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春巻

Journal 31.3,2023

今日はしっかりと寝坊した。正確に言えば、いつも通り4時に起きたけれど30分もしないうちにベッドへ潜った。

20年ぶりのスキーは思ったより身体にこたえたらしく、身体が沼にはまったみたいに重い。

今回のミオチャンとの長野出張、思っている以上に楽しかった。大宮で手を振ってから半日と経ってないのにもう過ぎ去った時間を酔いしれてみたり寂しくなったりしてるぐらいに。

「明日、スキーやる?」
温泉街で中華を食べて宿に帰宅して直ぐにミオチャンが言った。ミオちゃんはこれから夜中まで締め切りの記事を書くとテーブルの上にパソコンを開いて座ってる。瓶ビール2本飲んだ私の答えはめんどくさいな、だった。「明日の朝に決めよ。」適当に返事をして先に寝室へ入った。

だって私、夜は苦手だから。そんな事は一言も言わないけど、私の言い分はそれだ。なんだか不服そうなミオちゃんと、逃げるように去る私。夜っていうのは何もしたくない。底なし沼みたいにずんずんベッドへ落ちていく時間が最高に好きだから。ただそれだけ。だけど。目を閉じてからやっぱりスキーをしようと決めた。夜に何かを決断するのはめんどくさいから好きじゃないけどそう決めた。だってミオチャンはスキーがやりたい。それなのに私だけやらないだなんて酷いから。

結局のところ、スキーはむちゃくちゃ楽しかった。なんなら来週にスキーに行こう!と言いたくなっちゃうくらいだった。ずっとずっと高い山の上から真っ白な雪の中をただただ降る。スキーってスゴイじゃんって当たり前のことを考えたりしながら滑った。

午前にデータをまとめてミオチャンに送ると、楽しかったねと返信。初めは怖かったけれど、いきなりスキーを誘ってくるミオちゃんもミオちゃんとの時間も全てひっくるめてなんだか毎日のご褒美みたいな出張だった。それに、田舎暮らしを始めてから会わなくなった東京の友達が多くなった中で、今でもこうして仲良く楽しめる事がなんだか嬉しかった。だって、私はきっとすごく変わった筈だ。生き方もだし、仕事の仕方、生活、沢山が変わった。それなのに、一緒に楽しめるって結構スゴイことなんじゃないか。

ああ、また出張行きたい。

3月28日

Journal 28.3,2023


今日は夜中の2時に起きた。普通に朝だと思ったら夜中だった。しばらくベッドにいたけど頭がぐるぐると回転しだして横たわってるのが勿体ない気がしてリビングで勉強を始めた。最初は1時間、そのうちに2時間。最近は3時間以上の勉強も普通に出来るようになった。時間を測ると進み具合の悪さに焦るので時間を測るのはやめる事にしてる。

今日は心理統計。さっぱりわからなかったけれど、なんとなくわかるようになってきた。今のところ、なんでもかんでも楽しい。5時くらいに携帯を開くとリリさんからメールが入ってた。日記を読んでくれたとのこと。メールを返信しようか迷ったけどやめた。まだ夢の中だろう。

日記、なんで書いてるんだろう。書きたいから書いてるのだけど、こうして連絡を貰うとすごく嬉しくなる。ほっとしたり、ああ良かった。みたいな気持ちになる。ワードプレスを開くと今日は何人訪問してますみたいなグラフでは大体、毎日数十人の方が読んでくれていることがわかる。どこの国から検索してるみたいなマップも出て、時々イギリスとか、日本からずっとずっと遠いい場所の人もいて驚く。

こないだ周ちゃんに相談したこと。大学を卒業する為に目標を作った方がいいよねって話の続き。心理学の勉強は写真に影響のあるものにもなると思う。これからの仕事やクリエイティブをどんどん変えていくと感じる。だけど、それは今の話であって大学の卒業はきっと別。

例えば、私も離婚で鬱になったことがあるとか、元夫のDVや双極性障害者との生活経験を生かして困ってる人を救いたい、みたいな事も安易に思えない。だからと言って、今持っているものを活かしてというのも違う気がする。

せっかく新しい事を初めたのだから、クリエイティブとは全然違うことをしたらいいんじゃないか。そう。今まで全く興味がなかった、人の支援とか?自分が出来る事は写真だ。とか、クリエイティブな事だなんて決めつけなくていい。私は写真家だから、みたいなレッテルを貼る必要はきっとない。妻です。女です。もそう。

そんな話を周ちゃんにしたらすごく喜んでた。私のそういう所が好きだって。

なんでもかんでも直ぐに捨てたがるけど、大切なものは手放せない。もう結構長い事生きてきたし、写真がやめたいわけでもやめるわけでもないけど、心理支援を通して誰かを助けること。大学卒業の目標としてそれを目指してみるのもいいかなと思った。

私の小さな挑戦が誰かを救うことになるならば、それってすごくいい。それが誰かの暗い手元を灯す月明り程度の光だったとしても。

今日、小さなことでも続けていくうちに少しづつ形になることもある。まだわからないけど、日記と同じ。文章が苦手でも、毎日続けていたらいつしか書けるようになったりするもの。先ずはやってみたり、次に信じてみたり、そんな繰り返しできっと繋がってゆく。かと思えば、嫌になって止めてしまうことだってあるのだけど。とはいえ、未来のことなんて考えても仕方がない。

ここは一つ、思う存分がんばってみよう。

夕飯

Journal 21.3,2023


今日は3時に目が覚めた。周ちゃんは7時。祝日とは思えない我が家の朝だ。なんだか無性にスタバのコーヒーが飲みたくなって梃子を連れて車で駅前のスタバへ行った。そのままサスティナブルなんとかっていうパークが車で30分くらい走らせたところにあるらしく行ってみることにした。

梃子の散歩をして祝日で渋滞してる道路で「今、三つ願いが叶えてあげるって言われたらどうする?」なんて明日には忘れてしまいそうな会話をしながら家路についた。簡単に昨日の残り物で昼食を済ませて近所のカフェへ。私は大学の勉強を周ちゃんはパソコンを広げて何かしてた。

「無印週間やってるよ!」「えー!ひどい。」
この家に越してきた時から無印週間を待ってた。気づくと終わってる無印週間。タオルもシーツもピローケースも書いたい物が沢山ある。「もう少ししたら駅前の無印に行こうよ。」

それから数時間後。パソコンの入ったリュック一杯にタオルやシーツを詰め込み、周ちゃんは枕をふたつ入れた大きな袋を抱えて自転車で帰宅した。

「穏やかだね。」「なんか俺もそう思ってたんだよ〜。」私にもこんな日が来るんだ。初めて結婚を意識したのは高校の時から付き合っていたマルちゃんだった。26歳の時、一緒に二子新地へ越した時は母が大きな冷蔵庫を買ってくれた。今となっては申し訳なくて聞けないけれど、あれは嫁入り道具の一つだった筈だ。私もマルちゃんも互いの両親も結婚はそろそろでお待っていた。だけど、ハッピーで温かい場所からある日突然に逃げ出したのは私。

それからというもの、面白い男には沢山出会ったけれど、心温まる男に出会った覚えがない。私もそういう女だったんだろう。楽しい思いは沢山してきたけど、こうして気が抜けた炭酸みたいな顔をしてぼんやりと夕飯を食べる夜はなかった気がする。恋愛に飽きたわけじゃないけど、もう昔のように弾ける必要なんてない気がしてる。無言で食べてることですら忘れてしまいそうだった。

最近、胃が少しだけ痛くて連日大根おろしにポン酢をかけたものを食べてる。勿論それはそれで美味しいけど、毎日同じ食べ方はいやだ。なんとなく今日はかんずりを入れてみた。そして、こういう日常の閃きは当たる。脂がそこそこのった焼き鯖と一緒にそれを食べてみると全身がビリビリしちゃうくらいに美味しかった。やっぱり当たりだ。

これは世界でたった一人。私しか参加していないゲームなのだけど、この瞬間、頭の中でフィーバー!って感じになる。「きたね!」私の言葉に周ちゃんは笑ってた。多分、よくわかってない。

3月5日

Journal 05.3,2023

午後過ぎに藤原さんと代々木八幡でワインを飲んだ。久しぶりの藤原さんは、髪がショートから肩下まで伸び、ロングスカートで駅前で待っている姿はしっかりともう誰かの奥さんって感じだった。

「前に会った時によしみさんから2月に結婚するって話を聞いて。それで私も6月に決めたんですよ。逆算したらいいんだって。先に結婚する日を決めるのいいなって。」「え?そうなの??」「はい。採用させていただきました〜。」嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑う藤原さんが言った。

周ちゃんとは初めてのデートで付き合うことになり、その日にプロポーズを受けた。そして、翌週の土曜日に青山で結婚指輪をオーダー。指輪も結婚もすべては夢の続きか悪い冗談のような感じだったけれど、指輪が出来上がるのは2月でその日に結婚をしようとなった。

そんな嘘みたいな毎日が続いてる中、うちで藤原さんとしんちゃんとご飯を食べた時に結婚の報告をした。

「2月に指輪が出来るから、その時に結婚しようと思って。」

なんだかすごく嬉しかった。自分が誰かの人生に少しでも役に立てるだなんて。藤原さんは結婚して変わったと思う。すごく可愛くなった。前から超がつく程にいい子だったけれど、その藤原さんじゃなくなった。しんちゃんの事が大好きで、しんちゃんとの結婚生活が楽しくて心地いい。ただ隣でワインを飲んでるだけなのに、その幸せがじわじわと私にまで浸透してくるみたいで嬉しくなった。

それから、仲のいい友人と結婚が理由で離れてしまった事も聞いた。私も、離婚を機に離れた友人がいた。同じフォトグラファーをしてるアカリちゃん。彼女は親友だった。大好きだったし、大変だった時期は親身になって助けてくれた。けど、私が離婚することに賛成していない事も本当はわかってた。

藤原さんは哀しい話を笑いながら話す。きっと癖なんだろうけど、素敵な癖だなと思った。別に悲しみなんてリプレイする必要はない。辛ければ泣いたり怒ったりと感情を露にしてもいいけど、もうそれが過ぎ去ったのなら、あーあって感じで笑ってしまってもいいんだ。

