
週に一度くらい大橋図書館で料理本を山のように借りてくる。本の山がキッチンのテーブルの上にそびえ立ち、ふと山頂を見渡していたら、とても綺麗な色の写真に目が止まる。直ぐにオオゼキへパプリカと今日は飲まないって決めてたビールを買いに行った。今日は久しぶりに夫が帰ってくる。マスタードは嫌いじゃない筈だけど、彼の口に合うかな。けどもういいや。私はもう疲れちゃってる。期待するのも信じるのも。

週に一度くらい大橋図書館で料理本を山のように借りてくる。本の山がキッチンのテーブルの上にそびえ立ち、ふと山頂を見渡していたら、とても綺麗な色の写真に目が止まる。直ぐにオオゼキへパプリカと今日は飲まないって決めてたビールを買いに行った。今日は久しぶりに夫が帰ってくる。マスタードは嫌いじゃない筈だけど、彼の口に合うかな。けどもういいや。私はもう疲れちゃってる。期待するのも信じるのも。

彼が知るどの型にもハマらないよしみさんは、
彼には ”非常識”なのかもしれない。
夜にきた、のむらさんとの文通メールにこう書いてあった。私の目の前でどんな事が起ころうとも、それは海の向こうの水平線みたいにどこまでいったってただの出来事でしかなくて、私が見た景色はそこを超えない。自分が思っているよりも世界は複雑でシンプルなんだ。この景色を見ているのはきっとみんなそれぞれでしかないんだった。美味しいも綺麗も汚いも怖いもそれぞれ。
母がハマってるタコライスの素をくれた。ものの10分でタコライスの出来上がり。x

アメリカのフード雑誌でデトロイトピザの記事をみた。どうやら生地にバターをたっぷり塗って、ピザ、ソースの順でトッピング。なんだかすっごく美味しそう!と思って早速作ってみたら、トッピングの順番変えるだけでこんなに違うの!!ってくらいに美味しい。


ほぼ日から出版されてる飯島奈美さんの”LIFE”のナポリタン。うちのナポリタンとは全然違う作り方で、味もちょっと違う。これは美味しいです。これは売れています。これは有名です。っていう名詞的な事柄よりも、そうなるプロセスの中に潜る方が好きだなって思う。プロセスの方がその人となりが出ていて、味深くて、そのところどころのへんてこなパーツにぐっとくる。


季節物で安い食材があったらとりあえず沢山買って、何となく作り置きをしておく。寒くて外に出たくない日とか、早く夜が来てしまって買い物に行きたくない時なんかに、こういう作り置きが結構役に立つ。






夫に出会った頃「俺、とろとろナポリタンが作れるで!」とよく言ってた。全くなんのことを言ってるのかわからなくて、それは何?って聞くと牛乳を入れるのだそう。牛乳?? 後日作ってもらったら、本当にそれはとろとろナポリタン。母の作るナポリタンとは全然違うけど、私は完全にナポリタンはとろとろ派となった。

最近の我が家は、干物として食べるよりスパゲッティーとして食べる方が気に入ってる。とはいえ、何だか干物に申し訳ない気がして、とりあえず夕飯に干物として出して、余ったらにしてる。









居心地がいいのと、楽っていうのを履き違えないようにしよう。一緒にいてくれる事に感謝しよう。当たり前は無いのだから。


給食みたいなカレー。たまにはいい。


今年はとにかくがむしゃらに頑張ろう。
悩んでも仕方ない。やるしかない。


何だか本当に窮屈な日々が続いてる。不安でいっぱいだ。夫はこれからどうなるんだろう。夫の何を応援していいのか、何を信じていいのかわからない。
今日も昨日も一昨日も知らない人にまで苛々してる。これ以上、私に危害を加えないでって、気持ちが破裂しそうになる。何の為に毎日頑張ってるのかわからないし、こんなに気持ちをすり減らす毎日に意味があるのかな。
浮気された方がずっと話が早いよ。とにかく、今を変えたい。