腰深く座り、足は裸足で投げ出して座ってる。空いた皿はカレー皿かな、となりにはサラダが入っていただろう器がある。汗のかいたグラスはきっとアイスティーだ。片手には本。ただ、だらしなく思うままに読書にふけていた。
駅の上にある本屋の隣接したカフェで遅い昼食をすませていた中年の女性を見て思った。人生、そんなに頑張らなくたっていいのかもしれない。私もあんな風に全部を投げだしたい。彼女は主婦かな。仕事を休んでいるのかやめたのか、フリーランスなのか、子供はいなそうな感じだ。さっき本屋で立ち読みした益田ミリさんの本を思い出した。まるで本から出てきたみたいな女性だった。
朝一番で行った病院。正直、面倒だった。実際のところ、本当に妊娠したいかもわからない。昨年に流産した時はまた妊娠してみたい、なんて思ったけれど、今の生活を失ってまで本当にしたいのだろうか。今、私が一番に望んでいることはテストに受かることだ。あとはエーゲ海で青をたくさんみたい。青い空、青い海。目に写る世界を青でいっぱいにしたい。
「卵がないのよ。昨年の流産がやっぱり悪かったかな。」耳がタコになるくらい聞いた。とはいえ、まだ数回しか病院には行ってない。だけど、もうその先生の声のトーンに嫌気がさしてる。だけど、周ちゃんにはまだ言ってない。先生のその重い声を聞く度に、「別に大丈夫ですよ。」と喉まで言葉が出てきてやめる。だって、私、別に今のままで十分に幸せなんだけどって。年齢的に卵が少ないことくらいわかるよ。私は羽が生えてないのに空を飛びたいなんて思わない、いたって現実的な性格だから。
朝一番で病院に行ったけど、「診察は午後からです。」冷たくあしらわれて病院を出た。一度家に帰るのも面倒だしと駅前で時間を潰したのが悪かった。好きで始めた勉強も思いの外、不安になることが多い。先週くらいに周ちゃんに聞いた。「勉強、苦しいけど楽しい。こんな勉強ばっかりしてる奥さんでいいのかな。」「人生の夏休みって思ったらいいんじゃない?俺はすごくいいと思う。贅沢な時間だよ。」と周ちゃん。贅沢か。あまり私にはハマらない言葉かもしれない。
ビジネス乗ってハワイ行くとか、ミコノス島でバカンスするとか、そういうのが私の贅沢だ。もしくは、明日地球が吹っ飛ぶんですけど、新宿の伊勢丹でなんでも買ってきてくださいって言われるとか。けど、今の私には伊勢丹に欲しいものはあまりない。帽子好きの母に夏の麦わら帽子を贈ってあげたいくらいかな。
周ちゃんには感謝しかないし、今の私の人生は苦しいとは言っても、私の知ってる苦しみからしたら、遊びみたいなもんだ。だけど、駅前の女性が素敵で羨ましく思った。私、勉強したくて焦ってばかりいる。今の時間でさえ、ここにいないみたいに焦ってる。
頑張りたいとか、手に入れたいものがあるとか、向かいたい場所があるとか、そういうのもいいけど、そうじゃなくてもいい。何かに呪われたように、息をするように勉強ばかりして、一人勝手に苦しんでる毎日を少しだけ投げだしたくなった。今年こそ新婚旅行に行こうと周ちゃんと話してる。勉強が忙しくて行けない気もしたけど、行ってもいい気もした。別にすぐに死ぬつもりはないから新婚旅行なんていつでもいいじゃんとも思う。だけど、私も平日の昼間にダラダラと本屋の前のカフェで本を読むような女になりたいとも思う。
もうここまできたのなら、周ちゃんの言うように贅沢とまでは行かなくとも、これは楽しむ時間なんだ。大学生活は社会からドロップアウトしてるようで後ろめたさもあったけれど、仕事をやめたわけじゃない。何かや誰かにならなくたっていい。
益田ミリさんの新刊を買った。新婚旅行はやっぱりエーゲ海がいい。試験は全部合格したい。
カテゴリー: Journal
7月2日

3時過ぎに起きて勉強して、オンラインで試験。それから、いつもよりゆっくり散歩に出かけて、庭の草いじり。夕方に梃子を美容院に連れて行き、合間に長崎ちゃんぽんを食べにいくことにした。
「あー麦酒のみたい。」「飲んだら?車、オレ運転するよ。」時間は17時前。こんな時間に麦酒だなんて、最高すぎる。「じゃあ、飲む!」
帰宅して風呂に入って8時前には寝てた。すごく疲れた。試験のあとの焼失感、初めての時は魂が抜き取られたみたいになったけど、それも段々と慣れてきた。それに、そうゆうものすべてひっくるめて最近の毎日が結構好きだ。この街もこの家も暮らしもちょっと苦しい勉強も。単調だけど、小さい日々を積み重ねてると感じる。
春に植えたトマトや茄子はあっという間に私の背丈くらいに延びて、次々と実をつけてる。
6月26日
昨晩は寝苦しい夜だった。隣で周ちゃんはぐーすか寝ていたけど、枕の横にいる梃子は、はぁはぁと舌をだして熱そうに呼吸していた。時計を見ると時間はまだ夜中の12時。
南西にあるベッドルームの角に出窓が2つある。奥ばった作りは全て白で統一されていて、この家の好きな場所のひとつだ。ベッドルームに朝陽がはいること。これは私の引っ越しの条件だった。白いシーツに、白いカーテン、他の全部も白だけの部屋が朝陽でサーモンピンクに染められていく時間が好きだから。この家を見つけるのは結構大変だったけれど、好きな場所じゃないと暮らしたくないと周ちゃんを困らせただけある。だけど、一つ問題がある。それはベッドルームにクーラーがないこと。
半分融けた梃子とブランケットと一緒に1階の和室で寝ることにした。そして、クーラーの中で梃子と気持ちよく寝るはずだった。昨日、試験勉強をするために3時半にかけた目覚ましが鳴るまでに何度起きたことだろう。クーラーが効きすぎていたのか、どうにも上手く寝れなくて夢に何度もうなされた。
人は記憶を忘却できる。それは失うことを意味してない。自分さえもわからない場所へ失くしてくれるってこと。私の中のどこかへ。ちょっと前に脳の中にある記憶という場所のことについて学んだ。
多分、数日前に二度と連絡をとらないはずだった中目黒の居酒屋の店主から電話があったからかもしれないし、昼に見た是枝監督の怪物っていう映画のせいかもしれない。
「よしみさんきっと好きだから。」と、分福にいるナナコにチケットを渡されて見た万引き家族は酷く感動した。怪物も、きっと似たようなものを受け取りたいと期待していたんだと思う。社会の影に住み着いたどす黒いメッセージを、と。けど、あまり消化されずに、映画は終わった。もしかしたら、脚本が坂本さんだったからかもしれない。酷評をしたいわけじゃなくて、ただ、私の期待が外れただけ。
けれど、描写の美しさや時より不安になるような曖昧な時間は、万引き家族に似た何かを少なからず受けたのは確かで、隠していた筈の記憶が詰め物の下にいる虫歯みたいに小さく疼いた。それに、あの映画は病気が酷くなった頃に一緒に見た映画だ。待ち合わせの時間に来ない夫が電話の向こうで割れるような音で怒っていた。池尻大橋のマンションで、「後で。」と別れたのは2、3時間くらい前のこと。不安は的中した。もうあの頃は無茶苦茶だったから、上映が始まる直前に連絡がとれたけど、とくに驚かなかった。またあの時間が来たんだなって思ったくらい。
「だから、もう作らんでええから。」呆然と立ち尽くす私がいた。
男の大きな声が終わる頃、私の言葉は詰まる。喉に何かを詰め込まれたみたいに、そのまま心までそれが押し込まれたように。私がご飯を作るから悪い。その言葉がどうにも辛かった。どうして、喜んでくれる日があるのに、怒る日もあるのか全然わからなかった。出来る事といえば、気持ちを押し殺すことくらい。それに、作った食事が勿体なく見えて、かわいそうな気がして嫌だった。いや、本当はそれは私のことで、私が可哀想に見えて、けどそんな風に思いたくなかった。
あ、。忘れてた。夢から覚めて一番初めに思ったこと。池尻大橋のマンションに私達はいた。今さっきまで。昔のように冷たくなった食事と朝陽と、癇癪のとまらない元夫。世界から逆行したようなあの時間の中に。
そして、次の瞬間に思ったのは、現実はここだよ。じゃなくて、怖いだった。怖い。肌がひりひりした。それと同時に世界はどんどん過去に侵食されていく。夜はもっと黒くなって、私の温度はその中に飲み込まれていくみたいだ。どうしよう。いや、大丈夫、大丈夫だと思う。けど、不安はどんどん大きくなっていった。椅子に座ったけど、また立って、お茶を入れたけど、口を付けないまま。わからなくてベッドルームへ向かった。
静かに寝る周ちゃんがいる。背中に触れると温かい。とにかく、くっつけるところは全てくっついた。私はここで生きたい。
夕飯

