
あれだけ「寂しい、寂しい、、。」って言ってたのに、2日も経たないうちに、周ちゃんのいない生活を満喫してる自分がこわい。まるで梃子じゃないか。薄情?いや、私たちは女だから。
女ってのは、私に限らず男が思うほど柔ではない。その10倍は図太いと思っていい。それぐらいに、カラッとした生き物だと思う。女をめんどくせぇーっていう男が時々いるけど、それは、きっと気のせい。実際のところ、大体はぶってるだけだ。美味しいアイスクリームか、イケた男を目にした途端、すっと気は変われるのだから。
そういうわけで、周ちゃんが帰ってくるまで後1週間ぐらい。きっと、あっという間なんだろうと思う。私も梃子も新居で通常運転、元気いっぱいだ。それに、この時間を使って、来年のスケジュールを立てたり、残った引越しの片付けをやったりと、やることリストを書けばあっという間に、紙は真っ黒になる。
そして、結局、今年は夏をしてない。だけど、言うほど不満でもない。それよりも、今はもっと大事なことがあるから、それどころじゃないと心のどこかでわかってること。
今朝、ミオちゃんから “いつ死ぬかわからないからね” と、LINEが入った。本当にその通りだなって、電車に揺られながら、しばらく、ふんふんと頭の中で色々をこねくり返して考えてた。「どうせ死ぬなら、、。と言って、写真を初めたり、「どうせ死ぬなら、、、」と大学に入った。あの時も、あの時も、死にそうだったけれど、結局、死ぬことを理由にしなければ、実際には始められないようなことだった。
そう、いつだって、そのタイミングは全部自分で勝手に決めたことに過ぎない。
夏が来ようが、冬が来ようが、なんでもいい。今っていうのは、誰かや何かのタイミングじゃなくて、私の今が今なんだ。花火がどんどん鳴ってたって、私の今が違うなら、別に見なくてもいい。みんなが見ていたとしても、私だけが見れなくても、それが私の今だ。
恋と一緒だな。私の胸が熱いから、したい。ただ、それだけのこと。だって、私が好きだからやってる。私が好きで選んだこと。あんな男やめなよっていう友人とは、結局、今は仲良くない。その人と、例え離婚したとしても、それが不幸かどうかなんて私が決めることだ。それに、離婚しなかったら周ちゃんとも出会えなかった。夏、さよなら。私は、このまま今を走っていくよ。読み途中の参考書を片付けて、納品も終わらせなきゃ!
明日はやっちゃんとネギがくる。そのあとは、周ちゃんが帰るまで追い込みだ。