が少しずつ少しずつカラフルになってくる。ユウヤくんとの打ち合わせを終えて、ラジオを聴きながら三茶から家まで歩く。
今日のお悩みは、30才の女の子が彼に振り回されて仕方ない。だけど好きだから簡単に別れを選べない。デートも毎回遅刻、朝寝坊、夜型生活の彼に合わせなくちゃいけない。というものだった。うんうん、わかると思った。DJの回答は明快だった。彼に支配されてる事に気づきましょう。あなたの人生だからそれが本当に幸せじゃない事に気づいてますよねっていうような回答。それも、よくわかる。わかるけどさ。
私も完全に支配されてた。元夫の場合、外では弱くて駄目な男、家では偉くなって支配する男となった。多分、悪気は無い。だから難しい。私達夫婦は役者のように割り当てられた役を家の中で家の外で演じてたように思う。彼が役を脱ぎ捨てる度に私は不安になった。
今思うと弱くて駄目な男からの日々の仕打ちは結構、痛かった。深夜の居酒屋で私の分だけお酒を頼んでくれないとか、呼ばれて行った酒の席で私を置いて自分だけ一人タクシーで帰るとかとか。山のようにある。「困ったやつだな。」「弱いやつだからね。」「今日も面白いね。」「魅力的な男だよね。」「あなたはそういう男が好きな女でしょって。」酒場の連中が私にかける言葉は全部不正解。私はみんなと同じ。普通に傷つくし、酷い事は一度だってされたくない。一人ぼっちだなって。誰にも本当の事を言えない、どこにも味方がいない時間が長く続いた。
私達夫婦の異変に気づいて、あなたがされている事はモラハラなんだよって勇気を持って連絡をくれた友人がいた。その頃に、アルコール依存症の怖さについて私にこっそりとメールをくれた元夫のファンだという人がいた。そこから色々が前へと進んで行ったように思う。私は彼女達に一つの大きなきっかけを貰った。そして、そう聞いた時に、ようやく答えが見つかったとほっとした。私は一人じゃない。
世界って平和に出来てる。ここは空が青くて、太陽が光る、美しい地球。だから、ご飯が今日も美味しい。世界地図に真っ暗な中目黒じゃなくって、ブラックホールも一部あります中目黒に書き換えよう。もう、怖くない。大丈夫。

何だか無性にコーヒーが飲みたい。昨年の秋からカフェインレス生活を始めた。きっかけは自律神経の乱れと鬱。元夫からのバイオレンスな仕打ちに耐え続けた私は私を鬱にした。我慢の限界が来ても身を滅ぼす寸前まで我慢したから。真面目っていうのはどうやら不幸を生むらしい。親に、病院の先生に、友人にどうしてこんな事になってしまうまで我慢したの?って聞かれた。忍耐は美徳だと生まれた時から言い聞かされてきたし、当時の私の生きてる世界では定説だったから。私が世界に言ったら、それは裏切り行為になる。想ってるから自分を破滅させた。
幸せそうな家庭をやめたら、知りたい事が溢れてきて最近は本を読み漁ってる。昨晩は佐久間裕美子さんの ”ピンヒールははかない”、平行して湯山玲子さんや他にも女性著書の生きる疑問?みたいな本を何冊もベッドルームに散らかしてる。ジェーンスーさんのラジオもよく聞いている。女性ばっかりの声を毎日聞いてる。どうして出来る女は苦しむのか。勝手にだけど、そんな風に聞こえてる。私は彼女達みたいに出来る女じゃないけど、こんなに活躍してる彼女達の声がまるで自分の苦しみのように聞こえてきて、安心して床に就く。
佐久間さんは1973年生まれ、湯山さんは1960年生まれ。他にも90才くらいの方の女性の本も読んでる。世代が違うのに女性が生きる事を訴えてる。母は1953年生まれ。母と彼女達も全然違う。今の私は母とは友達にならないなって思った。沢山の女性に会ってみたい。知りたい。
どうしてなのか、家庭をやめたら世界が一気に広がった。外壁を作って家を守ろうと必死になってたけれど、今となってはそれが世界を閉ざしてたように感じてる。暖はとれていたけれど生ぬるい風が浮遊してた。一旦、更地になったら、見通しがよくて、最初は寒かった風も今は心地がいい。それにいい香りを運んでくれる。そうなると知りたい、見たい、食べたいとなる。
とにかくやっぱり今日はコーヒーが飲みたい。穏やかな生活が続く中で、知りたい事がむくむくと綿あめみたいに膨らんでいく反面、それを一気に溶かしてみたい衝動にも駆られれてる。コーヒーが飲みたい。

