
あいからず粥を炊いてる。周ちゃんのノロは大分よくなったけど、粥への愛はいまだ続いてる。久しぶりにりょーこちゃんとメールした。すっかり忘れてたけれど、何度か贈り物がしたことがあって、その時の住所をふと思い出した。あれ、もしかして。
やっぱり、だった。私が新しく引っ越してきた街と、りょーこちゃんが住む街は川を挟んではいるけど、車を走らせたら30分くらい。なんだ、同じ川を見てたんだね!って。会いたいな、会おうよ。そんな言葉を交わした。
わたしが、大好きな友人の一人だ。本当に好きなこ。

あいからず粥を炊いてる。周ちゃんのノロは大分よくなったけど、粥への愛はいまだ続いてる。久しぶりにりょーこちゃんとメールした。すっかり忘れてたけれど、何度か贈り物がしたことがあって、その時の住所をふと思い出した。あれ、もしかして。
やっぱり、だった。私が新しく引っ越してきた街と、りょーこちゃんが住む街は川を挟んではいるけど、車を走らせたら30分くらい。なんだ、同じ川を見てたんだね!って。会いたいな、会おうよ。そんな言葉を交わした。
わたしが、大好きな友人の一人だ。本当に好きなこ。
今日は勉強会をサボった。来週は塾がないし、完全にまた糸が切れてる。正直、不安しかない。けど、なんだかモヤモヤしながらも、勉強をしはじめると案外悪くなかった。
別になんだろう。いつか受かればいいやぐらいでもいいんじゃないか。とか、そもそも、本当に行きたいんだっけ?とか、特別に、深く考えるのがもう面倒で仕方がなくなってきてる。
周ちゃんが仕事で元木くんにあったらしい。最近よく、DDAAさん、DDAAさんって言ってる。DDAAさんになった元木くんは、そんなに有名人になったのか。「ただの飲み友達だよ。」と言った。よく、飲んでたと思う。中目黒とか中目黒で。本当によく遊んでた。
あの時は前の夫と結婚する前だったような気がするけど、池尻に引っ越して、私も仕事が忙しくなったり、家庭で色々とあったからか、会わなくなった。あの頃のように、何も考えずにというか、写真のことだけを考えて生きていてもきっといいのかもしれないよね。
いや、どうなんだろう。もっと楽に生きたいなと思う。また、みんなで遊びたい。夜な夜な集まって、特になにをするでもなく遊びたい。そういえば、元木くんはきっと忘れてると思うけれど、IDEE仲間のひろちゃんの背中をどこかの店で酔っ払ってずっと撫でていた夜があった。いつの夜かわからないけど、深い夜のいつか。あの時は、なんであんなにひろちゃんの背中を撫でてたんだろうか。いつものように嬉しそうに笑ってた。
考えてみると、昔はよくわからないことが多かった。次の日になったらわすれてしまうぐらいにどうでもいいこと。そうやってただ笑って生きてた気がする。戻りたいなんて言ったらだめだけど、ああいう日々はいいなと思う。いや、いつでも今でも戻れると思う。
今年はやっぱり遊ぼう。勉強も大切だけど、遊ばないとだめだ。

塾の先生と講義が終わってから、研究計画書について話をしてたら、あと1年で頑張れるって。いやいや、。猛烈に頑張ったって、2年が限界だと思ってる。だって、やることがありすぎて無理だよ。って思ってたけど、、先生の口調からなんかやれそうな気もしてきた。写真だってやりたいのに、どうしたらいいんだろうか。というか、何も考えずに走ってみようか。
そうやって、大学も入って卒業間近なんだし、写真の仕事だってそうだ。何も考えずにがむしゃらに走れば、いつも、どこかには着いてる。行きたい場所を決めない。それもありな気がした。
よくわからないけど、ちょっと楽しくなってきた。無理なら無理でいいから、当たって砕けたら粉々になってしまうぐらいに走りたい。

最近、周ちゃんとこれからのことを色々と話してる。あと、家族ノートをまた始めた。今年は、受験が終わるまでは、仕事と学業の両立で死ぬほどまた忙しくなるから、夕飯は待たない。っていうルールを作った。
こうして、少し遅い夜に準備する食事は好きだ。母もパパによく同じようにやってたから。

朝一番で実家から帰宅して、そのまま書初めをした。周ちゃんとは、やっぱりなんとなく、ギクシャクしてる。新年が始まったというのに、なにをやってるんだかと思うけれど、お互いに譲れないところがある。
ちょっと前に友達が「私は、新しいことをするのは怖くないけどな。」って言ってたけど、それは、私の言葉みたいにも聞こえた。彼女は同じ街に10年住んでるし、レゴの頭を取り付けたみたいに、ここ10年は同じ髪型でいる。
人って、変わりたいとか変わったと思う反面、実際には多分そんなに変わらない。同じ場所で足踏みしてることが、ほとんどかもしれないし、微々たる一歩かもしれない。
結局のところ、私だってそうだ。新しいことをするたびに、痛い目にあって、もう嫌だと塞ぎ込む。そんなに簡単に全てが自分の思い通りにいかないことぐらいわかってるのに。
だけど、やっぱり変わりたい。今じゃない明日がやりたい。ここにある気持ちを捨てて、別の気持ちになりたい。そんなことばかりを考えて、準備もそこそこに走りだして、また失敗する。
今年もどんだけ失敗するんだろうか。想像すると嫌になるからこれ以上は考えない。だけど、やっぱり、また今の自分に戻ろうとしたとしても、それが大変そうでも苦しそうでも、今じゃないことをやってみたい。

