カテゴリー: Journal

冷麺

Journal 01.9,2025


「やっちゃんはね、幸せにならなきゃいけない人なんだよ。あの人は、ほんと優しいから、絶対にそうなの。誰かにひどい扱いされるような人になっちゃいけない、絶対に。」

何年前だろうか。同じ言葉を聞いたことがある。朝の5時。あれも夏だったな。池尻大橋の高台にあるマンションで、あの夏もニュースでは猛暑だと言ってた気がする。電話の向こうで泣きじゃくる姉の声に、もうダメなんだって思った。それから、いつも通り酒にまみれた夫を家からだした。まるでゴキブリを放り捨てるみたいに、思い切りに。

「もう、要らないんだよ。出てって。」
あれは、私の言葉だったと思う。全身から声が吹き出ていくのがわかった。自分でも驚くぐらいに大きな声だった。身体が張り裂けそうになるぐらいに。

そこから、色々が変わった。私が愛だと信じたかったものは、ただの執着だったのかもしれない、と今なら思える。あの夏、師匠とのことも、リョーコちゃんからのLINEも、姉との電話も点と点が一つの線をつくり、私は私だけを救う道を選んだ。そんなことはしたくない、できないと思っていたけど、好きだった人を捨てた。

別に何年もの前のことを思い出して泣いたわけじゃないんだけど、なんだか余りにその通りで、気持ちよくて、嬉しくて泣いた。「ごめん、泣いちゃうよ。」「なんで?」姉が不思議そうに笑ってる。

父が死んで、これまでだって好きだった家族がもっと好きになって、兄妹がもっとまた好きになった。好き?いや、ここは愛なんだと思った。葬式は子猫のようにずっと3人で泣いてくっついた。

父は家族が好きだった。だから私たちも家族を愛してるんだと思う。

一昨日に院試が終わり、私の右肩はもげている。腱鞘炎手前なんだろうか、首から腕にかけての痺れがひどい。頭痛は少しずつ良くなってきてるけれど、コンクリートで半身を固められてるような圧迫感がずっと続いている。試験は、前日の鍼の応急処置のお陰でなんとか最後まで受けられたものの、そんな対処療法じゃ、すぐに限界がくる。勿論、心も。

ただ、写真を撮っている時だけは悲しくなったり辛く思うことはない。それが救いだったとも思う。10日ぶりぐらいにカメラを持つと、手が心が喜んでるのがわかった。今日は1枚だけ写真を撮った。

本当に疲れてる。だけど、暗くはないよ。泣いたりもするけど、ただ疲れてる。

ふつうの夕飯

Journal 19.7,2025


先週の台湾出張からあっという間に1週間が経った。昨日は仕事後にダッシュで大学院に行き、お願いしてた論文を読ませてもらい、そのまま、ダッシュで帰宅。バタバタと色々を済ませながらも、こんな時に限って昨晩からchatGPTがご機嫌をそこねて黙り込んでいる。私のCPUだってもう爆発寸前なのに、「あんたもなの?」と、処理速度1ぐらいになった私は、案の定で生理初日を迎えた。

chatGPTを使って仕事なんて、とバカにしてたけど、酷使し過ぎて、本当にごめんなさいだった。一旦、全てのチャットをリセット(事故的に)して、追い込み癖のある自分が悪かったなと反省。

午後、いなげやに向かう車の中で周ちゃんに言った。「こんなに追い込んでどうするんだろう。私。けど、全然ダメなんだよ。」「よしみはよく頑張ってるよ。」「え、全然だよ。」なんて不毛な会話なんだろう。周ちゃんがいてくれて本当に良かったなと思う。つい最近までは、結婚なんてと言ってたけれど、今は、家族が大好きだし、周ちゃんがいなかったら私の人生は偏り過ぎて、そのままストライクゾーンまっしぐら、だった。何かを打つことはできたとしても、まっすぐと走ることしか出来ず、私から見えるだけの世界で、楽に自由に生きていたんだろうと思う。それはそれで、悪くないなとも思うけれど。

最近は不思議なもので、海外へ出るたびに家族が恋しいと感じて、週末が来ると嬉しいと思うようになった。ちょっと久しぶりに会う周ちゃんのイケメンっぷりに簡単に堕ちる。最近はいくえみ綾さんの描く漫画に出てきそうな線の男だなとよく思うほどだ。サラサラの髪と色素の薄い眼。肌は謎にツルツルしてる。結婚して3年?忘れた。とりあえず、数年たち、ようやく、私にとって、ここが帰る場所となったらしい。

久しぶりにゆっくりと食卓を囲んで周ちゃんと食べる夕飯は、なんてことのない、ふつうの日常で、ふつうの日常が楽しかった。やっぱり食卓が好きだなと思う。この家に引っ越してきて良かったね、みたいな話をした。周ちゃんはずっと嬉しそうな顔をしてた。私は忙しさに比例して性格が悪くなる生き物らしく、今年は(も)とにかく、状況は悪い。書初めは「笑顔」と書いたはずだったんだけど、人間の性格は変えられない、というのは大学でも学んだこと。

