恐ろしく遅刻した。1時間。こんなに遅刻したことは初めてだと思う。最悪すぎて「どうしたの?」と聞かれても上手く説明ができなかった。ただただ、最悪だ。と心の中で呟きながら、新大久保の駅から店までダッシュした。汗だくで店に入ると、焦げた鉄板と「もうお腹いっぱいだー」というワタルさんと村上さん。一番乗りでくる予定で家を出たのに、。
その直後に西丸さんが到着。昔は居酒屋のテーブルを3つくっつけてやるくらいに、大人数だったけれど、今年は4人。CINRAの仕事で出会ったのは、もう10年も前のことで、それから、いわゆる仕事仲間ではなくて、同業の友人としてなんだかんだと続いている関係。同年代ということもあるからなのか、商業カメラマンになって駆け出しの頃からの関係だからか、とにかく安心する。写真大学へもスタジオへも出入りのなかった自分に、こういう場所があること自体が不思議な感じもするけれど、もう長いこと仲良くさせてもらってる。
二軒目へ移動して軽く飲み直して、写真の話をしてバイバイした。持つ物はやっぱり友達だなと思う。むちゃくちゃ楽しかった。
それに、本当は村上さんと西丸さんは仕事のことで年末に揉めたらしいけれど、ちゃんと今日の会にやってくる村上さんも、そのことについて、喧嘩しないで仲良くやろうと努める西丸さんも、そのことについて、二人それぞれに話を聞いてあげるワタルさんも、なんだか全てがひっくるめて丸っと愛おしすぎた。みんなあれから、ずっと立派になったであろうに、何一つ変わってない。
カテゴリー: Journal
夕飯

1月も1/3がすぎた。なんだか、やっぱり、地震が起きてからすこし塞いでる。インスタで、氷見にあるHOUSEHOLDのナッチャンが支援で頑張ってる姿を見かけてから、今は応援しか出来ないんだと、ただ祈るようにじっとしている。出張から帰った周ちゃんといつもの夕飯。
即席生柚子のポン酢は、柚子を絞って、美味しい醤油とすきな塩梅の分量で合わせる。それだけで驚くほどに美味しい湯豆腐になる。
今夜の献立
おいしい豆腐で湯豆腐と生柚子のポン酢
菜花の醤油麹炒め
焼き椎茸
鯵のひもの
イワシの刺身
お土産のキムチ
納豆
ご飯
12月29日

この数日は殆ど寝てない。神経がどうにかなりそうだった。朝はいつも通り散歩へ出かけて、10過ぎにタクシーでダウンタウンへ向かった。「こんなことなら、別府へ行けばよかったとも思ったけど、多分、よかったんだよね。」少し、苦笑いしながら周ちゃんと話をした。
心理学を勉強する前は、苦しいことは全て悪だと信じきって、まるで悪魔のお訪れかのようにそれを災難したり、運がないとか、曖昧な言葉で片付けて、くるっとまとめて、ゴミの日がやってくるのをひたすらじっと待っていた。だけど、最近は、それだけじゃないんだということを知った。感情は自分を苦しめるけれど、そこでは沢山のことが見える。
ずっと見てきた景色をまるで図解を収集するかのように写真に収め、感情と記憶とで、起きた出来事を照合しながら、一つ一つ丁寧に整理した。そして、夜になると勝手に落ちてくる涙を拭った。
だけど、人は思っている以上に、幸せになろうとする生き物なんだとも思った。真実というのは、あまりに多すぎる。角度や視野が違えば全く異なってくるものになる。夜中に電話した母とも沢山の話をした。母には殆どを話さない、いいことだけを伝えて、何もなかったように笑うのが私の役目だと信じきっていたからだ。だって、悲しみを撒き散らして、何の意味がある?だけど、今日は一つだけ、どうにもできない問題について相談をした。母は大きくため息をついて言った。「なにやってんのよ。よしみは、よしみが楽しいと思うことをしなさい。」
誰かのために、家族のために、何かのために、いつもそうやって頑張らなきゃって思ってきたけど、そうやって前の離婚も私は自分を犠牲にし続けたけど、わかってる。誰も悪くない、私のすることが間違ってるだけ。悲しいとか苦しいと全身が叫んでも、全部を受け止めなきゃって。空から降ってくる棘を茫然と受け続けることが愛情みたいなものだったり、役目みたいなものだと信じきっていた。
ダウンタウンへ着いて、ホテルをチェックインした。数日前にこっちへ来た周ちゃんはどういうわけか、寝てばかりだ。日本でも疲れがどっと出てきたのか、気疲れなのか、よくわからないけどよく寝てる。タクシーの中でもずっと寝ていた。
これだけ何度も何度もLAには来ているのに、ダウンタウンの街を歩いたことは始めて。ビルの間から太陽の光が通りが強く照らしていた。当たり前のことだけど、やっぱり自分の人生を生きなきゃいけない。子供のように何日も泣いた数日は、まるで子供の頃の私そのものだった。誰が何が悪いとかじゃなくて、歩き方だとか食べ方の問題みたいなものだと思う。子供の頃に学んだものは、生きるために必要だったものだ。それが、もう、必要じゃないってこと。今の私は、もっと違う方法で生きていけることや、誰かのために何かのために優しくなれることも知ってる。
こんなにいい歳になって、年の瀬にこんなことを考えるのもなんだと思うけれど、もういい加減に私は変わった方がいい。母の言葉は、長い間、誰にもいわずに私を苦しめてきたものから、静かに解き放ってくれるようだった。
12月22日

12月19日
今日は久しぶりにライターの石塚さんに会った。石塚さんの大学の同級生が代表を務める支援施設への見学と来月に行う予定の写真のワークショップの打ち合わせのためだ。石塚さんは家族のことで今年は大変だったと聞いていたけど、駅の改札で会った時はいつもの明るい表情だった。何かが吹っ切れたような感じにも見えた。とにかく元気で良かった。
施設への見学を済ませてから、駅前で代表の中村さんを交えて打ち合わせ。ワークショップのことだけではなく、この施設で取り組みたい事や、その概念となる心理学の話まで丁寧にお話ししてくれた。まだまだ、初学者でわからないこともあるけど、沢山の専門用語がするすると聞こえてくる。
この1年、がむしゃらに勉強して、これって一体なんのため?って、何度も何度も自問して、たくさん苦しんだりもしたけど、ようやく腑に落ちた感じだった。私は、こういう方に出逢って、話がしたかったんだって。
中村さんのお話が具体的に私の心を突き動かしてる。水を得た魚が水をごくごくと飲むみたい。身体中に中村さんの話がどんどん浸透していく。心理学を通して、今までなら、出会えなかったような世界の方と肩を並べて話をしてる。専門家と専門的なことについて、相手の考えを聞いたり、自分の意見を質問できる。勉強して、カウンセラーになるでも、勉強して、研究員になるでも、私の行き先はまだどこにも存在してない。だけど、こういう機会があることだけで、十分過ぎるほどに満たされたように思う。