帰宅したのは18時過ぎ。今日の撮影は思ったよりもずっと早く終わった。帰りがけに編集の成田さんにタイ土産だというピーラーを頂いた。私は数日前に発売した冬に撮った料理本をあげた。
駅まで周ちゃんが梃子を連れて車で迎えにきてくれて、駅前で買った鯵と鯛の刺身を片手に車に乗った。雨はまだ少し降ってる。車を買ってから生活がぐんと変わった。東京では当たり前のように週に何回もタクシーに乗っていたけど、タクシーはしばらく乗ってない。その代わりに自分で運転をするか、周ちゃんが運転をしてくれる。車を買ってから半年くらい経つけど、まだこれが現実だとは本当は思ってない。ちょっと変な感じがしてる。
夕飯は貰ったピーラーでソムタムを作ろうと麺棒を探すが一向に見つからなかった。その時点で疲れがピークになってきて、きっと乱雑な感じで引き出しを閉めたのかもしれない。閉まる筈の棚からカトラリーがガラガラと大きな音を立てて床に落ちた。「ああ、もう嫌だ。」
最近は、”あ、枯渇した。” っていう瞬間がわかるようになった。それまでなんとか頑張っていても、急に力尽きてしまう。別にストレスが前より溜まったからっていうわけじゃないけど、なんだかそうなった。
「疲れちゃって。もう生姜をすりたくなくて、冷奴はやめた。」食卓におかずを並べながらボソッと周ちゃんに伝えると、「そういう時は僕にお願いして。」と返事が返ってきた。え、。なんだ、そっか。え、そうなんだ。
なんでもひとりでやろうとするのは私の悪い癖だ。そうやって全部を私だけで完結させようとするから苦しくなる。私、なんでもできる。じゃなくて、一緒にやろうって言えばいいだけなんだ。私を苦しめてるのは私。わかってる。
最近の周ちゃんは私の取り扱いに慣れてきている。
6月21日
今日は6年ぶりにライターの柳澤さんに会った。初めてお会いしたのは神保町の蔦が生い茂ったような喫茶店だったような気がする。暑い夏の日で店内はすこし薄暗かった。その頃はまだ料理写真を始めたばかりで、いつか料理本を撮ってみたい。だけど、どうしたらいいんだろう。料理写真の何が正解なのかもまだよくわかっていなかったのに、とにかく料理本が撮ってみたい。そう思っていた。だけど、それは夢みたいなものでもあった。
その頃は編集者の友達なんて全然いなくて、出版社に出入りしているざおーに相談すると、先輩を紹介してくれた。それが柳澤さんだった。そして、その1年後くらいにたまたまリンネルの撮影で長野でご一緒して、撮影が終わってから長野の街を一緒に歩きまわったりもした。森岡書店の森岡さんのお手伝いをしてる、とか、器が好きだとか、文を書く以外のことでも、気が赴くままに働き生きてる、私の知らないずっと遠くにいる大人の女性って感じだった。
今日は料理の撮影。現場で数時間ご一緒して、帰り道もずっとお話をしてわかったことがある。この不思議な空気感は大人だからじゃなくて、柳澤さんのものなんだ。掴めそうで掴めないようなふわりとしていたもの。それが何なのかはわからないけれど、側にいると、とても心地がいい。
それから、もう一つ、すごく驚いたことがあった。それは、ご近所さんだってこと。以前に仕事が遅くなったら渋谷とかに泊まってると聞いたことがあったけれど、まさかのまさかだ。
帰りの電車で、「この土地の好きなところを3つ教えてください。」と、聞いてみると、1つ目に湖、2つ目に裏山、あとは、湖までの遊歩道がいいとか、有名な建築家らしい人が作ったという森の中にある墓地を教えてくれた。酒好きの柳澤さんのことだから、酒の店の話になるだろうと予想していたけど、実際にその場所に立ってみないとわからないような、目を閉じても肌が感じるような場所ばかりだった。写真では簡単には撮れないであろうもの。形あるものを撮るのは簡単だけど、感覚的なもの、例えば、光景みたいにその場所を全身を使って感じるものを写真にするのは難しい。だけど、記憶の中に五感で残るものはずっと掴んで離さない。恋をした日に聞いた誰かの唄や、泣きながら食べた味のわからないご飯とか。
今度、近所で飲みましょうねと約束をして、LINEを交換して別れた。
6月17日
午前は病院へ行って、帰りに周ちゃんと駅前のフードコートで昼食をとった。私はモスバーガーで、周ちゃんはいきなりステーキ。来週試験だから、こんな事してる場合じゃないのにな、なんて考えながら、食事を続けた。周ちゃんは紙エプロンにジュージューと飛び跳ねる油を気にする事なくナイフとフォークで夢中になってステーキを食べてる。
「さっきの看護婦さんの話さ、私わかったんだよね。」「???、どういうこと。」「言葉が形みたいに見えて、聞いた言葉を一時的に置いて記憶しておきながら、体型的に言葉を並べていけるっていうか。次にこれで、さっきはこれでって頭の中で組み合わせして。前はできなかったんだけど。っていうか、実は私、耳が悪いのかな。昔から人の話、聞けないんだよね。たぶん50字以上になると、言葉がぜんぜんわからなくなるっていうか。道を聞いても、最初の角を曲がって以降は覚えてられない。だから、大体、人の話は聞いてない。絵とか形だと記憶しておけるし、道も一度通ったら忘れないんだけど。」「え?どういうこと。」「多分、勉強を初めてから、沢山の文章を読むようになって、文字情報を記憶できるようになって、それがビジュアルと共に構成することで理解できるようになったのかな。勿論、感情的な話はできるよ。どんなに長くても。それは文字情報のことじゃないから。」
周ちゃんはすごく面白い!と言い、目をまんまるくして、私にあれやこれやと質問して、ホリエモンの話をしてた。「それ、似たようなことをホリエモンも言ってたんだよ。」ホリエモンがそうだったていう話ではないけど、確かに似たような話だった。
「それ、noteに書いた方がいいよ!すごく面白いよ。」って、周ちゃんはしきりに言ってた。
なんだか、ちょっと心の病気と似てるなと思った。心の病を持ってる人は、気づかない場合が多い。正確には気づいているけど、気づけない。大体の人はきっと、病と言えば、風邪のように寝込んだり、怪我のように動けなくなることだと思ってる。だけど、心の病はいきなりやってくるものもあるけど、時間の連なりの中で起こっていくものも多い。
他人から見たら困難そうに見えるものでも、本人にとっては日常であり、それを補うなにかもある。だから気づけない。
私のは、あまりに文章からかけ離れた生活をしていたからで、似たような感覚を受ける人も少なからずいると思う。けど、noteに書くほどのことかな。まぁ、いいや。とりあえず、周ちゃんは楽しそうだった。
トマトトースト

6月14日
朝、散歩に行く前に1Fの機材入れを整理していると、来週に使う撮影用の機材がないことに気づいた。え?嘘でしょ。どこ?え、忘れた?まさか。捨てるのが得意な癖に忘れ物には異常にふだんから神経を尖らせてる。その理由はよくわからないけど、必ず、自分がいなくなる場所を見返す癖があるのはずっと昔からそうだ。全然、記憶にない。けど、勉強を始めてからというもの、私の殆どの記憶は勉強で消費されていってると思う。「昨日の中華さ。」「え?なんの話。」「え?!」こないだの周ちゃんの驚いた顔を忘れられない。酷くけげんな顔をしてた。
手帳を開いて、その機材の在処を記憶をたよりに探してみると、4月4日。LEEの撮影だった。まじか。スタジオに連絡するも、忘れ物はありませんと直ぐに回答があった。だよね。スタジオさんなら直ぐに連絡をくれる筈だ。まさか、電車?あんなに大きな機材、電車に忘れるかな。幾つか乗り継いでる。あちこちに電話や警察の遺失物検索のページで探しながら、同時に新しい機材が直ぐに手に入るか調べた。44,000円。大きくため息。
中々繋がらない電話が繋がって、それらしき物が清瀬駅を経由して飯田橋の警視庁遺失物センターにあるとのこと。今日は周ちゃんは飯田橋の本社にいる。朝、いきなり本社へ行くと言い出し、出かけて行った。こんな事ってあるもんだな。周ちゃんに連絡して代理で取りに行ってもらうことにした。
なんだか機材探しであっという間に昼も過ぎて、撮影の準備をして、遅い午後から仕切り直して心理的アセスメントの勉強。ネットで試験の傾向を探してみると、”5回落ちてます。”とか、”この試験が受からな過ぎて留年しました。” “この教科のために5、6冊読みましたが全然わかりません”とかとか。不安になるコメントばかりだった。試験内容も全くよくわからない。構成既成概念が、妥当性が、信頼性係数が、。なにこれ。教科書はもう読み終えたのに、なんのことだか全くわからない。雨雲が広がっていくみたいに、気持ちがどんどん暗くなっていった。この試験、本当に受かるんだろうか。
なんか、私、ダメだ。こんなに勉強してるのに、。どうして上手くいかないんだろう。そもそも、普通にフォトグラファーとして頑張って仕事してるだけで良かったんじゃないか。そしたら、友達とも遊べただろうし、好きな物を買って、週末は好きなようにお酒を飲んでいた筈だ。周ちゃんとだって、あちこちにドライブへ行って。もっともっと本当は料理がしたいし、仕事もしたい。なんでわざわざ、こんなに大変なこと始めちゃったんだろう。バカみたい。心理学は楽しいけど、なんだか医療みたいな話も多いし、統計学みたいな数学的なことや、哲学のように概念の話もあるし、もうなんなの。
だめだ。プールに行こう。”周ちゃん、何時に帰る?” “じゃあ、18時ね。” 参考書とプールの支度を持って駅前へ向かい、西武で生ワカメと発酵バターと食パンを買った。なんか全てが上手くいかないような気がして哀しかった。けれど、夏みたいな夕方の風はやさしくて、せめてもだねと思った。
今日のプールは混んでる。ふくよかな女性がいて、最初はダイエットの為に通ってるのかなと思ったけど、多分、昔に水泳を競技としてやっていた人なのかもしれない。海の生き物みたいに水の中をするすると泳いでいく。なんて素敵なんだろう。綺麗だな。しばらく呆然と見てた。人って、その人にしかできないことがある。なんだか、すごく感動した。
「夕飯の支度をしてないの。」「じゃあ、あそこの中華行ってみる?」帰りがけに寄った中華。店内はガラガラだったけれど美味しかった。「今日は飲ませて。」ビールとレモンサワーを飲んで、帰りにセブンでポテチとビールを買って帰った。周ちゃんはダイニングテーブルで梅仕事を始めて、私はソファーでビールを飲みながらLINEニュースを開いた。ひさだな。最近は携帯も殆ど触らなくなった。「周ちゃん!広末涼子が不倫だって!知ってる?」「どうでもいいけど、知ってる。」周ちゃんは何度も枕詞のように、「どうでもいい」と言ってた。広末涼子のことが好きだったのかな。それとも、芸能ニュースをバカにしてたのかな。どうでもいいネタをニュースしたっていいじゃんと思った。不倫か。広末涼子は幼馴染の佳代ちゃんと同じ高校で隣の席だったと聞いたことがある。私にとってはそれぐらいの記憶で、同じポケベル世代ってだけ。記事には2度の不倫だと書いてあったけれど、昔、薬物の話もあった気がする。人って変わらないんだろうなと思った。家族がいるのに、そんなに自分の人生が大事なのか。なんだか、昔を思い出すようで少しだけ辛くなった。
今日はもう嫌だ。勉強はしない。
ハヤシライス