実家から送られてきた立派な筍。近所の友達を呼んで筍を食べる事にした。本当は筍ご飯をするよって言ってたけど、オオゼキで美味しそうなスルメイカが売ってたから、スルメイカのご飯にしちゃって、筍は糠と唐辛子で1時間くらい煮た後にバター醤油焼きにする事にした。春がいよいよ始まった感じがする。みっちゃんはお土産にケールを持ってきてくれて、イマムは美味しそうなビールを持ってきてくれた。嬉しいな。どうでもいい話をしながら夕飯を食べる。いい時間。
久しぶりにいつもとは違う夢を見た。何か困った事が瓶の奥にありそうな感じなんだけど、問題なく喉は潤してる。そんな感じの感覚の夢だった。外は曇ってる、だけど明るい朝。

昨晩は粕汁を作って、サミットでチラシを買ってきて簡単な夕飯にした。やっぱりPMSが始まったみたい。何もしたくない。料理を作りたいんだけど、億劫。粕汁は思った以上に美味しく出来て、柚子胡椒と一緒に食べると最高。夜は早く寝た。
昨日に引き続き、また嫌な夢を見る。どんな夢だったのかは思い出せないけど、また夫に苦しめられてる夢だった。だけど、少し寂しい気持ちにもなった。朝は悲しい気持ちで目が覚める。やっぱり、一ヶ月前のPMSと同じ。ホルモンバランスで精神的に不安定になると、過去に戻ろうとするみたい。だけど、あの過去は幸せな事ばかりじゃなかったから、ここには来るなって断られるのかな。困ったもんだ。どちらにせよ、行き場の無い気持ちが浮遊する時間となる。そうそう、これがPMSって感じ。
PMSは女性の9割が、PMDDは女性の1割の人が自覚する症状なんだとネットや本を読んで知った。イライラや急な哀しみといった、軽い鬱症状は女性の殆どは経験してる。特別心配な事でも無いし、個人差はあるけど、その他にも色々な症状のでるPMSが面倒だって事は女性の中ではもうスタンダード。だからって、ようこそとは言えないPMS。あと3日くらい続くのかな。幾つか考えていた術については、あまり意味が無いと思った。例えば、高級パックをつけるとか。悲しい気持ちの中で高級パックをつけても高揚はしない。むしろ、気持ちがアンダーな分、毛穴に栄養が入らなそうで勿体無い。
なんとなくわかった。これは仕方ないって諦めた方がいいかも。それと、とにかく寝る。何かしようと思うから、イライラしたり哀しくなるから、必要な事はやるけど、気合いなど入れることは一切お休み。早くにベッドに入ってこの世から去れば、数時間後、お肌は健やかになってる。おや、って気分が上がる。
大丈夫。PMSに襲われたって不幸になるわけじゃ無い。適当に悲しんでおけば、直ぐにまた来週には空けてる。そうしたら、また頑張ろう。

夜中に姉から電話。死ぬほど笑った。
色々な話をする。いい事も悪い事も人の事も私達家族の事も、色々。最高で笑いすぎて顔が破れちゃうかと思った。久しぶりに夜更かししたけど、とにかく笑いまくった。姉、元気になって良かった。
結局の所、人間の中には人間が一人しか入れない、だから自分っていう人の事しかわからない。誰かの事を知りたくても知れないし、わかりたくてもわかれない。誰かがこの中に入ってくれたらいいのだけど、そうもいかないみたい。だから、自分っていう人が世界で一番可愛いし、自分っていう人が世界で一番苦しくなる。そういう作りになってるから仕方ない。残念だけど、誰かの苦しみはわかりっこない。
何だか色々な話をしてて、人間っていうのについて考えた。姉が言う。苦しそうにしてるのはアテンションだからさ。
確かに、苦しいよって、ハッキリ叫ぶ方が潔いし、もうその時点で乗り越えてる気がする。だけど、結局どうでもいいってなった。だってわからないから。困ってるなら助けるけど、苦しいって言えない人は救えないし、苦しいをもて遊んでる人はどうぞ、そのまま道端で遊んでって。
長い時間、色々と話して、散々笑いこけた後に、 死ぬ話になった。
どうせ死ぬから、死んじゃうからさ。下らない事が頭をよぎっても、そんな時間は要らないんだよね。私はもう生きる希望が無いって話をした。姉も希望は無いって言ってた。どんな姉妹だよってまた大笑い。だけど、強いて何かしたいと言えば、なんだかんだと生きちゃってるし、なんか見えない物が見えるようになって、今までは気づかなかった事に気づいたりして、まるで幽霊が見えるみたいな奇妙な話だけど、何だかこの経験って、誰かを救える事になりそうな気がしてるってなった。したい事があるとすれば、きっとそれくらい。満場一致で話は終わった。
姉は、新しい子のレッスンを始めたんだそう。彼女は26才でシングル。子供が二人。生活も生きる事も苦しいんだそう。だから、ピアノやったらって勧めた。少しでも何か生きる糧が出来るかもよって。勿論、お金は要らないから、通ってみたらって。
昼食
甘い厚焼き卵
糠漬けと古漬け
大根の皮と人参の金平
野菜雑炊の梅干し煮
お茶

