
テーブルの上の芍薬が気づけば枯れていた。全く気づかなかった。右手の痛みは今日もしくしくと続いてる。周ちゃんは目を開けて食事をすることが出来ないみたいで、おにぎりを作ってる。一日に何回おにぎりをつくるんだろうか。握るたびに手が痛い。一日でも早く良くなってほしい。レポート提出まで一週間を切った。それから、周ちゃんの誕生日までも一週間。

テーブルの上の芍薬が気づけば枯れていた。全く気づかなかった。右手の痛みは今日もしくしくと続いてる。周ちゃんは目を開けて食事をすることが出来ないみたいで、おにぎりを作ってる。一日に何回おにぎりをつくるんだろうか。握るたびに手が痛い。一日でも早く良くなってほしい。レポート提出まで一週間を切った。それから、周ちゃんの誕生日までも一週間。

今日も周ちゃんは朝から寝てる。基本的に食事はしないし、トイレへも起きてこない。スープを作ったり、バナナジュースを作ったりと色々してみてるけど、少しだけ飲んで、また死んだように寝てしまう。昨日よりは笑顔が増えたし、顔色もずっと良くなった。だけど、状況はそんなに良くない。目を開けるとぐるぐると見えるもの全てが回るらしく、目は大体閉じてるか、時々少しだけ開ける。
「ああ、まじか。」梃子の美容院へ行く時間に合わせたように窓の外で強い雨の音がした。一瞬、自分の運の悪さに、。とも思ったけれど、そんなこと考えてる時間だって今はもったいない。美容院までの道のりは、狭いうねうねの道路。交差点の入りずらい角。そしてスコールみたいな大雨。まさにイヤの3乗。本当は自転車で行く予定だったけれど、こんな大雨じゃ無理。ダメだ、。考えただけで怖くなる。梃子を抱き抱えて車に飛び乗った。いつもなら「周ちゃん一緒に行こうよ」ってお願いしただろうけど、あんな周ちゃんを連れていくわけにはいかない。大丈夫。きっとなんとかなる。
なんだか気持ちが落ち込んでる。いや、落ち込んでるというか、いっぱいいっぱいだ。3月からこんつめてやってきた勉強は来週、再来週提出のレポートで一旦ゴール。勉強の進みが日に日に遅れてる。ただ私が焦ってるだけなのか、どんどん勉強の難易度が上がってるから進み具合が悪いのか、理由はきっと色々だと思う。それに、昨日は殆ど勉強できなかった。だけど、周ちゃんの所為には絶対にしたくない。ちゃんと計画を立てて、バッファーも十分に作っておいたんだから。私が悪い。それに、勉強が嫌っていうんじゃなくて、時間がどうやったって足りないのが問題だ。ずっとずっと走ってるのに、変わらない景色。途方に暮れかけてる。
そして、ついでと言っちゃなんだけど、右腕がプチ腱鞘炎みたいで痛い。もうイヤでイヤでイヤ。心理研究法も全くわからない。7冊以上の関連本を回し読みしてるけど、一体何なんだろうか。丸めてちぎって放り投げてやりたいくらいだ。
夕方、目を覚ました周ちゃんに少しだけ尋ねてみた。「ちょっと話してもいい?」目をあけると辛いけど、話すことは出来るよと相談に乗ってくれた。「なんか、うまく進まなくて。先生の言ってることが全然わからないんだよ。設問の意味を捉えられないの。」「そうか。それは難しいね。だけどさ、それがテストな以上、必ず答えはあるし、そう決めてやるといいんだよ。」
周ちゃんはすごい。解けなくて悩んで苦しんでいたけど、そうじゃない。問題は出来ないことじゃなくて、どこに向かいたいかだ。出来ないことばかりに気持ちがひっぱられていた。ゴールは必ずある。再来週には全てのレポートも終わってる。というか締め切りが終わってる。答えはあるんだ。あと、時間もない。これも答えの一つだ。
ああ、zaraに行きたい、勉強が出来る人になりたい。

母から電話。来週の誕生日のことだ。「ママは24か31がいいかな。ずっと仕事が忙しくて、そこしかダメ。」「わかった。予約入れておくから。」誕生日は母が好きな浅草のレストランに行く約束をしてる。母がいつからそこに通ってるのか知らないけど、子供の頃からそのレストランの名前はよく耳にしていた。
「それで、周ちゃんはどう?」「早いねぇ。あっちゃんに聞いたの?」女っていうのはほんとうにすごい。私が離婚した時も殆ど人に会ってないのにあっという間に広まったもんだなと思ったけれど、悪い話ほど光よりも早いスピードで飛んでいく。
母とは周ちゃんの体調のこと、それからとばっちりを受けた父や兄、カイトの体調の話。庭のゴーヤの苗をあげるだの、姉の家の庭になってるロメインレタスがすごいだのって、どうでもいい話をぺちゃくちゃと30分以上話してた。子供の頃はおばさん達のどうでもいい話が長くて退屈で、「もう、明日になっちゃうよ!」って母に本気で怒っていたけれど、自分がいざそのおばさんの年齢になってみると、どうでもいい話っていうのは時間をあっという間にたいらげる。母との電話を切って、しばらく和室で勉強していると2階から周ちゃんが降りてくる足音がした。ガチャン。そのままトイレへ。
めまいは止まったのかな。そう思った瞬間になんだかいつもと違う音がした。あれ、もしかして。直ぐにgoogle mapを開いて総合病院を探した。いや、嘘だよね。いや、嘘なら嘘でいい。母の言葉、本当にならないよね。「よしみを未亡人にしないでよ。」「ママ、それはそれだよ。仕方ないでしょ。けど、若いうちに病気で死なれるのは嫌だな。」周ちゃんのお父さんは脳の病気で亡くなった。周ちゃんも頭痛持ちで、神経質で、いろいろと細かくて優しくて真面目で。そして、数日前の吐き気とめまい。いまは多分。トイレで嘔吐を繰り返してると思う。
数十分して出てきた周ちゃんは洗面所で手や口を洗ってる。「周ちゃん。吐いてたよね。病院、やっぱり行こう。」昨晩、明日は整体へ行こうかなと話してた。前に同じようなことがあった時に整体へ行ったら大分楽になったのだそう。けど、私はあまり賛成じゃない。その整体は周ちゃんの紹介で行ったことがあるけど、結構なヤブだった。悪い先生じゃないのはわかる。けど、背中ぎっくりの私の背中を押していた。背中ぎっくりは背中の筋肉が破れる症状。破れたところを触ったらますます悪化する。
「明日の朝の状況で整体に行くか、脳外科に行くか考えよう。私、車だすからね。」
急いであちこちの病院へ電話をかけた。うちに来るなら紹介状が必要だの、それだけの症状じゃ何科だかわからないだの、感じの悪い電話が続いた。一昨日に行った耳鼻科へもう一度電話するようにと言われ、電話番号を調べると休診日。マジか。周ちゃんはどんどん衰弱していってる。なんか気がないっていうか、存在がどんどん無くなっていくような。どうしよう。
「今から行ってもいいですか?数日前に行った病院が休みで。」「はい。大丈夫ですよ。ぜひお越しください。」
何時間病院にいたんだろう。診察室へ入った周ちゃんは1時間くらい出てこなかった。だけど、きっと大丈夫。診察室の中にいれば、先生がいる。点滴でも打ってるのか、倒れて寝ているのかどちらかだろう。鞄いっぱいに持ってきた参考書を診察室の出口をちらちら見ながら読み続けた。
「熊谷さん?」看護婦の女性に呼ばれて診察室へ入ると目をつぶった周ちゃんがいた。病名は、良性発作性頭位めまい症。名前の通り突発性の病気で原因も不明だが、一度かかると再発率は20%と高確率の病気。今回は脳には異常はないとのことだった。良かった。
帰宅したのは13時を過ぎていた。家を出るときに、朝ご飯を食べていなかったし、空腹でイライラしたら嫌だなと思ってキッチンにあった残り物のご飯を急いでラップで包み鞄に放り込んだ。すっかり忘れてた。具も味もない白いおにぎりは参考書に潰されて底の方でぺっちゃんこになってる。ラップから少しだけはみ出した米がipadの先にベッチャリとついていた。ああ、そうって思っただけで、濡れたティッシュを持ってきて拭いた。こういう時は感情が変になってるのだろう。うんともすんともしない。
午後は午前できなかった分を取り戻そうと急いで勉強を始めたけど、なんだか上手く進まない。今やってるところが難しいからかもしれないし、まだ気が動転しているのかもしれない。それに、今日はいつもなら停められないような地下の狭いギリギリの駐車場に停めたり、慌ててチェンジレバーをパーキングにしないでエンジン切ったり、病院でも先生に沢山の質問をしていた。なんだかなんなんだろう。私じゃないみたいだった。ものすごく慌てていたけど、強くてしっかりもしていた。