今夜はハヤシ。今日は久しぶりに家でずっとひとりだった。やっぱりひとりの時間が好きだなと思う。周ちゃんは先週から毎日ミュージアムへ出勤できるようになり、そのおかげで私の時間も戻ってきた。「今日は充実してたんだ」と伝えると、「勝算はなに?」と周ちゃん。「うーん、天気かな。」とだけ言い食事を続けた。
今日は本屋でダビンチを読んだそうで「今月のダビンチに書いてあったんだけど、リリさんが最近プールに行き始めたんだって。」と言ってた。「あら、我が家と同じだね!」と笑った。プールに行きたい。一昨日も行ったけど、もう行きたい。こんなにプールにハマるとは思わなかった。周ちゃんも私も春から通い始めたプールにすっかりハマってる。水の中で静かに身体が沈んでいく感じがたまらない。世界からいなくなれるような感じが気持ちがいい。日々には色々があるけれど、プールでは勝手にするすると流れていく感じもいい。夏にリリさんとビールを飲みながらプールの話をしたいなと思った。
夕方に角田さんからメールが入っていた。大事なメールだった。直ぐには返せなくて、大切に読んでから返すことにした。多分、前はもっともっと夢みがちな毎日だった。今はその逆で、現実のことをよく考えてる。ついた傷については、どう痛いのかなとか、してもらった優しさについては、どうしてこんなに嬉しいんだろうとか。
だからって、現実から逃げちゃいけないとも思わない。そうやって今を生きてる友人や、大変な人のことも知ってる。ただ、私は逃げないほうが調子がよかっただけ。角田さんとの新しい制作は、目的があるようでないからいい。一番素敵だなと感じるのは、いつも誰かのことを考えてること。目の前のことをちゃんと見てるんだなって感じる。それに、未来の話をしないのも好きだなと思うことの一つ。
がんばろう。がんばりたい。
6月11日
朝は少しだけ寝坊した。起きたのは5時半。
勉強とは別に進めてる認知行動療法の独学。これが結構面白い。以前にちょっと嫌なことがあって、勉強の一貫に認知行動療法を使ってセルフケアしてみようと思ったのがきっかけだ。自分が実験台なら失敗しても成功しても、どちらにせよ勉強は出来るし、効果があればラッキーだなって。
勉強前に本を片手に療法を試してみる。なるほど、なるほどね。
ちょっと前から考えていたこと。noteに心理学の勉強の合間にメモしているようなことを書いてみようかなって。だけど、noteはいまいちわからない。以前に別の企画でちょこっと書いたことがあったけど、使い方もよくわからず、どうにもしっくりとこなかった。それに、あれはライターとか文章が上手い人が書いている印象がある。綺麗な文章、私には書けないよな。どうしようかな、。ぼんやりと考えているうちにあっという間に半年くらい経った。
なんでもひとりで解決しようとするのは私の癖だ。やっぱり周ちゃんに相談してみよう。なんだか今日はそう思った。「あのね。」「なに。」「これ美味しいね。」「うん。それで、なに?」「うーんと。」朝食を食べながら、話したいのに言い出せない私。
「ちょっと、note気になってて。心理学のこととか、。」周ちゃんは直ぐに「いいじゃん!」と賛成の声をあげた。それに少し嬉しそうだ。それから、使い方とか、どうやって書いたらいいとかアドバイスを沢山くれた。周ちゃんはフィールドワークの記事をnoteで書いている。
「タイトルどうしよう。」「noteには記事のタイトルはあるけど、それ以外だとマガジンがあるよ。」「あ、違うよ。どういう感じでいこうかなって。フォトグラファーです。なのか、心理学科の大学生です。なのか。中年の女の独学日記とか。」「あーなるほどね。それはプロフィールに書くものだね。」「そうか。じゃあ記事のヘッダーにタイトルみたいの入れたいんだけど。」「”人には言えないこともある。” これを手書きで書くの、どう?なんか変?」「うーんと。ピンクの手書きはゆるくて賛成だけど、この文章だとちょっと暴露とか、悪いことをこれから言いますみたいな感じがしちゃうかな。心理学日記、くらいの気軽さがいいと思うよ。例えば、”心理学を勉強してみて感じたこと” とかね。わかりやすいのがいいよ。」「ぐちゃぐちゃとか?」「うーんと。それはわかりずらいから、だらだらとか。」「むにゃむにゃは?」「いいね!寝言みたいでいいじゃん。よしみいつも寝言言ってるし。それに、独り言っぽくていい。」「あはは。確かに。じゃあ、むにゃむにゃ日記? いや、”今日もむにゃむにゃ考えてる” にしよう。」
日々気になってること、仕事や写真、友達、人間関係とかとか自分に起きたことを心理学的に解決してみたり、考えてみたり。私ひとりで楽しんでやってることが誰かのためになるならいいけど、本当に書けるのだろうか。
“今日もむにゃむにゃ考えてる” ネーミングは最高に気に入ってる。
6月1日
周ちゃんにブチ切れた。私は周ちゃんの家政婦じゃない。周ちゃんだってそんなつもりはないかもしれないけど、実質そんな感じになってる。家事の殆どは私。ミュージアムへの送り迎え。待ち時間は、駐車場やファミレスで時間潰しながら勉強してる。とは言ったって、そんな移動中の勉強は集中できないし、細切れの時間を上手に使うのは難しい。そして、今日も朝4時前に起きた。もう睡眠不足と苛立ちが限界だった。
だって、周ちゃんが倒れてからもうすぐ1ヶ月。確実に多くの時間がロスになってることは確か。写真撮りたい。仕事したい。勉強したい。友達に会いたい。遊びたい。買い物したい。ワイン飲みたい。
5月26日