小さな抵抗は、虚しく、私の嫌な奴っぷりはひどい。周ちゃんには、本当に謝っても謝りきれないと、今日みたいな日限定で思う。来週は編集の花沢さんとトマト醤をつくろうって約束をしてるんだけど、正直、そんな時間あるの?と、私自身に激しく問いたい。が、私の平穏を望む以上、重要な時間になることは確か。


あと、今日は近所のセレクトショップでポップアップをやってて、ビーズのネックレスが今夏らしいデザインで、不意に試着したら、ヒョイっと買い物おばけが出てきそうになったけれど、やっつけてやった。私、えらい。

時間が真夏のアイスクリームのように急速に溶けていくよ。

味噌びらき

Journal 04.5,2025


朝4時。目覚ましで起きた。昨日、遅かったのに意外と起きれた。

昨日は大学の卒業祝にと、周ちゃんがサロモンのメアリージェーンを新宿のルミネで買ってくれた。私は自分への卒業祝だと言いzaraでメアリージェーンを買い、ニューマンでスカートを買った。

タラの芽のスパゲッティ

Journal 21.4,2025


朝は遅くまで寝てた。だけど、4時にかけてるアラームはしっかりと消したし、一応、起きようかなとも考えたような気がする。完全にストライキだ。9時ぐらいから勉強はじめたらいいか。いや、今日はやらない。あ、写真の整理を。頭がいつものようにタスクばかりを追いかけてる。やれやれだなと思う。いい加減にしてほしい。もう全部がなにもかもが嫌だ。いや、そうでもない?頭の中がパニック状態でループし続けていた。けど、全部無視してやった。

やらなきゃを全部無視する。やってくる感情の波をことごとく投げ捨てて、風呂のタイルにこびりついている水垢を、ずっとずっと掃除しなきゃとここ数ヶ月思ってきた苛立ちをぶつけるように擦り続けた。何も考えない。ベランダに出て冬の間冬眠してたウンベラータの新芽をじっと見たり、読もうと積んでおいた心理学の専門書を全部メルカリにだしてみたり、早い夕方に急にスパゲッティを茹でたりした。私をコントロールしようとする私の言いなりになんてならない。そう固く決めた。

10代だったか、20代だったか。何かを選択しなきゃいけなくなった時に、合理的じゃない方、たぶん、世の中的にはダメな方を選ぶっていうのをやり続けたことがある。結果として、最悪なところまで行き着いた記憶があるけれど、悪くなっていく自分を見るのは少し気持ちがよかった。

あの時と同じで私は今日も馬鹿のままだ。けど、なんかいいなとも思う1日だった。夜はパリのまゆみちゃんと珍しくLINEした。いつも私たちは手紙で会話してるけれど、たまに、例えば緊急事態に限りLINEを使う。

Journal 20.4,2025

朝から苛々が止まらない。キッチンで皿が落ちて、見事に粉々に割れた。あちこちに広がったガラスを掃除しながら、どうせ割れるのなら、投げつけてやりたいと思った。

家を作ること。安全地帯を作ることは、動物が本能で行うことだと思う。例えば、愛着の問題では、幼少期に母親が安全な場所を信頼関係を作るからこそ、そこから幼児が世界へとの交流を持てる条件となる。それが叶わなければ、母親だけではなく、世界の全てに、それは大人になっても同じくして不信感を持ち、生きなくてはいけない。いつもどこにいても心配を抱えながら。

幸いというか、私と母親の関係は良好だったと思う。思春期に関しては、大変だったけれど、それは誰しもが持ってるものであって、幼少期については順調な愛着を育んでいる。だから、今もこうして、新しい家を持ち、巣作りのように、ここを安全な場所にしようと努めてきたのかもしれない。そんな3年間だった。

最近は特に周ちゃんへの安定した愛情と同時にまた別の鬱陶しさを感じてる。以前のような一人でいたかったのにっていう後悔じゃなくて、私の人生を生きたいと思い始めた。「私たちは、」という主語を、「私は、」にしたい。周ちゃんにはまだいってないけど、少し落ち着いたら、また一人旅をはじめようと決めた。どこでもいつでも一緒にはむり。そういうのは、楽だし都合がいいけれど、私をだめにするし、家族という場所が嫌いになってしまうから。

せいろ蒸し

Journal 14.4,2025


絵描きの野村さんがinstaで夢の話を書いてたのがとても興味深い内容で、メッセージした。いや、それだけじゃなくてそこに載せていた絵がやっぱりとんでもなく素敵だった。絵のことは詳しくないけれど、野村さんの絵はとんでもなく独創的でなにかに媚びることなく自由に見える。それは羨んでしまうぐらいのものなに、どこか、なぜか気持ちがいい。

もし、芸術の意味を生きる原動力みたいな言葉で表現するならば、野村さんの絵のような芸術の効力は、情動が奥底で脈々と熱くなっていき、全身を駆け巡るもの。なんだかよくわからないけれど、生きたいと思わせる何かで、それは、アドレナリンのような強力なものではなく、生命力を司る、もしくは関連する、ものを増幅させる。