帰りの電車でなんだかすごく周ちゃんに会いたくなった。

3月3日

Journal 03.3,2023


人は偏ってる。それが偏っていればいるほどに魅力的にも見えるし、個性と称されデコボコと押されたり凹んだりした部分の所為で上手く前へ転がっていけないボールのようにも見える。大場さんから感じた都市への幻想や憧れは、未来を変える原動力になるし、それが強固なものとして形になれば誰かを揺さぶる何かへも変化する。理由は何にせよ、人の想いは、また人を動かす。

東京や関東出身の友人がここを離れていく理由もきっと同じだ。私もそう。若い頃は海外へ行きまくった。ここじゃないどこかに未来があるような気がしてならなかった。結局、東京で落ち着いてしまった時は、もう私はいいやと半諦めみたいなものも受け入れたように思う。

どうしてなのか、都市に限っては人が多ければ多いほどに正解が詰まってるように見える。それに、価値があるような錯覚にも陥る。世界は多数決で出来ているわけじゃないのだし、本当のところ大体の人はとっくに気づいてるはず。事のよしあしはインスタみたいなものでチェックしても意味がないことを。

だけど人が社会的な動物である以上、仕方がない事だとも思う。自分がどこに立っているかを知りたいし、出来るだけいい場所に身を置きたい。いい人間で価値のあるものでありたい。それって、人が決めるものでしょ。みたいに言う人もいるだろうけど。手っ取り早く一刻も早く身の安全を確保するにはSNSの恩恵は待ってましたと言わんばかりに沢山の人の心にフィットしたのは、皆が求めているからであって必要なものだったんだと思う。

今夜は大場さん、編集の成田さんと3人で遅い新年会。私よりも少し早く成田さんは大場さんの事務所に到着したようだった。いつもの通りで大場さんはよく喋ってる。大場さんの生い立ちや、映像のこと。それから、作品の話になった。本当はその心のうちを、作品のもっと前にある大場さんの話を聞きたかったけれど、途中で聞くのをやめた。そこは本人でさえ立ち入りたく無い場所のように見えた。

事務所を出てカレーを食べに行こうとなった。撮影でよく行くようになった日本橋は、気づけば小さな路地も何となくわかる。夜に歩くことは初めてだったかもしれない。ずっと生活圏だった渋谷だとか、買い物へ行く新宿とは違う夜。久しぶりに歩く東京の夜はなんだか気持ちが良かった。

丁寧に街の話を説明してくれていた大場さんは交差点で信号を待っている時に不意に私のことを褒めてくれた。「よしみさんのいいところは、自分で料理を作ってるところですよね。」嬉しかったけど、急にどうしてそんな事を言い始めたのかよくわからなかった。私はつまらない顔でもしていたのだろうか。

都市から田舎へ生活の環境を変えた事で、生活だけではなく人生全体の考え方を180度変えている途中だという話をした。大場さんは賢い。ふんわりと話しただけで、直ぐにそれがどういうことか理解してくれた。私の少ない言葉を上手に言葉をすくってつなげてくれた。自給自足。フードマイルをベースとした考えに近い。人生における色々の自給率をどこまであげられるか。

東京でオーガニックな生活を送ることに後ろめたさを感じていた頃の私はがむしゃらに働いていた。写真を撮れば撮るほどに通帳に溜まっていくお金を見て生産率が高いと信じ切っていたけど、入ってくるお金が大きくなればなるほどに出ていくお金も大きくなり、ただの真空管みたいだなとも感じていた。

田舎暮らしで始めた地産地消という概念から生きるサイクルを学んでみると、私が欲しい物は稼いだお金や失った時間と交換するのではなくて、全体的な量さえ把握すれば自分で出来る限り作ってみたらいいんだと気づいた。写真を撮ること一つにしてもそう。どんな仕事も全部私に下さいじゃなくていい。何がどれだけ食べたいかを理解すると、おのずと生活に必要なお金の量がわかる。そしたら自分に必要な仕事だけをすればいい。そうして余った時間は、私がやりたかった別のこと、例えば大学の勉強に当てられるし、料理をゆっくり作る時間とか、この土地をもっと掘ってみるとか別の時間に使える。そこで得た学びや喜びは私の糧となり、また写真に還元される。私の自給率が上がれば、さらには誰かにも還元できる。

面白いことで、働く量を減らして時間を増やすと、無駄に動く時間が減ってコストダウンへとつながった。結果、がむしゃらに働いていた時も今も預貯金は変わらない。ついでに、よくわからない苛立ちや目の下のクマ、毎月やってきたPMSも何処かへ消えた。

唯一の心残りは友達が減っていくことだった。
「必要な人だけになっていいんじゃないですか?」大場さんが言った。

前にいまむちゃんに話した時も同じようなことを言ってた。「まぁ。そうですかね。」そう簡単に友達とサヨナラできない自分がいたけど、ようやくそれについても理解出来るようになった。今が十分なら必要以上に欲さなくてもいいってこと。それに、何かに依存すれば依存するほどに、それは足かせになっていく。離れた友人とはこのままもう会わない人もいるかもしないけど、同じような考えを持つ友人であればそう遠くはない未来に会える気がした。友達はすごく大切な存在だけど、足並み揃えて人生を歩む必要なんてない。

成田さんからは恋の話を聞いた。悩む成田さんは相変わらずで好きだなと思った。眉毛をへの字にしてる姿を見ると側にいてあげたくなる。大場さんはいつもの通りで、そんな成田さんに真剣にアドバイスをしていた。そんな大場さんの心根は触れる度に感心する。

大場さんと私は歳も近いし互いにバツイチ。そのアドバイスには大きく頷くこともあったけれど、心の底では愛なんてものはこの世に無いのになと思っていた。だって、愛は作るものであって、愛は信じるものじゃない。エーリッヒフロムが愛は技術だと愛に悩める多くの人類に愛の地雷を仕掛けたように。なかなか最悪な離婚を経験した周ちゃんの同僚だった高橋くんや私が口を揃えてフロムに賛同したのは、一生愛すると決めた人と数年後には離婚を選ぶしかなかったから。

いい恋なんて特別に求めなくていいと思う。最低な男だとか最低な女と恋を楽しんで、別れたらいい。共犯者となってドラマチックな毎日に溺れて傷つくのは案外楽しい。夜中の12時に呼び出されたら、お気に入りの服を着て会いに行ったらいい。明日の仕事なんて関係ない。昨日と同じ服を来てどうどうと会社に行けばいいし、鳴らないメールを待ったっていい。 私はそれが恋だとか愛だと思う。平凡な彼氏は安心で安全で誰しもがいい男だねと言ってくれるけれど、だいたい飽きるし、飽きるような相手と結婚するほど人生を退屈にしたくない。

若い時は好きな男の一言で今日が最悪になったり最高になったり、本当に胸がちぎれちゃうと思うような事も沢山あったけど、仕事が手につかないとか、やけ酒するしかないとか、苦しくて苦しくて泣いても怒ってもどうにもならなかったけど、結局、その痛みで死ぬ事は一度だってなかった。そうして大人になった今は傷ついたことも傷つけたことも、どういうわけか私の一部となってる。

沢山恋をしてきっと良かった。しょうもない男と寝たことも後悔してないし、振り回した男に今でも申し訳ないと幸福を願ったりとかも全て。最悪な恋も最高の恋も同じ棚の引き出しにぎゅうぎゅうにしまわれてる。

私を半分殺しかけた夫に対してだってそう。最近では少しだけそう思えるようになってきた。

里芋と葱の味噌グラタン

Journal, 冬の料理, 晩酌 26.2,2023


私は性格が悪い。それが具体的にどうなっているのかを一字一句間違わずに言える。

今朝は久しぶりに家族会議をした。旅行や家のこと、家計簿とか色々と細かい話。どうしてだろう。周ちゃんは私じゃないのに、周ちゃんが出来ないことに苛立ってしまう。

私達は正反対のような性格や特性を持ってる。思った瞬間直ぐに行動に移したい私と、じっくりと考えてから動き始める周ちゃん。大きく広く見る私と定めた部分を奥深く見る周ちゃん。どっちもどっちでいいも悪いもないのだけど、せっかちな私が苛立つのは大体いつものこと。

周ちゃんは同じ話を何度もするし、辞書だとか取扱説明書かってくらいにそれについて細かく丁寧に説明をし始める。私はもうその3分先くらいの場所にいるから早く終わって、どうでもいいから次に行きたいと思いながら話は殆ど聞いていない、聞かない。何でもかんでも思った時にはもうやりたい私は失敗も多いけれど、細かいことなんてかまいたくない。細かいことが気になってそれをしっかりと理解するまでは動けない周ちゃんは失敗は少ないけど論理を組み立てるにはそりゃ時間がかかるし遅いし、もう目の前のそれはとっくに冷めたよ。みたいなことも多い。

お願いだから世界とコミュニケーションして!と思うのは私で、周ちゃんはいつも一人で刻々と時間を重ねてしっかりと前へ進んでいく。コミュニケーションなんてきっと要らないし納得していないと進めないんだろう。

だからいつも私が先にカチンときて怒る。なじる。意地悪を言ってしまう。そんなことを考える度に私が傷つけたひとりめの夫のことも思い出す。私は決して被害者なだけじゃない。沢山の人は勘違いしてると思うけれど、私は過去だって最低だった。

周ちゃんは勉強は出来るし賢いけど、鈍臭くて腹が立つ。周ちゃんにしたら、IQは中学受験どまりでアホで無知でよくわかんない事ばっかりする私は騒がしくて迷惑だと感じてるんだろうと思う。だけど、そうやって出来る限り傷つかない術を持っていて欲しい。

夕飯は一人でグラタンを作って食べた。午後から周ちゃんが出かけてひとりきりの最高なはずの時間を過ごしてると、不意に周ちゃんに会いたくなったりもする。寂しいとか早く帰ってきてとは思わないけど、やっぱり好きじゃんなんて思いながらワインをガブガブと飲んだ。

