朝から撮影。今日も編集の佐々木さんとライターの森本さん。それから、編集の藤本さん。スタイリストさんは初めてお会いした女性だった。料理の仕事はやっぱり楽しい。むちゃくちゃ楽しい。料理を作る人ってどうしてこんなに素敵なんだろう。そして料理の仕事ってどうしてこんなに楽しいんだろう。今夜は冷蔵庫にある残り物のおかずと冷凍イカで中華炒めを作った。少し遅く帰宅した周ちゃんと食卓を囲んで私はずっと興奮しっぱなしで話し続けた。「今日の料理家さん。すごい素敵なの。すごいよね。」お酒が入っていた所為もある。だけど、とにかく嬉しかったんだろう、楽しかったんだろう。私の話を聞く周ちゃんもとても嬉しそうに見えた。
前はいつも夫の機嫌に振り回されていたのに、今は私の機嫌が周ちゃんを悲しませたり喜ばせたりするようになった。毎月やってくる生理に加えて、怒ったり喜んだりが絶え間なくやってくる私にとっていつでも機嫌よくいる事は案外難しい。だけど、出来るだけ1日でも多く笑っていられるようになりたいと思った。何だか今夜はいつもよりもずっと家族みたい。少し呑みすぎた。
ひっぱり饂飩

午後に六本木のテレビ局で撮影。夕飯は周ちゃんが準備してくれた。ひっぱり饂飩と朝採れのほうれん草でお浸し、大根おろし、水餃子。後は具沢山の味噌汁。採れたての野菜はやっぱり美味しい。身体がどんどん瑞々しくなっていくのが気持ちが良くて口一杯に頬張った。舌ってのは面倒なものだなと思う。別に私は放漫になんてなりたくないのに田舎に住み始めてからどんどん求めるようになってゆく気がしてる。採りたての野菜の味を知るようになってから、スーパーに並ぶ野菜に不満を覚えるようになった。前は何も感じてなかったのに。それは幸せな事なのか、残念なことなのか正直どちらが正解なのかわからない。ただ、感じることが増えて心は前よりもずっと忙しい。
ひっぱり饂飩
饂飩
タレ(サバ缶、納豆、卵、めんつゆを混ぜ合わせてもの)
ネギの代わりにミツバ
夕飯

今日は朝から撮影。車で行くか迷ったけど結局やめた。あれだけ文句を言ってた電車移動だけど、車の怖さを考えると電車も悪くない。やっぱりどれだけ都内での生活が便利だったか、東京での生活はタクシーと完全にセットだった。だけど、車を運転するようになってから、どこへ行くのも苦じゃなくなったし、遠いい場所にも行きたくなった。不思議なもので、便利さよりも不便さを選んだのに、世界がずっと広がった。田舎に移り住んだ友人たちが口を揃えて言う事だけど、本当にその通りだ。
撮影は時間よりもずっと早く終わった。今日はリンネルの編集の佐々木さん、あと先日に初めてご一緒した森本さん。森本さんは勝手に中山美穂に似てると秘かに毎度思ってる。佐々木さんはいつも丁寧で優しくて的確で、現場はダントツで早い。一緒に仕事をしてきて嫌なことは一つもないし、とにかくスムーズ。あっという間に撮影が終わる。こないだも思ったけど、やっぱり編集者っていうのはすごい。何がすごいかは上手く説明出来ないけど何だかすごい。すごく料理が上手みたいなものと似てる。ちゃちゃっと物凄く美味しいものを作ってしまう感じ。こないだ編集の成田さんと話していても思ったけど、仕事をする相手で私の仕事が変わる。変な話、私のギャランティーが下がってもいいから、いい編集さんがついてくれる仕事がいいとさえ思う。それくらいに仕事が変わる。現場での楽しみも、出来上がるものだって変わる。
前の私ならこんな風に考えられなかった。だけど、今は完全に何をするかより誰とやるかの方がずっと大切。こんなにも私ってのは変わってしまうものかと思うけど、それくらいに仕事への執着が失くなりより一層に仕事が好きになった。仕事だけじゃない。仕事を一緒にしてる人が好きになった。今日も楽しかったな。夕飯は時間も無かったし、冷蔵庫にあるものをとりあえず出した。あとは冷凍浅利と蒟蒻で炒め物を作った。今井真美さんの本で読み、いつか作りたいと思っていたもの。思ったよりもずっと美味しくて周ちゃんは結構気に入ってるみたいだった。
浅利と蒟蒻の炒め物 今井真美さんのレシピをアレンジ
冷凍の浅利
蒟蒻 薄めに短冊切りをしてから正方サイズに切る
大蒜・生姜のみじん切り 大さじ1くらい
醤油 大さじ1/2
味噌 小さじ1
みりん 大さじ1/2
発酵白菜鍋

今朝、ひとり書き初めをした。正月に周ちゃんと家庭の抱負について書いたけど、自分の書斎にも今年の抱負を貼りたかったから。今年は頑張りたい1年。何を頑張るか。好きな事を好きなように思いきりに頑張りたい。誰かの為にも頑張りたい。大学も目的はまだ不明だし大学院で研究してみたいとか余りに安易な考えしかないけど、今のところ楽しみ半分、不安半分。とりあえずやってみようと思う。未来を考えてしまうと色々が不安になるし、私の性分的に不安になると楽しくなくなってしまう。だから半紙には、”目の前の事だけをやる”と書いた。
朝方にデスクライトだけが光る真っ暗な部屋の中で夢中になって勉強していると不意に我に返る時がある。私、何やってるんだろう。朝の5時半、多分、私の知ってる殆どの人々はまだ今日を始めてない。完全無敵な私だけの時間な筈なのに後ろめたいような寂しいような説明のつかない気持ちになる時がある。そんな時の私を安心させてあげたいと思いながら何枚も何枚も気がすむまで書いた。
私がどこに行きたいのか私もわからないけど、一度目の結婚の時のようにもう二度とどこかに縛りつけたくない。こうなりたいとか、こうでありたいもパスだ。ふわふわの柔柔な綿飴みたいだけど、いざ口に入れたら一気に溶けるような感じがいい。それってどんな人なんだか想像つかないけど、とりあえずいい感じそうな気はしてる。
発酵白菜鍋 藤井恵さんのレシピを少しアレンジ
発酵生姜 すり下ろした生姜をヨーグルトメーカーで発酵させたもの
白菜
豚肉
春雨
醤油ラーメン

