3月1日

Journal 01.3,2025


昨晩、周ちゃんが台湾出張から帰国した。お土産はメールでお願いした通りで、きっちり全部綺麗に買ってきてくれた。周ちゃんをロボットだと思う所以はまさに、こういう日々のことにも散らかっている。ちゃんとしっかりとやってくれるところに、少しだけがっかりする。期待を裏切ってくれたらいいのにと心のどこかで思ってる。もちろん感謝はしてるし、今のままでも十分なのに。

こないだもりょーこちゃんと同じような話をしていた。「私達って、多分、何不自由ない生活をしていて、、幸せだよね。けど。」って。けど、の先の詰まる部分について、カフェラテをお代わりしてまで話し続けた。

これは幸せ忘れ病なんだろうか。違う。大事だと思う。なんだか、そんな気がしてならない。だから、というか、今、二人であんなに熱く語ったんだろう。それに、りょーこちゃんが大好きなのは、可愛いからとか素直だからとか、写真が上手いとか、字がとびきり美しいとか、それだけじゃなくて、勿論笑ってる顔は大好きだし、声も好きだし、話し方も好きだ。けど、丁寧なのだ。生きることにしっかりと今を十分に見たいと必死で、それは、言い方を変えると生きづらいし面倒だ。けど、それが尊く美しく見える。

“おばあちゃんになっても友達でいたい。” と、帰宅してからLINEして、心が弾むのがわかった。数日前のこと。

久しぶりに会う周ちゃんとは、これでもかってぐらいに話した。珈琲屋で、多摩川を散歩しながら、家でも。殆どは写真の話で、周ちゃんはアートの話を熱く語ってた。高橋くんが今やってる展示か何かで、フロイトを引用してるとも言ってた。私たちは遠いいけど、近いところもある。それは、本当に少ない点で、ほんの時々しか線は引かれない。だけど、繋がったときは強烈だなと思う。

今日はそんな日だった。周ちゃんは文化人類学や歴史的な立場からものを言い、私は情動や感性とか心理学っぽく話をする。その接点が写真になる。もし、鳥葬を見たいとチベットへ旅に出なかったら、周ちゃんとは結婚してなかった。これは100%言えることだ。イケメンだったから、と、よく人には言うけど、あの時は世界のすべてが怖くて、私が会話できるのは、私が知ってることだけで、知らない世界についてはもうこれ以上知りたくないと完全に伏せていた。

当時、周ちゃんはネパールが一番好きな国だと言ってた。私はチベットが好きだったわけじゃないけど、ただ、チベットで鳥葬が見たかった。鳥が亡くなった遺体を、魂と共に空へ運んで行くというのが、どういうことなのか、20代だった私が知っている世界は、狭くて汚くて、怖くて、説明がつかないことで溢れかえっていたのに、そんなに、世界は単純なことで語り切れるのかと想像するだけで、わくわくしたし、見たいと思った。

ずっと予定中の新婚旅行は姉のとこを経由してマウイかハワイ島がいいとひつこく言ってたけど、姉と喧嘩したこともあったからだろう、昨年あたりから、やっぱり北欧がいい、パリの友人経由のヘルシンキにしようかと話してた。

「周ちゃん、レー行きたい?」って聞くと、「もちろんだよ。」って。新婚旅行はレーにしようかと聞くと、嬉しそうに頷いてた。いつ、いける?と聞くと、困ったような顔をしてたけど、どうにかするって。レーには、デリーまで国際線で行って、そこから国内線で1時間ちょっと国境近くまで飛ぶ。20年近く前とは全く違う景色かもしれない。ずっと近代化され、観光客も多いだろう。

なんでもいい。レーに行きたい。