夜にミオちゃん家でごとうさんとご飯。二人はいつも通りで楽しそうだった、ちょっと飲みすぎた。帰りの電車で泣いて、家に着いてからも少し泣いた。


明太子を買うと、ご飯炊かなきゃ!って気持ちになる。昨晩サミットで買った明太子。昼食にご飯と一緒に食べる。夕方に二子玉に用事があって、そのまま若菜さんと三浦さんがいる事務所に遊びに行った。
なんだかおかしいのだけど、世界っていうのは穏やかの連続で不思議な気持ちになる。こんなに穏やかな人達が周りにいて肌に触れても痛くないような時間が流れて、朝は明るく太陽が上って、時間や誰かの声が私の背中を押さない毎日。私がやらなきゃって歯を食いしばる事もやめたし、なんだか気分が乗らない日はベッドに潜って、お腹が空いたら出てくればいい。そんな事が許される毎日。それで生きてる。なんか不思議。
ふたりとのお喋り、本当に本当に楽しかったな。
昨年と全然違う顔してるねって言われて嬉しかった。

私の記憶が忘れたくないって言ってるようにしか聞こえない。まただ。どうして、こういうニュースを目にしちゃうんだろう。マックの元会長の暴力事件。暴行を受けた奥さん自ら警察に通報をした。
彼の周りの人は誰もが彼を好きで、誰もが彼を慕って、誰もが彼は優しいと言った。彼は可愛い、彼は素敵。いいアーティストで才能があるからって。私だけが知ってる彼を、彼じゃない彼を、誰かや世界に言う隙なんてこれっぽちも無かった。それに、言いたくなかった。妻だから、想ってるから、世界に言えない日々だけが積み重なっていった。
人に相談し始めた時に、誰もが我慢する事無いとか、あなたの人生を考えてとか言ってくれたけど、24時間我慢してたわけじゃない。24時間平和な日も、普通の夫婦だった日も沢山あった。
ニュースの奥さんは今どういう気持ちでいるんだろう。私みたいに、後悔と不安と安心の中にいるのかな。

彼の夢を見た。私達はお互いに謝ってた。
今でも、毎日の中にどうして、は転がってる。だけど、ようやく、だんだんと、怒りとか苦しみとか恐怖とか、そういった何か、言葉や誰かや何かでは片付ける事が出来なかったものが取れていってるのかも。花瓶にある枯れた花がぽろっとテーブルに落ちるみたいに、急に姿形を失ってゆく。
どうしてなんだか、最近は出会った頃の事を思い出す。あの時は、双極性障害の躁状態が酷かったんだと思う。今、思うとおかしかった全ての理由がわかる。だけど、あの時の疑問は、最期に心に残った疑問と同じ。人間が人間じゃない形になる事を見た時の戸惑いと不安。これが本当に現実なのかなって、私の目を何度も何度もこすった。
夫だった男には、躁状態の時には沢山の肩書きがあった。ミュージュシャンの他に、デザイナー、プロデューサー、オーナー、ディレクター、クリエイター、バーの経営、他にも沢山あったように思う。俳優もそのうちやりたいって話してた。知らない人に急に話しかけて自分の凄さについて語り出したり、一緒に仕事をしようとか、俺に頼って欲しいとか、とにかくずっと話して忙しくて、変だった。出会ったばかりでよく未だどんな人なのかわからなかったけど、全ては本当だと思ってた。常に苛々と誰かに当ってるのは、ストレスの所為だと聞いてたけど、それもストレスじゃない。病気の症状そのもの。病院の先生と話していた時、どうして先生達はそんなにも簡単に私の夫だった人の事を見捨てるのだろうって思ったけど、先生達が声を揃えて「あなたの人生を考えて下さい。」って言ったのは、この病気の難しさを考えて出た私への言葉だろう。だけど、私は私の事じゃなくて、今直ぐにあなたの夫をここに連れて来て下さいって言って欲しかった。
「この病気は、家族も一緒に病に陥る事があります。だから、よく考えて下さい。最近、死にたいって思う事はありますか?」先生は私に変な質問をする。数ヶ月後、先生が言った通り私も病を患った。心療内科はどの病院も人が思った以上にいたのに、この病気はそんなに珍しい病気じゃないのに、私の周りに誰か、友達の友達だって誰か、この病気の事で苦しんでる人を聞いた事が無い。いつだったか、ネットで調べたら鬱は社会的に認知度が高いけれど、躁は知られていないから難しい病気だって書いてあった。
私が昨年、夏の間に行った病院は3つ。3人の先生は口裏合わせたみたいに同じ話を私にした。滑稽に見える。可哀想に思った。どういう可哀想なのかわからないけど、虚しい。私はまた今日も思い出しても仕方の無い事を思い出してる。

