
トマトベーグル



試験は来週と再来週に一つ。それで一旦落ち着くはず。ようやく。先週はいきなり海に行ってしまったけど、もうずーっと日記もきちんと書けてない。来週の試験が少し楽だといきなりXになったツィッターで同じ大学の学生が呟いてるのを見て、書きかけの日記を一気に更新した。
請求書も書かなきゃだし、作りかけのデータも、編集も、全部終わらせたい。今月は色々なことを思った。少しだけ書き始めた日記はいくつか捨てたけど、過去の少しだけ書いてやめた日記を読んで、ああ、そうだったんだとも思い出した。編集の野村さんが副編集長になったと聞いた。りゅうちぇるが亡くなった。あと、元夫の知り合いから電話があった。それからの数日は少しだけ怖くて、今やってる教科のせいもある。じんわりと辛い日々が続いた。
3年前の7月のいつか。三茶の駅から茶沢通りを歩いてすぐのところにある心療内科、「それで、旦那さんのことじゃなくて、あなたは死にたいと思うことはありますか?」先生が言った。あの日がどれくらい暑かったかは全く覚えてない。けど、病院の壁の色がグレーだったとか、廊下が暗くて夕方がいつまでも終わらない時間だったことは今でもしっかりと覚えてる。私、死にたいなんて思ってない。先生のその言葉に皮膚の奥がきゅっとしまるような感覚になった。
「旦那さんを救いたいのはわかるけど、旦那さんを救おうとして、あなたまで一緒に溺れますよ。」先週に行った別の病院でも同じことを言われた。それに、世田谷区からは何度も着信があって、ずっと無視していた。昔の友達が、お酒の事や暴れる事は区に相談するといいよとメールをくれたからだった。電話した時は担当者がいなかったからだろう、かけ直してくれていた。何度も。無視しても何度も。
私は、溺れかけているらしい私を救うのか、溺れているのに助けを求めない夫をこれからも救わなきゃいけないのか。どっちが正解なのかわからなかった。日記を書いてないから覚えてないけど、病気のことを教科書で読むのは全身が疼くようで辛かった。過去が勝手に溢れてくるみたいだったけれど、無視をして勉強を続けた。
明日は7月の最後らしい。先月の試験は合格したと連絡が入り一安心したけど、梅雨が終わったとも聞いたけど、なんだかどこかに私を忘れてしまったような感じがしてる。
だから、こないだはきっと無理矢理にでも海へ行って良かったんだと思う。来週も試験が終わった翌日に海へ行こうと話してる。海ではしゃぐ周ちゃんの顔が忘れられない。あんな笑顔の周ちゃん、私は知らなかった。もっともっとバカになったらいいのにと思う。周ちゃんは真面目だから、そんなに簡単にはなれないのだろう。だから、私みたいなのがお手本になったらいい気もした。特別に欲しいものもないし、えらくなりたいなんて願望もない。バカになるのに私は適任だ。

ぐうの音もでないや。
「調子に乗ってんじゃないよ〜。」笑いながら姉が言った。その次の瞬間ふたりで大笑いした。私のちいさな書斎に姉と私の笑い声が鳴り響く。外は今日もひどい暑さだ。
L.Aは夜の21時過ぎ。マルコが今友達の家のプールで遊んでいるらしく、これから迎えに行くと言っていた。
「勉強を始めて、遊べないし、前みたいに稼げない、好きな服を買えない、友達に会えない。朝から晩まで勉強してて、とにかく時間がなくて。本当にこんな生活してていいのかな。」私が姉に愚痴ったこと。姉は「よっちゃんさ、なんで勉強してんの〜?」と言い「え、。したいから。」と私は直ぐに返した。
あ、。いつしか勉強出来ることが当たり前だと思ってた私って、本当に馬鹿。勉強が出来る環境があること、例えば、経済的に、環境的に、健康的にもそう。「まぁ、わからなくなっちゃうよね。何かに夢中になってると。わかるよ。けどさ、有り難いことなんだよ。」
幸せみたいなもの、夕陽が部屋に差し込む時間とか、少しづつ大きくなるサボテンも、大皿に盛った料理だってそう。ある日突然に全てが失くなることを私は知ってる。永遠に誓った筈の言葉も、簡単に消えてなくなる。
今があまりに今みたいな顔をするから、どうゆうわけか調子に乗ってしまう。ずっとこの幸せが続くような気になって、なぜかワガママ言いたくなってくる。
姉に電話して良かった。勉強、頑張ろう。