それに、石塚さんも、この10年間、ケアワークをしてきたことについて、沢山のお話をしてくださった。私の全く知らないライターじゃない石塚さんのお話し。一年前に、石塚さんの取材で、少しだけケアワークについて、お話を聞いたけれど、あの時はやっぱり知らない人にもわかりやすいようなお話にしてくださったんだろう。書く仕事をしながら、こんなことをしてたんだと思うと、尊敬の気持ちで一杯だ。
なんだろう。今日一日で、背中がぞくぞくとしてしまうくらいに世界が広がった。中村さんとお話できたこと、石塚さんの初めての側面に出会えたこと。今のところ、手に負えていない。
もっともっと勉強しよう。それに、やっぱり、心理学は写真に返っていくと思った。今日も沢山写真の話もした。
商業カメラマンは楽しい。だけど、もう一度、また写真とちゃんと向き合いたいとか、写真の事をもっと知りたいとか、写真は一体全体なんなんだとか、たくさんの問が空から降ってくるようだった。
12月18日
昨晩に今年最後の授業と試験が終わり、夜は久しぶりにゆっくりと過ごした。周ちゃんが夕飯を作ってくれたけど、味なしの鍋。周ちゃんって、なんでこうなんだろう。仕事もできるし、なんでも知ってるけど、なんて言ったらいいんだろう。生活の色々だとか、空気を読むとか、そういう人の営み、みたいなものが下手くそすぎる。ひとりで暮らしている方がずっと楽だよな、なんて思うことが多々ある。いや、準備してくれるだけありがたいよ。何度も自分に言い聞かせてビールを飲んだ。けど、これが家族のいる生活ってもの。目にうつる世界が自分の思い通りにならなくて、鬱陶しい。ひとりの時は自由で気ままだったけれど、不意に寂しくなる日があったのは、きっと、こういう鬱陶しさがないからだろう。人は全てを手にいれられない。だから、寂しく恋しくなるのかもしれない。
起きたのは5時。寝たのは22時半くらい。SEXは何曜日にしようなんて約束はしてない。だけど、してない約束をしているようにするようになった最近はなんだかいい。恋人のように何も考えずに自由気ままにするし、ホルモンのバランスのせいで気分が乗らない時はしない。前に、セックスレスな友人に「よしみちゃんのとこは新婚だからSEXしてるだろうけど。」と、言われたけど、たぶん、SEXは新婚でも新婚じゃなくても関係ない。私の経験上では、する人はするし、しない人はしない。別にそれは愛の指標でもない。どちらかと言えば、性格や、それこそ相性みたいなもので、どっちだっていい。ただ、私はしたい派だと思う。だって、せっかく女に産まれたのだし、楽しんだほうがいいじゃんって。女が女の身体であることは、面倒も多いけど、楽しい事も多い。丸みを帯びた身体の曲線、柔らかい皮膚、華奢な骨格。太っている痩せている関係なく全ての女が持ち備えてる。男のような勇ましさを得られなかった女の身体は、その心に反して柔く脆く儚い。そんな面白いものを手に入れておいて楽しまないなんて、勿体ない。
「だから、もうそれ、考えるのやめよう。考えてる時間が勿体ないよ。」姉に言った。日曜日のLAは15時。こっちは月曜日が始まったばかり。「わかってるよ。」姉から返ってきた言葉には溜息がたっぷりと含まれていた。
そう、人生なんて面倒なことが多すぎるんだ。けれど、面倒な友人だとか、面倒な人だとか、面倒に勝手に巻き込まれていることが多々ある。「別の話をしてもいい?」姉に聞くと「え。いいよ。お伺いなんて立てずに話して!」と即座に返ってきた。
姉の気持はよくわかる。人のことは大切にしたいなって思うし、それが友人だとか、近い存在の人だと、つい、助けになろうと頑張っちゃったりもする。けど、思っている以上に頑張りすぎちゃったのか、結局、自分が苦しくなることがある。なんだか、そんなことばっかりだ、なんて思う日が積み重なったりして、自分で自分の首を閉めておいて苦しいだなんて、わかってる。結局、わたしが考えすぎてるだけだ。けれど、首を絞めている自分の手をどうにもこうにも解けない日だってある。
最近思うのは、前置きはさておき、もう自分が疲れたのなら、頑張らないで、楽な方を選んでいいんだってこと。苦しみを引き受けたからって、最後まで責任負わなくていい。もっとラフにまるで道具みたいに優しさを使いこなせばいい。
だからとゆうか、やっぱりSEXだとか、今しかできないことは自由にやった方がいいと思う。ラフに自由に女を今を楽しまなきゃ。
写真だってそう。男にしか撮れないものもあるように、女だから撮れるものがある。女が面倒なのは、男のように力強くないのは、複雑で難解だから。だって、脚を通しただけのトランクスなんて履いてない。華奢で美しいランジェリーを纏うことが出来るのが、女だから。
12月10日
夜からマガハの乾さんと湯気へ行った。むちゃくちゃ楽しかった。ずっと聞きたかった中国の話を聞いたり、あとは、他愛もない話をした。
なんだろう、そうそう。これこれって。私は他愛もない話がしたかったんだ。歳も近いせいか、明日になったら忘れてしまうような話も沢山した。学校の帰り道に話をしてるみたいに、時間があっという間に過ぎていく。
りょーこちゃんの話になって、無性に会いたくなった。りょーこちゃんは、むちゃくちゃ素敵な編集者で、私も憧れの人だった。可愛くてカメラをたくさん持ってて、話す言葉も笑い声も全部いい。乾さんも、りょーこちゃんのこと、すごい編集者だって言ってた。
昔、りょーこちゃんの仕事で俳優を撮ったときに、よしみちゃんの人物は綺麗だって褒めてくれたことを思い出した。すごく嬉しかったあの言葉、そうだ、御守りにしよう。
ああ、楽しかった。帰りに師匠の新しいアルバムを見つけて、聞きながら帰った。いつか、乾さんとりょーこちゃんと三人でご飯食べたい。
ダルバート

リリさんに相談を受けたのは1年くらい前だったと思う。「よしみさんに撮ってもらいたいんです。」リリさんがインターンでRiCEの編集部に入ったのは、何年まえだろう。私は確か、あの頃は “きくちよしみ” で活動してて、「きくちさーん」って呼んでくれるリリさんを思い出す。
リリさんは、私の知ってる限りでは、二度目の恋で結婚をした。一度目の恋が始まり、そして終わったとき、そして、りくさんと恋が始まり結婚を決めたとき、そして、妻になった今。リリさんが新しいリリさんの顔になるのを何度見たのだろう。女の子が女性になっていく時間の一つ一つは断片的な記憶とともに今も私の中にある。