「『わたしを選んでくれる人』企画のタイトル、よしみさん、日記が面白いから企画の日記も書いて。」編集の山若くんからメッセンジャーが入る。変なタイトルに思わず声を出して笑った。山若くんが編集長を務めてる雑誌の企画で始める事となったマッチングアプリ。これは誰かを騙すわけじゃなくて、自分の持つ世界を失くして生きてみるっていう企画らしい。多分。
「とりあえずKWに会ってきて。」「わかった。」仕事柄、知らない人に会うのは慣れてるから全然問題なし。会うくらい朝飯前。KWさんはいい人そう。ラクダに乗ってる写真をプロフィールに選ぶセンスがいい。それに蓮沼くんの音楽が好きな所もちょっといい。あと、離婚も経験してる。私が一番知りたいのはそこ。さよならを選んだ男の気持ちが知りたい。だけど、今回の企画の趣旨とズレちゃうから私はそういう事を詮索しちゃいけない。詮索したら私探しみたいになってしまうから。
昨晩にパリのまゆみちゃんとメッセンジャーでお喋りした。結婚って何?みたいな話。一度くらい子供を産んでみたいし、いいパートナーとフェアな結婚生活を送ってみたい。だから、自立しよっていう所で話は片付いたけど、そもそもフェアな夫婦関係ってなんだろう。よくわからない。私が大変だった時期に一番側で支えてくれた友人は、私が離婚届を出す前夜に電話があったきり話をしてない。毎日の様に連絡をくれてたけど、朝から晩まで側にいてくれたけど、もう何ヶ月も連絡は無い。友人は私の夫の事をいつも可哀想って言った。「病気ですごく辛いんだよ、だからあなたは耐えて。」って。友人の夫も病を持っていた。
最近、一つだけ希望を見つけたかも。私は離婚を後悔してる事に気づいた。もっともっと早くに逃げれば良かったんだ。私が逃げたら私達はフェアになれたんじゃないかって。私が逃げたら辛いから逃げたら彼は気づけたかもしれない。彼は病気だったからこそ、私は耐えちゃいけなかった。私を助けようとしてくれた友人の事が大好きだったし、心優しい子でとても感謝してるけれど、耐える選択が彼女にとっての未来でも私にとっての希望にはなれなかった。私はきっとフェアになりたかったんだと思う。誰が可哀想かなんて事はどうでもいい。妻や夫の役割なんてものも要らない。ただ、一人の人間として、悲しいとか辛いって、彼に言いたかったんだと思う。
わたしを選んでくれる人はどういうつもりで私を選ぶんだろう。嘘は書かないようにしてるけど、プロフィールは殆ど載せてない。少しの情報を妄想して私に興味を抱く誰か。まるでおみくじ。夫の持っていた双極性障害は500人に1人と言われてる。もし500人とマッチングしたら、その中の一人はアレになる。その確率にどこかで怯えてる自分がいる。どうかどうか来ないで。それに、企画を受け入れたものの、恋愛を全身が拒否してる。星の王子様と恋に落ちるみたいに一生来ないその日を待望してるみたい。だって、本の世界の人だから。同じベッドで肌が触れる日は永遠に来ない。まず、私の頭をトンカチで割って中身を全部だして、そこに甘い綿飴でも詰めたらいいのかも。
この企画、きっと適任。流石、山若くん。
だって、私は甘い夢だけを見たいから。