来週の予定だった美容院。夏に向けて大人っぽいボブにでもしてもらおうかと考えていた。だけど、急遽いけなくなったので、今日思い立ってパーマをかけてきた。
なんだか、レポートを出してから、急に寂しくなった。勉強は寂しい。今まで以上に友人とは遊べなくなったし、日記を書く時間も減った。お酒も我慢してる。写真だけは撮ろうと思っているけど、それにしたって孤独だ。
” 寂しい。” パリのまゆみちゃんへの手紙に書いてみた。「孤独なの。」一昨日に周ちゃんにも相談してみた。
好き好んで中年になって大学に行き始めたのは私だ。勉強はとにかく楽しいし、ずっと勉強してる。それと同時に私の過去が、私が持っていたものがどんどん失われていくのも感じてる。
こんな気持ちになりながら勉強したくない。寂しいと感じるのは仕方ないこと。だって自然現象みたいなものだもの。けど、。なんだか不意にずっと同じような髪型してる自分が、変わらない人の性格みたいに見えた。
人は簡単には変われない生き物。生物として命が曝されるくらいな状況にならないと、中々重い腰が上がらないらしく、脳はできるだけ無駄な資源を使わないようにとしてるのだと何かで読んだことがある。生命維持のために。変わりたがらないワタシがいたとしても、変わりたい私はここにいる。そう、ワタシの考えもわかるけれど、私は努めることができる。
全然ちがう想定外の感じにしよう。インスタで髪型を探してみると、クルクルパーマの女の子がでてきた。「今日はどうしますか?」「この髪型にしてください。」
別に誰かにお願いされて私をやってるわけじゃない、どんどん捨てちゃえばいいと思った。帰り道、ショーウィンドウに写るクルクルになった私がいた。なんか別人。けど、いいかも。
料理家の角田さんと新しいプロジェクトが始動してる。ワクワクやドキドキもあるけど、今回のプロジェクトは今までの制作のように興味や、自分が得たい欲望の為のものじゃない。なんだか、試みに近い感じだ。それは、角田さんとの偶然の出会いであったり、その人柄に受けた影響であったり、周ちゃんとの結婚や新しい土地での生活、私が過去に経験した色々とか沢山の理由が含まれている。ただ、気があってとか、盛り上がってやろうとしてることじゃない。
今まで閉ざされた世界ばかりに私の注意が引いていたのは、そういう世界のことが知りたかったからだろう。だけど、たぶん心理学の勉強の影響もきっと大きい。心理学って人の心を知る学問かと思っていたけど、人の事を救うために作られた学問だったから。
やることは今まで通り写真を撮ったり映像を撮ることだけど、矢印が指し示す方向は、より広い場所へ、より多くの人のために向けられ始めてる。角田さんは料理も、料理以外でも、いつもその先に誰かがいる。今の私も同じ気持ちがある。家族や友達にできることは、沢山の人にもできると信じてる。
新しいことを始めよう。
5月23日
なんだか、やっぱりまだ疲れてる。
昼は周ちゃんを車でミュージアムへ送った。周ちゃんの打ち合わせが終わるまでタリーズでPCを開いて勉強のスケジュールを立てたり、メールを送ったり、溜まっていた色々を片付けた。あと、美容院の予約と、まつ毛パーマの予約もした。もう女を忘れてしまいそうなくらいに今の私はいろいろと酷い。せめて下着だけでもと思うけれど、あいにくの生理でデカパンを履いてる。いくら体調が悪いからって周ちゃんに愛想をつかされそうだ。
それに、昨日に続いて、まだ泣きたい病は続いてる。朝から雨も降ってる。焼き鳥屋にでも行きたい。こないだ、アキちゃんは時々、焼き鳥屋にひとりで行くっていう話を聞いたけど、本当にあの娘はいい。女って生き物を十分過ぎるくらいに楽しんでる。彼女ほど楽しんでいたら、「残ってるのはロクでもない男ばっかり」なんて、中年女の愚痴も世界から消失するんじゃないか。いい男っていうのは、結構あちこちにいる。焼き鳥屋にだっているのだから。
それに、パリのまゆみちゃんだってそうだ。届いたばかりのまゆみちゃんとHUGOさんの似顔絵、ダイニングテーブルに飾ってるからか、食事をする度に思う。いい女だねって。
私はまゆみちゃんのほんの一部しか知らない。だけど、幾つかの事は知ってる。20代も終わりにさしかかると、東京って街は刺激的な場所ではなくて、ただ流行を繰り返しているだけなんだって事に皆、薄々と気づき始める。私達が出会ったのもそんな頃だった。だからって、東京から出ていく友達は殆どいない中、まゆみちゃんはひとり退屈な東京からパリへと飛んだ。
パリでは何度か引っ越しをしたし、仕事も幾つか変わった。パリはとても素敵な街だ。けれど、それは、いつもまゆみちゃんを幸せにしてくれたわけじゃないことも知ってる。どうにも上手く行かない日だって沢山あっただろうし、寂しい夜の話も聞いたことがある。
定期的に届くカラフルな封筒に入った手紙には、暮らしの中にある小さな幸せの話がいくつも書いてあった。街にお気に入りのカフェを見つけたよ、仲良くなった友達がいい話をしてたの、よしみちゃんのインスタを見て同じご飯を作ったよ。遠いい異国で女がひとり生きていく大変さは、姉からよく聞いてる。日々の小さな小さな幸せは、ポイントカードにスタンプを押していくみたいに一つ、また一つとふえて行き、HUGOさんと出会った日も、きっとスタンプが押されていた。
“今日はデートしたよ。楽しかった。どうなるかはわからないけどね。” と記してあった手紙から1年ちょっと。結婚したのは驚いたけど、私から言わせてもらえば、必然だった。まゆみちゃんと生きるのはきっと楽しいだろう。小さくても、パリの街のあちこちで幸せを見つけてくるから。
幸せって、小さいことの積み重ねな気がする。それに、幸せは特別なことではなくて、日々に埋もれるくらいにありふれたものの方が丁度いい。日々の中で一つずつ丁寧に貯めたものは、そう簡単には無くならないし、増えたら人にもあげられる。
ああ、早く二人に会いたい。まゆみちゃんおめでとう。アイラブユー。
5月21日

朝にレポートを終わらせて、午後は少しノンビリと過ごした。野菜の植え替えや雑草をぬいたり、数週間手入れできていなかった庭が少しだけ綺麗になって、なんだか日常がまた戻ってきたようで嬉しかった。忙殺されていた日々の中で、あれやこれやと、やらなきゃいけない事の殆どを中身も見ずにしまい込んだ1ヶ月。こうして今日も平和に流れているならば、大して必要なことでは無いのかもしれない。そう考えてみると、生きる上で大切なことはあまりない気もした。
周ちゃんの体調は昨日より今日って感じで、ここ数日でどんどん良くなってきてる。今日はリハビリに外食してみる事にした。家から30分のところにある饂飩屋さん。人が沢山並んでる。どうやらマツコの番組に出てたらしい。こういう店はだいたい美味しくない。周ちゃんに「店を変える?」って聞くと、「せっかくだし、並ぼう。」とのことだった。饂飩は案の定、美味しくなかった。けど、隣の夫婦かカップルが美味しいねって楽しそうに食べてるのを聞いて、なんだか気分は良かった。味っていうのは、複合的なものだから。誰がつくって、何処で食べて、どんな食材で、有名っていうのも最近じゃ味のひとつだ。それが美味しいと思うその人の心が味わってる。
夕飯はモツの野菜炒め。余ったモツは明日焼きそばに入れようってなった。
5月20日
昨日あたりから周ちゃんの体調がいい。「少し、リハビリをしよう。」周ちゃんを連れて、ドライブがてら買い物へ出かけた。来週締め切りのレポートが1本残ってる。けど、そんなに難しくない。精神疾患なんちゃらっていう科目。少しくらい出かけたって大丈夫。
昨晩は元夫が夢にでてきた。私は会いたくないと拒絶を続けてたけど、会わなきゃいけないっていう夢だった。どうしていきなり出てきたのか。けど、その夢を見せてるのは私自身だ。今度の課題の教科書では、元夫の病気の事も載ってる。その頁は、読まなくても読んでもスルスルと入ってくる。なんなら加筆もできるくらいに沢山の事を見てきた病のこと。
これ以上は考えるのをやめよう。過去は過去だ。今や過去を未来をぐちゃぐちゃにすると、生きるのが苦しくなる。
5月12日

テーブルの上の芍薬が気づけば枯れていた。全く気づかなかった。右手の痛みは今日もしくしくと続いてる。周ちゃんは目を開けて食事をすることが出来ないみたいで、おにぎりを作ってる。一日に何回おにぎりをつくるんだろうか。握るたびに手が痛い。一日でも早く良くなってほしい。レポート提出まで一週間を切った。それから、周ちゃんの誕生日までも一週間。
5月10日

母から電話。来週の誕生日のことだ。「ママは24か31がいいかな。ずっと仕事が忙しくて、そこしかダメ。」「わかった。予約入れておくから。」誕生日は母が好きな浅草のレストランに行く約束をしてる。母がいつからそこに通ってるのか知らないけど、子供の頃からそのレストランの名前はよく耳にしていた。
「それで、周ちゃんはどう?」「早いねぇ。あっちゃんに聞いたの?」女っていうのはほんとうにすごい。私が離婚した時も殆ど人に会ってないのにあっという間に広まったもんだなと思ったけれど、悪い話ほど光よりも早いスピードで飛んでいく。
母とは周ちゃんの体調のこと、それからとばっちりを受けた父や兄、カイトの体調の話。庭のゴーヤの苗をあげるだの、姉の家の庭になってるロメインレタスがすごいだのって、どうでもいい話をぺちゃくちゃと30分以上話してた。子供の頃はおばさん達のどうでもいい話が長くて退屈で、「もう、明日になっちゃうよ!」って母に本気で怒っていたけれど、自分がいざそのおばさんの年齢になってみると、どうでもいい話っていうのは時間をあっという間にたいらげる。母との電話を切って、しばらく和室で勉強していると2階から周ちゃんが降りてくる足音がした。ガチャン。そのままトイレへ。
めまいは止まったのかな。そう思った瞬間になんだかいつもと違う音がした。あれ、もしかして。直ぐにgoogle mapを開いて総合病院を探した。いや、嘘だよね。いや、嘘なら嘘でいい。母の言葉、本当にならないよね。「よしみを未亡人にしないでよ。」「ママ、それはそれだよ。仕方ないでしょ。けど、若いうちに病気で死なれるのは嫌だな。」周ちゃんのお父さんは脳の病気で亡くなった。周ちゃんも頭痛持ちで、神経質で、いろいろと細かくて優しくて真面目で。そして、数日前の吐き気とめまい。いまは多分。トイレで嘔吐を繰り返してると思う。
数十分して出てきた周ちゃんは洗面所で手や口を洗ってる。「周ちゃん。吐いてたよね。病院、やっぱり行こう。」昨晩、明日は整体へ行こうかなと話してた。前に同じようなことがあった時に整体へ行ったら大分楽になったのだそう。けど、私はあまり賛成じゃない。その整体は周ちゃんの紹介で行ったことがあるけど、結構なヤブだった。悪い先生じゃないのはわかる。けど、背中ぎっくりの私の背中を押していた。背中ぎっくりは背中の筋肉が破れる症状。破れたところを触ったらますます悪化する。
「明日の朝の状況で整体に行くか、脳外科に行くか考えよう。私、車だすからね。」
急いであちこちの病院へ電話をかけた。うちに来るなら紹介状が必要だの、それだけの症状じゃ何科だかわからないだの、感じの悪い電話が続いた。一昨日に行った耳鼻科へもう一度電話するようにと言われ、電話番号を調べると休診日。マジか。周ちゃんはどんどん衰弱していってる。なんか気がないっていうか、存在がどんどん無くなっていくような。どうしよう。
「今から行ってもいいですか?数日前に行った病院が休みで。」「はい。大丈夫ですよ。ぜひお越しください。」
何時間病院にいたんだろう。診察室へ入った周ちゃんは1時間くらい出てこなかった。だけど、きっと大丈夫。診察室の中にいれば、先生がいる。点滴でも打ってるのか、倒れて寝ているのかどちらかだろう。鞄いっぱいに持ってきた参考書を診察室の出口をちらちら見ながら読み続けた。
「熊谷さん?」看護婦の女性に呼ばれて診察室へ入ると目をつぶった周ちゃんがいた。病名は、良性発作性頭位めまい症。名前の通り突発性の病気で原因も不明だが、一度かかると再発率は20%と高確率の病気。今回は脳には異常はないとのことだった。良かった。
帰宅したのは13時を過ぎていた。家を出るときに、朝ご飯を食べていなかったし、空腹でイライラしたら嫌だなと思ってキッチンにあった残り物のご飯を急いでラップで包み鞄に放り込んだ。すっかり忘れてた。具も味もない白いおにぎりは参考書に潰されて底の方でぺっちゃんこになってる。ラップから少しだけはみ出した米がipadの先にベッチャリとついていた。ああ、そうって思っただけで、濡れたティッシュを持ってきて拭いた。こういう時は感情が変になってるのだろう。うんともすんともしない。
午後は午前できなかった分を取り戻そうと急いで勉強を始めたけど、なんだか上手く進まない。今やってるところが難しいからかもしれないし、まだ気が動転しているのかもしれない。それに、今日はいつもなら停められないような地下の狭いギリギリの駐車場に停めたり、慌ててチェンジレバーをパーキングにしないでエンジン切ったり、病院でも先生に沢山の質問をしていた。なんだかなんなんだろう。私じゃないみたいだった。ものすごく慌てていたけど、強くてしっかりもしていた。
焼きそら豆