昨晩は周ちゃんと久しぶりにセックスした。特に喧嘩してた訳じゃ無いけど、先週末から小さな事が重なって私達の距離は少しずつ離れていった。肌が重なるとあっという間に近づいてしまうのはやっぱり動物なんだなと感じてしまう。お陰で朝は寝坊した。5時半。もそもそと起きて直ぐに机に向かった。数時間前まで抱き合っていた余韻が未だ全身に残ってる。あと数年もしたらきっとこういう感覚も失くなってしまうんだろう。少し寂しい気もしたけど、そういうものだから仕方がない。そうやって今とはまた違うものがしっかりと紡がれていく。久しぶりに会った友人の子供があっという間に大きくなるみたいに、毎日は今日をしっかりと重ねていく。
いつも通り2時間半勉強して、書きかけの日記を書いた。大体3時間も部屋にこもってると疲れてくる。お腹を空かせたのか梃子が部屋に入ってきたけど、また直ぐにベッドへ戻っていった。梃子を追いかけるように一緒にベッドへ行くと周ちゃんはまだ半分寝てる。「おはよう。」「今何時?」それからまた皆んなで二度寝して起きたのは昼過ぎ。なんだか背中がゾクゾクする。早朝から起きてたのに朝ごはんをスルーしたからか、空腹でどうにかなってしまいそうだ。急いでストーブをつけ、お茶を沸かした。冷蔵庫から野菜を出して、生姜たっぷりの野菜炒めを作る。湯を沸かし麺を茹でる。冷凍の水餃子も茹でる。バタバタと作ったラーメン。生卵を落として出来上がり。食事の前に念の為にと葛根湯も飲んだ。天気は朝からずっとどんよりしてる。午後はそのままベッドで過ごし、陽が暮れてからパジャマにコートを羽織り車でスーパーへ向かった。今日は1日パジャマだった。
醤油ラーメン
マルちゃんラーメン(3つで170円くらいのもの、急いでいる時や面倒な時に重宝。冷凍庫に常備。)
冷凍水餃子
生姜
ほうれん草
もやし
ごま油
最後に、白胡椒とラー油、生卵を落とす
1月14日
起きたのは6時過ぎ。いつもよりもずっと寝坊した。毎朝早朝に続けている心理学の勉強。今日はお休みにした。それに、ちょっと気分が悪い。年始から見ている夢がある。つい先日も見たし、同じような夢を何度も繰り返しみてる。今日は母とお婆ちゃんと見知らぬ写真家らしい女性、それから編集の成田さんが出てきた。それぞれが異なるシチュエーションで何かしらの理由で私を責め立てている。毎回どうしてそんなに怒っているのかがよくわからないけど、なんだか申し訳ないような気持ちだとか、私って駄目な奴。やっちゃったたなぁと反省してる。先日、周ちゃんとユングの夢分析について「あれはスピリチュアルの世界の話だ。」なんてバカにしてたくせに、ベッドに潜りながら真剣にユングについて検索した。一応、心理学の療法の一つではある。無意識のところで自分が送るメッセージがどんなものか、そこに隠された深層心理を探りながら問題と向き合っていくという療法。夢占いとは違う。googleでは結局、なんともいい加減な夢占いの記事ばかりがでてきた。だからと言って朝から大学の先生が書いた研究結果のようなPDFの資料をダウンロードしてまで読む気にもなれない。読書でもしよう。数分で諦めて読書を始めた。一昨日に青山ブックセンターで買った坂口恭平さんと精神科医の斎藤環さんの往復書簡本。二人とも元々好きだったけれど、好きと好きの化学反応は掛け算どころか超越していた。文章が言葉がするすると入ってきて気持ちがいい。背中や足に背びれや尾びれがついて人魚のように物凄いスピードで二人の間を自由に泳いでいるみたい。
坂口さんは時々イッてしまうような天才的な文章になるのだけど、それが双極性障害の語り口にとても似ていて、まるで前の夫が話しているようにも聞こえた。とはいえ、坂口さんは公表されているように元夫と同じ双極性障害であり、本人いわくほぼ完治状態。私は精神科医ではないから実際のところわからないけど、あの日々のことを少し思い出した。だけど、もう最近は全然恐怖を感じることはない。寧ろ、あの時のあれは一体なんだったんだろうと興味さえ沸いてる。けど、本当はいつまでも怖がった方がいいんだと思う。自分でも驚くくらいに元の自分に戻ってきてる。元夫と付き合った時もそうだった。彼がおかしいことはわかってたけど、写真を撮ったら面白そうな気もして付き合った。身の危険を犯してまで良い写真に出逢えるんじゃないかと期待しまう欲望やその状況を冷静に受け止めてしまっていた自分。若かったとはいえ、あまりに刹那的すぎる。私達の時代でいう援交をしていた子みたいだ。彼女たちそれぞれにはそれぞれの理由があったとは思うけれど、それ以前に未来や自分の命への愛着がカケラもないような感じだ。
なんとなく成田さんの事が気になってメールした。新年の挨拶と昨晩の夢で怒られた事を伝えた。直ぐに返答があって今度お茶かランチでもしようとなった。”今日、明日でも大丈夫です。” “私も大丈夫。” この週末は藤原さんとしんちゃん、村上美術のゆうやくんが家に来る筈だったけれど、しんちゃんの仕事の関係で昨日にリスケとなったところだった。色々の偶然が重なり数時間後に隣駅になるネゴンボというスパイスカレーのお店でランチをした。ネゴンボはRiCEの撮影で成田さんの編集で撮影に入った店。4年くらい前の話。どこだかわからない寂れた小さな街にポツンとあるカレー屋。何年も前、ネゴンボがこんなに有名になるずっと前に東京ピストルの草薙さんがいつものように「すっごいカレー見つけたんだよ。」目をギラギラさせて話していたのを思い出す。よくもまぁ見つけたもんだと思うけど、草薙さんはやっぱりすごい。あれほど感度の高い人に出会った事がないと思う。結局、今はサウナ本で大ブレイクしてるけど、あの時代にこんな田舎にあるネゴンボを見つけてくるなんて。そしてその街に移り住んだ私。人生とは本当によくわからない。
近況とか成田さんのお仕事の話とか、少しだけインドの話をした。RiCE編集部に入ってもうすぐ6年目だそう。初めて会ったのは大塚での現場でビール特集だった。大学のテストが終わってから来ましたと言ってたけど、あの日から6年だなんて信じられない。それに当時は未だ20歳そこそこで子供みたいに見えた男の子とこんなに仲良くなるなんて想像もしてなかった。何年か前に受けとった電話の向こうでは半べそかいていた事もあったし、かと思えば夜遅くに酔っ払って陽気な彼が満面の笑みで家に遊びに来たこともあった。仕事ではもちろん絶大な信頼を置いてるし、とにかく一緒にいて楽しくて、彼の人柄が好きだからとしか言いようがない。ただそれ以上でもそれ以下でもない。
カレーを食べてから駅前で仕事の話を少ししたけど、どんな仕事をしようともやっぱり誰としたいかだと思った。面倒な話はそこまで考えないでいいのかも知れない。成田さんと話してるとやっぱり彼が好きだなと思う。相変わらず私の日記も読んでくれてるみたいで何だか照れくさい気もするけど嬉しかった。それに、今日はようやく気づいたこともある。私はもっと器用にならなきゃいけないんだと自分を責めてばかりいたんじゃないかってこと。ユング的に考えるのであれば夢というのはフィクションだ。その創造者は私で、私は誰かの役を演じながら私に何かを言う。夢の中で上映されている場所も人も状況も私の頭の中で作られたシナリオだ。夢の中の私は責められているんじゃなくて、私は私を責めたかったのかもしれない。何かがきっと気に食わない。だけど、理想と現実は違う。私はやっぱり器用になれないんだ。ならなくていいのかもしれない。そこで出来ない自分を責め続けても答えはきっと出てこない。出来ない。それでいいんだ。だけど、だからこそ、誰と仕事をするかを決める事がやっぱり大事だし、その為には私も私の写真も間違わないようにしなきゃいけない。今日は会えて本当に良かった。やっぱり仲間はいい。次は大場さんの事務所で2月末にでも新年会をやろうと約束した。もちろん大場さんには何も話してない。
晩酌