今日は夜に撮影が入ってるから、午後に少し昼寝をする事にした。ベッドでLINEニュースを開くと、AAAっていうグループだった方が女性に暴力をふるって活動自粛をした。そして、一年ぶりに再復活するタイミングで、ファンから賛否両論の声が上がってるというニュースだった。
嫌な事を思い出した。夫だった人のファンから、何度か私を非難するメールが届いた事があった。お酒が最悪になった時期、夫が帰らない夜中に私は独り深酒をして夫の事をSNSで哀しみを吐露した。ずっとずっと隠していた事を。そして夫のツィッターで夫が誰とどんな女と遊んでるのか知ろうとした。本当に馬鹿な事をやってしまった。翌朝に何通か、夫のファンだと名乗る女性達から、私が最低な事をしてるみたいなメッセージが入って、1ヶ月過ぎてもそのメールは届いた。男が女に暴力をふるい、夫という立場の人間が働かずに毎晩朝まで飲み歩く事は、女と遊び歩く事は、私にメッセージを送った女性達の生き方として、正しい事だったんだろうか。こんな事を今思い出したって仕方ないのだけど、急にまたあの時の記憶が蘇る。崖から落とされたような気持ちだった。私は間違った事をした。それに、とにかく辛かった。私が感じた事を強烈に覚えてる。この人達は、私に死ねって言ってるのかな。本気でそう聞こえるメッセージだった。
半年以上前の事なのに未だに鮮明。夫だった男がもし今でも有名だったら、私達を救ってくれる人はいたのかな。あの時に変な事を思った。私が死ねば、夫の酒を誰かが止めてくれるんじゃ無いかって。
あの時の私はどうかしてた。だけど、人の声に耳を塞ぐ事が出来なくて。だけど、私を救ってくれたのは友人。友人の声。その日のこともよく覚えてる。夏の暑い日にキッチンでしくしくと泣き続けた。
思い出を封印したい。だけど、似たようなニュースを開く度に時々思い出すんだろうな。仕方ない。道に落ちたタバコの吸い殻を見過ごすみたいに、次の瞬間にはもう忘れるしか無い。何も感じちゃいけない。

久しぶりの我が家。出張続きの泥のように重い身体を引きずって実家に預けていた梃子と帰宅。家のドアを開けるのが何だかとっても嬉しかった。荷物を片付けて、恵比寿に撮影へ向かう。
今日は何だかちょっと気分がいい。身体はへとへとだけど、気持ちがいい。前の取材がおしてて、アーティストの入りが遅れた。ライターの古川さんとたわいもない話をして待つ。撮影が終わったのは8時前。撮影時間は予定よりずっとおしたけど、古川さんとお喋り出来て良かったな。
渋谷からバスで帰る事にする。だけど、これはいつも後悔する。昨年に住んでた駅を通らなきゃ行けないから。いつも乗った後に後悔するけど、今日も後悔したけど、今日はみうらじゅんさんのyoutubeに夢中だった。見たく無い通りはずっとyoutubeの画面を見てた。梃子がお腹を空かせて待ってるから、早く帰らなきゃ!バス停から家は直ぐだけど、小走りで帰る。私、この街が本当に好きだな。家の直ぐ側に路面電車が走っていて、天気のいい日にベランダで植物に水やりをしていると、踏切の音が聞こえてくる。誰かが暮らしている音が聞こえるみたいで、小さな街で生活をしてる事に何だかとっても嬉しくなる。3階にある私の部屋を見上げた。
「梃子ただいまー!」部屋のドアを開けると、リビングでさっきまで寝ていた梃子がしっぽをふってる。暖かい部屋、準備しておいた夕飯も待ってる。梃子が嬉しそうにベッドルームへ走って行った。私も梃子もベッドルームがとにかく好き。ベッドしか無い部屋。お気に入りのコアラマットレスが部屋を占領してる。ワイングラスを置いた直ぐ脇でジャンプしても倒れないCMのマットレス。私はこのベッドに助けられた。このベッドのお陰で世界から消えずに済んだ。重力からも逃れて世界の下へ沈んでいこうとする私の全てを全身全力で受け止めてくれたベッド。真っ白な大小サイズ違いの枕が4つ。真っ白な大きな毛布と羽布団。一人にしては少し大き過ぎるけど、奮発して買った。とにかく生きながらえる為にベッドだけは譲れなかった。梃子とベッドで少し遊んでから、キッチンへ行く。梃子にご飯をあげて、お風呂へ入った。この家のお風呂は少し古いけれど、窓があって、そんなに大きくないバスタブが実家みたいで、とても気に入ってる。今夜は疲労回復ってパッケージに書いてある入浴剤にした。緑色の湯船に浸かって、「最高ー!」って叫んだ。
夕飯は野菜たっぷりの鍋。風呂から上がってビールを飲みながら支度する。外食続きで野菜不足だった干からびた身体に染み渡る野菜。「ああ、最高!」家に帰ってきて、何度、最高ー!って叫んだんだろう。ベッドルームでお風呂でキッチンで、あちこちで「最高!!」と叫んだと思う。この街に引っ越してきて本当に良かった。この家が本当に好き。
「いい事の次は悪い事が来る事は世の中の常なので、先回りして嫌な事があったらラッキー!って言わないと。もの凄くいい目に合いたい人は、もの凄く悪い事に合う事は決定ですから、嫌な事がある人生が嫌だって人はそこそこの人生を努めなきゃですよね。これはルールですからね。なので、自分がどういう風に生きたいか考えないと。」バスの中で聞いてたyoutubeでみうらじゅんさんが話してた事。可笑しかったな。
今夜は久しぶりに私のベッドで寝れる。嬉しい。