ヘアメイクはみっちゃんにお願いして、スタジオは新宿にある小さな白ホリのスタジオ。アンティークのドレスに包まれたリリさんとリクさんが目の前に立ち、笑ってる。
帰りの電車で、なんだ、そうかって。最近になって急に人を撮りたくなったのは、もう色々が恐いと目を背けたりする必要がなくなったからだ。子犬みたいに無邪気に戯れる二人を見て、ああ、なんて素敵なんだろうってわたしの全部で感じてた。
とても、いい日だった。
12月6日
夜からプールへ出かけた。段々と体調も戻ってきたからか、日に日に泳げるようになってる。やっぱり水の中はいい。がむしゃらに泳ぐ。頭の隅で、誰だったか脳科学者のような人が、「運動は同じ動きを繰り返す単純作業だから、脳を使いすぎている現代人にとってとてもいい。」みたいな話をしていたのを思い出した。
いつからか、色々を考えすぎるようになった。例えば、水の中に入り、泳ぎだしてしまえば、身体中の殆どはそこに注視されるように、日々の中で止めどなくやってくる思考は案外役に立たない。他人といたってそれは同じで、お皿の中のことよりも、そこで味わう空気の方が記憶に残ったりする。美味しかったのは、たぶん、全身がそこで感じた光景だ。きっと私たちの日々はそんなことの延長にあって、そしていつか終わるんだろう。
なんだか、もやもやしてたことがどうでもよく感じた。夕飯はちゃんぽん。周ちゃんが作ってくれたけど、写真は撮り忘れた。
12月4日

特に飲みたかったわけじゃないけど、風呂上がりに缶ビールを開けた。昨晩、周ちゃんに「もう、疲れた。」と愚痴ったからなのか、気持ちがむしゃくしゃしてる。周ちゃんの新しい仕事が始まり、どんどん仕事は忙しくなっていく。それはそれで、楽しそうだし嬉しいことだけど、一方で私の時間はどんどん失くなっていった。私は専業主婦じゃない。働かなきゃ食べていけないし、勉強しなきゃ大学は卒業できない。私たちは夫婦だけど、だからって私の時間ばかりが犠牲になるのはおかしい。
12月だって気づいたらもう4日も経っていた。始まったばかりなのに、すでに息が切れそうだ。休みたい。私だって、仕事で調べ物があると言って、家事を放棄したい。カフェなんかでゆっくりとお茶しながら、仕事の本などを弄りたい。どうでもいい事を友達とメールしあいたい。特に買うものがなくても、伊勢丹を歩き回りたい。ああ、今年の夢だった一人で温泉だって叶えられないまま終わるのかと思うと、やっぱり腹がたつ。
だけど、小さな悩みじゃんとも思う。小さすぎて笑えてくるぐらいにちっぽけすぎる愚痴だ。私なんかよりもずっとずっと大変な人が沢山いる。みつきさんからメールが入っていたことを思い出して返信した。トラウマのこと、カウンセラーと新しい療法を始めたと書いてあった。日本にはまだない療法なのか、初めて聞いたものだった。
最近、心理学を勉強し始めたこともあるのか、心のことで相談を受けることが増えた。私はまだ学生だし、支援について沢山を知っているわけじゃないけど、多分、悩んでいる当人よりは、どう解決したらいいのかを知っているかもしれない。それに、実際に相談を受ける度に心は疼く。あの場所にいるんだと思うと、手を差し伸べずにはいられなくなる。
暗くてじとっとした場所。性質的に、そういうところから早く抜け出せる人もいれば、抜け出す方法を知らない人もいる。努めようと頑張れる人もいれば、無理だと諦める人もいる。「心の病気にかかる人は弱いからだ。」なんて、すっかり元気になった最近の姉が言ってたけど、そうじゃない。鬱はただの病気であって、その人の性質みたいなものだ。
こないだ撮ったHanakoの献本が届いてた。なんだか旅に出たくなった。やっぱり雑誌はいい。小さく毎日を幸せにしてくれる。それに、料理写真というのは、見ているだけで楽しくなる。何も考えずに見れるのがいい。
だけどというか、最近人が撮りたいと思うようになってきた。心理学を勉強してから、人が人を撮るっていうことが、実はすごく面白いことなんだって気づいた。
料理写真は撮る側の意思が殆ど。相手はモノであって、一方的にこちらも撮るし、料理の方も一方的に佇んでるだけだ。けど、人は違う。被写体が舵をきる場合もあれば、撮る側が舵を握る場合もある。どちらにせよ、どちらか一方の意思が尊重されたり、その間を取ったりしながら画になっていく。だから、そんなパワーバランスが写ってくることも、また人間味があって面白い。けれど、もし、両者がそれぞれにそれを手放したら。そこには、想像しないものが写ってくる。
ポートレートは心の有り様の話みたいだ。スピリチュアルっていうことじゃなくて、出会ったその人が、そこにいる私が、どう世界に対して考えたり付き合ったりしてるかってこと。だから、面白いし、それは心理学を通して人を見るのと限りなく似てるな、なんて思った。けど、料理写真もやっぱり好きだ。図書館で久しぶりに手に取った暮らしの手帖を見ながらつくづく思った。
11月29日
午前は請求書の作成。午後は勉強を進めた。久しぶりにmetaphorの永嶋さんから連絡があって嬉しかった。来月、会えたらいいな。私がアシスタント時代から世話になっている。今とは全然違う昔ながらの小さな商店街だった松陰神社だった頃のこと。通りを曲がったところにあるデザイナーズマンションの一室に事務所があった。デザイナーの高原さんは元気だろうか。わんちゃん友達だった。時々、寿司を食べに行ったりして遊んだ。伊勢の撮影をさせて頂いた時に元夫に機材運びを手伝ってもらい、そのままスタジオの角でぐーぐーと大きないびきをかいて寝ているのを見て、「すごいね。彼氏。」と、笑ってた。永嶋さんとは前にプログラミングと写真で作品を作ろうかみたいな話にもなったけれど、いつしか流れた。だけど、今度は私が今興味があること、感性認知の心理学はコンピューターが元になっている。だから、プログラミングと写真でやっぱり何か出来るんじゃないかと考えてる。けど、実現できるのは、もっともっと私が研究とか重ねていかないと駄目だ。けど、最近、頭のすみでじんわり考えていた時に連絡が取れて嬉しかった。
夜は午後過ぎに帰ってきた周ちゃんと数週間ぶりにプールへ行った。免疫が下がるとすぐに体調不良を起こすから中々行けなかったけど、もう殆ど回復したし、久しぶりに泳ぐことにした。やっぱり水の中はいい。気持ちがいいだけじゃない。どれだけ日常の中で力んでいるのかがわかる。身体に点を打つようにわかる。