今日は朝から夜まで撮影。周ちゃんは夜から石川さんのワークショップに出掛け、そのままマン喫に泊まるとのこと。久々にひとりの夜。離婚してからベッドとゆう場所が大好きになった。多分、長い時間を過ごしたからで、途方に暮れるような苦しかった日々を無数に流した涙をベッドが受け止めてくれたからだと思う。初めは一人にしては大き過ぎるダブルサイズに慣れなかったけれど、本を置いたり、マグカップを置いたりと、食事とまではいかないけど、より快適に過ごせるようになっていった。
私にとって大切となった場所に周ちゃんと眠るのは正直ちょっと不服だったけれど、誰かが隣にいるというのはとても安心するし、朝方に周ちゃんの横顔を見るのも気にいっていた。今夜はひとり。ベッドの真ん中に大の字になって寝れる。これから寝るというのに、気持ちは小さく浮かれていた。夏の夜みたいにいつまでも自由でいられそうな、これから何でも出来ちゃいそうな気分。
今日は疲れた。取材先で久々に九州の甘い醤油を買った。後は周ちゃんが好きな長崎の紅フウキという香りがなんともじんわりと優しい和紅茶。
豚とレンコンのワンタン

私が不機嫌な事に気づいているんだろう。家を出る前にぎゅっと抱きしめてきたけど、「痛い。」と返した。出掛ける間際、玄関から周ちゃんの大きな溜息が聞こえる。小学生か。めんどくさって気持ちと、子供みたいで可愛じゃないかと云う気持ちがハーフアンドハーフでやってきた。
周ちゃんはコミュニケーションが下手くそだ。人前ではハキハキと喋るし、仕事でも全く問題無いだろう。だけど、密に誰かと接する事が苦手だ。喧嘩はおろか、喧嘩みたいな事だって出来ない。そんな時は自分の心への嘘のオンパレードが始まる。苛ついていても、怒っていないフリをする。嫌だと思っても、より一層に親切にしてくる。こんな風に自分にとって不都合なコミュニケーション全てから綺麗に逃げる人は中々出逢ったことがない。そして、私はこれが嫌い。それに、逃げる行為のことを優しさだと言い換えてしまのも腹が立つ。それは優しさじゃない。だって、自分に優しく出来ないのにどうしたら他人に優しく出来るのか。それは私もよくやってきたからわかるけど、現実に向き合わない為の上手な術。
今日も冷戦。色々と喜んでくれそうな夕飯を作ろうが、周ちゃんは今夜も嘘をつき続ける。馬鹿な奴って思うけど、私の都合で正したりはしない。そんな事をしたって、事態が悪化するだけだ。けど、どうしたらいいのかわからない。めんどくさい。さっさと寝よう。こうゆう風に頭をひねらしてまで他人の事は考え過ぎちゃいけない。自分の問題にもしちゃいけない。だからって無視をしてもいけない。難しい。先ず寝よう。私の悪い所についてでも考えておこう。
牡蠣と水菜のおろし鍋

L.Aの姉から電話が鳴った。「最近どう?」「退屈してる。」本当にその通りだ。大晦日も正月も楽しかったけれどとっくに飽き飽きしている。家に縛り付けられてるような気分だ。最近の周ちゃんが嫌だとは言わなかった。「本当に退屈してるんだよね。」あくびを何度もした。「手の届かない所にあるライトを変えてくれる人がいたらいいのに。」「あっちゃん。それ、いつも言うね。」「結局さ、その役割をしてくれる人が欲しいだけかな。」「そうじゃない。それでいいんだよ。結婚なんてさ、良くも悪くもないでしょ。」「まあね。」大体いつもこんな話になる。「だってさ、こっちで一人で子供育てて、色々やって。全部自分で決めなきゃいけないでしょ。前は全部ニコが決めてくれてたでしょ。」「最高じゃん。そんな最高な事ないよ。自分の人生だもの。全部自分で決めたいよ。」「確かに。」「だからやっぱり彼氏がいいよね。」「そうだね。」結婚を選んだ私が堂々と言えることじゃないけど、彼氏っていう存在はパーフェクトだ。結婚が駄目ってわけじゃなくて、彼氏ほどバランスとれた関係性はない。姉はしばらく彼氏なんて要らないと言った。仕事忙しいし、私、男が出来たらハマっちゃうじゃんって。ごもっとも。今日は周ちゃんのことで特別うんざりしてる。さっさと寝よう。
夕飯

今日は午前から車で周ちゃんと梃子と都内までおつかい。途中、練馬にあるコンビニエンス高橋でランチ用にサンドウィッチとコーヒーを買い、新宿の先にある民藝のお店へ。友人へのプレゼントに小鹿田焼のうるかつぼを探してる。本当は池袋の近くにある小鹿田焼専門のお店へ行くはずが残念ながらお休み、急遽民藝店へ行くことにした。家を出て5分もたたないうちに周ちゃんからアクセルとブレーキを気をつけるように注意された。いつもなら素直に聞いてるのに、今日は何だか無性に腹が立って言い返した。「出来ない人に出来ないって言ってるようなものだよ。練習する為に乗ってるし、失敗しないようにものすごく気をつけてる。そんなに細かく注意しなくてもいいじゃん。」理由はわかってる。今日はいつもと違うスニーカーだから。アクセルとブレーキの踏み込む強さがいまいち掴めない。周ちゃんはきっと忘れてる。合宿免許の時にニューバランスはソールが厚くて運転が怖いからVANSを送ってとお願いしたことを。今日はニューバランス。いつまで経ってもVANSでばかり運転しちゃいけないと思って履いてきた。怖かったけど、これも練習だって。
信号で車が停まった時に周ちゃんが謝ってきた。「うん。」とだけ返答。今日はVANSじゃない事も言わなかった。周ちゃんの教科書を読んでるような真面目さが苛々するとか、もっと男らしくどんと構えていてよ。なんて事も言わなかった。そんな意味の無い話をしても仕方が無い。結局、そんなのは私の妄想だ。周ちゃんは周ちゃんでしかない。世の中に私の理想通りの男なんてのはいないのだから。誰だって良い所もあって悪い所もある。私もそう、そんなもんだ。
結局、新宿の民藝は休みで中目黒のSMLまで行った。お昼はずっとお預け。そのままトンボ帰りでまた車に乗った。今日は何時間運転したんだろう。車を運転するのは好きだと思っていたけど、殆ど車では話さなかったしつまらなかった。梃子も何かを感じたのかずっと鳴いてた。だけど、途中で私の膝の上に座ると静かに寝ていた。なんだか面倒くさい。だから結婚は嫌なんだ。周ちゃんはいい人だと思うし離婚したいとは思わないけど、独身の友人に言って聞かせたい。結婚なんて本当に幻想だよって。最悪でも無いけど、最高でもない。どちらかと言えば独身よりも窮屈だし、長期戦の中で窮屈でいることに慣れてしまうか、いつまで経っても無駄な抵抗をし続けるマインドを掲げ続けるか。そんな選択を常に迫られている中で相手を一生好きでいるのは中々努力のいる作業だ。帰宅して近所のスーパーに缶チューハイを買いに走った。夕飯は適当に作った。
夕飯
ご飯
具沢山の味噌汁
焼き鮭
昨日に作っておいた台湾風煮物
スーパーで買ったゲソ揚げ
納豆
残り物のアチャール
ダルバート