今日は友人らと新年会。今むちゃんは病欠。新年会だっていうのに、喉だか鼻だかが、調子悪くて、たらちゃんいるし、やめておくって。みんなで手巻きを頬張って、日本酒飲んで、なんなら夜まで呑んでも、、なんて思ったけど、大晦日からの睡眠不足を考えると、今日はそこそこでよかったのかもしれない。なんだかすごく疲れてる。昨晩は私の歯軋りと食いしばりがすごかったって周ちゃんが言ってた。
けど、そりゃそうだよ。ずっと周ちゃんとの仲も微妙だし、年末年始の集まりでバタバタとしたせいで、悲しくも年内の終わらせる予定のToDoをしっかりと一緒に持ち越したのだから。頭の中でリフレインしてる “やばい、、” は、悲しくも、ずっとなり続けてる。
駅までみんなを送って、急いで帰ろう。とも思ったけれど、駅前のモスで周ちゃんとコーヒーを飲むことにした。別に何ってわけじゃないけど、ただ、一緒に座って珈琲が飲みたい気分だったし、周ちゃんも同じことを考えてるようだった。
それに、なんだか嬉しかった。友達も結婚して子どもを産んだが、私もまた新しい家族を持った。それぞれにそれぞれの生き方ではあるけれど、別々の異なる家族が顔を合わせて食事をするっていうのは、面白い。うちの家族がどんな家族なのか、普段では見えないことが見えるようで嬉しかった。周ちゃんもたぶん、同じことを感じていたのかもしれない。
むすっとしてたここ数日の顔は、穏やかだったし、今が好きだって顔をしてた。私も同じくして。二人で話したことはどうでもいいこと。心理学の院試について、東北大学の人が書いてるブログを見かけたのだけど、所謂、超頭いい人たちも平気で落とされる位に狭き門なんだって!それで、そもそも、臨床心理の院のカリキュラムがやばくて、、みたいな、いつも通りの話をした。
だからってなんだって話だ。夕飯はまた少しだけお酒を飲んだ。少しだけ、デスクに向かってから寝た。今年は時間がないって言わない。だって、物理的に考えても足りないんだもの。だから言わない。それよりも上手くやる方法を考えよう。
全てが手にいれられないことはわかってる。だけど、失いたくないものや大切にしたいもの、諦めきれないことがある。わからない、どうしようばかり続けてたって仕方がないし、誰かのせいにしたって仕方がない。

ポストに赤い封筒が見える。12月25日。今日はクリスマス。あれから、気持ちは少しリセットし始めてる。この年越しのタイミングは、きっと色々の節目となるのだろう。私がわからなくなったのは、大学に没頭し過ぎてたこともあるし、仕事でも胸に引っかかることがあったからだとも言える。
クリスマスカードを準備してたのに、結局、渡したのは家族である周ちゃんだけだ。書いたまま、引き出しにしまっていたのを慌てて鞄に入れて駅前の郵便局へ走った。
パリのまゆみちゃんからの手紙には、赤ちゃんのこと、大学での勉強のことが書いてあった。どういうわけか、40歳もすぎて、仲の良い友達も学へ行き、そんなことを手紙で書き合ってる。面白い。だけど、だから私たちって友達なんだろうとも思う。決めたわけでもないのに、人生の途中で互いにまた大学に入った。趣味も違えば、好きなことも違う。勿論、生活も日々の色々や食べているものだって今は違うのに。
それに、こないだフランス出張の時に、朝から電話したのは、会えなかったからだけじゃない。心細かったからだ。写真が撮れなくて苦しくて、元気がほしくて話したかった。だけど、あの朝のことについて、ポストから開いた手紙には「全然、よしみちゃん変わってないね。」って。書いてあった。それから、同じメガネかけてて、全く違う場所で生活して生きているのに、実際には長い時間会えていないのに、時空を超えて同じな気がしたって。変わってない。その言葉は嬉しかった。私は自分が変わってしまったような気がして寂しい気がしていたから。
まゆみちゃんの手紙を読んでると時々泣きそうになる。郵便局へ行く前にマックへ入って、もう一通だけ書くことにした。年寄りの多い朝のマック。ドトールでソイラテが飲みたかったけど、あっちは人気なのか忙しない。こちらはといえば、人々は決められたように、席を一つ置きで座ってて静かだ。有機的に作られたパーソナルスペースは美しいドミノみたいで心地がいい。
持ってきたカードに早速書き綴ってみたけど、、全然書ききれない。”つづく”と書いて、レシートの裏に書き続けた。それでもやっぱり全然足りない。2時間ぐらいずっと書ける。そんな気がした。冷たくなったコーヒーを流し込んで郵便局へ急いだ。
来年はちゃんと日記を書こうと決めてる。まゆみちゃんの手紙に綴られている日常に泣きそうになるのは、あまりに美しいからだと思う。人間の記憶は忘れるようにできてる。それを知ったのは大学に入ってからだけど、最近の私の日常はあまりに酷すぎる。こんなに時間を酷使したら、絶対にバチがあたる。
未来じゃなくて、今をしっかりと見たい。