鰻重

Journal 23.2,2023


書斎で仕事を終えて周ちゃんに手紙を書いた。1階では朝から水詰まりの工事。大家さんと業者と管理会社の人が来てる。周ちゃんが立ち会ってくれて、私は部屋で梃子と籠っていた。大きな音はお昼ごろまでガタゴトと続いた。夕方は近所の小洒落た鰻屋を予約してる。今日は1回目の結婚記念日。

「こんな日が来るなんて、20代の俺に言ってあげたいよ。」
「周ちゃんなら、鰻なんて30代だって食べれたでしょ。」
「違うよ。結婚記念日に店を予約して食事をするなんて、ドラマみたいなことが本当に起きるんだなって。」

若い頃は、付き合った日だとか、出会った日だとか、なんでもかんでも特別にしたがった。もう最近じゃ誕生日だってそんなに特別じゃないし、結婚記念日もそんな感じで大して特別に思わなかった。数週間前になんとなく「食事でもする?」と聞くと軽く頷いた周ちゃん。これっぽっちも想像もしていなかった。周ちゃんは今日の日を喜んでる。

ひとりでビールをあっという間に飲み干してワインを頼んだ。それから、今日は少しいつもと違う話をしようと話した。結婚してからのこと、一年経ってどう?どうだった?とか。記念日に鈍感な私の心はいつまでもどこまでも静かなまま。だけど周ちゃんはずっと笑顔で顔をくちゃくちゃにしてクリスマスの子供みたいに嬉しそうにずっと笑ってた。

私が知ってるよりもずっと簡単なことで誰かを幸せにできるのならば、もっともっとしたい。私が周ちゃんの妻じゃなくとも、周ちゃん以外の誰かに対しても、とにかくそうしたいと思った。天井が高くて日本家屋の屋敷みたいな薄暗い店内。少しだけお酒が回っていたのかもしれない。私の小さな願いはぼんやりとして見えるけれど、しっかりとここにある感じ。願いや祈りみたいに手放さない。いや手放したくない。傷つけないようにと柔らかくしっかりと。

私は何も要らない。誰も気づかないような少しだけの光でいい。松陰神社に見つけたマンションでそっと静かに暮らせたらいい。そう願っていた日々の中で突然に現れた周ちゃん。2021年11月。離婚から丁度1年。ようやく夫の影が街から消えた秋も終わりの頃だった。走るバンを見ても動揺することがなくなり、警察からの電話も鳴らなくなった秋に。

男の人に触れられるのでさえ怖かったのに、出会って直ぐに抱き合って結婚した私は本物のバカだったと思う。顔が小さくて学芸員をしているというイケメン。いまだに私の何がよかったのか聞いても周ちゃんの答えはよくわからない。

「そう感じたから。直感だった。」

結婚はそんなに簡単なものじゃない。だけど、そんな風に決断してしまうのもわかる。きっと人生をどうにかしたかったんだろう。いつまでもここにいたらいけないと覚悟したかったんじゃないか。もし本当にそうだったとしたら、結婚を恐れていた私と同じ。だけど、理由なんてなんだっていい。結婚なんてと言う私に、結婚をしようと言う男が現れて、怖いから嫌だとは言いたくなかった。

2度も結婚をしてみて思うのは、やっぱり結婚は大変だし面倒なもの。楽しいことも沢山あるけど、ひとりの方がずっとラクでいい。だけど、望まなければ望まない程になにかを見つけられるような気もしてる。最近は特にそう。おかしなもので、2度目は2度目で全然違う結婚をしてる。

手紙に書いたことはいつも通りに冷たい私からのお願いごと。”結婚は上手くいかないこともあるけど、くだらないことで毎日をどうにかしたくない。せっかく結婚したのだから、これはチャンスにしよう。” 本当に冷たい女だと思う。だけど、周ちゃんが結局好きだし、さらさらと書いた。一生あなたを幸せにしたいとか、幸せにしてとかそういうのは間違っても絶対にパスだ。アルバイトの牧師さんに「神の前で誓いますか。」と言われてる新郎新婦を見て、私ならこう言いたい。人生はそんなにつまらないもんじゃない。人生は壮大だから、そんなファンタジーみたいな事言わないで。自分の時間をどうか粗末にしないでって。

どちらかが先に死ぬだろうし、電撃的な恋に堕ちてしまうようなことだってあるかもしれないし、いつかさよならする日は必ずやってくる。ここにあるものはずっとあるわけじゃない。抱え込むことなんてしたくないし、だからって簡単に手放すつもりもない。ただ、消えてなくなる前に私が出来ることをしたい。その為に私はあなたの力になるし、私もあなたの力になる。

私の望みは、ただ今日が腹一杯に。互いの胃袋が美味しさで十分に満たされていればいいだけ。

2月21日

Journal 21.2,2023


今日も朝から撮影。昨日よりもずっと背中の調子はいい。先生からも安静にしていれば痛みは3日で徐々に消えていくと聞いていたけど、本当にその通りだった。今日は稲妻が背中を走るような痛みに襲われることもなかった。

負担のかかりそうな体勢は極力避けて、重いものを移動する時はアシスタントのムーンちゃんにお願いした。リュックに忍ばせておいたロキソニン4錠を一度も飲むこともなく無事に撮影は終了。なんとか乗り切れた。それに、身体もどんどん回復に向かってる。

先週の撮影で私が起こした背中ぎっくりは背中の筋肉が破れ内出血を起こしてしまう状態で、症状としてはぎっくり腰そのもの。激痛と共に身体がピクリとも動かせなくなる。体力のある無しに関係なく、過度な筋肉へのストレスでばりっといってしまうものらしい。マッチョなお兄さんから、私のような中年女まで誰でもなる。とはいえ、ならない努めは出来る気がしてる。春からピラティスにでも通おうと小さく誓った。

最後に口の中を〆たのは苺大福。現場で食べるご飯や差し入れのおやつはとても美味しい。最後に食べた饅頭は特に疲れた身体に甘いあんこがじんわりと心身沁みわたっていった。とにかく先週から続いた撮影が無事に終えられたことが嬉しくてゆっくりと食べた。それに、大ベテランの先輩達とこうしてお仕事が出来ることも夢にも思っていなかったことだ。キッチンで母の料理本を読み漁っていた子供の頃の私が今日の日を想像できただろうか?まさか、自分が本を作る側の人になるだなんて。

雑誌やウェブで出会う編集者とはまた違う書籍の世界。卓越した先輩方の仕事ぶりや仕事への想い。料理が好きとか、食べる事が好き、お店めぐりが好き。そういう好きとは全然違う。料理が好きで好きで、料理本を作るのが好き。何年もかけて数々の料理本を世に出してきた先輩方の姿勢は真っ直ぐと太陽に向かって立つ、太くてしっかりとした大木みたいで、側にいるだけでその清々しさに背筋が伸びるような気持ちだったり、心地よかったりと気持ちは常に高揚した。

私も料理が好きだし、料理を教えてくれる料理本は大好きだ。料理本の仕事がしてみたい。ずっと心にあった夢だった。帰り道、バスを待ってる時にふと思い出した。20代の時に働いていた制作会社で気が合う女の子がいた。入社したての頃に話していたこと。

「どんな本読むんですか?」
「実は恥ずかしい話、本は殆ど読まなくて、。料理本は読むんですけど。」
「へー。私も料理本好きですよ。」
「夜ベッドに入る前に、ベッドの脇には料理本を沢山積んでそれを読みながら寝るのが好きなんです。」
「え!私もですよ。」

料理本は実用書っていうカテゴリーだと思うけれど、実用的なだけじゃない。夜、寝る前に1日仕事を頑張って疲れた心を癒してくれるのは、美味しそうな料理写真やレシピもそうだけど、先生が食と共に生きてきたストーリーが詰まった知恵袋のような色々だ。

アトリエに入る光やキッチンに並ぶフライパン一つにとってもそう。料理を作る人の手や美しい料理が盛られた皿だってそう。そこはきらきらと光る母の食卓と同じ、胃袋だけじゃなくて全身がそこに包まれたいと願ってしまう。生活はいつまでもどこまでも限りなく豊かであることを教えてくれる。明日は今日よりもずっとずっと美味しそうに光ってるんだということを。

いい本になるといいな。もう過去の同僚とは連絡を取ってないけど、彼女のような子にこの本を読んで欲しい。

ホルモン炒め

Journal, 夕飯 17.2,2023

朝から撮影。背中がおかしい。歩くだけでも痛いし呼吸しても痛い。来週まで乗り切れるのだろうか。勉強も月曜から休んでいるし、朝が来たと思ったら晩が来る。

今回の撮影は私にとっては条件の悪さは過去一で、苦手とするライティングが主となる。自然光が十分に入らない北窓のぬったりした光が朝から晩まで連続する中で料理を綺麗に見ようとするには大体想像するしかなかった。こないだ写真家の松村さんが三脚を立てたらいいよ。と言ったアドバイスも呆気なく惨敗。想像している以上に三脚を立てるスペースがなかった。

考えているのは料理のことじゃなくて、どうしたら自然光みたいな光のライティングとなるか。現場が穏やかであることが何よりの救いだし、大先輩達との仕事はとにかく勉強になる。なのに、私の心は落ち込んでる。もっと料理に感動したいともがき続けてる。今回の仕事は特に込めた想いも強いからだろう。我が儘な気持ちを捨てられない。

それに反して背中の激痛は日に日に増していく。やばいかもしれない。背中の激痛と共に頭痛も始まってきた。もっとハードな内容の撮影は過去にもこなしてきたのに、今回は確かに、先週に姉が言ったようにこれはチャレンジそのもの。

最悪と言えばやっぱり最悪だし、諦めたくないのならばやるしかない。だから、どうにかしてライティングを組まなきゃ。人生なんてだいたいうまく行かないもの。

2月15日

Journal 15.2,2023


今日は書籍の撮影二日目。最初の打ち合わせは昨年の秋。ずっと先のような気がしていたけどあっという間に始まった。今日が2月15日だなんて信じられない。この本の撮影が終わり、1週間も経ったら3月。そして、もうすぐ引っ越して1年になる。