午後過ぎに周ちゃんがミュージアムから帰ってきた。吐き気とめまいが酷いらしい。夕飯も私がそら豆を口に含む度に美味しいとうるさいから、きっとつられて食べていたのかもしれない。昨日病院で薬を処方してもらってたけど、症状は悪化してる。

周ちゃんが数日ぶりに帰宅した。漁師みたいに灼けた肌。ちょっと別人みたい。帰ってすぐにハグをしたら溶けるみたいにホッとした。だけど、数日間のひとり暮らしはやっぱり最高だった。私が大金持ちだったら、東京かどこかに絶対別邸をつくるだろう。マンションの小さな一室じゃなくて、ちゃんと綺麗に光の入る、ベッドもダブルベッドの別邸を。それは夢のまた夢の話だけど。
午前に納品を終えて、急いで電車に乗って代々木公園へ向かった。夕方前に青山のアップルストアの予約をいれてる。買ったばかりのapple pencilが壊れたからだ。夏みたいな天気の今日。風だけは台風みたいにビュービュー吹いていた。代々木公園、思い出の場所だ。本当にここではよく遊んだ。仕事をサボったり、デートをしたり、写真も沢山撮った。渋谷は私が一番好きな街なのかもしれない。今ほど流行っていなかった奥渋や上原も好きな場所だった。自転車であちこちを走った。朝が来るまで好きなだけ思いきりに遊んだ。クリスマスにデートしたレストラン、ビルの一角にある友達の古着屋、代々木公園の交番前交差点で恋に落ちたこともある。その彼とは宮益坂の交差点で深夜に長いキスをした。
今日は山形からでてきたざおー家族と、昔よく遊んでたメンツが集まって代々木公園でピクニック。みんなそれぞれに家族が出来て、お母さんやお父さんになってたり、立派になっていたりと、話す事が沢山あるような気もしたけど、何から話していいのかわからないような。結局、最近あったような事だけを話した。後は風が強くて、砂埃がいろいろを持っていってしまったように思う。
色々と想うことがあるはずなのに、思い出せないことが沢山ある。だけど、思い出のことよりも、時間は変わったんだってことを考えてた。みんなとは20代の頃に出会ったけれど、今は40代そこそこ。もう、誰も渋谷では遊ばない。
駅前で生カツオを見つけて買って帰った。カツオの叩きを作って、ご飯を炊いて酢飯にしてカツオ丼を作った。久しぶりの周ちゃんとのご飯。私と結婚してくれてありがとう、不意にそう思った。口には出さなかったけど、代わりに周ちゃんが大好きだよと伝えた。
昼間、和美ちゃんが「よしみちゃん、幸せになって本当に良かったね。」って言ってた。今が完全な幸福?とは言えないけど、昔の私と比べたら180度違う世界を生きてる。家は安心で安全な場所に変わった。夫にもう振り回されることはない。寝ないで仕事に行くこともないし、泣きながら仕事へ向かうことも無くなった。撮影中にものすごい数の着信が携帯電話に残ることも無くなった。歯の奥をぐぅっと食いしばらなくなり、代わりによく笑うようになった。
時間はみんなそれぞれに自由に与えられている筈なのに、私はどうしてあんなに苦しい場所にいたんだろう。夫のことを愛していたからだけど、本当にそれだけだったんだろうか。
時々、今でも考えるけど、答えはきっとノー。

