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06.2,2024


母の病院が終わったのは10時過ぎ。駅前のエクシオールカフェでミルクレープをふたりでつついた。母はコーヒーを、私は冷めた紅茶をすする。結局、1時間くらいここで待っていたらしい。都内は雪が降ったって結局、普通の朝なんだよな、なんて窓からの景色を眺めたり、勉強する学生らしき人や仕事するサラリーマンを横にケータイをいじっていたらあっと言う間に時間が過ぎた。

「夜の取材はリモートになりました」と、リリさんからLINEが入る。母を千葉へ送り、用事を済ませて帰宅したのは15時前。周ちゃんが駅に車で迎えに来てくれたけど、池袋で牛タンを食べたことは言わなかった。立川の病院で色々あって辛かった時に、いいものを食べようと入ったのが牛タンのねぎし。ランチにしては高い。だけど、今日は、あの日みたいに私にいいものを食べさせてあげたかった。別に哀しいことがあったわけじゃなくて、なんとなくそうしたかっただけ。

夕飯は鍋にして、取材はその後に始まった。終わったのは23時半。やっぱり、東京に戻るかもしれない。リリさんと初めてお会いしたライターさんと、まるで初めてじゃないみたいに話しながらそう思った。

リリさんが、私の若かりし頃のことを、よしみさんは「逃げ回っていたんですね。」みたいなことを言ってたけど、確かに、ああ、そうだなって。ライターさんは、世代が一緒だし、東京出身だし、テクノ作ってたし、おばあちゃん家と同じ石神井が実家だし、それだけじゃなくてなんとなく、10代20代と世界が怖くてダサくて嫌いだと逃げ回っていた私と少しだけ似てる気がした。

東京出身の友達と前に似たようなことを話したことがあった。東京はダサい。高校生の時、20歳を迎える時、ずっと東京にいる自分たちは冷めた目で大人を見てたよねって。

むかしの自分は馬鹿すぎて可愛。

せり鍋

06.12,2023


私が食卓で周ちゃんに聞く事はふたつ。「今日は楽しかった?」「昼は何食べた?」今日も同じように聞いた。話し終えると「よしみはどうだった?」と返ってくる。「ちょっと、調子悪い。」本当のことを言った。調子悪いのは身体じゃなくて、心の方。最近は意気揚々とやってたのに、急にスランプみたいなのがやってきた。とは言っても、大学に入ってからずっとこの悩みは付きまとってる。「勉強が好きなんだけど、それには何の問題ないし、難しくても、とにかくやればいいだけ。そうじゃなくて、なんか、私、本当に勉強してていいのかなって。勉強をすればするほど、どんどん写真から離れていくような気がして。」

通信大学はとにかく孤独との戦いだと聞いていたけど、その通りだ。SNSで同じ学部の方とはやんわりと繋がれたお陰で名前もどんな人なのかもわからない人達と、時々、試験や勉強の情報を交換してる。その人達は大体は転職目的で、心理の世界に骨を埋める気でいる人が大半だ。だから、私とはちょっと違う。将来に向けた清々しい感じのツィートなんかが飛んでるのを見ては羨ましく思う反面、私はどうしたいんだろうと一人勝手に孤独を感じたりもする。

「東京離れて、友達もそうだけど、色々が変わって、勉強は楽しいけど、本当にいいのかな。」この言葉、この1年で何回、周ちゃんに言ったんだろう。「よしみみたいに写真やってて、心理学勉強してる人、他にいる?」「いない。」このやりとりも何回もやった。周ちゃんは沢山の大きな仕事をしてきたからだろう、私みたいにこの一枚の写真がどれだけよく撮れるか、みたいにミクロな事は考えてない。その才能がどう社会で活かせるのか、その特質がどう面白くて、どう人の役に立ち、それがまた自分に還元されるのか、みたいなことを話そうとしてくれる。ユニークであるかどうかが大事で、今の私はその場所へ向かおうとしているのだからと、問題を転換してマクロな視点で答える。

最初はそうか、そうか。なんて安易に面白くおかしく聞いてたけど、正直、当の本人からしてみれば、そんな簡単な話じゃないよ、と怒りたくなる。前例がないことをやるっていうのは、真似できるひともいないし、誰に聞いていいのかもわからないし、いつも視界はぼんやりどころか、暗闇に包まれてる。元気な時はいいけど、つまずくと私は弱い。そこで深く考えてしまうから。

「その先に、何が見えるかわからないんだよ。」今日は少し怒った口調で言うと、「ごめん。大変だよね。わかる。俺も今の仕事に就くまで模索してきたから。だけど、俺はすごくいいと思う。」と返してくれた。「私は周ちゃんじゃないんだよ。」と、意地悪に言い、食器を重ねた。

