
母から電話。来週の誕生日のことだ。「ママは24か31がいいかな。ずっと仕事が忙しくて、そこしかダメ。」「わかった。予約入れておくから。」誕生日は母が好きな浅草のレストランに行く約束をしてる。母がいつからそこに通ってるのか知らないけど、子供の頃からそのレストランの名前はよく耳にしていた。
「それで、周ちゃんはどう?」「早いねぇ。あっちゃんに聞いたの?」女っていうのはほんとうにすごい。私が離婚した時も殆ど人に会ってないのにあっという間に広まったもんだなと思ったけれど、悪い話ほど光よりも早いスピードで飛んでいく。
母とは周ちゃんの体調のこと、それからとばっちりを受けた父や兄、カイトの体調の話。庭のゴーヤの苗をあげるだの、姉の家の庭になってるロメインレタスがすごいだのって、どうでもいい話をぺちゃくちゃと30分以上話してた。子供の頃はおばさん達のどうでもいい話が長くて退屈で、「もう、明日になっちゃうよ!」って母に本気で怒っていたけれど、自分がいざそのおばさんの年齢になってみると、どうでもいい話っていうのは時間をあっという間にたいらげる。母との電話を切って、しばらく和室で勉強していると2階から周ちゃんが降りてくる足音がした。ガチャン。そのままトイレへ。
めまいは止まったのかな。そう思った瞬間になんだかいつもと違う音がした。あれ、もしかして。直ぐにgoogle mapを開いて総合病院を探した。いや、嘘だよね。いや、嘘なら嘘でいい。母の言葉、本当にならないよね。「よしみを未亡人にしないでよ。」「ママ、それはそれだよ。仕方ないでしょ。けど、若いうちに病気で死なれるのは嫌だな。」周ちゃんのお父さんは脳の病気で亡くなった。周ちゃんも頭痛持ちで、神経質で、いろいろと細かくて優しくて真面目で。そして、数日前の吐き気とめまい。いまは多分。トイレで嘔吐を繰り返してると思う。
数十分して出てきた周ちゃんは洗面所で手や口を洗ってる。「周ちゃん。吐いてたよね。病院、やっぱり行こう。」昨晩、明日は整体へ行こうかなと話してた。前に同じようなことがあった時に整体へ行ったら大分楽になったのだそう。けど、私はあまり賛成じゃない。その整体は周ちゃんの紹介で行ったことがあるけど、結構なヤブだった。悪い先生じゃないのはわかる。けど、背中ぎっくりの私の背中を押していた。背中ぎっくりは背中の筋肉が破れる症状。破れたところを触ったらますます悪化する。
「明日の朝の状況で整体に行くか、脳外科に行くか考えよう。私、車だすからね。」
急いであちこちの病院へ電話をかけた。うちに来るなら紹介状が必要だの、それだけの症状じゃ何科だかわからないだの、感じの悪い電話が続いた。一昨日に行った耳鼻科へもう一度電話するようにと言われ、電話番号を調べると休診日。マジか。周ちゃんはどんどん衰弱していってる。なんか気がないっていうか、存在がどんどん無くなっていくような。どうしよう。
「今から行ってもいいですか?数日前に行った病院が休みで。」「はい。大丈夫ですよ。ぜひお越しください。」
何時間病院にいたんだろう。診察室へ入った周ちゃんは1時間くらい出てこなかった。だけど、きっと大丈夫。診察室の中にいれば、先生がいる。点滴でも打ってるのか、倒れて寝ているのかどちらかだろう。鞄いっぱいに持ってきた参考書を診察室の出口をちらちら見ながら読み続けた。
「熊谷さん?」看護婦の女性に呼ばれて診察室へ入ると目をつぶった周ちゃんがいた。病名は、良性発作性頭位めまい症。名前の通り突発性の病気で原因も不明だが、一度かかると再発率は20%と高確率の病気。今回は脳には異常はないとのことだった。良かった。
帰宅したのは13時を過ぎていた。家を出るときに、朝ご飯を食べていなかったし、空腹でイライラしたら嫌だなと思ってキッチンにあった残り物のご飯を急いでラップで包み鞄に放り込んだ。すっかり忘れてた。具も味もない白いおにぎりは参考書に潰されて底の方でぺっちゃんこになってる。ラップから少しだけはみ出した米がipadの先にベッチャリとついていた。ああ、そうって思っただけで、濡れたティッシュを持ってきて拭いた。こういう時は感情が変になってるのだろう。うんともすんともしない。
午後は午前できなかった分を取り戻そうと急いで勉強を始めたけど、なんだか上手く進まない。今やってるところが難しいからかもしれないし、まだ気が動転しているのかもしれない。それに、今日はいつもなら停められないような地下の狭いギリギリの駐車場に停めたり、慌ててチェンジレバーをパーキングにしないでエンジン切ったり、病院でも先生に沢山の質問をしていた。なんだかなんなんだろう。私じゃないみたいだった。ものすごく慌てていたけど、強くてしっかりもしていた。