久しぶりに飲みすぎたせいか、二日酔い。気持ちが悪くてデスクに向かえない。頭がぼーっとするから勉強は出来なし、手を動かすだけの編集作業だって無理だ。リビングのソファーに転がってバリのホテルを探してた。午後は病院。なんとか重い身体を引きずって向かう。
今日は院長先生だった。こんなに大きな病院の先生だから、さぞかし偉そうな方なのだろうと勝手に想像していたけど、どこかの小さな島で小さな病院でのんびりと何十年と診療を続けていそうな、穏やかなおじいちゃん先生だった。「乳がんもちゃんと検査してね。」と言ってた。
帰って少しだけ勉強して夕方から周ちゃんとプール。帰りにずっと気になっていた町中華に入って、タンメンと餃子を頼んだ。狭くもない広くもない店内で夕方のニュースが鳴っている。耳を傾けると富士山が混雑大変だみたいに言っていた。常連さんが次々に店に入ってきて、「いつもの。」とか、「ビール。」みたいに手短にオーダー。私達の注文も頼んでから10分もしないうちにやってきた。ラーメンは驚くほど熱くて、炒めた野菜はくたくたで、麺はぶよぶよに伸びてる。
私も周ちゃんも綺麗にラーメンを平らげて店を出た。「ぶよぶよだったね。」「うん。」私達の会話もそれ以上でもそれ以下でもなかった。それよりも、そこに住みついている空間の温もりみたいなものが味わえたようで思いのほか気分がよかった。たぶん、周ちゃんも私と同じことを感じていたと思う。
今日からまた色々と頑張ろうと予定を立てていたのに、二日酔いでダウン。何やってんだろうと情けなくもなったけれど、感じたり考えたりすることをシャットダウンするっていうのは悪くなかった。夜は早々に寝た。
8月20日
夕方から編集の成田さんとリリさんと東長崎にあるイタリアンで飲んだ。RiCEの東京特集で取材した店だそうで、素敵なお店だった。成田さんの最近の恋の話をつまみにリリさんと私とあれやこれやと勝手なことを言って飲んで食べて、ほどよく酔っ払って、店をすぐ隣にあるMIA MIAにかえて、ドーナツにかぶりつきながら、またワインを飲んだ。リリさんはアマレットが入ったカフェオレを注文。小さな街の日曜日の夜、どこからともなくやってきた若者だとか外人だとかでごった混ぜになった熱気むんむんの店内はのぼせそうだった。私もカフェオレだったなと後悔。
出来るだけ静かな場所を探して逃げ込むようになったのはいつからだろう。成田さんの声が遠くに聞こえたり、見知らぬ男の子と目があったり、全部が懐かしい感じがした。あの人たちは今どこで何をしているんだろう。夜だけしか会わない友達もいたし、名前を知らない友達もいた。今は子供とサザエさんでも見ているんだろうか。バカみたいに真夜中を共にして、泡のように全部消えていった今、かすかな記憶だけが残ってる。どこまで行っても終わりの見えないような長い時間を費やしたはずなのに、死ぬ時には思い出さない気がする。それくらいに少しだけしか残ってない。
リリさんは編集という仕事が自分には合ってないと言ってた。成田さんはこないだ紙面でタイの取材をしてからより一層に海外の仕事を増やしたいと言ってた。二人の対極的な話をそうかそうかって聞いた。自分にいつも正直でまっすぐなリリさんと、どんなことがあってもくじけずに前へ向かおうとする成田さん。それぞれにそれぞれの人生があって、これからはまたそれぞれになっていく。私がもうきっと会わない友人たちも、それぞれにどこかへ向かって行ったように。
久しぶりに会った二人と、久しぶりに飲みすぎたお酒。駅まで迎えに来てくれた周ちゃんは起きて待っていてくれたんだろう。眠そうな顔でハンドルを握る。ああ、変わったんだと思った。私が自分で決めた人生だ。田舎暮らしも、大学生活も。スムーズに感じられないのは、なんだかしっくりこないのは、私が勝手にしたこと。あのまま東京にいたら、ずっと同じでいられたのに。変わるのは孤独で不安で苛々する。
ふたりに会えて良かった。
ゴーヤフリットと車麩の唐揚げ

相変わらず生理はこない。来週に病院の予約を入れたけど、なんだろう。特になんの不調もないし、いたって困ってない。ただ、少し心配なくらい。別にアンハッピーなわけじゃないけど、なんとなく小さな不安が続いている。
こないだ「不安な時は運転したくない。」と周ちゃんに伝えたらけげんな顔をしていた。「だって、教習所でも言ってたよ。すごく苛ついている時とか、興奮状態にある時とかは運転をするのはやめましょうって。」やっぱり、よくわからないって顔をしてた。
周ちゃんの感情はよくわからない時がある。それは、周ちゃんが見せないようにしているからだろう。比べちゃいけないけど、病を患った元夫は感情がとても豊かで鮮やかな人だった。奇妙な色になることもあったけれど、自然の中に生きている生物っていう感じがした。周ちゃんといると、毎日がとても穏やかで腹がたつことがあっても、静かな湖みたいにずっと同じだ。それは、周ちゃんの人との関わり方なんだということも知ってる。周ちゃんの今年の豊富は “自分に素直になること” 。周ちゃんの言う、素直っていうのは自分の声を聞くことって意味だろう。だけど、それをやっぱりしないのにはきっと理由がある。
世界は不思議な場所だ。それが鮮やかすぎて崩壊してしまう人もいるのに、頑なにそのままでいようとする人もいる。
今日、勉強してたこと。知的障害児の病理。21トリソミー、ダウン症は誰もが知っている病理のひとつ。時々、街で見かけることもある。21トリソミーは顔つきが特徴的で、その性格は愛くるしいとされている。原因は染色体の異常。同様に、いつも笑顔で幸福感の高い性格であるアンジェルマン症候群。ウィリアム症候群は、その性格の穏やかさは共にいる人の心を温かくするだけではなく、病理のない人に比べて音楽の能力が非常に長けているという不思議な能力がある。脳の中の感情を感じる所と音楽を感じる所が連動しているらしい。病であることは大変なことだけど、なんて素敵な才能だろうと思った。
性格は遺伝の影響がある。影響もある。とされているけれど、病の元夫は、双極性障害の特徴的な性格をきちんと奏でていた。鮮やかで綺麗に見えることもあれば、その強烈な色に耐えることが出来ない日も多かった。
こんな風に考えるのは昨日、元夫の悪夢を見たからかもしれない。完全に何年もの前のあの日にトリップした。今が完全に無くなっているわけじゃなくて、今の次にあの日々が続いているような感じ。だけどそこに周ちゃんはいない。池尻のマンションに私達はいた。そして、私はいつものように責められていた。あの時の苦しみは言葉に出来ない。そこに近い言葉だとか、気持ちだとか、当てはまるものがいまだに見つけられない。ただ、ゴールのないトンネルにいるような感じであることは確かで、それは永遠に終わらないこと、一度きりの痛みではないことがわかってるのに、全部を吸い込む。吐き出す宛てもないのにと思いながらも、私の苦しみの行方など誰も知ったこっちゃないみたいな顔した時間がのしかかっていく。あの感じは全く変わっていなかった。そうして、目が覚めた。
結局のところ、若い人みたいに、どんな風に生きたって人に迷惑をかけていなければ、幸せで暮らせてればいいじゃんと言えば、そうなのかもしれないとも思う。だから、周ちゃんが素直になりたいと言って素直になろうとしなくても、それで今を生きているのならいい。私の不安だと言う気持ちがわからないのも仕方がない。周ちゃんは見ないようにしていることを、私は見ようとしているだけなのだから。
砂肝とゴーヤの青山椒炒め