周ちゃんは土曜日までフィールドワークで帰らない。最高だけど、会いたいなともおもう。

今日は朝から周ちゃんは仕事。私も家で仕事。午前に母からの電話が鳴った。「GWにみんなでご飯でもどう?」とのことだったけど、GWは忙しいからと断った。「どこも混んでるしね、やっちゃん家でバーベキューでもしようかしら。」と言い母は電話を切った。本当は行きたい。だけど、時間がない。
今日も私は相変わらずでイライラしてる。詰まってる仕事や勉強に忙殺されてるからで、どうにもこうにも上手に出来ない私の不甲斐なさにどうしようもない気持ちで一杯だ。なのに、だいたいは周ちゃんにあたってる。甘えたりもしてる。どっちにしろ、いい加減にした方がいいのはたしか。
“私の帽子知らない?” 周ちゃんにLINEを打つと、”ごめん。持って来ちゃった。” と直ぐに返信があった。洗面所で10分もバタバタと帽子を探してたのに、早く言ってよ。急いで梃子に夕飯をあげて支度をしながらまたイライラした。自転車で飛ばしてプールへ向かうと待ち合わせの時間を過ぎても周ちゃんはこない。家事、仕事、勉強、梃子の世話に夕飯の準備。読書する時間もなければ、ネットサーフィンする時間だってない。もう、なんなんなの。なんで私ばっかりこんなに忙しいんだよ。
帽子を受け取るとさっさと更衣室へ向かった。周ちゃんは私がプールへ入ってからしばらくしてやってきた。無視して一人で泳いでると隣のレーンでビート板で泳ぐ周ちゃん。「どうしたの?」「ゴーグル忘れちゃって。」なんなんだよこいつ、。心の中でまた一人イライラした。「私の途中で貸してあげるから。」ただ、無心で泳ぎ続けた。プールの中では水がぐんぐんと前からやってくる。そして私の身体も水みたいに流れていく。
私と周ちゃんは全く違う。背丈も違えば、女と男っていう性別も違う。私はずっと東京にいたし、周ちゃんは東北や九州にいた。だから、付き合う友達の種類も、遊んできた場所だって違う。周ちゃんは4人兄弟の2番目で、私は3人兄弟の末っ子。私は2回目の結婚で、周ちゃんは初めての結婚。
共通点と言えば三つくらい。チベット文化が好きなことと、家族がアメリカにいること、あとは互いに恋愛はしっかりとしてきたこと。私たちがパズルだとしてもそれが一枚になる日は永遠に来ないと思う。私が周ちゃんを好きになったきっかけはカッコいいからで、周ちゃんが私を好きになった理由は直観。そんな二人が結婚した。別に恋に落ちたわけでもなくて、ただ結婚をした。
趣味も好きな映画も音楽だって全然違う。食べ物の話をしたら最悪だ。採れたての美味しい野菜を私はすぐに食べたいけど、周ちゃんは古い野菜から食べようとする。周ちゃんはティーパックひとつで二つのお茶を淹れるし、コーヒーは恐ろしく濃いけど、私はカフェインレスをしてるからコーヒーはお湯みたいに薄いのが好みだし、お茶は香りを楽しみたいから味気のないお茶は嫌い。
向こうの方にプールサイドを歩く周ちゃんがいる。周ちゃんってあんなにマッチョだったっけ。数え切れないくらい周ちゃんの裸をベッドで見ているのに、なんだか胸がドキドキした。
近くで見ると見えないことがある。ディティールが潰れてしまうというか、本当は複雑に色々が詰まってる筈なのにつるりとした表面ひとつみたいになってしまう。好きになればなるほどに、もっともっと近づきたいのに、近づけば近づくほどに触れているはずの周ちゃんは見えなくなっていく。
だけど、周ちゃんは本当は優しい。いつも丁寧で穏やかだ。私のように感情的になることはないし、いつも同じ笑顔で待っていてくれる。順序立てないと進められないとか、なんでも説明書を読むところからとか、全く理解できないようなことも沢山あるけれど、だけど、だから私はこの男が好きだ。好きなのは顔だけじゃない。もっともっと沢山が好きでそれは私がひとつも持っていないものだ。
顔が小さいくせにマッチョな身体も好きだし、辞書みたいになんでも知ってるところも好きだ。植物をすぐに枯らすところは嫌いだけど、梃子の面倒もよく見てくれるし、私が忙しい時は散歩も行ってくれる。帰りが遅い時は魚を焼いて味噌汁も作ってくれる。周ちゃんは鼻炎だからか味が下手くそだけど、味噌汁はすごく美味しい。それに、悲しい話も嬉しい話もいつも同じように聞いてくれる。寝る前にベッドの横に積み上がった難しい本の話をしてくれるのだって好きだ。なのに、どうして見えなくなっちゃうんだろう。
周ちゃんは私と結婚して本当に幸せなんだろうか。幸せにしてあげたいと思っているのに、私は自分の事ばかりを考えてる。忙しいのは周ちゃんの所為じゃない。

今日は藤原さんが泊まりにきた。久しぶりにたらふくビールを飲んで夜更かしして子供みたいにはしゃいだ。開いたままの教科書も、GW前に片付けなきゃいけない仕事も、書斎に残ってる。今夜は何も考えない。
日頃の鬱憤が溜まってるわけじゃないけど、ぎゅうぎゅうに色々が詰め込まれた毎日に少し疲れてる。好きでやってることだけど、やめたいとも思わないけど、勉強をするのは、ずーっと戦い続けてるみたいで時々苦しい。ちっちゃいモンスターから大きくて見たくもないような恐ろしい大物モンスターまでやっつけてもやっつけても向かってくる。そういう時に不意に離婚の時のことを思い出す。そうだ、あの長くて苦しい日々のゴールまでの道のりを考えたら、こんなのつま先の先っちょくらいなものだ。全然、ヨユー。
とはいえビールを思い切りに飲んでる私の頭の片隅には結局ずっと√がいた。最後にどうしても解けなかった心理統計学の問題。あれはどうやったら解けるんだろう。
周ちゃんは平日の夜だからか、「宴もたけなわ、。」と何度も口を挟んできた。周ちゃんだけシラフだもの、仕方がない。私が周ちゃんと付き合ったのはイケメンだからっていう理由だけじゃない。お酒を飲まないっていうのもポイントだった。飲酒しない男、最高だ。
「お酒を一緒に飲めないっていやだな〜。」友人達に婚約者がお酒を飲まない話をした時に何度か言われたことがある。昔の私なら激しく同意しただろうけど、1度目の結婚でお酒で最悪になる男を見ちゃったものだから、男とお酒の因果関係には酷く偏見がある。偏見というか、ほとんど妄想かもしれない。出会って1年が経ち、周ちゃんがある日突然に暴力を振るってくるんじゃないか?みたいな疑心を持つことは今では1%も無くなったけれど、外で男の人の大きな声や荒ぶった素振りや酷い酔っ払いに出会うといまだに身体がビクっと過剰に反応してしまう。そして、本能的に「逃げなきゃ。」と胸の鼓動が全身をノックするみたいに小さく叩いてくる。
周ちゃんはやれやれって顔で寝室へ上がった。それから1時間くらいして私達も寝ることにしたけど、本当はもうちょっと飲んでいたかった。
勉強は楽しいけど時間を奪う。友達と遊ぶ時間は完全に犠牲になったし、日記を書く時間だって惜しいと思ってしまう。だけど、IQが中学で止まってる私が世界を知るには沢山の時間がきっと必要なんだということも理解してる。勉強すればする程に山頂は高くなっていくように見えるし、どうしてこんなに勉強するのか正直よくわからないけど、大学を入ったからには卒業したいっていうのも目標だけど、出来るところまでやりたいっていう気持ちが一番強い気がする。
試したい?挑戦?ちょっと違う感じ。もう逃げたくないの方が近い。今の結婚で幸せを感じると、不意に元夫のことを思い出したりもするのもそう。過去の私はひつこく今でもあの日々を後悔してる。だから、もう逃げたくないんだろうか。よくわからないや。
朝の3時半、目覚ましは20分後に鳴る予定。起きたくない。しばらく目をつぶっていたけど、頭の中だけが混乱しつづけてる。結局、今から逃げたって意味がないことくらいわかってる。30分もしないうちに諦めてベッドから起き上がった。昨晩は周ちゃんにしがみついて寝た。私の苛々や不安を知ってるのか知らないのか、何も言わずに周ちゃんは本を読んでた。
もう生まれてから何度もやってるから知ってる。この不安は悲しい不安だ。信じていたものが失われていくときのもので、人それぞれに色々な悲しみがあると思うけれど、私の場合、信頼が消えていく時にじわじわと深い悲しみがやってくる。
逆に言えば、人を信じることが好きなんだろう。そうして生きることがわたしの生き甲斐なのかもしれない。未だ夜が続く真っ暗な世界の中で教科書を開いて、ぼんやりと考えていた。
携帯を開くと姉からLINEが入っていた。”なんかあった?” 簡単に説明すると、”だから関わるなって言ったじゃん!” と直ぐに返答があった。あっちは前日の15pmくらい。”修行じゃん。ラッキーだね♡” とまたメールが入った。肩の力がどっと抜けていく。
昨日も作業の合間に何度も考えていた。問題はきっと私がこんな気持ちになってしまう性質だってこと。だから、人を信じるのをやめたらいいとか、関係性をいきなりシャットダウンしたらいいって事じゃない。またやっちゃった、。でもいいけど、世の中にはそうゆう人がいるんだ。で終わらさなきゃいけない。
わざわざ友達や周ちゃんに慰めてもらう事でもない。だって、話したらもっと悲しくなるし、怒りだす人もいるだろう。私の見方を増やしたところで、非の有所を探し当てたところで、私の心はどうにもならない。そんな姿形のない幽霊みたいな気持とは戦わなくていい。
それにしても姉は姉らしくて、いつもいい事を言う。だよねって思った。前に進むには、いつまでも哀しんでる場合じゃない。行動するのみ、だ。
夕方に久しぶりに成田さんから電話があった。来週の撮影の話だったけど、成田さんの彼女の話を聞いたりして結局30分近く電話をしていた。恋が忙しくて仕事どころじゃないらしい。本人が悩んでるところ申し訳ないけどかわいくて仕方がなかった。「ムズかしいです〜!」って電話の向こうで悶絶する姿になんだか気付けば気持は明るくなっていた。
さぁ、前へ進もう。辛いこともあれば、いいこともある。私に平穏を取り戻してくれたのは、人を大切にする人たちだった。

