
砂肝と長芋のアヒージョ



毎日のもの、例えばオムレツの形だとか、そんなことがあまりに愛おしく思えた日だった。
生理が近いのかな、今日は珍しく車に乗るのが怖いと思った。こういう日はなんでも怖い。胸のあたりがざわざわする。「やっぱり電車で行こうかな。」「もう免許とってから、半年乗ってるのだし、技術的に言えば何も問題ないよ。だけど、怖いと思うなら電車で行ってもいいんじゃない?」周ちゃんが言った。免許取り立ての頃は不安に思う日があったけれど、今日みたいな気持ちは久しぶりだ。
どうしよう。迷っているうちに時間だけは勝手にすぎていった。もう出る時間だ。急いで機材を積んで出発した。いつからそれが消えたのかはわからないけれど、車を走らせて10分も経たないうちに今朝いきなりやってきた恐怖はどこかへ去り、いつものように走っていた。畑には少し早く着いた。今日は映像の撮影。
映像を撮り始めたのは2年前。その時の映像を見た角田さんが声をかけてくれた。角田さんは、時々、驚くようなことを言う。知らない時間のことを知っているかのように話しだす。今日もまたそんなことを言ってた。
午後はキッチンでの撮影。和彦さんがいつものように角田さんのお手伝いをしてる。髪がさっぱりしていて夏らしかった。ふたりは時々、喧嘩してるのかな?って思うことがある。かと思えば、楽しそうにふざけあって話していたりする。まだ出会って半年くらいしか経ってないけど、たぶん喧嘩はしてない。じゃれてる。そんなことも少しづつわかってきた。
和彦さんがオムレツを焼いて、角田さんが、あ、いつものねって顔をした。「真帆ちゃん、あぶないよ。」和彦さんが角田さんのことを真帆ちゃんって呼ぶ音がどういうわけか、すごくすきだ。何度か和彦さんが角田さんに言った。角田さんのトウモロコシの切り方を心配してる。
「オムレツ、この形は綺麗じゃないけど、こうゆう綺麗じゃない方が美味しかったりしますよね。」真ん中でぱっかりと割ったオムレツ。私には潔く黄色だけのオムレツは綺麗に見えた。
和彦さんは途中で歯医者に出かけて角田さんとは陽がくれる前まで話した。帰りに渡したいものがあると言い、アロマのスプレーをくれた。
生活がすきだ。本当にだいすきだ。そこだけに存在する会話、風に揺れる洗濯もの、割れたオムレツ、夕方の音が部屋に入ってきて、キッチンは薄暗くなっていく。
綺麗じゃない方が美味しかったりする。その言葉が染み渡るようにわかる。だけど、私にはそれがあまりにも愛おしくて仕方がなかったりもして、ただ嬉しかった。綺麗だった。写真は撮ってない。撮れば良かったと後悔する気持が半分。残りは無理に撮るよりもここにしまっておきたいという気持が半分。
最近、写真からは離れてる。だけど、より近づいてるような気もする。

朝、角田さんから電話がかかってきた。明日の映像の撮影の事。本当は昨晩にメールするはずが、結局朝になってしまった。夜にやろうと思っても疲れて寝てしまう。そんな日が続いてる。そんなこんなで早朝に送ったメールのことだった。
「それで、角田くんが “まほちゃんは素直すぎるからだ “って言ってたんですよ。」電話の向こうで笑いながら角田さんが言った。
角田さんとはよく料理の話をしてる。だけど、角田さんはいつも「私は料理には興味ない。」って言う。仲の良い料理家さんで、料理はそんなに興味がないっていう料理家さんがいる。先生から料理の話は殆ど聞かない。大体はインスタのフォロアーを増やすことに夢中だし、「最近、こんなの見つけたの〜。」と無邪気に携帯の画面を見せてくれる。ある日にどうしてだろう、と疑問に思ったことがあったけれど、私がただ料理が好きだってことなだけなのかもしれないと角田さんと話していて気づいた。
料理は好きな人もいればそうじゃない人もいて、仕事のために作る人もいれば、お金のために、生きるために、健康のため、家族や恋人のために作っている人もいる。それが料理ってものでいい。そこに愛があるかないかなんてのは、そもそも私が決める話じゃない。それに、それは私の物差しでしかない。
色々と話して電話を切った。やっぱり私は料理が好きだなと思った。和彦さんが角田さんに言った言葉。わかる気がした。私も角田さんは素直だと思う。本人は相変わらず料理が好きじゃないと言うけど、多分それはきっと、もう料理なんて越えてるところの話なんだろう。よく農家さんの話をしてくれるけど、先日は仲の良い農家さんが家族に作るお弁当が気になってると言ってた。それは、きっと、野菜がどうって話だけじゃなくて、その農家さんという人が生きる暮らしの中にある料理を見たいんじゃないかかなと思った。家族、畑、その農家さんが生活する暮らしの中で誰かに作るご飯のことを。
夕飯はスペアリブと野菜の塩煮込みを作った。早い夕飯をすませてから20時頃にプールへ行き、帰ってから少しだけお酒を飲んだ。本当は勉強がしたかったけれど、珍しく周ちゃんが落ち込んでいたから、勉強はやめて付き合うことにした。落ち込んでる理由は薄々気づいていたけど聞かなかった。周ちゃんはお酒が飲めないからすぐに顔を赤くして布団に転がっていた。可愛い男。私は久しぶりに夜遅くにお酒を飲んだから楽しくて飲みすぎた。

今朝に近所の無人販売所で買った空芯菜と一緒に冷蔵庫にあったトマト、しじみを使って中国っぽい炒め物を作ったら周ちゃんがすごく喜んでた。「今日の夕飯何点?」って聞くと、「120点。」と返ってきた。
空芯菜は真ん中に空洞があるから空芯菜。こっちに引越してくるまで知らなかったし、真ん中が空洞かどうかもわからないくらい貧弱な空芯菜しか食べたことがなかった。そんな小さな発見だけど、意外と嬉しかったりする。
今日はなんだか楽しかった。