午前は料理家の角田さんと国分寺の農家さんの撮影。滝のように汗をかいて、すごく気持ちが良かった。映像を回しながら、スチールのカメラを2台回した。畑での撮影はやっぱりまだ慣れない。どこに何があるのかよくわかってない。同じ野菜だとしても、皿の上と土の上では全然勝手が違うから。いつものように出来ないもどかしさと不安と新しい世界に触れているドキドキ感がごちゃ混ぜになっていく。
撮影を終えて、畑の側にあったカフェで角田さんと昼食をとってから別れた。角田さんと会うと安心する。今日もほっとした。それに、やっぱり人のことは大切にしたいと思った。世の中にはそうじゃない人もいるけど、それはそれ。私は私でいい。とても近い距離でそれがあったとしても、気にしないこと。咎めないこと。物事には色々が多分に含んでいるのだから、ひとりよがりに優劣をつけない。賛同者を求めてもだめ。ただ、そうかと思って、その人の声が耳に触れない場所へと離れていけばいいだけ。私がしたくないことをしっかりとわかっていれば、大丈夫。怖がることはきっとない。角田さんとそんな話をしたわけじゃないけど、今日もそうかと心が満たされて帰路につく。ただただ世界に安心した。
角田さんと別れてから婦人科検診で予約した病院に機材を持ったまま向かった。そして、家に帰るとポストにまゆみちゃんからの手紙が入っていた。勉強を初めてからより一層にまゆみちゃんの手紙がうれしくなった。友だちと会わなくなったからだろう。一人じゃない気がして嬉しくなるし、誰かの人生の話を聞くのは楽しい。7月5日、9日、15日、最後が21日の手紙だった。こないだジュリエちゃんと慎一郎くんがパリに来たよという話も書いてあった。あとは、HUGOさんのこととか、猫を一週間預かっていたけど、控えめに言っても超可愛いとか、色々。
パリでの生活を想像しただけでとても幸せな気持ちになる。少し熱中症気味の熱った身体にママレードソーダを流し込みながら手紙を大切にゆっくりと読み、ぼーっと考えた。クーラーを強くかけた部屋が西陽のオレンジ色でいっぱいになっていく。幸せって一体なんなんだろう。パリでの生活は日本のそれとは明らかに違うように映る。簡単に言えば、国民性や文化の違いなのだろう。東京は沢山遊んでもらったから、私にはもう必要ない。だけど、東京から離れた今も私の人生はまだ少し忙しない。
まゆみちゃんはパリに行く前も好きだったけれど、パリに行ってからもっと好きになった。その生活はその生き方は優しさに満ちている。頑張ることが悪いことじゃないけど、頑張るのが上手じゃない人は頑張らない方がいいのかもしれない。
それから、昼に周ちゃんの妹のみつきさんからLINEが入っていた。私が勧めたアメリカの心理学者の本のことも書いてあった。マインドフルネスは時々やってるとのこと。私を救った心理療法のひとつで、その概念は禅に由来する。最近は少し辛かったらしく、明日は久しぶりにカウンセリングに行くのだそう。小さなこと、ちょっと辛いとか、寝れなかったとか、なんでもいい。こうして時々でも打ち明けてくれることが嬉しい。私達の距離は一万キロ。アメリカと日本。一応親族だけど、遠いいところで生きてきた。だからこそ、話せることもある気がしてる。
サーモン丼

夜に兄からメール。酔っ払ってるのかな。”どうしたの?” って聞くと、昼に姉と2スクロールLINEして、今、母と1スクロールLINEしたのだそう。1とか2スクロールって?って思ったけど、たぶん沢山ってことだろう。とりあえず機嫌が良さそうだった。
だけど、”最近、元気が無い” とのこと。来月からのオーストラリアへの長期出張も嫌だし、体調も悪いし、家族はATMとしか俺を思ってないとブツクサ言っていた。こんな事を言ったらあれだけど、幸せな悩みなもんだと思った。”オーストラリア、いいじゃん。行きたい”と伝えると、”おいで。”って。アボリジニーの千住民のいる近くの街、ダーウィンって所にいくらしい。20年前にオーストラリアへは二度行ったことがある。なんとなくダーウィンは覚えている名前。
それから、最近犬が欲しいのだけど、70万円もするから海老を買ってるのだそう。海老の写真が何枚か送られてきた。かき揚げにしたら美味しそうだなと思った。なんだか兄との会話はよくわからなかったけれど、丁度、そんなタイミングで兄の親友の編集者の栗さんからもインスタのメッセージが入った。
それから、今日はパスポートの更新をした。正確に言うと家のどこかで紛失したから、紛失届と更新。名前は、結婚する前の旧姓のまたその前の1度目の結婚の時の名前。久しぶりにその名前だとか、その本籍を紙に書いて、何度説明しても上手く理解してくれないカウンターの女性に、ここ数年の3つの私の苗字のことを淡々と伝えた。「それで、今は熊谷です。」やっぱり何度も言った。
私の本籍は、府中から池尻になって、次は世田谷で今は渋谷だ。最近、ちょっと思う。子供の頃の私はこんな人生をまったく想像していなかった。結婚して子どもを産んで、。だけど、今は思っていたよりずっと悪くない。
ダルバート