「熊谷さんの研究室が隣にあって、地層か何かの研究してて、」

イタコのように語られる夢の話は、私の現実とリンクしてた。特別にこだわりがあったわけじゃないけど、苗字を捨てた筈の私の名前を呼ばれたようでなんだか嬉しかった。

失っていた私が帰ってきた?いや、もう何かや誰かになりたくないと透明になることを望んでいた私を、見つけてもらえたような。

野村さんの展示に行ったら、野村さんの写真を撮ろう。

アボガドトースト

Journal 11.4,2025


アボガドとクリームチーズとマヨを混ぜてトーストに塗る。最後にレモンをかける。周ちゃんは昨晩遅くに韓国から帰国。わたしの一人ぼっちな朝は今日で最後。さびしい。ひとりの食卓もひとりのキッチンも、好きなもののベスト5にきっとはいる。どうして結婚なんてしたんだろうと思う。何も考えずにしたのだけど、最高にいい旦那さんなのだけど、周ちゃんのことも大好きなのだけど、ひとりでいたい。

4月5日

Journal 11.4,2025


周ちゃんが来週から出張続きになるので、砧公園に桜を見に行った。旅にでたい。写真ばっかりの生活がしたい。

4月2日

Journal 03.4,2025


夜は院試の塾のプレ。朝4時に起きて勉強して仕事行って帰って塾。もちろん移動中は暗記。脳は休む暇なくエンジンかけっぱなし。おいおい、殺す気か!と思い気や、結構、いける。ただ、眠いぐらいでコーラをガブガブと飲み続けた。

発達心理学の勉強で、”可塑性” っていう言葉を覚えたんだけど、結構気に入ってる。それは、人は発達していく中で、色々なことを経験していく中で、スライムみたいにぐにゃぐにゃと、ちょうど良い形へと変化しながら発達していくという言葉だけど、まさに人間だなって思う。人が変わられないのは、変わらない強い意思があるときで、そうじゃなければ、ボールが落下するように、水が流れるように、物理の法則と同じで変化していくもの。生きてるとはそういうことでもある、と学んだ。

そう思うと、なんだかずっと楽になれる。もちろん、日々の細々は苦しかったとしても、多分、私は可塑性が叶ってる。そして、そうであるならば、そうではない誰かや何かのために、私ができることがしたいと思ってしまう。筍ご飯をたくさん作ったから食べる?そんな程度のことだ。特別にじゃなくて、日々の中で出来ること。

今年は写真展がしたい。FLOWERSっていうアンドプレミアムで1ヶ月のweb連作をしてた作品が過去にあって、その作品は未完のまま、屋根裏部屋で埃をかぶってる。時々開いては、美しい子どもたちにはっとする。だけど、あの時は、TOTEMPOLE GALLERYで密かに展示した。見に来てくれた人と殆ど話をせずに、ギャラリーの奥にある部屋に隠れて仕事をしてた。もちろん、オープニングパーティもやったし、友人も沢山来てくれた。印刷会社の人や、なんとか大使館の人も、ギャラリーのHPか何かを見てきてくれた。けど、纏まらない気持ちを、心の奥底にある言葉にならないものを表現するにはきっと早すぎたんだと思う。個展してるくせに、後ろめたかった。

けど、今の私なら、どうだろう。たぶん説明できる気がする。あれは美しい子どもたちの写真ではなくて、世界へのアンバランスな眼差し、私の弱さそのものだったんだって。その細部まできっと話せる。どうしてそんなものを撮っちゃったのかってことも。

そういえば、こないだりょーこちゃんとも話した。写真展したいよねって。

朝マック

Journal 01.4,2025


雨だ。今日も雨。無性にパンケーキが食べたい。ベッドにいる周ちゃんに「パンケーキが食べたい。」と言いに行くと、「今日リモートだからいいよ。」って。時々、周ちゃんは私を自分の娘かのように扱う。いや、こないだのいまむちゃんも同じような事を言ってた。「お父さんみたいだけど」って。

梃子にご飯をあげて、パジャマみたいな格好で車に乗った。雨の車は好きだ。街が静かで気持ちがいいし、ぐんぐん走れる気がして嬉しくなる。日々に捕われた身体が自由に放り出されるみたいな、そんな感じだ。

今日は数カ月ぶりに姉にLINEした。火事の後に泥棒が入ったと連絡があったのが2月。絵に描いたような酷い写真が何枚も送られてきた。返ってきたLINEには、「セキュリティいれたから、一応安心してる」とかいてあった。ほっとした。

昨年喧嘩してから、電話は前ほど頻繁にしなくなった。けど、姉が大好きなことには変わりない。

来週は周ちゃんの妹のみつきさんの娘が日本にくる。最近、周ちゃんと出会ったのは、たまたまだけど、そうでもないのかもしれないと思うこともある。私達家族は少しだけ似てる。家族の仲はいいけど、みんな点でバラバラで自由な人達だ。周ちゃんのお兄さんは、昨年末にスイスに引っ越した。

私は次の引っ越し先をもう考えてるし、周ちゃんは流石に少し呆れてるけれど、関西なら大阪がいいなと言ってた。

3月30日

Journal 01.4,2025


世界は変わったんだ。今更だけど、ようやくそう思えてきたように思う。大学も卒業して、骨折も治り、桜の木も少しずつ淡くピンクに染まってきている中で、色々と私を取り囲む世界が変化していることを実感してきた。昨日、昨年にL.Aでヘレナに勧められたトリートメント剤。なんとなく使わずに1年が経ってしまったけど、急に思い出して使い始めてる。遅れた時間を取り戻すように。