昨日、母に貰った花。実家に帰ったら母と父が新婚旅行で行った時のハワイの写真を思い出した。何でだろう。何でかな。
昼過ぎから腰痛が始まった。痛い、やばいな。周ちゃんに熱が少し上がってきたこと、腰痛が辛いことを伝えると、「今日はやめておこう。」だった。夕方に渋谷植物園のリニューアルのプレスリリースに行く予定がある。けど、。せっかくだしな。周ちゃんもその為に在宅にしてくれたのに。「車で駅まで行ってもいい?」「もちろん。けど、無理しない方がいいよ。」
腰痛は軽くなるどころか時間と共に悪化していった。やばいな。途中、騙し騙し、youtubeで勉強しながら何とか気を紛らわして渋谷へ到着。人でごった返した駅。どんどん開発されていく渋谷だけど、昔も今も、いつまでも完成しない中途半端な感じがむしろ渋谷らしくて好きだなと思った。やっぱり、ここは落ち着く。
こないだライターの柳沢さんが、田舎暮らしが好きだけど、今でも東京に帰りたいと思うことがある。と言ってたのを思い出した。二十歳ごろからここで遊んできた。隣の駅に住んでいた時は歩いて帰ることもよくあった。それは1度目の結婚の時。その10年くらい前、中目黒に住んでいる時はよく自転車でここを走っていた。青と緑を足して割ったような色のお気に入りのビアンキに乗って。
ほっと全身の力が抜けてゆく。植物園まで歩く道のりは誰か友達に会えそうな気がしたし、通り一つだって色々な思い出がある。その昔は黄色のビーチクルーザーに乗っていた。その時はこの通りの先の恵比寿に行く手前の自転車屋で一目惚れして買った。まだ大学生でお金がなかったから、割と安いビーチクルーザーは手が出しやすかったし、少しだけカスタムした。
到着すると編集の浅井さんが迎えてくれた。今日来たのは、浅井さんに誘われたからっていうのが1番の理由だけど、今住んでる場所で土地のことを知りたいと料理家の角田さんと活動を始めたこともある。ここの館長に就任されたアーバンファーマーズの小倉さんに会ったのは、ワールドの仕事で何年も前のこと。あの時はラフォーレの前のビルの屋上でポートレートを撮らせて頂いた。暑い夏の日で前日に畑で熱中症になったと辛そうにしていたのを覚えている。その小倉さんといつも仲良くさせて頂いてる浅井さんが知り合いだなんて、世の中とは面白いもの。
浅井さんが丁寧に隅々まで新しい植物園のことを紹介してくれた。バナナとマンゴーの電磁波から作ったというアンビエントな音楽が流れている瞑想ルーム的な部屋も面白かったし、屋上はお茶の木とビールのホップを育て始めたというのも、嬉しそうに話すその感じが、すごくよかった。私は場所は人だと思ってる。そこで楽しんでる人たちがいるからこそ、その場所へ会いに行きたくなる。だって、渋谷がまさに私にとってそうゆう街だったから。
それからLFCコンポストの代表のたいらさんっていう女性を紹介して頂いた。もちろん、あのバッグ型のコンポストはもうずーっと何年も前から知ってる。コンポストを始めようと思った時に一番初めに気になった商品でもある。最近、我が家では夏で微生物が活性化していることも手伝ってコンポストブームが来てる。生ゴミがどんどん土に返っていく様子は見ていて楽しいし、そこで捨てた野菜から新たに芽がニョキニョキと育っていくのも楽しい。たいらさんには我が家のコンポスト事情の話を少し聞いてもらってアドバイスを頂いた。正直、お会いできて無茶苦茶嬉しかった。想像していたような感じの方ではなくて、ずっとずっと素敵で素朴な女性だった。
コンポストは環境問題のことで3年前に東京のマンションのベランダで始めたけど、今は違う。コンポストの中で循環する世界を目の当たりにできることが楽しいとか、それは生ゴミを処理してくれて、豊かな土を作ってくれて、なんなら新しい野菜の芽まで育ててくれる。環境のためというよりも、今はご褒美と言った方がしっくりくる。ただ、楽しいからやってる。結果、誰かのためにもなってる。たいらさんと話をしていて、大事な事をちゃんと思い出せた気がした。それに、そもそも、環境のためにという理由だけでは中々楽しめないっていうのもある。マスト的な考え方はどうしてか辛くなってしまうから。
結局帰宅したのは20時。もう腰痛は悲鳴を通り過ぎて感覚が半分麻痺してる。あまりの痛みに空腹までもが奪われてしまうくらいに。帰宅してもしばらくは床に転がっていた。しばらくしてからシャワーを浴びた。周ちゃんはせっせと洗濯を取り込んでくれたり、梃子にご飯をあげたりといろいろをやってくれてる。夕飯は周ちゃんが造った天ぷら饂飩。天麩羅は帰りに駅前で買ったもの。生姜をたっぷりすって食べた。食事を済ませて布団へ寝っ転がった。ああ、辛い。どうしたらこんなに痛いんだろうってくらいに痛い。
天井を見ても壁を見ても痛い。携帯を見たって痛いし、”腰痛、緩和” のキーワードでgoogle検索し続けるだけだ。しばらく痛みに打ちしがれながらぼんやりと考えた。外で見る周ちゃん、かっこよかったな。何度かエレベーターや駅で私ぐらいの中年女が何度か周ちゃんを見ているのを見た。「私の夫よ。」なんてことは思わない。周ちゃんは私の物じゃないし、今はたまたま私と一緒にいるだけ。そうじゃない。彼女たちに、わかるよ〜と共感したかった。だって電車で口開けて寝ているのを見ても、なんてまぬけな顔をしているんだろうと放って置いたくらいだもの。周ちゃんは周ちゃんであって、私は私。同じ姓を名乗ってるけれど、他人であり、どこまでいっても自分ではない誰かだ。
家を出ると、周ちゃんはよりいっそうに他人になって、何だかいいなと思った。家にいる周ちゃんも好きだけど、外にいる周ちゃんも結構いい。外にいる周ちゃんが服を着た周ちゃんで家にいる周ちゃんは裸って感じだ。見えない部分があるというのはとってもいい。ひとり勝手に想像してニンマリした。
千葉から帰宅するとまゆみちゃんから手紙が届いていた。勉強のこと生活のこと、ヨーロッパのどこかの海へ行った話、そこで水がきらきらしていて綺麗だったとか、HUGOにこんな話をしたら、こう言ってたんだよ。とか、日々のことが少しずつ丁寧に書いてあった。何だろう、特別になにってわけじゃないし、小さな日々の話なのだけど、胸がじわじわと温かくなっていく。
もし、私達が文通していなかったら、まゆみちゃんの毎日のことはきっと知れないだろう。インスタの写真は、きっとパリの素敵な街並みや美味しいご飯のことは教えてくれるかも知れない、旅先の綺麗な景色だとか、猫の可愛い姿なんかもきっと見れるだろう。だけど、そうじゃないこと。誰にも言わなくてもいいけど、自分にとっては大事だったり、少しだけ特別なこと。たぶん、思い立って切った前髪ぐらい誰も気づかないようなもの。
海から帰ってきて、海の手紙を読むのはなんだかとてもいい気分だった。今すぐにでもまた海に行きたい。夕飯は母が作ったしらすと焼き鮭の丼。帰りに母が作った色々をどっさりと持たされた。お稲荷さん、春雨サラダ、魚介のアヒージョ、アスパラの肉巻き、サーモンと海老のヨーグルトサラダ、ワカメと胡瓜の酢の物、後は昼に揚げたのだろう天麩羅。
海から帰ってきて、海の手紙を読み、母のご飯を食べる。こんな幸せなことはない。
今日は4時半に起きた。最近はずっと2時おきが続いていたけど、今日はしばらく布団に転がっていた。9時から試験がある。いつもみたいに夜中から勉強したら試験中にダウンしてしまいそうだ。
起きて少し勉強。梃子の散歩。姉からママが入院するよとLINEが入っていた。直ぐに母に電話をすると「おはよ〜今ね、蓮の花があって、すごく綺麗なのよ。」「蓮?出張なの?」「写真送るから。」電話がプツリと切れた。入院はただの検査入院らしく、直ぐに姉に電話をいれた。日本は朝の6時、L.Aは午後すぎかな。
姉と少しだけ話してテストだからと電話を切った。「よっちゃん、うまく出来るようになったね。」最後に姉が言った言葉が嬉しかった。少しまえに、なんだかなぁってことがあった。だけど、嫌な顔を1つせずにあしらい、離れた。その一連の流れを褒めてくれた。写真の事となると、きっとムキになりすぎるところがある。最近ようやくそんな事も気づけたのだろう。
試験はめちゃくちゃ勉強したけど、結果はどうだろう。心理統計法は高校でもやらなかったぐらいに数学を勉強した。もう一課目はどうだろう。論述式かと思って概念ばかりを自分の言葉で書きまとめていたけど、心理検査とか穴埋め問題だけだった。専門書を7冊くらい揃えて読み漁ったのに、教科書からの出題のみ。がっかりというか、なんだろう。私の時間返してって思った。
試験を終えて、原宿へ向かった。夜は後藤さんとミオちゃんと広尾でメキシカンを食べた。試験が終わって大好きな2人とディナー。ミオちゃんは少し酔っ払って「なんでパリこないの?」と何度も言ってた。前の私なら考える暇もなくチケット取ってたと思う。だけど、今はちがうみたい。もっと2人と飲みたかったな。