パンケーキ

久しぶりに寝坊した。起きたのは6時過ぎ。昼過ぎまで勉強して午後はプール。夜は柳澤さんのお家へ遊びに行った。うちから車で12分。湖のそばだと聞いていたけど、こんなに近いなんて驚いた。
柳澤さんは周ちゃんのことを「イケメンだ。イケメンだ。」と何度も言ってた。そう、周ちゃんはイケメンだ。絵に描いたようなイケメン。意思のあるしっかりとした眉に、真っ直ぐと見る目。鼻筋は上にすぅっと通り、背も高い。腕や肩にはTシャツの上からでもわかるくらいの丁度いい筋肉がのっている。おまけに肌もツルツルだし、ハゲてもいない。それでいて仕事もできる。出会ったばかりの頃、「女性とは面倒な関係になりたくないので、距離を置いて付き合うようにしてる。」という言葉を聞いたけれど、ああ、モテる人が言うやつ、と思った。
友人、知人に紹介すると、周ちゃんのことを素敵だと皆が口を揃えて言う。だけど、その度にじゃあどうして私だったんだろうと少しだけ胸の辺りがさわっとする。
2人の箸は皿の上でぴたりと止まったまま、民俗学や歴史の話で盛り上がっていた。柳澤さんはとても不思議で素敵なお姉さん。編集者やライターっていう雰囲気じゃない、どちらかと言えば文筆家や漫画家みたい。独特な空気感がある。そして、何だかいつも小さく笑っていて、一緒にいると勝手に空気が和んでいく。ふたりを見ながら柳澤さんが築地で買ってきたというカツオを食べ、ワインをガブガブと飲んだ。遠くで花火が鳴ってる。涼しくて心地のいい部屋。義母のさちこが漬けてくれたというお新香と梅干し。さちこが漬けた胡瓜は義父のけさおが畑で作っているものだそう。美味しくないわけがない。酸っぱい顔をしながら梅干しをつまみワインをまた飲んだ。
私は民俗学も歴史も知らない、だからって他の文化圏にも大して興味がない。恥ずかしくなるほどに色々を知らない。今、流行ってる曲や本や映画だって知らない。私にあるものと言えば、ほとんどが我流で覚えた料理と写真ぐらい。自分のことを蔑むわけじゃないけど、やっぱり周ちゃんが私を選んだ意味がわからない。ひとりポツンとしながら、食事を続けた。末っ子だからか、こう言う時間は嫌いでも好きでもなくて慣れてる。耳だけふたりの場所に参加した。酔っ払う柳澤さんはやっぱり素敵だった。
今夜は飲みすぎたな。周ちゃんはどうして私だったんだろう。自分を嫌うのはもうやめようと決めたけど、少しだけ不甲斐なく感じた。何もない毎日が好きなだけじゃだめなんだろうか。そんなことは誰も言ってないのに、私がそう言ってる。
手巻き寿司

今夜は手巻き寿司。周ちゃんが新しい仕事が決まったからだ。昨年の私なら、「じゃあ、もうここに住んでる意味はないね!」なんて言って、新しい家を探し始めていたかもしれない。だけど、「引っ越す?」とは、どちらの口からも出てこなかった。周ちゃんは秋から通勤ラッシュに乗って仕事へ行く。
ここから離れたくない。今は、ここでの暮らしがとにかく好きだ。この家ともまだまだ一緒にいたい。なんとなくだけど、次に住むとしたら日本じゃなくてアメリカでもいい気がした。なんとなく。
ゴーヤちゃんぷる
「 “ばーか”って大声で叫んだらさ、目の前にいる人がびっくりしてたんだよ。」姉が言った。
春くらいから始めたairbnb。結構順調らしい。客室のために雇った掃除屋が仕事が雑だとクレームが入ったので解雇すると、最近仲良くしてるグアム人がやりたいというのでお願いすると音信不通になり「やめる。」とのメールが入ったのだそう。「彼女、すごくやる気だったから、掃除機とか掃除道具も買い揃えたんだよ。掃除屋にお願いしたら買わないで済んだのに。」そのグアム人とやらは、最近L.Aに引っ越してきたらしく、学校の仕事で出会って仲良くなった。だけど、生活に困っていたみたいで、まだ友達もいないみたいだったしと、気にかけていたのだとか。誰かれ構わず困ってる人を見つけると捨て猫を拾ってくるみたいに放って置けない姉は姉らしくて私はその性格が好きだけど、本人曰く、そんな自分が嫌になるのだそう。
「だけどさ、怒っても仕方ないし。彼女にはOKとしか言ってない。けど、余りにも腹立たしくなって、道路で叫んだらさ、超気持ちよかった。見知らぬ人に。けどさ、おかしくなっちゃって、なんか笑っちゃったよ。」2人で電話越しに大笑いした。
「あっちゃん。叫ぶのはいいけど、人以外にして。海とか木とか草とか。」「海は好きだからいや。」「じゃあ、木と草でいいよ。お願いだよ。」
姉とは最近ちょくちょく電話してる。今日も周ちゃんが朝いなかったから。私と同じ時間に起きた周ちゃん。「早く起きたんだし、もう行っちゃたら?」少し急かしてみると「そうだね!」と嬉しそうに出かけて行った。時間は5時前で少し暗かった。私はそのままいつも通り勉強。それから、1時間後くらいに梃子の散歩をしながら姉と電話した。周ちゃんには言わないけど、家が私だけのものになる時間が好きだ。時々勘違いされるけれど、夫に飽きていたり、夫を無下に扱ってるわけじゃない。周ちゃんのことは大好きだし、今でも付き合いたての恋人とまでは行かなくても、恋人じゃんって思うくらいに愛し合っている。私の人生の中で愛した人は沢山いるけれど、周ちゃんが誰よりも一番好きだ。
だけど、こうして周ちゃんがいない部屋は、がらんとしていて静かで音楽が色みたいに聞こえてくる。窓からの光がいつもよりも光って見えるし、窓辺に飾った花の傾きがいい感じだとか、梃子のちょっと仕草だってカメラを構えたくなる。どういうわけか、ひとりになると世界が美しく見える。正確にいうならきっと、誰かいると色々な感覚はシャットダウンされてしまうのかも知れない。
それに姉との電話も周ちゃんがいる時はあまりしない。だから、今日はちょっと特別。8時過ぎには電話を切って勉強を始めた。それに、姉はこれから寿司を食べるのだそう。
トマトとモッツアレラの冷静パスタ