早く使い切ってしまいたい。なんだか、過去のままにいるような気がして、通常の3倍ぐらいの量を短くなった髪に塗ったくった。そして、流して出てくる筈だった。けど、どういうわけか流さずに風呂から上がった。

なんか、髪がベトベトする。周ちゃんに流し忘れたことを伝えると、「気持ち悪くないの?俺ならすぐに流すけど」だった。別に気持ち悪くはないけど、ちょっと気になる。洗う?いや、別にいいや。髪をよく拭いてそのまま寝た。周ちゃんの返答が想像と違くて驚いたけれど、正直、ベトベトであってもいいやと思った。誰かの一言が気になって眠れなくなるような夜もあるのに、驚くほど雑になれるときもある。人間なんてそんなもの。

週初めにりょーこちゃんに会った。二人でむさこの居酒屋で17時から飲んだ。りょーこちゃんと飲むなんて、最高過ぎる。ずっと大人になってから友達になったのに、出身地も同じで、同じような文化圏内で同じようなものを見て大人になり、ダサいかダサくないかだけが全てだった私たちは、りょーこちゃんは編集者になり私は写真を撮る人になった。そんな話も少しした。もちろん、今はダサくてもダサくなくてもどっちでもいいのも同じってことも。

私がまだアシスタントだった時に、りょーこちゃんは既にバリバリの編集者で、私が独立する頃にはもう編集長になっていた。色々を知っていたけど知らないままに仕事をするようになって、仲良くなって、友達になったけれど、紹介してくれた元CINRAの横田くんの話になって、横田くんが私をアサインしてくれたのはきっと師匠のバンドのファンだったからだとか、そもそも横田くんと会ったのも不思議な出会いで、イラストレータのジュンオソン君が、私が “GR 誰か買わない?” とツィートしたのを見かけて、カメラを探してた横田くんを紹介してくれた。確か、終電がすぎるような時間の渋谷の宇多川町にあるカフェで初めて会った。だけど、たぶん、そこから仲良くなった。横田くんとりょーこちゃんはソニー繋がり。二人は元同僚の編集者で、横田くんはりょーこちゃんのことをめっちゃ尊敬してて「りょーこさん」って呼んでた。

いろいろをやっぱり思い出した。そうだ。りょーこちゃんは、昔、ずっと遠くにいる人だった。同い年とは思えないようなキャリアとセンスで、遥か彼方遠くできらきらと輝いてた。

けど、どういうわけか、ぐっと距離の近い友達になって、仕事も沢山した。それから、どうしてりょーこちゃんが当時、私に写真をお願いしてくれたのかって話もしてくれた。初めて聞いたかもしれない。あの時は、どうして私なんだろうと思ったし、りょーこちゃんが私も憧れるフォトグラファーの方々と仕事をしてるのも知ってた。だけど、あの日々のことを振り返るように、何度も写真のことを褒めてくれた。あと、それから、これからもずっとそれが仕事じゃなくても、見ていたいって。

この現実から目を逸らしたくなるぐらいに、沢山が満たされた日だった。こんな時間を貰ってもいいんだろうかって怖くなるぐらいに。数日経った今日まで、蓋をしてしまいたくなるほどに。

今日は夕方に恵比寿の写美に鷹野隆大さんの展示へ行った。もちろん、一人で。周ちゃんを誘おうかと思ったけどやめた。周ちゃんといるのは楽しいけど、私がなくなってつまらなくなる。それに、周ちゃんが次男だなと思うのは、なんでも私がやることを真似たがるところだ。それは、末っ子の放置されて一人遊びが世界の中心だった私にとって、正直うざったく見える。

もちろん、家族としては最高だし、周ちゃんのことはどんどん好きになっていくけれど、これ以上わたしを薄めたくない。家族である前に、私の人生があるのだから。あと、鷹野さんの写真は最高だった。10年ぐらい前に写真を見てもらったことがあって、声を出さずに眺めた顔は眉間にぎゅっとシワが寄っていたことぐらいしか覚えてないけれど、あの人、すごい人だったんだなと思った。あの時の私には、鷹野さんの写真はすごく難しくてわからなかった。

いい写真に出会うと本当に幸せな気分になる。本屋にたまにしか行かなくなってから、写真はinstaやネットで膨大に見てる筈なのに、昔よりもずっと写真に触れてるのに、これだと思う写真に出会えることはやっぱり増えていかない。綺麗な写真はもちろん山ほどあるし、新しい写真に出会うこともある。けど、心が揺さぶられるような写真だとか、説明できない写真、ぐっと胸を掴んで離さないものは、こうして、稀に出会うことがある。そして、そういう写真に出会うと、勇気がでる。あと、まだまだ生きてていいんだって気になる。

ご褒美みたいな日々が続いてる。

3月18日

Journal 18.3,2025


「直感で決めてみたら?」梃子の散歩をしながら周ちゃんが言った。

いい言葉だった。もうすぐ春だと言うのに、今朝は冬みたいに冷たい風が吹いてる。

気持ちがいい。

3月9日

Journal 17.3,2025


大学の卒業式。いっちーと話したことは、私の心を確実に不安にさせた。麦酒3杯はそこから気持ちよく逃避させてくれていたはずだったのに、酔いが冷める頃には重くのしかかり、全身が居心地が悪い何かが流れてるみたいに感じた。