15時に経堂駅でねぎと待ち合わせ。大学の時、好きなことをして生きたいと就職もせずにカフェでバイトしてた仲間のひとりだ。同じぐらいの歳の女は今、どんなことを考え、どんな風に未来を見ているんだろう。もがいてばかりいる私の日々は間違ってるんじゃないか。私の正解じゃなくて、誰かの正解も聞いてみたいと思った。
話したいことは山ほどあるし、聞きたいことも、聞いて欲しいことだって。だけど、話も途中で石井ちゃんの名前がでてから、目が合った瞬間に私たちの顔がみるみるとぐちゃぐちゃになって、気づいたら泣いていた。「ごめん。」喉を詰まらせ、言葉にならずに謝りながらも話し続けた。
私たち、きっと、ずっとこの話をしたかったんだろう。3年ぐらい経った気がする。石井ちゃんがこの世からいなくなって、時々、よく遊んだ中目の交差点で、新宿の街角でも、私のずっと前をあの細い肩が、大きなイヤリングを揺らして歩いているような気がした。「病気のこと、言わないでって言われてたから、ずっと言えなくて。」ねぎは早くから知っていたんだそうだ。
それに、ねぎは石井ちゃんの最期の時間も会いに行ったと聞いた。ぎゅっと喉の奥が抑えられるようで苦しかった。これから死ぬことが決まった人を目の前で看取ること。実際のその光景を見ることと、出来事を想像することは180度違う。世界は、美しいことも見せてくれるけれど、時に、そうじゃないことを私たちに強いることもある。それは、忘れたくても強く掴んで離してくれない。
今日は色々な話がしたかった。写真の仕事のことや大学のこと、今がその間で苦しいことも。だけど、石井ちゃんの話をしたら、なんだかどうでもいいような気がした。だって、人は死ぬんだもの。死ぬために生きてるわけじゃない。いつか死んで全部消えちゃうから、その前に楽しみたい。だから、生きてるんじゃないか。
経堂のカフェで向かい合って、空のコーヒーカップを目の前にして座る私たちは今、無力だ。だって、人は存在するかしないかで、今、この物理主義な世界の中で、会えない友人に私たちができることは一つだってない。
泣いても悲しんでも後悔しても、願っても、友人に触れることは一生できない。これは美しい思い出じゃない。いい子だった。みんなに愛されてた。それだけでもない。早すぎるとか、後悔したって仕方がない。この死は、死ぬことを教えてくれたんだった。
今日は、大事なことを思い出した。

ばかみたい、だけど気分は最高だった。周ちゃんが久しぶりの出張で、わたしはわたしを取り戻せた気がした。
昨晩、缶ビールを開けたのは夜の9時過ぎ。早朝から勉強や仕事を続けて、15時間以上座っていた。疲れた?いや、そうでもない。いつもの通りで、肩がバキバキなぐらい。ビールを飲みながら英語の続きでもやる筈だったのに、結局、英語は一文も読まずに夜中まで酒を飲み続けた。飲みかけのウィスキーだとか、少し余っていた日本酒だとか、もう捨てようと思っていたワインだとか。家中の酒を掻き集めて。
昼に映像の制作をすると、夜は目が酷く霞む。英語の論文を勉強したくても、ゲシュタルトが崩壊するみたいに、サイケデリックに世界に飛び出し溶けてゆく。それでも、いつもならデスクに向かってどうにかこうにか、あちこちに散らばった単語を拾ってまとめていくのだけど、昨日は全然だめだった。心が電池切れみたいに止まってるみたいで、なんだか、多分、。心と身体の接続が切れてるみたいだった。
酔っぱらいながら日記を書いて、インスタに写真を投稿したり、友達にLINEしたり、いつもしないことを沢山した。そして、思いの外、飲みすぎたらしく二日酔い。何やってるんだろう。溜まった仕事も、まだ読めてない英文も、請求書だって、。
けど、今日はいつもの通りにエンジンはかからない。いや、いったん、サボったのだから簡単には日常に戻りたくない気がしたし、何ならもうこのまま遠くへ行ってしまってもいいんじゃないか。そんな気さえした。
この感触は知ってる。人生に数回ぐらいの頻度でやってくるやつだ。婚約者を捨ててみたり、夢を捨ててみたり、夫を捨ててみたりしたり時と同じ。財布も持たずに、身一つでそこから思い切りに逃げ出してしまう感じの、後先考えずに、今を脱ぐように消えたくなるやつだ。
気分が悪いんじゃない。二日酔いで気持ち悪いし、身体はだるい。そうじゃない。気分は最高に近い。

すっごくつかれた。
遅すぎる短すぎる夏休みを12月も半が過ぎようとしている師走の真っ只中にとったのだけど、夫もわたしも結局半日以上は休んでなかった。悲しいことに写真なんて70枚くらいしか撮ってない。こんな日常で本当にいいのだろうか。
山の上のバンガローを借りて、温泉に入って、暖炉でひたすら火を見ながら、ずっと話してた。
仕事と勉強をするために田舎暮らしを諦めて東京に戻ってきたのに、この生活は本当にしあわせなんだろうか。私の人生は家族や友人と食卓を囲んでいれば幸せな気がしていたんだけど、最近は料理はかろうじてしてるが、満足のいく料理はできてない。
仕事だって写真だって満足にできてない。本当にこれでいいのだろうか。
梃子はどんどん歳をとっていくし、日々はどんどん勝手にすぎていく。忙しすぎる。こんな1年があってもいいと思ってたけれど、もう2.5年目だ。友達と会った回数?今年は何回だろう。片手でおさまるぐらいかもしれない。サマーバケーションは一泊二日。狂ってる。わたし、なにやってんだろう。
大学に入って、驚くほど知識が増えて、今までなら絶対に会えない人や世界にいけるようになった気がしてる。だけど、失ったものも大きい。
同じ場所にいたいと思うのに、今じゃない場所へも行きたいとおもったりもする。
なんか、すごく嫌だ。
実習が今日でようやく終わった。長かった2ヶ月間。今朝ずっと電車の中で考えてたけど、結局答えはでなかった。先生が「時間になったら帰っていいよ」って言ってくれたけど、帰らずに最後のカウンセリングが終わるのを待って先生と話すことにした。
私が嬉しかったのは多分、自分が必要とされたことかもしれない。少しでもどこかで自分が誰かの役に立てるんじゃないかって感じたことが素直に嬉しかった。だけど、多分、それは私の答えにはならない。だから、ここで働くのはやめた。ずっとずっと悩んでいたけど、そう決めた。先のことを考えたら、ここで働くことはメリットがあると思う。先生もそう言ってた。
だけど、別に未来のメリットのために生きてるわけじゃない。いい大学を選んどけとか、いい就職先を選んどけとか、今までだって、全部を無視してきたのは、自分じゃない誰かが言ってることが正しいかどうかよりも、どうしたって、私自身がそうしたいと思えないことをやるのは、なんだか辛かった。そういうのはどういうわけかしたくない。自分に嘘をついているみたいで嫌だ。
帰りにミオちゃんと下北の茄子おやじでカレーを食べた。それから猿田彦へ行って、コーヒーマティーニを飲んだ。ミオちゃんはノンアルのコーヒーカクテルだった。金曜日の夜にいつもの友人と街で過ごすのはいつぶりだろう。ミオちゃんは、浦島太郎な私に会うのは1年半ぶりだと言ってたけど、麻布でタコスを食べたのは、つい数ヶ月前のことのような気もした。大学に入ってからの日々の記憶がほとんどない。
最近流行ってるプリクラがあるんだと教えてくれて、途中でプリクラを撮った。どうでもいいことで過呼吸になるぐらいに笑うのは最高だった。それに、私の近況について「死にそうだ」と伝えたら、私らしいというか、どうしていつもよしみちゃんは苦しい方ばっかりを選ぶんだって笑ってた。ミオちゃんはずっと推しの話をしてた。明日は推しの祭典らしく、着ていく服がないんだそうだ。
なんだろう。あっという間に時間は過ぎて、今日は殆ど勉強も仕事もしてないんだけど、なんだろう。何もしてない、朝からクリニックで実習しかしてないんだけど、夜に友達と昔のいつもみたいな夜を過ごしただけなんだけど、なんだろう。ずっと、ここしばらくの間、失いかけてた、いや忘れかけてた自分に会えたような気がした。
多分、もう私はぐちゃぐちゃじゃない。病院では働かないと決めた。心理学はもっと勉強したいことがあるからやめないし、院試も挑戦する。それから、もう、違うと思う写真はやらなくていいし、そうだと思う写真をやろう。