朝、久しぶりに角田さんからメールがきていた。
こないだ角田さんのインスタで夜中に電車の中で倒れている女性を助ける為に担ごうとしたという話が書いてあった。窓の外は果てしなく夜が続いて、散らばって座っている人たちがいる。疲れて半分寝てるサラリーマンや酔っ払ってる若い男性、ずっと携帯を触っている女性もずっと俯いたまま。とことこ、と角田さんが歩いてきて女性のもとに静かに座り、そっと声をかけ、担ごうとする姿が簡単に想像できた。なんだろう、角田さんはやっぱり角田さんなのだ。まるで物語のような話だけど、そういうことを角田さんはこの現実でやってしまう。インスタの中では結局、側にいた若い男性が担いでくれたと書いてあったけれど、角田さんらしくて小さく笑った。そして、安堵した。
私は別に世界を恐れてるわけじゃないし、正常にいつも通り今を楽しんでる。勉強ばっかりしてるものだから、遊べない友達に会えないとぐずぐず子供のように寂しがったりはしているけど、いたって楽しく生きてる。だけど、やっぱり時々、不安になることもある。だから、こういう時は素直にほっとする。世界って優しかったんだよなって。
前に友達のルイちゃんがすごくいい事を言ってた。今でもはっきりと覚えてる。「この世に悪い人なんていないからね。」あれがいつだったのか覚えてないけど、確か電車の中だった。今の私は心理学みたいな勉強を始めてしまったものだから、病気のせいで誰かを傷つけてしまう人がこの世に存在することは確かだということを知ってしまった。だけど、赤ん坊の時から悪魔になろうなんて考えてる人はいないはず。そんな事はわかっていても、やっぱり時々誰かに傷つけられることがあると、世界が怖くなるときがある。相手がそれを意図しているかどうかへ別として。
だから、そういう日のためにも、角田さんみたいな人が側にいると思うだけで、なんだかほっとする。メールには新しい本の話も書いてあった。こないだ単行本の撮影が終わったばかりなのに、もう次の話だなんてすごいなと思った。だけど、なんだろう。私もうずうずし始めてる。少しだけ写真に離れたことが良かったのかな。それとも、限りなく制御して写真をやっていたことが良かったのかな。今週、来週のスクーリングや試験が終わったら、ちゃんとしっかりとまた作品を作りたいな、なんて思い始めた。長い時間をかけて、しっかりと作品を作りたい。
昨晩に試験の結果が届いた。大学の勉強の中で一番、難関だろうと踏んでいた3教科の全てがほぼ受かった。中々受からないらしいという前情報があったから、普通の人たちが2、3回落ちるのであれば、私は3回は落ちるだろうと覚悟して挑んだけど、受かっていた。拍子抜けというか、春から数ヶ月かけてしっかり勉強したけど、やればやるほどに難しくて正直まだまだ不十分な気もしていた。とはいえ、受かった。けど、大学が卒業できたわけではないし、沢山の科目が残っていて正直先は長い。とりあえず少しだけご褒美だと思って周ちゃんに帰りにワインを買ってきてもらった。そして、案の定飲みすぎた。
私ってほんとバカなんだよね。
冷やしそばと白ナスのステーキ

あっという間に8月。明日はスクーリングで来週の試験まで秒読みとなった。ぼーっとしてるわけじゃないけど、8月もあっという間に終わってしまいそう。庭の野菜が一気に枯れて、窓辺にあるゴーヤが一気に実った。茄子もトマトもシシトウもどういうわけかバジルまで枯れた。だけど、ミモザの木はどんどん大きくなるし、ゴーヤカーテンもジャングルのよう。この一ヶ月の精神疾患の勉強で、呪文のような薬の名前もうっすらとは知っていたような病名のことも、着々と頭のあちこちに落ち着きはじめている。
それに、相変わらず寂しい病は続いている。だから、最近は毎朝、姉におはよう。とメールすることにした。また前のように毎日ピアノの即効曲を送ってくれたらいいのにと思うけれど、半年前にお願いしてから全く届く気配はない。コロラドに帰ったみつきさんとはメールしてるけど、時々。パリのまゆみちゃんとも文通以外で少しだけLINEするようになった。だけど、それも時々。
昼はゲリラ豪雨で、昨晩は雷がすごかった。嵐の前の静けさじゃないけど、なんだろう。淡々と毎日が連なってやってくる。
トマトベーグル

桃

試験は来週と再来週に一つ。それで一旦落ち着くはず。ようやく。先週はいきなり海に行ってしまったけど、もうずーっと日記もきちんと書けてない。来週の試験が少し楽だといきなりXになったツィッターで同じ大学の学生が呟いてるのを見て、書きかけの日記を一気に更新した。
請求書も書かなきゃだし、作りかけのデータも、編集も、全部終わらせたい。今月は色々なことを思った。少しだけ書き始めた日記はいくつか捨てたけど、過去の少しだけ書いてやめた日記を読んで、ああ、そうだったんだとも思い出した。編集の野村さんが副編集長になったと聞いた。りゅうちぇるが亡くなった。あと、元夫の知り合いから電話があった。それからの数日は少しだけ怖くて、今やってる教科のせいもある。じんわりと辛い日々が続いた。
3年前の7月のいつか。三茶の駅から茶沢通りを歩いてすぐのところにある心療内科、「それで、旦那さんのことじゃなくて、あなたは死にたいと思うことはありますか?」先生が言った。あの日がどれくらい暑かったかは全く覚えてない。けど、病院の壁の色がグレーだったとか、廊下が暗くて夕方がいつまでも終わらない時間だったことは今でもしっかりと覚えてる。私、死にたいなんて思ってない。先生のその言葉に皮膚の奥がきゅっとしまるような感覚になった。
「旦那さんを救いたいのはわかるけど、旦那さんを救おうとして、あなたまで一緒に溺れますよ。」先週に行った別の病院でも同じことを言われた。それに、世田谷区からは何度も着信があって、ずっと無視していた。昔の友達が、お酒の事や暴れる事は区に相談するといいよとメールをくれたからだった。電話した時は担当者がいなかったからだろう、かけ直してくれていた。何度も。無視しても何度も。
私は、溺れかけているらしい私を救うのか、溺れているのに助けを求めない夫をこれからも救わなきゃいけないのか。どっちが正解なのかわからなかった。日記を書いてないから覚えてないけど、病気のことを教科書で読むのは全身が疼くようで辛かった。過去が勝手に溢れてくるみたいだったけれど、無視をして勉強を続けた。
明日は7月の最後らしい。先月の試験は合格したと連絡が入り一安心したけど、梅雨が終わったとも聞いたけど、なんだかどこかに私を忘れてしまったような感じがしてる。
だから、こないだはきっと無理矢理にでも海へ行って良かったんだと思う。来週も試験が終わった翌日に海へ行こうと話してる。海ではしゃぐ周ちゃんの顔が忘れられない。あんな笑顔の周ちゃん、私は知らなかった。もっともっとバカになったらいいのにと思う。周ちゃんは真面目だから、そんなに簡単にはなれないのだろう。だから、私みたいなのがお手本になったらいい気もした。特別に欲しいものもないし、えらくなりたいなんて願望もない。バカになるのに私は適任だ。
西瓜

ぐうの音もでないや。
「調子に乗ってんじゃないよ〜。」笑いながら姉が言った。その次の瞬間ふたりで大笑いした。私のちいさな書斎に姉と私の笑い声が鳴り響く。外は今日もひどい暑さだ。
L.Aは夜の21時過ぎ。マルコが今友達の家のプールで遊んでいるらしく、これから迎えに行くと言っていた。
「勉強を始めて、遊べないし、前みたいに稼げない、好きな服を買えない、友達に会えない。朝から晩まで勉強してて、とにかく時間がなくて。本当にこんな生活してていいのかな。」私が姉に愚痴ったこと。姉は「よっちゃんさ、なんで勉強してんの〜?」と言い「え、。したいから。」と私は直ぐに返した。
あ、。いつしか勉強出来ることが当たり前だと思ってた私って、本当に馬鹿。勉強が出来る環境があること、例えば、経済的に、環境的に、健康的にもそう。「まぁ、わからなくなっちゃうよね。何かに夢中になってると。わかるよ。けどさ、有り難いことなんだよ。」
幸せみたいなもの、夕陽が部屋に差し込む時間とか、少しづつ大きくなるサボテンも、大皿に盛った料理だってそう。ある日突然に全てが失くなることを私は知ってる。永遠に誓った筈の言葉も、簡単に消えてなくなる。
今があまりに今みたいな顔をするから、どうゆうわけか調子に乗ってしまう。ずっとこの幸せが続くような気になって、なぜかワガママ言いたくなってくる。
姉に電話して良かった。勉強、頑張ろう。
7月24日