「今日はすごく楽しそうだね。」帰宅した周ちゃんが言った。
午前から角田さんの知り合いの畑に映像を撮りに行った。慣れない車で途中、従兄弟の家の近くを通り過ぎたり、前にリンネルの撮影で行ったお宅を通り過ぎた。週末に食べた蒙古タンメン中本。あれからずっと胃痛が止まらない。美味しくて汁も全部飲んだからだ。けど、美味しかったな。後悔してるような、しないような、短い恋みたいになんとも言えない感じ。ああ、痛い。
30分くらい車を走らせ畑へ到着した。夏みたいに強い日差し。ハウスの中はサウナみたいに暑くて一瞬で汗が湧き出てきた。また別の畑へ移動して撮影。太陽がギラギラと肌を灼きつける。日焼けは中年の敵。夏の太陽とどうつきあっていくか。中年女の夏の課題だ。だけど、本当はこの感じが好き。暑くて熱った肌に、夏風がふわりと触れていく心地よさ。その後に待ってる気だるさ。
撮影はあっという間に終わって、角田さんと近くのガストでこれからの事やそれ以外の色々を話した。何時間話したんだろう。昼過ぎに入って、出たのは17時近く。フリードリンクは何度かおかわりした。沢山の話の中で角田さんは亡くなったお母さんのことをゆっくりと丁寧に話してくれた。私が聞いてもいいのかなと心配になるくらいに、家族だけの大切な話だった。そこには夫の和彦さんも登場する。
誰でも複雑な過去はきっとある。私だって大きいものから小さいものまで沢山ある。それぞれに計り知れない哀しみや苦しみがあるだろうし、それを乗り越えられる人もいれば、乗り越えられないまま苦しんでいる人もいる。どっちがいいとか悪いとかはないし、答えは色々でいい。だけどただ一つ、私達はそれでも生きなきゃいけないってこと。
過去に、生きるか生きないかをどうして選べないんだろうって考えたことがある。大変だった時は、どうか死なせてください。と思った事もある。それは別に死にたいからじゃなくて、その苦しみがもう私ひとりでは抱えることができなくなってしまったから。それなのに、崩壊できない身体があることもまた苦しかった。朝から晩までそれは続いてずーっと苦しい。息を吸っているのに、朝ごはんも昼ごはんも夜ご飯も食べてるのに、身体はどんどん痩せていくし、心はまるで形ある物体かのようで、日に日にその姿形がおかしくなっていくのがわかった。とにかく苦しくて苦しくてちぎれそうだった。その時のことをお医者さんは、強いストレスが一気にかかったからで、限界なのだと言ってた。仕方ないと言われても、飲むと気持ち悪くなる薬を貰っても、世界からの重力に押し潰れそうな日々は続いた。私の場合、幻聴や幻覚まではいかなかったけれど、怖いものが沢山あった。夜、肌に触れる風、タクシーが止まる音、ギターを持った男、グレーのバン、男の大きな声、酔っ払い、中目黒、祐天寺、バンドマンの曲。
夕飯の後、周ちゃんの前でポロポロと涙を流しながら角田さんに聞いたことを話した。話しても全然伝わらない気がして何度も話した。いつもなら人前で泣くのは難しいのに、今日は簡単だった。
角田さんに会うと、1つじゃなくて、10個くらいのお土産を貰ってる気がする。東京にいた私だったらきっと会えなかっただろうなと思う。もし会っていたとしても、通り過ぎていたかもしれない。田舎へ移り住んで、色々な事を感じたり考えたり、大学に入ったりしたことも、全部が関係していそうな気がする。もう前のように流されたくないと思うと、自分がいきたい場所が見えてくる。輪の外は寂しくもあるけれど清々しい。みんながそっちでも、私はこっちが好きだとはっきりと決断できるようになってきた。そうやって歩いているうちに会えた気がする。
「実は、さっきインゲンを見てから頭の中であのインゲンを、ずっとポテサラに入れたらどうかなって考えていたんですよね。」ガストに来る前に無人販売所でインゲンが売ってるのをふたりで見ていた。角田さんは料理に全然興味がないといつも言う。だけど、角田さんといると料理の話が沢山でてくる。そんな小さな会話のひとつが私は嬉しい。多分それは、料理を撮りたい。ずっとそう思ってきたからだと思う。
それから、今日は丹治さんの話も少しだけ聞いた。私はまだ会ったことがないけど、今日もまたより一層に会ってみたいと思った。丹治さんという編集者は、私に料理本というものがレシピを伝えるものだけじゃなくて、暮らしの中のひとつだってことを教えてくれた編集者。
1度目の結婚の時、食べ物の備忘録的な日記を書き始めたのも、それが日常の苦しみを綴るものになったのも、ひつこく今でも日々をここで咀嚼し続けるのも、全部、それは、食べることだけじゃなくて生きるためのものになったからで、時を重ねていく中でわかったこと。それを始めたきっかけは丹治さんが作った高山さんの料理本だと思う。
角田さんが話していた丹治さんの話はとてもいい話だった。今日は疲れた。けど、楽しかった。
冷やし海苔カルボナーラ
のり3枚
梅干し1
オリーブオイル大さじ3
塩麹小さじ1
すり黒ごま大さじ1〜2
豆乳
素麺で和える

外は嘘みたいに激しい雨が地面を強くたたきつけてる。今朝も4時からずっと勉強。時計を見ると16時。何時間やってるんだろう。周ちゃんとは昨晩にブチ切れてから一度も顔を合わせてない。おはようだって言ってない。
最近の寂しい病。レポートも一段落して少しだけ心の余裕が出てきたのかもしれない。とは言っても、次の試験は3週間後。7月にはその10倍くらい恐ろしいテストが待ってる。だけど、そろそろ仕事を思いきりしたい。いやしなきゃだめだ。勉強したいけど、勉強ばっかりやってちゃだめだ。写真を撮りたい。
” 新茶が出たらカナちゃんと大場さんに連絡。” 昨日、5月の手帳の脇に書いてある頁を見て、あっ、そうだったと急いで連絡をいれた。 カナちゃんのことは、冬に大変なことがあってから、何か私に出来ることはないかなと考えようやく見つけた答えが “新茶を送ろう。” だった。もっといい何かを思いつけないものかとも思ったけれど、きっとこれくらいの方が気を使わせないでいいのかもしれない。カナちゃんからメールの返答が入った。
“今、子供が寝てて、すごくタイミングがいいよ。” お茶を来週に送るねと伝えると、”来週の楽しみができた!” とのこと。なんだか、なんだろう。胸がぎゅぅっとちぎれてしまいそうだった。だけど、カナちゃんが少し元気になってる様子が嬉しくて、ほっとした。カナちゃんは明るい子だから、大丈夫。きっと絶対に大丈夫。
それから、大場さんからも朝一番で返信が入っていた。成田さんがタイに行くよと記してあって、無性に会いたくなって成田さんにLINEした。そして、ミオちゃんから “後藤さんと3人でパリいこう!絶対超絶たのしいから “とメールが入った。そんなの言われなくたってわかるよ。パリの夜、たぶんミオちゃんが借りたステイ先のどこかで3人でワインを何本も空けるだろう。殆どはきっと後藤さんがたいらげてる。潔い飲みっぷりと一緒にきもちよく泥酔していく後藤さん。”後藤さんって本当に無邪気だよね。”って、それぞれが心のなかで思うはず。
大人なのに無邪気で素直。「だから悪い男に騙されるんだよ。」と以前はよく言ってたミオちゃんも、最近は言わなくなった。そうゆうところがミオチャンらしいとゆうか、本人はドライを装おっているけど、実は愛情深い。だからとゆうか、二人といる時間は落ち着く。それに、パリは大好きなまゆみちゃんがいる街。ずっとずっと会いたかったまゆみちゃん。HUGOにも会える。
さっきカナちゃんからまゆみちゃんの誕生日が昨日だってことを聞いたんだったと思い出して、急いでyoutubeでbirthday songと検索をして、まゆみちゃんにメローな感じの映像をアイラブユーっていうメッセージと一緒に送った。すぐに返答がきて、勉強が苦しいことを聞いて貰ったり、勉強の苦しみと楽しみを互いに共感しあった。いつもは手紙でしか話さないことを、消えていくようなスピードでメッセージを打ち続けた。
“言い訳してる自分を見つけた時に、ぎょっとするんだよ。言い訳なんて幾らでも出来るでしょ。”
“わかる。私もね2年前に思ったことがある。それからすごく勉強したよ。フランスの学校で先生にこんなに真面目に勉強している子いないって言われて。だけど、沢山勉強して本当によかったって思う。”
まゆみちゃんの返答に、なんだか、すごくほっとした。ひとりぼっちだと思っていたけど、ひとりぼっちじゃないのかもしれないって。もしかしたら、性格が少し似てるのかな。負けず嫌いっていうのとは違うんだけど、やるならやりたい。あと、自分に嘘をつきたくない。体力も勇気も大してないのだけど、ただそれだけ。
そうだ、ざおーにLINEしよう。ずっと気になっていたことがあったことを思い出してメッセージを送った。”しゅうちゃん大丈夫?” ざおーは周ちゃんの事を心配してくれてるみたいだった。出会った時から、会う度に同じように同じ事をいつも思う。この人の心根は本物だって。それに触れる度にはっとして、生まれ変わったらこうゆう人間になりたいと毎度思う。今日も思ったってことは、私には難しいのだろう、きっと。
それから、ざおーにも少し愚痴を聞いて貰ったり、互いに色々を話したりして、なんだかやっぱり落ち着いた。それに、柿ピーのマスタード味が美味しいのと、ドンキーで売ってる生姜味の煎餅が美味しいっていうのも教えてくれた。近いうちにオンライン飲みしようねと約束した。
結局、たぶん、勉強の手を止めてから1時間くらいLINEしてたのかもしれない。寂しい病がスーッとどこかに消えていったみたい。連日の睡眠不足も、周ちゃんとの喧嘩も、季節外れの台風も、すべてが嘘みたいで、本当はぜんぶ辛かった。それに、もう寂しいっていう気持ちも終わりにしたかった。
18時を過ぎると1Fでバタバタと音がし始めた。周ちゃんがキッチンに何かを作ってる。お腹空いたな。キッチンへ向かった。「なに作ってるの?」中華鍋を振る周ちゃんの手が止まる。えって顔の周ちゃん。そのままぎゅっと抱きしめてきた。あ、ごめん。って思った。私の我慢の限界がきたのは仕方ないことだけど、その限界を受け止めるのは辛かったよね。どんなことがあるにせよ、怒りなんてぶちまけるもんじゃない。周ちゃんはきっと今日1日、最悪最低な時間を過ごしていたのだろう。私って奴はやっぱりワガママで幼稚な女。
周ちゃんが作った八宝菜風野菜炒め。おいしかった。