午後過ぎに周ちゃんがミュージアムから帰ってきた。吐き気とめまいが酷いらしい。夕飯も私がそら豆を口に含む度に美味しいとうるさいから、きっとつられて食べていたのかもしれない。昨日病院で薬を処方してもらってたけど、症状は悪化してる。
カツオ丼

周ちゃんが数日ぶりに帰宅した。漁師みたいに灼けた肌。ちょっと別人みたい。帰ってすぐにハグをしたら溶けるみたいにホッとした。だけど、数日間のひとり暮らしはやっぱり最高だった。私が大金持ちだったら、東京かどこかに絶対別邸をつくるだろう。マンションの小さな一室じゃなくて、ちゃんと綺麗に光の入る、ベッドもダブルベッドの別邸を。それは夢のまた夢の話だけど。
午前に納品を終えて、急いで電車に乗って代々木公園へ向かった。夕方前に青山のアップルストアの予約をいれてる。買ったばかりのapple pencilが壊れたからだ。夏みたいな天気の今日。風だけは台風みたいにビュービュー吹いていた。代々木公園、思い出の場所だ。本当にここではよく遊んだ。仕事をサボったり、デートをしたり、写真も沢山撮った。渋谷は私が一番好きな街なのかもしれない。今ほど流行っていなかった奥渋や上原も好きな場所だった。自転車であちこちを走った。朝が来るまで好きなだけ思いきりに遊んだ。クリスマスにデートしたレストラン、ビルの一角にある友達の古着屋、代々木公園の交番前交差点で恋に落ちたこともある。その彼とは宮益坂の交差点で深夜に長いキスをした。
今日は山形からでてきたざおー家族と、昔よく遊んでたメンツが集まって代々木公園でピクニック。みんなそれぞれに家族が出来て、お母さんやお父さんになってたり、立派になっていたりと、話す事が沢山あるような気もしたけど、何から話していいのかわからないような。結局、最近あったような事だけを話した。後は風が強くて、砂埃がいろいろを持っていってしまったように思う。
色々と想うことがあるはずなのに、思い出せないことが沢山ある。だけど、思い出のことよりも、時間は変わったんだってことを考えてた。みんなとは20代の頃に出会ったけれど、今は40代そこそこ。もう、誰も渋谷では遊ばない。
駅前で生カツオを見つけて買って帰った。カツオの叩きを作って、ご飯を炊いて酢飯にしてカツオ丼を作った。久しぶりの周ちゃんとのご飯。私と結婚してくれてありがとう、不意にそう思った。口には出さなかったけど、代わりに周ちゃんが大好きだよと伝えた。
昼間、和美ちゃんが「よしみちゃん、幸せになって本当に良かったね。」って言ってた。今が完全な幸福?とは言えないけど、昔の私と比べたら180度違う世界を生きてる。家は安心で安全な場所に変わった。夫にもう振り回されることはない。寝ないで仕事に行くこともないし、泣きながら仕事へ向かうことも無くなった。撮影中にものすごい数の着信が携帯電話に残ることも無くなった。歯の奥をぐぅっと食いしばらなくなり、代わりによく笑うようになった。
時間はみんなそれぞれに自由に与えられている筈なのに、私はどうしてあんなに苦しい場所にいたんだろう。夫のことを愛していたからだけど、本当にそれだけだったんだろうか。
時々、今でも考えるけど、答えはきっとノー。
4月25日
朝の3時半、目覚ましは20分後に鳴る予定。起きたくない。しばらく目をつぶっていたけど、頭の中だけが混乱しつづけてる。結局、今から逃げたって意味がないことくらいわかってる。30分もしないうちに諦めてベッドから起き上がった。昨晩は周ちゃんにしがみついて寝た。私の苛々や不安を知ってるのか知らないのか、何も言わずに周ちゃんは本を読んでた。
もう生まれてから何度もやってるから知ってる。この不安は悲しい不安だ。信じていたものが失われていくときのもので、人それぞれに色々な悲しみがあると思うけれど、私の場合、信頼が消えていく時にじわじわと深い悲しみがやってくる。
逆に言えば、人を信じることが好きなんだろう。そうして生きることがわたしの生き甲斐なのかもしれない。未だ夜が続く真っ暗な世界の中で教科書を開いて、ぼんやりと考えていた。
携帯を開くと姉からLINEが入っていた。”なんかあった?” 簡単に説明すると、”だから関わるなって言ったじゃん!” と直ぐに返答があった。あっちは前日の15pmくらい。”修行じゃん。ラッキーだね♡” とまたメールが入った。肩の力がどっと抜けていく。
昨日も作業の合間に何度も考えていた。問題はきっと私がこんな気持ちになってしまう性質だってこと。だから、人を信じるのをやめたらいいとか、関係性をいきなりシャットダウンしたらいいって事じゃない。またやっちゃった、。でもいいけど、世の中にはそうゆう人がいるんだ。で終わらさなきゃいけない。
わざわざ友達や周ちゃんに慰めてもらう事でもない。だって、話したらもっと悲しくなるし、怒りだす人もいるだろう。私の見方を増やしたところで、非の有所を探し当てたところで、私の心はどうにもならない。そんな姿形のない幽霊みたいな気持とは戦わなくていい。
それにしても姉は姉らしくて、いつもいい事を言う。だよねって思った。前に進むには、いつまでも哀しんでる場合じゃない。行動するのみ、だ。
夕方に久しぶりに成田さんから電話があった。来週の撮影の話だったけど、成田さんの彼女の話を聞いたりして結局30分近く電話をしていた。恋が忙しくて仕事どころじゃないらしい。本人が悩んでるところ申し訳ないけどかわいくて仕方がなかった。「ムズかしいです〜!」って電話の向こうで悶絶する姿になんだか気付けば気持は明るくなっていた。
さぁ、前へ進もう。辛いこともあれば、いいこともある。私に平穏を取り戻してくれたのは、人を大切にする人たちだった。
春巻