それから、周ちゃんにHOUSEHOLDのナッチャンと連絡したことを伝えると嬉しそうに聞いていた。仕事のことでナッチャンと話したいなとも言ってた。ナッチャンに会いたいな。ナッチャンは最高に可愛くて賢い人。
11月26日
朝からどんより雲。9時からオンラインで試験が始まり終わったのは12時すぎ。出来栄えは、まぁまぁ。午後は色々と片付けをして、来年のスケジュールを立てた。逆算して色々と考えてみると、もう来年の今日ぐらいまでがパソコンのモニターにずらりと並んだ。前の結婚の時は未来のことは一切考えなかったことを思い出す。たぶん、考えたくなかったんだろうな。未来のことなんて。考えたら不安になるだけだし、考えることが、できなかった。怖いから。それは元夫のせいじゃなくて、私達がきっとそういう人間だったんだと思う。明日から逃げてばかりで、だから、結婚したのだろう。
今回の試験は反省ばかりだ。もっと出来たはずだった。お昼ご飯を食べながら周ちゃんにブーブー文句を言った。「この教科、なめくさっとる。」「マジむり。」幼稚な言葉ばかりが食卓に放り投げられた。周ちゃんは饂飩をすすりながら笑ってる。
正直、勉強は苦手だ。下手したら学習障害があるのではないかと思うほどにできない。絵とか図形ならすぐに記憶してられるけど、長い文章を読んで物事を組み立てて理解していくような、短期記憶という所を使う能力が恐ろしく弱い。えっと、それで何だっけ?の繰り返しだ。だから、ノートや教科書に絵や写真を貼り付けて勉強をしてる。最高に効率の悪い勉強方法。わかってるけど、感情や描写の伴わない言葉を扱うことが難しい。
ああ、くやしい。沸々と煮えたぎる腹の虫。周ちゃんには私の気持ちはわかるまい。「勉強って、試験だと範囲があるし、物足りないというか、もっとその先が知りたいってなるよね。」、もぐもぐ、とうどんを頬張りながら言った。心の中で “辞書やろーめ” とだけ返して、より一層にまた腹がたった。
まぁいい。だけど、やるしかない。来年は4年生になる。勉強が順調に進めば春には卒業。もし、秋までに単位が取れたら、冬はPARISのまゆみちゃんのところへ行きたい。そもそも、本が読めなかった私が本を読めるようになったことでも奇跡だ。2年で単位が取れたら奇跡すぎる。明日からまた仕切り直しで行こう。
勉強できなくたって、できないなりの方略がきっとある。負けない。
11月13日
今日がいつでいつじゃないんだか、段々とわからなくなってくる。携帯は家の中でなくなったまま。仕事の用はだいたいメールかLINEだし、携帯なんて別に要らない。ときどき思い出したようにインスタを見て、へぇ〜とか、ほぉ〜って言って2、3分で閉じる。
段々と師走な感じだ。気持ちが焦ってくる。押入れからストーブをだしたついでにサンタクロースの人形をだした。
今年は久しぶりにアメリカの家族と過ごすことに決めたクリスマス。散々、ブーブー言われて、やっぱり行けないなんて言えなかったし、来年こそ大学の卒業間近で行けないかもしれない。
アメリカの家に行くのは何年ぶりだろう。最後に行ったのは1回目の結婚で家出した時だ。ある日突然に家を飛び出してアメリカへ逃げた。今、思い出しても笑っちゃうけど、馬鹿だったなぁと思う。
夕飯

11月5日
今日は恵比寿で田村さんに会った。何年ぶりだろう。早朝から映像の編集をして、その合間に会った。ゆっくりと話したかったけれど、1時間だけお茶をして帰宅した。鈴木理作さんのワークショップで出会った田村さんは、あれから心理学の勉強を何年も続けていたのだそう。「私たち、好きなことが似てますね。」静かに言葉を選んで話してくれる、田村さんの話し方がやっぱり好きだなと思った。
田村さんは先日に大学を卒業して、今はナラティブセラピーの勉強をしてるのだとか。懐かしいし、話したいことが沢山あるのに、今日に限って咳が止まらなかった。また情報交換しましょうと言い、駅前で別れた。ハッセルで写真が撮りたいと言ってたけど、田村さんの写真は好きだから撮ってほしい。
とんぼ帰りで家に帰りまた夜まで映像の編集。終わったのは夜。そこからまた夜遅くまで試験勉強を始めた。なんだかんだと半年以上の時間をかけて作った映像の制作。ようやく終わったと思うと、なんだかとても気分がいい。映像はやっぱり大変な作業。とにかく時間がかかる。スチールとは比べものにならないくらい。だけど、悪いことばっかりじゃない。長い時間向き合っていると、想うことが多いし、考えることも多い。
苦労して育てた子供を扱ってるような感じかもしれない。だから、こうして終わってみて思うことは、やっぱりいい時間だったってこと。声をかけてくれた料理家の角田さんには感謝でいっぱいだ。それに、今回は周ちゃんにも色々と手伝ってもらったことも大きい。昔デザイナーの彼氏と一緒に仕事をした時は二度とやらないと思ったけれど、今回はとても楽しかった。周ちゃんの企画の考え方、進め方、アイデアの出し方、私の色々の汲み取り方、純粋に勉強になったし、仕事ってこうやって楽しむんだなって思った。
さあ、今日からまた思いっきり勉強しよう。あと、写真のポートフォリオも作らなきゃ。前進あるのみ。咳はまたぶり返してる。
寄せ鍋

耳鼻科の薬がよく効いてる。日に日に体調がいい。だけど今日も時間がない。映像の編集、勉強、撮影データの現像。あっという間に夜。プールに行くはずだったけど、力尽きて行けなかった。
菊のお浸し

誕生日に買った指輪が右手の中指にあることを目で確認する度に気分が少しあがる。昨日、撮影前に青山にできたばかりのsatomiの路面店で買った。
今年もあっという間にまた一つ歳をとってしまうんだろう。離婚を機に自分の人生を大切にしようと決め、毎年誕生日に買い始めた指輪は今年で3つ目。まだ、たったの3つ。
こんなに色々があったのにとも思うけれど、案外すんなり日々は流れてるし、ようやくスタート地点に立てたような気もする。石の上にも3年とゆうけど、地盤はしっかりとしてきた。
周ちゃんがお母さんに貰った菊をお浸しにしてくれた。
鰻重

ひとりでワインでも飲もう。いや、けど咳が酷くてそれどころじゃないかな。とにかく仕事へ行こう。そう思って部屋を支度をしてると周ちゃんが部屋をノックした。
「俺はよしみが好きだから、一緒に誕生日を祝いたい。」そう言い放った周ちゃんに抱きしめられたら涙が溢れた。あれ、私って悲しかったんだっけ。胸はさらっとしてるのに、玉葱を切った時みたいに涙が勝手に頬をつたっていく。