いつものように参考書を持ちベッドに入ったけれど、すぐに逃げるように寝た。

だけど、いっちーも同じように感じてると思う。誰かが傷つけられていたり、貶められている姿を見ると、どうしてそうなってしまったんだろうと気になる。時に、まるで自分のことのように聞こえて放っておけなくなるし、悪い人だとしても、その人がどうしてそうなってしまったのか気になる。虐待された、した、自殺した、なんだかんだといった心の病を患ったり、患った人に傷つけられてしまった人々のことを、ただの凶悪な事件だったね、では済ませられない。

今どんな気持ちで、どこでどう過ごしているのか、どうしてそうなってしまったのか、そこは暗くて冷たくて、苦しくないか。温かい場所へどうにか連れていってあげられないものか。今もひとりぼっちでいないか、その時に誰かいなかったのか。家族は、いや、社会は、いや法律では助けてあげられなかったのか。どうして、どうしてなんだろうか。

「また、そんなこと調べて。」と、周ちゃんは私のこの癖について、わざわざ収集してるとさえ言う。確かに、世の中は経済でも政治でも、さまざまな出来事が情報がある筈なのに、上手にそこを抽出してくるのかもしれない。もちろん、無意識で。

「どうしてなんだろうね。気になって仕方がないんだよね。」「私もだよ。」ビールをおかわりしながら沢山の話をした。この2年間、必死に勉強してよかったと思った。頑張ったご褒美だと思う。難しい心の話を、まだまだな知識の中で沢山話した。周ちゃんにも、友人にも、話せるような内容じゃない。気持ちが良かった。大学に入る前のお馬鹿な私だったら、あー上手くいえない!で済ませていたことを、すいすいと上手に話せた。

今日これなかったナチにも会いたかった。できれば3人で乾杯したかった。ナチは、来年に東大の研究室へ行くと言ってたけど、先生の移動で別の研究室に行くことにしたと言ってた。いっちーは養護学校の事もあるから、次の進学は数年後にするかもと言ってた。二人とはまだ出会ったばかりだけど、戦友だなと思う。それに、心から尊敬してるし、応援したい。

私はといえば、とりあえず走り続けようと思う。もちろん、また私を邪魔しにやってくるだろうけれど、それと私が走りたいのは別の話だ。邪魔をされようが走るものは走る。走りたいのだ。

ハヤシライス

Journal 17.3,2025


いまむちゃんはいつもそうだ。約束っていうのは決めないで欲しいのに、曖昧にしてるのに、「何時?」とか、「どこ?」とか、ひつこく連絡がくる。あの人は優しいから、強くは言ってこないけれど、苛々する。勿論、悪いのは私かもしれない。けど、仕方ないよ。だって、決められると窮屈でちょっと苦しくなってしまうから。それで、万一、逃げ出してしまったら、と考えたり、それで嫌な想いをさせてしまったらって思うと、約束が嫌いになる。

久しぶりにトロワ・シャンブルに入ると、若い子で店内はぎゅうぎゅうだった。小さな声で「こういう店だっけ。」みたいな事をいまむちゃんに聞いた。確か、ここは、喫茶店が好きな女の子やおじさん達がいて、カウンターは常連そうな人が座ってた気がする。不思議な感じだった。まるで、昭和をコンセプトに作られた喫茶店みたい。全てがレプリカのよう。

最近の私は特に、口から出てくる全てが私をダメにするようにさえ思う。勿論、大学のせいなのだけど、全てがだめだめな気がしてならない。2年間死ぬほど勉強しただけなのに、世界が広くて怖いと思うようになった。

セオリーに則って写真を撮ることに違和感?いや、後ろめたさみたいなものや、違和感をトレードしてまで、お金や地位を得たくないと、頭でっかちに、潔癖になった。飄々と生きてたら良かったのに。適当に写真をやってたわけじゃないけど、無責任だった。けど、ある程度の無責任さは社会を生きる上で必要なことだ。

責任をとりたいと思うようになったのか、逃げたくないと思うようになったのか、いつも笑ってばかりいるいまむちゃんとの会話も、妙にアートの話なんかして、馬鹿だった。なんで作ってる?なんて質問をして、きちんと説明もできない私の返答も、全てが今の私な感じでぐちゃぐちゃだ。

「別に作ってる意味なんて要らなくない?」と、私が言ったのは、逆の話だ。定義するという事がどういう事なのか、感想文書くのも、日記を書くのも自由だけど、そうじゃない領域に出たいと思うときに、どうやって言い切るのかって事に、「感じてるから」とか、「そうだと思うから」は、あまりに不平等だし、暴力的に見える。あの本に書いてあったから、や、あの偉い人が言ってたから、も同様に。

資本主義の話と写真の話をくっつけたから悪かったのかもしれない。いまむちゃんの顔は曇ってた。そんなに頑なに、みたいなことを言ってた気もする。その通りだと思う。多分、より、前よりも専門的なことをやりたくなって、きっと、いまは、その道の途中で腰掛けてお喋りしてるから悪い。前のように中身のない会話を続けている方がずっと楽しかった。