今日はしっかりと寝坊した。正確に言えば、いつも通り4時に起きたけれど30分もしないうちにベッドへ潜った。
20年ぶりのスキーは思ったより身体にこたえたらしく、身体が沼にはまったみたいに重い。
今回のミオチャンとの長野出張、思っている以上に楽しかった。大宮で手を振ってから半日と経ってないのにもう過ぎ去った時間を酔いしれてみたり寂しくなったりしてるぐらいに。
「明日、スキーやる?」
温泉街で中華を食べて宿に帰宅して直ぐにミオチャンが言った。ミオちゃんはこれから夜中まで締め切りの記事を書くとテーブルの上にパソコンを開いて座ってる。瓶ビール2本飲んだ私の答えはめんどくさいな、だった。「明日の朝に決めよ。」適当に返事をして先に寝室へ入った。
だって私、夜は苦手だから。そんな事は一言も言わないけど、私の言い分はそれだ。なんだか不服そうなミオちゃんと、逃げるように去る私。夜っていうのは何もしたくない。底なし沼みたいにずんずんベッドへ落ちていく時間が最高に好きだから。ただそれだけ。だけど。目を閉じてからやっぱりスキーをしようと決めた。夜に何かを決断するのはめんどくさいから好きじゃないけどそう決めた。だってミオチャンはスキーがやりたい。それなのに私だけやらないだなんて酷いから。
結局のところ、スキーはむちゃくちゃ楽しかった。なんなら来週にスキーに行こう!と言いたくなっちゃうくらいだった。ずっとずっと高い山の上から真っ白な雪の中をただただ降る。スキーってスゴイじゃんって当たり前のことを考えたりしながら滑った。
午前にデータをまとめてミオチャンに送ると、楽しかったねと返信。初めは怖かったけれど、いきなりスキーを誘ってくるミオちゃんもミオちゃんとの時間も全てひっくるめてなんだか毎日のご褒美みたいな出張だった。それに、田舎暮らしを始めてから会わなくなった東京の友達が多くなった中で、今でもこうして仲良く楽しめる事がなんだか嬉しかった。だって、私はきっとすごく変わった筈だ。生き方もだし、仕事の仕方、生活、沢山が変わった。それなのに、一緒に楽しめるって結構スゴイことなんじゃないか。
ああ、また出張行きたい。
3月28日
今日は夜中の2時に起きた。普通に朝だと思ったら夜中だった。しばらくベッドにいたけど頭がぐるぐると回転しだして横たわってるのが勿体ない気がしてリビングで勉強を始めた。最初は1時間、そのうちに2時間。最近は3時間以上の勉強も普通に出来るようになった。時間を測ると進み具合の悪さに焦るので時間を測るのはやめる事にしてる。
今日は心理統計。さっぱりわからなかったけれど、なんとなくわかるようになってきた。今のところ、なんでもかんでも楽しい。5時くらいに携帯を開くとリリさんからメールが入ってた。日記を読んでくれたとのこと。メールを返信しようか迷ったけどやめた。まだ夢の中だろう。
日記、なんで書いてるんだろう。書きたいから書いてるのだけど、こうして連絡を貰うとすごく嬉しくなる。ほっとしたり、ああ良かった。みたいな気持ちになる。ワードプレスを開くと今日は何人訪問してますみたいなグラフでは大体、毎日数十人の方が読んでくれていることがわかる。どこの国から検索してるみたいなマップも出て、時々イギリスとか、日本からずっとずっと遠いい場所の人もいて驚く。
こないだ周ちゃんに相談したこと。大学を卒業する為に目標を作った方がいいよねって話の続き。心理学の勉強は写真に影響のあるものにもなると思う。これからの仕事やクリエイティブをどんどん変えていくと感じる。だけど、それは今の話であって大学の卒業はきっと別。
例えば、私も離婚で鬱になったことがあるとか、元夫のDVや双極性障害者との生活経験を生かして困ってる人を救いたい、みたいな事も安易に思えない。だからと言って、今持っているものを活かしてというのも違う気がする。
せっかく新しい事を初めたのだから、クリエイティブとは全然違うことをしたらいいんじゃないか。そう。今まで全く興味がなかった、人の支援とか?自分が出来る事は写真だ。とか、クリエイティブな事だなんて決めつけなくていい。私は写真家だから、みたいなレッテルを貼る必要はきっとない。妻です。女です。もそう。
そんな話を周ちゃんにしたらすごく喜んでた。私のそういう所が好きだって。
なんでもかんでも直ぐに捨てたがるけど、大切なものは手放せない。もう結構長い事生きてきたし、写真がやめたいわけでもやめるわけでもないけど、心理支援を通して誰かを助けること。大学卒業の目標としてそれを目指してみるのもいいかなと思った。
私の小さな挑戦が誰かを救うことになるならば、それってすごくいい。それが誰かの暗い手元を灯す月明り程度の光だったとしても。
今日、小さなことでも続けていくうちに少しづつ形になることもある。まだわからないけど、日記と同じ。文章が苦手でも、毎日続けていたらいつしか書けるようになったりするもの。先ずはやってみたり、次に信じてみたり、そんな繰り返しできっと繋がってゆく。かと思えば、嫌になって止めてしまうことだってあるのだけど。とはいえ、未来のことなんて考えても仕方がない。
ここは一つ、思う存分がんばってみよう。
夕飯

今日は3時に目が覚めた。周ちゃんは7時。祝日とは思えない我が家の朝だ。なんだか無性にスタバのコーヒーが飲みたくなって梃子を連れて車で駅前のスタバへ行った。そのままサスティナブルなんとかっていうパークが車で30分くらい走らせたところにあるらしく行ってみることにした。
梃子の散歩をして祝日で渋滞してる道路で「今、三つ願いが叶えてあげるって言われたらどうする?」なんて明日には忘れてしまいそうな会話をしながら家路についた。簡単に昨日の残り物で昼食を済ませて近所のカフェへ。私は大学の勉強を周ちゃんはパソコンを広げて何かしてた。
「無印週間やってるよ!」「えー!ひどい。」
この家に越してきた時から無印週間を待ってた。気づくと終わってる無印週間。タオルもシーツもピローケースも書いたい物が沢山ある。「もう少ししたら駅前の無印に行こうよ。」
それから数時間後。パソコンの入ったリュック一杯にタオルやシーツを詰め込み、周ちゃんは枕をふたつ入れた大きな袋を抱えて自転車で帰宅した。
「穏やかだね。」「なんか俺もそう思ってたんだよ〜。」私にもこんな日が来るんだ。初めて結婚を意識したのは高校の時から付き合っていたマルちゃんだった。26歳の時、一緒に二子新地へ越した時は母が大きな冷蔵庫を買ってくれた。今となっては申し訳なくて聞けないけれど、あれは嫁入り道具の一つだった筈だ。私もマルちゃんも互いの両親も結婚はそろそろでお待っていた。だけど、ハッピーで温かい場所からある日突然に逃げ出したのは私。
それからというもの、面白い男には沢山出会ったけれど、心温まる男に出会った覚えがない。私もそういう女だったんだろう。楽しい思いは沢山してきたけど、こうして気が抜けた炭酸みたいな顔をしてぼんやりと夕飯を食べる夜はなかった気がする。恋愛に飽きたわけじゃないけど、もう昔のように弾ける必要なんてない気がしてる。無言で食べてることですら忘れてしまいそうだった。
最近、胃が少しだけ痛くて連日大根おろしにポン酢をかけたものを食べてる。勿論それはそれで美味しいけど、毎日同じ食べ方はいやだ。なんとなく今日はかんずりを入れてみた。そして、こういう日常の閃きは当たる。脂がそこそこのった焼き鯖と一緒にそれを食べてみると全身がビリビリしちゃうくらいに美味しかった。やっぱり当たりだ。
これは世界でたった一人。私しか参加していないゲームなのだけど、この瞬間、頭の中でフィーバー!って感じになる。「きたね!」私の言葉に周ちゃんは笑ってた。多分、よくわかってない。
3月5日
午後過ぎに藤原さんと代々木八幡でワインを飲んだ。久しぶりの藤原さんは、髪がショートから肩下まで伸び、ロングスカートで駅前で待っている姿はしっかりともう誰かの奥さんって感じだった。
「前に会った時によしみさんから2月に結婚するって話を聞いて。それで私も6月に決めたんですよ。逆算したらいいんだって。先に結婚する日を決めるのいいなって。」「え?そうなの??」「はい。採用させていただきました〜。」嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑う藤原さんが言った。
周ちゃんとは初めてのデートで付き合うことになり、その日にプロポーズを受けた。そして、翌週の土曜日に青山で結婚指輪をオーダー。指輪も結婚もすべては夢の続きか悪い冗談のような感じだったけれど、指輪が出来上がるのは2月でその日に結婚をしようとなった。
そんな嘘みたいな毎日が続いてる中、うちで藤原さんとしんちゃんとご飯を食べた時に結婚の報告をした。
「2月に指輪が出来るから、その時に結婚しようと思って。」
なんだかすごく嬉しかった。自分が誰かの人生に少しでも役に立てるだなんて。藤原さんは結婚して変わったと思う。すごく可愛くなった。前から超がつく程にいい子だったけれど、その藤原さんじゃなくなった。しんちゃんの事が大好きで、しんちゃんとの結婚生活が楽しくて心地いい。ただ隣でワインを飲んでるだけなのに、その幸せがじわじわと私にまで浸透してくるみたいで嬉しくなった。
それから、仲のいい友人と結婚が理由で離れてしまった事も聞いた。私も、離婚を機に離れた友人がいた。同じフォトグラファーをしてるアカリちゃん。彼女は親友だった。大好きだったし、大変だった時期は親身になって助けてくれた。けど、私が離婚することに賛成していない事も本当はわかってた。
藤原さんは哀しい話を笑いながら話す。きっと癖なんだろうけど、素敵な癖だなと思った。別に悲しみなんてリプレイする必要はない。辛ければ泣いたり怒ったりと感情を露にしてもいいけど、もうそれが過ぎ去ったのなら、あーあって感じで笑ってしまってもいいんだ。
帰りの電車でなんだかすごく周ちゃんに会いたくなった。
3月3日
人は偏ってる。それが偏っていればいるほどに魅力的にも見えるし、個性と称されデコボコと押されたり凹んだりした部分の所為で上手く前へ転がっていけないボールのようにも見える。大場さんから感じた都市への幻想や憧れは、未来を変える原動力になるし、それが強固なものとして形になれば誰かを揺さぶる何かへも変化する。理由は何にせよ、人の想いは、また人を動かす。
東京や関東出身の友人がここを離れていく理由もきっと同じだ。私もそう。若い頃は海外へ行きまくった。ここじゃないどこかに未来があるような気がしてならなかった。結局、東京で落ち着いてしまった時は、もう私はいいやと半諦めみたいなものも受け入れたように思う。
どうしてなのか、都市に限っては人が多ければ多いほどに正解が詰まってるように見える。それに、価値があるような錯覚にも陥る。世界は多数決で出来ているわけじゃないのだし、本当のところ大体の人はとっくに気づいてるはず。事のよしあしはインスタみたいなものでチェックしても意味がないことを。
だけど人が社会的な動物である以上、仕方がない事だとも思う。自分がどこに立っているかを知りたいし、出来るだけいい場所に身を置きたい。いい人間で価値のあるものでありたい。それって、人が決めるものでしょ。みたいに言う人もいるだろうけど。手っ取り早く一刻も早く身の安全を確保するにはSNSの恩恵は待ってましたと言わんばかりに沢山の人の心にフィットしたのは、皆が求めているからであって必要なものだったんだと思う。
今夜は大場さん、編集の成田さんと3人で遅い新年会。私よりも少し早く成田さんは大場さんの事務所に到着したようだった。いつもの通りで大場さんはよく喋ってる。大場さんの生い立ちや、映像のこと。それから、作品の話になった。本当はその心のうちを、作品のもっと前にある大場さんの話を聞きたかったけれど、途中で聞くのをやめた。そこは本人でさえ立ち入りたく無い場所のように見えた。
事務所を出てカレーを食べに行こうとなった。撮影でよく行くようになった日本橋は、気づけば小さな路地も何となくわかる。夜に歩くことは初めてだったかもしれない。ずっと生活圏だった渋谷だとか、買い物へ行く新宿とは違う夜。久しぶりに歩く東京の夜はなんだか気持ちが良かった。
丁寧に街の話を説明してくれていた大場さんは交差点で信号を待っている時に不意に私のことを褒めてくれた。「よしみさんのいいところは、自分で料理を作ってるところですよね。」嬉しかったけど、急にどうしてそんな事を言い始めたのかよくわからなかった。私はつまらない顔でもしていたのだろうか。
都市から田舎へ生活の環境を変えた事で、生活だけではなく人生全体の考え方を180度変えている途中だという話をした。大場さんは賢い。ふんわりと話しただけで、直ぐにそれがどういうことか理解してくれた。私の少ない言葉を上手に言葉をすくってつなげてくれた。自給自足。フードマイルをベースとした考えに近い。人生における色々の自給率をどこまであげられるか。
東京でオーガニックな生活を送ることに後ろめたさを感じていた頃の私はがむしゃらに働いていた。写真を撮れば撮るほどに通帳に溜まっていくお金を見て生産率が高いと信じ切っていたけど、入ってくるお金が大きくなればなるほどに出ていくお金も大きくなり、ただの真空管みたいだなとも感じていた。
田舎暮らしで始めた地産地消という概念から生きるサイクルを学んでみると、私が欲しい物は稼いだお金や失った時間と交換するのではなくて、全体的な量さえ把握すれば自分で出来る限り作ってみたらいいんだと気づいた。写真を撮ること一つにしてもそう。どんな仕事も全部私に下さいじゃなくていい。何がどれだけ食べたいかを理解すると、おのずと生活に必要なお金の量がわかる。そしたら自分に必要な仕事だけをすればいい。そうして余った時間は、私がやりたかった別のこと、例えば大学の勉強に当てられるし、料理をゆっくり作る時間とか、この土地をもっと掘ってみるとか別の時間に使える。そこで得た学びや喜びは私の糧となり、また写真に還元される。私の自給率が上がれば、さらには誰かにも還元できる。
面白いことで、働く量を減らして時間を増やすと、無駄に動く時間が減ってコストダウンへとつながった。結果、がむしゃらに働いていた時も今も預貯金は変わらない。ついでに、よくわからない苛立ちや目の下のクマ、毎月やってきたPMSも何処かへ消えた。
唯一の心残りは友達が減っていくことだった。
「必要な人だけになっていいんじゃないですか?」大場さんが言った。
前にいまむちゃんに話した時も同じようなことを言ってた。「まぁ。そうですかね。」そう簡単に友達とサヨナラできない自分がいたけど、ようやくそれについても理解出来るようになった。今が十分なら必要以上に欲さなくてもいいってこと。それに、何かに依存すれば依存するほどに、それは足かせになっていく。離れた友人とはこのままもう会わない人もいるかもしないけど、同じような考えを持つ友人であればそう遠くはない未来に会える気がした。友達はすごく大切な存在だけど、足並み揃えて人生を歩む必要なんてない。
成田さんからは恋の話を聞いた。悩む成田さんは相変わらずで好きだなと思った。眉毛をへの字にしてる姿を見ると側にいてあげたくなる。大場さんはいつもの通りで、そんな成田さんに真剣にアドバイスをしていた。そんな大場さんの心根は触れる度に感心する。
大場さんと私は歳も近いし互いにバツイチ。そのアドバイスには大きく頷くこともあったけれど、心の底では愛なんてものはこの世に無いのになと思っていた。だって、愛は作るものであって、愛は信じるものじゃない。エーリッヒフロムが愛は技術だと愛に悩める多くの人類に愛の地雷を仕掛けたように。なかなか最悪な離婚を経験した周ちゃんの同僚だった高橋くんや私が口を揃えてフロムに賛同したのは、一生愛すると決めた人と数年後には離婚を選ぶしかなかったから。
いい恋なんて特別に求めなくていいと思う。最低な男だとか最低な女と恋を楽しんで、別れたらいい。共犯者となってドラマチックな毎日に溺れて傷つくのは案外楽しい。夜中の12時に呼び出されたら、お気に入りの服を着て会いに行ったらいい。明日の仕事なんて関係ない。昨日と同じ服を来てどうどうと会社に行けばいいし、鳴らないメールを待ったっていい。 私はそれが恋だとか愛だと思う。平凡な彼氏は安心で安全で誰しもがいい男だねと言ってくれるけれど、だいたい飽きるし、飽きるような相手と結婚するほど人生を退屈にしたくない。
若い時は好きな男の一言で今日が最悪になったり最高になったり、本当に胸がちぎれちゃうと思うような事も沢山あったけど、仕事が手につかないとか、やけ酒するしかないとか、苦しくて苦しくて泣いても怒ってもどうにもならなかったけど、結局、その痛みで死ぬ事は一度だってなかった。そうして大人になった今は傷ついたことも傷つけたことも、どういうわけか私の一部となってる。
沢山恋をしてきっと良かった。しょうもない男と寝たことも後悔してないし、振り回した男に今でも申し訳ないと幸福を願ったりとかも全て。最悪な恋も最高の恋も同じ棚の引き出しにぎゅうぎゅうにしまわれてる。
私を半分殺しかけた夫に対してだってそう。最近では少しだけそう思えるようになってきた。
里芋と葱の味噌グラタン