「わかった。じゃあ18時に帰る。」「うん。」周ちゃんも私も仕事へ出かけた。我慢してた?いや、そういう感じじゃない。強がってるつもりもない。じゃあどうして泣いたんだろう。
夜は結婚記念日に行った鰻屋へ行った。鰻もそこそこ美味しいけど、この店で一番好きなのは、店の内装とBGMがないこと。高い天井。庭に広がる竹林。調度品はオーナーの趣味なのか、インテリアデザイナーのセンスなのか、古い民藝品が飾ってある。離れにあるトイレのお香の匂いもいい。洒落たスパイスだのハーブだのって匂いじゃなくて、シンプルに白檀の匂い。平日の夜は大体空いていて、今日も貸切状態だった。
昨日までの喧嘩が嘘みたいに、また平穏に戻った私たちは、白ワインを片手に沢山の鰻を食べた。今年の豊富は5つ。前は写真の話をよく聞いてきた周ちゃんだったけれど、最近は心理学の話を聞いてくる。私もだんだんと答えられるようになってきた。
11月1日
なんだかやっぱり怒涛の10月を終えて11月。ぜんぜん息つく暇もないし、内科で処方してもらった薬が全然効かずに今日は朝から耳鼻科。先生は「ちょっとまずい」みたいな事を言って、たくさん薬を出してくれた。なんでこんなに忙しい時に体調が悪いんだと思うけれど、この色々は自分で選んだことだし、と、ここ最近はどう楽しむかの方が先決。ここから2月までは多分、本当にきっとやばい。だけど、ここをどうやるかで、大学の卒業も、仕事もかかっているような気がしてる。なんだろう、やばいのにわくわくしてる。
午後から1本撮影で千葉まで行った。久しぶりの乾さん。乾さんは私が結婚してた時に何度かご一緒していたから「きくち」だった私しか知らない。撮影したカレーを食べながら少しまえに転職したマガハの話をしてくれた。それから、「ずっとマガジンハウスの本読んでましたしね。」と言ってた。なんかいい言葉だなと思って聞いていた。私もそう。マガハと言えば、Oliveが一番の愛読書。だけど、マガハだけじゃない。雑誌がどういうわけかとにかく好きだった。毎月、毎月、何冊も買ったし、本屋に立ち読みしにいく時間も好きだった。渋谷のPARCOにあった地下の本屋なんて一時は毎日のように通った。
夜は周ちゃんとプールに行く予定だったけど、スーパー銭湯へ行った。なんとなく、一年の垢を落としたくなって、急遽提案して車で銭湯へ向かった。お風呂からあがってから、ここ数日気まずい周ちゃんに「この感じ、やめない?」と言うと、「頭ではわかってるけど、心が追いつかない」と返ってきた。どうやら私の言い方が悪いと主張しているけど、私にだって十分に言い分はある。けど、喧嘩なんてそんなもんだよなと思って、黙って聞くことにした。
明日は誕生日。誕生日前日にもめたり、もめごとを長引かせたり、面倒な女みたいなことをしないでくれと心の中で呟きながらも、いや、誰かの心のことを勝手に決めつけちゃいけないともう一人の自分が私に言い聞かせた。私は私で周ちゃんは周ちゃんだ。
それに、なんだか話を聞いていると、なるほどなと思うこともあった。周ちゃんは私を責めながら責められるのが苦手なんだと何度も言ってたけど、「私も責められるのは嫌いだし、周ちゃんは今私を責めてるよ。」と言いかけてはやめた。
子供の頃から威圧的な人や強い言葉を使う人が苦手で、そういう人から逃げるように生きてきた。理由はひとつ。小さい頃、散々姉に強く言われてきた。強迫的な言葉や態度、八つ当たり、無視。大好きな姉だったけれど、すごく怖かったのは大人になるまで続いていたし、今でもまだちょっと残っている。結局、その記憶がただ「怖い、怖い」と一人歩きをし続けてるだけなのかもしれない。周ちゃんにすごい剣幕で責められても、心は終始さらっとしていた。睨む周ちゃんから目をそらして気づいた。あ、私って、実を言うと怖い人に慣れてる。だって、数えきれないくらいにそういう経験をしてきてるんだもんなと冷静に考えていた。
帰りの車は黙ることにした。あなたにとっての今は今日しかないけど、私にだって同じ。だから、面倒な誕生日イブも面倒な誕生日も送りたくない。それだけ。私もわがままであなたもわがままなんだよな。けど、誰にとっても、今はハッピーであって欲しい。
10月22日

結局、今日も咳であまりよく寝られなかった。「私が那須まで運転するから。」誰かといると、どんどん甘えていく、どんどん女みたいになっていく自分が最近嫌で仕方がなかった。「だって、よしみは昨日寝てないでしょ。薬も飲んでるし。」「大丈夫。」少し強がってるくらいの方が丁度いい。放っておいたって甘え出すのだし。
黒磯でざおーと落ち合って、チャウスでランチをして、私と周ちゃんは買い出しへ向かった。キャンプ場に着いたのは15時過ぎ。
1年ぶりに会ったざおうやガッちゃん、ことはちゃんは、昨年よりも一層に家族って感じだった。だけど、そう思ったら、私や周ちゃんもまた昨年よりずっと家族になってる気がした。
日をまたぐ前に寝袋に入って寝たけれど、結局、咳で寝たんだか寝てないんだかよくわからないままに朝が来て、朝方にひとりで散歩へ出かけた。辺りはまだ薄暗い。朝の空気を吸い込んだからか咳も止まった。まるで何かから開放されたかのように、辺りをどんどん歩き続けた。川へ行き、森林を歩き、また川辺へ。光の方へ。朝の方へとどんどん歩く。
帰りの車で周ちゃんとガッちゃんの話をした。「ガッちゃん。すてきだったね。剪定がおもしろいって話もよかったよね。」ガッちゃんは果物農家で働いてる。毎日畑へ出て、自然の中で働くことは大変なこともあるけど、それが楽しいって。話はいたってシンプルで清々しかった。
「なんか、自分の人生が恥ずかしいとまでは言わないけど、ガッちゃんの生き方とゆうか、。いい仕事だよね。」車を走らせる周ちゃんに言った。「うん。よしみもやってみたい?」「違う。そうゆう話じゃなくて。私もそうゆう人でありたいとゆうか、憧れたっていうか。」周ちゃんが大きく頷いて言った「人はどこかで諦めなきゃいけないんだよね。」「そう。」
周ちゃんは沢山の事を知ってる。博学だ。だけど、それがただ読んだだけの知ってるだけの生きてない言葉なことが多い気がして、そんな風にして食べ物の話をされると、無駄に腹がたつ。口先だけで情報をこねくり回して何が楽しいのだろうかと苛立つ。だけど、今日の言葉は余りにぴたりとはまっていた。