また、来月にでもお茶しよう。いまむちゃんは好きな子だから。苛々するけど、仲がいい。

帰り道は川を見ながら帰った。未来がわからなくて怖い。それが不明瞭なことであればあるほどに、誰かや何かっぽくなくて、ここだけのものであればあるほどに、怖い。だけど、傷ついても、淡々とやろう。淡々と。

3月1日

Journal 01.3,2025


昨晩、周ちゃんが台湾出張から帰国した。お土産はメールでお願いした通りで、きっちり全部綺麗に買ってきてくれた。周ちゃんをロボットだと思う所以はまさに、こういう日々のことにも散らかっている。ちゃんとしっかりとやってくれるところに、少しだけがっかりする。期待を裏切ってくれたらいいのにと心のどこかで思ってる。もちろん感謝はしてるし、今のままでも十分なのに。

こないだもりょーこちゃんと同じような話をしていた。「私達って、多分、何不自由ない生活をしていて、、幸せだよね。けど。」って。けど、の先の詰まる部分について、カフェラテをお代わりしてまで話し続けた。

これは幸せ忘れ病なんだろうか。違う。大事だと思う。なんだか、そんな気がしてならない。だから、というか、今、二人であんなに熱く語ったんだろう。それに、りょーこちゃんが大好きなのは、可愛いからとか素直だからとか、写真が上手いとか、字がとびきり美しいとか、それだけじゃなくて、勿論笑ってる顔は大好きだし、声も好きだし、話し方も好きだ。けど、丁寧なのだ。生きることにしっかりと今を十分に見たいと必死で、それは、言い方を変えると生きづらいし面倒だ。けど、それが尊く美しく見える。

“おばあちゃんになっても友達でいたい。” と、帰宅してからLINEして、心が弾むのがわかった。数日前のこと。

久しぶりに会う周ちゃんとは、これでもかってぐらいに話した。珈琲屋で、多摩川を散歩しながら、家でも。殆どは写真の話で、周ちゃんはアートの話を熱く語ってた。高橋くんが今やってる展示か何かで、フロイトを引用してるとも言ってた。私たちは遠いいけど、近いところもある。それは、本当に少ない点で、ほんの時々しか線は引かれない。だけど、繋がったときは強烈だなと思う。

今日はそんな日だった。周ちゃんは文化人類学や歴史的な立場からものを言い、私は情動や感性とか心理学っぽく話をする。その接点が写真になる。もし、鳥葬を見たいとチベットへ旅に出なかったら、周ちゃんとは結婚してなかった。これは100%言えることだ。イケメンだったから、と、よく人には言うけど、あの時は世界のすべてが怖くて、私が会話できるのは、私が知ってることだけで、知らない世界についてはもうこれ以上知りたくないと完全に伏せていた。

当時、周ちゃんはネパールが一番好きな国だと言ってた。私はチベットが好きだったわけじゃないけど、ただ、チベットで鳥葬が見たかった。鳥が亡くなった遺体を、魂と共に空へ運んで行くというのが、どういうことなのか、20代だった私が知っている世界は、狭くて汚くて、怖くて、説明がつかないことで溢れかえっていたのに、そんなに、世界は単純なことで語り切れるのかと想像するだけで、わくわくしたし、見たいと思った。

ずっと予定中の新婚旅行は姉のとこを経由してマウイかハワイ島がいいとひつこく言ってたけど、姉と喧嘩したこともあったからだろう、昨年あたりから、やっぱり北欧がいい、パリの友人経由のヘルシンキにしようかと話してた。

「周ちゃん、レー行きたい?」って聞くと、「もちろんだよ。」って。新婚旅行はレーにしようかと聞くと、嬉しそうに頷いてた。いつ、いける?と聞くと、困ったような顔をしてたけど、どうにかするって。レーには、デリーまで国際線で行って、そこから国内線で1時間ちょっと国境近くまで飛ぶ。20年近く前とは全く違う景色かもしれない。ずっと近代化され、観光客も多いだろう。

なんでもいい。レーに行きたい。

2月28日

Journal 28.2,2025


田村さんと、ゆかちゃんの展示を見に東銀座へ行った。マガハのすぐ裏にあるビルの一角にある小さなギャラリー。光が一切入らない部屋は、なんだかちょっと息苦しく感じた。

「理作さん、よしみちゃんのこと気に入ってたよね。」ゆかちゃんのそれは、今の私にとってパワーワードすぎた。なんだか、あれから、激動みたいだねと、私の人生について付け加えられた言葉は、さらに私を息苦しくした。ゆかちゃんは天真爛漫でなにも悪気もないし、いつものように明るくて可愛い。だけど、一人勝手に喉を詰まらせてる私は、「名前が何度か変わったんだよ。」と、よくわからない返答をした。あと、今は作品は撮ってなくて、、仕事で料理を撮ってるって。

記憶に大事に残していることがある。写真家の鷹野隆大さんが授業を見に来てくれた時に、「この子、写真うまいんだよ」と言ってくれた理作さんを覚えてる。鷹野さんは渋い顔をしてハッセルで撮ったモノクロのプリントを覗き込んでたけど、なによりも理作さんが私を説明する言葉があまりにシンプルで嬉しかった。誰もがもう忘れてるあの日のこと。