昨日、母に貰った花。実家に帰ったら母と父が新婚旅行で行った時のハワイの写真を思い出した。何でだろう。何でかな。
7月25日
昼過ぎから腰痛が始まった。痛い、やばいな。周ちゃんに熱が少し上がってきたこと、腰痛が辛いことを伝えると、「今日はやめておこう。」だった。夕方に渋谷植物園のリニューアルのプレスリリースに行く予定がある。けど、。せっかくだしな。周ちゃんもその為に在宅にしてくれたのに。「車で駅まで行ってもいい?」「もちろん。けど、無理しない方がいいよ。」
腰痛は軽くなるどころか時間と共に悪化していった。やばいな。途中、騙し騙し、youtubeで勉強しながら何とか気を紛らわして渋谷へ到着。人でごった返した駅。どんどん開発されていく渋谷だけど、昔も今も、いつまでも完成しない中途半端な感じがむしろ渋谷らしくて好きだなと思った。やっぱり、ここは落ち着く。
こないだライターの柳沢さんが、田舎暮らしが好きだけど、今でも東京に帰りたいと思うことがある。と言ってたのを思い出した。二十歳ごろからここで遊んできた。隣の駅に住んでいた時は歩いて帰ることもよくあった。それは1度目の結婚の時。その10年くらい前、中目黒に住んでいる時はよく自転車でここを走っていた。青と緑を足して割ったような色のお気に入りのビアンキに乗って。
ほっと全身の力が抜けてゆく。植物園まで歩く道のりは誰か友達に会えそうな気がしたし、通り一つだって色々な思い出がある。その昔は黄色のビーチクルーザーに乗っていた。その時はこの通りの先の恵比寿に行く手前の自転車屋で一目惚れして買った。まだ大学生でお金がなかったから、割と安いビーチクルーザーは手が出しやすかったし、少しだけカスタムした。
到着すると編集の浅井さんが迎えてくれた。今日来たのは、浅井さんに誘われたからっていうのが1番の理由だけど、今住んでる場所で土地のことを知りたいと料理家の角田さんと活動を始めたこともある。ここの館長に就任されたアーバンファーマーズの小倉さんに会ったのは、ワールドの仕事で何年も前のこと。あの時はラフォーレの前のビルの屋上でポートレートを撮らせて頂いた。暑い夏の日で前日に畑で熱中症になったと辛そうにしていたのを覚えている。その小倉さんといつも仲良くさせて頂いてる浅井さんが知り合いだなんて、世の中とは面白いもの。
浅井さんが丁寧に隅々まで新しい植物園のことを紹介してくれた。バナナとマンゴーの電磁波から作ったというアンビエントな音楽が流れている瞑想ルーム的な部屋も面白かったし、屋上はお茶の木とビールのホップを育て始めたというのも、嬉しそうに話すその感じが、すごくよかった。私は場所は人だと思ってる。そこで楽しんでる人たちがいるからこそ、その場所へ会いに行きたくなる。だって、渋谷がまさに私にとってそうゆう街だったから。
それからLFCコンポストの代表のたいらさんっていう女性を紹介して頂いた。もちろん、あのバッグ型のコンポストはもうずーっと何年も前から知ってる。コンポストを始めようと思った時に一番初めに気になった商品でもある。最近、我が家では夏で微生物が活性化していることも手伝ってコンポストブームが来てる。生ゴミがどんどん土に返っていく様子は見ていて楽しいし、そこで捨てた野菜から新たに芽がニョキニョキと育っていくのも楽しい。たいらさんには我が家のコンポスト事情の話を少し聞いてもらってアドバイスを頂いた。正直、お会いできて無茶苦茶嬉しかった。想像していたような感じの方ではなくて、ずっとずっと素敵で素朴な女性だった。
コンポストは環境問題のことで3年前に東京のマンションのベランダで始めたけど、今は違う。コンポストの中で循環する世界を目の当たりにできることが楽しいとか、それは生ゴミを処理してくれて、豊かな土を作ってくれて、なんなら新しい野菜の芽まで育ててくれる。環境のためというよりも、今はご褒美と言った方がしっくりくる。ただ、楽しいからやってる。結果、誰かのためにもなってる。たいらさんと話をしていて、大事な事をちゃんと思い出せた気がした。それに、そもそも、環境のためにという理由だけでは中々楽しめないっていうのもある。マスト的な考え方はどうしてか辛くなってしまうから。
結局帰宅したのは20時。もう腰痛は悲鳴を通り過ぎて感覚が半分麻痺してる。あまりの痛みに空腹までもが奪われてしまうくらいに。帰宅してもしばらくは床に転がっていた。しばらくしてからシャワーを浴びた。周ちゃんはせっせと洗濯を取り込んでくれたり、梃子にご飯をあげたりといろいろをやってくれてる。夕飯は周ちゃんが造った天ぷら饂飩。天麩羅は帰りに駅前で買ったもの。生姜をたっぷりすって食べた。食事を済ませて布団へ寝っ転がった。ああ、辛い。どうしたらこんなに痛いんだろうってくらいに痛い。
天井を見ても壁を見ても痛い。携帯を見たって痛いし、”腰痛、緩和” のキーワードでgoogle検索し続けるだけだ。しばらく痛みに打ちしがれながらぼんやりと考えた。外で見る周ちゃん、かっこよかったな。何度かエレベーターや駅で私ぐらいの中年女が何度か周ちゃんを見ているのを見た。「私の夫よ。」なんてことは思わない。周ちゃんは私の物じゃないし、今はたまたま私と一緒にいるだけ。そうじゃない。彼女たちに、わかるよ〜と共感したかった。だって電車で口開けて寝ているのを見ても、なんてまぬけな顔をしているんだろうと放って置いたくらいだもの。周ちゃんは周ちゃんであって、私は私。同じ姓を名乗ってるけれど、他人であり、どこまでいっても自分ではない誰かだ。
家を出ると、周ちゃんはよりいっそうに他人になって、何だかいいなと思った。家にいる周ちゃんも好きだけど、外にいる周ちゃんも結構いい。外にいる周ちゃんが服を着た周ちゃんで家にいる周ちゃんは裸って感じだ。見えない部分があるというのはとってもいい。ひとり勝手に想像してニンマリした。
7月23日
千葉から帰宅するとまゆみちゃんから手紙が届いていた。勉強のこと生活のこと、ヨーロッパのどこかの海へ行った話、そこで水がきらきらしていて綺麗だったとか、HUGOにこんな話をしたら、こう言ってたんだよ。とか、日々のことが少しずつ丁寧に書いてあった。何だろう、特別になにってわけじゃないし、小さな日々の話なのだけど、胸がじわじわと温かくなっていく。
もし、私達が文通していなかったら、まゆみちゃんの毎日のことはきっと知れないだろう。インスタの写真は、きっとパリの素敵な街並みや美味しいご飯のことは教えてくれるかも知れない、旅先の綺麗な景色だとか、猫の可愛い姿なんかもきっと見れるだろう。だけど、そうじゃないこと。誰にも言わなくてもいいけど、自分にとっては大事だったり、少しだけ特別なこと。たぶん、思い立って切った前髪ぐらい誰も気づかないようなもの。
海から帰ってきて、海の手紙を読むのはなんだかとてもいい気分だった。今すぐにでもまた海に行きたい。夕飯は母が作ったしらすと焼き鮭の丼。帰りに母が作った色々をどっさりと持たされた。お稲荷さん、春雨サラダ、魚介のアヒージョ、アスパラの肉巻き、サーモンと海老のヨーグルトサラダ、ワカメと胡瓜の酢の物、後は昼に揚げたのだろう天麩羅。
海から帰ってきて、海の手紙を読み、母のご飯を食べる。こんな幸せなことはない。
7月16日
今日は4時半に起きた。最近はずっと2時おきが続いていたけど、今日はしばらく布団に転がっていた。9時から試験がある。いつもみたいに夜中から勉強したら試験中にダウンしてしまいそうだ。
起きて少し勉強。梃子の散歩。姉からママが入院するよとLINEが入っていた。直ぐに母に電話をすると「おはよ〜今ね、蓮の花があって、すごく綺麗なのよ。」「蓮?出張なの?」「写真送るから。」電話がプツリと切れた。入院はただの検査入院らしく、直ぐに姉に電話をいれた。日本は朝の6時、L.Aは午後すぎかな。
姉と少しだけ話してテストだからと電話を切った。「よっちゃん、うまく出来るようになったね。」最後に姉が言った言葉が嬉しかった。少しまえに、なんだかなぁってことがあった。だけど、嫌な顔を1つせずにあしらい、離れた。その一連の流れを褒めてくれた。写真の事となると、きっとムキになりすぎるところがある。最近ようやくそんな事も気づけたのだろう。
試験はめちゃくちゃ勉強したけど、結果はどうだろう。心理統計法は高校でもやらなかったぐらいに数学を勉強した。もう一課目はどうだろう。論述式かと思って概念ばかりを自分の言葉で書きまとめていたけど、心理検査とか穴埋め問題だけだった。専門書を7冊くらい揃えて読み漁ったのに、教科書からの出題のみ。がっかりというか、なんだろう。私の時間返してって思った。
試験を終えて、原宿へ向かった。夜は後藤さんとミオちゃんと広尾でメキシカンを食べた。試験が終わって大好きな2人とディナー。ミオちゃんは少し酔っ払って「なんでパリこないの?」と何度も言ってた。前の私なら考える暇もなくチケット取ってたと思う。だけど、今はちがうみたい。もっと2人と飲みたかったな。
朝食