今夜はダルバートを周ちゃんが作ってくれた。ダルが最高の出来栄え。
キャベツ餅

なんだか焦ってしまう日があって、今日がそれだった。仕事をすると落ち着くっていうのは、名前はわからないけどそうゆう病の一つかもしれない。小さい頃から母が個人事業主として忙しく働く姿を見ていた。母の仕事先にマイメロディーの顔を切り取ったようなお弁当箱に私が好きなおかずを沢山詰めて、お絵描きセットなんかと一緒に持って母と一緒に色々な場所へ行った。仕事を頑張る人は正義。いつからかそんな思い込みが私の中に植えついていた。きっとバブルの死ぬ気で働けば報われる世代、働くために栄養ドリンクを飲むことが全国的に推奨されていたおかしな時代の所為もあるだろう。祖母も女一つで忙しく働き、よく稼いだ女性だった。今思えば、母はワンオペの超ハードなワーキングママでありながらも、家事も完璧。お洒落だって下着まで余念はなかったし、子供の頃に惣菜を食べた記憶だって殆どない。例外として、時々、近所の宗君家がやってる肉屋で買う揚げたてのコロッケはちょっと特別な感じがして楽しかった。
それに母が自由に働く姿を見るのが好きだった。深夜にダイニングで花を広げて仕事をしている姿を見かけるのも日常茶飯事で可哀想とか大変みたいには思ったことはない。それが母。私もきっとそうなりたかったのかもしれない。だけど、ようやく最近になってわかってきた。私は母じゃない。母に憧れてるけど、母ではなく私だ。そうやって何十年と心のどこかでいつも苦しんできた気がする。好きでもない会社に就職したくないとか、働き方に疑問があるとか、友人や家族間ではしないような、人を粗末に扱うような大人を見かける度に胸が傷んだり、逃げるように立ち去ったり。20代の頃はそんな事でとにかく心が忙しかった。
時々こうしてやってくるのはその名残だ。母になりたいけどなれない自分。もういい加減にしたらいいのにと思えるようにもなったけれど、なんだか焦ってしまう日もまだある。私なりに私のやり方で頑張ってる。誰かになる必要なんてないのに。
今日は色々と新しい事を始めた。幾つかの撮影の準備、映像のことや、企画を考えたり、大学のことを調べたり。夕方に料理家の角田さんからメッセージが入った。1月に周ちゃんを紹介したいと伝えていたけど、それは口実で私が会いたかった。メッセージを何通かやりとりをし、また連絡しますねと送った。
私とよしみさん似てるって。メッセージの中にあった言葉。和彦さんが言っていたのだそう。私は私がキライなわけじゃないけど、なんだか少し自由になれた気がした。夕飯はキャベツ餅を作った。周ちゃんは嬉しそうに頬張っていた。
キャベツ餅
キャベツ 1/4
ごま油 大さじ1
醤油 大さじ1程
味醂 大さじ1程
カレー粉 小さじ1/2
参考 榎本美沙さんのyoutubeのレシピ
おじや

昨日、今日から仕事初めの人が多いらしい。私は自宅での仕事はあるけど撮影はまだ始まらない。周ちゃんは今日からミュージアムへ出勤。また普通の日常が始まる。12月のクリスマス纏った少し忙しない世界と、たった数週間後のリフレッシュされた新しいとされる年のギャップ。立て続けにくる祭のようで楽しくもあるけど、結局何も変わっちゃいない。同じ自分が同じように歩くだけだ。とはいえ、新しい気持ちが何かを変えるきっかけになるかもしれないし、そんなチャンスはこんな風に世界が一気に変わってくれるようなタイミングじゃないと中々持てないもの。
近所の祭りで周ちゃんに頼まれたダルマを買って、駅前でお使いして銀行へ行って帰宅。予約した本を取りに図書館へ向かう前に昼食を食べることにした。昨日の残りのキムチ鍋に納豆と冷えた米を入れたおじや。最高。キムチはやっぱり手作りに限る。キムチを手作りするようになってから市販のものにあまり手を出さなくなった。辛すぎたり、しょっぱすぎたり、そのあたりの味加減がどうも納得出来ない。それに、一番にはフレッシュさが違う。
今日は少し元気がない。生理前ではないのだけど、先週から少しだけ下腹部に嫌な感じの鈍痛がある。また妊娠なんてことは無いと思うけど変な感じが続いてる。スローペースの新年の始まり。焦っても仕方がない。しっかりと前へ進もう。
キムチ鍋

午前は秩父手前にある温泉へ車で行った。山の中を駆け抜けながら1時間ちょっと。途中のガソリンスタンドでガソリンの入れ方を周ちゃんに教えて貰った。あっと間に正月が終わる。また明日から日常だ。年末に漬けたキムチが今日で終わった。白菜一個分以上漬けたのに、一人だった食卓よりもずっと早く終わってしまった。なんだか寂しいような気もするけど、新しいキムチを漬けれる嬉しさもある。
キムチ鍋
数種のきのこ、ほうれん草、ニラなど
自家製キムチ (十分に酸っぱくなったものを汁ごと)
醤油 (味を見ながら)
マロニー
前日に数時間煮込んでおいた豚ホルモン
1月1日
昨日もセックスしたのにまた今日も朝からセックスをした。私達はいつまで恋人のようでいられるんだろう。いつまで恋人のようでいたいんだろう。最近では上手に喧嘩出来るようになった周ちゃんと時々喧嘩することも増えて、嬉しかったりする反面、自分の我儘さに嫌気がさしたりを繰り返しながら段々と仲が深まっていくようにも感じてる。
母と父とはお婆ちゃんのお墓で待ち合わせ。彩度が高い青い空の向こうに西武園遊園地が見える。子供の頃によく見た景色だ。そこから車で10分くらいの場所にある麻美ちゃん家へ2台の車で向かった。麻美ちゃん家に来るのは叔母さんが亡くなる直前だ。3年前。癌の末期状態で記憶が朦朧としている時に見舞いに来たのが最後。私の顔を見て誰?と言った。叔母さんは家に遊びに行く度に末っ子の私のことをよくかまってくれた。青森出身の色が白くて綺麗な優しい人だった。麻美ちゃん、直美ちゃん、カッキーにそれぞれの家族達。それからうちの家族と周ちゃん、梃子。祭りの集会のような麻美ちゃん家の親族の集まりはまるで子供の頃にトリップしたみたいで嬉しくて楽しくて仕方がなかった。LINEにはL.Aで大晦日の真っ只中の姉とビデオ通話を繋げた。
あちこちに行き交う話し声や笑い声。立派なお刺身と叔父さんが作ったという大量の唐揚げに母が作った混ぜご飯。栗きんとん。錦糸卵。料理がテーブルの遠くまで埋め尽くされてる。「よしみの為にいくらと炊いたご飯もあるからね。」麻美ちゃんが茶碗にご飯を盛ってくれた。嬉しそうに唐揚げを頬張る母に「ムカつくー」と怒る姉。兄は猫アレルギーだからと来なかったけれど、来たら良かったのに。
みんなで食べるご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう。だからやっぱり食卓が好きだ。私の食卓好きは母譲りなだけじゃない、母の兄弟、親戚、きっともうDNAレベルの嗜好問題かもしれない。みんなで囲む食卓は元旦の今日も最高に楽しくて、最高に美味しい!
トマトペンネ