2年前、ミッチーが作ってくれたアニスの煮物を思い出した。家中がアニスの匂いたっぷりで、とっても贅沢な時間だったな。何月だったか忘れたけど、寒くて暗い夜だった。
ミッチーの料理は彼氏の野村さんの為の料理。二人は男。二人は普通のどこにでもいる様な仲良しのカップル。時々、三人で食卓を囲んでいると、この皿を独り占めしたい!って夢中になって食べてしまう事があった。あまりに美味しくって、あまりに羨ましくって、全部を私の物にしたいって。アニスの煮物も夢中になった内の一つ。
サミットで大根が1本138円。特価だった。
浅漬けを作って、下の方は買ってきた手羽元と一緒に何となくストゥブ鍋に入れて煮る事にした。お風呂に入って、チューハイをあける。ことこと煮込んでる。醤油とみりんを入れて、黒酢を入れよう。あ、アニスの煮物にしよう!
続いて、アニス、甜菜糖を入れる。しばらく、ことこと。部屋中がアニスと醤油の匂い。美味しい。匂いを嗅ぎながら、ビールを開けた。全然飲むつもりは無かったのに、匂いが美味しすぎて止まらない。美味しい。匂いが美味しい。美味しくって飲んじゃう。お酒は3杯で止めて、いよいよ炊きたての米と一緒に食べる事にした。
夜中まで美味しい匂いは続く。部屋を出ては入っては、何度も美味しかった。
楽しい日と楽しくない時間が交互にやってくる。小さい事で落ち込むかと思えば、小さい事で驚くほど嬉しくなったりする。とにかく、目の前の道を行くしかない。ダッシュしたり、止まったり、ゆっくり歩いたと思ったら急いでみたり、好きなスピードで、上手にやればいいんだなって思った。きっと、そのうちにそれが毎日になっていく。


昨晩、自殺する夢を見た。
結局死ねなかったんだけど、正確には多分、薬の量が合わなくて生き残ったのかな。病院で薬を処方して貰って死を迎えようと、どきどきしてた。なんて夢だし、なんて世界だろう。私は時間が来ても、体調はそんなに悪くなくて、おかしいなぁって思いながら知り合いと話しをしてた。”申しわけないなぁ。私、もうすぐ死んじゃうのにな、迷惑をかけないといいな。” って。
そんな夢から目が覚めたのは、朝の5時前。まだ真っ暗。
何だか微妙な気持ちのままデスクに向かうけれど、そんなに気持ちが落ち込んでるわけじゃない。結局、なんだかんだと、世界に少しでも期待してるんだろうな。もしくは、捨てられない世界が未だどこかにある。夢くらい、気持ちよく死んでくれたらいいのに。
一人でせっせとスーパーへ走り、食事を作り、食卓を華やかにする。私って一体なんなんだろ。10年前、写真家を目指し始めた頃に「よしみちゃんはいい主婦になりそう!」って友人が言った。彼女は街中の男と寝てから主婦になって、私は主婦を辞めた。人の人生は色々だなって思う。どんな人でも主婦になれるし、辞める事も出来る。それがその人の人生となるだけ。いい事も悪い事もやっていい。情けない事も恥ずかしい事も何をやったっていい。自分が納得いっても、いかなくてもいい。何でもいい。
今日は朝から途方に暮れてる。夢でさえ生きながらえちゃうのなら、もう何かにしてくれたらいいのに。あったかいスープとか、とろけるチーズとか、なんなら餃子が焼ける音でもいい。この世界で良いものになりたい。
昨晩のおでん、味がいい感じに染み込んでる。朝から沢山食べた。あったかくて、美味しい。やっぱり、スープになりたいかな。人を温める事が出来るって最高だと思うから。