明日は試験で今日はスクーリング。

みつきさんを駅まで送って、そのまま周ちゃんとプールへ行った。昨日、今日と3時から勉強してる。ちょっと睡眠不足ぎみだ。リフレッシュのつもりで行ったプールだったけれど、思いの外泳いで、酸欠で頭がズキズキしてる。帰宅して横になると、気付いたら夜だった。
なんだかすごく疲れてる。駅でハグしたみつきさんは、思ったよりも小さかった。さっきバイバイしたばかりだけど、みつきさんにまた会いたい。


GWに行った千葉で買ってきた落花生。周ちゃんにピーナッツバターにしようか。と言ったら、週末にせっせと作ってくれた。私はといえば、ずっと勉強してる。

周ちゃんの妹のみつきさんが昨日から泊まってる。コロラドからトランジットでオアフを経由してきたらしく、「せっかくだから、少しだけ海に入ってきました。」と言っていた。丁度、うちの姉もバカンスしにオアフにいたみたいで、二人でLINEでやりとりをしていたのだそう。知らなかったけれど、姉はみつきさんと仲がいい。姉からみつきさんの話を聞き、みつきさんから姉の話を聞く。最近yogaを始めたのは、姉に自分のことを大切にしなさいと言われたからだとみつきさんに聞いて良かったと思った。私の姉と義理の妹。そういう仲があってもきっといい。なんだかとても素敵に見えた。
朝食はパンをきらしていたので昨晩のトウモロコシご飯と、春に作った麦味噌の味噌汁、残りもののおかず、納豆。それからメロンやグレープフルーツを切って並べた。日本らしい朝食が久しぶりだったからなのか、美味しい美味しいって嬉しそうに食べていた。
食後になんとなく他愛もない事を話し始めたはずが、二人して目を真っ赤にしていた。周ちゃんはさっきまでキッチンにいたのに、いつのまにか2階に上がったようだった。みつきさんに初めて出会ったのは昨年の6月。あの時も姉とみつきさんは泣いてた。みつきさんは私と同じような時期に離婚して、子供が3人いる。
「お姉さんは大学の勉強、カウンセラーになりたいんですか?」みつきさんの日本語は少し変だ。周ちゃんは気付く度にその間違いを指摘するけど、変な日本語には慣れてる。姉にしろ、ヘレナにしろ、ちょっと変な日本語は日常的だから。だけど、その独特な話し方は心地がいい。日本人同士でも相手が何を伝えてるのか本当に全てをわかっているとは思わないし、わかってるでしょ。わかってますよ。みたいな感じが、時々疲れる。だから、一層のこと半分くらいわかってるよ。それぐらいがいい。後は優しさみたいなものでカバーすれば、もっとコミュニケーションはスムーズになるんじゃないか。自分の心のことすらしっかりとわからないのだから、ことこまかな了解より、その色さえ感じられたら十分なはず。
みつきさんは今でもカウンセリングに通っていて、認知行動療法で治療を続けている。心の葛藤のことや、過去の事も。少しだけ話を聞かせてくれた。私はカウンセラーになりたいと思ってるわけじゃないこと、心理学が勉強したいから勉強していることを話した。
「どれくらい病院とか、どれくらいかかりましたか?」みつきさんが私に聞いた。みつきさんは数回、同じ質問をしてきたけどそれはきっと私の返事がよくわからなかったからだろう。私もわからなかった。途中までは覚えてる。だけど、その先の記憶がハサミでチョキンと切ったみたいに途切れてるみたいにわからなかった。
「なんか、酷いこととか、、忘れてるみたい。」「わかります。」同じじゃないけど、みつきさんの夫も心の病気だった。私達はきっと共に沢山話したい事があったと思う。だけど、うまく話せいまま時間だけが過ぎていく。本当はもっと助けになれるようなことを話したかった。だけど、なんでだろう。記憶が何も言ってくれなくて悔しかった。
昼過ぎに車で駅まで送り、別れ際にハグをした。これから秋田に向かうんだそう。小さくて華奢で、周ちゃんと同じ綺麗な目をしていた。