今日も朝からだるい。昨日よりはずっと良くなったのだけど、少しずつだなって感じだ。周ちゃんの病院の送り迎えはタクシーで行ってもらうことにした。朝から少し仕事を片付けて、午後は出張の準備と足らないものを買いに行ったり、出張中の食材を買いに行ったりした。
何をするにもスローペースなものだから、気づいたら夕方になっていた。だけど、これでいいのかなって気もした。今までがあまりに急ぎすぎていたんだと思う。レジに並ぶ1分1秒でさえ勿体無かったし、3分待たされるようなことがあれば、勉強だとか仕事をし始めた。ただ歩くのだって勿体無いからと、英語学習や勉強系のyoutubeを聞いたり。
夕飯も作るのが億劫になって、考えるのも辛かったけれど、今日は久しぶりに何も考えずに作れた。そして、まゆみちゃんへの手紙を書いて、また少しだけ仕事をして寝ることにした。もう、夜な夜な仕事をするのはやめたいから少しだけ。
手紙には、明日から出張なのに、こんなんで大丈夫だろうか。と、何度も書いていた。だけど、きっと大丈夫。そう信じてる。心身ともに、少しずつ回復してる。
たぶん、きっとぷつりと糸が切れた。
「今日は1日やすみにしよう。」
朝にベッドで周ちゃんが言ってくれた言葉は正解だったとおもう。適当に着替えて代官山まで車を走らせた。帰りはサミットでパンや食材を買って車の中で食べながら帰宅した。
「まるで中二だよね」「そうだね。」って、周ちゃんが言った。本当にその通りだ。いまだに色々が悔しかったり、いまだに色々が悲しかったり、いまだにまだまだ見つかってないと思ってる自分がいる。もう40歳もすぎたら、だいぶを悟ってもいい気がするのに。自分に期待してる?とは少し違う。ただ、腹の虫が収まらないというか、。いや、喉につっかえた小骨のように、いや、あの時にシャッターを押しておけばよかったのにと後悔する感じと同じだ。
なんだかわからない。周ちゃんは、疲れてるからだと言うけど、それすらもわからない。来週からの出張はちょうど良かった、きっと。沢山の今から離れて、いろいろと考えてみようと思う。
昨年に体調を崩してホルモンの薬を飲み始めてから、この身体は男になった気がしてる。どれが本当の生理でどれが本当の生理じゃないか、今はもうわからない。だって、女の波瀾万丈な毎月の色々がない。イライラもしなければ不安になったりもしないし、やけに高揚感が溢れたりも、無性にセックスがしたいとも思わなくなった。それは、ちょっと不気味な気もするけれど、なんだかまるで、この体が別の何か、たとえば人形を羽織ってるかのよう。
だけど、今日は久しぶりに違かった。朝から無性に不安になって、肩をぶつけた鏡に泣きそうになった。痛いんじゃない。肩ぐらいぶつけることなんて幾らだってある。なんだか、悲しくて悲しい、ぐちゃぐちゃなんだ。とりあえずと思ってコンビニに濃いめのコーヒーを買いにいく。いや、違うよ、全然美味しくないもの。今日はやっぱり不安で仕方がない。車で海でも行く?いや、違う。髪を切ろう。なんか、私だめだ。
けど、今日は周ちゃんの病院の見舞いの約束もしてるし、大学へ本を返さなきゃいけない。あ、瞳ちゃん。時間はまだ7am。何も考えずに瞳ちゃんにLINEした。昨年のアメリカのお土産をまだ渡せてないし、こないだオイルを送ってもらって、その瓶もお返ししたい。直ぐに返事があって、青山でランチをすることになった。美容院はその前に原宿で切ることにした。今日はいつもと違う髪型にしよう。
何を話したんだか、いっぱい話したいことはあるけれど、色々を話した。大体は最近のことで、あとは勉強のこととか。私は、やっぱりなんだかどうして進学するのか理由が見つけられなくて不安だった。未来のことを考えて行動したことなんて今まで一度だってなかったのに、今もそれほど考えてはないけど、急に昨日から不安になった。周ちゃんの手術を執刀した先生からの電話が予定よりも遅くにきたからだろうか。全部が一緒にごった混ぜになって不安だった。
大事な日の前日は、たまたまかもしれないけど、瞳ちゃんに会うことが多い。別に、特にその事について話したり、応援してと頼むわけでもないけれど、そんなことを考えながらお茶なんかを飲んでる。青山あたりで。そして、じゃあね。と言って笑顔で別れる。今日もなみなみと注いだワインみたいに、たっぷりになって電車に乗りこんだ。
やっぱりやろう。落ちることが怖いんじゃなくて、頑張った先に何かを見つけようとしてるから怖いだけだ。別に私は今のままで十分に幸せだし、欲しいものといえば、書斎にVernerPantonの7万の照明を買いたいぐらい。とってもお安い人生である。
さ、頑張ろう。いいとか悪いはやってみないとわからないし、嫌ならいつだって好きにやめたらいいこと。だって、私の人生だもの。それに、やる前から不安だなんて、妄想も過ぎてる。