たぶん、周ちゃんは誰よりもずっと早く若い時に諦めることを知ったからかもしれない。家族の事で自分を犠牲にしなきゃいけなかった時間を送った日々がある。その時は、もう自分の人生は終わったと思った。と言ってたけど、今となってはいい経験だったとも言ってる。
私が諦めるようになったのは最近になってだ。離婚して、ああ、私は全てを失ったんだと思ったら、世界を受け入れるしかないのだとという事もわかった。「嫌だ」じゃなくて、そうなんだって。大体はもうどうにも出来ないことで出来ている世界に向かって、自分の思い通りに征服してやろうなんて思いながら生きるのは虚しい。だけど、そんな虚しさを沢山重ねて大人になっていくのだとも思う。夢はいい。だけど、夢は夢で、世界はだから世界だ。
いい時間だった。大切なものや大切にしたいこと、これから諦めていく世界のことを考えたりした。強くなろう。
10月18日
咳が止まらない。周ちゃんは早朝に千葉へ向かった。まだ外は真っ暗で、わたしはもう一度ベッドへ潜った。最近は早朝の勉強はしてない。病院の先生に「寝なさい。」と言われたから。頑張ることは簡単だけど、頑張らないっていうのはちょっと難しい。月末まで忙しいのに、睡眠も削れない。完全に板挟み状態。
携帯なんて殆ど見ないのに、今日は一日中、周ちゃんから返ってこないメールを何度もチェックしてうんざりした。全部捨ててやろうかと思ったりもしたし、とにかく心が忙しくて苛々する。ここが東京なら、適当な夜の中に消えたい。公園でもどこでもいいから、冷えたビールを飲んで、全部なかったことにしたい。結婚も今も全部を全ての時間を。知らない人と話して二度と合わない人と笑ってバイバイして、また飲んで。
どうしたらこんなに真面目になってしまったものかと後悔するけど、あのまま適当に生きていたらと思うとゾッとする。気づけば、いい加減になれなくなる日がきて、思っている以上にかちこちになった。だから、せめて男くらいは適当に遊んでおくべきだったのに。滑り込むように結婚して、寂しくて1日中携帯がそばにある日が来るなんて。うざったいし疲れる。嫌な女。ダサい女。
星野源さんを聴きながら日記を書いてる。周ちゃんはまだ帰ってこない。昔、豪くんと一緒に住んでた時によく星野源を聞いてた。豪くんがかせきそーださんの事務所から帰ってくるまで。恵比寿の駅前のマンションで今は下の階に有名な火鍋屋がある。夜になると、よくベランダに座ってタバコを吸った。豪くんのことは朝から晩までとにかく大好きだった。
豪くんと数年前に会った時、どうして会ってくれたんだろうって思ったけれど、きっとちゃんとバイバイを言えなかったからだろう。いい男なのか、そうじゃないのかよくわからないけど、私は豪くんが考えてるほどあの日のことを想ってない。結局、サヨナラなんてそんなもんだし、だから、久しぶりに会おうだなんて言える。
周ちゃんとは恋愛せずに結婚したけど、もし、恋愛してたら結婚してなかったかもしれない。
夕飯

周ちゃんとの久しぶりの夕飯。連日、周ちゃんは忙しくて帰りが遅い。昨日はたまたま私がいなかった。”夕飯はもう支度しない。” だの、なんだのって、酷いメールを沢山打ったくせに支度した。周ちゃんは、私も、終始よそよそしかった。「きのう何食べた?見てもいい?」「うん。」珍しくyoutubeなんかを流しながら黙々と食べた。
昨日は殆ど寝てない。寝れなかった。今夜は死んだように寝るかと思ったけど、周ちゃんの寝息が聞こえてもしばらく寝れなかった。少ししてから周ちゃんにくっついて寝た。
周ちゃんが仕事で帰りが遅くなると、このまま帰らないんじゃないかと思う。もしかしたら、女性と飲んでるんじゃないかなんて思う。前の夫は夫で、周ちゃんは周ちゃんだ。全然違うのに、そう思うことをやめられない。夜が長くなると不安になる症候群になってる。だけど、少し前では、もっと遅くまで遊んできてよと思っていた。
それに、。あんなに酷いことを言ったのは私だ。ある日、突然に爆弾を投下する女。よく耳にする話だし、女ってのはわからないよと言われる所以だろう。だけど、女である私も私のことがわからない。
10月15日
周ちゃんと喧嘩した。
10月14日
“18時にラジオキッチンでお願いします。” 角田さんからメールが入ったのは午後。急いで読んでいた参考書をノートにまとめて、車でプールへ出かけた。最後に会ったのは夏の撮影。あれから何度もメールでやりとりをしているせいか、あまり久しぶりな感じがしなかった。
お店まで歩きながら話して、食事をしながら話した。角田さんはカボスサワーを私は冷えた白ワインを数杯おかわりして話は続いた。映像の話だったはずだけど、そもそもやっぱり角田さんとはいつも、物の原型、その物質みたいな話になる。わたしたちの全てはそもそも同じ成分で出来た仮面を被ったなにか。もうその上っ面みたいなのは面倒だし、そんなのはまたコロコロと季節みたいに変わるのだから、あなたの血は何色でそれがどこにどう通ってるのかの話をしましょうよ。みたいに、私には聞こえる。ちょっと変だけど、前の夫との会話に近い。夫としては最悪だったけれど、人間としてはとても魅力的な人だった。それは病気の特性の一つなのだけど、病が進行すると特に脳の回転が早くなったり、異常な動物的な嗅覚を現した。
プールで少し疲れた身体に染み渡るワインと角田さんの声。話を聞きながらぼんやりと思った。アートセラピーについて勉強しようか迷っていたけど、やっぱりやめて良かったって。これをやろうなんて決めるのはやめよう。不安だから答えを直ぐに見つけたくなって、身近なもので着地したがるのは人の性みたいなものなんじゃないか。けど、結局、こんなんじゃないと飽きるのは自分だ。せっかく、少し変わった業界で、角田さんのような素敵な大人に出会えるのだから、安心して泳いだらいいと思う。写真やって心理学やっての曖昧な先のなにかが、周ちゃんのよく言う、そのかけ合わせが面白いって場所にいつか出会える日が来るかもしれない。
帰りがけに角田さんと写真の話を少しした。こないだ撮った写真のことを褒めてくれた。別のライターさんと、いい写真だと話していたと言っていた。とても嬉しかったけれど、それ以上に、その写真や私の写真の撮り方について、ずばりと言い当てていて驚いた。
「私は、角田さんを見てたんです。」思わず言ってしまった。なんて事を言ってしまったんだと思ったけど、本当にそうだった。野菜が好きだ。20年くらいベジタリアンして体を壊すくらいに好きだ。vegan料理家の先生と本を作るくらいに好きだ。けど、畑に行くのは、角田さんを見たいからで、野菜を見に行っているというよりも、料理家の角田さんを追いかけて行った。角田さんが純粋に野菜が好きだと想う姿に胸を打たれたから。