久しぶりのプールへ行くも、なんと休館日。ブツクサ言いながら、OKストアで買い物だけして帰ってきた。「あー!もぅ悔しいから、水着のままお風呂入っていい?」周ちゃんに聞くと、「いいよ。」と笑ってた。少しだけ夕飯の時に喧嘩もしたけど、やっぱり周ちゃんが好きだ。

今日は母の誕生日を祝った。71歳になるのだそう。だけど、どう見たって私よりも元気だ。顔は瓜二つなのに、どうしてこんなに違うんだろう。昨晩に出張から帰ってきたばかりと言ってたけど、綺麗にアップした髪も、黄色のセットアップのスーツも、ピンク色の口紅も、全てはいつも通りで可愛かった。
頼んだコース料理を食べながら、お喋りはずっと続いた。昔は母と上手くいかない時もあったけれど、そういう時間を経て、今があると思うと余計にいいなと思う。母だって、人間で女なんだ。私の母だっていうことは、その中のひとつの側面でしかない。だけど、その上で今でも私のことを娘として家族として愛してくれているのだから、それは当たり前な事ではなくて、母という人間にありがとうだ。
途中で姉からLINEが入った。姉も来たいんだろう。
「あっちゃんはさ、ちょっとまだ心配なのよ。」母が言った。言わんとしてることはわかる。姉は強い。最強だと思う。あんなに強い女、まず見た事がない。だけど、だから、脆い。母曰く、私は母と同じで大丈夫なんだそうだ。それも少しわかる。もし、私が姉のような強さや弱さを持っていたら、きっと、今でも元夫のことで苦しんでいたかもしれない。激しいトラウマの中で苦しみ続けて、それを庇うように何かにがむしゃらになって、そして、。考えただけでも恐ろしい。
“わたし、仕事、やすむ。人生も、ちょっとやすむ。”
ずっと自分は弱い方なのかな、と思っていたけど、離婚でわかった事の一つに、私は案外タフだったって事。離婚時は確かに鬱も患ったし大変だったけれど、ぺっちゃんこに潰されてから亀のスピードで着々と起き上がってきた。そして、ちゃっかり一年後には結婚をし、夢の田舎暮らしまで始めた。あと、念願の免許を取得して車も買った。そりゃ、当時は死ぬほど苦しかったけれど、私がじりじりと這い上がってくる様子を母は静かに見ていたんだろう。最近は、もう野菜やパンが沢山詰まった段ボールも送られてこなくなった。
今年も美味しくできた豆板醤。今度母に持っていってあげよう。

こんなに勉強してないのはどれくらいぶりだろう。全く今日はしてない。色々と片付けをして、周ちゃんを鍼灸に車で送ったりしていたらあっという間に夜になった。帰宅すると、パリのマユミチャンから手紙が届いていた。
マツキヨの駐車場に車を停めて周ちゃんを待っているときもそうだった。泣きたい。無性にそう思った。理由は沢山あるような何もないような。ただ、梅雨みたいな空が心地よくて泣きたかった。
リビングのソファーにあぐらをかいて、大きなカードを広げた。泣くならきっと今。けど、少しだけ涙が目を覆って終わった。私はなんでこんなに我慢してるんだろうか。周ちゃんは体調がいいみたいで、キッチンで焼きそばを作ってくれてる。手紙には愛のことが沢山書いてあって、大好きなマユミチャンがとにかく幸せそうで、泣くには今がもってこいだったはずだ。
L.Aに行って姉の庭で泣きたい。あの家なら私が馬鹿をしても、誰も気に留めない。不意に庭に出てきたヘレナがいても、きっと「YOYOなんで泣いてんの?」って聞かれるだけだ。姉は多分、別の事を思い出して私なんてそっちのけでワイン片手にわんわん泣き出すだろう。きっといつものように、L.Aの夜は天気がいいはずだ。そして、私達は何事もなかったように眠りにつく。
周ちゃんが日常に帰ってきてくれて嬉しい。レポートもぜんぶ出せて嬉しい。嬉しいことだらけなのに、泣きたい。もしかしたら、忙しくて心をどこかに隠していたのかな。よくわからないけど、泣きたい。

今日は周ちゃんの誕生日。それから、レポートの提出日。まさかのまさか。こんなにも色々が今日じゃなくたっていいでしょうって思うほどだ。けど、タイミングっていうのは合うように出来ているらしい。最低だな、と思いつつ、そんな人生の仕打ちに呆れながらも出来ることを存分に出し切ったと思う。いや、もう出てこないくらいに絞り切った。
ここ連日の睡眠不足。周ちゃんのケアと両手じゃ抱えきれないくらいの量の課題。「詰め込みすぎたね。」と周ちゃんは言ってたけど、「周ちゃんが倒れるからじゃん。」とは、喉まで出かけたけど言わなかった。だって周ちゃんは目眩がするって言いながらも私の酷いレポートを何度も添削してくれたし、少しでも家事を手伝おうと3/100くらいは手伝ってくれてた。それに、私がこんなにハードな毎日を送ってるのは、そもそも大学なんかに行き始めたからだ。周ちゃんはGWのフィールドワークがハードで倒れただけ。たったのそれだけのこと。
今朝も3時過ぎに起きてレポートの修正。本当に間に合うんだろうか、と何度も何度も頭をよぎった。5本分の誤字脱字チェック、解答用紙の記入をして、次は別の課題の、。ああ、間に合わない。結局、電車の中でもレポートの修正して、大学で提出、トンボ帰りで駅前で夕飯の買い物をして、ケーキ、刺身、花、ワイン。ダッシュで帰宅。今度はウェブで残りのレポートを提出。18:20pm。終わった。けど、息つく暇もなく夕飯の支度。朝ごはんを食べたのは4時か5時。あまりの忙しさに空腹をどこに置いてきたかも覚えてない。テーブルに並んだご飯に周ちゃんは満面の笑み。よかった。
周ちゃん、お誕生日おめでとう。いつもありがとう。