毎日のもの、例えばオムレツの形だとか、そんなことがあまりに愛おしく思えた日だった。
生理が近いのかな、今日は珍しく車に乗るのが怖いと思った。こういう日はなんでも怖い。胸のあたりがざわざわする。「やっぱり電車で行こうかな。」「もう免許とってから、半年乗ってるのだし、技術的に言えば何も問題ないよ。だけど、怖いと思うなら電車で行ってもいいんじゃない?」周ちゃんが言った。免許取り立ての頃は不安に思う日があったけれど、今日みたいな気持ちは久しぶりだ。
どうしよう。迷っているうちに時間だけは勝手にすぎていった。もう出る時間だ。急いで機材を積んで出発した。いつからそれが消えたのかはわからないけれど、車を走らせて10分も経たないうちに今朝いきなりやってきた恐怖はどこかへ去り、いつものように走っていた。畑には少し早く着いた。今日は映像の撮影。
映像を撮り始めたのは2年前。その時の映像を見た角田さんが声をかけてくれた。角田さんは、時々、驚くようなことを言う。知らない時間のことを知っているかのように話しだす。今日もまたそんなことを言ってた。
午後はキッチンでの撮影。和彦さんがいつものように角田さんのお手伝いをしてる。髪がさっぱりしていて夏らしかった。ふたりは時々、喧嘩してるのかな?って思うことがある。かと思えば、楽しそうにふざけあって話していたりする。まだ出会って半年くらいしか経ってないけど、たぶん喧嘩はしてない。じゃれてる。そんなことも少しづつわかってきた。
和彦さんがオムレツを焼いて、角田さんが、あ、いつものねって顔をした。「真帆ちゃん、あぶないよ。」和彦さんが角田さんのことを真帆ちゃんって呼ぶ音がどういうわけか、すごくすきだ。何度か和彦さんが角田さんに言った。角田さんのトウモロコシの切り方を心配してる。
「オムレツ、この形は綺麗じゃないけど、こうゆう綺麗じゃない方が美味しかったりしますよね。」真ん中でぱっかりと割ったオムレツ。私には潔く黄色だけのオムレツは綺麗に見えた。
和彦さんは途中で歯医者に出かけて角田さんとは陽がくれる前まで話した。帰りに渡したいものがあると言い、アロマのスプレーをくれた。
生活がすきだ。本当にだいすきだ。そこだけに存在する会話、風に揺れる洗濯もの、割れたオムレツ、夕方の音が部屋に入ってきて、キッチンは薄暗くなっていく。
綺麗じゃない方が美味しかったりする。その言葉が染み渡るようにわかる。だけど、私にはそれがあまりにも愛おしくて仕方がなかったりもして、ただ嬉しかった。綺麗だった。写真は撮ってない。撮れば良かったと後悔する気持が半分。残りは無理に撮るよりもここにしまっておきたいという気持が半分。
最近、写真からは離れてる。だけど、より近づいてるような気もする。
腰深く座り、足は裸足で投げ出して座ってる。空いた皿はカレー皿かな、となりにはサラダが入っていただろう器がある。汗のかいたグラスはきっとアイスティーだ。片手には本。ただ、だらしなく思うままに読書にふけていた。
駅の上にある本屋の隣接したカフェで遅い昼食をすませていた中年の女性を見て思った。人生、そんなに頑張らなくたっていいのかもしれない。私もあんな風に全部を投げだしたい。彼女は主婦かな。仕事を休んでいるのかやめたのか、フリーランスなのか、子供はいなそうな感じだ。さっき本屋で立ち読みした益田ミリさんの本を思い出した。まるで本から出てきたみたいな女性だった。
朝一番で行った病院。正直、面倒だった。実際のところ、本当に妊娠したいかもわからない。昨年に流産した時はまた妊娠してみたい、なんて思ったけれど、今の生活を失ってまで本当にしたいのだろうか。今、私が一番に望んでいることはテストに受かることだ。あとはエーゲ海で青をたくさんみたい。青い空、青い海。目に写る世界を青でいっぱいにしたい。
「卵がないのよ。昨年の流産がやっぱり悪かったかな。」耳がタコになるくらい聞いた。とはいえ、まだ数回しか病院には行ってない。だけど、もうその先生の声のトーンに嫌気がさしてる。だけど、周ちゃんにはまだ言ってない。先生のその重い声を聞く度に、「別に大丈夫ですよ。」と喉まで言葉が出てきてやめる。だって、私、別に今のままで十分に幸せなんだけどって。年齢的に卵が少ないことくらいわかるよ。私は羽が生えてないのに空を飛びたいなんて思わない、いたって現実的な性格だから。
朝一番で病院に行ったけど、「診察は午後からです。」冷たくあしらわれて病院を出た。一度家に帰るのも面倒だしと駅前で時間を潰したのが悪かった。好きで始めた勉強も思いの外、不安になることが多い。先週くらいに周ちゃんに聞いた。「勉強、苦しいけど楽しい。こんな勉強ばっかりしてる奥さんでいいのかな。」「人生の夏休みって思ったらいいんじゃない?俺はすごくいいと思う。贅沢な時間だよ。」と周ちゃん。贅沢か。あまり私にはハマらない言葉かもしれない。
ビジネス乗ってハワイ行くとか、ミコノス島でバカンスするとか、そういうのが私の贅沢だ。もしくは、明日地球が吹っ飛ぶんですけど、新宿の伊勢丹でなんでも買ってきてくださいって言われるとか。けど、今の私には伊勢丹に欲しいものはあまりない。帽子好きの母に夏の麦わら帽子を贈ってあげたいくらいかな。
周ちゃんには感謝しかないし、今の私の人生は苦しいとは言っても、私の知ってる苦しみからしたら、遊びみたいなもんだ。だけど、駅前の女性が素敵で羨ましく思った。私、勉強したくて焦ってばかりいる。今の時間でさえ、ここにいないみたいに焦ってる。
頑張りたいとか、手に入れたいものがあるとか、向かいたい場所があるとか、そういうのもいいけど、そうじゃなくてもいい。何かに呪われたように、息をするように勉強ばかりして、一人勝手に苦しんでる毎日を少しだけ投げだしたくなった。今年こそ新婚旅行に行こうと周ちゃんと話してる。勉強が忙しくて行けない気もしたけど、行ってもいい気もした。別にすぐに死ぬつもりはないから新婚旅行なんていつでもいいじゃんとも思う。だけど、私も平日の昼間にダラダラと本屋の前のカフェで本を読むような女になりたいとも思う。
もうここまできたのなら、周ちゃんの言うように贅沢とまでは行かなくとも、これは楽しむ時間なんだ。大学生活は社会からドロップアウトしてるようで後ろめたさもあったけれど、仕事をやめたわけじゃない。何かや誰かにならなくたっていい。
益田ミリさんの新刊を買った。新婚旅行はやっぱりエーゲ海がいい。試験は全部合格したい。

朝、角田さんから電話がかかってきた。明日の映像の撮影の事。本当は昨晩にメールするはずが、結局朝になってしまった。夜にやろうと思っても疲れて寝てしまう。そんな日が続いてる。そんなこんなで早朝に送ったメールのことだった。
「それで、角田くんが “まほちゃんは素直すぎるからだ “って言ってたんですよ。」電話の向こうで笑いながら角田さんが言った。
角田さんとはよく料理の話をしてる。だけど、角田さんはいつも「私は料理には興味ない。」って言う。仲の良い料理家さんで、料理はそんなに興味がないっていう料理家さんがいる。先生から料理の話は殆ど聞かない。大体はインスタのフォロアーを増やすことに夢中だし、「最近、こんなの見つけたの〜。」と無邪気に携帯の画面を見せてくれる。ある日にどうしてだろう、と疑問に思ったことがあったけれど、私がただ料理が好きだってことなだけなのかもしれないと角田さんと話していて気づいた。
料理は好きな人もいればそうじゃない人もいて、仕事のために作る人もいれば、お金のために、生きるために、健康のため、家族や恋人のために作っている人もいる。それが料理ってものでいい。そこに愛があるかないかなんてのは、そもそも私が決める話じゃない。それに、それは私の物差しでしかない。
色々と話して電話を切った。やっぱり私は料理が好きだなと思った。和彦さんが角田さんに言った言葉。わかる気がした。私も角田さんは素直だと思う。本人は相変わらず料理が好きじゃないと言うけど、多分それはきっと、もう料理なんて越えてるところの話なんだろう。よく農家さんの話をしてくれるけど、先日は仲の良い農家さんが家族に作るお弁当が気になってると言ってた。それは、きっと、野菜がどうって話だけじゃなくて、その農家さんという人が生きる暮らしの中にある料理を見たいんじゃないかかなと思った。家族、畑、その農家さんが生活する暮らしの中で誰かに作るご飯のことを。
夕飯はスペアリブと野菜の塩煮込みを作った。早い夕飯をすませてから20時頃にプールへ行き、帰ってから少しだけお酒を飲んだ。本当は勉強がしたかったけれど、珍しく周ちゃんが落ち込んでいたから、勉強はやめて付き合うことにした。落ち込んでる理由は薄々気づいていたけど聞かなかった。周ちゃんはお酒が飲めないからすぐに顔を赤くして布団に転がっていた。可愛い男。私は久しぶりに夜遅くにお酒を飲んだから楽しくて飲みすぎた。

3時過ぎに起きて勉強して、オンラインで試験。それから、いつもよりゆっくり散歩に出かけて、庭の草いじり。夕方に梃子を美容院に連れて行き、合間に長崎ちゃんぽんを食べにいくことにした。
「あー麦酒のみたい。」「飲んだら?車、オレ運転するよ。」時間は17時前。こんな時間に麦酒だなんて、最高すぎる。「じゃあ、飲む!」
帰宅して風呂に入って8時前には寝てた。すごく疲れた。試験のあとの焼失感、初めての時は魂が抜き取られたみたいになったけど、それも段々と慣れてきた。それに、そうゆうものすべてひっくるめて最近の毎日が結構好きだ。この街もこの家も暮らしもちょっと苦しい勉強も。単調だけど、小さい日々を積み重ねてると感じる。
春に植えたトマトや茄子はあっという間に私の背丈くらいに延びて、次々と実をつけてる。