朝、周ちゃんにきつい事を言ってしまった。原因は周ちゃんじゃない。私の心が疲れていたり、少し忙しいからだ。夜は一緒に餃子でも包もうかと思ったけれど、周ちゃんは仕事から帰るや否や木曜日に藤原さんが泊まりにくるんくるので布団を洗いにランドリーへ出かけた。
沢山話したいことがあるけど、話せなかった。私、何やってんだろう。なんだか周ちゃんが離れていく感じがした。だけど、それは私の所為だ。

昨日は久しぶりにナッチャンに会った。那須で仕事の打ち合わせで会った以来だ。今日は朝は仕事と庭の植え替え、午後は選挙へ行ってから近所の喫茶店で周ちゃんと勉強。昨日のお酒が少し残ってる。
前に角田さんが「年齢が過ぎても前へでたがる方もいらっしゃるけど、どうしてなんでしょうね。」って言ってたことを時々思い出す。昨晩はやっぱり飲み過ぎた。ずっとモヤモヤしてることが原因だろう。片手にビールを持ちながら周ちゃんに聞いた。
「どうして自分だけの利益のために必死になっちゃうんだろうね。そういう人っているよね。」「いるよ。そんな人、会社なんて沢山いるよ。」「自分だけ昇進するとか、お金を貰うとか、目の前の目的だけの為に周りを排除?なんて言うんだろう。なんかさ、上手く説明できないんだけど。」「そういう人とは一緒にいたくないかな。」「それ、それだよ。それが答えだよね。」
結局、目の前の何かは手に入ったとしても、「ああ、残念な人。」って人に思われたら、失った信頼を元に戻すことは難しい。もしくは、同じような目線で付き合っていくしかない。この人は私にとって利益があるの?ないの?って。だから、やっぱりそんな面倒な関係なら面倒だし、そもそも楽しくない。
けど、私も若い時はそんな時期があった。数年だけデザイナーをしていた頃のはなし。社長に気に入られたいとか、特別に思われたいとか。あの頃は本当に青臭かった。思い出すだけでもゾッとする。
「けどさ、そういう人って結局、そうするしかない人なんだよ。」
周ちゃんが言った。確かに、青臭い私にはそんな事しか出来なかった。一緒に働いてる人と楽しくやりたいとか、作ったもので誰かを喜ばせたいとか、私のことばっかりで誰かのことを想ってあげる余裕がなかったし、足らない自分を補うことばかりを考えていた。
勝手なものだなと思うけれど、人って他人へまで期待してしまう生き物だ。けど、現実はそうじゃないこともある。その人の想像しない一面を知った時に、あっそう。バイバイ。なんて簡単にはいけなくて、目をつぶってみたり、自分のほっぺをつねってみたり、どうにもならなくて、私が見間違えたんだと問題の矛先を自分に向けてみたりすることだってある。だけど、結局どれにしたって虚しいからであってどうにもなれないまま時間だけが過ぎていく。大人になればなるほど、頭で理解することが増えていく一方で世界は明確な答えを教えてくれなくなった。
私の今日は味の決まらないカレーみたいだ。

朝、近所で春キャベツを買えたので夜は春キャベツの春巻き。あと、数日前に仕込んでおいた塩豚と新玉ねぎのスープ。冬野菜も楽しかったけれど、春には春野菜の楽しさがある。同じようにやってくる季節だけど、いつも新鮮な気持ちで次の季節を待ってしまう。
引っ越してきてから増えた体重はめっきり変わる気はないみたいだ。「少しくらい太ってた方が何かあった時に安心だよ。」最近、私がよく周ちゃんによく言う言葉。