周ちゃんはおにぎり以外のご飯も食べれるようになってきた。だけど、食事中も目が開けられないみたいで、半分くらい目を閉じてたべてる。そしてずっと会社も休んでる。

今日も周ちゃんは朝から寝てる。基本的に食事はしないし、トイレへも起きてこない。スープを作ったり、バナナジュースを作ったりと色々してみてるけど、少しだけ飲んで、また死んだように寝てしまう。昨日よりは笑顔が増えたし、顔色もずっと良くなった。だけど、状況はそんなに良くない。目を開けるとぐるぐると見えるもの全てが回るらしく、目は大体閉じてるか、時々少しだけ開ける。
「ああ、まじか。」梃子の美容院へ行く時間に合わせたように窓の外で強い雨の音がした。一瞬、自分の運の悪さに、。とも思ったけれど、そんなこと考えてる時間だって今はもったいない。美容院までの道のりは、狭いうねうねの道路。交差点の入りずらい角。そしてスコールみたいな大雨。まさにイヤの3乗。本当は自転車で行く予定だったけれど、こんな大雨じゃ無理。ダメだ、。考えただけで怖くなる。梃子を抱き抱えて車に飛び乗った。いつもなら「周ちゃん一緒に行こうよ」ってお願いしただろうけど、あんな周ちゃんを連れていくわけにはいかない。大丈夫。きっとなんとかなる。
なんだか気持ちが落ち込んでる。いや、落ち込んでるというか、いっぱいいっぱいだ。3月からこんつめてやってきた勉強は来週、再来週提出のレポートで一旦ゴール。勉強の進みが日に日に遅れてる。ただ私が焦ってるだけなのか、どんどん勉強の難易度が上がってるから進み具合が悪いのか、理由はきっと色々だと思う。それに、昨日は殆ど勉強できなかった。だけど、周ちゃんの所為には絶対にしたくない。ちゃんと計画を立てて、バッファーも十分に作っておいたんだから。私が悪い。それに、勉強が嫌っていうんじゃなくて、時間がどうやったって足りないのが問題だ。ずっとずっと走ってるのに、変わらない景色。途方に暮れかけてる。
そして、ついでと言っちゃなんだけど、右腕がプチ腱鞘炎みたいで痛い。もうイヤでイヤでイヤ。心理研究法も全くわからない。7冊以上の関連本を回し読みしてるけど、一体何なんだろうか。丸めてちぎって放り投げてやりたいくらいだ。
夕方、目を覚ました周ちゃんに少しだけ尋ねてみた。「ちょっと話してもいい?」目をあけると辛いけど、話すことは出来るよと相談に乗ってくれた。「なんか、うまく進まなくて。先生の言ってることが全然わからないんだよ。設問の意味を捉えられないの。」「そうか。それは難しいね。だけどさ、それがテストな以上、必ず答えはあるし、そう決めてやるといいんだよ。」
周ちゃんはすごい。解けなくて悩んで苦しんでいたけど、そうじゃない。問題は出来ないことじゃなくて、どこに向かいたいかだ。出来ないことばかりに気持ちがひっぱられていた。ゴールは必ずある。再来週には全てのレポートも終わってる。というか締め切りが終わってる。答えはあるんだ。あと、時間もない。これも答えの一つだ。
ああ、zaraに行きたい、勉強が出来る人になりたい。

周ちゃんは土曜日までフィールドワークで帰らない。最高だけど、会いたいなともおもう。

今日は藤原さんが泊まりにきた。久しぶりにたらふくビールを飲んで夜更かしして子供みたいにはしゃいだ。開いたままの教科書も、GW前に片付けなきゃいけない仕事も、書斎に残ってる。今夜は何も考えない。
日頃の鬱憤が溜まってるわけじゃないけど、ぎゅうぎゅうに色々が詰め込まれた毎日に少し疲れてる。好きでやってることだけど、やめたいとも思わないけど、勉強をするのは、ずーっと戦い続けてるみたいで時々苦しい。ちっちゃいモンスターから大きくて見たくもないような恐ろしい大物モンスターまでやっつけてもやっつけても向かってくる。そういう時に不意に離婚の時のことを思い出す。そうだ、あの長くて苦しい日々のゴールまでの道のりを考えたら、こんなのつま先の先っちょくらいなものだ。全然、ヨユー。
とはいえビールを思い切りに飲んでる私の頭の片隅には結局ずっと√がいた。最後にどうしても解けなかった心理統計学の問題。あれはどうやったら解けるんだろう。
周ちゃんは平日の夜だからか、「宴もたけなわ、。」と何度も口を挟んできた。周ちゃんだけシラフだもの、仕方がない。私が周ちゃんと付き合ったのはイケメンだからっていう理由だけじゃない。お酒を飲まないっていうのもポイントだった。飲酒しない男、最高だ。
「お酒を一緒に飲めないっていやだな〜。」友人達に婚約者がお酒を飲まない話をした時に何度か言われたことがある。昔の私なら激しく同意しただろうけど、1度目の結婚でお酒で最悪になる男を見ちゃったものだから、男とお酒の因果関係には酷く偏見がある。偏見というか、ほとんど妄想かもしれない。出会って1年が経ち、周ちゃんがある日突然に暴力を振るってくるんじゃないか?みたいな疑心を持つことは今では1%も無くなったけれど、外で男の人の大きな声や荒ぶった素振りや酷い酔っ払いに出会うといまだに身体がビクっと過剰に反応してしまう。そして、本能的に「逃げなきゃ。」と胸の鼓動が全身をノックするみたいに小さく叩いてくる。
周ちゃんはやれやれって顔で寝室へ上がった。それから1時間くらいして私達も寝ることにしたけど、本当はもうちょっと飲んでいたかった。
勉強は楽しいけど時間を奪う。友達と遊ぶ時間は完全に犠牲になったし、日記を書く時間だって惜しいと思ってしまう。だけど、IQが中学で止まってる私が世界を知るには沢山の時間がきっと必要なんだということも理解してる。勉強すればする程に山頂は高くなっていくように見えるし、どうしてこんなに勉強するのか正直よくわからないけど、大学を入ったからには卒業したいっていうのも目標だけど、出来るところまでやりたいっていう気持ちが一番強い気がする。
試したい?挑戦?ちょっと違う感じ。もう逃げたくないの方が近い。今の結婚で幸せを感じると、不意に元夫のことを思い出したりもするのもそう。過去の私はひつこく今でもあの日々を後悔してる。だから、もう逃げたくないんだろうか。よくわからないや。