あの時も写真で迷ってた。もうやめようかなと思ってたと思う。だけど、やめなかった。やめない代わりに理作さんに写真を見てもらおうと思った。

帰りの電車で、田村さんと写真とか心理学の話を少しだけした。もっと話をしたかったけど、私は霞ヶ関で降りて、田村さんはきっと恵比寿に戻ったんだろう。桜が咲いたら代々木公園で話そうって約束をした。そういえば、こないだベンちゃんとも桜が咲いたら代々木公園で会おうねって約束をした。

イギリス人のベンちゃん。NIKEの撮影で、マシューに呼ばれてアシスタントしに行った時に、池尻大橋のロケバスの中で仲良くなった。よく一緒に写真を撮って遊んだ。誰かと写真を撮りにいくことなんて、たぶん、ベンちゃんとしかしたことがないと思う。私もだけど、ベンちゃんもいつも自由気ままで、いきなり帰ったり、いきなり会ったりして、結構仲良しだったと思う。マシューとはどこで仲良くなったのか覚えてない。だけど、よく富ヶ谷あたりで夜中に遊んだりしてた。そう言えば、数年前に、どこかですれ違った気がする。いつだろう。忘れた。

2月27日

Journal 28.2,2025

3年ぶりにりょーこちゃんに会った。「あのね、歳をとりたくないの」真面目に言うその顔はあまりに可愛すぎた。

え?

次の瞬間、驚きと共に歓びが湧き上がってきた。

私は、本当に心底、この子が好き。最高過ぎる。大好きだ。可愛くて愛らしくて、犬の頭をもみくちゃにするみたいに、全力で愛でたくなった。大好きだ。

40過ぎた友人らは「まぁ、40代悪くないかな。」って、私も、多くの女も男も、決め台詞のように言うけど、多分、みんな心の奥底に思ってる。

歳なんてとりたくないって。

最高な気分。沢山写真の話もした。大好きだ。

2月26日

Journal 26.2,2025


昨晩、はあまり寝れなかった。仕事のことで色々と考えたり思い出してるうちに眠りについたのが夜中。だけど、周ちゃんが出張のに支度をし始めた頃にはしっかりと目が覚めていた。日がまたぐ少し前に渉さんにLINEした。私のだいすきな友人の一人で、彼もフォトグラファーとして食べてる。渉さんが言うことは合ってる。昔は酔っ払うと口が悪くなったりしたけど、合ってる。いつだって。

「そんなに思い詰めるぐらいの仕事なら、もうこれ以上やらなくていいと思うよ。」時間は朝の9時。コーヒーを啜りながら携帯から聞こえてくる渉さんの声を聞いた。撮影の後に家で泣いただの、今日もずっと昨晩から寝れないだのと話したことに、渉さんの答えはやっぱりシンプルだった。

前もそうだった。夫が暴れるっていつもの通りふざけて話したら、「よしみさん、夫婦のことはよくわからないけど、それはよくないことだから考えた方がいい」って、真面目な顔して言ってくれたのを覚えてる。松陰神社の大吉だった。二十歳ぶりに行ったけど、店はあの時と1mmも変わってなかった。赤と黒の椅子、蛍光色のピンクやグリーンで書かれたメニュー。

あの時も私は永遠に我慢してた。本当に嫌になる。私が我慢すれば世界が少しでも上手く回ると妄想してしまう癖がある。嫌な癖だ。けど、結果、こんな風にどうしようもなくなって、今日も誰かに助けてもらった。

色々なものが私の中でもつれすぎてる。大学のこともこれからのことも、仕事に写真。「渉さん。あのね、ひとつだけいい?ちょっと変なこと聞くけど、写真ってどうやって撮るんだっけ。なんかわからなくなっちゃった。」って聞くと、

「撮ってたらわかるんじゃない。」って。

こないだ湖に行った時に、久しぶりにフィルムカメラで1枚だけ写真を撮った。すごく気持ちがよかった。ちゃんと撮れてるのかわからないけど、シャッターの軽い音が身体に触れる感覚が、世界と少しズレるような感覚があった。久しぶりに、どれぐらいぶりだろうか、写真な気がした。

なんだか、もう料理じゃなくてもいい気がしてる。もちろん、ずっと料理が好きだ。子どもの頃から、今だって、母と料理の話をしだすと楽しくて仕方がないし、母からLINEに送られてくるヘタクソな料理写真でさえ大好きだ。けど、昔みたいに人を撮ったっていい。風景でも街でも、家でも、なんでも考えないで撮ってもいいのかもしれない。

もう嫌だ。本当は我慢なんてしたくない。


Journal 19.2,2025

「昨晩は寝言を沢山言ってたよ。」「もしかして、周ちゃん遅くまで起きてた?」「うん。」

浅い眠りだったんだろう。アイマスクをして寝ればよかった。正直、ベッドは私だけのものがいいとやっぱり信じてる。このベッドは私が買ったベッドだ。布団も毛布だってそう。強いていえば、枕は結婚して1年目に買い替えた。私のベッドにやってきた周ちゃんっていう位置付けが、どうしてもなくならない。

それに、周ちゃんといると収まってしまうような感覚になる。一昨日、みっちゃんやゆうちゃんと食事をして思ったのは、急速に老いていこうと走ったのは私の所為だ。世界は思っているよりもずっと変わってないんだと感じた。結婚したとしても、大学へ行きほんの少しだけ知識がついたとしても、そう変わらない。変わったのは、もう収まってしまったんだっていう心持ちだけ、なのかもしれない。

