冷麺

Journal 01.9,2025


「やっちゃんはね、幸せにならなきゃいけない人なんだよ。あの人は、ほんと優しいから、絶対にそうなの。誰かにひどい扱いされるような人になっちゃいけない、絶対に。」

何年前だろうか。同じ言葉を聞いたことがある。朝の5時。あれも夏だったな。池尻大橋の高台にあるマンションで、あの夏もニュースでは猛暑だと言ってた気がする。電話の向こうで泣きじゃくる姉の声に、もうダメなんだって思った。それから、いつも通り酒にまみれた夫を家からだした。まるでゴキブリを放り捨てるみたいに、思い切りに。

「もう、要らないんだよ。出てって。」
あれは、私の言葉だったと思う。全身から声が吹き出ていくのがわかった。自分でも驚くぐらいに大きな声だった。身体が張り裂けそうになるぐらいに。

そこから、色々が変わった。私が愛だと信じたかったものは、ただの執着だったのかもしれない、と今なら思える。あの夏、師匠とのことも、リョーコちゃんからのLINEも、姉との電話も点と点が一つの線をつくり、私は私だけを救う道を選んだ。そんなことはしたくない、できないと思っていたけど、好きだった人を捨てた。

別に何年もの前のことを思い出して泣いたわけじゃないんだけど、なんだか余りにその通りで、気持ちよくて、嬉しくて泣いた。「ごめん、泣いちゃうよ。」「なんで?」姉が不思議そうに笑ってる。

父が死んで、これまでだって好きだった家族がもっと好きになって、兄妹がもっとまた好きになった。好き?いや、ここは愛なんだと思った。葬式は子猫のようにずっと3人で泣いてくっついた。

父は家族が好きだった。だから私たちも家族を愛してるんだと思う。

一昨日に院試が終わり、私の右肩はもげている。腱鞘炎手前なんだろうか、首から腕にかけての痺れがひどい。頭痛は少しずつ良くなってきてるけれど、コンクリートで半身を固められてるような圧迫感がずっと続いている。試験は、前日の鍼の応急処置のお陰でなんとか最後まで受けられたものの、そんな対処療法じゃ、すぐに限界がくる。勿論、心も。

ただ、写真を撮っている時だけは悲しくなったり辛く思うことはない。それが救いだったとも思う。10日ぶりぐらいにカメラを持つと、手が心が喜んでるのがわかった。今日は1枚だけ写真を撮った。

本当に疲れてる。だけど、暗くはないよ。泣いたりもするけど、ただ疲れてる。