朝はいつもより少し寝坊。6時前にのそのそとベッドを抜け出し1時間だけ勉強した。まだお酒が残ってる。身体はずしりと重いけど勉強がしたい。あんなに呑まなきゃ良かった。
朝食は二日酔の時によく作る鶏ガラの梅干し饂飩を作って食べた。冷凍庫にストックしておいたガラスープに冷凍饂飩と梅干しを入れて煮込み、胡麻油と中華スープの素で軽く調味。溶き卵を回しいれて終わり。胃に優しいし食欲もきちんと満たしてくれるから気に入ってるのでここぞという日に作る。二人分の饂飩を作り、周ちゃんと再びベッドへ潜った。起きたのは昼。今夜は私の実家で大晦日を過ごす予定。兄の三兄弟の子供達は周ちゃんに初めて会う。「周ちゃん、お昼どうする?」二度寝から起きたのはお昼過ぎ。家を出るまで後2時間しかない。途中、渋滞にでも巻き込まれたら楽しい大晦日の最中に母の小言を聞くハメになる。「ペンネなんてどうかな?」「いいね!」。
周ちゃんは昨晩に山形の忘年会から帰ったばかり。私は後藤さん家で遊び過ぎて帰宅は夜遅かった。大晦日くらい二人でゆっくりと過ごし、今年の色々を振り返りたいなんて思っていたけど、結局、この一年のようにバタバタと今日も過ぎ去ってゆく。今年は結婚もそうだし、田舎暮らしも、そして妊娠と流産、とにかく休まることなく忙しなかった。新婚を楽しむなんて余裕はあまりなかったように思う。それよりも、どうにかこうにかして新しい生活を組み立てることで必死だった。だけど、この一年間の自分や周ちゃんを褒めてあげたい。昨年からは想像も出来ないような新しい今が本当に好きだ。がむしゃらでも頑張ってやってきたことは確実にこの暮らしの土台となるようなものを作ってくれた。
小さいながらも庭に作った菜園や春に植えたミモザや金木犀はすくすくと育ち、殺風景だったリビングルームも今じゃしっかりと部屋の輪郭を成してる。冬になり遅くやってくる朝陽がテーブルを照らすと、パンケーキや淹れたての紅茶から立ち上がる湯気は私の隅々をじんわりと温めてくれる。車を買ってから周ちゃんの自転車は玄関の脇に置く様になり、誰かの何かが置いてある事を目にする度に私達の生活なんだと実感しては少し嬉しく思うようにもなった。私の部屋のドアの横に貼ってきた友人からの手紙や展示の知らせなどは気付けば壁一面を覆い尽くし、それぞれを思い出す度に友人達への愛に胸を少し熱くさせたりして、東京を離れ陸の孤島のような田舎暮らしを始めたことを後悔するどころか、そんな自分を少しだけ好きだと思えるようにもなった。
長くて短いこの一年。よく頑張った。今夜は賑やかで大晦日らしい夜。父や兄はいつもの様に酔っ払い、忙しなく料理を運びながら嬉しそうにお喋りする母、兄嫁のリーちゃんと仲のいい三兄弟。話はテーブルのあちこちで尽きることなくあっという間に今年の終わりまでカウントダウン。あれから2年。すっかり離婚から立ち直り、全く別の人生を生きるようになった。最近の母は「周三さんは急に変わったりしない?」なんて聞かなくなった。私だけじゃなくて家族も私の1度目の結婚のトラウマを捨てれるようになったんだと思う。
途方に暮れてた2年前。姉と絶対に幸せになろうねと誓った。何がなんでも幸せになってやる。痛む心を押さえながら笑い合った。私一人だったらここまで来れなかった。家族や友人、周ちゃんのお陰だ。心理学のセルフコンパッションの勉強で学んだことに、悲しみから救えるのは慈しみの心だという言葉がある。私達人間は温かみを与える事とそれを受容する力を持っている。これは人間が持ちそなえている性質なのだそう。もし本当にそうなら、そうだと私が信じるならば、今度はきっと私の番だ。栄養が十分に行き渡った私が出来ることは、それをまた誰かや何かに渡すこと。それは周ちゃんなのか、家族や友人。仕事なのか。どれに値してもいい。ただ、思い切りにやってみたい。もちろん、私の人生も存分に大切にしながら。
12月30日
午前は仕事でお世話になった方に年賀状を書き、午後過ぎから後藤さんの家での忘年会に向かった。お土産に先日に漬けたキムチと駅前で微発泡の白ワインと武蔵野うどんを買った。武蔵野うどんは最近よく人にあげるもの。麺が太くてどっしりとしたうどん。一説によると讃岐うどんなんかと肩を並べてもおかしくない程のうどんだと聞いたことがある。初めて食べた時はとにかく感動した。
JR錦糸町駅を降りるといつもとは違う降り口に出てしまった。ここ、どこだろう。あ、中学生の時にムラちゃんのお父さんの葬式の帰りにタクシーで降りたところだ。しばらくぼんやりとしながら歩いた。中学生の時の記憶とそれから大人になるまでに何度か来た時の記憶、そして最近の後藤さんの家まで歩いた記憶。色々なこの街の記憶があっちこっちへと頭の中を駆け巡る中でGoogleマップを頼りに真っ直ぐと通りを歩いた。
もう今年も終わるんだよな。やっぱりまだ気持ちがふわふわしてる。昨日の夕方に入ったりょうこちゃんからのLINEでも浦島太郎みたいな気分になった。”よしみちゃんが幸せそうなのがほんとにうれしくてうれしくて涙が出そうになっちゃう” 目尻が熱くなったかと思うと一瞬で過去の私がやってきた。そうだ。私って最悪だったんだ。当たり前のようにやってくる今日は余りに穏やかで平和で安全過ぎている。私のことなのに忘れてた。私と元夫との結婚生活は地獄だった。そんな時に真っ暗闇の私にそっと手を差し伸べてくれたのはりょうこちゃん。きっとりょうこちゃんは今でもあの日の事を憶えてくれてるんだ。新年に再会の約束をしてるけれど、私にとってのご褒美みたいなものだと思ってる。その日が来るのを大切にしたい。
後藤さんとの二人での会話も最近は他愛もないものばかり。もう苦しい事や悲しい事、頑張らなきゃいけない話なんてしてない。お互いに過去の話は出さなくなった。あっという間に来た年の瀬だけど、ワープして時間が消えたわけじゃない。ゆっくりと積み重ねて今日までやってきたんだ。後藤さんの笑顔を見てるだけで安心した2年前。今ではそれでさえ当たり前になった。仕事部屋にあるデスクの一番上の引き出しには黄色い付箋が2年前から貼ったままだ。”焦らない。じっくり、ゆっくり、確実に。” 1日も早く悪夢から抜け出したくて書いたもの。幸せになりたい。寝ても起きても苦しかった日々。こんなに苦しいのなら死んでしまいたい。何度そう願ってもまた悪夢だけが明日と共にやってくる。だから、もう前に進むことだけを考えようと決めた。山頂を見上げたら臆してしまうけど、足元だけを見て、一歩一歩ゆっくりとでもいいから歩く。今日がたったの一歩でも一年後には365歩先の場所にいるのだからと信じて。
ビールを飲み終わってスパークリングをあけたあたりから酔いが回ってきた。少し失敗したかもと言っていたグラタンはワインに丁度よく美味しかった。ミオちゃんが来たのは18時。近所にある実家の手伝いを終えてからやってきた。お酒の所為で記憶が曖昧だけどとにかく楽しくて沢山笑った。そして、来年はパリへ行こうとなった。そんな日が本当に来たら最高だけど、こうして笑い合える今日があるだけでも十分に幸せだ。心から思う。本当にいい一年だった。大好きな人達と共に過ごす年末。こんなに幸せなことはないと思う。ありがとう。
12月26日