今夜は、シーフードスパゲッティ、納豆と梅の味噌汁、小松菜の醤油麹和え。今日は忙しくて30分で作れる夕飯っていうのを献立テーマにした。知らなかったけれど、納豆と梅の味噌汁は周ちゃんの好物なんだとか。まだまだ知らないことが沢山ある。
それから、最近の周ちゃんのブームなのか、夜中に携帯のシャッター音で起こされる。勉強のためにより早起きになった私は21時も過ぎるとベッドに入り3秒と経たぬ間に夢の中へ。周ちゃんはそんな私と梃子の寝顔を撮っているらしい。ちょっとだけ嬉しい反面、もう可愛さみたいなものはとっくに何処かへ忘れてきた年齢の身分なゆえに恥じらいの方が勝つ。
思い返せば、前の夫も同じような事をよくやってた。そんなに中年女の寝相は面白いのか。猫のように可愛く眠る友人を旅先で見かける度に心底羨ましく思った。私もあんな風に寝てみたい。こないだなんて寝ながらオナラをしてしまった。男の前で堂々とオナラをするだなんて人生で初めてだ。自分のオナラの音でびっくりして起きたけど直ぐさま寝たフリをした。こういう時の私の頭の回転率は猛烈に早い。だけど未だに恥ずかしくて記憶を抹消しようと努めてる。
今さらだけど、再来月あたり、。勉強が少し落ち着いたらきちんとしようと思う。もうちょっと女性らしくというか、ずっといい感じにしたい。パジャマもGAPのクリスマスバージョンから少し大人っぽいのに変えたい。家でつける矯正下着も買いたい。このままだときっと妻として愛想をつかされそうで危険な気がして。頑張ろう。


パリからの手紙。今日は淡いピンク色の封筒だった。そして、その中身も同じように淡くて温かくて、ああ、恋。そうだ、恋ってこうこう。からだが3cmくらい地面から浮いちゃう感じ。ふわふわして柔らかくて、まるでそうピンク色の毎日の連続だ。その子はもうすぐ結婚する。結婚までの時間をカウントダウンする中、ふたりだけのふたりの時間が紡がれていく日々のことが書かれていた。
最近は忙しすぎて心が何処かへ行ってしまってる。来月にレポートの提出が4つ。そもそも、レポートなんて大学で書いた覚えがない。だけど、自分で決めたことだから。勉強、仕事、勉強、作品を1日にぎゅっと詰め込み過ぎてる。家事は正直もっと周ちゃんにお願いしたいけど、苛々ばかりが募っていく一方でまだ言い出せない。
勉強を始めてからいい事も沢山ある。より一層に写真が鮮やかに見えるようになった。なんだか写真を始めた頃みたいに。ファインダーを覗くだけで世界が少し特別に見える。何かが起こるような何かを見つけられるような。それこそ恋みたいなものかもしれない。
長い事撮ってるんだから、もっと巧妙に考えながらやった方がいいとも思うのだけど、目の前にある光景に深く呼吸をして息を吐くように、スゥー。ハァー。って、最近は写真を撮ることが気持ちが良くて仕方がない。

なんだか沖縄での私は我儘のカタマリみたいで、そのまま丸めて那覇空港のゴミ箱にでも捨ててしまいたいくらいだった。昨晩に帰宅し、数日ぶりの家でいつもの私のことをようやく思い出した。周ちゃんは優しくて賢い。とにかく今まで長い時間勉強してきたのだから、頭が辞書みたいになっててもいいじゃないか。それって結構すごい事だし、野良犬みたいにアカデミックとは正反対の場所で生息してきた私と合わなくて当たり前だ。そんな事にいちいち噛み付いてる私はただのバカ。
なんでもかんでも頭の辞書を開く周ちゃんと、目や耳や手で触れた話をする私。きっと辞書には八角が入っていると書いてあったんだろう。だけど、食べてみたらわかるじゃん。これは八角じゃなくて醤油と砂糖だけしか使ってない。「これはやっぱり八角がしっかり際立っているね。」周ちゃんは当たり前のようにトンチンカンな話をする。日常ならまぁいっかと聞き流せることも、四六時中、隣でそんな話をされると我慢ならなくなる。
だけど、私だって周ちゃんからしたらトンチンカン女だろう。「この本何言ってるかわかんないんだけど、なんで急にここでこの言葉使うわけ?」飛行機の中で大学の参考書を開きブツクサ文句を言ってると綺麗に答えてくれた。結局、私の読み間違え。「この前の文章を見ると、この前の数行に説明があるね。これはね、この章では何をしたらいいのかっていう目的について語ってくれてるんだよ。」「え。そうなんだ。そうか、いきなり出て来た言葉じゃなくて、それが大事なんですって言ってくれてたんだね。」周ちゃんからしたら、読めばわかるじゃんって話だ。けど、そんな事は絶対に言わない。
きっと私には一人の時間が必要なんだと思う。朝から晩まで数日間もずっと一緒にいると、どうやら隣にいる周ちゃんは私の一部のようになってしまうようだ。思い通りにいかない取ってつけたような私となった周ちゃんを膝にできたカサブタみたいにとってやろうと、気になって気になって引っ掻いてしまう。こんな事をしてたら嫌われてしまうんじゃないか。海沿いの道路を走りながら何度も考えた。
「周ちゃんって好きな人いる?」ベッドで本を読む周ちゃんの横で目をつぶりながら聞いた。前にも聞いたことがある質問。だけど毎回周ちゃんの答えは同じだ。けげんな顔をしてる。その度に私は一体何が聞きたいんだろうと思う。もしかして、心のどこかで前の婚約者のことを今でも想っていて欲しいとでも思っているんだろうか。
周ちゃんを好きになればなるほどに私は我儘になってゆき、私の妄想の中だけで生きている周ちゃんの婚約者だった女性のことを考えてみたりと私はしょうもない事をし始める。不幸になるのは簡単だけど、幸せになっていくのは人を不安にさせる。
たぶん、ずっと一緒にいたいんだと思う。
夕飯は朝どれの筍を下処理して刺身にした。周ちゃんの知り合いに頂いた大分のカトレア醤油で食べた。「懐かしいなぁ。」周ちゃんは何度もそう言ってた。