今日から7月。あっという間に今年も半分が終わった。今日は明日の試験のため、ずっと勉強してる。外は雨が降ったりやんだりして、夕方にはまた晴れた。周ちゃんは今週も家。明日は外出すると言ってた。それは、私が内省を大事にしたいと言ったからだそう。
先週にアメリカで開発されたギャラップ社のストレングス・ファインダーという適性検査を受けた。簡易バージョンのものだったけれど、思ったよりも面白かった。性格診断テストみたいなもので、最近、臨床心理の授業で心理検査を勉強し始めてからというもの心理検査という分野に少し興味を持ってる。面白そうだから周ちゃんもどう?と誘って一緒に受けてみたけど、周ちゃんは周ちゃんらしい回答で、私は確かにそうかも、。という診断だった。
私を代表する資質は、責任感、戦略性、内省。内省は哲学のように一人でじっくりと考えること、例えば日記を書いたり、ものを作ったり、部屋にこもって自分と向き合うことで活かされる素質を持つ人。作家、芸術家などにも多い素質らしく、それをすることで自分らしくいれる性格。
「内省の人がひとり部屋にこもっても、それは誰かが嫌だとか気分が悪いからじゃなくて、内省の人はひとりでいる時間が大切だからなんだって。だから、側にいる人はそうゆう時間なんだって理解してあげるといいみたい!」すごく気分が良かった。ずっとこの言葉を探していたんじゃないかって思うくらいに。周ちゃんの回答は「毎週末、どこかに泊まったりして家を空けた方がいいかな。」だった。
「違うよ、そういうことじゃなくて。」周ちゃんは白黒思考だ。それがいいなと思うこともあるけど、なんでも軽量スプーンを使って料理をしようとする姿に苛立ちを覚えるのと同じ、空気の中にあるニュアンスのようなものを読み取るのが下手くそだ。本に書いてあることは一字一句きれいに記憶したり理解できるのに。
私が伝えたかったのは、私にはひとりの時間がとにかく大切ってことだけ。けど、実際のところ週末の夜に部屋でひとりでいる私を想像してみると、正直心が躍った。最高じゃんって。


今朝に近所の無人販売所で買った空芯菜と一緒に冷蔵庫にあったトマト、しじみを使って中国っぽい炒め物を作ったら周ちゃんがすごく喜んでた。「今日の夕飯何点?」って聞くと、「120点。」と返ってきた。
空芯菜は真ん中に空洞があるから空芯菜。こっちに引越してくるまで知らなかったし、真ん中が空洞かどうかもわからないくらい貧弱な空芯菜しか食べたことがなかった。そんな小さな発見だけど、意外と嬉しかったりする。
今日はなんだか楽しかった。
昨晩は寝苦しい夜だった。隣で周ちゃんはぐーすか寝ていたけど、枕の横にいる梃子は、はぁはぁと舌をだして熱そうに呼吸していた。時計を見ると時間はまだ夜中の12時。
南西にあるベッドルームの角に出窓が2つある。奥ばった作りは全て白で統一されていて、この家の好きな場所のひとつだ。ベッドルームに朝陽がはいること。これは私の引っ越しの条件だった。白いシーツに、白いカーテン、他の全部も白だけの部屋が朝陽でサーモンピンクに染められていく時間が好きだから。この家を見つけるのは結構大変だったけれど、好きな場所じゃないと暮らしたくないと周ちゃんを困らせただけある。だけど、一つ問題がある。それはベッドルームにクーラーがないこと。
半分融けた梃子とブランケットと一緒に1階の和室で寝ることにした。そして、クーラーの中で梃子と気持ちよく寝るはずだった。昨日、試験勉強をするために3時半にかけた目覚ましが鳴るまでに何度起きたことだろう。クーラーが効きすぎていたのか、どうにも上手く寝れなくて夢に何度もうなされた。
人は記憶を忘却できる。それは失うことを意味してない。自分さえもわからない場所へ失くしてくれるってこと。私の中のどこかへ。ちょっと前に脳の中にある記憶という場所のことについて学んだ。
多分、数日前に二度と連絡をとらないはずだった中目黒の居酒屋の店主から電話があったからかもしれないし、昼に見た是枝監督の怪物っていう映画のせいかもしれない。
「よしみさんきっと好きだから。」と、分福にいるナナコにチケットを渡されて見た万引き家族は酷く感動した。怪物も、きっと似たようなものを受け取りたいと期待していたんだと思う。社会の影に住み着いたどす黒いメッセージを、と。けど、あまり消化されずに、映画は終わった。もしかしたら、脚本が坂本さんだったからかもしれない。酷評をしたいわけじゃなくて、ただ、私の期待が外れただけ。
けれど、描写の美しさや時より不安になるような曖昧な時間は、万引き家族に似た何かを少なからず受けたのは確かで、隠していた筈の記憶が詰め物の下にいる虫歯みたいに小さく疼いた。それに、あの映画は病気が酷くなった頃に一緒に見た映画だ。待ち合わせの時間に来ない夫が電話の向こうで割れるような音で怒っていた。池尻大橋のマンションで、「後で。」と別れたのは2、3時間くらい前のこと。不安は的中した。もうあの頃は無茶苦茶だったから、上映が始まる直前に連絡がとれたけど、とくに驚かなかった。またあの時間が来たんだなって思ったくらい。
「だから、もう作らんでええから。」呆然と立ち尽くす私がいた。
男の大きな声が終わる頃、私の言葉は詰まる。喉に何かを詰め込まれたみたいに、そのまま心までそれが押し込まれたように。私がご飯を作るから悪い。その言葉がどうにも辛かった。どうして、喜んでくれる日があるのに、怒る日もあるのか全然わからなかった。出来る事といえば、気持ちを押し殺すことくらい。それに、作った食事が勿体なく見えて、かわいそうな気がして嫌だった。いや、本当はそれは私のことで、私が可哀想に見えて、けどそんな風に思いたくなかった。
あ、。忘れてた。夢から覚めて一番初めに思ったこと。池尻大橋のマンションに私達はいた。今さっきまで。昔のように冷たくなった食事と朝陽と、癇癪のとまらない元夫。世界から逆行したようなあの時間の中に。
そして、次の瞬間に思ったのは、現実はここだよ。じゃなくて、怖いだった。怖い。肌がひりひりした。それと同時に世界はどんどん過去に侵食されていく。夜はもっと黒くなって、私の温度はその中に飲み込まれていくみたいだ。どうしよう。いや、大丈夫、大丈夫だと思う。けど、不安はどんどん大きくなっていった。椅子に座ったけど、また立って、お茶を入れたけど、口を付けないまま。わからなくてベッドルームへ向かった。
静かに寝る周ちゃんがいる。背中に触れると温かい。とにかく、くっつけるところは全てくっついた。私はここで生きたい。