私は性格が悪い。それが具体的にどうなっているのかを一字一句間違わずに言える。
今朝は久しぶりに家族会議をした。旅行や家のこと、家計簿とか色々と細かい話。どうしてだろう。周ちゃんは私じゃないのに、周ちゃんが出来ないことに苛立ってしまう。
私達は正反対のような性格や特性を持ってる。思った瞬間直ぐに行動に移したい私と、じっくりと考えてから動き始める周ちゃん。大きく広く見る私と定めた部分を奥深く見る周ちゃん。どっちもどっちでいいも悪いもないのだけど、せっかちな私が苛立つのは大体いつものこと。
周ちゃんは同じ話を何度もするし、辞書だとか取扱説明書かってくらいにそれについて細かく丁寧に説明をし始める。私はもうその3分先くらいの場所にいるから早く終わって、どうでもいいから次に行きたいと思いながら話は殆ど聞いていない、聞かない。何でもかんでも思った時にはもうやりたい私は失敗も多いけれど、細かいことなんてかまいたくない。細かいことが気になってそれをしっかりと理解するまでは動けない周ちゃんは失敗は少ないけど論理を組み立てるにはそりゃ時間がかかるし遅いし、もう目の前のそれはとっくに冷めたよ。みたいなことも多い。
お願いだから世界とコミュニケーションして!と思うのは私で、周ちゃんはいつも一人で刻々と時間を重ねてしっかりと前へ進んでいく。コミュニケーションなんてきっと要らないし納得していないと進めないんだろう。
だからいつも私が先にカチンときて怒る。なじる。意地悪を言ってしまう。そんなことを考える度に私が傷つけたひとりめの夫のことも思い出す。私は決して被害者なだけじゃない。沢山の人は勘違いしてると思うけれど、私は過去だって最低だった。
周ちゃんは勉強は出来るし賢いけど、鈍臭くて腹が立つ。周ちゃんにしたら、IQは中学受験どまりでアホで無知でよくわかんない事ばっかりする私は騒がしくて迷惑だと感じてるんだろうと思う。だけど、そうやって出来る限り傷つかない術を持っていて欲しい。
夕飯は一人でグラタンを作って食べた。午後から周ちゃんが出かけてひとりきりの最高なはずの時間を過ごしてると、不意に周ちゃんに会いたくなったりもする。寂しいとか早く帰ってきてとは思わないけど、やっぱり好きじゃんなんて思いながらワインをガブガブと飲んだ。
鰻重