午後から角田さんと三鷹のマルシェへ行った。今日の約束は少し前に会って話したいと言われていたことだ。年始に私の撮った映像を見て感動したと熱々の湯気がこちらまで届くようなメールをいただいた。尊敬する角田さんからの突然の連絡に正直すごく驚いたけど、なにかの間違いかもと冷静に現実から目を背けたりして、ただ、ありがとうございます。とだけ返した。だから、会って話したいというのは、夢の話だろうと勝手に決めていた。
角田さんは変わってる。本人も「私は変わってるんです。」とよく言うけど、本当にその言葉の通り。同じような人に会ったことがない。一緒にいると驚くようなことばかりを言いだすし、かと思えば人への愛情が深くて胸を打たれてみたり。料理を生業にしているけど、どんなことよりも先ず人を大切にする姿や、そうして物の本質を嗅ぎ分ける嗅覚みたいなものが抜群に長けてるような、それが何かはハッキリとはわからないけれど、たぶん生物的なセンスとゆうか、不思議な魅力がある。
今日は角田さんの知り合いのお店をいくつか回り最近私が夢中になってる青梅野菜の、のらぼう菜の話なんかをした。それから近くの喫茶店へ入って色々な話をした。
「言葉でなんて説明していいのかわからないんですけど。」私よりも年上で、ずっとずっとキャリアがあって、立派な仕事を沢山してきてる角田さんは、偉ぶることもないし、お姉さんみたいな感じで話すこともないし、本当に素直にわからなくて、その言葉が見つからないけど伝えたいと一生懸命に言葉を探していた。そんな様子を見ているとじわじわと目頭が熱くなっていった。
前に男のカップルと一緒によく彼らの家で食卓を共にしていた時があった。あの時間が私は大好きだった。男なのか女でもないような、同じ液体の中にいるスープみたいに流動的に流れてゆく。同胞感に臆することなく、おのおの流されながらもぺちゃくちゃと話し続ける。みんな同じじゃん。そんな気持ちが心地がいいし安心だし、恋人とベッドの中で柔らかい毛布に包まれているような。だけど恋人の前みたいに女になる必要もない。久しぶりのあの感覚に似ていた。
「あの時は離婚直後で、なんというか、食べなきゃというか生きなきゃって。とにかくもう怖いことから逃げちゃいけないって。そう思って映像を撮り始めたんです。」
頼んだアイスコーヒーを一気に飲んで話を続けた。私があの日々の中で大変だったことは日記に書いてるくらいで姉以外の誰かには話してない。ほんの2年前の話だけど、まだ毎日が怖くて仕方がなかったし、生きてるんだか死んでるんだかもよくわからなかった。身体の感覚が半分麻痺しているような毎日の中で撮り続けた。
角田さんに私のことは殆ど言ってない。だけど、生きなきゃと必死になっていた私のことを、水に洗われる紫蘇や、フライパンの上で回るスパゲッティの映像から、とにかくそう感じたのだとか。
今の自分の気持ちが全くよくわからない。だけど、帰り道に角田さんの背中を見ていたらなんだかすごくハグしたくなった。
春の夜風が冷たくて清々しい。角田さんといると明るいきもちになる。

今日はしっかりと寝坊した。正確に言えば、いつも通り4時に起きたけれど30分もしないうちにベッドへ潜った。
20年ぶりのスキーは思ったより身体にこたえたらしく、身体が沼にはまったみたいに重い。
今回のミオチャンとの長野出張、思っている以上に楽しかった。大宮で手を振ってから半日と経ってないのにもう過ぎ去った時間を酔いしれてみたり寂しくなったりしてるぐらいに。
「明日、スキーやる?」
温泉街で中華を食べて宿に帰宅して直ぐにミオチャンが言った。ミオちゃんはこれから夜中まで締め切りの記事を書くとテーブルの上にパソコンを開いて座ってる。瓶ビール2本飲んだ私の答えはめんどくさいな、だった。「明日の朝に決めよ。」適当に返事をして先に寝室へ入った。
だって私、夜は苦手だから。そんな事は一言も言わないけど、私の言い分はそれだ。なんだか不服そうなミオちゃんと、逃げるように去る私。夜っていうのは何もしたくない。底なし沼みたいにずんずんベッドへ落ちていく時間が最高に好きだから。ただそれだけ。だけど。目を閉じてからやっぱりスキーをしようと決めた。夜に何かを決断するのはめんどくさいから好きじゃないけどそう決めた。だってミオチャンはスキーがやりたい。それなのに私だけやらないだなんて酷いから。
結局のところ、スキーはむちゃくちゃ楽しかった。なんなら来週にスキーに行こう!と言いたくなっちゃうくらいだった。ずっとずっと高い山の上から真っ白な雪の中をただただ降る。スキーってスゴイじゃんって当たり前のことを考えたりしながら滑った。
午前にデータをまとめてミオチャンに送ると、楽しかったねと返信。初めは怖かったけれど、いきなりスキーを誘ってくるミオちゃんもミオちゃんとの時間も全てひっくるめてなんだか毎日のご褒美みたいな出張だった。それに、田舎暮らしを始めてから会わなくなった東京の友達が多くなった中で、今でもこうして仲良く楽しめる事がなんだか嬉しかった。だって、私はきっとすごく変わった筈だ。生き方もだし、仕事の仕方、生活、沢山が変わった。それなのに、一緒に楽しめるって結構スゴイことなんじゃないか。
ああ、また出張行きたい。
今日は夜中の2時に起きた。普通に朝だと思ったら夜中だった。しばらくベッドにいたけど頭がぐるぐると回転しだして横たわってるのが勿体ない気がしてリビングで勉強を始めた。最初は1時間、そのうちに2時間。最近は3時間以上の勉強も普通に出来るようになった。時間を測ると進み具合の悪さに焦るので時間を測るのはやめる事にしてる。
今日は心理統計。さっぱりわからなかったけれど、なんとなくわかるようになってきた。今のところ、なんでもかんでも楽しい。5時くらいに携帯を開くとリリさんからメールが入ってた。日記を読んでくれたとのこと。メールを返信しようか迷ったけどやめた。まだ夢の中だろう。
日記、なんで書いてるんだろう。書きたいから書いてるのだけど、こうして連絡を貰うとすごく嬉しくなる。ほっとしたり、ああ良かった。みたいな気持ちになる。ワードプレスを開くと今日は何人訪問してますみたいなグラフでは大体、毎日数十人の方が読んでくれていることがわかる。どこの国から検索してるみたいなマップも出て、時々イギリスとか、日本からずっとずっと遠いい場所の人もいて驚く。
こないだ周ちゃんに相談したこと。大学を卒業する為に目標を作った方がいいよねって話の続き。心理学の勉強は写真に影響のあるものにもなると思う。これからの仕事やクリエイティブをどんどん変えていくと感じる。だけど、それは今の話であって大学の卒業はきっと別。
例えば、私も離婚で鬱になったことがあるとか、元夫のDVや双極性障害者との生活経験を生かして困ってる人を救いたい、みたいな事も安易に思えない。だからと言って、今持っているものを活かしてというのも違う気がする。
せっかく新しい事を初めたのだから、クリエイティブとは全然違うことをしたらいいんじゃないか。そう。今まで全く興味がなかった、人の支援とか?自分が出来る事は写真だ。とか、クリエイティブな事だなんて決めつけなくていい。私は写真家だから、みたいなレッテルを貼る必要はきっとない。妻です。女です。もそう。
そんな話を周ちゃんにしたらすごく喜んでた。私のそういう所が好きだって。
なんでもかんでも直ぐに捨てたがるけど、大切なものは手放せない。もう結構長い事生きてきたし、写真がやめたいわけでもやめるわけでもないけど、心理支援を通して誰かを助けること。大学卒業の目標としてそれを目指してみるのもいいかなと思った。
私の小さな挑戦が誰かを救うことになるならば、それってすごくいい。それが誰かの暗い手元を灯す月明り程度の光だったとしても。
今日、小さなことでも続けていくうちに少しづつ形になることもある。まだわからないけど、日記と同じ。文章が苦手でも、毎日続けていたらいつしか書けるようになったりするもの。先ずはやってみたり、次に信じてみたり、そんな繰り返しできっと繋がってゆく。かと思えば、嫌になって止めてしまうことだってあるのだけど。とはいえ、未来のことなんて考えても仕方がない。
ここは一つ、思う存分がんばってみよう。