確定申告を終えたところで母から電話が鳴った。「来週みんなでスキー行かない?周三さんも一緒にどうかしら?」私はフリーランスだからいいけど、周ちゃんは一応会社員だ。「急にはむりだよ。」と言い電話を切った。
普通になりたい。小学校の時の私の願いはたったひとつ。みんなと同じがいい。家族が好きだけど、うちのご飯も大好きだけど、なんだかうちはみんなと違う。私が着てる服も、家で食べるご飯も違う。家族で旅行へ行くために学校を休むのも、本当は少し気が引けた。勉強しなさいなんて言われた事は無かったけど、子供がお金の話なんてしちゃいけないと何度も叱られた。
特別に大金持ちだったわけじゃないけど、父も母も手に職があり独特な教育だったことは確かだったと思う。みんなと同じになりたいと望む私の気持ちに父は1%も寄り添うことなく「みんなが右へ行くなら俺は左。」と言った。案の定、真夏のキャンプは千葉の一番端っこにある海辺にキャンプへ行くのが恒例になり母曰く、父の我儘に家族は散々振り回されたのだそう。
けど、私から言わせて貰えば、母と祖母の買い物に付き合うために何十回と学校を早退させられたのは、ボンゴレビアンコに釣られたわけじゃない。子供だった私に選択肢は無かったからだ。
LINEにミオチャンからメールが入った。”よしみちゃん、スキーとかスノボーやる人?”思わず、”デジャヴ?”と返した。そして、月末にスキーと温泉に行くこととなった。”これ、仕事だからね!” ミオチャンと雪山ではしゃぐ私達を簡単に想像できる。ミオチャンはいつも画面から出てきたような風貌だけど、雪山では何色の髪なんだろうかと考えてみたりした。
ミオチャンのお父さんはスタイリスト?みたいな仕事をしていたらしく、服の仕事はするなと散々言われて育ったと聞いたことがある。もしかしたら、子供時代に青山で子供同士の私達はすれ違っていたかもしれない。ミオチャンはお父さんに連れられて、よく蔦という喫茶店に通っていた。私も母の稽古で毎週のように骨董通りを歩いていた。
ミオチャンに前に連れて行って貰ったことがある蔦。青山学院から直ぐのところにひっそりとある喫茶店。昨日、ミオチャンのインスタで蔦の店長が亡くなったことが書かれていたけど、何て声をかけていいのかわからなかった。数ヶ月前に会った時にマスターの体調が良くないことも聞いていたけど、言葉が塵も私の中から出てこなかった。会った時に話せたら話そう。答えはそれにした。
たまたま出逢ったミオチャンとは、いつしか友達になったけど地方出身の友人達とは違うここだけの距離感みたいなものがある。子供の時にミオチャンみたいな子が近くにいたら、私はもっと違う子供時代を過ごしていたんじゃないか。うちの家族のことを秘密にしないで済んだ筈だし、恥ずかしいとか、目を逸らさずにすんだかもしれない。
過去の事を言ったって仕方が無いけど、未だにそんな友人を求め続けるなんて、私はどうしてそんなに過去にいたがるんだろう。人は変われるけど、変われない。
最近の大学の勉強では、私自身を実験ターゲットとして色々を模索してる。やっぱり私は変わろう。過去に悪気がないことはわかってる。それなら、変わったらいい気がした。

昨日はシンジくんには会えなかった。
編集の成田さんがせっかく誘ってくれたのに。周ちゃんが以前に通ってた接骨院の先生のところへ駆け込むと「絶対に安静にしてください。背中ぎっくりですから。」との事だった。
「本当にごめんね。すごく会いたかったんだよ。」
「よしみちゃん。結婚おめでとうー!」
「あ、そうそう!私、結婚したんだよ〜。」
「若のおかげだね。幸せそうで何よりだよ。」
接骨院を出て痛くて亀みたいな速度で歩きながら電話をかけると、久しぶりのシンジくんは小豆島でお世話になったシンジくんのままで元気そうな声だけが聞こえた。離婚が成立する直前の大変だった時、とにかくその優しい人柄に癒された。島で会うまではまさかそんな話をするとは思わなかったけど、シンジくんは結婚も離婚も経験者で長く暗く辛い時間の事もよく知っていた。だからか、一緒にいるだけでほっとしたというか、あの時間は特に側にいてくれた事が何よりの救いだった。
それに、シンジくんは私と同じ蠍座で誕生日はうちの兄と姉と同じ10月30日。勝手にシンパシーを感じて傷だらけのひりひりとした心を温めていたようにも思う。
泥みたいな身体をなんとかひきずって朝から現像を始めて昼頃に送り、別の仕事のデーターも急いで納品。昼食をさっと流し込み、13:59ダウンロードしたzoomで14:00から大学のオンライン個別相談に滑り込んだ。申し訳ないと思いながらもこっちのビデオはオフにしたままで。
背中の激痛で起きれなかった朝から、なんとかデスクワークをこなして、オンライン相談も時間より早く切り上げ、接骨院。なのに、結局そのまま周ちゃんに迎えに来て貰ってUターンだなんて。わたし、何やってんだろう。馬鹿みたい。シンジくんが久しぶりに東京に来たのに。あまりに情けなくて、ああ、最悪。だとか、もう嫌だ。みたいな言葉を吐き捨てたくなったけど、ぐっと飲み込んだ。くだらない。不幸を呪うほど愚かなものはないと思うから。大変な時こそ、先ず一番にすることは心の声を聞くことではなくて、最悪な現実を少しでもいいから変えること。月曜日も大事な撮影がある。痛くて撮れないなんて絶対に嫌だ。
シンジくんに会いたかった。新しい仕事の話も少し聞いたけど、もっと話したい。声を出して笑うのが辛くて、背中にズキッと痛みが響く度に肩をくすめて手短に話した。元気になったらまた連絡をしよう。久しぶりに色々な話がしたい。

朝から撮影。背中がおかしい。歩くだけでも痛いし呼吸しても痛い。来週まで乗り切れるのだろうか。勉強も月曜から休んでいるし、朝が来たと思ったら晩が来る。
今回の撮影は私にとっては条件の悪さは過去一で、苦手とするライティングが主となる。自然光が十分に入らない北窓のぬったりした光が朝から晩まで連続する中で料理を綺麗に見ようとするには大体想像するしかなかった。こないだ写真家の松村さんが三脚を立てたらいいよ。と言ったアドバイスも呆気なく惨敗。想像している以上に三脚を立てるスペースがなかった。
考えているのは料理のことじゃなくて、どうしたら自然光みたいな光のライティングとなるか。現場が穏やかであることが何よりの救いだし、大先輩達との仕事はとにかく勉強になる。なのに、私の心は落ち込んでる。もっと料理に感動したいともがき続けてる。今回の仕事は特に込めた想いも強いからだろう。我が儘な気持ちを捨てられない。
それに反して背中の激痛は日に日に増していく。やばいかもしれない。背中の激痛と共に頭痛も始まってきた。もっとハードな内容の撮影は過去にもこなしてきたのに、今回は確かに、先週に姉が言ったようにこれはチャレンジそのもの。
最悪と言えばやっぱり最悪だし、諦めたくないのならばやるしかない。だから、どうにかしてライティングを組まなきゃ。人生なんてだいたいうまく行かないもの。