書斎で仕事を終えて周ちゃんに手紙を書いた。1階では朝から水詰まりの工事。大家さんと業者と管理会社の人が来てる。周ちゃんが立ち会ってくれて、私は部屋で梃子と籠っていた。大きな音はお昼ごろまでガタゴトと続いた。夕方は近所の小洒落た鰻屋を予約してる。今日は1回目の結婚記念日。
「こんな日が来るなんて、20代の俺に言ってあげたいよ。」
「周ちゃんなら、鰻なんて30代だって食べれたでしょ。」
「違うよ。結婚記念日に店を予約して食事をするなんて、ドラマみたいなことが本当に起きるんだなって。」
若い頃は、付き合った日だとか、出会った日だとか、なんでもかんでも特別にしたがった。もう最近じゃ誕生日だってそんなに特別じゃないし、結婚記念日もそんな感じで大して特別に思わなかった。数週間前になんとなく「食事でもする?」と聞くと軽く頷いた周ちゃん。これっぽっちも想像もしていなかった。周ちゃんは今日の日を喜んでる。
ひとりでビールをあっという間に飲み干してワインを頼んだ。それから、今日は少しいつもと違う話をしようと話した。結婚してからのこと、一年経ってどう?どうだった?とか。記念日に鈍感な私の心はいつまでもどこまでも静かなまま。だけど周ちゃんはずっと笑顔で顔をくちゃくちゃにしてクリスマスの子供みたいに嬉しそうにずっと笑ってた。
私が知ってるよりもずっと簡単なことで誰かを幸せにできるのならば、もっともっとしたい。私が周ちゃんの妻じゃなくとも、周ちゃん以外の誰かに対しても、とにかくそうしたいと思った。天井が高くて日本家屋の屋敷みたいな薄暗い店内。少しだけお酒が回っていたのかもしれない。私の小さな願いはぼんやりとして見えるけれど、しっかりとここにある感じ。願いや祈りみたいに手放さない。いや手放したくない。傷つけないようにと柔らかくしっかりと。
私は何も要らない。誰も気づかないような少しだけの光でいい。松陰神社に見つけたマンションでそっと静かに暮らせたらいい。そう願っていた日々の中で突然に現れた周ちゃん。2021年11月。離婚から丁度1年。ようやく夫の影が街から消えた秋も終わりの頃だった。走るバンを見ても動揺することがなくなり、警察からの電話も鳴らなくなった秋に。
男の人に触れられるのでさえ怖かったのに、出会って直ぐに抱き合って結婚した私は本物のバカだったと思う。顔が小さくて学芸員をしているというイケメン。いまだに私の何がよかったのか聞いても周ちゃんの答えはよくわからない。
「そう感じたから。直感だった。」
結婚はそんなに簡単なものじゃない。だけど、そんな風に決断してしまうのもわかる。きっと人生をどうにかしたかったんだろう。いつまでもここにいたらいけないと覚悟したかったんじゃないか。もし本当にそうだったとしたら、結婚を恐れていた私と同じ。だけど、理由なんてなんだっていい。結婚なんてと言う私に、結婚をしようと言う男が現れて、怖いから嫌だとは言いたくなかった。
2度も結婚をしてみて思うのは、やっぱり結婚は大変だし面倒なもの。楽しいことも沢山あるけど、ひとりの方がずっとラクでいい。だけど、望まなければ望まない程になにかを見つけられるような気もしてる。最近は特にそう。おかしなもので、2度目は2度目で全然違う結婚をしてる。
手紙に書いたことはいつも通りに冷たい私からのお願いごと。”結婚は上手くいかないこともあるけど、くだらないことで毎日をどうにかしたくない。せっかく結婚したのだから、これはチャンスにしよう。” 本当に冷たい女だと思う。だけど、周ちゃんが結局好きだし、さらさらと書いた。一生あなたを幸せにしたいとか、幸せにしてとかそういうのは間違っても絶対にパスだ。アルバイトの牧師さんに「神の前で誓いますか。」と言われてる新郎新婦を見て、私ならこう言いたい。人生はそんなにつまらないもんじゃない。人生は壮大だから、そんなファンタジーみたいな事言わないで。自分の時間をどうか粗末にしないでって。
どちらかが先に死ぬだろうし、電撃的な恋に堕ちてしまうようなことだってあるかもしれないし、いつかさよならする日は必ずやってくる。ここにあるものはずっとあるわけじゃない。抱え込むことなんてしたくないし、だからって簡単に手放すつもりもない。ただ、消えてなくなる前に私が出来ることをしたい。その為に私はあなたの力になるし、私もあなたの力になる。
私の望みは、ただ今日が腹一杯に。互いの胃袋が美味しさで十分に満たされていればいいだけ。
2月21日
今日も朝から撮影。昨日よりもずっと背中の調子はいい。先生からも安静にしていれば痛みは3日で徐々に消えていくと聞いていたけど、本当にその通りだった。今日は稲妻が背中を走るような痛みに襲われることもなかった。
負担のかかりそうな体勢は極力避けて、重いものを移動する時はアシスタントのムーンちゃんにお願いした。リュックに忍ばせておいたロキソニン4錠を一度も飲むこともなく無事に撮影は終了。なんとか乗り切れた。それに、身体もどんどん回復に向かってる。
先週の撮影で私が起こした背中ぎっくりは背中の筋肉が破れ内出血を起こしてしまう状態で、症状としてはぎっくり腰そのもの。激痛と共に身体がピクリとも動かせなくなる。体力のある無しに関係なく、過度な筋肉へのストレスでばりっといってしまうものらしい。マッチョなお兄さんから、私のような中年女まで誰でもなる。とはいえ、ならない努めは出来る気がしてる。春からピラティスにでも通おうと小さく誓った。
最後に口の中を〆たのは苺大福。現場で食べるご飯や差し入れのおやつはとても美味しい。最後に食べた饅頭は特に疲れた身体に甘いあんこがじんわりと心身沁みわたっていった。とにかく先週から続いた撮影が無事に終えられたことが嬉しくてゆっくりと食べた。それに、大ベテランの先輩達とこうしてお仕事が出来ることも夢にも思っていなかったことだ。キッチンで母の料理本を読み漁っていた子供の頃の私が今日の日を想像できただろうか?まさか、自分が本を作る側の人になるだなんて。
雑誌やウェブで出会う編集者とはまた違う書籍の世界。卓越した先輩方の仕事ぶりや仕事への想い。料理が好きとか、食べる事が好き、お店めぐりが好き。そういう好きとは全然違う。料理が好きで好きで、料理本を作るのが好き。何年もかけて数々の料理本を世に出してきた先輩方の姿勢は真っ直ぐと太陽に向かって立つ、太くてしっかりとした大木みたいで、側にいるだけでその清々しさに背筋が伸びるような気持ちだったり、心地よかったりと気持ちは常に高揚した。
私も料理が好きだし、料理を教えてくれる料理本は大好きだ。料理本の仕事がしてみたい。ずっと心にあった夢だった。帰り道、バスを待ってる時にふと思い出した。20代の時に働いていた制作会社で気が合う女の子がいた。入社したての頃に話していたこと。
「どんな本読むんですか?」
「実は恥ずかしい話、本は殆ど読まなくて、。料理本は読むんですけど。」
「へー。私も料理本好きですよ。」
「夜ベッドに入る前に、ベッドの脇には料理本を沢山積んでそれを読みながら寝るのが好きなんです。」
「え!私もですよ。」
料理本は実用書っていうカテゴリーだと思うけれど、実用的なだけじゃない。夜、寝る前に1日仕事を頑張って疲れた心を癒してくれるのは、美味しそうな料理写真やレシピもそうだけど、先生が食と共に生きてきたストーリーが詰まった知恵袋のような色々だ。
アトリエに入る光やキッチンに並ぶフライパン一つにとってもそう。料理を作る人の手や美しい料理が盛られた皿だってそう。そこはきらきらと光る母の食卓と同じ、胃袋だけじゃなくて全身がそこに包まれたいと願ってしまう。生活はいつまでもどこまでも限りなく豊かであることを教えてくれる。明日は今日よりもずっとずっと美味しそうに光ってるんだということを。
いい本になるといいな。もう過去の同僚とは連絡を取ってないけど、彼女のような子にこの本を読んで欲しい。
ホルモン炒め

朝から撮影。背中がおかしい。歩くだけでも痛いし呼吸しても痛い。来週まで乗り切れるのだろうか。勉強も月曜から休んでいるし、朝が来たと思ったら晩が来る。
今回の撮影は私にとっては条件の悪さは過去一で、苦手とするライティングが主となる。自然光が十分に入らない北窓のぬったりした光が朝から晩まで連続する中で料理を綺麗に見ようとするには大体想像するしかなかった。こないだ写真家の松村さんが三脚を立てたらいいよ。と言ったアドバイスも呆気なく惨敗。想像している以上に三脚を立てるスペースがなかった。
考えているのは料理のことじゃなくて、どうしたら自然光みたいな光のライティングとなるか。現場が穏やかであることが何よりの救いだし、大先輩達との仕事はとにかく勉強になる。なのに、私の心は落ち込んでる。もっと料理に感動したいともがき続けてる。今回の仕事は特に込めた想いも強いからだろう。我が儘な気持ちを捨てられない。
それに反して背中の激痛は日に日に増していく。やばいかもしれない。背中の激痛と共に頭痛も始まってきた。もっとハードな内容の撮影は過去にもこなしてきたのに、今回は確かに、先週に姉が言ったようにこれはチャレンジそのもの。
最悪と言えばやっぱり最悪だし、諦めたくないのならばやるしかない。だから、どうにかしてライティングを組まなきゃ。人生なんてだいたいうまく行かないもの。
2月15日
今日は書籍の撮影二日目。最初の打ち合わせは昨年の秋。ずっと先のような気がしていたけどあっという間に始まった。今日が2月15日だなんて信じられない。この本の撮影が終わり、1週間も経ったら3月。そして、もうすぐ引っ越して1年になる。
撮影を終えてから打ち合わせを少しして帰宅。時間は20時を過ぎていた。周ちゃんは残業らしく家は真っ暗。餃子を焼いて、冷奴に帰りがけに買ってきた釜揚げしらすと醤油、オリーブオイルをまわしかけてビールと一緒に食べた。なんとなく写真を撮る気になれなくて今日はごはんの写真は撮らなかった。左の背中がズキズキする。すごく痛い。
周ちゃんとはここ数日、喧嘩というか顔を合わせて話してない。意図的にすれ違ってる。ベッドの中で軽く足を絡ませてみたりもするけど、せめてものコミュニケーションというか、それ以上は何もしたくなかった。周ちゃんに少し腹が立ってる。周ちゃんも一昨日、私に苛ついていた。今夜もおやすみとだけ言って寝た。来週は結婚記念日なのに。周ちゃんは喧嘩が出来ないからめんどくさい。