明日は試験で今日はスクーリング。
ピーナッツバター

みつきさんを駅まで送って、そのまま周ちゃんとプールへ行った。昨日、今日と3時から勉強してる。ちょっと睡眠不足ぎみだ。リフレッシュのつもりで行ったプールだったけれど、思いの外泳いで、酸欠で頭がズキズキしてる。帰宅して横になると、気付いたら夜だった。
なんだかすごく疲れてる。駅でハグしたみつきさんは、思ったよりも小さかった。さっきバイバイしたばかりだけど、みつきさんにまた会いたい。
砂肝と長芋のアヒージョ

ピーナッツバター

GWに行った千葉で買ってきた落花生。周ちゃんにピーナッツバターにしようか。と言ったら、週末にせっせと作ってくれた。私はといえば、ずっと勉強してる。
7月8日

周ちゃんの妹のみつきさんが昨日から泊まってる。コロラドからトランジットでオアフを経由してきたらしく、「せっかくだから、少しだけ海に入ってきました。」と言っていた。丁度、うちの姉もバカンスしにオアフにいたみたいで、二人でLINEでやりとりをしていたのだそう。知らなかったけれど、姉はみつきさんと仲がいい。姉からみつきさんの話を聞き、みつきさんから姉の話を聞く。最近yogaを始めたのは、姉に自分のことを大切にしなさいと言われたからだとみつきさんに聞いて良かったと思った。私の姉と義理の妹。そういう仲があってもきっといい。なんだかとても素敵に見えた。
朝食はパンをきらしていたので昨晩のトウモロコシご飯と、春に作った麦味噌の味噌汁、残りもののおかず、納豆。それからメロンやグレープフルーツを切って並べた。日本らしい朝食が久しぶりだったからなのか、美味しい美味しいって嬉しそうに食べていた。
食後になんとなく他愛もない事を話し始めたはずが、二人して目を真っ赤にしていた。周ちゃんはさっきまでキッチンにいたのに、いつのまにか2階に上がったようだった。みつきさんに初めて出会ったのは昨年の6月。あの時も姉とみつきさんは泣いてた。みつきさんは私と同じような時期に離婚して、子供が3人いる。
「お姉さんは大学の勉強、カウンセラーになりたいんですか?」みつきさんの日本語は少し変だ。周ちゃんは気付く度にその間違いを指摘するけど、変な日本語には慣れてる。姉にしろ、ヘレナにしろ、ちょっと変な日本語は日常的だから。だけど、その独特な話し方は心地がいい。日本人同士でも相手が何を伝えてるのか本当に全てをわかっているとは思わないし、わかってるでしょ。わかってますよ。みたいな感じが、時々疲れる。だから、一層のこと半分くらいわかってるよ。それぐらいがいい。後は優しさみたいなものでカバーすれば、もっとコミュニケーションはスムーズになるんじゃないか。自分の心のことすらしっかりとわからないのだから、ことこまかな了解より、その色さえ感じられたら十分なはず。
みつきさんは今でもカウンセリングに通っていて、認知行動療法で治療を続けている。心の葛藤のことや、過去の事も。少しだけ話を聞かせてくれた。私はカウンセラーになりたいと思ってるわけじゃないこと、心理学が勉強したいから勉強していることを話した。
「どれくらい病院とか、どれくらいかかりましたか?」みつきさんが私に聞いた。みつきさんは数回、同じ質問をしてきたけどそれはきっと私の返事がよくわからなかったからだろう。私もわからなかった。途中までは覚えてる。だけど、その先の記憶がハサミでチョキンと切ったみたいに途切れてるみたいにわからなかった。
「なんか、酷いこととか、、忘れてるみたい。」「わかります。」同じじゃないけど、みつきさんの夫も心の病気だった。私達はきっと共に沢山話したい事があったと思う。だけど、うまく話せいまま時間だけが過ぎていく。本当はもっと助けになれるようなことを話したかった。だけど、なんでだろう。記憶が何も言ってくれなくて悔しかった。
昼過ぎに車で駅まで送り、別れ際にハグをした。これから秋田に向かうんだそう。小さくて華奢で、周ちゃんと同じ綺麗な目をしていた。
夕飯