撮影を終えてから打ち合わせを少しして帰宅。時間は20時を過ぎていた。周ちゃんは残業らしく家は真っ暗。餃子を焼いて、冷奴に帰りがけに買ってきた釜揚げしらすと醤油、オリーブオイルをまわしかけてビールと一緒に食べた。なんとなく写真を撮る気になれなくて今日はごはんの写真は撮らなかった。左の背中がズキズキする。すごく痛い。

周ちゃんとはここ数日、喧嘩というか顔を合わせて話してない。意図的にすれ違ってる。ベッドの中で軽く足を絡ませてみたりもするけど、せめてものコミュニケーションというか、それ以上は何もしたくなかった。周ちゃんに少し腹が立ってる。周ちゃんも一昨日、私に苛ついていた。今夜もおやすみとだけ言って寝た。来週は結婚記念日なのに。周ちゃんは喧嘩が出来ないからめんどくさい。

2月2日

Journal 02.2,2023

歯医者の治療でL.Aから帰国しているヘレナと原宿で買い物。昨日は横浜だったのに、今日は原宿経由で千葉。疲れた。けど、夏ぶりに会えて嬉しかったし楽しかった。次はカウアイ島で会おうねって約束をした。ヘレナ達が夏休みに行くカウアイへ便乗しようという考え。「周三も来て!」と何度も言ってた。

「何でそんなに周ちゃんが好きなの?」
「だって、可愛じゃん。周三。優しいし。
それに、ヨヨに優しくしてくれるから。これが一番好きなとこだよ。」

ヘレナの日本の名前は優しい姫と書いて優姫。
小さい頃はどうしようもなく我儘だったのに今じゃ私よりもずっと大人に見える。ヘレナが向ける優しさはヘレナ以外の全てに平等に与えられてる。困ってる人がいたら直ぐに手を貸すし、知らない人でも当たり前のように親切にする。そんな風にヘレナといると少し自分がちっぽけに見えたりして、私の方がずっと歳をとってるのに恥ずかしくなるくらいだ。

「ジプシーのようにあちこち住まないで家を建てなさい。」

ひつこく言う母の言葉を聞いたのか、姉は日本、オーストラリア、L.Aのあちこちと移り住むのをやめて家を建てた。ニコちゃんの仕事が理由だとも思うけれど、彼女達の人生はジプシーそのもの。面白かったのはクリスティーナアレギラと過ごしたディズニーランドでのクリスマス。結構、いい人だったよと言ってた。クリスマスツアーか何かだったんだろう。ヘレナはそんなクリスマスを子供の頃から過ごしてた。そして早くに父親を亡くした。葬儀の次の日、後を追うように亡くなった親友だったスカイちゃんと楽しそうに遊んでる写真を撮ったのを覚えてる。あの頃、姉もヘレナも、私の人生も今思えば無茶苦茶だった。

大学は2年早く卒業らしく来月からニコチャンのパートナーだった人のチームでアシスタントとして音楽の仕事を正式に始めるのだそう。帰って直ぐにオレゴンのツアーに参加。18歳から働くだなんて、私が18歳の時は恋かダイエットかファッションの事しか考えてなかったのに。そういえば、こないだ国立で入った喫茶店でヘレナと近い歳の男の子が彼女と店のマスターと話していた。「まだ働きたくないから。院に行こうと思って。明日が試験結果なんですよね。」

日本の子はモラトリアムが長いように感じる。モラトリアム、大人になるまでの猶予期間。私も長いこと猶予の中をスイスイと現実から逃げるように泳いできた。離婚をしてからようやく大人を感じたとういうか、地に足をつけて歩いき始めたように思う。もういつまでも逃げられない。しっかりと歩かなきゃと決めた。警察から、弁護士事務所へ行った帰り道に、夫と住んでいた家から引っ越す時にそう誓った。もう私の夢はここで終わりなんだって。

ずっと昔に「子供を産まない人はいつまでも大人になれないのよ。」
と、母が言った。当時はまだ二十歳くらいだったし、偏見くさいこと言ってるなぐらいにしか思わなかったけれど、今は少しだけわかる。

中年の友人達。何が本当で何が嘘なのかわからない話ばかりをよくしてる。夢と現実が曖昧でむちゃくちゃだ。けど、十分にわかる。夢みたいな現実をこのままにそっとして置いて。いつか結婚したい、いつか家が欲しい、いつか素敵な人が現れる。いつかは毎日のおまけみたいなものでいい。現実的に言えば、もう卵子は殆ど残っていないし、そんなに条件のいい男や若くて可愛い女はとっくに誰かの隣で今日も愛を着実に育んでる。だけど、全部知らない。本当は知ってるけど知らなくていい。

人生は難しい。許されるならばいつまでだって子供でいたい。甘えていたいし、自由でいたい。縛られたくないし、けどお金は欲しいし、楽で生きたい。怖いことは見たくないし、知らないことは知らないままでいい。だけど、そればかりだと飽きてくるってこともわかってる。

夕飯

Journal 01.2,2023


横浜で取材の合間に喫茶店で合間の時間を潰している時にフォトグラファーの松村さんにLINEした。”ちょっと写真のことで聞きたいことがあるんですがいいですか?” 次の撮影のこと。悶々と考えていても仕方が無いと思って相談してみることにした。直ぐに着信が鳴った。「こないだの車なんだったの?」年末、酒の席で私が欲しい車が何かわからず当てるゲームみたいなものをしていた。「結局、旦那さんに聞いてもわからなかったんですよ。」「何だよー。それでさ、さっきの。感度は上げないよ。800以上は。」あ、。そうだ。感度は上げない。師匠である笹原さんもそうだった。感度は絶対に上げない。重いジッツオの三脚をがしりと立て、どんなに暗い場所でも少ない光を見つけて写真を撮っていた。アシスタントの時に少しだけお金が出来た時に私もジッツオを買った。大きな鉄の塊みたいな三脚。重いし、持ちづらいし、冬は持ってるだけで余りに冷たくて手が痛くなるくらいだった。何度も足をぶつけたし、指も挟んだし。一度だけアメリカで作品撮りをする時に持って行ったけど、よく持っていたと思う。あの時は若かった。結局、数年も使わずにメルカリで売った。相手は高校の先生か何かで、写真部で使う為だと言っていたけど、部の生徒達は本当にあんな無骨な機材を使えたんだろうか。今更だけど時々少し胸が痛む。いい物ではあるけど、素人が扱えるような機材じゃない。

「だからさ、三脚を使うよ。料理を綺麗に撮りたかったら三脚だよ。」松村さんの言葉に大事なことを思い出したようだった。私、何やってんだろう。三脚。つい数年前まではジッツオではなくても、私も三脚をしっかりと立てていた。デジカメになってから出来ることが年々増えていく。その進化は本当に凄くて、軽量化していく機材に反して上がっていくスペック。光をどうにかすることは決して道徳を反してる訳では無いのだけど、人間の背中に羽が生えるとか、体重が軽くなる靴とか、正直、カメラの中で訳のわからないことが現実的に起きてるような感じだ。光が無いと撮れなかった写真が光がなくても撮れるようになってしまった。そうして出来ない事が出来るようになると、誰でも何となく写真が撮れるようになり、それと同時に似たような写真をよく目にするようになった。デジカメを始めた時はこんな状況につまらないなと嫌気がさしていたけど、今ではこれが今日の写真なんだと納得してる。すっかりそんな事すらも忘れていた。曖昧な部分はあっという間に失われ、なんでもコントロール出来るようになった写真。フィルムブームなのもよくわかる。だって予測可能な明日なんて見たくない。それは仕事なら安全でいいかもしれないけど、自分の人生なら誰だってつまらないって言う筈だ。

やっぱり松村さんに話して良かった。本当に良かった。よし、楽しもう!

2月1日

Journal 01.2,2023


周ちゃんは確か先週も忙しかったけど、今週はもっと忙しいらしい。週末から始まる新しい企画展の準備で帰宅は昨日も深夜だった。周ちゃんと仕事をしたらすごくいいと思う。私達が一緒に仕事をする日が来るかわからないけれど、あんなに丁寧な人としたら安心しかないし、我儘を言いすぎてしまいそうで想像するだけで怖い。偉めな上司の娘と見合いさせられたとか、既婚者のチームを組んでいた同僚から休日まで一緒に仕事したいと言い寄られたとか、女ってのはわかりやすいというか残酷な生き物だなとも思うけれど、そんな事をしてしまうのもわかる気がする。出会った時に私の働き方を聞いて周ちゃんはすごく驚いてた。仕事の人は基本信用しないし、プライベートは一切話さないよって。「好きじゃない人、信頼できない人とどうやって仕事をするの?」私の質問に対して周ちゃんの回答は無かった。仕事ってそんなに修行みたいなものだっけ。ただでさえ、写真を撮るのに緊張したり、怖く思うことだってあるのに、せめて側にいてくれる人とは楽しくやりたい。安心したいし、安心して仕事に向かいたい。なんなら背中をさすっていて欲しいくらい。じゃあ、周ちゃんはどうやって仕事をしてるんだろう。忙しくて痩せるってどれほど苦いんだろうか。それは一体誰が喜ぶ為にやってるんだろう。

午前はフミエさんのアトリエで撮影のテストをした。どう撮るべきかわからなくて迷ってる。よしみちゃんはよしみちゃんっぽくていいよね。とか、よしみちゃんの世界観があるとか。そう言われる度に褒められて嬉しい反面、何だか駄目な人みたいにも聞こえてどうしていいのかわからなくなる時がある。写真作家になれなくて仕事の写真を撮る人になった私のただのコンプレックスだけど、勝手にやるせない気持ちになったりしてる。コマーシャルの写真が写真として良くないってわけじゃないし、仕事だって大好きだけど、作家には叶わないんじゃないかと決めつけてしまう自分が時々現れる。写真の質が違うのだから良し悪しなんて無い筈なのに。