午前は下北沢で取材。
撮影は直ぐに終わった。
楽しかったな。
終わってから、編集の野村さんとカレーを食べに行く。私はとにかく早食いだ。そんな話をしてたけど、野村さんはトップレベルの早食いだった。一番最後に私達のテーブルに到着したカレーは、一番早く真っさらになった。時間にしたら5分くらい。早食いが気に入ってるわけじゃないし、競ってるつもりも無い。理由は特に無いけど、ただ、早く食べたい。
取材が終わって、数年前にみうらじゅんさんを撮った時の事を思い出した。何を話しても本当に面白くて楽しくて、最初から最後までずっと笑ってた。
「嫌な事は面白く変換しちゃえばいいんですよ!」
みうらさんの名言をしっかりと家に持ち帰った。
何だかな。私は何を追い求めてきたんだろう。
なんてつまらない刺激を毎日毎日見てたんだろうな。
仕事のしない男が毎晩タクシーで帰って、大声出して、また飲み屋に行って、ちやほやされて、ライブをしてちやほやされて、可愛い人って言われて、家で暴れてる。男が大声で叫ぶ家。捨てられる料理。朝が来たら、ベッドにいるのは、よその猫みたいに小さく丸まった男。毎日、毎日が同じ事の繰り返し。変換の仕方、だいぶ間違えたな。
料理家の中島さんのお宅にHP用の写真撮影に向かう。アトリエにあるキッチンは、料理がしやすい様に色々な物が丁度良く整っていて、その中に中島さんが、可愛い可愛いエプロンをつけて立っている。世の中に可愛いエプロンが中々無い話とか、味噌とか、塩とか、色々な話をして、写真を撮って帰宅した。お土産に長崎の塩を頂いた。満月の夜に作る塩なんだそう。なんてロマンチックな塩。
夜はピェンロー鍋にしよう。塩で食べる鍋。頂いた塩で食べよう。

秋に取材の時にお伺いした catering for me! さん、おせちのチラシを頂いてオーダーをしておいた。色々な料理家さんやケータリングで活動されている方々のおせち。スタンダードなおせちもあれば、エスニックなおせち、洋風に、変わり種はジビエなんてのも。どれもこれも、とっても美しいし、美味しいし、最高。拘り一杯のおせち。うちでは、ぴんくの五目ちらしを作って、実家から送られてきた蟹を焼いて、友達が持ってきれくれたお土産を並べたりして、とっても華やかな正月となった。東村山の親戚の家で食べる関東風のお雑煮を作ったけど、結局食べなかった。お腹がずっと張ちきれそうで、夕飯も結局食べられなかった。
今日が始まると、SNSで沢山の今年の豊富や、昨年の感謝を一斉に目にした。
素敵だな、いいな。
私の今年の豊富、やりたい事はあるけれど、意気揚々とは言えない。どちらかと言うなら、そっと空気を吸って、そっと吐いて、どこかの陽だまりの中でのんびりしたい。積み重なっていく毎日をこれから淡々とこなしていくのだろうって思うと少し、新年早々に少しうんざりもしてる。
過去も明日も要らない。今日だけで十分。おせちが美味しいとか、近所で買ったチューリップが綺麗で仕方ないとか、今日も梃子が可愛い、いい写真が撮れた。それだけで十分。
必要以上に人に会ったり、何かしたり、はしゃいだり、要らない物を作ったり、やったり、見たり。感じたり、想ったり、要らない。
今日も早く寝よう。
母直伝のぴんくの五目ちらし、上手に出来た。