毎日のもの、例えばオムレツの形だとか、そんなことがあまりに愛おしく思えた日だった。
生理が近いのかな、今日は珍しく車に乗るのが怖いと思った。こういう日はなんでも怖い。胸のあたりがざわざわする。「やっぱり電車で行こうかな。」「もう免許とってから、半年乗ってるのだし、技術的に言えば何も問題ないよ。だけど、怖いと思うなら電車で行ってもいいんじゃない?」周ちゃんが言った。免許取り立ての頃は不安に思う日があったけれど、今日みたいな気持ちは久しぶりだ。
どうしよう。迷っているうちに時間だけは勝手にすぎていった。もう出る時間だ。急いで機材を積んで出発した。いつからそれが消えたのかはわからないけれど、車を走らせて10分も経たないうちに今朝いきなりやってきた恐怖はどこかへ去り、いつものように走っていた。畑には少し早く着いた。今日は映像の撮影。
映像を撮り始めたのは2年前。その時の映像を見た角田さんが声をかけてくれた。角田さんは、時々、驚くようなことを言う。知らない時間のことを知っているかのように話しだす。今日もまたそんなことを言ってた。
午後はキッチンでの撮影。和彦さんがいつものように角田さんのお手伝いをしてる。髪がさっぱりしていて夏らしかった。ふたりは時々、喧嘩してるのかな?って思うことがある。かと思えば、楽しそうにふざけあって話していたりする。まだ出会って半年くらいしか経ってないけど、たぶん喧嘩はしてない。じゃれてる。そんなことも少しづつわかってきた。
和彦さんがオムレツを焼いて、角田さんが、あ、いつものねって顔をした。「真帆ちゃん、あぶないよ。」和彦さんが角田さんのことを真帆ちゃんって呼ぶ音がどういうわけか、すごくすきだ。何度か和彦さんが角田さんに言った。角田さんのトウモロコシの切り方を心配してる。
「オムレツ、この形は綺麗じゃないけど、こうゆう綺麗じゃない方が美味しかったりしますよね。」真ん中でぱっかりと割ったオムレツ。私には潔く黄色だけのオムレツは綺麗に見えた。
和彦さんは途中で歯医者に出かけて角田さんとは陽がくれる前まで話した。帰りに渡したいものがあると言い、アロマのスプレーをくれた。
生活がすきだ。本当にだいすきだ。そこだけに存在する会話、風に揺れる洗濯もの、割れたオムレツ、夕方の音が部屋に入ってきて、キッチンは薄暗くなっていく。
綺麗じゃない方が美味しかったりする。その言葉が染み渡るようにわかる。だけど、私にはそれがあまりにも愛おしくて仕方がなかったりもして、ただ嬉しかった。綺麗だった。写真は撮ってない。撮れば良かったと後悔する気持が半分。残りは無理に撮るよりもここにしまっておきたいという気持が半分。
最近、写真からは離れてる。だけど、より近づいてるような気もする。
7月3日
腰深く座り、足は裸足で投げ出して座ってる。空いた皿はカレー皿かな、となりにはサラダが入っていただろう器がある。汗のかいたグラスはきっとアイスティーだ。片手には本。ただ、だらしなく思うままに読書にふけていた。
駅の上にある本屋の隣接したカフェで遅い昼食をすませていた中年の女性を見て思った。人生、そんなに頑張らなくたっていいのかもしれない。私もあんな風に全部を投げだしたい。彼女は主婦かな。仕事を休んでいるのかやめたのか、フリーランスなのか、子供はいなそうな感じだ。さっき本屋で立ち読みした益田ミリさんの本を思い出した。まるで本から出てきたみたいな女性だった。
朝一番で行った病院。正直、面倒だった。実際のところ、本当に妊娠したいかもわからない。昨年に流産した時はまた妊娠してみたい、なんて思ったけれど、今の生活を失ってまで本当にしたいのだろうか。今、私が一番に望んでいることはテストに受かることだ。あとはエーゲ海で青をたくさんみたい。青い空、青い海。目に写る世界を青でいっぱいにしたい。
「卵がないのよ。昨年の流産がやっぱり悪かったかな。」耳がタコになるくらい聞いた。とはいえ、まだ数回しか病院には行ってない。だけど、もうその先生の声のトーンに嫌気がさしてる。だけど、周ちゃんにはまだ言ってない。先生のその重い声を聞く度に、「別に大丈夫ですよ。」と喉まで言葉が出てきてやめる。だって、私、別に今のままで十分に幸せなんだけどって。年齢的に卵が少ないことくらいわかるよ。私は羽が生えてないのに空を飛びたいなんて思わない、いたって現実的な性格だから。
朝一番で病院に行ったけど、「診察は午後からです。」冷たくあしらわれて病院を出た。一度家に帰るのも面倒だしと駅前で時間を潰したのが悪かった。好きで始めた勉強も思いの外、不安になることが多い。先週くらいに周ちゃんに聞いた。「勉強、苦しいけど楽しい。こんな勉強ばっかりしてる奥さんでいいのかな。」「人生の夏休みって思ったらいいんじゃない?俺はすごくいいと思う。贅沢な時間だよ。」と周ちゃん。贅沢か。あまり私にはハマらない言葉かもしれない。
ビジネス乗ってハワイ行くとか、ミコノス島でバカンスするとか、そういうのが私の贅沢だ。もしくは、明日地球が吹っ飛ぶんですけど、新宿の伊勢丹でなんでも買ってきてくださいって言われるとか。けど、今の私には伊勢丹に欲しいものはあまりない。帽子好きの母に夏の麦わら帽子を贈ってあげたいくらいかな。
周ちゃんには感謝しかないし、今の私の人生は苦しいとは言っても、私の知ってる苦しみからしたら、遊びみたいなもんだ。だけど、駅前の女性が素敵で羨ましく思った。私、勉強したくて焦ってばかりいる。今の時間でさえ、ここにいないみたいに焦ってる。
頑張りたいとか、手に入れたいものがあるとか、向かいたい場所があるとか、そういうのもいいけど、そうじゃなくてもいい。何かに呪われたように、息をするように勉強ばかりして、一人勝手に苦しんでる毎日を少しだけ投げだしたくなった。今年こそ新婚旅行に行こうと周ちゃんと話してる。勉強が忙しくて行けない気もしたけど、行ってもいい気もした。別にすぐに死ぬつもりはないから新婚旅行なんていつでもいいじゃんとも思う。だけど、私も平日の昼間にダラダラと本屋の前のカフェで本を読むような女になりたいとも思う。
もうここまできたのなら、周ちゃんの言うように贅沢とまでは行かなくとも、これは楽しむ時間なんだ。大学生活は社会からドロップアウトしてるようで後ろめたさもあったけれど、仕事をやめたわけじゃない。何かや誰かにならなくたっていい。
益田ミリさんの新刊を買った。新婚旅行はやっぱりエーゲ海がいい。試験は全部合格したい。
野菜とスペアリブの塩煮込み