“電話するなら4時間以内にして。”
L.Aは夜。日本は午前11時。
「あのさ、昨日の電話、夜中の1時だから。」
電話に出た姉が最初に言った言葉。
「ごめんごめん。最低だよね。」電話の向こうでヘレナが変な顔をしてる。
「ヘレナどうしたの?」
ヘレナはL.Aに戻ってから体調を崩したらしい。日本で病院へ行ったけど薬の内容を調べるとどうやら抗生物質じゃなくてただの痛み止めだったと怒っていた。
「それで、周三のこと?」
「違うよ。周ちゃんのことは特に何もないよ。性格なんて変わらないでしょ。変えるものでもないし。昨日、ハンドルの向きについて注意を受けたけど、面倒だからハイハイって聞いてたよ。別にそんなものでしょ。」
「それで?」
姉は大体いつもわかってる。何もなくたって姉には電話したいし、する時もあるけど、私からかけてくるっていうのは何かがある時なのだそう。半年くらいモヤモヤしていた仕事での人間関係のこと。自分の気持ちをどう整理したらいいのかわからなくて聞いてもらった。
人を信じたいし出来る限り自分ができることをしたい。だけど、信頼をしてる人が、その人にとって良くしてくれる人の悪口を言ったり、自分の成果の事ばかりに夢中になっていたり、そんな場面に出くわす度に虚しい気持ちになった。「あ、。」って、テーブルに並べられた出来立ての食事が誰かのお喋りで冷たくなっていく瞬間みたいに、すーっと。
それに、
離れていく自分の心が何だか悪いことをしているような気がしてどう収めていいのかわからずに宙ぶらりんのまま、時間がぼんやりと流れていった。時々思い立っては手帳にもう離れよう、みたいな事を書いてみたりするけど、結局、笑顔でこたえてしまう。
「あのね、いい人っていうのは損をするんだよ。うちはやり過ぎるからよくない。世の中、人を使おうって人が沢山いるんだから。ちゃんと自分の身は自分で守らないと駄目。だけどさ、今回それがわかっただけ良かったじゃん。今がよしみのチャンスだよ。こういう時はチャンスだから。あと、嫌なやつとか、その人に対して悪い言葉は絶対に使っちゃ駄目だからね。悪口も絶対駄目。」
さっきまで散々悪口を言ってた姉。「別に悪い人じゃ無いんだから、もうやめてよ。」と言っても止めなかったのに、私の悩みをあっという間に消していった。悪い言葉は使いたくない。悪くも想いたく無い、だからずっとどうしていいのかわからなかった。
誰かの助けになりたい。シンプルな想いだと思っていたけど、とても難しい気持ちみたいだった。自分の身を守ることはとても大事なんだという事もよくわかったけど、いつも誰にでも不審に思って表面だけでやるようなコミュニケーションも嫌だ。
なんだか、最近すごく仕事がしたいと思う。
小さなコミュニティーでいい。信頼のおける人とだけ気持ちのこもった仕事が出来ればいい。今までの考えが薄れてきてる。仕事が大きくなればなるほど出会う人も増えていくし、社会も必然的に広がっていく。昨年までは離婚の傷や自分の生活を整えることで精一杯で私の色々は内側に向いていたけど、最近はもっともっと外へ出てみたいと思うようにもなってきた。
色々な人に出会って、色々な人と仕事して、失敗したり嫌な想いをしたりしながらも、片一方だけがじゃなくて、互いに明るい未来を一緒に見れる仲間を見つけたい。
「よしみ、スペース空けときなね。」
「なんか怪しいじゃんそれ。宗教みたいだよ。」
「本当にそうだから。あ、って何か嫌な感じを受けた気持ちは正しいから。ちゃんと離れる勇気を持つ。そうやってスペース空けると、別の新しい人に出会えるよ。今は超チャンスだから!頑張ってね。その人には感謝だね!!じゃあね。」
それから、ちょっと気づいたことがある。最近勉強してる社会心理学でのこと。胸にひかかっていた誰かのことがわかっていく気がした。それはきっと近い未来に東京で暮らしていて良かったと思うことの一つになると確信さえしてるくらいに。人が沢山いる東京だからこそ出会えた人々。
人を無下にする人たちにも一連の繋がりを見つけてる。好み、話の傾向、仕事の仕方、対人関係など、いくつもの行動が一貫している。これは性格ではなくて何か原因があるって事だろう。そして、そこはなんだか寂しい場所にも見える。
もし、私の心がその人たちにされた事で仮に傷ついていたとしても、それで、そこで、終わりでいい。だって仕方がないことだから。

朝食を急いで食べて梃子の散歩へ出た。私は昼から久しぶりに睫毛パーマをしに駅前に行く。周ちゃんは高校の同級生と新宿で食事の約束をしてる。
「散歩、俺がさっと行ってくるよ。」と、周ちゃんが言ったけれど、私も行くからと支度を急いだ。先週の殆どは少し朝が忙しくて家の周りしか行ってあげれてない。いつもなら裏山か神社か私がダムと呼んでる貯水池のどれかをぐるりと回るコースなのにさっとなんて梃子が可愛そうだ。
「今、生理なの?」
「そうだよ。」
周ちゃんが歩きながら聞いてきた。
昨晩、寝ている私の背中をさすっていたらしい。吸水パンツを履いていたからそれで気づいたのだろう。Nagiの吸水パンツは水着みたいだから直ぐにわかる。何年か前に買ったもので今のは違うのかもしれないけど、分厚くてあきらかに普通のパンツじゃない。理由は何にせよ、好きな男にただ歩いている時に生理なのか聞かれたことは初めてだったし、それがあまりにいつもみたいに流れていくことが不思議で嬉しかった。
生理は特別な日だし、面倒で何だか隠したくなるような日なのに、そうじゃなく思えたことが特別に感じる。この気持ちをどう、なんて説明していいのかわからないけど、最近の周ちゃんがすごく好きだ。

朝から梃子を連れてコストコへ向かった。顔より大きなサーモン。値段は5500円。「今日はサーモン手巻き祭りにしよう!」分厚く切ったサーモン。普通の日曜日に祭り。なんだかとっても楽しかった。

今日は朝から撮影。車で行くか迷ったけど結局やめた。あれだけ文句を言ってた電車移動だけど、車の怖さを考えると電車も悪くない。やっぱりどれだけ都内での生活が便利だったか、東京での生活はタクシーと完全にセットだった。だけど、車を運転するようになってから、どこへ行くのも苦じゃなくなったし、遠いい場所にも行きたくなった。不思議なもので、便利さよりも不便さを選んだのに、世界がずっと広がった。田舎に移り住んだ友人たちが口を揃えて言う事だけど、本当にその通りだ。
撮影は時間よりもずっと早く終わった。今日はリンネルの編集の佐々木さん、あと先日に初めてご一緒した森本さん。森本さんは勝手に中山美穂に似てると秘かに毎度思ってる。佐々木さんはいつも丁寧で優しくて的確で、現場はダントツで早い。一緒に仕事をしてきて嫌なことは一つもないし、とにかくスムーズ。あっという間に撮影が終わる。こないだも思ったけど、やっぱり編集者っていうのはすごい。何がすごいかは上手く説明出来ないけど何だかすごい。すごく料理が上手みたいなものと似てる。ちゃちゃっと物凄く美味しいものを作ってしまう感じ。こないだ編集の成田さんと話していても思ったけど、仕事をする相手で私の仕事が変わる。変な話、私のギャランティーが下がってもいいから、いい編集さんがついてくれる仕事がいいとさえ思う。それくらいに仕事が変わる。現場での楽しみも、出来上がるものだって変わる。
前の私ならこんな風に考えられなかった。だけど、今は完全に何をするかより誰とやるかの方がずっと大切。こんなにも私ってのは変わってしまうものかと思うけど、それくらいに仕事への執着が失くなりより一層に仕事が好きになった。仕事だけじゃない。仕事を一緒にしてる人が好きになった。今日も楽しかったな。夕飯は時間も無かったし、冷蔵庫にあるものをとりあえず出した。あとは冷凍浅利と蒟蒻で炒め物を作った。今井真美さんの本で読み、いつか作りたいと思っていたもの。思ったよりもずっと美味しくて周ちゃんは結構気に入ってるみたいだった。