テスト撮影を終えて、バインミー屋でバインミーが出来上がるのを待ちながらフミエさんに聞いた。「フミエさんは写真、どう思いますか?」私は今回、フミエさんの料理をどう撮ったらいいのか迷ってる。明るく綺麗にストロボをたいて撮るべきか、それとも自然光を活かして暗くてもイメージを重視したらいいのか。フミエさんのアトリエはあまり明るくない。この状況下で光に頼るのは正直辛い。偶然を狙うのも難しい。どうしよう。

編集の若名さんに相談すると、意外な答えだった。「よしみさんとフミエさんがやってきた事を写真にしてください。」真っ直ぐに目を見ながら話してくれた。不安がる私にライターの岩越さんは写真を撮る人みたいに教えてくれた。季節の光だとか、朝や晩の光を考えてみるのもいいんじゃないか。今回の仕事が決まった時、とにかく若名さんっていう大船に乗ろう。若名さんみたいな方とお仕事出来る機会はないのだし、私達って本当にラッキーだねって浮かれていた。だけど、若名さんが伝えてくれた話は私もだけど、フミエさんの心も打ったと思う。夜にフミエさんとLINEをしていて、とにかく頑張りましょうってメールをしあった。それに、岩瀬さんがいてくれて良かったし、フミエさんの友達の赤松さんもそう。

まだ少し時間がある。ゆっくりと考えてみよう。来週から大学の講義が始まる。

1月31日

Journal 31.1,2023


何だか忙しない数日。朝から少し苛々してる。理由は朝から周ちゃんが餅なんて焼くからだ。どうして忙しい最中に餅焼いたりするものかと腹が立った。ひっくり返したように汚れたキッチン。餅がこびりついた流しを誰が綺麗にすると思っているんだろう。けど、周ちゃんが焼く餅は美味しいし、嫌な顔一つせずに食べた。何とも私の心と心に板挟みで苦しい朝。一人暮らしはあんなに快適だったのに、男と住むというのはどうしてこんなにも大変なのか。私の人生の半分は多分、同棲とか結婚に費やしてきた為に一人暮らしの経験は賞味2年。あの時間が今でも恋しい。終日が王様。好きな時に起きて好きな時に寝て食べて。脱いだものも散らかしたものも、自分のタイミングで片付けるし、誰かの何かをやってあげなくていい。無いものねだりなんて事はわかってる。時々こういう日がやってくる事も。

朝は撮影の準備をして、午後は大学の成績表と卒業証明書の取り寄せをし、急いで歯医者に向かった。今日で最後らしい。先週の麻酔が酷くてもう行きたくないと思ってたので良かった。帰宅すると直ぐにりょーこちゃんから小包が届いた。同封されていた手紙を開けると綺麗な字で結婚おめでとうって書いてある。それから、食卓はよしみちゃんが好きな場所だからって。小さな桐箱を開けると水引のように結われた銀の箸置きがライトの光に反射してキラキラと光っていた。全てがそれぞれに違う形。なんて綺麗なんだろう。思わずため息がでた。富山県の伝統工芸品らしい。

りょーこちゃんに会いたいな。くだらない事で笑いあいながら麦酒をガブガブ呑みたい。りょーこちゃんはよく笑う。だから嬉しくなってつい調子に乗ってもっと笑わせたくなってしまう。そうして楽しいのループが始まる。ずっと前に一緒にベトナムに行きたいねって話していた。ネオンが光る街を酔っ払い女二人でじゃれ合いながら歩きたいな。二人して何を撮ったんだかわからないような写真を撮り、後から上がった写真を見返してケタケタ笑いたい。

1月28日

Journal 28.1,2023

午後からりりさんと池袋の中華で約束。今日はりりさんの夫となった陸さんもくる。陸さんに会うのは初めて。りりさんが結婚を悩んでいた時にビデオ通話で周ちゃんと3人で話し合ったことがある。いつだったか覚えてないけれど、今の家に越してきてそう経っていなかったからきっと昨年の春あたり。メールでは二人に相談したいことがあると言っていたけど、もう心にはしっかりと決意が見えていた。ただ突然に起こった現実に心を激しく揺さぶる動揺をどうにか形に声にしたかったんだろうという感じに見えた。それに、結婚への決意はりりさんらしくて、いつも通り真っ直ぐな彼女そのものだったことに安心したというか、嬉しかった。

そもそも、りりさんも私も結婚を強く望んでいた訳じゃなかった。いきなり現れた結婚を思わず飲み込んでしまったような感じに近い気がしてる。勿論、後先考えてる余裕もないし考える気もなかった。りりさんがどうだったかはわからないけど、本当にあっさりと私達は結婚をした。時々思う。少しだけ私とりりさんは似てる。自分の事はよくわからないけどそう感じる時がある。

私と周ちゃんが到着する少し前に二人は到着したようだった。陸さんは写真よりもずっと大きくて少し驚いた。笑顔はまだあどけなかったけど、丁寧で律儀でどこから見ても芯があるとゆうか、ちゃんとした大人の男だった。リリさんのお母さんが気に入るのもわかる。もし、私に娘がいて陸さんを連れてきたら、私だってピザと寿司を出してしまう筈だ。よく食べてくれる姿を見ているだけで嬉しくて泣いてしまうかもしれない。それに、陸さんを好きになった一番の理由はりりさんの事を何度も尊敬してると話していたことだ。りりさんはすぐに泣いてしまうけど、自分に嘘をつかない。小さい身体でどうにかこうにか思いきりに生きようと前へ進む潔い生き方は私も好きだ。陸さんがそれをちゃんと知っていたとゆうか、きちんと言葉にして彼女の事を語ってる姿がかっこよかった。

何かが出来るとかスゴイみたいな事よりもずっと、どうにもならないその人の中で精一杯に生きてる方がずっと魅力的に見える。有名とか仕事とか、美人だとか金持だとか、その人を示すサインにはなるかもしれないけど、魅力を量る値にはならないし、人間の魅力はそんなもので量れる程につまらないものじゃない。何年も前から年収800万以上の人と結婚したいと言っていた友人達は独身をずっと更新してる。お金は大切。あればあるだけ困ることはない。けど、人間の面白さはお金で量れないとも思う。周ちゃんにそんな女達の話をすると、子供みたいな答えが返ってくる。「えー。それって、愛じゃないじゃん」って。その通り。けどさ、みんな本当に愛が欲しくて結婚してるんだろうか。それぞれのそれぞれなりの勝手な言い分で愛を語ってるだけだったりもしないか。子供が欲しいとか、そろそろ結婚したいとか、仕事がしたくないとか。結婚してないと恥ずかしいみたいなのもあるかもしれない。けど、それが人生になるのだから理由は何だっていい気もしてる。ただ、面白くないと意味がない。愛よりも前の話、面白いか面白くないか。そしたら年収なんて正直どうだっていい。

夕飯は茸鍋。〆に太い武蔵野饂飩を煮込んで食べた。

1月27日

Journal 27.1,2023


午前は新宿で美容皮膚科のカウンセリング。年末、後藤さんに「勧誘とか一切断れば無料で出来るから。」と言われていたのをすっかり忘れていた。若くて綺麗な女の子のひつこい勧誘にうんざりして直ぐに店を出た。妊娠を終えてから一気に増えた肝斑。妊娠後に増えると聞いていたけど、こんなにも増えるものかとげんなりしてる。やっぱり新宿は嫌い。逃げるように湘南新宿ラインに乗って逗子へ直行した。今日はフジモンと会う約束をしてる。最後に会ったのは妊娠前の夏のいつか。渋谷のミス・サイゴンでランチをした。結婚祝のお礼に達磨をあげたら嬉しそうにニコニコ笑って喜んでた。一見よくわからないものとか、不思議なものを全力で喜んでくれるフジモンは可愛い。子供のように無邪気な姿を見ているだけでこっちまで幸せな気持になる。フジモンはパリのマユミちゃんの親友。マユミちゃんは大好きな友達の一人だけど、その友達のフジモンもいつしか大好きな人になった。

年始に旦那さんのショータさんが事故を起こした事がずっと気になっていたから聞いてみると、身体には問題ないとの事でほっとした。ショータさんと、かかんの新しいPR動画の打ち合わせの約束をしていたので、打ち合わせの件が止まり申し訳ないとの事だった。お詫びに今日のランチ代を貰ったよ、と嬉しそうに言ってた。ランチは鎌倉野菜が美味しいモダンダイニングみたいなレストランで丁寧に作られた野菜を使った定食を食べ、散歩がてらに鶴岡八幡宮を歩いた。平日なのに週末みたいな人混みの中、夏に妊娠した事や、それで大学での勉強を決意したことなど話した。いつ何が起こるかわからないし、本当に辛かった。仕事も写真も大好きだけど、子供が出来ることが嫌だったわけじゃないけど、なんだか自分の人生から阻害されたような孤独感を味わったこと。周ちゃんは決して無視していたわけじゃない。当たり前のように私の日常が奪われてゆく中でいつもの通り仕事へ出かけただけだ。仕事、遊び、やりたかった事、やるべきだった事も。どうして女の私だけがこんな辛い想いをしなきゃいけないんだろう?事故のように起きた妊娠に対して、もどかしくて腹だたしくて悔しかった。フジモンは隣で大笑いしてる。「よしみちゃん!わかるわかるよ!うちだってさ。」男と女が不平等になるのは今に始まった話ではないけど、女性が妊娠したり、子育てをする事について、正直聞いてないよこんなの!と思った。これは周ちゃんが悪いなんて話じゃない。きっともっと大きな話だ。社会とか、歴史とか、ずっとずっと広くて大きな場所のこと。あのフツフツと煮えたぎる想いのことを鼻息荒くしながら参道で話し続けた。

「男なんて所詮わからないんだから。」姉が言ったあの言葉は本当に明答だと思う。勿論、悪意のある答えじゃない。だって、これは互いに思いやろうみたいなままごとで解決できる話じゃない。やっぱり私達は他人であって、別々の生き物であって、尚且つ性別も違うとしたら、尚更わかりあえっこない。お腹が痛いと言ってるのに、冷えた水でも飲んでねと渡されても、その優しさは痛みに突き刺さるだけだから飲めない。そんな風に妊娠をしたら男がより一層に嫌いになった。笑顔の可愛い妻でいたいなんてのは理想にもならない空想。