朝、角田さんから電話がかかってきた。明日の映像の撮影の事。本当は昨晩にメールするはずが、結局朝になってしまった。夜にやろうと思っても疲れて寝てしまう。そんな日が続いてる。そんなこんなで早朝に送ったメールのことだった。
「それで、角田くんが “まほちゃんは素直すぎるからだ “って言ってたんですよ。」電話の向こうで笑いながら角田さんが言った。
角田さんとはよく料理の話をしてる。だけど、角田さんはいつも「私は料理には興味ない。」って言う。仲の良い料理家さんで、料理はそんなに興味がないっていう料理家さんがいる。先生から料理の話は殆ど聞かない。大体はインスタのフォロアーを増やすことに夢中だし、「最近、こんなの見つけたの〜。」と無邪気に携帯の画面を見せてくれる。ある日にどうしてだろう、と疑問に思ったことがあったけれど、私がただ料理が好きだってことなだけなのかもしれないと角田さんと話していて気づいた。
料理は好きな人もいればそうじゃない人もいて、仕事のために作る人もいれば、お金のために、生きるために、健康のため、家族や恋人のために作っている人もいる。それが料理ってものでいい。そこに愛があるかないかなんてのは、そもそも私が決める話じゃない。それに、それは私の物差しでしかない。
色々と話して電話を切った。やっぱり私は料理が好きだなと思った。和彦さんが角田さんに言った言葉。わかる気がした。私も角田さんは素直だと思う。本人は相変わらず料理が好きじゃないと言うけど、多分それはきっと、もう料理なんて越えてるところの話なんだろう。よく農家さんの話をしてくれるけど、先日は仲の良い農家さんが家族に作るお弁当が気になってると言ってた。それは、きっと、野菜がどうって話だけじゃなくて、その農家さんという人が生きる暮らしの中にある料理を見たいんじゃないかかなと思った。家族、畑、その農家さんが生活する暮らしの中で誰かに作るご飯のことを。
夕飯はスペアリブと野菜の塩煮込みを作った。早い夕飯をすませてから20時頃にプールへ行き、帰ってから少しだけお酒を飲んだ。本当は勉強がしたかったけれど、珍しく周ちゃんが落ち込んでいたから、勉強はやめて付き合うことにした。落ち込んでる理由は薄々気づいていたけど聞かなかった。周ちゃんはお酒が飲めないからすぐに顔を赤くして布団に転がっていた。可愛い男。私は久しぶりに夜遅くにお酒を飲んだから楽しくて飲みすぎた。
7月2日

3時過ぎに起きて勉強して、オンラインで試験。それから、いつもよりゆっくり散歩に出かけて、庭の草いじり。夕方に梃子を美容院に連れて行き、合間に長崎ちゃんぽんを食べにいくことにした。
「あー麦酒のみたい。」「飲んだら?車、オレ運転するよ。」時間は17時前。こんな時間に麦酒だなんて、最高すぎる。「じゃあ、飲む!」
帰宅して風呂に入って8時前には寝てた。すごく疲れた。試験のあとの焼失感、初めての時は魂が抜き取られたみたいになったけど、それも段々と慣れてきた。それに、そうゆうものすべてひっくるめて最近の毎日が結構好きだ。この街もこの家も暮らしもちょっと苦しい勉強も。単調だけど、小さい日々を積み重ねてると感じる。
春に植えたトマトや茄子はあっという間に私の背丈くらいに延びて、次々と実をつけてる。
トマトトースト

今日から7月。あっという間に今年も半分が終わった。今日は明日の試験のため、ずっと勉強してる。外は雨が降ったりやんだりして、夕方にはまた晴れた。周ちゃんは今週も家。明日は外出すると言ってた。それは、私が内省を大事にしたいと言ったからだそう。
先週にアメリカで開発されたギャラップ社のストレングス・ファインダーという適性検査を受けた。簡易バージョンのものだったけれど、思ったよりも面白かった。性格診断テストみたいなもので、最近、臨床心理の授業で心理検査を勉強し始めてからというもの心理検査という分野に少し興味を持ってる。面白そうだから周ちゃんもどう?と誘って一緒に受けてみたけど、周ちゃんは周ちゃんらしい回答で、私は確かにそうかも、。という診断だった。
私を代表する資質は、責任感、戦略性、内省。内省は哲学のように一人でじっくりと考えること、例えば日記を書いたり、ものを作ったり、部屋にこもって自分と向き合うことで活かされる素質を持つ人。作家、芸術家などにも多い素質らしく、それをすることで自分らしくいれる性格。
「内省の人がひとり部屋にこもっても、それは誰かが嫌だとか気分が悪いからじゃなくて、内省の人はひとりでいる時間が大切だからなんだって。だから、側にいる人はそうゆう時間なんだって理解してあげるといいみたい!」すごく気分が良かった。ずっとこの言葉を探していたんじゃないかって思うくらいに。周ちゃんの回答は「毎週末、どこかに泊まったりして家を空けた方がいいかな。」だった。
「違うよ、そういうことじゃなくて。」周ちゃんは白黒思考だ。それがいいなと思うこともあるけど、なんでも軽量スプーンを使って料理をしようとする姿に苛立ちを覚えるのと同じ、空気の中にあるニュアンスのようなものを読み取るのが下手くそだ。本に書いてあることは一字一句きれいに記憶したり理解できるのに。
私が伝えたかったのは、私にはひとりの時間がとにかく大切ってことだけ。けど、実際のところ週末の夜に部屋でひとりでいる私を想像してみると、正直心が躍った。最高じゃんって。
トマトトースト

空芯菜の炒めもの

今朝に近所の無人販売所で買った空芯菜と一緒に冷蔵庫にあったトマト、しじみを使って中国っぽい炒め物を作ったら周ちゃんがすごく喜んでた。「今日の夕飯何点?」って聞くと、「120点。」と返ってきた。
空芯菜は真ん中に空洞があるから空芯菜。こっちに引越してくるまで知らなかったし、真ん中が空洞かどうかもわからないくらい貧弱な空芯菜しか食べたことがなかった。そんな小さな発見だけど、意外と嬉しかったりする。
今日はなんだか楽しかった。