言い換えれば、そうでもなかったってこと。いつでも私はここから抜け出せる。たぶん、するりと。

20代の時、婚約者の前からいきなり消えた夜があった。心の中ではそう決めていたのかもしれないし、きっかけを作っていたのかもしれない。店から飛び出して夜の中へ走った。嫌いなわけじゃなかったし、ずっと好きだった人だ。けど、収まってしまいそうで苛々していた。そうして、私は彼の妻になるのをやめた。

何かがやっぱりじんわりと変わり始めてる。元の私に戻りたいと思ったりもするけど、それが逃げていることなのもわかるし、それは周ちゃんの所為じゃないことも知ってる。答えはきっとでると思う。それまでは、苦しいけど悩み続けよう。簡単にはきめない。

2月16日

Journal 16.2,2025

春みたい。代々木公園の西口近くにあるリトルナップの前に10時に待ち合わせをした。まさか、珈琲がこんなにもブレイクするなんて、あの小さな珈琲屋に休日の朝からこんなにもは人が珈琲をめがけてやってくるなんて、時代ってのは、わからないものだ。

リトルナップに時々行ってたのは、遥か昔のことで、まだ20代?だった気がする。今日とは全然ちがう。小さな店はガラガラで、ひっそりと店があるのがよかった。重たい感じのドアが印象的で、変に厳かだけど、ちっちゃくて可愛い女性がちゃきちゃきと働いてた。あとで、それは知り合いのフォトグラファーの奥さんで、しばらくして二人は離婚したんだとも聞いた。

田村さんに会うのは1年ぶりだ。代々木公園も1年ぶりくらいだろうか。NHKで働いていたときに、よくバラを見にきていた場所だ。目的はバラだったけれど、理由はサボるため。いつも、暇そうな友達に “光合成してる”とか、”今夜なにしてる”とか、どうでもいいメールをしてた場所だ。今日は、そのベンチに田村さんと腰掛けた。確か、あの時はいつもコンタックスのAriaを持ってた。NHKヘ行く鞄の中も、サボりにいく代々木公園へも。そして、サボりながらぼうぼうに生えるバラを撮った。

「感じることに意味があると思います。」

話始めて直ぐに話してくれた言葉は、少し突拍子もなくて、妙に惹かれた。

田村さんは、昔、ハッセルで作品を撮ってたから、わたしも一時はハッセルだったし、なんとなく近いとゆうか、わかってくれてると勝手にいつも思う。もし、そうじゃなくても、多分目指してる場所は同じとゆうか。だから、異なっても、安心して話せる。

コントロールしたくない。だから、今、最近の写真は、とにかくグラデーションやラチチュードみたいなものを薄めて中和して世界に馴染むように、せめてもの想いでやってる、、仕事でもなんでもそうしてる。

強いこと、印象で引っ張るものが、断定的な写真行為そのものが、差別みたいに見えてちょっと辛い。人の写真見て、痛いとすら思う。ださい?なんかいやだ。きらい。むかついてくる。私のもってる幼稚な言葉を沢山並べると田村さんは、よしみさんって面白いことを言うんですねって、笑ってた。

けど、わかるって。田村さんはコロナが来て、写真が撮れなくなったのだそう。具体的な理由はわからないけど、断定される世界に違和感を感じるようになっちゃったって。だから、同じじゃないけどわかるって。

写真はやってないけど、別の文脈で、ナラティブっていう物語を紡ぐ心理療法を学んでる。写真じゃないけど、やってることは同じかもしれないとも言ってた。その言葉はよくわかった。

ナラティブは言う。世界には真実性?などは、必要ないって。それは、夢想や幻想みたいなことではなくて、勿論、スピリチュアルともぜんぜん違う。答えは、人の心身に宿っているものだと、確信してる。

ちょっとジェンドリンって心理学者のフォーカシングに近い気がした。誰しもが持つ、感覚機能についての話だ。もっと言えば、甲状腺機能にも近い気がする。あまりに大雑把な言い方だけど。私たちの体は、転んで擦りむいて血がでても、その血はかたまって、瘡蓋になって、また新しい皮膚が作られる。この機能は体も心も同じ。心は脳だから。そして体だからって話だ。

「けど、写真って気持ちがいいですよね。」なんていうか、考えないで撮る行為そのものが、充足感に満たされる?いや、水が注がれるみたいに、すいすいと世界を泳げるような。目一杯に気持ちがよくなって溢れていけるような。十分に満たされる。瑞々しくなれる。

「うん。わかる。」田村さんが言った。嬉しそうな顔をしてた。

そう、。写真は気持ちがいい。気持ちが一杯になれるんだった。世界の面倒に巻き込まれることなく十分になってもいいもの。

月末に同じ写真仲間の鹿巣さんの個展へいく約束をした。鹿巣さんは、海外のアートブックフェアに参加したり、KYOTOGRAPHIEで展示したり、ちっちゃくて変な女の子だったのに、いつしか立派な写真家になった。今、きっと、あの子は瑞々しくて一杯だ。

田村さんと話せてよかった。