昼過ぎに瞳ちゃんと青山で待ち合わせ、今年最後にお茶でもしようと先週に約束をした。電車の中で勉強しながら居眠り。起きたり寝たりを繰り返してたからか、頭がくらくらする。スパイラルの上にあるミナの店に入り二人揃ってベイクドチーズケーキと白ワインを頼んだ。今年が終わるなんて信じられない。まだまだ今年が続きそうな気がしてる。いつものようにただ他愛もない話を続けた。あとは少しだけ仕事の話。本当に少しだけ。
瞳ちゃんと私の共通点と言えば、自分の仕事が好きで真面目過ぎるくらいに仕事に一直線なわりに仕事だけで生きようとしないところ。そして、勢いよく来るような人と肩を並べて競争が出来ないタイプ。瞳ちゃんは編集ライターで、私はフォトグラファー。お互いにフリーランスの癖に残念ながら酷く臆病でそんな所が似てる。だけど、こないだ石塚さんに私達の現場を「ほんわかしてる。」と聞いて驚いた。側から見たらそう見えるんだ。なんだか嬉しかった。そんな話も少しした。
それからアップルストアでipadを見て、陽がくれた頃にバイバイ。帰りがけに結婚祝いを貰った。枯れない花なんだそう。枯れる花よりもずっと切なく見えた。瞳ちゃんありがとう。
クリスマス

朝から大掃除。クリスマスソングが流れる中で私はキッチンをメインに、周ちゃんは1階と2階の窓や拭き掃除をしてくれた。夕方前に駅前に夕飯の買い出し。周ちゃんはお酒が苦手だけどフルボディーのワインなら飲めるのだそう。とは言っても、一杯だけ。じゃあ、レバーパテでも作ろうとレバーとバゲットを買って帰宅。
「周ちゃん、なにか質問して。」「どんなクリスマスがしたい?」「うーんと家族で集まって食事をするクリスマスがいい。」「じゃあ、今日だね。」「だってクリスマスってそういうものでしょ。」特別は要らない。美味しい食事やワインとお喋りでお腹が一杯に満たされるなら、それが最高なクリスマスだなと思う。
クリスマスの献立
塩豚のカルボナーラ
スペアリブのミネストローネ
樋口さんのレシピのレバーパテ
バゲットとチーズ
地場野菜のホットサラダ
スーパーで買ったチキン
柳瀬さんに貰った林檎でアップルクランブル
赤ワイン
こてっちゃん

今日は機材の修理に行きがてら、昨日漬けたキムチを新宿で編集の柳瀬さんに、青山で中西くんに、夕方に渋谷で今むちゃんに渡した。大量に漬けたキムチがあっという間に失くなってしまうのは少し寂しい気もするけど、美味しくできたものを誰かに食べて貰えるというのは寂しいよりもずっと嬉しい。それに、人に会う度に、今年もどうにか生きていたんだなと静かに嬉しくなる。たったの一度死にそうな経験をしたくらいで大袈裟だなと思うけれど良かったと安心してしまう。
最後に会った今むちゃんとは渋谷の駅前のDEAN & DELUCAでお茶をした。いつも通り少し遅れる私と、いつも通り時間丁度にくる今むちゃん。到着するとやたら大きなマグカップに並々のコーヒーを指でさして「これ、間違ったかな?Mなんだけど。」と笑ってた。私のは普通のサイズのカップに入ったMサイズのホットのアップルサイダー。「私のはMだよ。」エムとエルの発音をしながら笑いあった。秋にイタリアに行ってからパスタにハマってる今むちゃん。今でも毎日パスタを食べてるのだと嬉しそうに話してる。プロみたいな包丁が欲しいんだ、アルミのフライパンってなに?フライパンってそもそもいくつ必要なの?質問攻めの嵐だ。「ごめんね。話せる人がいないからさ、楽しくて。」「いいよ。来年はパスタツアーしようよ。」
今むちゃんのパスタの話がずっと続いた後に質問した。「あのさ、ちょっと悩みがあって。」「え、なになに。」「いや、なんか話しづらいんだけど。」「え、何。」「あのさ、うーんと。実は勉強がすごい楽しくて。きっと田舎暮らしを始めたり、東京を出たことも理由だと思うんだけど。」「うん。何よ。」「あのね、私、きっとこのままだと、勉強が楽しくて友達がどんどんいなくなると思う。」きょとんとした顔の今むちゃん。次に大笑いした。「なんだよ。それ、超面白いじゃん。」「えーちょっと待ってよ。私勉強が本当楽しいんだよ。けど、勉強すればするほどに、なんとなく遊んでた友人達の話が全然楽しめなくなっちゃって。前は、見てるだけで可愛くて仕方ないって感じだったのに。なんか。」「なんとなくって言っちゃってるじゃん。」「え?違う!友達だよ。友達は悪くない。悪いのは私が変わったんだよね。そうだよ。」
「わかるよ。僕もあるよ。いや、結構そうだよ。」「え?」それから、しっかりとひつこく説明した。今まではきっと楽しめていたのに楽しめなくなっちゃったとか。なんだか自分だけアウェイに感じちゃうとか。それで、寂しいってことも。「うん。わかるよ。けど、いいんじゃない?だって楽しいんでしょ。今。」「そうなの。だから相談してるんじゃん。すごく楽しい。心理学の勉強が本当に楽しい。勉強すればするほどに楽しい。どんどん世界が広がっていくし、社会学も哲学も生物学も色々と派生するんだよね。本当に楽しくて仕方ないんだよ。だけど、どんどん離れていく気がして寂しい。話が合わないっていうか。なんだろう楽しくなくて。私が悪いんだよね。」「うん。いいんじゃない。」
答えはきっと私も気づいていたんだと思う。静かに諭されて、そのまま心理学から進化論の話になっても、そのままに納得してた。「結局、人間は動物なんだよね。だから僕は動物描いてるんだよ。」今むちゃんが言った。「けどさ、人間の脳はどれだけ環境に影響を受けてるか知ってる?」「え?なにそれ。」そう、昨日に勉強していたこと。人間は遺伝的な影響も十分に受け取るけれど、どんな親に育てられ、どんな友達や恋人と過ごし、何を見て何を食べそれをどう心が捉えるか。そして、今いる時代の社会がどんな風に成り立っていたかなど、環境が人間としての性質に与える影響はとても大きいのだそうだ。そして、それを受けとる側の私達の個性にどう活かせるか。活かすっていうのは、きっと楽しいってことだと私は捉えてる。世界にはどうしても変えられないこともある、例えば丸い鼻や小さすぎる耳とか、それこそ親だって変えられない。だけど、その変えられない何かを覆すくらいに大きく変えることも出来る。それは今日そのもの。私が変わっていくのもきっと自然なこと。新しいものに出会えば、古いものが小さく見えたり、つまらなく見えることもある。そうやって人はどんどん進化していく。だから、寂しいけど、きっとこれでいい。「今は違うかもしれないけど、また一緒に楽しめる時もくるかもしれないし。それに、新しい友達作ればいいじゃん。」いまむちゃんが言った。
牡蠣キムチ

