12月4日

Journal 04.12,2023


特に飲みたかったわけじゃないけど、風呂上がりに缶ビールを開けた。昨晩、周ちゃんに「もう、疲れた。」と愚痴ったからなのか、気持ちがむしゃくしゃしてる。周ちゃんの新しい仕事が始まり、どんどん仕事は忙しくなっていく。それはそれで、楽しそうだし嬉しいことだけど、一方で私の時間はどんどん失くなっていった。私は専業主婦じゃない。働かなきゃ食べていけないし、勉強しなきゃ大学は卒業できない。私たちは夫婦だけど、だからって私の時間ばかりが犠牲になるのはおかしい。

12月だって気づいたらもう4日も経っていた。始まったばかりなのに、すでに息が切れそうだ。休みたい。私だって、仕事で調べ物があると言って、家事を放棄したい。カフェなんかでゆっくりとお茶しながら、仕事の本などを弄りたい。どうでもいい事を友達とメールしあいたい。特に買うものがなくても、伊勢丹を歩き回りたい。ああ、今年の夢だった一人で温泉だって叶えられないまま終わるのかと思うと、やっぱり腹がたつ。

だけど、小さな悩みじゃんとも思う。小さすぎて笑えてくるぐらいにちっぽけすぎる愚痴だ。私なんかよりもずっとずっと大変な人が沢山いる。みつきさんからメールが入っていたことを思い出して返信した。トラウマのこと、カウンセラーと新しい療法を始めたと書いてあった。日本にはまだない療法なのか、初めて聞いたものだった。

最近、心理学を勉強し始めたこともあるのか、心のことで相談を受けることが増えた。私はまだ学生だし、支援について沢山を知っているわけじゃないけど、多分、悩んでいる当人よりは、どう解決したらいいのかを知っているかもしれない。それに、実際に相談を受ける度に心は疼く。あの場所にいるんだと思うと、手を差し伸べずにはいられなくなる。

暗くてじとっとした場所。性質的に、そういうところから早く抜け出せる人もいれば、抜け出す方法を知らない人もいる。努めようと頑張れる人もいれば、無理だと諦める人もいる。「心の病気にかかる人は弱いからだ。」なんて、すっかり元気になった最近の姉が言ってたけど、そうじゃない。鬱はただの病気であって、その人の性質みたいなものだ。

こないだ撮ったHanakoの献本が届いてた。なんだか旅に出たくなった。やっぱり雑誌はいい。小さく毎日を幸せにしてくれる。それに、料理写真というのは、見ているだけで楽しくなる。何も考えずに見れるのがいい。

だけどというか、最近人が撮りたいと思うようになってきた。心理学を勉強してから、人が人を撮るっていうことが、実はすごく面白いことなんだって気づいた。

料理写真は撮る側の意思が殆ど。相手はモノであって、一方的にこちらも撮るし、料理の方も一方的に佇んでるだけだ。けど、人は違う。被写体が舵をきる場合もあれば、撮る側が舵を握る場合もある。どちらにせよ、どちらか一方の意思が尊重されたり、その間を取ったりしながら画になっていく。だから、そんなパワーバランスが写ってくることも、また人間味があって面白い。けれど、もし、両者がそれぞれにそれを手放したら。そこには、想像しないものが写ってくる。

ポートレートは心の有り様の話みたいだ。スピリチュアルっていうことじゃなくて、出会ったその人が、そこにいる私が、どう世界に対して考えたり付き合ったりしてるかってこと。だから、面白いし、それは心理学を通して人を見るのと限りなく似てるな、なんて思った。けど、料理写真もやっぱり好きだ。図書館で久しぶりに手に取った暮らしの手帖を見ながらつくづく思った。