特別なことじゃなくて、普通の毎日でいいと思う。今は、どういうわけか、40にもなって大学に入って、これから院試まで目指そうと決めたけれど、正直、なんでもいいなとも思う。今月は頭の中がぐちゃぐちゃだ。大学の卒業が見えてきたと思ったら、写真のことも仕事のことも色々が棚からバサバサと音とたてて落ちてくる本みたいで、私は今、その中に埋もれてる。
ちょっと前に周ちゃんに話したら、嫌そうな顔をしてたけど、母数の多い場所にいたいと思う日がある。東京にいる人々のことを、帰国した姉だとかはみんな瓜二つだと言うけれど、確かに田舎者の集まりの東京は同じものを求めてる人が集まる場所だ。だから、同じになるのは自然なこと。何かが流行ればみんなその場所に行きそれを食べそれを着る。けど、それが私は案外好きだ。出来るだけ多くの母数の中で共に安全に暮らしたい。奇抜なものは全部、ピンで抜き去って丸くつるつるになればいい。
周ちゃんは今日から入院。周ちゃんは家にいないともっと好きになる。

予備校からのメール。一気に気持ちが落ち込んだ。何食わぬ顔をして今日を過ごしてるけど、やっぱり落ち込んでる。
山若くんなにやってんだろう。今日は新宿のスタジオ。山若くん家の近くだ。窓の外の青い空とぼこぼこと立ち並ぶビルを見ながら思った。
“今日は外で打ち合わせあるから、夕方なら。” と、LINEからの返答。私が田舎に移り住んでから、全然友達に会わなくなった。一度、山若くんとふみえさんが写真合宿とそうして、泊まりにきてくれた。あれは、もう2年前の夏のこと。
寂しいな。寂しいときは友達に会いたくなる。あ、広瀬さんなにやってるかな。写真の話がしたい。
写真家の広瀬さんは、最近何を撮ってるのかしらない。こないだ川内倫子さんが、広瀬さんには家を教えてくれないって話をしてた。広瀬さん、川内さんと友達なのか。今や世界的なアーティストだけど、二子玉に住んでたと、昔、何かで読んでから、親近感がある。
広瀬さんもやっぱり忙しいとのことで、今度、夜にしようって。
夜に余ったワインに炭酸を入れて呑んだ。周ちゃんと、結構長いこと話した。不安だと、受験はやっぱりやめようか、と、泣き言を並べた。だけど、大学に入れたことだけでも奇跡だとも伝えた。それに、卒業だって、絶対にわたしの学力じゃ無理だと思っていたけど、このまま行けば春には卒業できることも。
私は今のままで十分に幸せで満足してる。だから、別に落ちたっていいんだった。研究してみたいことがある。大学院へ行ってみたい。私の頭で入れなかったら、それはそれでもいい。だって、今のままでも満足してるんだもの。じゃあ、やってみよう。院試、やっぱり止めないって伝えた。

「アキレス腱断裂してたみたいで、手術するか、保存療法だって。たいしたことないらしいのだけど、、保存療法でも治るみたいだから、保存療法にしようかなと思う。」
病院に出かけた周ちゃんからの電話。労災でるなら手術がいいよ。ちゃちゃっと治したら?と伝えると、
「う、うん」って。
北京で断裂したアキレス腱の手術は来週の火曜日。「過信するな」と、帰国する前日に送ったわたしのLINEが哀しいことに予告となった。
もちろん今週と再来週の出張もとんだ。冬のNY出張の話も、新しいプロジェクトもきっと全部とんじゃうのだろう。さぞ、悔しかろう。
身体と心は繋がってると言うけれど、それは、まったく平等な関係じゃない。どちらかと言えば、身体の方が素直で正しい。大学で心理を勉強しはじめてよくよくわかった。身体には限界があるのに、人の心は強い。時に、驚くほどに強くなったりもする。
けど、だから、一番近くにいる者が、見ていてあげる必要があるんだとおもう。例えば、自分とか。
わたしを幸せにしてくれるのはわたしだと、わたしは思う。逆に言えば、わたしを不幸にするのもわたしだ。
「過信するな」ってのは、身体のことというより、こころの話だった。そんなことは敢えて伝えないけれど、本人が一番きっとわかってるはず。わたしたちは、悲しいかな、どこまで強くなれてしまう生き物。だけど、べつに強くならなくたって、十分幸せになれる生き物だなとわたしはおもう。