買い物に行くのが面倒で大量にある大豆とチキンでトマト煮込みを作った。正直、豆は好きじゃない。
ここ数日生理が遅れて、もしや、と思ったけれど、いつも通りな感じでやってきた。少しがっかりする自分がいる。特別に子供を望んでる訳じゃないし、あれから妊活だってしてない。年齢的にはもうずっと遅いし、言い訳ばかり並べても仕方ないけど不意になんだかそうなったらいいのにと思った。今妊娠したら大学の勉強だって大変だし、想像するだけで最低で最悪な日々が想像出来る。だけど、人間って生き物はバカになるように作られているんじゃないか。なんだか周ちゃんの子供がいたらいいなって素直に思った。
朝からお腹が重かった。生理は嫌いだったけど、妊娠してから少し好きになった。身体が不要としているものをダーって出していく感じは気持ちがいい。それになんだか新しくなれる気がするのもいい。それに、お腹が痛かったり体調が悪くなると堂々とストライキ出来るのもいいと思う。今日はもう無理、頑張らないーって全部きれいに投げ出してふにゃふにゃになれる。なんでもかんでも生理の所為だ。だって仕方がないよ。生理が悪いんだもの。女に生まれたくて生まれたわけじゃない。これは生物としての使命なんだから。
明後日はミオちゃんと長野だ。私の友人の中で一番IQが高くて何処かの国をトランジットしてるのが似合う女。一緒にスキーをしようと言ってたけど雪はあるんだろうか。新しいサンダルを履いていきたいけど迷ってる。

人生で初めての無印週間。無印に行く友達の気持ちが全くよくわからなかったけれど、無印ってすっごく便利だって事を割と最近になって知った。日用品の色々は大体なんとなく揃うし、規格サイズが日本の家にピッタリで棚でもボックスでも気持ちよく収まる。昨日も行った無印。今日もまた行った。昨日は2万くらいの買い物をして、今日はTシャツを1枚だけ買った。
最近、私の毎日はとてもくだらなくて最高だなと思う。春うららかな気持ちの良い午後を自転車で一気に駆け抜けた。坂上からは遠くに裏山が一望できる。ここを通るたびに気持ちが毎回すぅーっとなる。
一昨日くらいに周ちゃんとお風呂の中で話したこと。「大学院の面接でね、圧迫面接があるんだって!」「えー。そうなんだ。じゃあ質問します。あなたはその年齢でどうして大学院に入ろうと思ったんですか?」「くだらないことが好きだからです。」「えー。それはダメだよ。今から模範解答言うよ。」
なんだかちょっと苛々して適当に聞いた。私は周ちゃんのようになんでもかんでもスマートにはしたくない。ずっと嫌いだった遠回りしてしまう性格は今では気に入ってるくらい。こうして食卓みたいにだれでも撮れる当たり前なものを被写体にしてるのはくだらない毎日が好きだからであって、計画入念な人生を歩んでいたらここには絶対いない。きっと別の人と結婚して写真もやってない。
だけど、馬鹿なことばっかり繰り返しても、あーあ最悪、。なんて人生をやってしまっても、なんの変哲もない数百円で買えそうな日々が私に見せてくれる日常が私にとっては魅力的で特別で最高。簡単に形容されるようなもの、すごいとか、なんだどうだとかは必要じゃない。
くだらないのがいい。中年になって大学いくのはお金も時間もかかるし馬鹿だなと思うけど、そうゆうのが好き。

今日は3時に目が覚めた。周ちゃんは7時。祝日とは思えない我が家の朝だ。なんだか無性にスタバのコーヒーが飲みたくなって梃子を連れて車で駅前のスタバへ行った。そのままサスティナブルなんとかっていうパークが車で30分くらい走らせたところにあるらしく行ってみることにした。
梃子の散歩をして祝日で渋滞してる道路で「今、三つ願いが叶えてあげるって言われたらどうする?」なんて明日には忘れてしまいそうな会話をしながら家路についた。簡単に昨日の残り物で昼食を済ませて近所のカフェへ。私は大学の勉強を周ちゃんはパソコンを広げて何かしてた。
「無印週間やってるよ!」「えー!ひどい。」
この家に越してきた時から無印週間を待ってた。気づくと終わってる無印週間。タオルもシーツもピローケースも書いたい物が沢山ある。「もう少ししたら駅前の無印に行こうよ。」
それから数時間後。パソコンの入ったリュック一杯にタオルやシーツを詰め込み、周ちゃんは枕をふたつ入れた大きな袋を抱えて自転車で帰宅した。
「穏やかだね。」「なんか俺もそう思ってたんだよ〜。」私にもこんな日が来るんだ。初めて結婚を意識したのは高校の時から付き合っていたマルちゃんだった。26歳の時、一緒に二子新地へ越した時は母が大きな冷蔵庫を買ってくれた。今となっては申し訳なくて聞けないけれど、あれは嫁入り道具の一つだった筈だ。私もマルちゃんも互いの両親も結婚はそろそろでお待っていた。だけど、ハッピーで温かい場所からある日突然に逃げ出したのは私。
それからというもの、面白い男には沢山出会ったけれど、心温まる男に出会った覚えがない。私もそういう女だったんだろう。楽しい思いは沢山してきたけど、こうして気が抜けた炭酸みたいな顔をしてぼんやりと夕飯を食べる夜はなかった気がする。恋愛に飽きたわけじゃないけど、もう昔のように弾ける必要なんてない気がしてる。無言で食べてることですら忘れてしまいそうだった。
最近、胃が少しだけ痛くて連日大根おろしにポン酢をかけたものを食べてる。勿論それはそれで美味しいけど、毎日同じ食べ方はいやだ。なんとなく今日はかんずりを入れてみた。そして、こういう日常の閃きは当たる。脂がそこそこのった焼き鯖と一緒にそれを食べてみると全身がビリビリしちゃうくらいに美味しかった。やっぱり当たりだ。
これは世界でたった一人。私しか参加していないゲームなのだけど、この瞬間、頭の中でフィーバー!って感じになる。「きたね!」私の言葉に周ちゃんは笑ってた。多分、よくわかってない。

「今夜は何がいい?」いつものように朝ごはんを食べながら周ちゃんに聞いた。今日のリクエストは麻婆春雨。
レシピは栗原はるみさん。いつしか我が家の鉄板メニューとなった。時々、ピーマン入れたりもするけど超シンプルなレシピが潔くて中国で麻婆春雨を食べたことないけど、なんだか本場!って気分になる。春雨は太いのがいい。味をしっかりと吸った春雨をご飯にのせて食べるのもいつもお決まり。ラーメンライスみたいなもの。