今朝、ひとり書き初めをした。正月に周ちゃんと家庭の抱負について書いたけど、自分の書斎にも今年の抱負を貼りたかったから。今年は頑張りたい1年。何を頑張るか。好きな事を好きなように思いきりに頑張りたい。誰かの為にも頑張りたい。大学も目的はまだ不明だし大学院で研究してみたいとか余りに安易な考えしかないけど、今のところ楽しみ半分、不安半分。とりあえずやってみようと思う。未来を考えてしまうと色々が不安になるし、私の性分的に不安になると楽しくなくなってしまう。だから半紙には、”目の前の事だけをやる”と書いた。
朝方にデスクライトだけが光る真っ暗な部屋の中で夢中になって勉強していると不意に我に返る時がある。私、何やってるんだろう。朝の5時半、多分、私の知ってる殆どの人々はまだ今日を始めてない。完全無敵な私だけの時間な筈なのに後ろめたいような寂しいような説明のつかない気持ちになる時がある。そんな時の私を安心させてあげたいと思いながら何枚も何枚も気がすむまで書いた。
私がどこに行きたいのか私もわからないけど、一度目の結婚の時のようにもう二度とどこかに縛りつけたくない。こうなりたいとか、こうでありたいもパスだ。ふわふわの柔柔な綿飴みたいだけど、いざ口に入れたら一気に溶けるような感じがいい。それってどんな人なんだか想像つかないけど、とりあえずいい感じそうな気はしてる。

L.Aの姉から電話が鳴った。「最近どう?」「退屈してる。」本当にその通りだ。大晦日も正月も楽しかったけれどとっくに飽き飽きしている。家に縛り付けられてるような気分だ。最近の周ちゃんが嫌だとは言わなかった。「本当に退屈してるんだよね。」あくびを何度もした。「手の届かない所にあるライトを変えてくれる人がいたらいいのに。」「あっちゃん。それ、いつも言うね。」「結局さ、その役割をしてくれる人が欲しいだけかな。」「そうじゃない。それでいいんだよ。結婚なんてさ、良くも悪くもないでしょ。」「まあね。」大体いつもこんな話になる。「だってさ、こっちで一人で子供育てて、色々やって。全部自分で決めなきゃいけないでしょ。前は全部ニコが決めてくれてたでしょ。」「最高じゃん。そんな最高な事ないよ。自分の人生だもの。全部自分で決めたいよ。」「確かに。」「だからやっぱり彼氏がいいよね。」「そうだね。」結婚を選んだ私が堂々と言えることじゃないけど、彼氏っていう存在はパーフェクトだ。結婚が駄目ってわけじゃなくて、彼氏ほどバランスとれた関係性はない。姉はしばらく彼氏なんて要らないと言った。仕事忙しいし、私、男が出来たらハマっちゃうじゃんって。ごもっとも。今日は周ちゃんのことで特別うんざりしてる。さっさと寝よう。

今日は午前から車で周ちゃんと梃子と都内までおつかい。途中、練馬にあるコンビニエンス高橋でランチ用にサンドウィッチとコーヒーを買い、新宿の先にある民藝のお店へ。友人へのプレゼントに小鹿田焼のうるかつぼを探してる。本当は池袋の近くにある小鹿田焼専門のお店へ行くはずが残念ながらお休み、急遽民藝店へ行くことにした。家を出て5分もたたないうちに周ちゃんからアクセルとブレーキを気をつけるように注意された。いつもなら素直に聞いてるのに、今日は何だか無性に腹が立って言い返した。「出来ない人に出来ないって言ってるようなものだよ。練習する為に乗ってるし、失敗しないようにものすごく気をつけてる。そんなに細かく注意しなくてもいいじゃん。」理由はわかってる。今日はいつもと違うスニーカーだから。アクセルとブレーキの踏み込む強さがいまいち掴めない。周ちゃんはきっと忘れてる。合宿免許の時にニューバランスはソールが厚くて運転が怖いからVANSを送ってとお願いしたことを。今日はニューバランス。いつまで経ってもVANSでばかり運転しちゃいけないと思って履いてきた。怖かったけど、これも練習だって。
信号で車が停まった時に周ちゃんが謝ってきた。「うん。」とだけ返答。今日はVANSじゃない事も言わなかった。周ちゃんの教科書を読んでるような真面目さが苛々するとか、もっと男らしくどんと構えていてよ。なんて事も言わなかった。そんな意味の無い話をしても仕方が無い。結局、そんなのは私の妄想だ。周ちゃんは周ちゃんでしかない。世の中に私の理想通りの男なんてのはいないのだから。誰だって良い所もあって悪い所もある。私もそう、そんなもんだ。
結局、新宿の民藝は休みで中目黒のSMLまで行った。お昼はずっとお預け。そのままトンボ帰りでまた車に乗った。今日は何時間運転したんだろう。車を運転するのは好きだと思っていたけど、殆ど車では話さなかったしつまらなかった。梃子も何かを感じたのかずっと鳴いてた。だけど、途中で私の膝の上に座ると静かに寝ていた。なんだか面倒くさい。だから結婚は嫌なんだ。周ちゃんはいい人だと思うし離婚したいとは思わないけど、独身の友人に言って聞かせたい。結婚なんて本当に幻想だよって。最悪でも無いけど、最高でもない。どちらかと言えば独身よりも窮屈だし、長期戦の中で窮屈でいることに慣れてしまうか、いつまで経っても無駄な抵抗をし続けるマインドを掲げ続けるか。そんな選択を常に迫られている中で相手を一生好きでいるのは中々努力のいる作業だ。帰宅して近所のスーパーに缶チューハイを買いに走った。夕飯は適当に作った。

朝から大掃除。クリスマスソングが流れる中で私はキッチンをメインに、周ちゃんは1階と2階の窓や拭き掃除をしてくれた。夕方前に駅前に夕飯の買い出し。周ちゃんはお酒が苦手だけどフルボディーのワインなら飲めるのだそう。とは言っても、一杯だけ。じゃあ、レバーパテでも作ろうとレバーとバゲットを買って帰宅。
「周ちゃん、なにか質問して。」「どんなクリスマスがしたい?」「うーんと家族で集まって食事をするクリスマスがいい。」「じゃあ、今日だね。」「だってクリスマスってそういうものでしょ。」特別は要らない。美味しい食事やワインとお喋りでお腹が一杯に満たされるなら、それが最高なクリスマスだなと思う。