昨日、花沢さんの家で漬けたキムチ。今年も恒例のメンバー。花沢さん、瞳ちゃん、じゅりえちゃん。じゅりえちゃんは先日に結婚をした。キムチがつけ終わる頃にじゅりえちゃんの夫となったしんいちろう君も参加。ワインを3本空けた。もう冬も深くなってきてる。久しぶりの三茶、懐かしかった。
夕飯に牡蠣キムチを出すと嬉しそうに食べる周ちゃん。やっぱり食卓っていい。誰かの為に作る食事。毎日同じことの繰り返しなのに特別じゃない毎日が好きだ。
食卓

今日は金曜日。昼に渋谷のスタジオで一本撮影。編集は瞳ちゃん。現場では久しぶりにライターでありヘルスケアの色々をご指導されてる石塚さんにもお会いした。和やかに撮影を終え、おにぎり弁当を食べて帰宅した。平和な日。
里芋グラタン

こないだ料理家の角田さんから今井真実さんの話をちらっと聞いて気になって買った今井さんの料理本。いい日だった、と眠れるように、の私小説は読んでいたけど、レシピを作るのは初めて。それにとゆうか、角田さんと仲良しだと聞いて、今井さんがどんな料理を作るのか、きっと、いや絶対に美味しい筈だと思っていた。
周ちゃんが隣で唸ってる。マッシュした里芋とゴルゴンゾーラ、モッツァレラ、余っていたブリーチーズがいい感じに口の中で混ざり合ってゆく。あまりに熱すぎて喉がやけどしそう。だけど、思い切りに頬張った。
今日は3時に起きたから眠い。受験生みたいに勉強に夢中だ。昼は納品を2本済ませて色々と事務作業。明日の撮影は瞳ちゃんと石塚さん。和やかなことは間違いない。だけど、撮影前夜はどうしても気持ちが少しキュッとする。それに、生理が来なくて少し不安定な日が続いてる。妊娠をしてからなんだか身体が変わったような気がしてる。こないだ中西くんの友達が3回流産して子供ができたって言ってた。また中西くんとお茶したいな。
エビチリ

餃子

今日は嬉しいことがあった。嬉しくてどうにかなってしまうかと思うくらいにその朗報は私を幸せで一杯にしてくれた。2年前の私達は「結婚なんてさ。」と言ってたと思う。別にわざわざ籍をいれなくてもパートナーでもいいしねって。誰よりも結婚や男から離れていたのに、私もだけど、チャミもあっという間に恋らしきものに堕ちた。互いに全くそのつもりはなかった。
“結婚する。” なんの前ぶれもなく急な手紙からの報告に目頭が一気に熱くなった。とっさにとった携帯だったけれど、海の向こうに住むチャミは多分朝だろう。LINEで祝福のメールを送った。
チャミの小さな毎日を沢山知ってる。最近はこんな友人と遊んでるとか、バイトのこととか、冬になった春がきたよとか、気になる子と初めてデートした日のこともそう。東京にいた時よりもずっと私達は近くなったかもしれない。じわじわと目から涙が溢れた。
手紙を読み進めた。”なんか最近、彼と倦怠期なのか好きじゃなかったんだけど、また昨日から好きになったよ。”と書いてある。わかるわかると頷く。私もそうだ。大好きな日と好きじゃない日が波のようにやってくる。多分、周ちゃんはずっと平坦に周ちゃんのままなのに、どういうわけかそうゆう日がやってくる。これが女心というものなのか、単純にホルモンバランスとも言える。それに機嫌が悪いのは本当に嫌いなわけじゃない。ただ、今日嫌いなだけ。
「周ちゃん。お祝いしに行きたいんだけど。どう?」「うん。すごくいいと思う。」本当のところ、来年の春か秋に少しだけお休みをとって遊びに行こうかなと思っていたのに、まさかこんな話になるなんて。振ってもいない缶ビールから溢れてゆく泡みたいに私の喜びは止まらない。
夕飯の餃子、最高だったな。周ちゃんは餃子と麻婆豆腐が最高と言ってた。少しだけ飲みすぎたのか夜中に恋人みたいにセックスをした。結婚してからもうすぐ1年が経つ。
柚と豚肉の鍋

11時半に中西君と待ち合わせ。青山の事務所近くにあるふーみんでランチをした。前回も檸檬のラーメンを食べたけど、今日も檸檬のラーメンにした。正確な名前はなんとかの辛味麺だったような。約束していたHOUSEHOLDのカタログを渡して、私は酸っぱ辛いラーメンをすすりながら、中西君は日替わりのすき焼き定食を頬張りながら色々な話をした。店を出て骨董通りのスタバへ移動。私は14時から表参道で一本取材がある。中西君は午後から事務所で撮影をすると言ってた。お互いの時間が許すまで、多分2時間くらいは話したと思う。
新しい家のこと、田舎暮らし、中西君の仕事の話。そして、妊娠したことや流産。そして、その経験で人生はやりたい時に動かないと駄目なんだと思ったこと。そうして、大学の科目履修生を始めてみたこと。中西君は10年前に松陰神社でご近所さんだったけど、4年前くらいに逗子に引っ越した。私より一足先に田舎暮らしを始めた先輩だ。
「田舎暮らしを初めて、妊娠のこともだけど、世界が広いなってなったの。東京では全然見えなかったんだよ。」「そうそう。そうなんだよね。車を持つとまた世界観変わるしね。」「働き方とか仕事への考え方や向き合い方も変わったよ。やりたいことも増えたし、本当になんだろう。世界って楽しいね。」感覚的な話だけど、中西君が田舎暮らしで感じたことと、私が感じたことはとても近い感じがした。東京にいた時はまるで世界の中心かのような、何でも手に入る、何処にでも行けると勘違いしてた。だけど、もしかしたら私達は東京に縛られていた者同士だったのかもしれない。田舎暮らしを始めて、東京には無い景色を目の当たりにした時に多くを失ったのと同時に自由を手に入れたようなとても清々しい感覚を覚えた。誰に頼まれてるわけでもないのに勝手に窮屈になったり、有りもしないような競争に参戦していたのかもしれない。少なからず私はそうやって余計なことばかりに時間を使っていたんだと思う。自由の身になったら、大切なことの為に時間を使いたいと考えるようになった。写真も仕事も人間関係も一分一秒も全て。
中西君は今日もすごく穏やかで可愛かった。スタバで私がいつものデカフェのオーツラテを頼むと、「僕もそうする。」とデカフェをオーダーしていた。話し方や仕草、ゆったりした空気感。相変わらずの坊主だし、変わらない。今度周ちゃんに紹介しよう。引っ越し祝いにとヒバの香りのニューヨークのブランドのハンドソープをくれた。ありがとう。
鯖とトマトと檸檬のカレー

