12月29日

Journal 29.12,2023


この数日は殆ど寝てない。神経がどうにかなりそうだった。朝はいつも通り散歩へ出かけて、10過ぎにタクシーでダウンタウンへ向かった。「こんなことなら、別府へ行けばよかったとも思ったけど、多分、よかったんだよね。」少し、苦笑いしながら周ちゃんと話をした。

心理学を勉強する前は、苦しいことは全て悪だと信じきって、まるで悪魔のお訪れかのようにそれを災難したり、運がないとか、曖昧な言葉で片付けて、くるっとまとめて、ゴミの日がやってくるのをひたすらじっと待っていた。だけど、最近は、それだけじゃないんだということを知った。感情は自分を苦しめるけれど、そこでは沢山のことが見える。

ずっと見てきた景色をまるで図解を収集するかのように写真に収め、感情と記憶とで、起きた出来事を照合しながら、一つ一つ丁寧に整理した。そして、夜になると勝手に落ちてくる涙を拭った。

だけど、人は思っている以上に、幸せになろうとする生き物なんだとも思った。真実というのは、あまりに多すぎる。角度や視野が違えば全く異なってくるものになる。夜中に電話した母とも沢山の話をした。母には殆どを話さない、いいことだけを伝えて、何もなかったように笑うのが私の役目だと信じきっていたからだ。だって、悲しみを撒き散らして、何の意味がある?だけど、今日は一つだけ、どうにもできない問題について相談をした。母は大きくため息をついて言った。「なにやってんのよ。よしみは、よしみが楽しいと思うことをしなさい。」

誰かのために、家族のために、何かのために、いつもそうやって頑張らなきゃって思ってきたけど、そうやって前の離婚も私は自分を犠牲にし続けたけど、わかってる。誰も悪くない、私のすることが間違ってるだけ。悲しいとか苦しいと全身が叫んでも、全部を受け止めなきゃって。空から降ってくる棘を茫然と受け続けることが愛情みたいなものだったり、役目みたいなものだと信じきっていた。

ダウンタウンへ着いて、ホテルをチェックインした。数日前にこっちへ来た周ちゃんはどういうわけか、寝てばかりだ。日本でも疲れがどっと出てきたのか、気疲れなのか、よくわからないけどよく寝てる。タクシーの中でもずっと寝ていた。

これだけ何度も何度もLAには来ているのに、ダウンタウンの街を歩いたことは始めて。ビルの間から太陽の光が通りが強く照らしていた。当たり前のことだけど、やっぱり自分の人生を生きなきゃいけない。子供のように何日も泣いた数日は、まるで子供の頃の私そのものだった。誰が何が悪いとかじゃなくて、歩き方だとか食べ方の問題みたいなものだと思う。子供の頃に学んだものは、生きるために必要だったものだ。それが、もう、必要じゃないってこと。今の私は、もっと違う方法で生きていけることや、誰かのために何かのために優しくなれることも知ってる。

こんなにいい歳になって、年の瀬にこんなことを考えるのもなんだと思うけれど、もういい加減に私は変わった方がいい。母の言葉は、長い間、誰にもいわずに私を苦しめてきたものから、静かに解き放ってくれるようだった。