今日は機材の修理に行きがてら、昨日漬けたキムチを新宿で編集の柳瀬さんに、青山で中西くんに、夕方に渋谷で今むちゃんに渡した。大量に漬けたキムチがあっという間に失くなってしまうのは少し寂しい気もするけど、美味しくできたものを誰かに食べて貰えるというのは寂しいよりもずっと嬉しい。それに、人に会う度に、今年もどうにか生きていたんだなと静かに嬉しくなる。たったの一度死にそうな経験をしたくらいで大袈裟だなと思うけれど良かったと安心してしまう。
最後に会った今むちゃんとは渋谷の駅前のDEAN & DELUCAでお茶をした。いつも通り少し遅れる私と、いつも通り時間丁度にくる今むちゃん。到着するとやたら大きなマグカップに並々のコーヒーを指でさして「これ、間違ったかな?Mなんだけど。」と笑ってた。私のは普通のサイズのカップに入ったMサイズのホットのアップルサイダー。「私のはMだよ。」エムとエルの発音をしながら笑いあった。秋にイタリアに行ってからパスタにハマってる今むちゃん。今でも毎日パスタを食べてるのだと嬉しそうに話してる。プロみたいな包丁が欲しいんだ、アルミのフライパンってなに?フライパンってそもそもいくつ必要なの?質問攻めの嵐だ。「ごめんね。話せる人がいないからさ、楽しくて。」「いいよ。来年はパスタツアーしようよ。」
今むちゃんのパスタの話がずっと続いた後に質問した。「あのさ、ちょっと悩みがあって。」「え、なになに。」「いや、なんか話しづらいんだけど。」「え、何。」「あのさ、うーんと。実は勉強がすごい楽しくて。きっと田舎暮らしを始めたり、東京を出たことも理由だと思うんだけど。」「うん。何よ。」「あのね、私、きっとこのままだと、勉強が楽しくて友達がどんどんいなくなると思う。」きょとんとした顔の今むちゃん。次に大笑いした。「なんだよ。それ、超面白いじゃん。」「えーちょっと待ってよ。私勉強が本当楽しいんだよ。けど、勉強すればするほどに、なんとなく遊んでた友人達の話が全然楽しめなくなっちゃって。前は、見てるだけで可愛くて仕方ないって感じだったのに。なんか。」「なんとなくって言っちゃってるじゃん。」「え?違う!友達だよ。友達は悪くない。悪いのは私が変わったんだよね。そうだよ。」
「わかるよ。僕もあるよ。いや、結構そうだよ。」「え?」それから、しっかりとひつこく説明した。今まではきっと楽しめていたのに楽しめなくなっちゃったとか。なんだか自分だけアウェイに感じちゃうとか。それで、寂しいってことも。「うん。わかるよ。けど、いいんじゃない?だって楽しいんでしょ。今。」「そうなの。だから相談してるんじゃん。すごく楽しい。心理学の勉強が本当に楽しい。勉強すればするほどに楽しい。どんどん世界が広がっていくし、社会学も哲学も生物学も色々と派生するんだよね。本当に楽しくて仕方ないんだよ。だけど、どんどん離れていく気がして寂しい。話が合わないっていうか。なんだろう楽しくなくて。私が悪いんだよね。」「うん。いいんじゃない。」
答えはきっと私も気づいていたんだと思う。静かに諭されて、そのまま心理学から進化論の話になっても、そのままに納得してた。「結局、人間は動物なんだよね。だから僕は動物描いてるんだよ。」今むちゃんが言った。「けどさ、人間の脳はどれだけ環境に影響を受けてるか知ってる?」「え?なにそれ。」そう、昨日に勉強していたこと。人間は遺伝的な影響も十分に受け取るけれど、どんな親に育てられ、どんな友達や恋人と過ごし、何を見て何を食べそれをどう心が捉えるか。そして、今いる時代の社会がどんな風に成り立っていたかなど、環境が人間としての性質に与える影響はとても大きいのだそうだ。そして、それを受けとる側の私達の個性にどう活かせるか。活かすっていうのは、きっと楽しいってことだと私は捉えてる。世界にはどうしても変えられないこともある、例えば丸い鼻や小さすぎる耳とか、それこそ親だって変えられない。だけど、その変えられない何かを覆すくらいに大きく変えることも出来る。それは今日そのもの。私が変わっていくのもきっと自然なこと。新しいものに出会えば、古いものが小さく見えたり、つまらなく見えることもある。そうやって人はどんどん進化していく。だから、寂しいけど、きっとこれでいい。「今は違うかもしれないけど、また一緒に楽しめる時もくるかもしれないし。それに、新しい友達作ればいいじゃん。」いまむちゃんが言った。

今日は金曜日。昼に渋谷のスタジオで一本撮影。編集は瞳ちゃん。現場では久しぶりにライターでありヘルスケアの色々をご指導されてる石塚さんにもお会いした。和やかに撮影を終え、おにぎり弁当を食べて帰宅した。平和な日。

病院を出て、真っ暗な夜を車で走ってる時に車の中で静かに泣いた。あの時の夜みたい。ニコちゃんの葬儀の夜とか、離婚が決まって新しい家に引っ越した夜。心が剥き出しになって呆然とする夜。悲しいのか、苦しいのか、痛みが身体の何処にあるのかすらわからなくなる。ただ、夜だけがあって、私は途方にくれながらそこにいる。
梃子のお腹の皮20cmくらいのホルマリン漬けを先生が見せてくれた。梃子の知ってる乳首がいくつか水の中でふんわりと浮いていた。私がいつも撫でていたお腹にある乳首。私が大好きな梃子の。梃子に面会する前に周ちゃんに言った。「正直、この手術が本当にいいのかわかってない。」周ちゃんは出来るならば、手術はしようと最後まで一択だった。母や姉がこの手術を反対していた理由もわかる。犬の寿命からして、あと数年の命なのにわざわざ痛い想いをさせてまで手術をする必要があるんだろうか。そのうちにやってくる死。経験しないで死なせてあげた方がいいんじゃないか。周ちゃんの気持ちもわかる。一緒に考えて出した答えだ。だけど、生きていく中で痛みは少ない方がいい。
周ちゃんはすごく幸せに生きてきた方だと思う。辛い事も沢山あったと思うけど、人が死んだり、自分が死にそうになったり、そういう痛みを見た事がないんだろうと思った。自分から逃げられるうちはまだ幸せ。泣いたり悔やんだり頑張ろうとか明日があるなんて言えなくなる痛み。もう切り刻む所がないのにそれでもまだ痛めつけられる痛み。梃子はあんなに小さな身体なのに4度目の大きな手術。痛みは毎回新しい顔をしてやってくる。慣れるものじゃない。ただ、重なっていく。
梃子の痛みを想像するだけで身体のあちこちが疼いた。聞いたことの無いような声で鳴いて、抱き抱えると身体を押し付け私の胸から離れなかった。梃子の温もりがずっとそこにあった。この温度に何度、私は生かされたんだろう。一つ目の家族がなくなっても梃子だけはいてくれた。真っ暗な夜に怖くてどうしようもない夜に小さい身体が私を温めてくれた。名前の由来はてこの原理。初めて見た時に思ったこと。この子、こんなに小さいのに、わたしに大きな愛をくれる。
夕飯はスーパーのお惣菜。昨日のご飯と余ってた赤蕪の甘酢漬と納豆、ブロッコリーをボイルして蕪と牛蒡の味噌汁を作った。こんな事してはいけないってわかってる。答えがないこともわかってる。だけど、痛みに耐えられなくて、私は私を責めてる。

生理がきた。生理が来ることがこんなに嬉しいのはきっと人生で初めてだと思う。直ぐに病院に電話して検査の予約をした。待ちに待った生理。確かに昨日はずっとアクビが止まらなかったし、もしかしてと思ったけど、女の人の身体って本当にすごいなと思う。夜に帰宅した周ちゃんに伝えると「昨日不機嫌だったのって、それが理由??」って。「違うよ!」周ちゃんの顔がどんどん曇っていく。「え、そうなの。じゃあ何で。」「また話すよ。二人の日記にも書いたしさ。大したことじゃないよ。それよりさ、生理がきて、ようやく身体が元に戻ったんだよ?痛みだってもう無くなるし。」周ちゃんは私の身体の事よりも自分の心の方が心配みたいだった。妊娠でどれだけ女性の身体に負担がかかるのか、男性は生理を一度も体験することが出来ない、痛みっていうのは共有できないものだし、仕方のない事だとはわかっていても、少し寂しい気持ちになった。
それに、結局昨日怒った事も同じようなこと。夕飯は昼に買った近所の野菜と冷蔵庫にあるもので作った。10月の食費に驚き何だか買い物に行く気になれなかった。