帰宅したのは18時過ぎ。今日の撮影は思ったよりもずっと早く終わった。帰りがけに編集の成田さんにタイ土産だというピーラーを頂いた。私は数日前に発売した冬に撮った料理本をあげた。
駅まで周ちゃんが梃子を連れて車で迎えにきてくれて、駅前で買った鯵と鯛の刺身を片手に車に乗った。雨はまだ少し降ってる。車を買ってから生活がぐんと変わった。東京では当たり前のように週に何回もタクシーに乗っていたけど、タクシーはしばらく乗ってない。その代わりに自分で運転をするか、周ちゃんが運転をしてくれる。車を買ってから半年くらい経つけど、まだこれが現実だとは本当は思ってない。ちょっと変な感じがしてる。
夕飯は貰ったピーラーでソムタムを作ろうと麺棒を探すが一向に見つからなかった。その時点で疲れがピークになってきて、きっと乱雑な感じで引き出しを閉めたのかもしれない。閉まる筈の棚からカトラリーがガラガラと大きな音を立てて床に落ちた。「ああ、もう嫌だ。」
最近は、”あ、枯渇した。” っていう瞬間がわかるようになった。それまでなんとか頑張っていても、急に力尽きてしまう。別にストレスが前より溜まったからっていうわけじゃないけど、なんだかそうなった。
「疲れちゃって。もう生姜をすりたくなくて、冷奴はやめた。」食卓におかずを並べながらボソッと周ちゃんに伝えると、「そういう時は僕にお願いして。」と返事が返ってきた。え、。なんだ、そっか。え、そうなんだ。
なんでもひとりでやろうとするのは私の悪い癖だ。そうやって全部を私だけで完結させようとするから苦しくなる。私、なんでもできる。じゃなくて、一緒にやろうって言えばいいだけなんだ。私を苦しめてるのは私。わかってる。
最近の周ちゃんは私の取り扱いに慣れてきている。
今日は6年ぶりにライターの柳澤さんに会った。初めてお会いしたのは神保町の蔦が生い茂ったような喫茶店だったような気がする。暑い夏の日で店内はすこし薄暗かった。その頃はまだ料理写真を始めたばかりで、いつか料理本を撮ってみたい。だけど、どうしたらいいんだろう。料理写真の何が正解なのかもまだよくわかっていなかったのに、とにかく料理本が撮ってみたい。そう思っていた。だけど、それは夢みたいなものでもあった。
その頃は編集者の友達なんて全然いなくて、出版社に出入りしているざおーに相談すると、先輩を紹介してくれた。それが柳澤さんだった。そして、その1年後くらいにたまたまリンネルの撮影で長野でご一緒して、撮影が終わってから長野の街を一緒に歩きまわったりもした。森岡書店の森岡さんのお手伝いをしてる、とか、器が好きだとか、文を書く以外のことでも、気が赴くままに働き生きてる、私の知らないずっと遠くにいる大人の女性って感じだった。
今日は料理の撮影。現場で数時間ご一緒して、帰り道もずっとお話をしてわかったことがある。この不思議な空気感は大人だからじゃなくて、柳澤さんのものなんだ。掴めそうで掴めないようなふわりとしていたもの。それが何なのかはわからないけれど、側にいると、とても心地がいい。
それから、もう一つ、すごく驚いたことがあった。それは、ご近所さんだってこと。以前に仕事が遅くなったら渋谷とかに泊まってると聞いたことがあったけれど、まさかのまさかだ。
帰りの電車で、「この土地の好きなところを3つ教えてください。」と、聞いてみると、1つ目に湖、2つ目に裏山、あとは、湖までの遊歩道がいいとか、有名な建築家らしい人が作ったという森の中にある墓地を教えてくれた。酒好きの柳澤さんのことだから、酒の店の話になるだろうと予想していたけど、実際にその場所に立ってみないとわからないような、目を閉じても肌が感じるような場所ばかりだった。写真では簡単には撮れないであろうもの。形あるものを撮るのは簡単だけど、感覚的なもの、例えば、光景みたいにその場所を全身を使って感じるものを写真にするのは難しい。だけど、記憶の中に五感で残るものはずっと掴んで離さない。恋をした日に聞いた誰かの唄や、泣きながら食べた味のわからないご飯とか。
今度、近所で飲みましょうねと約束をして、LINEを交換して別れた。


帰ったら、統計と、研究法と、心理的アセスメントの残りをやらなきゃ。勉強を途中で切り上げて自転車でプールへ向かった。「あーだるい、ねむい。だるすぎる。」自転車を走らせながら、ブーブー言う私に周ちゃんが笑いながら言った。「女子高生みたいだね。」「え。そうかな。だってだるいんだもん。今日は私は泳がないよ。浮いてるだけにする。」
言葉の通り、今日のほとんどの時間はプールに浮いていた。17時過ぎ。陽はすっかり夏だ。まだまだ明るいし、斜めに水の中に差し込む光は遠くから見てもきらきらしてる。光と一緒に水の中へ潜ると、そこは子供の頃の夏の日のようだった。皮膚が憶えている過去は水に刺激されて、今と過去の真ん中みたいになる。ああ、気持ちがいい。だからプールはいい。この感覚はやめられない。
少しストレスが溜まってるのかな。昨日は5時間しか勉強ができなかった。最近、進みが悪いから自分を責めてるんだろう。どうしようっていう焦りもある。そんな変なループにハマってる。なのに、ずんと重くて言うことのきかない身体。止まらないあくび。私の心と身体は今アンバランスだ。
いつも通り私の方が早く更衣室から出て、ベンチで周ちゃんを待った。周ちゃんは男だけど、支度が遅い。逆に言えば、私がは女なのに支度が早い。どちらにせよ、大体、私は待ってる。だけど、最近は遅いと思う代わりに、待っている間に日記を書いたりすることにした。腹を立てても仕方ない。彼は遅くて私は早いだけのこと。帰りにスーパーで酎ハイを2本買った。今日は飲まない筈だったけれど、ロング缶も1本買った。もう勝手にしてと思った。
人には第六感がある、のだそうだ。というのを、数日前に勉強した。それは、人の能力の一つとして、知識よりもずっと確かである、らしい。簡単に言えば、”嫌だなと思う感覚は合ってる。” ってこと。だから、今日の私のことを勝手にさせてみようかなと思った。今、私は何をすべきか知ってる。と信じて。私をコントロールする然るべき私のことは捨てて。
夕飯は周ちゃんが支度してくれたダルバート。今日は鯖で作ってくれたけど、いつも通り、周ちゃんのダルバートは日本一美味しい。美味しいダルバートは沢山あるだろうけど、新鮮な野菜がたっぷりでスパイスは柔らかめ。私好みで言うことなし。
午前は病院へ行って、帰りに周ちゃんと駅前のフードコートで昼食をとった。私はモスバーガーで、周ちゃんはいきなりステーキ。来週試験だから、こんな事してる場合じゃないのにな、なんて考えながら、食事を続けた。周ちゃんは紙エプロンにジュージューと飛び跳ねる油を気にする事なくナイフとフォークで夢中になってステーキを食べてる。
「さっきの看護婦さんの話さ、私わかったんだよね。」「???、どういうこと。」「言葉が形みたいに見えて、聞いた言葉を一時的に置いて記憶しておきながら、体型的に言葉を並べていけるっていうか。次にこれで、さっきはこれでって頭の中で組み合わせして。前はできなかったんだけど。っていうか、実は私、耳が悪いのかな。昔から人の話、聞けないんだよね。たぶん50字以上になると、言葉がぜんぜんわからなくなるっていうか。道を聞いても、最初の角を曲がって以降は覚えてられない。だから、大体、人の話は聞いてない。絵とか形だと記憶しておけるし、道も一度通ったら忘れないんだけど。」「え?どういうこと。」「多分、勉強を初めてから、沢山の文章を読むようになって、文字情報を記憶できるようになって、それがビジュアルと共に構成することで理解できるようになったのかな。勿論、感情的な話はできるよ。どんなに長くても。それは文字情報のことじゃないから。」
周ちゃんはすごく面白い!と言い、目をまんまるくして、私にあれやこれやと質問して、ホリエモンの話をしてた。「それ、似たようなことをホリエモンも言ってたんだよ。」ホリエモンがそうだったていう話ではないけど、確かに似たような話だった。
「それ、noteに書いた方がいいよ!すごく面白いよ。」って、周ちゃんはしきりに言ってた。
なんだか、ちょっと心の病気と似てるなと思った。心の病を持ってる人は、気づかない場合が多い。正確には気づいているけど、気づけない。大体の人はきっと、病と言えば、風邪のように寝込んだり、怪我のように動けなくなることだと思ってる。だけど、心の病はいきなりやってくるものもあるけど、時間の連なりの中で起こっていくものも多い。
他人から見たら困難そうに見えるものでも、本人にとっては日常であり、それを補うなにかもある。だから気づけない。
私のは、あまりに文章からかけ離れた生活をしていたからで、似たような感覚を受ける人も少なからずいると思う。けど、noteに書くほどのことかな。まぁ、いいや。とりあえず、周ちゃんは楽しそうだった。