今日、特に話したかったのはフジモンの大学の話。2年前から心理学を勉強してる。あと働いてるクリニックの話も。私も大分解決しない人になったと思う。もうジャッジはしたくない。いいとか悪いとか。人の悪口もだけど言わない。肯定もしない。考えれば考えるほどに、答えなんてものはなくなっていく。フジモンもそうだ。二人で人の話を沢山した。頭を抱える程じゃないけど、あちらこちらに転がってる誰かの奥底にあるような暗くて皆んなが見ないようにしているような話をコーヒーを飲みながら淡々と話し続けた。同じようなことを勉強しているからというのもあるだろうけど、こんな風に話を出来る友人は他には一人だっていない。

前の夫の話も少しした。口から出したのは初めてだった。今だから考えられること。病のことについて、今どう生きているか。そしてあの病は彼の未来をどうしていくか。正直なところ、最近はあの病気のことをもっと知りたいとさえ思ってる。本来であれば忘れるべき過去なのに、これから料理し、さらには食べてみたいだなんて。「私の生命力やばいよね。」って冗談混じりに話すと、フジモンはまた大笑いしてた。本当にどうかしてると思う。だけど、きっとこれが生きるってことなのかもしれない。

1月25日

Journal 25.1,2023


今日は急遽撮影となった。だけど、ロースターの事務所までは家からそんなに遠くないし、あっという間に撮影も終わった。駆け出しの頃に少しだけファッションの撮影をしていた時のことを思い出した。こんな感じで撮影してたな。あっという間にファッションは撮らなくなったけど、なんだか懐かしい感じがした。家を出たのは朝の6時半。まだ辺りは薄暗い。周ちゃんが運転しながら「娘を送るお父さんみたいだね。」と笑いながら言った。最近、周ちゃんに駅まで送ってもらう事が増えた。いつか自分で車で行けるようになったらいいけど、これはこれで気に入ってる。

撮影が終わって池袋まで急いで向かってる時に編集の岡崎さんと駅でバッタリ会った。今朝、丁度思っていたこと。今日、岡崎さんに会えないかな。何か小さなプレゼントでも渡したいな。岡崎さんは今月で退社する。この一年で何度か現場でご一緒したけど、もっと話したかったし、なんなら飲みに行きたいくらいだった。偶然の出会いに驚きながら少しだけ話して別れた。会えて良かった。それに、これからの話も聞けて嬉しかった。やりたいことがあるのだそう。新しいことを始めるっていうのは、他人事でもワクワクする。

夕飯は麻婆春雨にした。

1月19日

Journal 19.1,2023

朝から撮影。今日も編集の佐々木さんとライターの森本さん。それから、編集の藤本さん。スタイリストさんは初めてお会いした女性だった。料理の仕事はやっぱり楽しい。むちゃくちゃ楽しい。料理を作る人ってどうしてこんなに素敵なんだろう。そして料理の仕事ってどうしてこんなに楽しいんだろう。今夜は冷蔵庫にある残り物のおかずと冷凍イカで中華炒めを作った。少し遅く帰宅した周ちゃんと食卓を囲んで私はずっと興奮しっぱなしで話し続けた。「今日の料理家さん。すごい素敵なの。すごいよね。」お酒が入っていた所為もある。だけど、とにかく嬉しかったんだろう、楽しかったんだろう。私の話を聞く周ちゃんもとても嬉しそうに見えた。

前はいつも夫の機嫌に振り回されていたのに、今は私の機嫌が周ちゃんを悲しませたり喜ばせたりするようになった。毎月やってくる生理に加えて、怒ったり喜んだりが絶え間なくやってくる私にとっていつでも機嫌よくいる事は案外難しい。だけど、出来るだけ1日でも多く笑っていられるようになりたいと思った。何だか今夜はいつもよりもずっと家族みたい。少し呑みすぎた。

1月14日

Journal 14.1,2023

起きたのは6時過ぎ。いつもよりもずっと寝坊した。毎朝早朝に続けている心理学の勉強。今日はお休みにした。それに、ちょっと気分が悪い。年始から見ている夢がある。つい先日も見たし、同じような夢を何度も繰り返しみてる。今日は母とお婆ちゃんと見知らぬ写真家らしい女性、それから編集の成田さんが出てきた。それぞれが異なるシチュエーションで何かしらの理由で私を責め立てている。毎回どうしてそんなに怒っているのかがよくわからないけど、なんだか申し訳ないような気持ちだとか、私って駄目な奴。やっちゃったたなぁと反省してる。先日、周ちゃんとユングの夢分析について「あれはスピリチュアルの世界の話だ。」なんてバカにしてたくせに、ベッドに潜りながら真剣にユングについて検索した。一応、心理学の療法の一つではある。無意識のところで自分が送るメッセージがどんなものか、そこに隠された深層心理を探りながら問題と向き合っていくという療法。夢占いとは違う。googleでは結局、なんともいい加減な夢占いの記事ばかりがでてきた。だからと言って朝から大学の先生が書いた研究結果のようなPDFの資料をダウンロードしてまで読む気にもなれない。読書でもしよう。数分で諦めて読書を始めた。一昨日に青山ブックセンターで買った坂口恭平さんと精神科医の斎藤環さんの往復書簡本。二人とも元々好きだったけれど、好きと好きの化学反応は掛け算どころか超越していた。文章が言葉がするすると入ってきて気持ちがいい。背中や足に背びれや尾びれがついて人魚のように物凄いスピードで二人の間を自由に泳いでいるみたい。

坂口さんは時々イッてしまうような天才的な文章になるのだけど、それが双極性障害の語り口にとても似ていて、まるで前の夫が話しているようにも聞こえた。とはいえ、坂口さんは公表されているように元夫と同じ双極性障害であり、本人いわくほぼ完治状態。私は精神科医ではないから実際のところわからないけど、あの日々のことを少し思い出した。だけど、もう最近は全然恐怖を感じることはない。寧ろ、あの時のあれは一体なんだったんだろうと興味さえ沸いてる。けど、本当はいつまでも怖がった方がいいんだと思う。自分でも驚くくらいに元の自分に戻ってきてる。元夫と付き合った時もそうだった。彼がおかしいことはわかってたけど、写真を撮ったら面白そうな気もして付き合った。身の危険を犯してまで良い写真に出逢えるんじゃないかと期待しまう欲望やその状況を冷静に受け止めてしまっていた自分。若かったとはいえ、あまりに刹那的すぎる。私達の時代でいう援交をしていた子みたいだ。彼女たちそれぞれにはそれぞれの理由があったとは思うけれど、それ以前に未来や自分の命への愛着がカケラもないような感じだ。

なんとなく成田さんの事が気になってメールした。新年の挨拶と昨晩の夢で怒られた事を伝えた。直ぐに返答があって今度お茶かランチでもしようとなった。”今日、明日でも大丈夫です。” “私も大丈夫。” この週末は藤原さんとしんちゃん、村上美術のゆうやくんが家に来る筈だったけれど、しんちゃんの仕事の関係で昨日にリスケとなったところだった。色々の偶然が重なり数時間後に隣駅になるネゴンボというスパイスカレーのお店でランチをした。ネゴンボはRiCEの撮影で成田さんの編集で撮影に入った店。4年くらい前の話。どこだかわからない寂れた小さな街にポツンとあるカレー屋。何年も前、ネゴンボがこんなに有名になるずっと前に東京ピストルの草薙さんがいつものように「すっごいカレー見つけたんだよ。」目をギラギラさせて話していたのを思い出す。よくもまぁ見つけたもんだと思うけど、草薙さんはやっぱりすごい。あれほど感度の高い人に出会った事がないと思う。結局、今はサウナ本で大ブレイクしてるけど、あの時代にこんな田舎にあるネゴンボを見つけてくるなんて。そしてその街に移り住んだ私。人生とは本当によくわからない。

近況とか成田さんのお仕事の話とか、少しだけインドの話をした。RiCE編集部に入ってもうすぐ6年目だそう。初めて会ったのは大塚での現場でビール特集だった。大学のテストが終わってから来ましたと言ってたけど、あの日から6年だなんて信じられない。それに当時は未だ20歳そこそこで子供みたいに見えた男の子とこんなに仲良くなるなんて想像もしてなかった。何年か前に受けとった電話の向こうでは半べそかいていた事もあったし、かと思えば夜遅くに酔っ払って陽気な彼が満面の笑みで家に遊びに来たこともあった。仕事ではもちろん絶大な信頼を置いてるし、とにかく一緒にいて楽しくて、彼の人柄が好きだからとしか言いようがない。ただそれ以上でもそれ以下でもない。

カレーを食べてから駅前で仕事の話を少ししたけど、どんな仕事をしようともやっぱり誰としたいかだと思った。面倒な話はそこまで考えないでいいのかも知れない。成田さんと話してるとやっぱり彼が好きだなと思う。相変わらず私の日記も読んでくれてるみたいで何だか照れくさい気もするけど嬉しかった。それに、今日はようやく気づいたこともある。私はもっと器用にならなきゃいけないんだと自分を責めてばかりいたんじゃないかってこと。ユング的に考えるのであれば夢というのはフィクションだ。その創造者は私で、私は誰かの役を演じながら私に何かを言う。夢の中で上映されている場所も人も状況も私の頭の中で作られたシナリオだ。夢の中の私は責められているんじゃなくて、私は私を責めたかったのかもしれない。何かがきっと気に食わない。だけど、理想と現実は違う。私はやっぱり器用になれないんだ。ならなくていいのかもしれない。そこで出来ない自分を責め続けても答えはきっと出てこない。出来ない。それでいいんだ。だけど、だからこそ、誰と仕事をするかを決める事がやっぱり大事だし、その為には私も私の写真も間違わないようにしなきゃいけない。今日は会えて本当に良かった。やっぱり仲間はいい。次は大場さんの事務所で2月末にでも新年会をやろうと約束した。もちろん大場さんには何も話してない。