昼はゆうや君と三宿のスタジオで撮影して、帰りに渋谷駅で偶然ミオちゃんに会った。友達が生活の中にいるのは、東京らしくて懐かしい感じがした。けど、田舎暮らしが恋しい。引っ越して1ヶ月。ここは、とにかく便利だけど、やっぱり田舎暮らしに比べると味気なくて、平坦だ。簡単に何かに迷ったり、簡単に挫けたり、簡単に萎れてしまったり、そうやって、色々を誰かや何かのせいにできちゃうのが東京だったよなと思い出した。
今日のスタジオは前住んでいた家のすぐ近く。渋谷からも歩いて帰れる場所で、中目黒や三茶へもよく歩いた。梃子と毎朝散歩した道や、いつも行くスーパー、図書館、ジョギングしていた公園に、今とは違う家族との生活の沢山がある街。だから何ってわけじゃないけど、特別に何かを想うわけでもなく、怯えるわけでもない。散々なこともあったけれど、ここで幸せに暮らしていた時期も会った。誰も知らないような小さな店も知ってるし、住んでる人しか通らないような道も知ってる。
久しぶりのゆうや君もミオちゃんも元気だった。会えて嬉しかった。

今日は久しぶりにやっちゃんとネギが家にきた。朝の4時半から勉強、合間に仕事をして、また勉強、と、いつもよりも更に予定をぎゅうっと詰め込んだ。寝たのは2時。あとちょっとで24Hフル稼働してしまうところだった。疲れた?いや、とっても楽しかった。
こういう風に友達とゆっくりと食事をするのは、どれぐらいぶりだろうか。二人とはIDEEのバイトで出会った。まだ、みんな20歳そこそこの大学生で、恋だって数えるぐらいしかしてなかった頃のこと。あれから変わらないと言えば変わらないし、変わったと言えば変わった。それなりに、きちんと大人になった。
まさか、こんな今になるなんて、誰しも自分の人生を1ミリだって想像してなかったとおもう。きっと、想像よりもずっとずっといい人生が今にある。そうやって人は夢を見て、幸せになるために今を生きる生き物だ。過去の方が時々よく見えることもあるけれど、それは大体、今を放棄してる時のことだ。放棄しなきゃいけないくらい、辛いことがあった時だ。
恋の話をするのは挨拶みたいなもので、悩んだり迷ったりするのも、食事のお口直しのようなもの。次に会った時はまた別の男が好きになっているし、悩んでいた色々も別の悩みに変わってたりする。だけど、そうやってみんないい女になったんだとおもう。いいことも嫌なことも、数えきれないぐらいにあったけれど、大体は忘れて、今日がある。
なんだか嬉しかった。そして、どんどん変わっていこうとおもった。

あれだけ「寂しい、寂しい、、。」って言ってたのに、2日も経たないうちに、周ちゃんのいない生活を満喫してる自分がこわい。まるで梃子じゃないか。薄情?いや、私たちは女だから。
女ってのは、私に限らず男が思うほど柔ではない。その10倍は図太いと思っていい。それぐらいに、カラッとした生き物だと思う。女をめんどくせぇーっていう男が時々いるけど、それは、きっと気のせい。実際のところ、大体はぶってるだけだ。美味しいアイスクリームか、イケた男を目にした途端、すっと気は変われるのだから。
そういうわけで、周ちゃんが帰ってくるまで後1週間ぐらい。きっと、あっという間なんだろうと思う。私も梃子も新居で通常運転、元気いっぱいだ。それに、この時間を使って、来年のスケジュールを立てたり、残った引越しの片付けをやったりと、やることリストを書けばあっという間に、紙は真っ黒になる。
そして、結局、今年は夏をしてない。だけど、言うほど不満でもない。それよりも、今はもっと大事なことがあるから、それどころじゃないと心のどこかでわかってること。
今朝、ミオちゃんから “いつ死ぬかわからないからね” と、LINEが入った。本当にその通りだなって、電車に揺られながら、しばらく、ふんふんと頭の中で色々をこねくり返して考えてた。「どうせ死ぬなら、、。と言って、写真を初めたり、「どうせ死ぬなら、、、」と大学に入った。あの時も、あの時も、死にそうだったけれど、結局、死ぬことを理由にしなければ、実際には始められないようなことだった。
そう、いつだって、そのタイミングは全部自分で勝手に決めたことに過ぎない。
夏が来ようが、冬が来ようが、なんでもいい。今っていうのは、誰かや何かのタイミングじゃなくて、私の今が今なんだ。花火がどんどん鳴ってたって、私の今が違うなら、別に見なくてもいい。みんなが見ていたとしても、私だけが見れなくても、それが私の今だ。
恋と一緒だな。私の胸が熱いから、したい。ただ、それだけのこと。だって、私が好きだからやってる。私が好きで選んだこと。あんな男やめなよっていう友人とは、結局、今は仲良くない。その人と、例え離婚したとしても、それが不幸かどうかなんて私が決めることだ。それに、離婚しなかったら周ちゃんとも出会えなかった。夏、さよなら。私は、このまま今を走っていくよ。読み途中の参考書を片付けて、納品も終わらせなきゃ!
明日はやっちゃんとネギがくる。そのあとは、周ちゃんが帰るまで追い込みだ。
まだ引っ越したばっかり、と思っていたけど来週で1ヶ月。色々があまりに慌ただしく過ぎて、沢山を感じたり、思ったりしているはずなのに、日記を書く暇もなく夜がきて朝が来て夜が来た。今日もまたスコールみたいな雨が降ってる。さっきミオちゃんとメールしていて、全く夏らしいことをしてないって言ったら、ミオちゃんは一応フェスだとかなんだとかは行ったと返信があった。
夏が終わるのか。海に行かない夏は久しぶりかもしれない。多分。家のことで頭がいっぱいだし、今日は最後のレポートをに取りかかった。大学最後のレポート。友人と同じ大学に入ったのだけど、彼女とは私が大学に入ってから連絡が取れなくなった。私が悪いのかなとも思うし、関係ないかなとも思う。離婚しちゃえばいいじゃんって私が思ったから悪かったのかな。それとも、私が大学を彼女より早く卒業してしまうからだろうか。でも、私の方が多分ずっと馬鹿だと思うんだけどな。人って何が良くて何が嫌なのか誰にもやっぱりわからない。
昨日、周ちゃんがまた麺つゆを薄めずに出してきた。周ちゃんは人の話を聞かない。悪気はないと思うんだけど、薄くした方がいいよって言っても、聞いてくれない。多分、周ちゃんにとって、私っていう存在は薄いんだろうなって思う。結局、人ってそんなもの。
周ちゃんのことは大好きだけど、別にそれでいい気もする。私だって適当で、私の見え方でしか世界を見てないのだから。