自閉症スペクトラムは、人間的なコミュニケーション、人としての営みを働かせている機能に不具合がある脳の病。症状のひとつに、クレーン行動というのがある。それは、物を取りたい時に大人の手をもち、それをクレーンのように使って、物を取ろうとする行動。そこで見えている世界は、大人の手だけがぬぼっとあるらしく、人としての存在は見えない。手は温度のない、ただの物になる。仕事で料理を撮りまくっていると、時々似たように思うことがあった。皿だけがぬぼっと出てきて、一体これはどこからやってきたのか、誰が作ったのか見えない。ただ、流行ってるとか、人気だとかいうことだけが皿の上で光ってる。
料理写真を撮るのは好きだけど、そういう料理を撮ると寂しい気持ちになる。画面だけが、キマってる写真がどこまで語れるかなんて、正味1ヶ月が限界じゃないか、なんて意地悪く思ったりもする。昔のように、その頁を破いて壁に貼りたいなんて思う写真がすくなくなってしまったのはきっと、写真がただキマってるだけのものになったんじゃないかって。
駅に着くと、少し雨がふり始めていたけど歩いて帰った。楽しくて、少し飲みすぎた。だけど、よかった。まとまらない気持ちを日記に書いても結局まとまらない。四方八方から溢れていくだけ。それでいいや。
明日から忙しくなる。時間がぜんぜんない。
10月9日
周ちゃんは祝日だけど出勤。ちょっとありがたい。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと時間に追われてる中での家事は辛い。一人暮らしだった時、こんなに家事って辛かったっけ?と思うくらいに億劫だ。
周ちゃんを車で駅まで送ってから、夜まで勉強した。昨日のこと、吐き出したらスッキリしたというか、自分でもわからない気持ちを肯定してもらって楽になったというか、驚くほどにあっけらかんとしてる。離婚後によく人に言われたけど、落ちるのもすごいけど上がるのも早いって。心はそのギャップにヒリヒリするけれど、物語のひとつのページを閉じたかのように過去の事になってる。
出来ることなら、外国にでも引っ越せたら話が早いんだと思う。そこで写真を撮ってもいいし、撮らなくてもいい。今、全く異なるふたつが私の中に流れてる。今までの世界が嫌いなわけじゃないし、寧ろ大好きだった。だから、寂しかったんだろう。「過去に戻りたい?」周ちゃんの言葉に返答は早かった。「そうは思ってない。」あれは強がりだったのか、いや違う。過去には感謝してるし、大好きな人が沢山いる。それは事実で間違ってない。
とにかく今は前だけを見よう。全部を考え出すとキリがないから、”煩悩”って書いて紙を引き出しに入れた。わからないことは考えない。全部、煩悩のせいにしてしまえ。今までじゃないところへ行こう。やったことがない事をやってみよう。会ったことがない人に会おう。もっともっと勉強しよう。
茄子のラザニア

周ちゃんの初出勤日。朝はなんだかソワソワしながら送り届けた。今夜はラザニアにしよう。冷凍庫にあった挽肉をキッチンに置いた。
朝の8時、朝陽がカーテンから差し込んで、テコはソファーで気持ちよさそうに寝てる。周ちゃんには申し訳ないけど、1人の朝がなんて最高なんだろうとミルク多めのカフェオレをすすった。ダイニングテーブルで日記を書いて、夕方までレポートをまとめた。明日は朝から撮影。レポートは17時までに出さなきゃいけないけど間に合うんだろうか。
ラザニアのミートソースはいつも通り甘め。砂糖を多めに入れると、少しひつこくなるけどコクがでていい。子供の頃に食べた味になる。
10月1日
7月のハードな試験を終えてから駆け抜けるように暑い日々が過ぎ、念願だったバリでは青い海で泳ぎ、ようやくって感じで日常が帰ってきた気がした。ゆるゆるとクラゲのように何色だかどんな形だかわかんないようなままに夏は終わったけど、思ってた以上に人に会ったし、ストレスが溜まっていたんだろう、それなりにダラダラと過ごせた。そして、ホルモン治療に入らなかったことがきっと原因で体調はあまり良くなかった。そして、極め付けは細菌性胃腸炎。免疫力低下のせいで2週間近く苦しんだ。
人生において、こんなに体調が悪いことってあっただろうか。年齢の問題もあるかもしれないけど、生粋の健康オタクの私が、風邪だってまずひかない、昨年の健康診断がオールAだった私が、こんなにまで体調を崩すなんて。だけど、実際には身体のことよりも、前から降ってくる生きづらい日々にノックダウンされたのは心だ。
そして、体調不良の原因の一つが菜食だったからということもショックを受けた。否応なく、20年間続けたベジタリアンをやめた。肉食になったことで子供にピーマンや人参を騙し騙し食べさせるように、どうにかこうにかして肉を食べはじめた。これが思っていた以上に辛い。口にする度にうぇーと心で小さく叫ぶ。身体のためとは分かっていても、思っていないことをするというのはやっぱり苦しい。
今宵も肉をうぇーと思いながら食べていると、どんな話の流れからだったのか、周ちゃんが大学での勉強のことを褒めはじめた。夏は全然ダメだったし、体調も悪くてとにかく苦しかったと伝えると、「40歳を過ぎて大学へ行こうなんて思うだけですごいよ。」「え、思うだけで、勉強は全然できないよ。」「半年前はどうだった?」
半年前は4月。まだ大学に入学してほやほやだった。あの頃は、教科書を1日20頁くらい読まなきゃいけないのに、1頁読むのに1時間かかっていた。専門用語だけじゃない、普段聞いたこともないような日本語が山のようにやってきて、圧倒されっぱなしだった。出来る事と言えば、怯む身体をどうにかこうにか倒れないようにと踏ん張ることくらい。夏までの数ヶ月間の記憶がほとんどない。絶対に逃げない。全身の中でその言葉だけが山びこみたいにこだましていた。
周ちゃんは明日から新しい会社での仕事。学芸員という肩書では無くなるけれど、コミュニケーションデザインとか、アートと暮らし、地域、、。よくわからないけど楽しそうな仕事が始まる。今日一日、何度も「明日の支度しなきゃ。」と言ってた。緊張しているんだろう。周ちゃんのことだ、前日に支度を始めるなんてありえない。
「もっと自分を褒めてあげていいんだよ。」夕飯の最後に周ちゃんが言った言葉だ。周ちゃんは勉強の事となるといつもの1.25倍くらい目が真剣になる。今日もそうだった。それは周ちゃんが苦労してきたからだし、沢山勉強して、イレギュラーな道で学芸員になって、今度はずっとやりたかった仕事に就く。勉強が周ちゃんという人の人生を作ってきたからだろう。好きと消去法だけで生きてきた私とは大違いだ。