悔しかった。写真だって、まだまだやりたいことがあるのに、心理学にまで手をだして、それでいて不安になって、全部自分が馬鹿なだけだ。ただ写真だけ頑張ってたらよかったのに。何も考えずに仕事をしてたらよかったのに。周りの人が活躍しているのを見ると、私、何やってんだろうと情けなくなったりする。本当は何度か泣きそうになったけどこらえた。

身体の隅々が気持ち悪いままベッドに入った。

ピェンロー鍋

, 冬の料理 07.12,2022

朝一番で梃子の抜糸。採取した癌細胞の検査も良性だと先生に詳しく説明を受けた。別室で痛そうに鳴く梃子。抜糸されるのが痛いのか悲鳴のような鳴き声だった。そわそわとしながらも周ちゃんにLINEしたり、10時からのオンライン打ち合わせに遅刻することを連絡したりとメールを続けた。

午後は柳瀬さんと一本取材。今日もやっぱり平和で穏やかな取材だった。やっぱり、仕事って人なんだよなぁ、としみじみ。取材先の人も丁寧でかわいい柳瀬さんにご機嫌そうだった。柳瀬さんの彼が林檎農家の息子だと聞いてから、青い空の下にどこまでも広がる林檎畑がぼんやりと頭の中に広がっていくようだった。今日みたいな晴れた空の下になる真っ赤な林檎。綺麗だろうな。そんな木の下で育った男ならさぞ優しかろう。

それからミオちゃんと駅前にあるブルックリンなんとかっていう新しいカフェで待ち合わせ。春に渋谷でランチして以来。「元気?田舎暮らし大丈夫?」「もう大丈夫!今はすっごく楽しいよ。」アンチ結婚と超がつくシティーガールだったらしい私のあまりに急な展開に誰よりも心配していたミオちゃん。「元気そうなら良かった。」と何度も言ってた。それから、ちょっと仕事を休んでいた事と、その理由が妊娠と流産だったことも伝えた。「よしみちゃんの人生は激動過ぎるけど、よしみちゃんらしいと言えばらしいよ。望んでいないのに子供が出来るとか、導かれてるとしか思えないよね。元気そうでよかった。」呆れながらも私の今を喜んでくれてるみたいだった。「私がおかしいみたいに言わないでよ。イスラエルのシェルターの話する女も中々いないよ。」私の言葉に目を丸くして笑ってた。ミオちゃんは秋に2週間ちょっとイスラエルに滞在していた。流行のレストラン、歴史的なもの、街、それからパキスタンにも少し渡ってみたり。軍服にはお洒落なメーカーがあるみたいな話から、戦争や経済の事まで私でもわかるように簡単に教えてくれた。宗教的なものや、国家的なものまで、独特なイスラエルの文化について、とにかく色々と勉強になったと話していた。「だいたいロンドンもNYもシティーはどこもそんなに変わらないでしょ。」「うん。そうだよね。楽しいけどね。」「そうそう。やっぱりこういう文化的なことを学べる経験はいいよね。」自分が持っていたイスラムへの偏見が間違っていたと、特に恥じる事もなく淡々と話すミオちゃんはやっぱりそれこそミオちゃんらしくて好きだなと思った。それから、ミオちゃんのお父さんが常連だった青山の蔦っていう喫茶店のマスターが倒れたっていう話も聞いた。前に取材帰りに連れて行って貰ったお店。カレーが美味しかったけど、他の人が頼んでるサンドウィッチも美味しそうだった。ミオちゃんも小さい時からお父さんに連れられてよく通っていたらしい。「私、やろうかな。いきなりコーヒー屋とかになってたらごめんね。」「うん。いいと思うよ。」

人生なんて何が起こるかわからないし、何になったっていいし、人が何と言おうが思われようが、それで失敗しようが大丈夫。畑を越えたら全然違う話をしてるみたいに、人が欲しい物もやりたい事も全然違うのだし、年齢も性別も生きてきた環境も、なんなら貧困の差だってある。大体誰かは批判して、大体誰かは賛同してくれる。いきなりコーヒー屋になるのはすごくいい。