引っ越してから、食費は毎月4万円までと、切り詰めることにした。

試験が終わったらイッチーとなちちゃんと3人で北千住の銭湯へ行く予定だったけれど、昨晩の地震のことを考えて、やっぱり今日は早めに帰ろうとなった。なちちゃんは、夜のデートも無くなったし、「じゃあ、私は東大に行ってくる。」と、それぞれがまたそれぞれの場所へと戻ってゆく感じがした。
2ヶ月前のスクーリングで声をかけてから、二人とは急激に仲が縮まった。あの時も試験が終わってからで、かなりディープな居酒屋で恋話なんかをしていたけれど、二人は、正直、私が今までの人生でまったく触れたことのないタイプの人種だ。
私の人生を後悔してるわけじゃない。だけど、無知は不自由だったのかもしれない。結構な大人になるまで、いつからかわからないけれど、中学受験を終えて、生理もだいぶ慣れてきた頃だろうか、長いこと生きづらいなと、誰に言うことなく黙って黙々と歳を重ねてきたように思う。ようやく自分らしく、というか、好きなように好きな方へ歩きだせるようになったのは30歳ちょい前ぐらいで、そこからは馬鹿みたいに生きた。
私が右往左往と道なき道を彷徨っていたとき、彼女たちは一体どこで何をしてたんだろうか。正直、羨ましいなと思った。それに、なんだか考えれば考えるほどに惨めにさえ感じた。
ここ数年で読書デビューしたような私が、彼女たちと、同じ土俵で同じように次の進学を目指していいのだろうか。2人が1回でわかるところを、私は20回、、30回やってようやく少し理解できるようなものだ。それなのに、こんな私でも研究なんてできるのだろうか。
講義の合間に先生に声をかけると、色々を丁寧に聞いて、たくさんを教えてくれた。なんだかちょっと写真に似てる気がした。写真家になるにはどうしたらいいのかわからない。どうやってそれで食べて行ったらいいんだろう。なんだか、写真を始めたときと同じ気持ちとゆうか、あの時の不安や戸惑いに似てる。
先生は、わからないことはとてもいいことで、わからないことを続けて、わかるになってくる。そうやってあなただけの答えが見つかるから、頑張ってください。それから、と、付け加えて、私が興味のあること、写真や記憶のことについて、ヒントをくれた。
「音象徴仮説について調べてみると、何かわかるかもしれません。」
先生はオノマトペの研究をしてる。先生の論文をいくつかネットで拾ってきて読み漁ったけど、面白かった。形にならないけど、ここにはしっかりと感じることができるものがあること。それは、先生の研究してるオノマトペの一つだ。
正直、全然わからないことだらけだ。だけど、たぶん、今写真を撮ってるのと同じで、ただ、ひたすら歩き続けていれば、きっと何処かへ行き着くはず。

梃子はまだ新しい家には慣れてくれない。なんだかずっと不安そうな顔をしてる。なんだか、なんだろう。可哀想なことをしてしまったのかもしれない、と今更、もう遅いのだけれど、少し悲しくなった。梃子は田舎での暮らしがきっと好きだったと思う。山を走ったり、湖に行ったり、苦手だった車にも乗れるようになって、それこそ人生がガラリと変わった。
月末にやっちゃんが泊まりに来てくれると言うけど、それまでに片付けの整理を終えられるのだろうか。そして、私たちの生活がここに、ぴたりとはまってくれる日はいつ来るんだろう。陽が暮れるころの空がピンク色で窓辺が綺麗だった。

来週とか、少し時間ができたら新しい暮らしのことを考えてみようと思う。とりあえず、今は今が過ぎていくだけで、想うことは膨大にあったとしても、日記にはゆっくりと書く暇もなく、フランスに住む友人が「赤ちゃんが産まれたんだけど、いまだに実感ない。」っていう言葉にだって、言葉はたくさん溢れてくるのに心の中だけで「わかるよ。」と頷いてる。
少し忙しい日々は続くし、不安なこともある。だけど、しっかりとやっていこう。出来るだけ、沢山の今までを捨てて新しくしながら。せっかく引っ越したのだし。ここでの暮らしをちゃんと好きになろうと思う。