撮影を終えて帰宅。なんだか今日は料理をする気がしなかったので、出かける前に鯖を檸檬とスパイスに漬け込んでおいた。あとは朝にやった野菜をスパイスで炒めて、サラダを適当に作って、カレーを作った。買ってきたワインを飲みながら、いつもよりも長く夕飯をした。周ちゃんは私が今日学んだ勉強のことを興味深く聞いてくれた。もし、私が正規生で大学に入学したり、大学院にまで入学するような事があったら、それは周ちゃんのお陰だ。背中を教えてくれたのもそうだし、勉強の楽しさを教えてくれたのも周ちゃんだ。まだ来ぬ未来のことだけど、周ちゃんに有り難うと伝えた。それに、勉強を初めてから写真の見え方も変わるような気がしてる。心理学は思っていた以上に日常の少し突っ込んだような学びだった。いつまで勉強が続くかわからないけど、続けていく限り。きっともっと世界の写り方が変わっていくように感じてる。
ピェンロー鍋

朝一番で梃子の抜糸。採取した癌細胞の検査も良性だと先生に詳しく説明を受けた。別室で痛そうに鳴く梃子。抜糸されるのが痛いのか悲鳴のような鳴き声だった。そわそわとしながらも周ちゃんにLINEしたり、10時からのオンライン打ち合わせに遅刻することを連絡したりとメールを続けた。
午後は柳瀬さんと一本取材。今日もやっぱり平和で穏やかな取材だった。やっぱり、仕事って人なんだよなぁ、としみじみ。取材先の人も丁寧でかわいい柳瀬さんにご機嫌そうだった。柳瀬さんの彼が林檎農家の息子だと聞いてから、青い空の下にどこまでも広がる林檎畑がぼんやりと頭の中に広がっていくようだった。今日みたいな晴れた空の下になる真っ赤な林檎。綺麗だろうな。そんな木の下で育った男ならさぞ優しかろう。
それからミオちゃんと駅前にあるブルックリンなんとかっていう新しいカフェで待ち合わせ。春に渋谷でランチして以来。「元気?田舎暮らし大丈夫?」「もう大丈夫!今はすっごく楽しいよ。」アンチ結婚と超がつくシティーガールだったらしい私のあまりに急な展開に誰よりも心配していたミオちゃん。「元気そうなら良かった。」と何度も言ってた。それから、ちょっと仕事を休んでいた事と、その理由が妊娠と流産だったことも伝えた。「よしみちゃんの人生は激動過ぎるけど、よしみちゃんらしいと言えばらしいよ。望んでいないのに子供が出来るとか、導かれてるとしか思えないよね。元気そうでよかった。」呆れながらも私の今を喜んでくれてるみたいだった。「私がおかしいみたいに言わないでよ。イスラエルのシェルターの話する女も中々いないよ。」私の言葉に目を丸くして笑ってた。ミオちゃんは秋に2週間ちょっとイスラエルに滞在していた。流行のレストラン、歴史的なもの、街、それからパキスタンにも少し渡ってみたり。軍服にはお洒落なメーカーがあるみたいな話から、戦争や経済の事まで私でもわかるように簡単に教えてくれた。宗教的なものや、国家的なものまで、独特なイスラエルの文化について、とにかく色々と勉強になったと話していた。「だいたいロンドンもNYもシティーはどこもそんなに変わらないでしょ。」「うん。そうだよね。楽しいけどね。」「そうそう。やっぱりこういう文化的なことを学べる経験はいいよね。」自分が持っていたイスラムへの偏見が間違っていたと、特に恥じる事もなく淡々と話すミオちゃんはやっぱりそれこそミオちゃんらしくて好きだなと思った。それから、ミオちゃんのお父さんが常連だった青山の蔦っていう喫茶店のマスターが倒れたっていう話も聞いた。前に取材帰りに連れて行って貰ったお店。カレーが美味しかったけど、他の人が頼んでるサンドウィッチも美味しそうだった。ミオちゃんも小さい時からお父さんに連れられてよく通っていたらしい。「私、やろうかな。いきなりコーヒー屋とかになってたらごめんね。」「うん。いいと思うよ。」
人生なんて何が起こるかわからないし、何になったっていいし、人が何と言おうが思われようが、それで失敗しようが大丈夫。畑を越えたら全然違う話をしてるみたいに、人が欲しい物もやりたい事も全然違うのだし、年齢も性別も生きてきた環境も、なんなら貧困の差だってある。大体誰かは批判して、大体誰かは賛同してくれる。いきなりコーヒー屋になるのはすごくいい。
12月5日
朝に取材を2本終えてから上原にあるナイマへ向かった。やっちゃんと会うのは1年以上ぶりだ。彼氏が出来た事も結婚した事もきちんと報告出来ていなかったから、どこかで話したいなと思ってた。前はよくナイマで夕方から飲んで、12時を過ぎた頃に歩いて自宅へ帰った。そんな日は大体、元夫がツアーに出ている時。やっちゃんの彼も音楽家だからか、社会に不適合に生きる男の良識が互いにある気がして、まるで励まし合うかのように飲んでいたのかもしれない。お互いの近況を報告しあって夕方に荻窪へ向かった。
駅前に出来たサウナに2時間しっかり入って待ち合わせのレストランへ。今日は編集の野村さん、先輩カメラマンの松村さん、料理家の角田さんと和彦さん。スタイリストの朴さん。後は初めてお会いしたカメラマンの清永さんと鈴木さん。鈴木さんはカレーの本や按田餃子の本を撮ってる方。
松村さんは前に飲んだ時に見知らぬ人とも直ぐに友達になると話していたけど、皆んなと仲が良くて、こういう大人って素敵だなぁと思った。鈴木さんにどうして料理撮り始めたの?とか、色々と横で聞いていた。かと思えば料理家の角田さんは、遠くに座るスタイリストの朴さんが着てる猫のセーターをどこで買ったの〜?と突拍子も無い質問をし始めたりして、今日もやっぱり角田さんらしくて素敵だった。野村さんは今日は病み上がりで体調不良みたいで途中からお茶を頼んでいた。
夜遅くまで雨はしとしと振り続けてる。楽しかったな。
ダルバート

今夜はダルバート。日曜日だけど一緒にいる。夕飯は周ちゃんが作ってくれた。少し前の私なら目くじら立てて、私の日曜日を侵害されたと怒っただろう。だけど、今日はありがたく頂いた。自覚は無かったけれど、やっぱり流産後のホルモンの所為だろうか。とにかく周ちゃんや結婚が嫌だった。周ちゃんが大好きだし結婚も後悔してるわけじゃないのに、なんだか嫌で嫌で仕方無かった。
来週はいよいよ梃子の抜糸。