牡蠣と水菜のおろし鍋

28.11,2022

今夜は牡蠣と水菜のおろし鍋。藤井先生のレシピ。少し前の仕事で、レシピを考えて欲しいというご依頼があった。多分予算が無いからなのだろうけど、それは難しいとお断りした。料理家さんがどれだけすごいか、全然わかってない!と苛立ちさえあった。そんな事を夕方に編集の瞳ちゃんにLINEで話すと、”わかる〜。”とのこと。私は料理の写真を撮るのが好きなだけであって、料理家じゃない。簡単な遊びレシピなら全然紹介出来るけど、この素材を使ってなんて言われると困る。それに、そんな時に頭にきてしまう自分も嫌だ。そうですね!じゃあ。こんなのどうですか?なんて、柔軟に動けない。正直、本当に馬鹿だなって思う。だって、料理家さんってただ料理を作れる人じゃない。「超リスペクトだよ。」周ちゃんに言った。「そうだね。」「でしょ。こんな美味しい鍋、すごいよね。よく考えられてるんだよ。」「50代の夫婦のご飯って感じだね。」「まさに!」このレシピは藤井先生のふたり ときどきみんなでご飯っていう料理本の中の一つ。子供が巣立って、夫婦二人での生活を想定したレシピ本。なんて素敵な本なんだろう。

編集は若名さん。カメラマンは竹内さん。超リスペクトメンバーだ。こないだ角田さんの所で頂いたお鍋も最高だった。ああ、本当に天才的。お鍋が最高の季節がやってきた。

塩豚のポトフ

27.1,2022

向かいあったコーヒー屋のテーブル席で、本当は泣いちゃいそうだった。込み上げてくるものがどんな気持ちだったのか細かい事は今でもわからないけれど、言葉にはならない。だからって写真とか映像で見えるかと言えば、そんなものでもない。ミオちゃんと私と、間に何か。似てると言えば冬の寒い日に温かい鍋を同時に食べた時みたいな。別々の口に入るのだけど、同じ場所にいるような感じ。

ミオちゃんから撮影後に話したい事があると聞いてて、私も彼氏が出来た事と結婚の報告をしたかったからタイミングが良かった。ミオちゃんはカフェラテとバナナケーキを頼んで、私はカフェラテミルク多めにしてもらった。本当は12月の撮影時に話したかったのだけど、その日は次のスケジュールがあったから早々に現場を離れたので、新年明けましておめでとうなミオちゃん。久しぶりで何だかすごく嬉しい。

待ち合わせ場所はビルの前。遠くに派手な白いモフモフのコートを着ているのが見えた。ミオちゃんのファションがいいなといつも思う。メイクもいい。ミオちゃんにはミオちゃんだけにしかないルールがあって、その7割はLONDON由来だけど、後は東京だとか、私も知らない未知の色々が詰まってる。誰が何と言おうとミオちゃんはミオちゃんっていう形をしてる。東京にいる女の子達は大体同じような洋服を好んで着る。それはそれですごく感心してしまうくらいに可愛いのだけど、ミオちゃんは渋谷のスクランブルの中にいたって直ぐにわかる。個性的という意味だけじゃなくて、ただ、ミオちゃんを生きてる。

「私はよしみちゃんが心配だよ。」ミオちゃんらしくハッキリと言った。全然、嫌な気持ちがしなかった。その通りだと思う。ミオちゃんが言う心配は、私がまた誰かの為に頑張ってしまうんじゃないかって。せっかくひとりの人生を立て直して、色々が回ってきたのにって事だったんじゃないかと解釈してる。男の人が大丈夫だったのか、結婚しても大丈夫なのか、どうしてそうなったのか?けげんそうな顔でとにかく心配をしてた。私自身この数カ月で起こったことに驚いてる。ある日突然に恋に落ちたような話でもない。一ページ一ページを隅々までしっかりと読み切った分厚い本がここにあるような感じだ。色々なことをすごく下手くそに説明したと思う。「男の人も結婚も怖かったし、誰かと付き合うことだって無理だったよ。ハグなんてやり方を忘れてたんだよ。だけど、色々沢山を話したり、結婚がパートナーが事実婚が何とか、本当に沢山を考えて話して、この人と結婚してもいいかもって思えた時に、トラウマがあるから怖いから嫌だって思いたくなかったの。進めない理由が怖いのなら、進みたいって。」ミオちゃんはずっと真っ直ぐ目を見て話をして、聞いてくれた。

仕事の事で色々と今は悩んでるんだそう。ミオちゃんらしくていい悩みだと思った。もっともっと新しいことに挑戦したいんだろう。そんな感じが伝わってきた。私の目にうつるミオちゃんって人がどうなのかを話して、応援した。仕事で頂いた5年手帳。「私意外とこういうのちゃんとやるよ!」とミオちゃん、「私は普通にやるよ。」と私。5年後、書き切ったら話そうね!って約束をした。今、抱えてるそれぞれの問題。ミオちゃんはこれからどんな仕事をして、私はどんな結婚生活を送ることになるんだろう。楽しみだな。なんなら先に書いてしまおうかな。

塩豚のポトフ
塩豚 [豚バラを重量の5%の塩に揉み込み一週間冷蔵庫で寝かせたもの]
キャベツ
ごぼう
しいたけ
人参
玉ねぎ