朝は庭と駐車場の片付けをして、そのまま引越し関連の書類の手続きや、カーテンをつけたりして、周ちゃんと忙しなく家の仕事をした。昨晩は深夜手前まで大学の友達と麦酒を飲みながら研究課題について意見交換、とは言っても、なんだかんだと私のレポートの考察を話して、そこからモール信号の心理的影響みたいな超難しい論文の話で終わった。なので、今日はしっかりと睡眠不足。
結局寝坊して、週末に終わらせるはずのレポートが2本。明後日は映像のプレビューがあるのに、まだ途中までしか終わってない。わかってる。私が安直過ぎたことぐらい。それなりに、いや、考えてなかったからこうなる。多忙を超えて、余裕というか意識外に到着した模様。とにかく疲労困憊で、口の中の上と下に口内炎ができてるのは確か。
ああ、疲れた。2LDKぐらいの、いわゆる東京の小さなマンションに引っ越す予定が、倍以上の一軒家に出会い不動産屋に直談判し、バタバタと引越してしまったのだから、この家はいくつ窓があるんだって数えてもいないけれど、どう考えたって、色々が超えすぎてる。だんだん、わかってきたけれど、私は本当に馬鹿なんだなと思う。こうやって後先考えずに、超えた場所にきて、やっちまったなって。後悔はしてないけど、どう考えたって時間が足らないし、仕事も大学も、引越しの片付けも、終わってない。
引越して1週間ぐらい経ったけれど、毎日適当な食事が続いてる。今日もやっぱり適当な夕飯だった。そして、どうやら8月も勝手に始まったようで、ああ、もう今年も終わるんだなって。
昨日、今日で思うこと。梃子と周ちゃんのことを大切にしなくちゃダメだ。仲が良くなればなるほどに近づける距離が思っている以上に狭くなればなるほどに、私は勘違いをはじめる。思い通りの今日をやりたいと考えるようになって、思い通りにならないとイライラしたり、疲れた顔をしはじめる。日常なんてものは、うまくいかなくて当たり前なのに。
だから、ちゃんと考えようと思う。これでいいんだってこと。私の人生だけを生きようなんて夢は、そもそも幻想なんだってこと。世界は膨れていくほどに、私の好き勝手から離れていくものなのだから。
大丈夫。どこまでも諦めなくていい。さ、がんばろう。
とにかく疲れた。くたくたで、もう、心身ともに目一杯なのがわかる。昨日は寝たんだか寝てないんだか、今朝は9時から大学のオンライン試験。すごい大事な試験で、webのシステムがいつもの挙動と違くて、心配になって事務局に問い合わせてしまうくらいにセンシティブな試験だった。卒業がかかってる。
終わって、つか沼、慌てて来週の撮影の絵コンテの続きを終わらせてメールして、ああ、終わった。と、胸を撫で下ろして、そのまま、駅までダッシュして閉店前のお店に新居のカーテンの手配をしに走った。わたし、何でこんなに頑張ってるんだろうか。ぼろぼろで、今、自分がどんな顔でどんな髪型をして、Tシャツのヨレヨレ具合がどれくらい酷いかもわからない。
そんな時に周ちゃんからLINE。 ”高橋くんが隅田川の花火に行かないかって。引っ越した次の日なんだけど。” LINEを一回閉じて、とりあえず全身の力がドバッと抜けた。私と周ちゃんはあまりに違いすぎる。周ちゃんは頭がいいし、色々知ってるけど、実際は、この人スーパーバカだなって思う。いい加減にしてくれと腹が立つくらいに思う。結構有名な会社でディレクターっていう仕事をしてるけど、家では120%、私の方が頭がキレるし、ここが会社ならば完全に経営者と平社員だ。逆を言えば、私たちの職業は逆の方がいいのではないかと思うくらい。
ああ、腹が立つ。どうして私は恐ろしく忙しいのに、こいつはコロナを移してそのまま出張に出かけて能天気に花火とか誘ってるんだろうか。しまいには、カーテンの採寸を間違えたかも?と言い出してる。もう、何も言うことがないし、どんなに酷いことをされようが「わかった、有り難う。」とだけ伝えて、湧き上がる何かを必死に堪えるやつだ。
けど、こないだ周ちゃんに「俺はよしみのお母さんみたいにはなれないから。」って言われて、は?って思った。いや、はっとした。いつ、そんな事言ったんだろうか。いや、言ってたんだろう。なんだか、こいつうざったいこと言うなって腹が立ったけれど、全面的に私が悪いと思う。申し訳なくて可哀想になった。周ちゃんの言うとおりだ。多分、何かを押し付けてるんだろう。そして、それは私にも同じようにきっと押し付けてるものだ。
年末に姉と喧嘩して、こないだ姉と会って、もちろん、姉が大好きだなと思った。だけど、きっと大嫌いでもある。母のことも同じで、大好きで大嫌いだった。私にはできない。子どもの頃に思ったことが今でもきっとずっとあるんだろう。今でもずっときっと憧れてるのだろう。正直、そんな気はないのだけど。アメリカが好きだって言うのも、結局、私が姉が好きなだけだと思う。13歳とか14歳とか、ティーンになる頃に出会ったアメリカに憧れていたんじゃなくて、きっとずっとアメリカに行った姉に憧れてた。だって、私が好きなのは姉が住むLAオンリーなのだし。
大学に入って勉強をするようになってから待望することが失くなってきたように思う。たぶん、予測できるようになって、待望する必要がなくなった。夢を見なくなった。現実に確実に知ってることが増えていくと、できることと、できないこと、あの人やその人が何をやっているのか、どこに向かってるのか、が見えてくる。自分だけのことを考える人、人のことやもっと多くの人のことを考える人、調子がいい人、適当な人、投げやりな人、優しい人もいるし、経験が深い人もいる。大体は年長者は懐が深いけど、そうでもない人もいる。若い人は自分探しで精一杯な印象だけど、それが若い人の仕事だ。むしろ若いうちから大人ぶってる人は誤るように思う、人生を。色々な人がいる。心理学を勉強してるからカテゴライズしやすくなったってわけじゃなくて、きっと自分の感情と他人との関係を分別できるようになったんだと思う。
昼に今だと慌てて書いたPARISのまゆみちゃんへの手紙。なんだかちょっと人生のことを書いた。何ってわけじゃないけど、不意に思ったこと、例えば、人生って簡単に変わるんだよねって。まるで嵐のようにきて去っていくような内容で、ほんの数分で書いた。体調はどう?とか、バカンスはどこへいくの?みたいな話は一切書いてない。だけど、今日もまゆみちゃんは私の心のオアシスだった。PARISには私を責める人は誰もいないと信じてるのだろうか。誰にも言わないこと、私自身にだって言わないようなことを不意に書いて驚くことがある。
7月も、もう終わる。梅雨はいつ始まっていつ終わるんだろう。今年のことは全然知らない。ちょっと疲れすぎてる。今日はとにかく寝よう。

今日も雨、だけど、日に日に身体が宙に浮いてるんじゃないかってくらいに、体調は良くなってくる。色々が軽快にすすんでる。