どうしてだろう、がむしゃらに走ることは出来るのに、自分を褒めてあげる?そんなの難しい。だけど、褒めてくれる人が隣にいるんだと思うと、今までとは違う感じがした。
頑張りたい。
炒飯
「心理学と写真の両立をしようとするから難しいんじゃない。それは、出来ないんじゃなくて、やったことがないからなんだよ。」周ちゃんが作ってくれた炒飯がまだ熱々のままで口の中にいる。「うん、わかってる。そうだよね、そうなんだよね。」周ちゃんに言葉を返した。
「あのね、ちょっと悩みがあって。」昼食の途中で急に悩みを打ち明けた私に、周ちゃんは少し笑を浮かべた。私、悩みたいのかもしれない。言い訳したかったのかもしれない。周ちゃんの言葉もその優しい笑顔も、私の悩みではなくて私が求めてることを叶えてくれたようだった。考えてみれば、そりゃ周ちゃんが笑うわけだ。周ちゃんに「悩みがある。」と打ち明けたのは出会ってから10回や20回じゃきかない。
一昨日に今むに会って、少しだけ褒めてもらって嬉しくなった。だけど、ちょっと情けなくもなった。「よしみちゃんは勉強やっててすごいよ。」って。正直、私はぜんぜんすごくない。ここ最近は、全然上手く進んでない。それに、写真や映像を撮ることと、心理学を勉強することは、頭や心が別のところを使うみたいで、どうしてもどっちかに偏ってしまう。
どっちかが上手く進むと、どっちかは止まる。最近はとくに撮りたいから、勉強ができない。来週もその次の週もレポートがあるのに、制作で忙しくなればなるほどに、参考書を開く時間はなくなっていく。勉強が嫌いじゃない。だけど、頭の中がそれどころじゃなくて、色々が沢山あって、何処かに消えちゃう前に形にしたくて忙しない。撮って、作って、撮って、作っての連続。
だけど、周ちゃんと話していて気づいた。答えはとっくに出てる。ただ、苦しいことから逃げてるだけなんだって。
「写真と心理学が行ったり来たり出来るようになるといいよね。」周ちゃんが言った言葉の通りだ。今、この場所にいることが苦しい。それはどっちつかずで、わからないことだらけだから。
見たいものはずっと先にある。だから、しばらくはずっと苦しんで、だけどそうやって前に進むしかないんだと思った。いつか、きっと、今まで出会えなかった景色を眺める日がくる。
9月17日

今日は朝から試験。この試験の後にも沢山試験はあるけど、いくつかの関連する試験の最後。半年以上時間をかけて勉強してきた心理学研究法。体調は少し良くなりつつあるけど、細菌性胃腸炎の治療法は対処療法だそうで、病院の先生が出してくれた薬も整腸剤やら胃薬。身体は強い方じゃないから、その分健康には気を使ってる。だから、昨年の健康診断だってオールAみたいな結果だったのに、最近の体調ときたら、曇り空みたいにぼんやりとしてはっきりしない。病院にかかってからもうすぐ1週間。とはいえ、ふらふらになりながら現場へ向かう日もあったけれど、そのまま駅で倒れて仕事を休んだ。この仕事について初めてだ。どんな日だって撮ってきたのに、何があってもいつだって当たり前の顔をして撮ってきたのに、目の前が一瞬にして真っ暗になって歩けなくなった。
バリから帰ったら色々とやろうと思っていたのに、結局、勉強も思うようにできないままに、トイレとベッドの往復でまた数日が経ち、今日。昨日は少しだけ体調がよかったから、勉強をしたけど、胃の辺りがどうにも気持ちが悪くて集中できない。だけど、夜は久しぶりに人らしい食事をして寝た。試験の出来栄えはまぁまぁ。試験前の数日やバリでも勉強ができなかったけれど、過去の私のお陰でなんとか乗り切った様子。だけど、なんだろう。やっぱり勉強の仕方が下手くそだ。どこまで頑張っていいのかわからない。今回だって、やり過ぎていたから良かったけれど、そもそもそこまで深掘りすることはなかったようだった。
周ちゃんが秋田に帰ってから2日経った。「俺が帰ったら、楽しむんでしょ〜。」「そんなことないよ〜。」あの会話だって、いつもなら、冗談半分、本気半分だ。周ちゃんのいない夜といえば、スーパーに行って色々を買い込み、早い夕方からひとり宴会が始まる。調子に乗ってワインを買うことだってある。だけど、なんだろう。ふと思った。淋しい?いや、違う。
同じ場所にある椅子やテーブルと同じで、周ちゃんだって数日もすればまた帰ってくることを私は知ってる。私だけじゃなくて、この家や梃子だってわかってるかもしれない。そんな風にもう、私達はもう同じパズルの一つと一つみたいになってる。2階へ上がる階段に足をかけた時にふと思った。そして、その先のことはもう考えなかった。
今がいいなら、きっといいんだと思う。絶対に私は私達だなんて言葉を使いたくなかったけれど、もういいや。周ちゃんには、私のひとりの時間を失くしたくないとあれだけひつこくお願いしてたのに、もう完全に殆どはひとりじゃない。1度目の結婚の時はいつも寂しかった。あの寂しさはあの空しさ、ざわつき、混沌とした時間は満たされない事をわかっていても、長い時間、手放すことが出来なかった。それに、それが愛っていうものだと信じていた。
9月1日

久しぶりにヨドバシへ行った。私は人生で何個カメラを買うんだろうか。今までそんなこと考えたことなかったけど、不意に思った。今日みたいな季節の変わり目に、気分や勢いで買うことが殆どで、あとさき構わずに買った。おかしいと思うけど、全く後悔していないのもすごいものだ。若い時は、お金がないのにどうにかして買っていた。
好きなことは後悔しないなんて、人間ってほんとによく出来てる。大学に行き始めてから、写真から離れることが寂しい気もした反面、もう嫌な写真を撮らないですむかもしれないとも思ったけど、私が知っている以上に、私って写真が好きなのかもしれない。何度通ったかわからない新宿のヨドバシ。なんだか、すごく嬉しくて楽しかった。
好きと言うと、好きが世界からへる気がして、あまり好きは口に出して言いたくない。勝手にそう決めていたのに、写真を仕事にしてしまってからは、もう好きから逃げられないんだと、苦しいな、やりづらいなって時々窮屈になることもあった。
けど、そうじゃない。私、やっぱり好きなんじゃん。好きだからグチグチ言うんだろう。好きだから傷ついたりもするんだろう。ちまちま言ってる私はうざったい。新しいカメラを買おう。