晩酌

Journal 13.1,2023

今日は朝から夜まで撮影。周ちゃんは夜から石川さんのワークショップに出掛け、そのままマン喫に泊まるとのこと。久々にひとりの夜。離婚してからベッドとゆう場所が大好きになった。多分、長い時間を過ごしたからで、途方に暮れるような苦しかった日々を無数に流した涙をベッドが受け止めてくれたからだと思う。初めは一人にしては大き過ぎるダブルサイズに慣れなかったけれど、本を置いたり、マグカップを置いたりと、食事とまではいかないけど、より快適に過ごせるようになっていった。

私にとって大切となった場所に周ちゃんと眠るのは正直ちょっと不服だったけれど、誰かが隣にいるというのはとても安心するし、朝方に周ちゃんの横顔を見るのも気にいっていた。今夜はひとり。ベッドの真ん中に大の字になって寝れる。これから寝るというのに、気持ちは小さく浮かれていた。夏の夜みたいにいつまでも自由でいられそうな、これから何でも出来ちゃいそうな気分。

今日は疲れた。取材先で久々に九州の甘い醤油を買った。後は周ちゃんが好きな長崎の紅フウキという香りがなんともじんわりと優しい和紅茶。

1月1日

Journal 01.1,2023

昨日もセックスしたのにまた今日も朝からセックスをした。私達はいつまで恋人のようでいられるんだろう。いつまで恋人のようでいたいんだろう。最近では上手に喧嘩出来るようになった周ちゃんと時々喧嘩することも増えて、嬉しかったりする反面、自分の我儘さに嫌気がさしたりを繰り返しながら段々と仲が深まっていくようにも感じてる。

母と父とはお婆ちゃんのお墓で待ち合わせ。彩度が高い青い空の向こうに西武園遊園地が見える。子供の頃によく見た景色だ。そこから車で10分くらいの場所にある麻美ちゃん家へ2台の車で向かった。麻美ちゃん家に来るのは叔母さんが亡くなる直前だ。3年前。癌の末期状態で記憶が朦朧としている時に見舞いに来たのが最後。私の顔を見て誰?と言った。叔母さんは家に遊びに行く度に末っ子の私のことをよくかまってくれた。青森出身の色が白くて綺麗な優しい人だった。麻美ちゃん、直美ちゃん、カッキーにそれぞれの家族達。それからうちの家族と周ちゃん、梃子。祭りの集会のような麻美ちゃん家の親族の集まりはまるで子供の頃にトリップしたみたいで嬉しくて楽しくて仕方がなかった。LINEにはL.Aで大晦日の真っ只中の姉とビデオ通話を繋げた。

あちこちに行き交う話し声や笑い声。立派なお刺身と叔父さんが作ったという大量の唐揚げに母が作った混ぜご飯。栗きんとん。錦糸卵。料理がテーブルの遠くまで埋め尽くされてる。「よしみの為にいくらと炊いたご飯もあるからね。」麻美ちゃんが茶碗にご飯を盛ってくれた。嬉しそうに唐揚げを頬張る母に「ムカつくー」と怒る姉。兄は猫アレルギーだからと来なかったけれど、来たら良かったのに。

みんなで食べるご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう。だからやっぱり食卓が好きだ。私の食卓好きは母譲りなだけじゃない、母の兄弟、親戚、きっともうDNAレベルの嗜好問題かもしれない。みんなで囲む食卓は元旦の今日も最高に楽しくて、最高に美味しい!

12月30日

Journal 30.12,2022

午前は仕事でお世話になった方に年賀状を書き、午後過ぎから後藤さんの家での忘年会に向かった。お土産に先日に漬けたキムチと駅前で微発泡の白ワインと武蔵野うどんを買った。武蔵野うどんは最近よく人にあげるもの。麺が太くてどっしりとしたうどん。一説によると讃岐うどんなんかと肩を並べてもおかしくない程のうどんだと聞いたことがある。初めて食べた時はとにかく感動した。

JR錦糸町駅を降りるといつもとは違う降り口に出てしまった。ここ、どこだろう。あ、中学生の時にムラちゃんのお父さんの葬式の帰りにタクシーで降りたところだ。しばらくぼんやりとしながら歩いた。中学生の時の記憶とそれから大人になるまでに何度か来た時の記憶、そして最近の後藤さんの家まで歩いた記憶。色々なこの街の記憶があっちこっちへと頭の中を駆け巡る中でGoogleマップを頼りに真っ直ぐと通りを歩いた。

もう今年も終わるんだよな。やっぱりまだ気持ちがふわふわしてる。昨日の夕方に入ったりょうこちゃんからのLINEでも浦島太郎みたいな気分になった。”よしみちゃんが幸せそうなのがほんとにうれしくてうれしくて涙が出そうになっちゃう” 目尻が熱くなったかと思うと一瞬で過去の私がやってきた。そうだ。私って最悪だったんだ。当たり前のようにやってくる今日は余りに穏やかで平和で安全過ぎている。私のことなのに忘れてた。私と元夫との結婚生活は地獄だった。そんな時に真っ暗闇の私にそっと手を差し伸べてくれたのはりょうこちゃん。きっとりょうこちゃんは今でもあの日の事を憶えてくれてるんだ。新年に再会の約束をしてるけれど、私にとってのご褒美みたいなものだと思ってる。その日が来るのを大切にしたい。

後藤さんとの二人での会話も最近は他愛もないものばかり。もう苦しい事や悲しい事、頑張らなきゃいけない話なんてしてない。お互いに過去の話は出さなくなった。あっという間に来た年の瀬だけど、ワープして時間が消えたわけじゃない。ゆっくりと積み重ねて今日までやってきたんだ。後藤さんの笑顔を見てるだけで安心した2年前。今ではそれでさえ当たり前になった。仕事部屋にあるデスクの一番上の引き出しには黄色い付箋が2年前から貼ったままだ。”焦らない。じっくり、ゆっくり、確実に。” 1日も早く悪夢から抜け出したくて書いたもの。幸せになりたい。寝ても起きても苦しかった日々。こんなに苦しいのなら死んでしまいたい。何度そう願ってもまた悪夢だけが明日と共にやってくる。だから、もう前に進むことだけを考えようと決めた。山頂を見上げたら臆してしまうけど、足元だけを見て、一歩一歩ゆっくりとでもいいから歩く。今日がたったの一歩でも一年後には365歩先の場所にいるのだからと信じて。

ビールを飲み終わってスパークリングをあけたあたりから酔いが回ってきた。少し失敗したかもと言っていたグラタンはワインに丁度よく美味しかった。ミオちゃんが来たのは18時。近所にある実家の手伝いを終えてからやってきた。お酒の所為で記憶が曖昧だけどとにかく楽しくて沢山笑った。そして、来年はパリへ行こうとなった。そんな日が本当に来たら最高だけど、こうして笑い合える今日があるだけでも十分に幸せだ。心から思う。本当にいい一年だった。大好きな人達と共に過ごす年末。こんなに幸せなことはないと思う。ありがとう。

12月26日

Journal 28.12,2022

昼過ぎに瞳ちゃんと青山で待ち合わせ、今年最後にお茶でもしようと先週に約束をした。電車の中で勉強しながら居眠り。起きたり寝たりを繰り返してたからか、頭がくらくらする。スパイラルの上にあるミナの店に入り二人揃ってベイクドチーズケーキと白ワインを頼んだ。今年が終わるなんて信じられない。まだまだ今年が続きそうな気がしてる。いつものようにただ他愛もない話を続けた。あとは少しだけ仕事の話。本当に少しだけ。

瞳ちゃんと私の共通点と言えば、自分の仕事が好きで真面目過ぎるくらいに仕事に一直線なわりに仕事だけで生きようとしないところ。そして、勢いよく来るような人と肩を並べて競争が出来ないタイプ。瞳ちゃんは編集ライターで、私はフォトグラファー。お互いにフリーランスの癖に残念ながら酷く臆病でそんな所が似てる。だけど、こないだ石塚さんに私達の現場を「ほんわかしてる。」と聞いて驚いた。側から見たらそう見えるんだ。なんだか嬉しかった。そんな話も少しした。

それからアップルストアでipadを見て、陽がくれた頃にバイバイ。帰りがけに結婚祝いを貰った。枯れない花なんだそう。枯れる花よりもずっと切なく見えた。瞳ちゃんありがとう。

食卓

Journal, 夕飯 16.12,2022

今日は金曜日。昼に渋谷のスタジオで一本撮影。編集は瞳ちゃん。現場では久しぶりにライターでありヘルスケアの色々をご指導されてる石塚さんにもお会いした。和やかに撮影を終え、おにぎり弁当を食べて帰宅した。平和な日。

餃子

Journal 13.12,2022

今日は嬉しいことがあった。嬉しくてどうにかなってしまうかと思うくらいにその朗報は私を幸せで一杯にしてくれた。2年前の私達は「結婚なんてさ。」と言ってたと思う。別にわざわざ籍をいれなくてもパートナーでもいいしねって。誰よりも結婚や男から離れていたのに、私もだけど、チャミもあっという間に恋らしきものに堕ちた。互いに全くそのつもりはなかった。

“結婚する。” なんの前ぶれもなく急な手紙からの報告に目頭が一気に熱くなった。とっさにとった携帯だったけれど、海の向こうに住むチャミは多分朝だろう。LINEで祝福のメールを送った。

チャミの小さな毎日を沢山知ってる。最近はこんな友人と遊んでるとか、バイトのこととか、冬になった春がきたよとか、気になる子と初めてデートした日のこともそう。東京にいた時よりもずっと私達は近くなったかもしれない。じわじわと目から涙が溢れた。

手紙を読み進めた。”なんか最近、彼と倦怠期なのか好きじゃなかったんだけど、また昨日から好きになったよ。”と書いてある。わかるわかると頷く。私もそうだ。大好きな日と好きじゃない日が波のようにやってくる。多分、周ちゃんはずっと平坦に周ちゃんのままなのに、どういうわけかそうゆう日がやってくる。これが女心というものなのか、単純にホルモンバランスとも言える。それに機嫌が悪いのは本当に嫌いなわけじゃない。ただ、今日嫌いなだけ。