周ちゃんが夜にネパールカレーを作ってくれた。私は昨日の海老の頭を使ってトムヤムクンスープを作った。夕飯時にNetflixでWorking motherというアメリカのドラマを見ながら食べた。最近、時々見てるドラマ。
主婦達の最低で下品な言葉や行動に私は最高!と爽快気分で爆笑してる横で、いわゆる女性らしさを脱ぎ捨てた女となった生き物に周ちゃんは目を丸くして静かに食事を飲み込んでいた。時々、「怖い。」とか、「え、なんで。」とか小さく言ってるのが聞こえる。
確かにちょっとアメリカっぽいと言えばそうだけど、こういう日本人の女性だっている。弱い私を守って。とか、あなたと一緒じゃなきゃいやなの。私って打たれ弱いから。私、敏感なの。みたいな事を言う女性を批判するわけじゃないけど、「あれは悪い男に捕まったからなの。」みたいな代名詞を呟くのはいい加減にしなさいよとも思う。女が弱い女を演じるからでしょって。
女も男も弱くて強くて弱い。身体は全然違うし、他にも違う所だらけだけど、隣で目を丸くしてる周ちゃんと爆笑してる私。私が男勝りなわけでもないし、周ちゃんが弱いわけでもない。生き物なのだから、噛み付いたかと思えば、優しく舐めあうことだってある。
読んだジェンダー問題の論文で変な事が書いてあった。ジェンダーギャップを感じてる女性ほど、現状の問題、例えば夫に養って貰ってる等に肯定的だっていう統計。日本は先進国であるのに世界でもジェンダー格差が高い国。ジェンダーレスって言葉がまるで流行り言葉のようにあちこちで聞こえるうようになったけれど、ずっとずっと遅くて遅すぎるのだとか。統計で出された結果を読んでいると余りに低くて恥ずかしくなるくらいだった。
不思議な話だけど理由の一つは安堵なのだそう。勿論、経済的な問題だとか理由は沢山あるのだろうけれど、女性自身が男女格差を認めて安堵する為に弱い女でいたいと、そもそも望んでるように聞こえた。男女差別を遂行してるのは女。何とも変な心理統計の話。けど、そうだよねって思った。私の知ってる限りだと。

都内に行った帰りに赤海老を買って帰った。1パック500円にしては贅沢な夜。大きくて身がぷりぷりな海老。周ちゃんと二人では多すぎる量だったけれど刺身とよだれ海老にして余すことなく頬張った。私達が夫婦になってからまだ1年と少しだけど、時々こういう夜をやるのは既に習慣となった。ちょっと前はコストコでサーモンの切身を5000円で買ってきてサーモン祭りをやった。これは食卓の遊びだ。子供の頃に心に描くゼリーのプールで泳ぎたいみたいなものに近い。
今日は少し姉と電話で話した。電話を切ってから気づいたけど、高校生の時に写真の大学の学校説明会についてきてくれたのは姉だった。結局推薦は落ちたけど、芸術大学への進むことに大反対だった母はブーブー文句を言いながらもほっとしていそうだった。アメリカでタトゥーを入れた時もタトゥーショップへ連れていってくれたのは姉だ。もう何十年も前のこと。
心理学者フロイトの言葉をcathexisの頭文字をkに変えて、kathexisと入れた。精神分析理論のひとつ。人や物に向けられるリビドー。高校生の時にこの言葉を知って鼻血が出そうなくらいに興奮したけど、どうしてあんなにドキドキしたのか覚えてない。今じゃもう好きとか嫌いとかじゃなくて体の一部になってしまった。こうして心理学を大学で学ぶことになり、なんだかなんだろう。今ではあの頃の興奮ほど心理学に落ちつかない気持ちはなくなったけど、ご機嫌でハローと言いたいし、離れたくない。とにかくもう殆どに感謝しかないじゃんと思った。
姉もそうだし周ちゃんもそう。芸術大学を反対した母もそうかもしれない。離婚も写真の仕事も周りの友人も過去の最悪も全部。当たり前なのだけど新宿を歩きながら少し目頭が熱くなった。
姉は電話でプールを買う日がもうすぐだと言ってた。数年前に聞いた時は、「それってビバリーヒルズの世界じゃん。」って二人で大笑いしてたけど、本当に買う気みたいだった。仕事は忙しいけどお金持ちになりたいから楽しく稼いでるって。プールって何百万するんだろう。
姉、アイラブユー。スーパー愛してる。ありがとう。妹は心理学を思う存分にむちゃくちゃ楽しむよ。



昨日、周ちゃんがホワイトデーにとエノテカで白ワインを買ってきてくれた。今夜は白ワインと餃子。餃子のレシピは白ごはん.comの焼き餃子。タネに味噌が入ってるレシピが気に入ってる。大学のことで精一杯で毎日が淡々と過ぎていく。なんだか急に心細くなって今日は飲むことにした。
「私、なんで勉強してるんだっけ?」朝、梃子の散歩をしながら周ちゃんに聞くと目を丸くして驚いた顔をしてた。「それは俺にはわからないよ。けど、これからわかるんじゃないかな。」昔、予備校の先輩が一年浪人して理科大に入った矢先に交通事故で亡くなった話をした。頑張って大学入ったのに亡くなっちゃって、私が大学卒業して直ぐに死んだらどうしようって。そんなことなら毎日だらだら過ごしてた方が良かったって思うよね。
「よしみは好きで勉強してるんだよね。」「そう。けど、想像以上にハードな勉強に苦しくなることがある。」「もっとゆっくりと卒業目指したら?」「けど、年をとっちゃうよ。」
私は何のために勉強をするんだろう。例えば、心理学を勉強してカウンセラーになりたい、みたいなわかりやすい動機は1ミリもない。ただ、大学院で研究してみたいっていう夢があるくらい。
「じゃあさ、何を研究するかを探しに国立国会図書館へ行ってみる?」
そこには全ての本があるのだそう。実際に研究者が調べ物をしに使うくらいなんだよとも教えてくれた。なんだか写真のことを始めた時みたい。とりあえず本屋でカメラの使い方っていう本を一冊買ってきて読んだ。黄色のマーカーで大事そうな所にラインをひいたりしてみたけど、被写界深度?ちんぷんかんぷんだった。何のカメラを買っていいのかもわからないし、レンズには沢山の種類があるとか、フィルムの個性だって全然わからない。だけど、今は沢山を知ってる。最初はきっとこんな感じでいい。全然わからなくても、少しずつ重ねていけば昨日より今日、今日より明日、そして1年後、3年後は今よりはずっといい感じになってるはず。