なんだ。生理か。朝、生理がきていた。もう殆どPMSはなくなっていたのに、勉強のストレスなのかな。昨日の落ち込みはきっとPMSが原因だろう。今日は打って変わって、スッキリしてる。それに、勉強のことは朝食を食べながら周ちゃんに相談して解決した。
「参考図書。俺なら全部買うかな。」「けどさ、これ6冊もだよ?1冊は買ったんだけど。」一冊3千円くらいする参考書。最初は何も考えずにばかすか買っていたけど、最近は渋るようになってきた。「けどさ、この教科って試験が難関なんでしょ。そしたら、全部買った方がいいよ。先生が何を考えているのか、その動向が少なからずわかると思うよ。」「確かに。」私と言えば、その一冊を買った理由は面白そうだから、だった。あと、表紙のイラストが抽象的な線画でよかった。先生の意図はといえば、そんなことを考える余地もなかった。全く勉強をせずに生きてきた私の選択肢は好きかどうかで、今までの人生においてはそれでも困らなかったけれど、たぶんこのやり方だと試験は確実に落ちる。周ちゃんは流石だなと感心した。
勉強のスケジュールを練り直して、あと1ヶ月でどこまで出来るか、この1年でどこまでいけるかを調整して、この1番難関な試験は3回落ちることを決めた。けど、プラスして2回落ちる余裕も残してある。6回落ちたら留年の可能性大。だけど、ずっと未来のことだから今は無視、むし。とりあえず、不安を全部、机の上に並べて、どう好きになっていくかを考えた。好きになるにはとにかく触れてみること、拘ってみること。私っぽくしてみること。それでもダメなら嫌いになったらいいよね。
周ちゃんも言ってたけど、「落とす先生っていうのは、それだけその教科に情熱があるってことだから、そう考えると悪いことじゃないかもよ」って。食わず嫌いはもったいない。怖いことは、まず逃げるんじゃなくて、とりあえず食べてみよう。
朝、散歩に行く前に1Fの機材入れを整理していると、来週に使う撮影用の機材がないことに気づいた。え?嘘でしょ。どこ?え、忘れた?まさか。捨てるのが得意な癖に忘れ物には異常にふだんから神経を尖らせてる。その理由はよくわからないけど、必ず、自分がいなくなる場所を見返す癖があるのはずっと昔からそうだ。全然、記憶にない。けど、勉強を始めてからというもの、私の殆どの記憶は勉強で消費されていってると思う。「昨日の中華さ。」「え?なんの話。」「え?!」こないだの周ちゃんの驚いた顔を忘れられない。酷くけげんな顔をしてた。
手帳を開いて、その機材の在処を記憶をたよりに探してみると、4月4日。LEEの撮影だった。まじか。スタジオに連絡するも、忘れ物はありませんと直ぐに回答があった。だよね。スタジオさんなら直ぐに連絡をくれる筈だ。まさか、電車?あんなに大きな機材、電車に忘れるかな。幾つか乗り継いでる。あちこちに電話や警察の遺失物検索のページで探しながら、同時に新しい機材が直ぐに手に入るか調べた。44,000円。大きくため息。
中々繋がらない電話が繋がって、それらしき物が清瀬駅を経由して飯田橋の警視庁遺失物センターにあるとのこと。今日は周ちゃんは飯田橋の本社にいる。朝、いきなり本社へ行くと言い出し、出かけて行った。こんな事ってあるもんだな。周ちゃんに連絡して代理で取りに行ってもらうことにした。
なんだか機材探しであっという間に昼も過ぎて、撮影の準備をして、遅い午後から仕切り直して心理的アセスメントの勉強。ネットで試験の傾向を探してみると、”5回落ちてます。”とか、”この試験が受からな過ぎて留年しました。” “この教科のために5、6冊読みましたが全然わかりません”とかとか。不安になるコメントばかりだった。試験内容も全くよくわからない。構成既成概念が、妥当性が、信頼性係数が、。なにこれ。教科書はもう読み終えたのに、なんのことだか全くわからない。雨雲が広がっていくみたいに、気持ちがどんどん暗くなっていった。この試験、本当に受かるんだろうか。
なんか、私、ダメだ。こんなに勉強してるのに、。どうして上手くいかないんだろう。そもそも、普通にフォトグラファーとして頑張って仕事してるだけで良かったんじゃないか。そしたら、友達とも遊べただろうし、好きな物を買って、週末は好きなようにお酒を飲んでいた筈だ。周ちゃんとだって、あちこちにドライブへ行って。もっともっと本当は料理がしたいし、仕事もしたい。なんでわざわざ、こんなに大変なこと始めちゃったんだろう。バカみたい。心理学は楽しいけど、なんだか医療みたいな話も多いし、統計学みたいな数学的なことや、哲学のように概念の話もあるし、もうなんなの。
だめだ。プールに行こう。”周ちゃん、何時に帰る?” “じゃあ、18時ね。” 参考書とプールの支度を持って駅前へ向かい、西武で生ワカメと発酵バターと食パンを買った。なんか全てが上手くいかないような気がして哀しかった。けれど、夏みたいな夕方の風はやさしくて、せめてもだねと思った。
今日のプールは混んでる。ふくよかな女性がいて、最初はダイエットの為に通ってるのかなと思ったけど、多分、昔に水泳を競技としてやっていた人なのかもしれない。海の生き物みたいに水の中をするすると泳いでいく。なんて素敵なんだろう。綺麗だな。しばらく呆然と見てた。人って、その人にしかできないことがある。なんだか、すごく感動した。
「夕飯の支度をしてないの。」「じゃあ、あそこの中華行ってみる?」帰りがけに寄った中華。店内はガラガラだったけれど美味しかった。「今日は飲ませて。」ビールとレモンサワーを飲んで、帰りにセブンでポテチとビールを買って帰った。周ちゃんはダイニングテーブルで梅仕事を始めて、私はソファーでビールを飲みながらLINEニュースを開いた。ひさだな。最近は携帯も殆ど触らなくなった。「周ちゃん!広末涼子が不倫だって!知ってる?」「どうでもいいけど、知ってる。」周ちゃんは何度も枕詞のように、「どうでもいい」と言ってた。広末涼子のことが好きだったのかな。それとも、芸能ニュースをバカにしてたのかな。どうでもいいネタをニュースしたっていいじゃんと思った。不倫か。広末涼子は幼馴染の佳代ちゃんと同じ高校で隣の席だったと聞いたことがある。私にとってはそれぐらいの記憶で、同じポケベル世代ってだけ。記事には2度の不倫だと書いてあったけれど、昔、薬物の話もあった気がする。人って変わらないんだろうなと思った。家族がいるのに、そんなに自分の人生が大事なのか。なんだか、昔を思い出すようで少しだけ辛くなった。
今日はもう嫌だ。勉強はしない。