「周ちゃん。お祝いしに行きたいんだけど。どう?」「うん。すごくいいと思う。」本当のところ、来年の春か秋に少しだけお休みをとって遊びに行こうかなと思っていたのに、まさかこんな話になるなんて。振ってもいない缶ビールから溢れてゆく泡みたいに私の喜びは止まらない。

夕飯の餃子、最高だったな。周ちゃんは餃子と麻婆豆腐が最高と言ってた。少しだけ飲みすぎたのか夜中に恋人みたいにセックスをした。結婚してからもうすぐ1年が経つ。

鯖とトマトと檸檬のカレー

カレー, Journal 09.12,2022

撮影を終えて帰宅。なんだか今日は料理をする気がしなかったので、出かける前に鯖を檸檬とスパイスに漬け込んでおいた。あとは朝にやった野菜をスパイスで炒めて、サラダを適当に作って、カレーを作った。買ってきたワインを飲みながら、いつもよりも長く夕飯をした。周ちゃんは私が今日学んだ勉強のことを興味深く聞いてくれた。もし、私が正規生で大学に入学したり、大学院にまで入学するような事があったら、それは周ちゃんのお陰だ。背中を教えてくれたのもそうだし、勉強の楽しさを教えてくれたのも周ちゃんだ。まだ来ぬ未来のことだけど、周ちゃんに有り難うと伝えた。それに、勉強を初めてから写真の見え方も変わるような気がしてる。心理学は思っていた以上に日常の少し突っ込んだような学びだった。いつまで勉強が続くかわからないけど、続けていく限り。きっともっと世界の写り方が変わっていくように感じてる。

12月5日

Journal 05.12,2022

朝に取材を2本終えてから上原にあるナイマへ向かった。やっちゃんと会うのは1年以上ぶりだ。彼氏が出来た事も結婚した事もきちんと報告出来ていなかったから、どこかで話したいなと思ってた。前はよくナイマで夕方から飲んで、12時を過ぎた頃に歩いて自宅へ帰った。そんな日は大体、元夫がツアーに出ている時。やっちゃんの彼も音楽家だからか、社会に不適合に生きる男の良識が互いにある気がして、まるで励まし合うかのように飲んでいたのかもしれない。お互いの近況を報告しあって夕方に荻窪へ向かった。

駅前に出来たサウナに2時間しっかり入って待ち合わせのレストランへ。今日は編集の野村さん、先輩カメラマンの松村さん、料理家の角田さんと和彦さん。スタイリストの朴さん。後は初めてお会いしたカメラマンの清永さんと鈴木さん。鈴木さんはカレーの本や按田餃子の本を撮ってる方。

松村さんは前に飲んだ時に見知らぬ人とも直ぐに友達になると話していたけど、皆んなと仲が良くて、こういう大人って素敵だなぁと思った。鈴木さんにどうして料理撮り始めたの?とか、色々と横で聞いていた。かと思えば料理家の角田さんは、遠くに座るスタイリストの朴さんが着てる猫のセーターをどこで買ったの〜?と突拍子も無い質問をし始めたりして、今日もやっぱり角田さんらしくて素敵だった。野村さんは今日は病み上がりで体調不良みたいで途中からお茶を頼んでいた。

夜遅くまで雨はしとしと振り続けてる。楽しかったな。

ダルバート

カレー, Journal 04.12,2022

今夜はダルバート。日曜日だけど一緒にいる。夕飯は周ちゃんが作ってくれた。少し前の私なら目くじら立てて、私の日曜日を侵害されたと怒っただろう。だけど、今日はありがたく頂いた。自覚は無かったけれど、やっぱり流産後のホルモンの所為だろうか。とにかく周ちゃんや結婚が嫌だった。周ちゃんが大好きだし結婚も後悔してるわけじゃないのに、なんだか嫌で嫌で仕方無かった。

来週はいよいよ梃子の抜糸。

11月20日

Journal 20.11,2022

14時、青山。二ヶ月ぶりの美容院。今日の堀江さんは黒いシャツ。いつもは白いけど黒かった。「黒か白しか着ないんですか?」って聞くと、今日はセミナーで出張だから黒いシャツなんだそう。先月に髪を黒くしてからというもの、黒い服を着るようになった。黒い髪も黒い服もずっと敬遠してたけど、いつもと違うことがしたくなって思い立ってやってみると思いの外良かったし、黒い服も着てみると案外直ぐに馴染めた。そんな話をすると、「僕はグラスホッパーが好きでいつもグラスホッパーで買ってますよ。」と教えてくれた。店はサロンから歩いて10分くらい。ユトレヒトの直ぐそばにあるのだとか。

それから川島小鳥さんの展示に今むちゃんと行って、神田の味坊へ。席についてまず中瓶の麦酒を頼んだ。それから、板春雨のサラダとラムの串焼き。先月に3週間ヨーロッパに行ってた今むちゃんからお土産だというイタリアのリゾットのレシピを貰った。レストランで配布してるフリーペーパー。調味料を買ってきてと言ったのにな。「これ、日本語だから。」と言ってた。確かに嬉しいけど、有難うと言って受け取った。私からは近所で買った柚子と、北海道で思わず懐かしくて買ってしまった狐の巾着袋。中には飴か何かが入ってる。渡すと想像してたよりもずっと喜んでくれた。「これ、よく知ってるね!」「北海道と言えば、この狐だよ。」「嬉しいなぁ。すごいね。よく見つけたじゃん。」ほくほくの顔で喜んでる。札幌出身の今むちゃんに私も実は母の方の血が北海道なんだと驚かせたかったのに言い忘れた。

お肉は苦手だけど、北海道で道内のラムを食べてから、肉って結構いけるんだとわかった。脂身の多い魚みたいで、するすると美味しく食べれた。今日も挑戦してみたけど、やっぱり匂いが苦手で一本だけ何とか頑張って食べた。今むちゃんは今日も昨晩のお酒がまだ残っているのか体調が悪いのだとか。最近、会うたびにそんな事を言ってる気がする。馬鹿な奴って思うけど、お酒がやっぱり好きなんだろう。それから、何杯か飲んで、聞いたことがないような難しい名前の料理を頼んで、旅行の話や、旅行中にミュンヘンの友達の家で作ったパスタが美味しくて、最近料理にハマってるとか、パスタの乳化について教えてあげたり、最後は大体料理の話をしてた。全然まだまだ話し足りないけど、今むちゃんも体調悪そうだし、うちも遠いいし、遅くならないうちに帰ろうとなった。

駅から歩いて帰宅して、周ちゃんのいる風呂場へ直行。今日は乗継良く帰れた事とか他愛も無い話をした。周ちゃんとの話がどんどんずれていく。まただ。お酒が少し残っていたからか、腹が立って黙った。悪気がないのはわかってる。ただ周ちゃんは話に夢中なだけ。けど、周ちゃんの一人朗読会みたいな話は疲れる。私がどんな顔をしてるのか、どんな風にそれを聞いているのか、一切見えない。周ちゃんは一人でいる事が好きだし、一人で何でも出来る。それはそれで素晴らしいけど、人とのコミュニケーションが下手くそだ。その一章を読み切るまでの時間は案外長くて、段々と冷えていく熱々のスープみたいで寂しくなる。終わる頃を見計らい、適当に「へぇ。そうなんだ。すごいね。」と言う。正直。こんな会話はつまらない。だってそこに私がいなくてもいいような会話だから。

腹を立ててベッドへ直行。今日の日記は私の番。日記を開くと周ちゃんが昨日書いた日記の頁だった。5行位の短い日記。昨年にミュージアムで、周ちゃんが企画した展示で周ちゃんが描いたというイラストと文字を見かけた。手書きのかわいい感じの文字だった。こちらは打って変わって、書き殴ったような汚い男の人っていう感じの文字。文体もすごくダサい。日本昔話のような、もしくは古い漫画の中の主人公みたい。ビックリマークが3つも並んでたり。あまりに可笑しくて思わず笑ってしまった。今日の事やお風呂の事を少しだけ書いて寝た。

ケーキ

Journal, 朝食 06.11,2022


遅く起きてきた周ちゃんに「紅茶のむ?」って聞いたら、「ねぇ。これ見て。」携帯の画面にあるグーグルカレンダーを指した。”何もしない日” って書いてある。書いたのは私。食べるも寝るも別、と加えてある。周ちゃんはやっぱり結婚がしたかったんだと思う。初めての結婚である周ちゃんに、私に構わないでとか、別々でいたいとか、そんな事を望む私の方が我儘だ。きっとお揃いのパジャマを着て、熱々のパンケーキの上を溶けるバターをカフェオレと一緒に流し込みながら朝を迎え、昼はぶらぶら買い物したり食事したりと手を繋いでデートをして、夜は部屋で映画なんかを見たいんだと思う。「今、紅茶を淹れてたから、いるかなと思って。」「うん。じゃあ、いる。」周ちゃんが一昨日に買ってきてくれたケーキを紅茶と一緒に食べた。

昨日は松陰神社に住んでた時に通っていた梃子の病院へ行った。セカンドオピニオンの為。前の家の直ぐそばにあるカンノンコーヒーで珈琲とスコーンとチョコクッキーを買い、角の寿司屋でお稲荷さんを、インド人の肉屋でサモサを買った。そしてThisという雑貨屋をぐるりと見て、下北沢の発酵デパートメントへ向かった。よく買っていた五味醤油さんの甲州味噌と醤油と変わったバルサミコ酢を買った。まるで半年前の生活みたい。

運転はずっと私。初めて東京まで運転したけど思っていたより怖くなかった。それに、道も街も、知っている場所を通るのはなんだか嬉しかった。「あ、あのローソンの上に二十歳くらいに好きだった子が住んでたよ。」環七の信号を止まった時に丁度そんな場所だった。「ここを曲がるとミッチャン家。」「そこを曲がるとこないだうちに遊びに来てくれた子の家だよ。」世田谷、大好きな街。私だけすっぽりとどこかへいなくなってしまったけれど、ここは今も変わらない。

今日はキッチンの大掃除をして、昨日の夕方に買った葉牡丹を鉢に植え替えた。なんだか昨日の世田谷はすごく楽しかった。だけど、私の家はここ。ここを離れる時は淋しいと思うくらいに素敵な場所にできたらいい。