クリスマス、明日か。イブだし、なんと無くクリームシチューでも作ろう。
鍋に油をひいて、豚肉を炒める。白菜も軽く炒める。やっぱり、なんかポン酢が食べたい。椎茸のスライス、水を入れて、ゆっくり白菜がとろとろになるまで煮込む。途中、ごま油をふた回し程かける。ことこと、しっかり煮込む。
もう菊地食堂は終わりにしようって思いながら書いてる。
昨年の今頃、彼と私は普通の毎日を、ありふれた普通の夫婦の生活を過ごしてた。一緒に食卓を囲んで、毎日を幸せに平和に暮らしてた。当たり前だと思っていた毎日があった事が、本当に幸せだったな。
料理を作る度に彼の事を思い出す。
うちは〆は麺だった。彼の一択で、いつも麺を準備してた。
鍋も我が家ならではの食べ方があった。懐かしい。美味しかったな。楽しかったな。
病気の事、冷静になればなるほどに感じてる。
きっと出会った時からだった。恋で見えなかったんだろう。お互いに。
7年付き合った婚約者だった彼女と酷い別れかたをしたって聞いた。大まかな話を人伝いに聞いたけど、本当に最低な話だった。今、思うと、その時も病気だったんじゃないか。彼女から、2度と私に関わらないで欲しいと言われてると聞いたけど、私も最期、同じ事を彼に伝えた。そして、彼女は7年、私は8年。同じような年月だった事も気になってる。病気は決められたサイクルを回る。この8年間、季節の様に病気と病気じゃない彼がやってきた。
心から彼を想ってた。ずっと一緒にいたかったな。
きっと彼も私といたかったはずだ。だけど、彼には出来なかった。
彼がした事はもう知らない。この気持ちが最期でいい。
今は、身体も心も元気になれて、新しい生活も始まった。
仕事はまだまだ、コロナの影響で安定しないけれど、きっと大丈夫。
昔の日記を読んでて、なんて馬鹿なんだろう私って。強がりで、がむしゃらで誰かみたい。自分がなんでも出来る人みたいに、自分が家族を、彼を守ってやるって必死だった。努力すれば何でも叶うって信じてた。なんてダサいんだろう。私は怠惰な人だったな。人生はそんなに簡単じゃない。
誰かに話しても、目をじっと見て伝えても、どこかピントがずれている感じがするのは、この話は多分すごく難しい。よく思い返してもあの日々を上手く説明が出来ない。すごくシンプルに思い出すなら、犬が急に話し出して、持てないナイフをブンブン振って私の腹をベッドの中でゴスゴスと刺していたのに、今日は打って変わって可愛い顔でちょこんと膝の上に座ってる。あんなに昨晩は喋ってたのに、今日は何故かワンとしか言わない。嘘でしょ?って思う私の心とは裏腹、隣にいる誰かたちが犬の事を可愛いって撫でてる。高い餌をこれでもかってくらいに与えてる。こんなに可愛いのだからもっと大事にしてあげなよって言ってくる女もいる。腹からは血がどくどくと流れてるのを感じるのだけど、何故かバレないように必死に手で抑えてて、痛みも忘れてとにかく笑顔で応える。犬は美味しそうに無邪気に餌を食べてる。すごく嬉しそう。誰が高い餌を買ってくれるのかを知ってるみたいで、忠実にその人に甘えて尻尾を振ってる。犬を撫でている誰かも嬉しそう。場はとても和やかだ。犬はいつしか私の膝の上ですやすやと眠ってる。腹の血も治ったみたいだけど、身体の中でズキズキと音がする。この音は私にしか聞こえない。
私の話を誰が理解するんだろう。服に染まった血を見つけた友人は悲鳴をあげて病院へ行こうと私の腕を引っ張ってくれるかもしれない。だけど、それはストーリーのワンシーンでしか無くって、私も一体自分がどこにいてどうなってるのかわからない。そんな8年だった。どうしてこんな経験をしたのかもわからない。「離婚できて良かったね。」ってよく言われるけど、何が良かったのかいまいちピンとこない。彼は今もどこかで生きてる。実在してる。色々がよくわかってこない。ただ、二度と見たく無い悪夢。
離婚して数日。少しだけ景色のいい場所に来た気がする。これから、上手に登れるかわからないけど、もう少し高い場所に登ってみようと思う。少しでもあの場所から離れたい。誰も傷つかない世界なんて難しいかもしれないけど、私の周りの世界は傷つけない。平和な世界にしたい。

お腹が空いて目が覚める。
そんな日はやっぱり、卵ご飯。あとは、豚汁の残りと糠漬け。
なんか疲れたな。
小豆島でシンジくんが、10年前の離婚の事をぽつりぽつり話してるのを思い出した。夏になっちゃんが離婚の事を上手に話せない感じだったのを思い出した。二人とも口を揃えて言ったのは、「よく覚えてない。」今、その気持ちがわかる。話したくない。上手に話せないし、上手に話そうとも思わない。こないだの晩に聞かれて、話さなきゃ良かった。何だか、後悔した。覚えてない、この言葉の意味がすごくわかる。記憶が無いって意味じゃない。
料理本が昔から大好きだった。
キッチンには、母のお気に入りの料理本が戸棚にずらっと並んで、それをめくるのが楽しくて楽しくて、図鑑をめくるみたいに、ただただ写真を眺めた。古い料理本も今の料理本も好きだ。今日は図書館から借りてた30年くらい前の本を読んだ。夫のために、家族のために、当時はそういうストーリーの本が多いように思う。私が母の戸棚で読んだ本もそう。大勢で食卓を囲む本。大きなミートローフを大人数で切り分けて食べる。大きなママレードたっぷりのケーキを家族で食べる。そういう風景の本。
家族や食卓が大好きで育った私が、こうして食卓に想いを馳せてまた本をめくるって、変なの。

久しぶりにちゃんと食事を作った。
先週に母が冷蔵庫を冷凍庫をパンパンにしていってくれたお陰で、ずっと母の料理に甘えてた。冷蔵庫を開ける度に嬉しくって、ほっとした。
そろそろ冷蔵庫がすっからかんだ。私の料理を作ろう。
気持ちが乗らなかったけれど、手を動かし始めたら、やっぱり楽しい。
昨日作ったチキンスープに牛乳と味噌を入れてスープを作ったら最高に美味しかった。