今夜はハヤシ。今日は久しぶりに家でずっとひとりだった。やっぱりひとりの時間が好きだなと思う。周ちゃんは先週から毎日ミュージアムへ出勤できるようになり、そのおかげで私の時間も戻ってきた。「今日は充実してたんだ」と伝えると、「勝算はなに?」と周ちゃん。「うーん、天気かな。」とだけ言い食事を続けた。
今日は本屋でダビンチを読んだそうで「今月のダビンチに書いてあったんだけど、リリさんが最近プールに行き始めたんだって。」と言ってた。「あら、我が家と同じだね!」と笑った。プールに行きたい。一昨日も行ったけど、もう行きたい。こんなにプールにハマるとは思わなかった。周ちゃんも私も春から通い始めたプールにすっかりハマってる。水の中で静かに身体が沈んでいく感じがたまらない。世界からいなくなれるような感じが気持ちがいい。日々には色々があるけれど、プールでは勝手にするすると流れていく感じもいい。夏にリリさんとビールを飲みながらプールの話をしたいなと思った。
夕方に角田さんからメールが入っていた。大事なメールだった。直ぐには返せなくて、大切に読んでから返すことにした。多分、前はもっともっと夢みがちな毎日だった。今はその逆で、現実のことをよく考えてる。ついた傷については、どう痛いのかなとか、してもらった優しさについては、どうしてこんなに嬉しいんだろうとか。
だからって、現実から逃げちゃいけないとも思わない。そうやって今を生きてる友人や、大変な人のことも知ってる。ただ、私は逃げないほうが調子がよかっただけ。角田さんとの新しい制作は、目的があるようでないからいい。一番素敵だなと感じるのは、いつも誰かのことを考えてること。目の前のことをちゃんと見てるんだなって感じる。それに、未来の話をしないのも好きだなと思うことの一つ。
がんばろう。がんばりたい。
朝は少しだけ寝坊した。起きたのは5時半。
勉強とは別に進めてる認知行動療法の独学。これが結構面白い。以前にちょっと嫌なことがあって、勉強の一貫に認知行動療法を使ってセルフケアしてみようと思ったのがきっかけだ。自分が実験台なら失敗しても成功しても、どちらにせよ勉強は出来るし、効果があればラッキーだなって。
勉強前に本を片手に療法を試してみる。なるほど、なるほどね。
ちょっと前から考えていたこと。noteに心理学の勉強の合間にメモしているようなことを書いてみようかなって。だけど、noteはいまいちわからない。以前に別の企画でちょこっと書いたことがあったけど、使い方もよくわからず、どうにもしっくりとこなかった。それに、あれはライターとか文章が上手い人が書いている印象がある。綺麗な文章、私には書けないよな。どうしようかな、。ぼんやりと考えているうちにあっという間に半年くらい経った。
なんでもひとりで解決しようとするのは私の癖だ。やっぱり周ちゃんに相談してみよう。なんだか今日はそう思った。「あのね。」「なに。」「これ美味しいね。」「うん。それで、なに?」「うーんと。」朝食を食べながら、話したいのに言い出せない私。
「ちょっと、note気になってて。心理学のこととか、。」周ちゃんは直ぐに「いいじゃん!」と賛成の声をあげた。それに少し嬉しそうだ。それから、使い方とか、どうやって書いたらいいとかアドバイスを沢山くれた。周ちゃんはフィールドワークの記事をnoteで書いている。
「タイトルどうしよう。」「noteには記事のタイトルはあるけど、それ以外だとマガジンがあるよ。」「あ、違うよ。どういう感じでいこうかなって。フォトグラファーです。なのか、心理学科の大学生です。なのか。中年の女の独学日記とか。」「あーなるほどね。それはプロフィールに書くものだね。」「そうか。じゃあ記事のヘッダーにタイトルみたいの入れたいんだけど。」「”人には言えないこともある。” これを手書きで書くの、どう?なんか変?」「うーんと。ピンクの手書きはゆるくて賛成だけど、この文章だとちょっと暴露とか、悪いことをこれから言いますみたいな感じがしちゃうかな。心理学日記、くらいの気軽さがいいと思うよ。例えば、”心理学を勉強してみて感じたこと” とかね。わかりやすいのがいいよ。」「ぐちゃぐちゃとか?」「うーんと。それはわかりずらいから、だらだらとか。」「むにゃむにゃは?」「いいね!寝言みたいでいいじゃん。よしみいつも寝言言ってるし。それに、独り言っぽくていい。」「あはは。確かに。じゃあ、むにゃむにゃ日記? いや、”今日もむにゃむにゃ考えてる” にしよう。」
日々気になってること、仕事や写真、友達、人間関係とかとか自分に起きたことを心理学的に解決してみたり、考えてみたり。私ひとりで楽しんでやってることが誰かのためになるならいいけど、本当に書けるのだろうか。
“今日もむにゃむにゃ考えてる” ネーミングは最高に気に入ってる。